Muv-Luv Alternative ~Free sky~   作:WH_Sino

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第一話

 誰かの呻き声とむせ返るような薬品の匂いによって暗闇へと沈んでいた意識が覚醒される。

 

「ここ……は……?」

 

 思わず発した声が酷くしわがれている事に驚きつつも、辺りを見渡そうとして首が何かで固定されている事に気付いた。いや、首だけではない。動かそうとしてみれば左腕も何かで固定されているようだ。

 

「起きたかね?」

「――!?」

 

 不意に威厳を感じさせる低い声が耳に入る。

 驚いて目だけを声がした右方向へと向けてみれば、視界の端に軍服のズボンが見えた。どうやら、俺が寝ているベッドに寄り添うように置かれているパイプ椅子に誰かが座って居て、その人物が声を掛けて来たらしい。

 

「……」

 

 一体、誰なんだろうか。そもそも、ココはどこなんだろうか。俺が最後に居たのは最前線で……仮にあそこから助けられたとしてどれくらいの時間が経った? いや、それよりも中隊のみんなは……?

 そんな俺の疑問を感じ取ったのか、座って居た男性は小さく咳払いをした後に口を開いた。

 

「君も色々と混乱しているようだが、とりあえずは自己紹介をさせてもらおう。私はダリル・ウォーカー……アメリカ軍海軍の少将であり、君たち第187戦術機甲中隊の上官でもある」

「しょ……ッ」

 

 少将と聞いて急いで敬礼しようと身体を動かそうとした瞬間に激痛が走り、少しも動かせなかった。

 ダリル・ウォーカー少将は俺が身体を動かせないと知っていたようで、そのままでいいと言ってくれた。

 

「さて、君も気になっているだろうから本題に入ろう。まず、ここはエトナ山基地後方にある野戦病院だ。君は最前線でユーロファイタス国連派遣部隊に救出されてここに運び込まれた。ちなみに救出されてから二十六時間が経っている」

 

 二十六時間……そんなに時間が経っていたのか。

 でも、俺が救出されたって事は他の仲間も生きている可能性が高い。

 そう思った瞬間、そんな希望はダリル・ウォーカー少将の言葉によって打ち砕かれた。

 

「……第187戦術機甲中隊は君を除いて全滅した」

「ぇ……?」

「ユーロファイタス国連派遣部隊が到着した時、そこはBETAの海だったらしい。そんな中で一機のF-18が君が乗るF-18に覆いかぶさるようにしてBETAから守っていたらしい」

「そんな……いや、待ってください! もう一人……もう一人、コックピット付近に居ませんでしたか!?」

「君のF-18に積まれていたブラックボックスを確認したから何が起こっていたのかは私も把握しているが……レリア・ミラー少尉は発見されていない」

「――」

 

 その言葉を聞いて脳裏に最後の光景がフラッシュバックする。鳴り響く銃声と微かに聞こえて来た通信。そして……レリア少尉の胴体を掴む赤い手。

 

「どう……して……」

 

 みんな、俺を置いて逝ってしまった。

 

「どうして……俺なんかを……!」

「……」

「俺を置いていけば、助かったはず……なのに、どうして……!」

「……わからないか?」

「……」

「確かに、軍人として……衛士として正しいのは君の言うソレなんだろう。私も軍人として考えるのであればソレが正しいと言うだろう。だが、彼らは最後まで海兵隊だった。海兵隊には掟がある。海兵隊員は許可なく死ぬ事を許されない。海兵隊員は仲間を決して見捨てない。彼らは最後まで決して仲間を見捨てる事はなかった」

 

 その結果で生かされたのが君だ、と少将は言った。

 軍人としてではなく、海兵隊として……一人の人間として、君を助けるためにそういう行動をしたのだ、と。

 

「私は、そんな部下を誇りに思うよ。上層部や他の軍人がどれだけ“損失だった”“判断ミスだった”と言おうとも、私はそんな決断をした彼らが部下だった事を心から誇りに思う」

「ぅ……ぁ……」

 

 頬を熱い涙が伝う。決して、もう二度と泣けない仲間たちの分も流れるように目からは止めどなく涙が流れた。

 

