【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】 作:くずみ@ぼっち字書き。
ドルトコロニーを、早々に後にする。
ビスケットの危惧をよそに、サヴァラン・カヌーレは、労働者組織の立て直しをはかり、それは徐々にかたちになりつつあるようだった。
「あの“演説”は、中々のモンだったぜ」
そう云ってやると、クーデリアはわずかに赤面し、そしてややそっけなく“ありがとうございます”と返してきた。
ビスケットは、当初やや“三日月”に対して含むところのあるような風だったが、いろいろ考えるうちに落ち着いてきたのだろう、三日と経たぬうちに、いつものような態度で接するようになっていた。
「兄さんも頑張ってるんだ、僕も、恥かしくないように頑張らなきゃ」
そう云う顔は、もうすっかりいつものビスケットで、どうなることかと気をもんでいた――原作のことがあったので――こちらとしては、やや肩透かしを食ったようなところはあった。もちろん、その方が断然良かったのだが。
そうして初めて、“イサリビ”の中で作戦会議を開いたのだ。メンバーは他に、“三日月”とビスケット、ユージンとダンテ、クランク・ゼント、それからトド・ミルコネン。
「何でこの面子なんだよ」
ユージンは不満たらたらで云ったが、もちろんこれには訳がある。
「ダンテとトドは、鉄華団の諜報部門みたいなモンだからな」
ダンテがネットと通信の傍受、トドが人びとの噂話から、それぞれ集めた情報を持ち寄っての作戦会議なのだ。
「俺としたことが、戦いの基本は諜報だってのを、すっかり忘れちまってた。ってわけで、多少は情報が集まったみたいだから、それを検討しながら、この先のことを決めようぜ」
「てめぇは、話し合うことなんか忘れちまったのかと思ってたぜ」
ユージンが皮肉を云う。
「それに関しちゃ悪かった。俺もこのところ、いっぱいいっぱいでな」
「ケッ」
「それはともかく、この先って、何を相談するの。地球に降りるだけでしょ?」
ビスケットが首をひねるが、問題はそこではなかった。
「あー……まずな、クーデリアの行先だが、オセアニア連邦になると思う」
「どう云うことだ」
クランクが問う。
「お嬢さんの取引相手って云うか密約の相手って云うかが、オセアニア連邦のミレニアム島ってとこにいるらしい。元アーブラウ代表の、蒔苗東護ノ介ってのだ」
「最近いっつも思うんだけど、君はその辺の情報を、どうやって手に入れてるの――って、突っこんでも無駄なんだよね?」
「企業秘密だ」
片目を瞑って云ってやると、ビスケットは深く溜息をついた。
「もういいよ……で、地球に降りるの自体は、ギャラルホルンの許可は出てるんだよね?」
「さてな、マクギリス・ファリドは許可してくれたが、実際に地球降下の許可は、地球外縁軌道統制統合艦隊が出すもんだ。その司令官は、今はカルタ・イシューだったはずだ」
セブンスターズの筆頭、イシュー家の娘。マクギリスに憧れとも恋情ともつかぬ想いを抱く女。だが、原作では、マクギリスに裏切られ、鉄華団の前に散っていったはずだ。
その“運命”を、書き換えなくてはならぬ。イシュー家とファリド家、そしてガエリオ・ボードウィンのボードウィン家が、手を携えてラスタル・エリオンに対峙できるように。
「――ところで、ドルトのギャラルホルンはどうだった?」
ダンテとトドに問いかけると、二人は軽く肩をすくめた。
「残念ながら、ものすごく統制が取れてる。コロニーは、アリアンロッド艦隊の管轄なんだよな。通信内容なんかを見てても、弛みがない」
「労働者なんかも、歓迎してるわけじゃないが、俺たちみたいな嫌い方はしちゃいねぇな。何てんだ、よく躾けられた猛犬を見てるような感じ、ってのかね」
「やっぱりアリアンロッド艦隊だよな……」
そして、ラスタル・エリオン。
原作の二期後半をちゃんと見ていない――ラストを先に聞いていたので、名瀬がアレコレなったあたりで、見るのを止めてしまったのだ――ので、ラスタル・エリオンと云う男が実際どんな人間なのかは、アニメで確認したわけではない。
だが、ああ云うタイプには憶えがあった。武人肌の権力者で、しかも人間的にも魅力がある。堂々とした、一流と云って良い人間だ――但し、その敵に回らなければの話ではあるが。
その上、ラスタルは見たところ五十絡み、一番脂の乗った年齢でもある。正直、三十前の若造である、マクギリス・ファリドに勝てる相手ではない。
だが、勝たなければこちらが潰されるのだ、無理でも何でも、是非にも勝たなくては。
そのためにも、マクギリスには、ガエリオ・ボードウィンやカルタ・イシューと、しっかりと、裏表もほとんどなしに、手を結んでもらわなくては困るのだ。
「――マクギリス・ファリドに連絡を取るには、どうしたらいい?」
クランクに訊くが、首を振られただけだった。
「ファリド特務三佐は監査官だ、あちこちの部署に出向いておられるか、あるいは――ヴィーンゴールヴに戻っておられるか」
「だよな……」
ヴィーンゴールヴと云ったら、ギャラルホルンの総本部だ。当然、ラスタルだってしばしば姿を見せる場所だろう。
そんなところに、こちらから連絡? それで、 その事実をラスタルかその部下にでも掴まれようものなら、こちらの生命まで危うくなる。
「――いや待て、確か、こないだ傍受した中に、火星支部のトップが更迭されて、後釜に、アイツの息のかかったヤツがついたって、確か……」
ダンテが、思い返しながら云うのに、思わず食いつく。
「誰だ、そいつは!」
「えーっと、確か、新江ナントカって……」
新江。新江・プロトか。
マクギリスの推挙で火星支部長にまでなりながら、最後にはそのマクギリスを裏切った男。マクギリスの組織した“革命軍”とやらの活動を目こぼししたりはしたようだが――さて、そこからどうにかできるものか。
そう云えば、今思い出したが、宇宙海賊ブルワーズと交戦するきっかけになったのは、マクギリスとトドのさしがねだった。だが、そのトドは、今の段階でもまだ、鉄華団の中にいる。
