【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】 作:くずみ@ぼっち字書き。
「僕の兄さんが、ドルトコロニーにいるんだ。出来が良くて、僕なんかとは全然違うんだけど……仕事があって全然帰ってこないから、近くに行くんなら会えないかなって……」
ビスケたんがそう言い出して。
「――ドルトコロニーかぁ……」
“オルガ”が歯切れ悪くかえす。
「オルガ……駄目、かな?」
上目遣いのビスケたんのおねだりに、とうとう“オルガ”が陥落した。
ふぅっと、息を吐きながら。
「――仕方ねぇな」
――ってちょっと“オルガ”!?
日頃からビスケたんに甘いのはわかってたけど――だけど!
何考えてんのさ!?
ドルトコロニーは鬼門だ。
フミタン・アドモスは、あのコロニーで、クーデリアを庇って撃たれて死んだ。
それだけじゃない。ビスケットの兄、サヴァラン・カヌーレは、クーデリアをギャラルホルンに突き出そうとした張本人だ。
そのせいで、身代わりになったアトラはひどい目にあったじゃないか。
挙げ句に、何もかもが裏目に出て、良心に押し潰されたサヴァラン本人は自ら命を断ったし、それが元で――ビスケットは。
「――“オルガ”」
ひんやりとした声が出た。
“オルガ”の視線が泳ぐ――ほら、ちゃんとおれの目を見てよ。
「……仕方ねぇだろ、進行上の問題もある」
モソモソと返事があるけど、それで納得しろって、“オルガ”?
無言で見据え続ければ、肺いっぱいの息を全部吐くようにして、“オルガ”の目がうっそりと細まった。
「――……フミタンと、話をしてみっかなぁ……」
ボソリと呟いて。
「……ミカ」
恐々呼ぶ声。
――………そう。ドルトコロニー寄りは撤回する気は無いってことだね。
動乱は避けられない。
“オルガ”の中で決定してるなら、それを覆すようなことはしないけど――だからと言って、二つ返事で了承してる訳じゃないんだよ。
「フミタンと話がしたい。呼んできてくれ」
頷くだけで、踵を返す。
口を開けば、百万語くらい文句が零れてきそうだった。
ブリッジを出て、廊下を歩いている間も、イライラとモヤモヤが晴れない。
いつもなら姿を見るだけで寄ってくるライド達年少組も、何かを察してか、離れたところからもの問いたげな視線を投げてくるだけだった。
角を曲がったところで、ユージンにぶつかる――一瞥するだけですれ違おうとしたら、腕を取られた。
「なに?」
思ったより尖った声が出た。
「――……なんかあったのか?」
ぶつかったことを咎めるのではなく、ただ心配するような口調だった。
なんだよ、自分だって余裕ないのに――お優しいコトで。
内心で苦笑がこぼれる。
「“オルガ”のいつものアレ」
答えれば、ひどく意外そうな眼差しが返ってきた。
「――おまえでも不満に思うことがことがあるのか」
「むしろ危惧」
「……シノも言ってたけど、難しい言葉を使うよな、最近」
「お勉強の成果?」
「疑問形か!」
いちいち突っ込んでくるのが楽しいな。ユージン。話してたら、アタマも冷えてきた。
そうだね、とりあえず、今はやるべきことを。
「ユージン、おれが呼んでるってダンテとシノとアインに伝えて。チビ共の部屋に集合。ユージンも来て」
「はあ? んなとこで何すんだよ?」
「おれはクーデリアを呼んでくる」
「質問に答えろやコラ」
「気晴らしと、お勉強。ここんとこ船内トゲトゲだから」
言えば、途端にばつの悪い顔をして、モゴモゴと言い訳しながら頷くユージンは、本当に良いヤツだと思うよ。
クーデリアの居室を訪ねれば、フミタンはもちろん、なぜかアトラも居た。
あんまり自然に出迎えられたから、部屋を間違えたのかと一瞬焦った。
「どうしたの三日月?」
「“オルガ”が、フミタン呼んでこいって」
「え? なんで?」
「聞いてない」
まあ、大凡の予想はつくけど、それはここで話すような内容じゃない。
アトラは首を傾げて、部屋の奥の二人を振り向いた。
クーデリアは少し不安そうで、フミタンはどこまでもクールに見えた。
「――……私も行きます」
沈黙のあと、クーデリアが立ち上がる。
その前にそっと寄って。
「クーデリアには頼みたいことがある」
覗き込めば、紫の目がパチクリと瞬いた。
「どーして!?」
叫んだのはアトラだった。
「三日月、あたしにはお願いしてくれないのに!」
「――……食いたいもの頼んでるけど?」
「それはリクエストだもん!」
――え? どう違うの??
