【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】   作:くずみ@ぼっち字書き。

1 / 42
【成り代わり】鉄血のナントカ 1【異世界転生?】

 

 気がついたら岩砂漠にいた。

 赤い砂、ゴツゴツした地平線、乾いた空気。建物もほとんどなく、向こうではロボットらしきものが駆けずり回っている。どう考えても、現代日本ではあり得ない。

「――オルガ」

 声が、随分低いところからかかる。

 オルガ? そんな名前の人間、まわりにいたか?

 思わずきょろきょろするが、今度は背中をかるく小突かれた。

「オルガ、どうしたの、一軍に睨まれるよ」

 見下ろした先にいたのは、ぽっちゃりした若い男――見たことのある顔だ。但し、アニメの画面の中でだが。

「……ビスケたん?」

 思わず呟くと、ぎょっとした顔をされた。

「何それ、ふざけてるの?」

「あー……いやいや」

 いつも呼んでいるように云ってしまったが、もちろんかれの名前はそんなものではない。ビスケット・グリフォン、鉄華団の参謀役で、農園を経営する祖母と、双子の妹のいるキャラクターだったはず だ。断じて、かつて流行った某ファストフードのビスケット擬人化キャラ、ではない。

 いや、かれのジャケットには、まだあの花の意匠は描かれてはいない。白く染め抜かれた“CGS”の文字、と云うことは、

 ――これは、一話のあたりか、その前……

 で、かれに“オルガ”と呼ばれたと云うことは、そう云うことだ。

 ――つまり異世界転生……!

 むしろなり代わり転生とか云うやつか。

 しかも、本当に生まれ変わったのではなく、話の途中から。

 ――まぁ、スラムスタートでなくて良かったか。

 正直、そこからなら、あっと云う間にゲームオーバーだった自信がある。未だかつて、スラムなんかで暮らしたことはない。そこそこの家庭でぬくぬく育つ人生ばかりだったのだから。そう、親の経営する会社が倒産したり、一家離散したりするような家庭では、少なくともなかったのだ。その日の寝床や食糧の確保に困ったことも、まったくなかったのだし。山あり谷ありの相方に較べれば、順風満帆と云っても良い人生だったはずだ。

 ともあれ、とりあえず了解した。ここは、あれだ、『鉄血のオルフェンズ』の世界なのだ。

 ガンダムと云えば宇宙世紀、但しUCは除く、という、所謂“ガノタ”――しかしにわか――だったが、『鉄オル』は二期の前半戦までは見た。BDをコンプしたくせに、途中まで。結末は随分前に聞いていたので、最後を見る気力がまだなかったのだ。

 何と云うか、既視感があった。昔の自分みたいだとか、ちょっと前の相方みたいだとか。そんな連中が、“政治的には正しい”とは云え、捨石にされるのは、あまりいい気分ではなかったのだ。

 しかし、これが『鉄オル』の世界だと云うのであれば、

「――ミカは?」

 当該アニメにおいて、“オルガ・イツカ”の相棒である少年の名を口にする。

「ああ、今くるよ」

 ほら、と指さされた先に、小柄な身体。青いような黒髪と、青くて大きな両眼が、可愛げの欠片もなくこちらを見つめていた。いつもよりもぐっと目線が下がる。否、こちらが高くなっているのか。オルガ・イツカと三日月・オーガスの身長差は、二十cmではきかなかったはずだから。

「ボス」

 その一言でわかった。これは三日月・オーガスではなく、自分の元からの相方だ。

「おう」

「何か、阿頼耶識ついてんね」

「だな」

 相方の背中には、恐竜のように三本、こちらの首の後ろには一本、阿頼耶識の端子が生えている。これを電子機器に繋いで、自在に操るのだと云うが、

 ――使える気がしねぇ……

 自分に使いこなせるかはともかくとして、この相方はやれるだろう。例のガンダムフレームを乗りこなすことも。そう云うことに関しては器用な相方だから。

「あとは、例の“お嬢さん”がいつ来るかだな」

 火星独立を唱える“革命の乙女”クーデリア・藍那・バーンスタイン。鉄華団を成立させ、その後を作る金髪の少女。

「だね」

 頷く相方は、いつもよりも表情が乏しい。三日月の表情筋に引っ張られているのだろうか。

「……誑すなよ」

「俺のせいじゃないよ〜」

「うるせぇ、女好き」

 女は胸! と云って憚らぬ相方は、もとの話と同じように火星のお嬢様を誑しこむのだろう。まぁ、揉めごとにならなければどうでも良いが。

「……“お嬢さん”って、誰?」

 ビスケたん――ビスケットが首をかしげる。

 これで決定だ、今はまだ、一話の前なのだ。

「ん……まぁ、すぐにわかるさ」

 これがまだ一話前ならば、やれることはいろいろある。“おやっさん”に頼んで、動力源としてしか使われていないガンダム――バルバトスを改修し、すぐに動かせるようにしておくこと、ギャラルホルンから逃げ出す一軍とCGS社長マルバ・アーケイに手を打っておくこと、それから――そうそう、バルバトスのスラスターの燃料は、満タンにしておいてもらわなくては。