さて、どうしたものか――ブルワーズと交戦すれば、ガンダム・グシオンが手に入り、昭弘の弟である昌弘や、“三日月”お気に入りのアストンなども引き入れることができるのだが。
とりあえずは、
「新江・プロトに連絡は取れるか?」
クランクに問うと、驚いたように目を見開かれた。
「火星支部になら、可能だとは思うが――何故、新江三佐の名を知っている?」
「だから、企業秘密だって」
そう云ってやるが、クランクは、不審そうに眉を寄せた。
「お前の知略には感心するが、その怪しげなところは……」
「うん、いやともかく、ファリド特務三佐に連絡を取って欲しいって、新江三佐に頼んでくれって」
ごまかしを入れると、クランクは溜息をついて、いかにも不承不承に頷いた。
「そう云や、不用品は売れたのか」
トドに訊ねると、ひょいと肩をすくめられた。
「子どもの小遣い程度だな。エイハブリアクターでもありゃあ別だが、まぁ、屑鉄くらいじゃあなぁ」
「だよな。……海賊退治でもするかなぁ」
「はぁ!?」
途端に、ユージンが噛みついてきた。ちょっと呟いただけでこれだ。
「てめぇ、今の俺らにそんな余力あると思ってんのか!」
「いや、だがバルバトスと、グレイズが三機あるだろ。やろうと思や、できなかねぇと思うんだがな」
「……何か、あてでもあるのか」
クランクの言葉に、今度はこちらが肩をすくめる番になる。
「あてって云うか――ヤりたい海賊がいるんだ。ブルワーズっての」
「ブルワーズぅ!?」
案の定、叫んだのはトドだった。
「おめぇ、正気かオルガ! ブルワーズったら、おめぇ……」
「夜明けの地平線団とヤルほど無謀じゃねぇだろ」
「変わんねぇだろ! ったく、おめぇって奴は……」
トドは、その薄い髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
原作では、バルバトスとグレイズ改一機、それにMWくらいしか戦力がなかったが、こちらはバルバトスとグレイズ三機、しかもパイロットの一人は、グレイズを操りなれたアイン・ダルトンだ。確かに、タービンズからの掩護がないのは痛いが、その代わりにギャラルホルンの二人がいる。
原作では、MWに乗って出たタカキが瀕死の重傷を負うことになったが、今の体制ならば、ガンダム・グシオンと、ブルワーズのヒューマンデブリたちを、ほぼ無傷で手に入れられるのではないか。
そして、
「……多分だが、昭弘の弟が、ブルワーズのヒューマンデブリの中にいる」
最大の理由はこれだ。それでもって、ついでにブルワーズの母船も手に入れられたら、エイハブリアクターも含めて売り払って、多少なりとも金を手に入れたいところなのだ。
――クランクたちのグレイズを、売っ払わずにおいたからなぁ……
もちろん、そのお蔭で戦力は上がったし、今のルートだと、名瀬とそこまで親しいわけではないから、売り捌く手段が限られてくるわけで、そこまでの金銭は手に入らないのだろうが。
まぁ、そこそこの大所帯、金が手に入るに越したことはないのだ。
昭弘の名前を出したからだろう、皆、息を呑むような顔になった――“三日月”以外は。“三日月”は、若干眉を顰めるような顔をしている。もちろん、表情筋が錆びついているので、心持ち程度の変化でしかないが。
「本当に、その情報どこから手に入れてるの……」
ビスケットがまた溜息をついた。
「だから、企業秘密だって」
「またそんな。――そんな話をするってことは、その子も助け出したいってことだよね……」
「まぁな。別に賞金首ってわけじゃねぇだろうが、ブルワーズをヤれたら、名も上がりそうだしな。一石二鳥じゃねぇか?」
「……もう」
「ってぇか、昭弘の弟って、ブルワーズとやるメリットって、そんだけかよ!」
ユージンが喚く。
まぁ確かに、海賊と一戦やらかす理由が、そこのヒューマンデブリだけじゃ、若干弱いか。人員的には、もの凄く意味のあることなのだが。
「うーん、あと、ブルワーズにはガンダムフレームが一機ある。手に入れりゃ、戦力が上がるぜ」
「って、てめぇどんだけMSが好きなんだよ。ギャラルホルン相手に、戦争でもおっ始めるつもりかぁ!?」
ユージンの指摘は、当たらずとも遠からずだ。
「いずれ、それに近いことがあるんじゃねぇかと思ってる」
このままいけば、いずれ、どんなかたちででも、鉄華団はラスタル・エリオンとやり合わなくちゃならなくなる。
そうだ、原作でも、テイワズのトップ、マクマード・バリストンは、はじめこそ名瀬を通じて鉄華団を贔屓にしていたが、名瀬亡き後はあっさりと掌を返してラスタルと手を組んだのだ。
やくざ者は、テイワズは信じてはならない。ラスタル・エリオンは云わずもがなだ。
クランクは、厳しい顔になった。
「それは、その、お前たちが、社会秩序に反すると?」
「いや、単に、正義の質が違うんだろ」
特に、ラスタル・エリオンと。
「ギャラルホルンだって一枚岩じゃあねぇ、マクギリス・ファリドと他の連中とじゃ、見てるものも、目指すものも違うだろ。特に、アリアンロッド艦隊のラスタル・エリオンとなら、なおさらだ」
「お前は本当に、どうしてそんなに詳しいのだ」
クランクの眉間の皺が深くなった。
「企業秘密だ。――ラスタル・エリオンってのは、カリスマだろ。それが本気出してきたら、俺らなんざ、風の前の葉っぱ一枚、くらいなモンだ。吹き飛ばされないように、多少の自衛はしておきてぇじゃねぇか」
「……本当に、エリオン公とやり合えると思っているのか」
「だから、マクギリス・ファリドに近づきたいんだよ」
もちろん、ラスタル・エリオンの方が安定しているのはわかっている。マクギリスが革命軍を立て、ギャラルホルンの改革を望んで兵を起こした時、その急進的なやり方に反発したものは少なくなかった。最終的にそれこそが、マクギリスの反乱を失敗に追いこんだのだろうと思う。
それを変えることができれば、最後に笑うのは、ラスタル・エリオンではなく、マクギリス・ファリドになることも可能なはずだ。