カラメルみたいに甘そうな色の眼が、ウルウルして見上げてくる。
「なんでクーデリアにだけ……」
「――わかった。じゃあ、アトラとクーデリアに『お願い』する」
途端に晴れやかに笑うんだから、単純と言うか強かと言うか。
クーデリアを見れば、なぜかツンと、顎を上げて見下ろしてくる。
「どんなお願いでしょうか?」
「おれたちに、読み書きを教えて」
二対の眼差しが、不思議そうに覗き込んでくる。
「三日月は最近、読み書きできてるよね? タブレット読んでるし」
「読みはね。あと、おれだけじゃなくて、チビ共にも。せっかく時間があるんだし」
言葉を切って。
「ダメかな?」
――小首かしげて上目遣い。まあ、可愛くないことなど百も承知だがな。ふは。
クーデリアは勢い良く首を振った。
「駄目だなんてそんなこと! 読み書きはきっとこの先で必要になるわ」
「教えるよ!! もちろん!! なんでも聞いて!!」
アトラ、食い気味で少し怖えよ…。
その間に、フミタンは戸口に向かっていた。
一瞬だけ視線が絡んだけど、すぐにそれはクーデリアに向けられた。
「お嬢様、では、わたくしは行ってまいります」
「……フミタン」
「お嬢様は、皆さんと一緒に居てください」
心配そうなクーデリアに見せるフミタンの表情は柔らかい。
「“オルガ”の話が終わったら、チビ共の部屋に来てよ」
告げればひとつ頷いて、背筋の伸びた姿は、廊下の向こうへ消えて行った。
結論から言おう。
お勉強会はカオスだった。
いや、みんな楽しく真面目に勉強したんだよ――そりゃもう熱心に。
例えば、『Å』はアトラの『A』、『B』はビスケットの『B』なんてやってったら、アルファベットが取り合いになった。
いやいや、分け合えよお前ら。
仕方がないから、『ドレミの歌』に切りかえてみたら、今度は喉が枯れるほど歌わされた――サウンド・オブ・ミュージックもびっくりである。
それでもこの短い時間で、チビ共がみんな、ほとんどのアルファベットを、読んだり書いたりできるようになったのは快挙だ。
クーデリアもアトラも、終始楽しそうだったし。
そのうちに合流したフミタンと共に、クーデリアは部屋に戻って行った。
騒いで腹を減らしたチビ共は、アトラが食堂へ連れて行った。
残ったのは、シノとユージン、アインと、それからダンテだった。
「『ここからは大人の時間です』って誰かが言ってた」
「本当にお前はどんな資料で学んでいるんだ…」
アインが呆れた顔になる。
別になんでも良いじゃない――って事で、今度は格納庫に移動。
その端っこのダンテ・スペースへ。
「ダンテ、例のものは?」
「これだ。一応、言われた通りに組んでみたけど、どーすんだこんなの?」
ギャラルホルンとの戦闘で壊された元CGSのMWのインターフェイス、敵MWから剥ぎ取った質のいい回路とかモニタとかターミナルとか色々、監視カメラのレンズ。それから一軍から巻き上げておいた割と新しいタブレット他諸々ーー動力はバルバトスから。
うん。見た目は見事にガラクタだな。
「いま見せるよ――起動できる?」
「ああ」
ダンテが操作して、モニタが明るくなる――次の瞬間、おれの持ってる別のタブレットが、ポケットの中でブルッと震えた。
「繋がった」
モニタにはおれの顔が、タブレットの画面にはおれを含めた今いる面々の姿が映っている。
「通信機か? なぜブリッジのを使わない」
アインの言葉に、皆も怪訝そうな顔をした。
「怒られるから」
言いながら操作する――一軍の誰かが溜め込んでいたらしき『おかずファイル』から、とりあえずチョイスしといた画像、動画を再生。
モニタには、たわわなお胸様やプリプリの尻神様達が降臨した。
「おおおおお!!」
「おまっ! みかづッ!? なにやってんだ!!」
「貴様ぁッ!?」
「ちゃんと映ったな!」
それぞれ、シノ、ユージン、アイン、ダンテの発言である。
あんまり騒ぐなよ。ヤマギとかに見つかるじゃないか。
よーし、通信はいけそうだ――うん、さすがギャラルホルン、良い回路使ってる。