「……君が動けるようになるまで約二週間掛かると衛生兵が言っていた。私は一時的に自分の艦に戻るが、君が動けるようになった時にまたここに来よう。それまでに君も身の振り方を考えておいてくれ。故郷(アメリカ)に帰るのなら手を貸そう」

 

 そう言ってダリル・ウォーカー少将は席を立つ。

 俺の身の振り方……一体、何をどうするのが正解なんだろうか? 仲間を失い、一人生き残ってしまった自分は一体何をするべきなんだろうか。

 

「あぁ、そうだ……本来であればこちらで回収する物なんだが、君たちの隊長直々の頼みだからコレを渡しておく。動けるようになった時にでも見てみるといい」

 

 そっと枕元に何かが置かれ、ダリル・ウォーカー少将はそれ以降なにも言わずに立ち去った。

 残ったのは、何もかもを失くしこの先進むべき道さえ見失った新兵と鼻につくほどにキツイ医薬品の匂いだけだった。

 

 

 

 俺が動けるようになったのはそれから一週間後の事だった。

 動けると言っても身体を起こして松葉杖を使って近場を歩ける程度だったが、陰鬱な空気が充満するあの空間に居るよりは何百倍もマシに思える。

 ダリル・ウォーカー少将が置いていったのは木で作られた手のひらサイズの箱。中には俺を除く第187戦術機甲中隊隊員のドックタグが一枚ずつと一枚の紙が入っていた。

 

『誰が生き残るかわからない。だが、もしも中隊の誰かが生き残ったならコレを持って行ってほしい。どうか、俺達が存在し戦った事を覚えておいてほしい……背負わせてしまってすまない』

 

 紙にはそう書いてあった。

 

「隊長ッ……!」

 

 紙を握りしめる。

 忘れない。忘れるものか……! 他の誰かが忘れたとしても、俺だけはこの大地で人類のために戦い散っていった者達が確かに存在した事だけは絶対に覚えておこう。

 

「俺が……連れて行きます。人類が勝利し、その死が無駄ではなかったと胸を張って言えるその場所に……!」

 

 そう、立ち止まっていられる時間は終わった。ここから先、俺は決して歩みを止める事は許されない。彼らの犠牲が無駄ではなかったと証明できるのは、彼らに命を助けられた俺だけなのだから。

 泥水を啜ってでも生き残り、四肢が捥げたとしても戦い続けてやる。『アイツを助けたのは間違いだった』なんて言わせないためにも、今以上に強くなって必ず……!

 

「海兵隊員は許可なく死ぬ事を許されない。海兵隊員は仲間を決して見捨てない……そうですよね、隊長」

 

 決意は固まった。道も見えた。歩みは――止まらない。

 

 それから一週間後、ダリル・ウォーカー少将は自らの言葉通りに会いに来た。その際に俺は決めた事を言うと少将は少しの間目を閉じてから口を開いた。

 

「そうか……だが、戦い続けるにしてもアメリカ軍では厳しいだろう。ここだけの話だが、我らが祖国は自国の防衛を一番に考えているからな」

「その点に関しては自分に考えがあります」

「ほう?」

「……国連軍に入ろうと思います」

「なるほど……わかった。私の知り合いに国連海軍所属の司令官が居る。ソイツに話を通しておこう。なに、こんな世の中だ。アメリカ人という事で後ろ指を指される事はあれど、入軍を拒否される事はない」

「ありがとうございます」

「これから先、君は何度も死ぬ思いをするだろう。だが……絶対に死ぬな。生き残れ」

「ハッ! ありがとうございます!」

 

 少将は俺の敬礼に答礼をしてからその場を立ち去った。

 その後、怪我を治して身体を鍛えなおした俺は“米国派遣軍人”として国連海軍へと入隊した。

 

 

 ――1998年1月26日 光州市近郊――

 

 目の前に居た要撃級が崩れ去るのを見届けてから周囲に目を向けながらレーダーを見る。どうやら、俺が今倒したので最後だったらしく周囲に一定間隔で展開していた味方のF-18Eが四機集結してくる。

 