もちろん、マクギリス・ファリドの創る世界が十全であるとは云い難いだろう。それでも、今を変革する意志のないところに、何が変わることもないのは確かなことだ。ラスタル・エリオンがギャラルホルンの改革を行ったのも、マクギリスの反乱があってこそに違いなかったのだ。
改革を行うならば、できれば流血の惨事なしに、犠牲なしに成し遂げたい。
そのためには、まだセブンスターズの合議制が生きている中での変革こそが、最小の犠牲でことを成し遂げる、可能性の高いものだったのだ。
「ラスタル・エリオンは、軍人肌の男だろ。そう云うタイプは、どうしたって荒事を好む――新しいナイフや銃を手に入れると、即使いたがる子どもみたいにな。でも、それじゃああんまり犠牲が多過ぎる。やるんなら、もっと穏便にやりたい。――って、まぁ、ギャラルホルンみたいな武力組織には難しいのかも知れねぇけどな」
「お前も、MSを好むあたり、やはり武力に頼っているところは否めないのだろうに」
クランクの言葉に、肩をすくめる。
「否定はできねぇな。――だが、俺の知ってる言葉にこう云うのがある――“徳なき恐怖は忌まわしく、恐怖なき徳は無力だ”。今のギャラルホルンは、“徳なき恐怖”ってヤツじゃねぇのか」
仏革命の立役者、ロベスピエールの言葉だ。悪名高き恐怖政治をはじめる時に云った言葉。
つまり、武力はそのものでは悪しかもたらさないが、相応の手綱をつければ有用であり、逆もまた然り、と云うことだ。軍の文民統制、と云う理念である。
仏革命では、通信その他の理由により、その機能が十全に果たされたとは云えなかったが、通信網の発達したこの世界においては、ある程度の達成は可能なのではないかと思う。そう、元の世界がそこそこ達成していたくらいには。
「今のギャラルホルンのやり方は、合議制で決定されているとは云え、ほぼラスタル・エリオンの思うとおりだろう。反乱や陰謀をでっち上げて、単なる労働争議を“反乱”にまでもってくってのは、誰がどう見たって拙いと思わないか?」
「ファリド特務三佐の方が、穏当だと?」
「少なくとも、あいつには改革しようって意志がある」
“自分が世界を変えられると本気で信じる人間だけが、本当に世界を変えていく”――“Think Different.”だったか。林檎マークの企業のコマーシャル。
マクギリス・ファリドは、その“自分が世界を変えられると本気で信じる人間”だ。過去の英雄――アグニカ・カイエルに頼るところがあるにせよ、かれは本当に、自分の手で世界を変えようと考えている。
それならば、それに手を貸したい。クーデリア・藍那・バーンスタインがそうであるように、マクギリスもまた、この世界を変えていく人間なのだ。原作のラインですら、マクギリスの存在なしには、クーデリアは、ヒューマンデブリ廃止条約や、火星連合の設立も果たせなかった。鉄華団の存在も、また同じことだ。
それを、もっと犠牲なしで、もっと穏当に果たしたいと考えるのは、大それた希望とは云えないはずだ。
巧く、巧く立ち回ることができたなら、マクギリスも、そして鉄華団も、生きて火星の夜明けを見ることができるはずなのだ。
「クーデリアと行動をともにしてる以上、ギャラルホルンのほとんどとは、対立する可能性が高くなる。ファリド特務三佐がセブンスターズを抑えられれば別だが、ファリド家ってのは、アレだろ、まだイズナリオ・ファリドが当主なんだろ。そこをどうにかしないと、ギャラルホルンの体制は今のまんまだ。つまり、いずれ俺らは、ギャラルホルンに狙われることになる」
「……てめぇの云ってることは、ホントに半分もわからねぇよ、オルガ……」
ユージンはくしゃくしゃと髪をかき回したが、他の面々は厳しい顔になった。こちらの危惧が、杞憂とは云えないことがわかったのだろう。
「――だが、ファリド特務三佐に連絡を取ったとして、それでどうするつもりだ」
クランクが、厳しい顔のままで問いかけてきた。
「ファリド家の当主が、それでファリド特務三佐に代わるわけではあるまい。その上、アリアンロッド艦隊には、セブンスターズのひとつ、クジャン家の御曹司もいる」
「だが、マクギリスは、地球外縁軌道統制統合艦隊司令のカルタ・イシューが旧友だと云ったし、確かガエリオ・ボードウィンの妹を婚約者にしてるんだろ」
アルミリア・ボードウィン、まだ九歳の、稚すぎる婚約者。
だが、マクギリスはかれなりに、その稚すぎる婚約者を愛しているように、アニメの中では見受けられた。それならば、兄であるガエリオとの仲さえうまくいくように計らえば、ファリド家とボードウィン家はがっちりと手を結べるはずだ。
「そこがきっちり手を組んでいれば、七家のうち三家を抑えたことになる。他の二家のうち、片方は中立で、もう一方は日和見だそうじゃねぇか。それなら勝機はある」
それに、と続けて云う。
「イズナリオ・ファリドは、クーデリアと手を結んでる蒔苗東護ノ介の政敵、アンリ・フリュウって婆さんと、裏で繋がってるそうじゃねぇか。クーデリアと俺らが巧くやれば、そっちは潰せるだろ」
「つまり、ファリド家、ボードウィン家、イシュー家の繋がりを深くさせる、と?」
「そうしたいと思ってる」
「そりゃ、随分な野望だね、オルガ……」
ビスケットが、溜息まじりに云った。
「おめぇってやつぁ……空恐ろしいな」
トドまでが。
「何でだよ。生き残りたいってのは、当然のことだろ」
「そう云うこっちゃねぇ! セブンスターズまで、駒扱うみてぇに云いやがって……」
「だが、政治ってのは、結局こう云うことだろ」
自分も含めて駒にする。その中で最適な手を考えること、それが政治と云うことではないか。
「俺は、火星とギャラルホルンが変革された、その先の未来をこの目で見たい。――力を貸してくれねぇか?」
沈黙が落ちた。
――まぁ、そうだろうよ。
こんな馬鹿みたいにデカい話、自分たちが動かせるなんて考えてもみなかったろう。
だが、“知って”いる。鉄華団は、世界を動かす――クーデリア・藍那・バーンスタインと、そしてマクギリス・ファリドとともに。