「だから『大人の時間』――って、冗談はここまで」
画面を切り替える――あからさまに残念そうな顔すんな、シノ。
ザーザーと流れるホワイトノイズ――んん、まだ遠いかな。ドルトコロニー。明日には入港する距離なんだけど。
諦めかけた頃に、ノイズ混じりのボイス。
―― ……移動の自…や集会を……権利…制限す…ため、――……氏は……、…内の……の区域に、非常事態…宣…を――……の、は……に拡大し…、――
お、拾った。
シグナルを変えて、ニュースをいくつか切り替えていくけど、内容は似たりよったり。
さらにシグナルを変えていけば。うん。さすがに軍用だけあって、やっぱり搭載されてるよね、暗号化解除コード。民間のセキュリティなんて紙にも等しい。
ふふふ。電波取り放題聴き放題。これ乗っ取りもできるな。電波ジャック――しないけど、今は。必要ないし。
個人間の遣り取りらしき通信さえも、丸裸にして聞いていけば。
どうあってもきな臭いな、ドルトコロニー。
これ、武器はもう労働者達に流れてる。暴動からの鎮圧のシナリオは既に書かれていて、民衆は知らずに舞台に上げられている。
皆の目が険しくなっている――アインは悔しげに唇を噛んでいる。
「――ビスケットは、ここに降りるって言ってんのか!」
ユージンが叫んだ。
裏を知らないユージンからしてみれば、ただ暴動が起こるだろうコロニーに仲間を行かせたくないと、その一点からだろうけど。
「……止めることは出来ないのか?」
細い声だった――アインは、ギャラルホルンの所属だったから、その絡繰りの一端に勘付いたのかも知れない。
止めるって何を?
――この大きな流れを、悲劇を、この段階にきて食い止めるなんて、神様でもなけりゃ無理だ。
そしてビスケットも。
「あれで頑固だからなぁ。止めても降りると思うぜ、ビスケットなら」
シノの言うとおり。
そして、なにより“オルガ”がそれを望んでない。
この先の道筋の為には、ここを乗り越えることが必要なんだろう――だとしたら、おれが絶対にやり遂げなきゃならないのは、ビスケットを無事にこの船に連れ帰ること――その心を“オルガ”から離すこと無しに。
「手伝って」
頼めば、皆の目が一斉に向けられる。
「おれはビスケットと一緒に降りる――多分、ゴタゴタに巻き込まれるだろう。その時、船に戻れるように」
ガラクタにしか見えないだろうソレを指差せば、ダンテが得心したように頷いた。
その指先が器用に閃くと、モニタには市街地の地図が――立体の路地すらも詳細に浮かび上がる。
「お前らの位置はここに出るんだな」
「そう」
「なるほど、俺たちは通信を傍受しつつ、お前らに出来るだけ安全な逃げ道を伝える、と」
「そう」
「で、必要あれば迎えに来いって?」
ニヤニヤ笑うのはシノだ。
「そう。ダンテには装置の操作、シノは万一の際の実動。できれば明宏も巻き込んで。アインは――制圧部隊がどう動くかの予測と対処。ユージンはその指揮――どう?」
ユージンが首を傾げる。
「指揮はオルガに頼むんじゃないのか?」
「“オルガ”はやることが――考えることが他にある」
多分、もう、それでいっぱいいっぱいのはず。これ以上はパンクするか、ちゃぶ台返しそう。
ユージンを見上げれば、少し考えるようにしたあと、頷いた。
「じゃ、そーゆーことで」
「おう。この装置は好きに使わせてもらうぜ」
ダンテが言えば、シノが食いついた。
「おまえ独り占めする気か!?」
――いや、シノ、ダンテが言ってるの、エロ画像のことじゃないと思うよ?
さて、明日に備えて今日は早く寝とこうかな、と、このときまでは思っていた。
寝込みをフミタンに襲われた。
何を言っているのか分からねえと思うが、おれにも分からねえ――以下略。
とにかく、人の気配に目を開けてみれば、胸元もあらわなフミタン・アドモスが伸し掛かってくるところだった。
――ここはどこのTo LOVEるかエロゲかッ!??
衝撃に仰け反って、狭い寝台の天井と壁にガンゴンぶつかる――めさめさ痛え。夢じゃない?