『大尉、四波目の殲滅を完了しました』

「了解。各自残弾数と推進剤の残りをチェックしつつ周辺警戒」

『『『了解』』』

 

 隣に立った俺が預かる部隊の副長の報告を聞いてから次の命令を出す。

 あの日から今に至るまで俺は戦い続けた。様々な部隊に配属され、そこで多くの死を見届けても進み続け気付けば大尉に昇進して一部隊を預かる身になっていた。

 鷹が鎌を持つ部隊章の部隊――国連海軍第113戦術機甲中隊は結成してからまだ二か月だが、その数を既に俺を含めて五機にまで減らせている。コレは俺の指揮能力が低いという事もあるが、軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の次に死亡率が高いと言われている海軍所属という事もある。この二か月という短い期間で俺達は激戦区へと投入され続けた。そんな部隊だからか補充兵もままならない。

 

「この光州作戦で六人、か」

 

 国連軍と大東亜連合軍の朝鮮半島撤退支援作戦――光州作戦にも俺達は例外なく投入されている。任務は民間人を含む味方が撤退するまでの時間稼ぎだ。

 俺達が任されたこの区域は光州市の中央寄りの第二線であり、第一線の撃ち漏らしを排除する立ち位置ではあるが第三波から流れて来るBETAの数が多い。回線は混線しており、途中で司令部が壊滅したという声が聞こえて来た事もあり恐らくだが第一線の部隊は既に全滅している事だろう。

 

「……節約してあと一、二戦が限界か」

 

 弾薬と推進剤、ソレに加えて機体状態もチェック。弾薬二割と推進剤三割。直撃は貰っていないが跳弾や攻撃が掠ったりした事により機体状況は所々イエローに染まっている。特に味方を生き残らせるため派手に立ち回っていた事で脚部の関節にガタが来ている。

 今までのどの戦場よりも最悪――というわけではないが、最低最悪な状況なのには変わりない。

 

『隊長』

 

 どうしたものかと考えていると、副長から通信が入った。

 その声はどこか緊迫したものであり、ただ事ではないという雰囲気を感じさせた。

 

「どうした?」

『三時方向に展開している05から送られてきた映像です』

 

 視界の端に転送されてきた画像が表示される。そこには、小さくだが無数のBETAがこちらへと進軍してくる様が遠目に移されていた。

 

「右翼の部隊は壊滅したか」

『恐らくそうでしょう。05からはつい先ほど送られてきた映像ですが……BETA共の進軍速度を考えるとあと15分以内にはここに第一波が到達すると思われます』

「――展開している全機を集結させろ」

『ハッ!』

 

 迷っている暇はなかった。

 本音を言うのであればすぐにでも逃げ出したいが、俺達の後ろに最終防衛ラインが存在してはいるがここで下がってしまっては作戦の失敗率が各段に上がってしまう。

 それに、右翼が抜かれたという事は最終防衛ラインの方に向かったBETAも居るだろう。

 

『隊長!!』

「よし、全機傾注! 現在、右翼からBETA群が進軍してきている。我々はソレを迎撃しつつ正面から向かってくると予想されるBETA群も可能な限り排除する。無理難題な話だが、俺達は今までもそんな任務を乗り越えてきた。だから、出来ると信じている」

『『『……』』』

「このクソッタレな地獄から帰ったら一杯やろう。絶対に死ぬな。泥水啜ってでも生き残れ。以上、各機散開!」

『『『了解!!!』』』

 

 俺を先頭に各機がそれぞれ左右に展開する。

 陣形と言えない程なものだが、人数が少ないから仕方がない。それに、生き残っている隊員は皆、大小様々な地獄を潜り抜けてきている準エースと呼べる衛士達だ。故に、単機で動いても十分な働きをしてくれるだろう。

 

『隊長、想定よりもBETAの進行速度が速いです』

「俺達が守ってた方はどうだ?」

『そちらからの進行は止まっています』

「わかった。なら、こちらから右翼に攻め込むぞ。突撃砲の予備マガジンを渡しておく。02はコレで後方から援護しろ……と言っても、一個しかないけどな」

『了解!』

 