それを、さらに少しばかり動かそうと云う、ただそれだけのことなのだと。
暫の沈黙の後、最初に動いたのは、ユージンだった。
「あー……てめぇの云うことは、やっぱり半分もわかんねぇんだけどよ」
がりがりと頭を掻いて、ユージンは云った。
「でもまぁ、ホントに動かせるんなら、それより面白ぇことはねぇよな。……やってやろうじゃねぇか」
「――僕も」
と、ビスケット。
「うん、兄さんを見てて思ったんだ。今を、変えたい。僕らが、少しでも良くなる方向に。――オルガ、君は、CGSを変えて鉄華団にした。それと同じことが、世界に対してできるかわからないけど……僕もやる、戦うよ」
クランクは、難しい顔だった。
「お前の云う、ファリド特務三佐に近づくこと、それでギャラルホルンがどう変わると?」
危惧はそこか。まぁわかる。この案でいくと、セブンスターズ専制ってのは変わらないし、若者の掲げる“改革”ってのは、いつでも性急なものだから。
だが、
「――少なくとも、火星の血が入ってるから、コロニー出身だからで、昇進を差別されるようなことはなくなると思うぜ。マクギリスは、使える人間は何でも使う男だ」
その分、使えない奴にはもの凄く生きづらくはなるだろうが。
それでも、出身地や血統で、出世の道が閉ざされることはなくなるのだから、今より悪いとは云えないのではないか。
大長考のすえ、クランクはやっと頷いた。
「……わかった、ギャラルホルンの改革のため、私もお前に力を貸そう」
「お、俺は云われるまでもないぜ、オルガ!」
ダンテは、慌てたように云った。
「ヒューマンデブリだった俺たちを、解放してくれたのはお前だ。俺だけじゃない、チャドや昭弘だってそう云うさ。俺たちは、お前とともにいく」
「……トド、お前は?」
と云ったのは、今まで沈黙していた“三日月”だった。青い大きな目が、圧力をかけるみたいにトドを見る。
「どうする? 外れる? でも、お前、オルガといて楽しくなかった?」
云い募られて、トドはぐぬぬと唸りをこぼした。
「〜〜〜、あぁ、クソ、面白かった! 面白かったぜチクショウめ! お前が次何やらかすのか、面白くなっちまったじゃねぇかよコンチクショウ!」
ユージンよりも派手に、頭を掻く。
「あぁクソ、俺も手ぇ貸してやる! 俺の手は高ぇからな!」
ははは、と、誰からともなく笑いがこぼれた。
「ああ、わかってるよ、トド」
「……頼むぜ大将。俺は、無駄死したくねぇ」
「わかってる。――ユージン、ビスケット、ダンテ、クランク、トド……ミカ」
そして、ここにはいないシノ、昭弘、チャド、アイン、ヤマギ、タカキ、ライド、おやっさん、年少組の子どもたちも。
「俺たちはひとつのチームだ。絶対に生き残るぞ!」
「「「「「「おう!」」」」」」
そして、すべては動き出す。
マクギリス・ファリドから連絡があったのは、三日後のことだった。
〈……君は本当に、予想外のところから連絡を入れてくるな〉
と云ったのは、火星支部の新江・プロト支部長代理を通じて連絡を入れたからだろう。まぁ確かに、火星支部の長と、セブンスターズの御曹司(仮)が、裏で繋がっているなどと想像できるものは、部外者にはそうそうあるまい。
「その方が確実で、かつ知れたら困るところにも知られずに済むと思ったんで」
今使っているのも、秘匿回線なのだ――アリアンロッド艦隊には、何としても知られたくない。
〈“知られて困るところ”?〉
「アリアンロッド艦隊ですよ」
そして、その上に立つラスタル・エリオンだ。
マクギリスの青い目が、すいと細められた。
〈……君は、何を考えている〉
「無事に歳を食って、碌でもない年寄になりたいってだけですよ」
真っ白な頭で、若造みたいな格好をして、“何だあのババァ”――いや、このままいくなら“ジジィ”か――と若い連中に吐き捨てられるような、そう云う落ち着きのない年寄になりたいのだ。つまりは、無事に歳を重ねたい。それも、“三日月”や皆と一緒にだ。
〈アリアンロッド艦隊と関わると、年寄になれないと?〉
「クーデリア・藍那・バーンスタインと関係があれば、難しいでしょう」
〈……違いない〉
マクギリスは、く、と笑った。
〈それで? わざわざ連絡をよこした理由は何かな?〉
「……あんたの、今後の“予定”を聞いておきたい」
〈私の、予定?〉
「あぁ。あんたが、本当にガエリオ・ボードウィンと、カルタ・イシューを切り捨てるつもりなのかどうかを」
青い目が細くなる。
〈……どう云う意味かね〉
「云わなきゃわからないか? あんたは、自分の出自にコンプレックスのようなものがあって、過去を知るあいつらとは、本当には仲が良いわけじゃないと考えている。ボードウィン特務三佐には、いずれの蹶起の時に、手を携えて歩むと約束しているが、それを果たす気は、あんたにはない」
〈……どうしてそんな話に?〉
「さて、そこはただ“知ってる”としか云えねぇな」
のらくらと肚の探り合いをしている暇はない。それをやっていては、アンリ・フリュウを、つまりはイズナリオ・ファリドを掴まえ損ねることになる。
「俺としては、あんたがセブンスターズの実権を握るために、あの二人をきちんと抑えておいてもらいたいんだよ」
〈……随分な口のききようだな、オルガ・イツカ〉
マクギリスが笑う。美貌に浮かんだ笑みは、しかし猛獣のそれだった。
こう云う口のきき方をするために、わざわざ一対一の通信にしたのだ。今、この部屋には他に誰もいない。マクギリスの個人的な秘密を口にしても、すべてはこの部屋の中で終わる。
「あんたは、こう云うのもお嫌いじゃないと思ったんですがね、ファリド特務三佐」
〈ふん、云うな〉
「それほどでも。――とにかく、セブンスターズの中の票を固めてもらいたい。ラスタル・エリオンに、これ以上好き勝手させないために」
〈ラスタル・エリオン? アリアンロッド艦隊の司令を、知っているのか〉
「ご尊名はな」
それから、ドルトコロニーのあれこれを仕組んだのが、多分その男であることも。