目をかっぴらいてフミタンを見る。
暗い部屋の中、僅かな照明に浮かび上がる女は、とても綺麗だった。
だけど、ひどく思いつめた顔をしていて、無理に作っただろう微笑みは、到底、好いた男の寝台に偲んできたようには見えない。
混乱とナニかに爆発しそうだった頭が、シュンと冷えた。
「三日月……あなた、お嬢様を守ってくれるんでしょう? どんな相手からも」
――ああ、クランク達に啖呵きったとに、フミタン、廊下にいたもんな。
ふうっと、盛大な息が肺から逃げた。
誘うために伸ばした女の手を引き寄せて、だけど、同時に剥がした寝台のシーツでその体をぐるっと包み込む。
布の感触に、フミタンは驚いたように瞬きをした。
上からギュっと抱きしめて。
「言った。ちゃんと守る。で、フミタンはどーしたの? “オルガ”に虐められたの?」
腕の中で女がふるえる――悲しいかな、この小柄な体躯では、すっぽりと包み込める包容力なんぞ望むべくもない。
せいぜい、そっと頭や肩を撫でてやれる程度だ。
「あのひとは……私が、ノブリス・ゴルドンと繋がってるって知ってたわ」
――また直球で行ったな、“オルガ”。
これはだいぶテンパってる。最近の展開はもう、原作何処行った状態だからね。
「あなたも知ってたの?」
「……おれが知ってるのは、フミタンがお嬢様を大事にしてるってこと――守りたいんだろ?」
それこそ、命懸けで庇うくらいに。
「どうしてそう思うの?」
「そうしか見えない」
おれの目には。
フミタンは、細く長いため息をついた。
「……節穴ね」
吐息みたいな声だった。
フミタンはくたりと力を抜き、そのまま体を寄せてきた――だけど、誘惑続行ってわけでもなさそうだった。
女の重みを支えながら、じっと心頭滅却する――お胸ふかふか――あああああ、いや、心頭滅却! これ苦行かよ!!
「ふふふっ」
また色っぽい声でフミタンが笑うから、ちょっとばかり恨みがましい視線になるのは致し方あるまい――って思うのに、さらにフミタンはクスクス笑う。
「……私に、女としての魅力がないって訳ではないのね」
「大変に魅力的」
迷わず即答すれば、また笑われる。
普段は結っている髪がおりて、白い頬にかかっていた。
そっと耳に掛けてやって。
「『私が欲しければお嬢様をキリキリ守りなさい』って、それくらいでいいよ」
無理にこんな真似をしなくてもさ。
ほんっと、苦笑いしかないね――表情筋がちゃきちゃき仕事してる。
人身御供か何かみたいに、身を捧げられるとか、おれどんな悪神よ。
据え膳我慢するのも男の意地。
好いた女は、ちゃんと落としてから喰う派ですが何か。
「じゃあ、相手が誰でも守ってくれるわね?」
じっと、その瞳を覗き込めば、泣きそうな光が揺れている。
「もし、わたしがお嬢様の敵になっても」
「あんたは成れない」
クーデリアの敵には、決して。
だって、その目の中の光はあんたの意志で、それは、どんなことをしてもクーデリアを守るって叫んでるから――それって、愛してるってことでしょ。どんな形かは知らないけど。
「気づいてないの?」
――自分の中にある溢れそうな情に。
しゃーないね、って瞼にキスをひとつ。
「自由が欲しければそう言って」
耳元でそっと告げる。
見開かれる双眸。唇がなんどか戦慄いて、言葉は零れず、ただ、涙が一筋すっと流れた。
――なるほど、おんなの武器。
たしかに、すっごい破壊力。
諸手を挙げて降参すれば、フミタンは幼いような仕草で涙を拭った。
それから傲然と顔を上げて、鼻を鳴らす。
「女誑し」
「ひどい誤解だ」
するりと寝台を下りていくフミタンを見送る。
――名残惜しいけどね。
これ以上は、おれが暴発しかねないから。
翌日になって、イサリビはドルトコロニーに着いた。
その情勢を知っても、ビスケットは兄に会いに行くという意志を曲げなかったし、“オルガ”も忠告だけで、強く引き留めようとはしなかった。
チラリとダンテ達に視線を送れば、親指を立ててくる。
「頼んだぜ、“ミカ”」
“オルガ”の言葉には、どこか縋るような響きがあった。
ひとつ頷いて、ビスケたんを追いかける。
コロニーに降りれば、調整されているはずの大気がざわめいているように感じられた。