「……ミカ」

「はいよ」

 いつものように応える相方に、ビスケットが気味悪いものを見る顔になった。

「ブチかますぞ」

「おう」

 あの胸糞エンドを回避するために。

 

 

 

 そもそもどうして“なり代わり転生”なんてものに動揺しないのかと云えば、オカルトチックな話になる。

 アラフォー女ふたりのコンビは、実は人生二回目――否、今回のこれを含めれば三回目――になるのだった。ちなみに、最初の人生は武力組織のトップとナンバー3――年齢はそれぞれ十歳ほど若い――の男で、その成り立ちも鉄華団と大差ないものだった。野良犬同然の集まりから、屈指の戦士に成り上がったものばかりだったからだ。

 まぁ、あの時の方が圧倒的に年齢層が高かった――三十超えばかりで構成された部隊であったし、中には上流階級出のものもいたから、楽と云えば楽、面倒と云えば面倒なことも多かった。

 それに較べれば、マルバ・アーケイなどその辺の土建屋の親父みたいなもので、柔順に見せておけばころりとやられるタイプだ。変な反抗心さえ出さなければ――だがまぁ、十七歳では、まだ反抗心ばかりが強いのは仕方ないことだろう。こちらも、へいへいと頭を下げられるようになったのは、四十近くになってからのことだ。

 とりあえず、

「ミカ」

「はいよ」

「作戦指揮は任せた」

「うん、そうだと思ってた」

「オルガ!」

 ビスケットが悲鳴のような声を上げる。

「三日月にそんなことできるわけないだろ! 全滅したらどうするの!」

「いや〜、俺も最近は、全然作戦立ててねぇからなぁ」

 一万人からの戦闘集団のトップなど、前線に出ることはほとんどない。成立からそこそこの年月が経ち、世情が安定――あくまでも表面的にはだが――しているとなれば、なおさらだ。実際に前線に立ったのなんて、もう随分と昔のことだ。何より“前の”人生のことなのだし。

 しかもそこでは、自衛隊よろしく専守防衛が前提だ。なおかつ、攻撃はもともと得意ではない。『鉄オル』が新撰組モチーフだと、監督がその後語っていたそうだが、そうだとしたらオルガの設定は盛りすぎだ、土方は戦略はそれほど得意じゃなかった。いや、オルガは近藤、土方、沖田を足して三で割るのだったか――沖田要素はほぼない気がするが。沖田は、どちらかと云わなくても三日月だろう。

「ま、コイツに任せときゃ大丈夫だ。“三日月・オーガス”よりはうまくやれる」

「何云ってるの、三日月は三日月だろ」

「……う〜ん、まぁな」

 ビスケットの心配もわからないではないが、正直、自分で作戦指揮した方が心配だ。守れても攻撃できないでは、ジリ貧になるのは目に見えている。

「ま、俺は得意分野に徹しておくさ。攻撃は、ミカに任せた」

 攻撃よりも防御、戦略よりも政略だ、そしてそのためには、目の前の戦闘に勝利しなければならないのだ。戊辰戦争の時に土方が宇都宮を落とせたのは、城の構造と、それを守る相手の力不足が原因だったのだ。

 一方、戦術的には優れていたオルガ・イツカの弱点は、政治にやや疎いところだ。だから、早々にテイワズの傘下に入り、結果その中のゴタゴタに足許をすくわれることになった。

 テイワズの傘下に完全に入るのは、裏社会の抗争に自ら身を投じることだ。それでは、結局は“まっとうな仕事”をすることは難しくなる。

 それならば、そちらは名瀬・タービンと繋ぎを取る――まぁ、マルバ・アーケイのことがあるから、接触は向こうから来るだろう――にとどめ、近づくべきは、

 ――むしろギャラルホルン。

 最後の敵がラスタル・エリオンならば、ギャラルホルンを支配するセブンスターズのバランスを変え、マクギリスを優位に立たせれば良い。そのためには、ガエリオ・ボードウィンとカルタ・イシューを、マクギリスが切り捨てないようにさせなくては。それで、セブンスターズ内の均衡は、3:2:2でマクギリス一派に傾く。エリオン家とクジャン家はあれとして、残り二家は日和見らしいから、マクギリス一派が優位となれば、様子を見るために、悪くとも中立の立場をとるはずだ。

 ああそうそう、“オルガ”を殺したノブリス・ゴルドンも、ある程度したら葬り去らなくては――それからもちろん、マクギリスの力を削ぎ、ラスタルに力を与えることになる、イズナリオ・ファリドの存在も。

 うまく振るまい、またうまく振るまわせ――主に、マクギリス・ファリドにだ――れば、生き残る道筋も出てくるはずだ。

 ――そのためにも、まずは最初の一戦からだな。

 最初――クーデリア・藍那・バーンスタインの地球行きの護衛を任され、CGS一軍を潰してマルバ・アーケイを追い出し、鉄華団を作る。ギャラルホルンを退けて、巧くやるためには、