「俺としちゃ、ラスタル・エリオンのやり方は好きになれねぇ。それなら、あんたに賭けた方がよっぽど良い」
〈それで、私の過去を、あれこれと掘り返したと云うのか〉
「云ったろ、知ってるんだ、調べたわけじゃない」
まぁ、アニメの設定については、確かに調べたけれど。
「あんたの出がどうだろうが、俺には何の関係もない。ギャラルホルンの中だって、別段純血の奴ばかりじゃねぇんだろ。かと云って、純血主義のセブンスターズも、実の子どもどころか、嫁すら持たない奴はいる――政治ゲームに夢中の奴とか、御稚児趣味の奴とか」
誰のことを指しているのかわかったのだろう、マクギリスの顔が歪んだ。
純血主義は、いずれその血の消滅をもたらす。天皇家がいい例じゃないか――かつての白拍子やら何やら、怪しげな血も入れていた頃は、天皇の子どもなんか、官職や嫁ぎ先も用意できないくらいたくさんいたのだ。それなのに、一夫一婦で血統を問題にしはじめた途端、ほんの数代で皇統とやらは失われかけている。
結局は、妾の血や、外の血の入った傍流の子が、大元の血に活力を与え、命長らえさせていたと知れるのだ。
だから、
「あんたの出自云々は、てっぺん獲っちまえばとやかく云われなくなるんだ。そのためにも、使えるものは何でも使えよ。あの二人と、ある程度、腹を割って話して欲しい」
〈完全に肚のうちを見せてやれ、とは云わないのだな〉
「そりゃな。見せたくないものなんざ、人間ひとつやふたつある」
こっちだって、“三日月”に見せたくない、見せられないところなんか、幾つもあるのだ――まぁ、見抜かれているような気はするけれど。
「まぁ、恰好つけなくなったら、人間終わりだ。でも、見せたくないモンがちょっと見えた時に、意外と関係ってのは深くなったりするもんだぜ」
それを、見る側は“人間らしさ”と称するのだ。
〈……楽天的だな〉
「そうでなきゃ、生きてけねぇよ」
四十年以上生きていれば、それはもう、いろいろある。例の“黒歴史”と云うヤツだ。
だがまぁ、黒歴史で人間死ぬわけじゃない。前を向いて、顔を上げて、そうすれば、やがて黒歴史すらも誇るべき過去になる――そうあって欲しいと思っている。
マクギリスは、そう云う意味ではまだ若い。それに、何より本人が優秀だ。出自の瑕瑾など、いずれギャラルホルンの頂点に立って、笑い飛ばしてやればいいのだ。
「あんたがどう思ってるかは知らねぇが、向こうは、少なくとも友人だとは思ってるんだろ? 純血の姫君を嫁がせようなんて、あんたのことを蔑んでちゃできねぇもんな」
〈――私には、それが疎ましいのだ〉
マクギリスは、険しく眉を寄せた。
〈あれは、私がどうしてファリド家に迎えられたか、よく知っているはずだ。それをお首にも出さず、あまつさえアルミリアまで〉
「じゃあ、それをボードウィン特務三佐にぶつけてみればいいんじゃねぇのか」
そう云うと、マクギリスは虚を突かれた顔になった。
〈なに、を〉
「そんで、気に食わなけりゃ、殴り合いでもすればいい。そうしたら、何を云わなくても……あー、何だ、肝胆相照らす仲とやらになれるんじゃねぇの」
二昔前の、少年マンガのように。
〈……簡単に云ってくれる〉
薄い唇が、歪んだ笑みを浮かべた。
〈ガエリオは、良くも悪くも“良家の子女”と云うやつだ。見えている世界が狭い。世界に悪などないと、信じていても不思議ではない。カルタとて同じだ――そんな人間に、一体何を云うのだと?〉
「別に、わかられる必要なんかない」
人間は、結局のところわかり合えない。ニュータイプみたいに感応力があったって、わかり合えないってのは、宇宙世紀のころからわかった話だ。“三日月”とは、とてもわかり合っている方だとは思うが、それでもすべてが通じ合っているわけじゃない。
もしも、心の底までわかり合っていたとして――別の人間である以上、意見の相違はある、その時に、人は果たして、争わずにいることができるのだろうか?
そうであるならば、むしろわからないことを前提としてつき合う方が、無用な衝突も減らせるのではないか。わかることよりも、納得できるかの方が大切だと思うのだが。
――“三日月”やビスケットは、厭がるんだろうけどな。
ユージンと、わかるわからないで云い争った時、あの二人はこちらを批難するように見た。
わからないこと、わからなさを放置すること、は、まぁ批難されても仕方のないことだと思う。
でもまぁ、ディスコミュニケーションを前提に、表面だけでも手を携えることは、付和雷同と云われはするだろうが、ある程度許容されるべきではないのか。
「だが、“敵の敵は味方”じゃないが、味方になってくれる可能性のあるものを、闇雲に切り捨てる必要はないと思うんだがな。あれだ、あんまり云い方は良くないが、なぁなぁでやる、っての」
結構それは大事なことだと思う。
主義主張の細かい齟齬を云い出せばきりがないが、例えば大枠で“ギャラルホルン許すまじ”なら大同盟もできる、そう云うことだと思うのだ。大きな目的を達した後で、個別の違いにあたっていけば良い――逆に云えば、だから大目的を達成した後の組織と云うのは、内ゲバで潰れるパターンが多くなるわけだが――のであって、それまでは、大きな統一目標に邁進すれば良いのだ。
「あんたがあの二人を嫌いだってのは、ギャラルホルンの改革より大事なことなのか?」
そうじゃないだろうと思う。
切り捨てた後で、二人の不在を淋しく思ったこともあるはずだ――多分、原作のマクギリスでも。
「あの二人を切り捨てるのは、事が成ってからでもいいんじゃないのか? それならば、まずは些事は措いて、大事をなすことだけ考えちゃくれないか」
きっとそれは、今考えているほど大変なことじゃない。
〈――わかった〉
遂に、マクギリスは頷いた。大きな一歩前進だった。
〈あの二人と話をしよう。――だが、迂闊な場所で会うわけにはいかない。君たちの船を使わせてもらえるか〉
「それは構わねぇが……」
しかし、会合の席にすると云っても、あれか、ギャラルホルンの軍艦二隻で乗りつけられるとかされると、目立ちまくりじゃないか?