昨日のうちに連絡したとのことで、このあと、サヴァランが宙港まで迎えに来るらしい。
ビスケたんは目に見えてウキウキしていて、それが、この不穏な空気にそぐわなかった。
ドルトコロニーは狭くて雑多で、小さな区画に労働者達がぎゅうぎゅうに詰め込まれている印象だった。
そこに渦巻いているのはむしろ悲哀と不安で、けれど一部で不自然なほど、声高に不満をぶち上げている輩がいる。
底に沈んだドロドロとした怒りを、諦めの底から引きずり出そうとしてるんだろう。
内心、鬱々として待っていれば、一人の男が近づいてくるのが見えた。
背が高く痩せているが、髪の色が兄弟で同じだ。顎の細い顔の中、目の形が驚くほどビスケたんに似ていて、兄弟なのだとすぐにわかった。
弟の姿を認めた瞬間、柔らかなひかりが目の中に灯った。
傍らのビスケたんが弾かれたように立ち上がり、駆け出していく。
「兄さん!」
日頃は鉄華団の中の知恵者として扱われることの多いビスケたんだけど、いま、この時はチビ共とさほど変わりがないように思えた。
「近くまで来たから、どうしても兄さんに会いたくてオルガ――俺たちの団長に頼んで許可を貰ったんだ! その、こんな大変なときに来ちゃって、悪いとも思ったんだけど…」
全身で会いたかったと表現する弟に、兄は苦笑するも、その表情は穏やかだ。
「――いや、俺もお前の顔が見れて嬉しいよ」
骨張った指がビスケたんの頭を帽子ごとグリグリするのを眺めていたら、その目が不意に向けられた。
弟と同じジャケットを着てるから、どこの所属かすぐに知れるだろう。
「君は…」
こくりと顎を下げれば挨拶ととったんだろう。
「こっちは三日月って言うんだ。鉄華団の仲間で、オルガが一緒に行けって」
「そうか。弟のわがままに付き合わせて悪かったな。わたしはサヴァラン・カヌーレ、ビスケットの兄だ」
「聞いてる――“三日月・オーガス”」
ビスケたんの咎めるような眼差しを受け、名前だけは名乗る。
肩を竦めれば、サヴァランは苦笑を深くした。
「とりあえず、向こうに車を止めてある。碌な用意はできなかったが、食事くらいは出せるよ――おいで」
促されて付いていく。
ビスケットは助手席に、おれは後部座席。
車中から見る街の中も、最初の印象と変わりなかった。
「火星ではみんな元気でやってる。クッキーやクラッカはお転婆で困るくらい」
「ははは。なら安心だな。俺は戻ってやれないんだから、お前がちゃんと守ってやるんだぞ」
兄弟の会話はどこまでも和やかだ。
こんな張り詰めたコロニーの中で、渦中にあるはずの人間が、こんなにも穏やかでいられるものか。
ビスケットは違和感を覚えないのか――浮かれすぎてて気づかないのか、無意識に気づくことを怖がっているのか。
ポケットの中、小型タブレットを起動する――数瞬後にブルッと一度だけ震えたのは、ダンテからの『OK』のサインだ。
これでイサリビの中からおれ達の位置は把握できるし、必要なら通信も取れる――出力は最低限――予備のバッテリーはあるけど。傍受されると面倒だから。
でも、なんかこう。
――とてつもなくイヤな予感がする。
「ねえ」
語らいの途中でごめんね。
「どこに向かってるの? こっちって市街地じゃないよね?」
問いかけに、サヴァランの肩が少し強張った。
「……ああ。ちょっとだけ寄り道したいんだけど、良いかな?」
「ダメ」
言いながら、運転席のサヴァランの首をホールド。後頭部に銃口を突きつけた。
「戻って」
――宙港に。
ハンドルがぶれて車が蛇行する――後続車の動きが明らかに変わる――避けるのではなく追尾する方向に。ほらね。
「三日月!?」
ビスケットが悲鳴を上げる。
「ビスケット、運転代わって」
「何やってんだよ三日月! 兄さんを放せ!」
逆に掴みかかってくるから話にならない。
トン、と鳩尾に軽く――このあと動けないと困るし――拳をあて、静かにさせる。
「ビスケット!」
「あんた、弟を売るのか?」
恫喝すれば、蒼白な顔で首を振る。
「違う!」
「じゃあなんで?」
――連中が追っかけてくんの?
後方を示してやれば、さらに顔色が悪くなった。
「売りたくないから逃げているんだ!」
邪魔をするなと、悲痛な声で叫ぶ。
――……どういうことさ?