 ――クランク・ゼントを殺さず、アイン・ダルトンを敵にせず、時間を稼いでマクギリス・ファリドたちが火星支部の監査に入るのを待つか。

 確か、こちらがクランク・ゼントとやりあっている間にマクギリスとガエリオ・ボードウィンがギャラルホルン火星支部の監査に入り、現在の支部長が飛ばされたはずだ。

 それを、クランクとアインを生かして、もっと云うならこちら側に抱きこんで、待っていなくては。

 とりあえず、目標は火星の王、などではなく、まっとうな仕事で稼ぐ優良企業に鉄華団を押し上げること、そして、今いる“団員”――つまり参番組のメンバー――のみならず、後から入るものたちにも、福利厚生をしっかりすること、だ。六年後、“オルガ・イツカ”が二十五になった時に、新興の優良企業の若い社長として、火星にその名を轟かせること。“火星の王”と呼ばれるのは、五十を過ぎる頃に、権力のあるなしではなく人望によって、自然にそうなっていたら良い、と云うのが理想なのだ。力で“玉座”を勝ち取れば、同じように力で奪い取られることになるのだから。

「ボス、何かワルイこと考えてるね」

「……“オルガ”って呼べよ」

 “三日月・オーガス”の科白として、“ボス”と云うのはないだろう。

「……頑張る」

 つまり、“善処します”と同じことだ。やる気が感じられない。

「頑張る頑張らねぇじゃねぇ、やれ!」

「うぇ〜い」

 まったく三日月らしくない科白が返る。いつもどおりと云うことだが。

「じゃあ“オルガ”、俺、阿頼耶識に慣れるのに、MWに触る時間が欲しいんだけど」

「まだ“最初”じゃねぇ、何日かは暇があるだろ」

 バルバトスの足元で目を醒まし、三日月に“マルバが呼んでる”などと云いにこられたわけじゃない。まだ数日、悪くとも一日はあるはずだ――あの運命のスタートまで。

「俺、早いとこバルバトスに乗りたいな」

「わかってる」

 MWなんかでタラタラ戦っても仕方がない、が、バルバトスはCGSの動力源でもある。参番組の“宇宙ネズミ”なんぞに触らせてもらえるはずもない。

 だが、わかっている。チャンスは必ず来る。

 そのために、あらゆる手を打っておかなくては。

「……ビスケット」

「……なに」

「頼みがあるんだが」

 本家によく似た言葉を云えば、ビスケットは微苦笑で頷きを返してきた。

 

 

 

 それから三日。

 偵察がてら動力室に入りこみ、そのままうたた寝しかけたところに、“運命の角笛”が吹き鳴らされた。

「“オルガ”、マルバが呼んでるって」

「……来たか」

 例の“お嬢様”、クーデリア・藍那・バーンスタインが、CGSにやって来たのだ。

「遂に、だね」

「あぁ」

 数日の猶予があったので、下準備はほぼできた。“この先”がわかっていると云うのは、大変なアドバンテージだ。

 おやっさん――ナディ・雪之丞・カッサパと云う名らしい――には、バルバトスをいつでも動かせるように整備を頼んでいた。

 クーデリアを迎えれば、ほぼ即戦闘開始だ。攻撃の指揮が心許ない身としては、いくらユージンの腕が良くとも、MWの上に乗って逃げ回りながら指示を出すなんて無理な話だ。そうなる前に、相手を潰しておくに限る。

 まだ憶えきっていない通路をビスケットに導かれながら進んで、社長室に向かうと、いたのは社長のマルバ・アーケイと一軍隊長のハエダだけだった。

 ――あぁ、そう云えば先に厭味を云われるのだったかな。

 マルバから呼び出されて、クーデリア・藍那・バーンスタインの警護の仕事を命じられ、数日あって本人が来る。そしてその日のうちに戦闘開始だ。

 ――何だ、まだ間はあるのか。

 とは云え、やれることはほとんどやった。あとは、“三日月”の錬度を上げるくらいのことだ。まだ鉄華団はなく、CGSの参番組であるから、できることは限られる。

 厭味の合間に仕事を云い渡され、一礼して社長室を出る。

「――オルガの云ってた“お嬢さん”って、クーデリア・藍那・バーンスタインのことだったんだね」

 ビスケットが、どこか戦慄を含んだ声で云った。

「何でわかったの、そんな話、欠片も流れてきてなかったろ」

「ん〜?」

 右目を眇め、にやりと笑う。

 何と答えたものだろう。

「……実はな、ビスケット、俺は未来が覗けるんだ」

「……はは、冗談」

 そんなそぶり、全然なかったじゃない、と云われる。

「最近の話だ。そんで、見えた未来を回避したいと思ってる。俺の、俺たちの未来を守りたいんだ」

 真面目に云うが、ビスケットは引きつった笑いを浮かべるだけだ。

「与太話だと思ってくれて構わねぇ。だが、俺はこれでも、結構真面目に俺たちの未来を考えてる。それにはお前が必要なんだ、ビスケット」

 力に傾きがちな鉄華団を、バランス良く動かすために。

「力を、貸してくれねぇか」

 いずれ、対立する時がくるのもわかっているが、それでも。

 ビスケットは沈黙した。

 ――まぁ、そうだよな。

 いきなり“未来が覗ける”とか、普通に考えたらあり得ない。

 それでも、ビスケットは力を貸してくれるだろう。何と云っても、かれにはそれ以外の途は残されてはいないのだから。

 案の定、

「――わかったよ、オルガ」

 ややあって、ビスケットは頷いた。

「未来云々はわからないけど――僕らには、参番組には君が必要だ。生き残る途を、示してくれよ」

「そうこなくちゃな」

 オルガと同じように、にぃと唇の端をつり上げる。笑い方や何かは、“オルガ・イツカ”と変わるまい――もとより、似ていることはわかっていた。あとは、不自然に思われない程度に寄せてやれば良い。