マクギリスは、にっと笑った。
〈そこは、君も知っている、モンターク商会を使うさ〉
――ここでそうくるか!
こちらの表情に、マクギリスは笑みを深くした。
〈心配するな、望みどおり、穏便にやるよ〉
「――頼んますよ」
本当に。
マクギリスはまた笑うと、
〈また、近いうちに連絡する〉
と云って、通信を切った。
「――ってわけで、三巨頭の会談を、この船でやることになった」
ほぼ事後報告で云うと、案の定皆には絶叫された。
「……ホント、オルガ、君……」
ビスケットは頭を抱え、
「ホンっト、てめぇはよ!」
ユージンは髪を掻きむしり、
「お前……」
クランクも呆れ顔になった。
「しょーがねぇだろ」
唇が尖る。
こっちだって不意打ちだったのだ。確かに、それこそラスタル・エリオンにでも見つかったら拙いから、マクギリスの提案自体はわからぬでもなかったのだし。
「でもまぁ、これがうまくいきゃあ、本当の本当に、地球降下の許可は出るわけだしな!」
しかも、地球外縁軌道統制統合艦隊司令直々にだ。とにかく、穏便に地球に降りたい身としては、ありがたい話ではある。
「……オルガ、今ちょっと、現実逃避してるでしょ」
「……させてくれよ、ビスケット」
思わずコンソールになついて、云う。
だって、確かにあの三人の仲をどうにかしたいとは思った、が、まさかマクギリスがあんなことを云い出すとは思わないじゃないか――ほんの欠片も頭の片隅を掠めなかった、とは、云えない部分はあるけれど。
「イヤホント、どーすんだよおめぇ」
トドにまで呆れられた――何と云うことだ。
「どうするもこうするも、やるしかねぇだろ」
お膳立てを目論んだのは、確かに自分なのだし。
「とにかく、連絡があり次第、マクギリス・ファリド、ガエリオ・ボードウィン、それからカルタ・イシューをこの船で迎えることになる。送迎は、例のモンターク商会だ」
って、モンターク自分自身じゃないか、マクギリス。どうするんだ、誰か代理でも立てるのか?
「って云うか、三人とも忙しいひとなんでしょ。同時に休みなんか取れるのかな」
ビスケットの疑問は尤もだが、
「まぁ……部署は違うんだし、どうにかなるんじゃねぇのか」
マクギリスとガエリオがどう理屈をつけるのかは知らないが。監査官とその補佐官だから休みは同じで構わないのかも知れない。
「オイオイ、会合開ける場所あんのかよ。つか、艦内清掃しないとヤベぇんじゃねぇのか」
トドに云われて、はっとする。
そう云えば、最近はもう慣れてきてしまっていたが、男所帯の常として、“イサリビ”の中は非常に臭いのだった。汗臭いと云うか、それが饐えてると云うか――クーデリアも、当初は顔を顰めるのを隠せていなかった。最近は、嘆かわしくも慣れてきてしまったようだが。
そんなところに、いくら軍属とは云え、セブンスターズの、しかも女性であるカルタ・イシューが来れば――
「――ヤバい!」
男二人は慣れていそうだ――火星の鉄華団本部に来ても、かれらは眉ひとつ動かさなかった――が、女性はそうはいくまい。
「掃除! 掃除しなきゃ!」
ビスケットも、慌てて立ち上がる。
「お嬢さんたちにも、助っ人頼むか!?」
臭さを判定する役として。
「それがいいだろう。……うむ、それには考えが至らなかったな……」
クランクが重々しく頷いたが、それで物ごとが進むわけじゃない。
結果、全員を引きずり出し――おやっさんには、とにかくひたすら身体を洗ってもらった――、掃除と消臭、そして消毒に駆り出した。う〜ん、昔も男所帯は酷かったが、やはり密閉空間である宇宙船は違う。アルコールと✕ァブリーズ、✕セッシュ的なもので消臭消臭消臭! 風呂と炭とで臭いを抑えられた、あの頃が懐かしい。火星もそうだが、宇宙船の中も、水は貴重なのだ。
何とかまし、くらいにまでしたところで、マクギリスから連絡があった。流石に、あの怪しげな仮面はつけていない。まぁ、それが正しいだろうとも、ギャラルホルンの監査官としては。
〈――随分とお疲れだな?〉
含み笑いで云われ、苦笑を返すしかない。
「セブンスターズの姫君をお迎えするのに、少々ばたばたしてましてね」
とどめに、“三日月”がシャワー用水のタンクに投入していた洗浄剤が、大変なことになっていた。シャワーから、とにかく泡、泡、泡だったのだ。ライドたちは悲鳴とも歓声ともつかぬ声をあげるわ、クーデリアたちも叫ぶわで、犯人はクランクに頭を掴まれていた。まぁ、仕方がない。
こちらはこちらで、消毒兼消臭用のアルコール散布で酔いかけて大変だった。アルコール弱すぎだろう、“オルガ・イツカ”――職場の女子呑みでだって、こんなに弱いのはいなかった。ぐらぐらするし、吐き気はするしで、本当に最悪だった。たかだか消毒用アルコールなんかで!
〈気を遣ってくれるとは、カルタも喜ぶだろう〉
などと云われるが、いや、どうだろうか。もし喜ぶ要素があるとしたら、それはマクギリスと会うことができるから、と云うのが正しいだろうと思う。
〈お疲れのところ申し訳ないが、これから、構わないかな〉
「え……」
“これから”“構わないか”。
何をって、まさか、
〈実は、もうそこまで来ているんだ〉
やっぱり!