ホールドを緩めれば、おとなしそうに見えた男は、思い切りよくアクセルを踏んだ。
タイヤが路面を切りつけ、耳に痛い音が響いた。
「あんた、何を知ってる? おれ達の『積荷』を奴らが欲しがってるのか?」
「そうだ! 船を降りるのが弟だけだと知ったら、奴ら、ビスケットを使おうとしたんだ! 『革命の乙女』を連れてこいと――だけどこいつはそんなに器用じゃない、けど、断ればどんな目に合わされるか…ッ」
だよね。宇宙ネズミの子供一匹、痛めつけるのに躊躇などするまいさ。
「…そんなッ!?」
この期に及んでようやく、ビスケたんが自らの置かれている状況を把握したらしい。
――って、全っ然フラグ折れてねえよ!
さあて、どうするよ、おれ。
後ろの車両は2台。人数は合わせて……9人か。
軍人崩れと言うよりは、やくざ者――ってことは、上を辿ればゴルドンかな。
荒事には慣れてるんだろう。ミラーに映る顔がニヤニヤと歪んでいる。
必死で逃げ回るサヴァランやおれ達を甚振る気なんだろうけど。
ポケットからタブレットを取り出す。モニタに浮かぶのは、多重層に組み上げられたコロニーの建設群と、それを縫うように張り巡らされた路地。
そして群衆の流れと、今この場のカーチェイス。
「そこの角右に入って」
指示を 出すついでに手も出す。後ろからハンドルを切れば兄弟の悲鳴が。
「ちょッ!? 三日月、指示だけ出してよ!」
「じゃあその先は左。次は直線直後に右でさらに真っ直ぐ」
意外や、サヴァランの運転技術は悪くない。ほとんどスピードを殺すことなく車体は路地を驀進する。
狭い空間では、後続車も一列に並ぶより他にない。挟み撃ちできそうな道は選んでないし。
廃工場みたいな建物の横を抜けていけば、資材だかスクラップだかが積み上げられていた。
これ使えそう。一瞬だけハンドルを奪う。
「Jenga!」
「――みかづっ!?」
車体で支えを掠めれば、その一部が盛大に崩れ落ちる――後続の車体を覆うように――潰すまではいかないけど、これで走行は不可能だ。
まあ、すぐに新手が来そうだけど。
「だから手は出さないでって!!」
「そこ左」
仕方がないとはいえ、宙港から離れてしまった。しかも、戻り道の先には労働者達の集会場――そしてその先にさらにギャラルホルンの部隊。
立ちはだかるそれを乗り越えて行くなんて。
――これはちょっと拙いかも。
おのれno breath greed(強欲息切れ野郎)、てめえはいつかトイレに流す。
そしてElysion's Coon Rascal(永遠の害獣ラスカル)、キサマも絶対駆除してやるからな!
車は乗り捨てざるを得なかった。
さらに細い路地を行くからね――昼過ぎに宙港を後にしてから数時間が経過していた。ああ、腹減った。
心なしか、ビスケたんも萎んで見える。
追手はいまだにしつこい。
クーデリアのことも勿論あるんだろうけど、それとは別にムキになってるっぽい。最初の頃のニヤニヤ笑いが消えて、鬼気迫る形相で追っかけてくるからね。
生け捕るというより、本殺しにかかってきてると思われ。
バンバン撃ちやがるので、ビスケたんのジャケットの裾にはひとつ穴が空いたし、サヴァランのスーツもヨレヨレだ。
早く艦に戻らないと――多分、もうすぐ抗議集会は暴動に発展する。
そうなれば、すぐにギャラルホルンの鎮圧という名の虐殺がくるってのに、タブレットの繋がりが悪い。多分、妨害電波が出てる――労働者たちの連携を断ち切るつもりなんだろう。
ときどきダンテ達の焦った声が届くけど、とぎれとぎれで会話にならない。
焦りは禁物と分かってるけど、もどかしくてたまらない。
――ひとりじゃ、できる事なんてたかが知れてる。
先が分かってたって、その悲劇へのカウントダウンを止める術なんて持ってない。
無力感に苛まれてる暇なんてないってのに――なんて、空腹だと碌なことを考えないね。
――イサリビに帰ったら、“オルガ”に褒めてもらって、アトラの美味い飯腹いっぱい食って、シャワー浴びてぐっすり寝よう。
あわよくば、フミタンの膝枕で――最後のは叶わない妄想だけどさ、それ以外は叶えてやる。
「ビスケット」
呼びかければ、疲れ切ったような表情ながら、まだ瞳に光を残したビスケたんが顔を上げた。
サヴァランと言えば、膝を抱えて震えている。弟が居るから、まだ崩れ落ちないでいられるんだろう。