「……ビスケット」

 人の少なそうなエリアで立ち止まり、監視カメラのなさそうな物陰による。

「なに」

「今から話すことは、妄想だと思ってくれていい。だが、根拠もないことだとは、お前だって思わねぇはずだ。――ギャラルホルンがくる」

「え」

「火星代表首相の娘が、独立運動の旗手なんだ、目ぇつけられたっておかしかねぇ。――いや、父親に、それを疎まれたってな」

 実際に父親が少女を疎んで、ギャラルホルンと手を組んだのかは定かではない。だが、娘の行く手を阻むことをあの父親が許したのは確かなことで、その結果、CGSはギャラルホルンに襲撃されることになったのだ。しかも、それはギャラルホルンの総意ではなく、現在の火星支部長の独断と金の力で行われた。

 マクギリス・ファリドとガエリオ・ボードウィンが監査に入り、その男が失脚するには、まだ暫くかかる。

 だがまぁ、勝手に部隊を動かし、小娘ひとりを捕らえようとして失敗し――その上MS三機を失えば、そもそも火星支部を押さえる意図でやって来るマクギリスなら、嬉々として男を更迭するだろう。

 その間、とにかく時間稼ぎをしなくては――しかも、アイン・ダルトンを敵にすることなしに。

「ギャラルホルンって……そんなの、CGSで相手にできるの!?」

 ビスケットは、悲鳴のような声を上げた。

「Shhh……できるさ、ミカがいる」

「オルガはいっつもそう云うけど、三日月は無敵ってわけじゃないんだよ!」

「無敵さ、俺が命じればな」

 ひとつ前の人生では、そうして道を切り拓いていったのだから。

「だから俺たちは何とでもなる。問題はお嬢さん――クーデリア・藍那・バーンスタインの方だ」

 クーデリアには、フミタン・アドモスと云う侍女がいた。確かボディガードも兼ねていたはずだが、これにはノブリス・ゴルドンの息がかかっていた。それでも、CGSに来た段階では、ノブリスの望む派手な舞台にはほど遠いから、フミタンはクーデリアを切り捨てはしないだろう。いや、ギャラルホルン火星支部長に圧力をかけて、クーデリアを暗殺させようとしたのは、そもそもノブリスの画策だったか。

 まぁ、どちらでも構わない。いずれにしても、クーデリアはここでは死なせない。

 そして、訓練も受けていない女にMWやMSと戦う術があるとは思われないから、誰かがかの女たちを守ってやらなくてはならない。

 それには、

「CGSの中がよくわかってる、お前が最適なんだ、ビスケット」

「ぼ、僕?」

「そうだ」

 頷いてやる。

「お前はモビルワーカーのパイロット専任じゃねぇ、前線に出てなくとも不自然じゃない。だから、お嬢さんのそばについていて、何かあれば、安全な場所に匿ってやってくれ」

 クーデリアは、その後鉄華団が飛躍するために、なくてはならない駒なのだ。いくらこの先がわかっていても、かの女を失っては、打てる手も打てなくなる。手中の珠は、守りとおさなくてはならないのだ。

「それに、な、ギャラルホルンに襲われてみろ、一軍やマルバが立ち向かうと思うか?」

「……」

 無言。それは、すなわち肯定に他ならない。

「わかるだろ、ビスケット。奴らは必ず、俺たちを盾にして逃げ出すさ。だが、それがチャンスだ」

「チャンス?」

「あぁ。それに乗じて、CGSを乗っ取る」

「……本気かい、オルガ?」

 信じ難いと云うように、ビスケットがこちらを見た。

「本気だ」

 そぅでなくては、何もはじまらない。鉄華団も、物語も。

「この間、ユージンが云ってた時には、否定してたじゃないか!」

「あんな、誰の耳があるかわかんねぇとこで、こんな話ができるかよ」

 壁もないところで、あんなに大きな声でがなり立てていれば、誰がどう聞きつけて、ご注進と云う次第になるとも知れないのだ。一軍の連中やマルバ・アーケイにそれが伝われば、集団私刑どころの話では済まなくなる。

「俺だって、無駄に殴られたくはねぇんだよ」

 あるいは、参番組の連中が私刑に処されるのを見たいわけでも。

「君が云うのかい」

「はははッ」

 まぁ、“オルガ・イツカ”はそうだっただろう。一軍の連中に反抗して、わざと殴られるように仕向けたりして。

 だが、自分は違うのだ。

 もちろん、“オルガ・イツカ”が、周囲の反抗心を煽るために、わざと殴られてやっていた可能性はゼロではないが――昔の自分のことを考えれば、あれは自身の反抗心の発露と云った方が正しいだろう。無論、まわりのことをまったく考えなかったわけでもないのだろうが。