「だ、大丈夫です!」
って、何か少々頭の悪そうな答えになったが、許して欲しい。
〈そうか、では、接舷する〉
って、どんだけ近いんだ! センサーには反応がない――あれば、何某かの通報は入る――から、そこそこの距離はあるのだろうが、しかし。
性格の悪いにやにや笑いを残して通信は切れ、慌てて全艦放送をかける。
「全員配置につけ! 御三方がお見えになるぞ!」
〈マジか!!〉
途端に聞こえるのは、シノの声。慌てふためく風、何をやっていた。
〈えっ、えっ、お茶の用意!〉
アトラもか。いやまぁ、別の場所だから、別のことをしていたのだろうが、掃除が終わったからって、弛み過ぎだろう、皆。
とりあえず、艦長室――来客時のためだろうが、一応そんなものもあったのだ――に通すことにはなっていたから、個々人の船室までは覗かれないと思うのだが。
こちらが慌ただしく動いているうちに、モンターク商会の船舶が、センサーにその姿を現した。割合小さい、のは、“イサリビ”のような強襲装甲艦ではなく、例えて云うなら自家用クルーザーのような、小型で瀟洒な船だった。無骨なかたちの“イサリビ”と並べると、ゴリラと宮中の貴婦人のような、ひどいアンバランスさを感じる。
接舷すると、三人は小型の船――エレカーのような感じ――で、こちらのハッチに滑りこんできた。
「やぁ、鉄華団の諸君」
なんて、明るい声で云うのは、何とガエリオ・ボードウィンだ。とても機嫌が良い、何故だ。
反対に、ご機嫌斜めに見えるのは、マクギリス・ファリド。先刻の通信では、そこまで不機嫌ではなかったはずだが、まさかこちらが構えるのを避けるための演技だったのか?
その後ろからは、例の地球外縁軌道統制統合艦隊司令、カルタ・イシューがやってくる。あの、十二単とかには似合いそうなメイク――つまり、軍服には似合わない。確かに夜叉御前とかそう云うイメージだが、御本人は別にそう云う妖しいタイプでもなかったはずだ。
「お前たちが、例の鉄華団とか云うのなのね。構えずとも良い、私がカルタ・イシューだ」
うん、上からだ。まぁ、セブンスターズの握る権力を思えば、これくらいは仕方ない。むしろ、これくらいで済むのだから御の字、とも云える。
「ようこそ、レディ・イシュー、むさ苦しいところですが、お寛ぎ戴ければ。俺が鉄華団団長、オルガ・イツカです」
「あら、思っていたより礼儀を知っているのね。お前が、今回の件を発案したと聞いているけれど」
「えーと、どこまでお聞きになりましたか」
「マクギリスがいよいよ起つ、そのためにすり合わせをと」
「……はい」
まぁ、流石にガエリオと殴り合い云々は、口に出しはしなかったか。それはそうだ、云えば、間違いなく頭を心配されるレベルの話には違いない。
「とりあえずは、こちらへどうぞ」
そう云って案内に立つと、カルタがかすかに眉を顰めた。
あー、まだ臭いが残ってたか。まぁ、当社比で八割減くらいだから、これ以上は勘弁してほしい。あとは、“イサリビ”そのものを解体して、全部の部品を洗浄するくらいじゃないと無理だと思う。布やなんかじゃなくても、臭いってのは染みつくものなのだ。
とは云え、流石に軍属、姫君は特に何をいうでもなく、おとなしく艦長室へと導かれた。
「――さて」
扉を閉めるや否や、マクギリスは云った。艦長は誰だ状態で、立派なシートに腰を下ろし、コンソールをこつんと叩く。
鉄華団の人間は追い出される、かと思いきや、こちらの腕を掴んで引きずりこまれた。いやいや、別にご配慮は結構です。
「さぁ、四者会議だ。仕組んだからには、案があるのだろうな、オルガ・イツカ?」
――うわぁ。
そうきたか、そうくるか。こっちが主導してるみたいに云わないでくれないか――確かに、してないとは云えないが!
「ファリド特務三佐はご存知でしょうが、えー、俺たち鉄華団は、今現在、クーデリア・藍那・バーンスタインの護衛として、アーブラウの議会のあるエドモントン、その前に、オセアニア連邦のミレニアム島を目指しています」
「ミレニアム島?」
カルタ・イシューが首を傾げた。
「どこだそれは。聞いたこともない」
「まぁそうでしょうね」
本当に小さな島だ。日本で云えば、宮古とか西表とか。あるいは、それよりももっと小さいかも知れない。
「そこに、アーブラウの元代表、蒔苗東護ノ介がいて、クーデリアの手を待っている」
「蒔苗東護ノ介――確か、汚職の嫌疑がかかって、代表の座を退いたんじゃなかったか」
マクギリスの近くに立ったままで、ガエリオが云う。その立ち位置は、いかにも仕事での副官らしい。
「そうです。そして、蒔苗に代わってアーブラウ代表になろうと云うのが、アンリ・フリュウ――ファリド公と裏で手を結んでいるご婦人だ」
「――それで、お前は一体、何が目的なの」
カルタ・イシューが、鋭いまなざしで云った。
「蒔苗東護ノ介の復権と、アンリ・フリュウの失脚、その後に、ファリド特務三佐に、セブンスターズを抑える立場に立って戴きたい」
「……と、この若者は云うのだ」
マクギリスは、ひらりとその美しい手を翻した。
「妥当な線でしょう。現ファリド公が失脚すれば、あんたがファリド家の当主になる。セブンスターズの会議にも出席できるようになるはずだ」
つまり、ラスタル・エリオンと正面きってやりあうことも。
「この若造に、老人どもがおとなしく従うとでも?」
「数の論理ってのがあるでしょうが。老人たちが納得しやすい話を持っていけば、やれなくはないはずだ」
多分、セブンスターズの中にも、ラスタルのやや強引で、少々倫理的に問題のある手口に対する反発はあるはずだ。だが、おそらくイズナリオ・ファリドと手を組んでいるだろうラスタルを、批難することは中々難しいに違いない。