 02に残っていた予備マガジンを渡した後、俺は誰よりも前に出てからF-18Eを前傾姿勢にする。

 跳躍ユニットが飛び立つための力を溜めるように低く唸りを上げ、管制ユニット自体を小さく揺らす感覚を全身に浴びせながらタイミングを見計らう。下手なタイミングで飛び出してしまったら途端に孤立してゲームオーバーだ。

 レーダーと視界をじっくりと睨みつけ、最高なタイミングを待つ。

 

「往くぞッ!」

 

 BETAの進行が若干遅くなった瞬間に俺が乗るF-18Eは前へと飛び出す。

 噴射跳躍(ブーストジャンプ)により生まれたGによってシートに押し付けられるが奥歯を噛みしめて耐える。突撃級の頭上を飛び越え、戦車級と要撃級の間に着地する。

 若干の戦車級を踏みつぶし、地面を滑る事によって赤い絨毯へと変えながらも立ち止まる事はない。そのままの勢いを利用しつつ一度だけ跳躍ユニットを点火する事ですぐ近くで腕を振り上げていた要撃級の背後へと回り、36mmチェーンガンを叩きこむ。

 狙っていた要撃級が死ぬのを確認する暇もなく、トリガーを引いたまま銃口をこちらに背を向けた突撃級の背中へと叩きこむ。

 

「500……300……200……コレも持っていけ!」

 

 最後のマガジンに装填されていた36mmチェーンガンを撃ち尽くした後、残っていた120mmを別の突撃級へと撃ちこむ。

 突撃級はコレで残り15体。

 

「お前たちはコレでも食ってろ!!」

 

 弾切れになった突撃砲を群がってくる戦車級へと投げつけ、その重量で押しつぶす。

 左から近づいてきた要撃級を足場にして再度空へと飛びあがり、第一波の全体を見渡してみると想定よりも少なかった。それどころか、ここまで高度を上げてみても初期照射が無いという事は光線級が存在しないという事で俺達にとっては幸運と言えるだろう。

 

「この瞬間だけは……空は自由なんだけどな」

 

 眼下で他の隊員達の銃撃よって倒れていくBETAを見ながら74式近接戦闘長刀を抜刀し跳躍ユニットを点火し、地面へと急降下する。

 空中で目をつけていた要撃級を切り裂く直前に関節をロックし、戦車級を踏みつぶして着地。すぐさま関節ロックを解除し長刀を薙ぎ払う事で周囲の小型種も処理する。たった一回振っただけで腕の関節が一気にイエローまで持っていかれるが無視し、少し移動してから近場に居た別の要撃級を踏み台にして空へと舞う。

 コレが長年の実践を経て会得した俺の戦い方であり、こうやって派手に立ち回る事でBETAの進行速度を鈍らせつつ味方の被害を最小限に抑えるというものだ。まぁ、関節の都合上で数回しか長刀を振る事が出来ないが使えなくなったらナイフで代用すればいい。

 ついでに推進剤の消費が激しいのも少し痛いが……コレで味方の生存率が少しでも上がるのであれば安いものだろう。

 

「それにしても……74式近接戦闘長刀(コイツ)も気付けば愛用するようになったな……切っ掛けは格納庫にあったのを持って行ったんだったか」

 

 初めて持って行こうとした時は整備兵に全力で止められたが、何というか感覚として長刀という武器は俺に合っていた。

 最初のうちは二回くらい振れれば上等だったが、俺が使う事を辞めなかったせいで整備兵達が関節の強化――と言っても、中華製やら日本製の戦術機関節パーツの流用をしてくれたお陰で五回は振れるようになった。整備兵曰く『毎回新しいパーツにするよりも、どっかのパーツを持ってきて強化する方が安上がりです』だそうだ。

 まぁ、それでも俺の戦い方では関節に掛かる負荷が凄まじいので毎回関節ロックする事で少しでも多く振れるように工夫はしている。

 

「まぁ、元がF-18Eだから関節を強化してもずっと振れるわけじゃないのがネックだな……」

 

 そんな考えを口から漏らしながら次に目をつけていた要撃級へと急降下を開始する。

 今はただ、目の前にいるBETAを倒す事だけを考える。

 

 戦いは始まったばかりなのだから。

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