「まぁ、見てろって、ビスケット」

 右目を瞑ってにやりと笑うと、ビスケットは、仕方なさそうに溜息をついた。

 

 

 

「はじめまして、クーデリア・藍那・バーンスタインです」

 “お嬢様”は、それからほどなくしてやって来た。

 たっぷりした金の髪、紫水晶の瞳が目につく、なるほどなかなかの美少女だ。

 これで十六歳、しかも既に大学を卒業していて、かつ火星代表首相の娘だと云うのだから、天は二物も三物も、この少女に与えまくったのに違いない。

「宜しく」

 慇懃に頭を下げてやる。

 隣りに居並ぶビスケット、ユージン、シノ、そして“三日月”は、微妙な表情だ。

 元気の良い明るい声に、ユージンがわたわたと頭を下げた。

「どーもッス! あの……」

 途端に叱責が飛んできた。

「てめぇら、挨拶もまともにできねぇのか!」

 ――そりゃあまぁ、そんな場もなかったろうしな。

 子どもばかりの警備隊で、しかもほとんど弾除けの使い捨て、となれば、礼儀作法など身につける暇もあるまい。

 ――そう云うところが屑だってんだよ。

 それを論って殴りつけたりするところが。

 とは云え、流石のマルバも、客人の前で馬脚をあらわすような真似はしなかった。

 ユージンを殴るでもなく睨みつけただけで、“お嬢様”に下卑た笑顔を向け、追従を口にする。

 それに構わず、クーデリアは端にいる“三日月”に声をかけた。

「あなた!」

 “お嬢様”は、目を輝かせて“三日月”を見る。小さい背から、年少組のように思っているのかも知れない。が、中身はおっさんと云っても良い年齢だ――しかも女好き。生物学的には女、だったけれど。

 まぁ、それでも多少の分別はあったはずだから、ティーン・エイジャーをいきなりどうこうはするまいが。

 ――外見は同い年くらいだしな。

 他の面子に較べれば圧迫感もなく、声をかけ易いのはわかる。

「お名前は?」

「……“三日月・オーガス”」

「三日月、ここを案内してもらえますか」

 そう云うと、“お嬢様”は勝手に話を進め、“三日月”にCGS内の案内をさせることにしてしまった。

 青い瞳がちらりとこちらを見る。

 ――いいの?

 そう問いかけてくるまなざし。

 それに小さく頷くと、肩がひょいとすくめられ、

「……こっち」

 と云いながら部屋を出ていった。

 マルバは忌々しそうな顔になったが、部屋の中にまだ、クーデリアの侍女――フミタン・アドモスがいることに思い至ったのだろう、顔つきを引きしめて、こちらに向き直った。

「云ってあるとおり、出発は明日だ。お前らでお嬢様を地球にお送りすることになる。粗相のないように、きっちりやるんだぞ」

「……はい」

 その前に、この男こそが、ここを逃げ出すことになるわけだが。

「備品や装備の最終確認は」

「できてます」

「よし、地球までは、“ウィル・オー・ウィスプ”で行け。一軍もフォローする」

 フォローではなく、手柄を横取りしたいのだろうが、

 ――そうはいくか。

 その前に、CGS自体を乗っ取ってやる。

 細々とした打ち合わせを――主にビスケットが――終え、宿舎へ戻る皆と別れて、動力室へ向かう。

 そこには、おやっさん――ナディ・雪之丞・カッサパが、煙草をふかしていた。

「おやっさん」

「おぉ、オルガ」

 懐かしい感じのする男だ――実際には、自分とそう年齢は変わらないだろうと思うのだが、傍にいると安心感がある、のは、昔よく云われたように、甘えたなところが自分にあるからか。

 前の人生で、兄のようにも父のようにも構ってくれたひとに、この人はよく似ている。

 だから、ちょっとばかり無茶を云っても良いような気になるのかも知れなかった。

「――バルバトスは」

「お前があんまり云うんで、コクピットを整備して、スラスターの燃料も満タンにしたぜ。ケーブルを外しゃ、すぐにでも動かせる。――本当に来るのか」

 ギャラルホルンは。

「来る」

 確信をこめて頷きを返す。

 ノブリス・ゴルドンが、火星独立運動に乗じて金を稼ごうとしているのはわかっていたし、そのきっかけを“革命の乙女”クーデリア・藍那・バーンスタインの死に求めようとしていることも、またギャラルホルンが、それによる混乱を奇貨として、介入に乗り出してくるつもりであることも。