アンリ・フリュウの件は、そのイズナリオに打撃を与え、ラスタルにもダメージを与える良い機会なのだ。アンリ・フリュウとイズナリオが裏で手を組んでいるのなら、ラスタルはアーブラウに介入することはできないだろう。狙い目はそこだ。かわされているはずの不可侵条約が、イズナリオの首を絞めることになる。ラスタルが介入可能になるのは、イズナリオが完全に失脚した後になるはずだからだ。
「あんまり過激なことを云い出さなければ、あんたの意見が通る可能性はある。だから、これ以上アリアンロッド艦隊に好き勝手させねぇで欲しいんだ」
「アリアンロッド艦隊――エリオン公が、何をしたと?」
ソファに腰を下ろしたカルタが云う。
それに向き直り、
「こないだのドルトコロニーの一件をご存知ですか」
「ええ、労働者が武力でカンパニーを転覆させようとしたとか云う……」
「あれを起こしたのは、ギャラルホルンが裏で糸を引いていたからです」
カルタは目を見開いた。
「嘘よ! コロニーは地球外縁軌道統制統合艦隊の管轄――」
「だが、現在はコロニーも、事実上アリアンロッド艦隊が管轄しているな」
マクギリスの冷静な声が指摘し、カルタは悔しそうに唇を噛んだ。
「……確かに、アリアンロッド艦隊、エリオン公の威光は大きいけれど、われわれの管轄にまで介入されるとは、地球外縁軌道統制統合艦隊の名折れ……!」
「俺も、ドルトコロニーの映像は見た。あの反乱に、エリオン公が関わっていると?」
ガエリオの言葉に頷く。
「そうです。それから、火星のメディア王、ノブリス・ゴルドンも」
「――それは、確かなことなのか」
今まで椅子に坐りこんでいたマクギリスが、身を起こして訊ねてきた。
「出どころは云えませんがね。だが、そのノブリスから、クーデリアの活動資金も出てる。俺としては、それもあって、迂闊なことは云えねぇ」
とりあえず、地球に降りて、また帰ってくるまでは。
「……なるほど」
マクギリスは頷いた。
「確かに、ノブリス・ゴルドンと云えば、黒い噂も絶えない御仁だ。それと結んでいるとなれば、拙かろうな」
「えぇ」
ラスタル・エリオンも、そしてクーデリア・藍那・バーンスタインも。
メディア王と為政者の癒着なんて、珍しいことでも何でもないが、それが実際に反乱を“起こさせた”となれば、話は違ってくる。
ましてノブリスは、メディア王と云うだけでなく、原作の中でマクマード・バリストンとやり取りしていたように、裏社会とも繋がりのある人物だ。
裏社会と警察組織の癒着もまた珍しいことではないが、その裏社会の人間がメディア王も兼ねているとなれば、話は別だ。警察組織が“敵”をでっち上げ、それと癒着したメディア王の指示の下、情報統制がなされてその“敵”が潰されていく――最悪のコンビだとしか云いようがない。
「まぁ、ノブリス・ゴルドンを告発するのは難しいでしょうが、エリオン公なら、セブンスターズの閉鎖性故に、逆に少し突けるんじゃないかと。――まぁ、要は、とにかくおとなしくして戴きたいわけですよ、あの方に」
「――君がわれわれと結びたい理由はわかった。それで、われわれは君に、セブンスターズを抑える役目を受けることを了承できるが、君はわれわれに、何を提供できるのかな?」
「――小さいですが、あんたたちが私的に動かせる武力を」
ギャラルホルンとは関係なく、例えば偵察や、海賊退治にでも駆り出せる、小さな火力を。
「ふむ……」
マクギリスは、口許に手をあて、考えこんだ。
そして、
「それでは、手始めに君たちの力を見せてもらおうか。海賊退治だ」
「えっ」
一瞬、こちらの考えを読まれたのかと思った。
マクギリスは、にやりと笑った。
「なに、昨今、宇宙海賊が横行していることが、ギャラルホルン内で問題視されていてな。いずれ大規模な海賊狩りをやることになるだろうとは思うのだが、まぁ、民間の手も借りることになるだろう。その手始めとして、君たちで海賊を狩ってもらいたい」
「それは、その、」
「なに、最初から、“夜明けの地平線団”をやれなどと云う無茶は云わんよ」
「あたり前でしょう!」
「そう、私はやさしいのだよ、オルガ・イツカ。君たちに狩ってもらいたいのはブルワーズ、所謂中堅の海賊だ」
ブルワーズ! それはこっちも願ったりだ。
こちらの気持ちを読んだかどうかは定かでないが、マクギリスは残りの二人に目を向けた。
「どうかね、二人とも。それができれば、かれの話を呑んでみても構わないと思わないか?」
「――まぁ、それができれば……」
「そうね、海賊退治ができたなら、われわれに対する協力の対価として、地球降下の許可を出してやっても構わないと思う」
なるほど、加入試験みたいなものか。と云うか、この流れ、この三人と対等な条件での同盟者ってことになるのか?
うわぁ、と思いながら、頷いた。
「わかりました。ブルワーズを退治して、それからってことですね」
「結果を楽しみにしている。――見せてもらうぞ、鉄華団の実力とやらを」
その科白、“赤い彗星”か!
胸のうちで突っこんだところで、マクギリスに腕を引かれた。
そして、すんとひとつ、においを嗅がれ。
「君の手腕に期待している。そのまとう香りのように、華々しくやってくれ」
って! そう云えば“三日月”のせいで、何故かフローラルブーケの香りをまとわされてたんだった!
――もしかして、カルタ・イシューが最初に眉を顰めたのは、これのせいだった、とか……?
お嬢さんたちだけにするはずだったこの洗浄剤――例の、シャワーから泡、と云うあれだ――を、おやっさんやクランク、トドなんかとともに浴びるはめになったのは、つい数時間前のことだ。
それを今、このタイミングで指摘してくるとは!
「……善処します」
と云いながら俯くと、カルタとガエリオが、やっと心からの笑い声を上げた。