「なに?」
「ここからベリーハードモードになる」
「……むしろここまでベリーハードモードじゃなかったのが驚きだよ」
――いかんビスケたん、瞳から光を消さないでよ。
酷なようだけど、このままチンタラやってたら、ドルトコロニーから出られなくなってしまう。
タイムリミットは、多分、夜明けまで。それを過ぎれば、イサリビはおれ達を残したまま出港せざるを得ないだろう――クーデリアを守る為に。
ギャラルホルンは一枚板では決してない。
ラスタル・エリオンは、鉄華団がマクギリス・ファリドの配慮を得ているとしても、『革命の乙女』の身柄を抑えることに躊躇いは無いだろう。
そもそも、マクギリスはクーデリアの乗船を知らない体で地球降下の許可を出しているのだから。
ふうっと息を吐いて。
タブレットに落し込んだコロニーの地図を映す。
「いまここ。労働者集会がこっち。で、この真っ赤になってるところが――ギャラルホルン」
ビスケたんの顔色が見る間に青ざめていった。兄はもう土気色に近い。
「ッ、…ナボナさん! 俺は戻らなくては…」
「戻っても何もできない」
それが現実だ。
「助けたいなら、おれ達と一緒に艦に来て――『革命の乙女』に呼び掛けてもらって、この集会自体を解散させるんだ」
――これは嘘。
どうあっても集会は暴動に発展するだろう。運が良ければナボナ・ミンゴは助かるかも知れないが、恐らく無理だ。
作中では、ナボナは流れ弾に倒れたっていうけど、本当は狙い撃ちされたんだろう――労働者たちのリーダーである男を、ゴルドン達が見逃すはずないから。
――ごめんね。
許さなくていいよ。真相を知った絶望の中でおれを憎んでくれていい。
ビスケットをイサリビに連れ帰るために、おれは、あんたの仲間を見捨てる――どれだけ、あんたがその人たちを大事に思ってるのか、知ってても。
もしかしたら、“オルガ”に代わってビスケたんに恨まれるのは、おれかも知れないね。
なんだかいろいろ苦いけど――
「おれ達はここの路を抜けていく」
地図にかろうじて浮かんでいる、そのライン。
「三日月、路ってこれ…」
――うん。もはや路じゃないけど。配管の上。多分、猫くらいしか通らない。
だけど、他はもう閉鎖されてる。ギャラルホルンを真っ向から抜けていくのは不可能だ。
ビスケットが迷ったのは一瞬だった。
その顔は、兄に甘える弟の顔じゃなくて、鉄華団の参謀に相応しいそれ。
「兄さん、一緒に来て。もう時間が無い」
気圧されたようにサヴァランが頷く。
立ち上がって膝を払う。三人顔を合わせて頷き、次の瞬間には走り出した。
眼下にのぞむのは、溢れかえる人の熱気――声高に叫ぶのは、あって当然の権利だ――いまはまだ。
高度に怯むビスケたんとサヴァランをフォローしつつ、無事にその上を通り抜け、さらにはギャラルホルン部隊の包囲を抜けるべく進む。
ここまでは、順調。だけど――。
パァン、と、大きく弾けるような音。
それは労働者サイドから発射された一発の銃弾だった。
最初に起こったのは小さな混乱で、人々は銃を持つ人間から離れようとする流れが起こった。
だけどそれは、方々からあがる怒声や罵声――経営陣や地球圏を罵る声が方向を変えて――人々が、暴徒化していく。
上からはそれが、まざまさと見て取れた。
「――っ! ナボナさんが!!」
咄嗟に身を翻そうとしたサヴァランを抑えつけて、ビスケットに目配せ。
意図を察したビスケットは、背の高い兄の腹に手を回し、グイと持ち上げた。
「兄さんごめんね!」
「放せ! ビスケット!!」
ビスケたんが辛そうに唇を噛む。
「急げ!」
もう猶予がない。
可能な限りの速さで配管を渡っていく――サヴァランを担いだビスケットの重量が集中して、管がギシギシ嫌な音を立てた。
バリンと何かか外れる音がして、配管がずれる――何かの欠片が下に――ギャラルホルンの部隊の上に。
ぶわりと、嫌な汗が滲んだ。
すべてがスローモーションみたいに見える。ゆっくりにしか動けないような錯覚に苛立ちながら、ビスケットの胸ぐらをつかんで引き寄せる。その重量の向かう向きをコントロールして、前に、更に前に。
足元にはまだ確かな配管――だけど、今の今までいた管が、外れて下に落ちていく。
部隊の誰かが、上を指差して怒鳴っている。
――見つかった!