 だから、胡散臭いところのある民間警備会社、CGSにクーデリアが入ったところで、実はテロリストの基地だったの何のと理屈をつけて、まるごと殲滅しようと云うのだろう。

 ――ったく、連中の考えそうなことだぜ。

 マッチポンプで“正義”を振りかざすのに、振り回されるのは真っ平だ。しかも、火星支部長ごときのセコい野望なんぞに呑まれるのは。

 まぁ、それではラスタル・エリオンの野望になら呑まれてもいいのかと云うと、そんなことは決してないのだが。

 もうすぐ、爆撃がある。

 “三日月”とビスケットには方策を伝えてある。まずは、一軍が完全にここから離れたところに逃げ出すまで、参番組の、しかもMWだけで防がなくてはならない。

 バルバトスを、ガンダムフレームのMSを動かすのはそれからだ。動かせば、勝負は決まる。そして、本当の勝負は、そこからなのだ。

 ――確か、マクギリスたちが火星支部に到着するのに、あと三日。

 作中では、そう云う話であったはずだ。

 今日を含めて三日ならば、実質二日、その間にあの大リス――オーリス・ステンジャだったか、どうも『鉄血日和』のイメージが強すぎる――を捕らえ、クランク二尉とアインを引き入れ、できれば最小限の傷で、グレイズ三機を入手する。それがかなえば、グシオンを手に入れるまでは、“元の話”よりは戦力増になるはずだ。売り払う物が減る分だけ、台所事情は苦しくなるだろうが。

 ――あー、地球行きの航路も、どうするかなぁ。

 確か、元は参番組の監督役、トド・ミルコネンが紹介するの何のと云い出して、そこからゴタゴタがあったはずだが、そこで消費する火力が惜しい。

 ――いっそ、すぐにマクギリスと接触してみるか。

 クランク・ゼントとアイン・ダルトンを取りこめれば、監査官であるマクギリスに繋ぎをつけることも可能になるはずだ。相手が、すぐにこちらを信用するとは思わないが、交渉のしようはあるだろう――

 と思ったところで、轟音とともに地面が震えた。

「……来やがった!」

 ミサイルで砲撃されるのは、これまでの人生ではじめてのことだ。

 なるほど、これは凄い。ある程度予期していたから落ち着いていられるが、本当にあらゆる戦場の経験が皆無だったなら、萎縮してしまったかも知れない。

 ――東京大空襲とか、こんなもんじゃなかったんだろうな。

 平和しか知らない戦後生まれには、なかなか想像しづらいが。

「オルガ、行くのか」

「あぁ。……おやっさん、後は頼んだ」

「おう、任せとけ」

 手を挙げてそれに応えると、動力室を飛び出す。

「ビスケット!」

「……オルガ!」

 すぐに声が返った。その姿が、通路の向こうからやって来る。

「来やがった! 手筈は、こないだ云ったとおりだ。あの二人のことは任せたぜ」

 そう告げると、ビスケットは帽子のつばに手をかけて、しっかりと頷いた。

「わかったよ」

 強い応えに頬を緩めると、向こうから一軍隊長のハエダ・グンネルが怒鳴り散らしながら現れた。

「何やってやがる、オルガぁ!」

「……今出るとこッスよ」

 右目を眇めて云ってやるが、ハエダの激昂は収まらなかった。

「遅いぞ! 一軍は背後から回りこむ、参番組は正面から敵に当たれ!」

「……了解」

 そうして、自分たちはここを捨て、マルバとともに逃げ出すつもりなのだ。

 ――まぁ、そうはいかないのはわかってるがな。

 “空き家”を乗っ取っても意味がない。逃してしまっては、事態が落ち着いたころにのこのこと戻ってこられて、美味いところだけ持っていかれるのが落ちだ。

 やるならば、誰の目にも見えるように完遂しなければ。

 そのためにも、仕掛けておいたモノが役に立つと云うことだ。

 唇の端をつり上げながら、格納庫の前に急ぐ。

「遅えぞオルガ!」

 そこには、指揮用MWから身を乗り出し、苛々とした風を隠さないユージンの姿があった。

「悪ぃ。――シノとミカは」

「もう出てる。三日月が指示出してるぞ、大丈夫なのかよアレ」

「あぁ、攻撃はミカに任せた」

「マジかよ!?」

 目を見開くユージンには構わず、ヘッドセットをつけてMWに乗りこみ、阿頼耶識システムに接続する。

 ――いや、これ使えるか?

 脳神経に負荷がかかっていることしかわからない。仏教の方の阿羅耶識――主に唯識、つまりは奈良六宗の法相宗の概念だ――ならば、多少はわからぬでもないのだが。アーラヤ、つまりは蔵の識、意識や、自我を表す末那識の背後にある、自我を形成する素となる識、と云っていいのだろうか。前世だ来世だと云う錯覚を起こさせる識、というものらしい。

 ――そう考えれば、本来の意味の“阿頼耶識”は、確かに働いてるんだろうがな。

 それでシステムが動くかと云うと、それはまた別の問題だ。

 心霊スポットに行った時に偶にある、“見られているような気がする”を反転させた、“見えているような気がする”だ。つまり、本当には見えていない。自在に使いこなすなど、遥かかなたのことでしかない。

 ――とりあえず、目視優先だな。

 “オルガ・イツカ”も、多分さして変わらぬ程度でしか使えなかったのだろう。さもなくば、わざわざ戦場で身を晒す意味がわからない。それこそ“赤い彗星”や“連邦の白い悪魔”ではないが、その乗機がそこにあるだけで皆が奮い立つと云うこともある。それをしないと云うことは、モニタ越しでない視認に意味がある証拠だろう。

 ――阿頼耶識に関しちゃ、ポンコツ同士かよ。

 まぁ、この身体は“オルガ・イツカ”のものだから、それも当然のことなのだろうけれど。

「敵は」

「わかんねぇよ。だが、MWが一個中隊ほど、所属は不明。先刻の爆撃も、多分ヤツラの仕業だぜ」

「だろうな」

 MWが一個中隊分に、MS――グレイズが三機。いくら民間警備会社に守られているとは云え、小娘ひとりに御大層なことだ。

 参番組はと見れば、“三日月”とシノを中心に、小気味良い動きを見せている。

「よーし、いいぞお前ら! その調子で、だが押し過ぎずにやれ! 攻撃のタイミングはミカに任せた!」

〈マジかよオルガ!〉

 シノが、悲鳴のように叫ぶ。

〈三日月じゃ、全体の指揮なんか取れねぇだろ! 何考えてんだ!〉

〈シノ、うるさい〉

 “三日月”が、面倒くさそうな声で云う。

〈“オルガ”が云うんだから、そのとおりにすればいいでしょ〉

〈三日月、てめぇ!〉

「あー、もめんな、って、もめる余裕があって結構だな」

 まなざしの先の機体は、どちらも鮮やかな動きで敵を潰している。

 と云うことは、まだまだやれると云うことだ。

 ヘッドセットの通信先を切り替える。

「……ビスケット」

〈――何だい、オルガ〉

「一軍の連中は出たか」

〈うん。社長と一緒に出ていったみたいだ〉

「よし」

 後は、こちらが目視で一軍の動向をチェックし、充分離れたところで仕掛けを動かせば良い。

 それよりも、

「“お嬢様”は」

〈無事だよ。侍女のひとともども、格納庫に匿ってる〉

「よし。引き続き、エイハブリアクターの反応を探っておいてくれ。――ミカ!」

 通信を切り替え、全体に聞こえるように叫ぶ。

「下がって、機体を乗り換えろ。皆は防御だ! こんなところで死ぬんじゃねぇぞ!」

〈〈〈おう!!〉〉〉

〈――おい、オルガ〉

 ユージンが、直通で声をかけてくる。

〈てめぇ、三日月下げるとか、何考えてやがるんだ〉

「切れんなよ、ユージン。考えがあるんだ」

〈また独断かよ!〉

 副隊長である自身に相談もなかったことを、ユージンは怒っているのだろう。

 だが、

「ビスケットには話してる。――こればっかりは、見なきゃ信じらんねぇだろうと思ってな」

 そのビスケットにしても、クーデリアの件があったからこそ信じてくれたのだ。何もなしのユージンが、すとんと腑に落ちるとは思われない。

「――そろそろか」

 MWの立てる砂煙が、奥の丘陵の稜線を越える。

 右目はやや乱視気味だが、それを補うように左目はよく見えるのだ。乱戦の向こうの、遠いMWの一軍の姿も。

「ビスケット!!」

〈わかってる!〉

 その返答とともに、どんと花火のような音がした――逃げ出す一軍の最中から。

 色鮮やかな光が、夜明け前の空に輝く。それは、きらきらと光の粉を振りまき、やがて儚く消え去った。

 刹那の光輝、だが、それで充分だった。

〈――信号弾……?〉

 誰かの呟きが耳に入る。

 と、敵MWが、半分以上の戦力を方向転換させた。

「食いついた!」

 恐らく、逃げる一軍の中に、クーデリアがいる可能性を考えたのだろう。

 もちろん、あの中にクーデリアの姿はない。しかし、そんなことは敵にはわからないし、万が一の可能性を潰しておかないなどと云う指揮官はない。

 つまりは囮だ。

 けれど、参番組の少年たちの中には、事態を把握できないものもあるらしく、何体かのMWが動きを止めてしまっている。

「止まんな、てめぇら!」

 それへ、喝を入れてやる。

「まだ戦いは終わっちゃいねぇ! 最後まで気を抜くな! ――それに気をつけろ、新手が来るぞ!」

〈新手って、お前……〉

 ユージンの声を遮るように。

〈オルガ!〉

 ビスケットの声が割りこんできた。

〈来たよ、エイハブリアクターの反応だ! 二時の方向から……三機!〉

〈エイハブリアクター!?〉

〈MSかよ、マジか!〉

〈ってぇか、あれ、あの紋章、ギャラルホルンかよ!?〉

 ユージンやシノの声が、混乱を表して入り乱れる。

「……来やがったな」

 唇の端がつり上がるのがわかる。

 さぁ、すべてはここからだ。

「ミカ!」

〈――はいよ〉

 いつもと同じ、飄々とした声。

「来たぞ、ブチかませ!」

〈わかった〉

 “三日月”の返答を聞きながら、ヘッドセットに叫ぶ。

「来るぞ! 皆、潰されねぇように回避しろ!!」

 云い終わるか終わらぬそのうちに。

 明けゆく空を、黒い影がよぎった。続いて、大きな振動がMWを揺るがす。

 ――これが、グレイズ。

 人型兵器としては、格段に大きい。お台場のUCガンダムよりは小さいが、それでも。

 これが、動いて攻撃してくるのだから、それは混乱もするだろう。