ビスケットが――サヴァランが身を竦める。だけど、立ち止まってる場合じゃ無いんだ。
「走れ!」
サヴァランをビスケットから引き下ろして、そのケツを蹴り飛ばす。
つんのめるように踏み出したサヴァラン・カヌーレの足は、そのまま前に進んだ。ビスケットがあとに続く。
暴徒を鎮圧するためギャラルホルン本隊は広間に向かうが、うち何人かがこちらに割かれたようだ。
配管を撃ち落とす勢いで、銃弾が浴びせられる中を、ただひたすら前に走る。
大当たりこそ免れてるけど、何発か掠めて傷が増えていく――それでも重火器じゃないだけまし。
「ビスケット!」
横に開いた配管用の穴に、二人まとめて引きずり込む。
わずかの間の猶予。
さて現在地は――調べようとして、その刹那、タブレットがブルブルと震えた。
〈――三日月! おい生きてんのかお前ら!! 返事しろよ!! おい!!〉
ずっと沈黙してたそれから、音声が。
――そうか。ギャラルホルンの侵攻が開始されたから、電波妨害が緩和されたのか。
通信が回復してる――Hallelujah!
「ダンテ。生きてる。おれもビスケットもビスケットの兄貴も」
喝采を叫びそうになった声を抑えたら、物凄く平坦になった。
〈テメェ余裕かよ!!? こっちはずっと心配しっぱなしだったんだぞ!!!〉
「悪い。いまハチの巣になりかけてた」
さすがに余裕なんてない。
〈あああああぁ“!?〉
「現在地そっちで把握できる?」
ため息みたいなノイズ――って、ホントにため息ついてる?
〈――…してる。いまルート送った〉
――お。来た。
つか、ダンテめさめさ優秀なんですけど。お前がネ申か。
――あれ?
「……この青い点2個なに?」
〈シノと昭弘――お迎えな。ユージンが指示してる。そのX地点で合流出来るはずだぜ。アインがそう読んだけど、どうよ?〉
確かに――ここまでなら、おれひとりでもビスケットとサヴァランを連れて逃げられる。
――訂正しよう、お前らめさめさ優秀なんですけど。お前らがネ申か。
「後で千回キスするから」
〈いらねえよ〉
軽口を叩き合ってみれば、傍らのビスケットの顔色が少しだけ回復した。
「ビスケット、あともう少し」
「うん」
「……」
サヴァランは、まだ茫然自失から回復しきれてない様子だけど。
X地点でまで、なんとか駆け抜けよう。
再び出くわした追手に舌打ち――三人か、撃たせる前に懐に飛び込んで、一人目の顎を打ちあげる。
掴みかかってくる二人目には足払い。
ビスケットに向かおうとしていた三人目には、背後から銃弾を。
あとはまとめて配管の下に投げ落とした――長い悲鳴が、鈍くて湿った音とともに途切れる。
「Good bye forever!」
そのうちゴルドンやラスタルにも言ってやりたいね。
振り向けば、兄弟から向けられる視線に、恐れと嫌悪が混じっていることに気がつく。
――……まあ、そうかもね。
元のCGSでも、ビスケットは積極的に殺戮に加わったことなど無かったんだろう。
差し伸べたつもりの手に怯えられて、そっと下ろした。
ビスケットの目が後ろめたそうに泳いだけど、お前は間違ってない――血に濡れた手は、誰だって怖いんだ。
微妙な沈黙は、その後すぐに破られた。
「三日月!」
シノの声――X地点まではまだ距離があるけど、こちらの遅れを見越して来てくれたのか。
顔を向ければ、シノと――昭弘もいる。
ボロボロになったこっちの姿を認めて、二人の顔が顰められた。
「また派手にやられやがったなぁ!」
「まあね」
あえて陽気な声を出したらしきシノに、いつも通りの回答。
昭弘からはガシリと頭を掴まれる。
「クランクの真似やめて」
「そうさせるお前が悪い」
――やめて、グリグリするのホントにやめて。
「のんびりしてる暇は無いよ」
「確かにな。昭弘!」
「おう」
やり取りのあと、シノはビスケットを、昭弘はサヴァランをそれぞれ背負った。
「お前はまだ走れるだろ?」
「とーぜん」
夜明けまではあと少し。
どうやら、タイムリミットには間に合いそうだった。