「皆、無事か!? アイツに潰されたヤツぁいねぇだろうな!?」

〈動ける連中は、全員回避した!〉

 シノから答えが返る。

 降りてきたグレイズは、多分例の大リスのものだろう。少し離れたところにさらに二機、あちらがクランクとアインの乗機に違いない。

 そしてシノの云うとおり、CGSのMWは、かなりの数がまだ生きて、動いている。

「よぉしお前ら、退避しろ! ミカが出る!」

 その言葉が終わらぬうちに、白い残像が見えた。

 地響きを立てて、それは赤い大地に降り立つ。

 白い機体のガンダムフレーム――ガンダムバルバトス。

 宇宙世紀のガンダムよりも腰が細く、いっそフレームが剥き出しのようにも見える。

 だが、特徴的なフェイスは紛れもなくガンダムそのもので、白、赤、青、黃のカラーリングとも相まって、ヒロイックな風を漂わせていた。

 RX-78-2と決定的に異なるのは、その装備だ。ビームライフルもビームサーベルもシールドもない。あるのは無骨なメイスだけ。それを手に佇む様は、中世ヨーロッパの戦士のようだった。

 ――肉弾戦系ガンダム、か。

 メイスでの殴り合いがメインの戦いでは、確かにそう云いたくもなる。

〈“オルガ”〉

 “三日月”が云った。

〈やっていいんだよね?〉

「おう。だが、殺すなよ!」

〈……頑張る〉

「頑張るとかじゃねぇ、やれって云ってんだろ!」

〈……うるさいなぁ〉

 機械の腕が、巨大なメイスを一振りする。

〈な、何だ貴様!〉

 と、大リスらしき声が叫ぶ。

 それに、

〈――三日月・オーガス、ガンダムバルバトス、行くよ〉

 次の瞬間、白い機体が疾走った。

 引かれたメイスが、グレイズの胸部を強打する。丁度、コクピットのすぐそばを。

 激しい打撃音。

 そして、グレイズの動きが停止した。

〈やった!〉

 ライドらしい声が叫ぶ。

「殺してねぇだろうな?」

 問いかけると、バルバトスのコクピットを開けて、“三日月”が姿を現した。

〈大丈夫だと思うけど――ちょっと待って〉

 生身でひょいとグレイズに取りつき、何やら操作すると、グレイズのコクピットが開いた。

 そこに首を突っこみ、

〈……うん、生きてる〉

「良くやった、ミカ!」

 さて、ここからが腕の見せどころだ。

〈オーリス!〉

 と叫ぶ低い声、これがクランク・ゼントだろう。

 “三日月”はちらりとそちらを見ると、バルバトスのコクピットに戻って、機体を動かした。

〈やるの? それなら、コイツは殺すよ〉

 メイスで、コクピットが開いたままのグレイズを指す。

〈卑怯な!!〉

 叫ぶ若い声、こちらはアイン・ダルトンに違いない。

「卑怯も何もあるかよ。それじゃあ、小娘ひとりのために、ギャラルホルンがMWの中隊と、MS三機で民間警備会社を攻撃すんのは、卑怯じゃないとでも云うつもりか?」

 割りこんでそう云ってやれば、

〈くっ……!〉

 悔しそうな声が返る。

 アイン・ダルトンは真面目過ぎるタイプのようだったから、こう云う煽りには弱いだろう。

「とりあえず、MWごと撤退してもらおうか。交渉は、それからだ」

〈……わかった〉

〈クランク二尉!〉

〈確かに、われわれのやり方が卑怯だった。――MWを引けば、交渉の余地はあると云うことだな?〉

「俺たちの方はな」

 ギャラルホルン火星支部長の、コーラル・コンラッドとか云う男が、どう考えるかはわからないが。

〈わかった〉

 そう云うと、二機のグレイズは撤収していった。そして、CGSを攻撃していたMWたちも。

〈――終わった……のか?〉

 ユージンの呟くような声。

「あー……まぁ、とりあえずは、な」

 大リスを生け捕りにしたことで、この先の分岐が新たに生まれたはずだ。これで、エドモントンでのアインとの戦いを回避する道筋はできた。この先如何では、まだ対立する可能性は残っているけれど。

 ギャラルホルンが撤収したので、そのうち一軍の連中が戻ってくるだろう――弾除けにしたはずの参番組から、囮にされた怒りを腹いっぱいに抱えたまま。

「一軍が戻って来る前に、捕虜は隠しとけよ」

 ぐだぐだ云われるのは面倒だ。ギャラルホルンに帰せと云うか、金を要求しろと云うか――どちらにしても、こちらの思惑からはかけ離れている。

 グレイズは、隠しようがないので、そのままにしておくとして。

 ――さぁて、正念場はここからだ。

 CGSを乗っ取らなくては、この先には進めない。“鉄華団”にならなくては、あの未来は回避できないのだ。

 そのためには、憂鬱なことも乗り切らなくては。

 溜息とともに振り向くと、明けゆく空の下、見慣れてしまったMWの立てる砂煙が、こちらへ近づいてくるのか見えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。