【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】 作:くずみ@ぼっち字書き。
「――ってわけで、ブルワーズとヤることになりました」
三巨頭ご帰還の後、招集した幹部会議で云うと、また皆に頭を抱えられた。
「まーた安請け合いしたのかよ!」
「本気?」
「確かにおめぇ、ヤりてぇたぁ云ってたがよぉ」
「オルガ・イツカ……」
面子は大体ご想像のとおりである。
「いやまぁ、何もないことなどあり得ないとは思っていたが、まさかここまでとはな」
クランクが云って、腕組みをする。
「まぁ、使えないヤツには興味ねぇだろうから、何かあるだろうとは思ってたんだがよ」
「だからって、普通ホイホイ受けるかぁ!?」
「……おっしゃるとおりでございます」
まぁでも、大義名分はできたかな、と思うのだ。こっちが何もなしにブルワーズとやらかしたら、私闘だの何だの云われて、間違いなくギャラルホルンにしょっぴかれるところだが、一応、あのメンバーからの要請だし、理由だけは担保できたからいいじゃないかと。
「掩護とかは、なしなんだよね?」
「“見せてもらうぞ”とか云ってたからなぁ」
つまりは高みの見物、と云うことだろう。
「まぁでも、地球降下の許可をくれるって約束は取りつけたぜ?」
それも、地球外縁軌道統制統合艦隊司令のカルタ・イシュー本人から。
それだけでも、今回の会合を開いた意味はあったと思うのだが。
云うと、ユージンが、微妙な表情ながらも頷いた。
「あー、まぁなぁ。お姫様、結構ご機嫌で帰ってたよなぁ。――ところでオルガ、てめぇ中々出てこなかったけど、その後何かあったのかよ?」
「あー……」
カルタ・イシューが、クーデリアに会うとか云って出ていった後のことだな。
「うーん……ファリド特務三佐に、監査局の愚痴を云われてた」
「はぁぁ!?」
うん、それはありなのかと思ったが、ずっと云われてた。監査局長の名前は忘れたけれど、それとか、その腰巾着とか。
「何か、セブンスターズだってので、逆パワハラみたいなの受けるとか――“私たちなどでは、とてもとても”みたいな」
「ぱわはら……?」
「つか、むしろモラハラ、モラル・ハラスメント? 上司はともかく、同僚も部下もぐっと年上らしくって、遠巻きにされて、情報も入ってこないんだと」
「あぁ……」
クランクが、深い同意の溜息をついた。憶えのある光景らしい。
――まぁ、警察組織とかだとあるよな、大学出たてのキャリアを相手にするノンキャリの連中とかで。
もちろん、仕事の報連相は大丈夫だが、ちょっとした噂話とか、補足の連絡とか、そう云うのが。
「あたり前だが、ボードウィン特務三佐も同じような目にあってるらしくて、二人で盛り上がっててな……」
「それ、オルガいなくても良かったんじゃないの」
「いや、云って聞かせる相手がいると、すっきりするらしい。お蔭で、ずっと拝聴してた」
これが老人相手なら、傾聴ボランティアみたいな気分だった。延々と愚痴を云い続ける特務三佐二人を前に、ただ相槌をうつしかない時間。ちょっと無になりかけても仕方ないと思うのだ。
何だかんだ、ギャラルホルンも普通の組織ではあるのだな、と思う。セブンスターズの優位とか、宇宙軍的な部分とかで目が眩んでいたが、考えてみれば、人間の作る組織なのだから、当然ではあるのだが。
「セブンスターズのお偉いさんの愚痴かよ……」
「いずこも同じ、ってヤツだよな」
「……まぁ、それだけあのお二方が、お前に親しみを感じていると云うことだろう」
いやいや、それはないと思う。何と云うか、少し“王様の耳はロバの耳”みたいなところはあるのじゃないか。つまりは、そこらの地面に掘った穴のような。
万が一にも、ここからギャラルホルンや監査局に話が洩れることはないわけだから、思う存分好き勝手云えるとか、そう云う感じなのではないか。
「まぁ、壁よりはちょっとまし、くらいの扱いじゃねぇのかね」
「意外と自己評価低いなぁ、お前」
「そこは過信はしない」
詰めていったら鬱陶しがられて卓袱台返し、みたいなことは、昔から結構あった。特に、ああ云う本当のCelebrityってのは、お行儀の悪いのはお好みじゃないから、そりゃあもうおとなしく振る舞うよう心がけているのだ。
「とりあえず、ブルワーズの情報はもらえたのかよ?」
「あぁ、ブルワーズの船とガンダムフレームの、エイハブリアクターの固有周波数と、最近の出没宙域のデータはもらった」
ブルワーズのガンダムフレーム――ガンダムグシオン。“グシオン”は、ソロモン王の七十二柱の悪魔の一で、地獄の大公爵だとか。
ガンダムフレームがそもそも七十二体って言うのは、かなり多い――まぁ、見た目がガンダムっぽいのはバルバトスくらいで、グシオンも、ガエリオのところのキマリスも、それからフラウロスもガンダムらしさは薄かったような気がする。バエルはどうだったか――二期後半は未視聴なので、どうにも記憶がないが。
どうも、宇宙世紀に馴染んでいた“ガノタ”――但しにわか――からすると、この世界のガンダムフレームも、それからコロニーも、不思議な閉塞感があるなと思う。割と最近だから記憶に新しいのかも知れないが、『ORIGIN』のコロニーの空は、澄んで美しかったような気がする。MSにしても、『逆シャア』の360°モニタの方が、網膜投影型のこちらの阿頼耶識システムよりも快適に思えてしまうのだが。
――まぁ、モニタに関しては、こっちの方がタイムラグはないんだろうがな……
まぁ、元々あまり目は良くない――視力は良い、単にすぐ疲れるのだ――から、そのあたりでの偏見も含まれているのだろうとは思う。
「ガンダムフレームか――確かに、ギャラルホルンでは、すべてのエイハブリアクターの固有周波数を把握しているが……まさか、厄祭戦の遺物まで把握していたとはな」
クランクが、唸るように云う。
「ギャラルホルン、って云うかセブンスターズは、ガンダムフレームを所有してたりもするんだろう?」
アグニカ・カイエルの乗ったガンダムバエルや、ボードウィン家所有のガンダムキマリスが。
「ガンダムフレームは、三百年以上前のMSだからな……データはあれども、実際に動くとは思わなかった。ギャラルホルンが管理しているのも、過去の遺産を保全すると云う観点からだろうしな」
クランクは、腕を組んで云った。
「私も、ガンダムフレームが動いているのは、バルバトスを見たのが初めてだ。正直に云えば、そこまで使えるとは思わなかった。エイハブリアクターは、半永久機関とは聞いていたが――厄祭戦のころの技術は、恐ろしいほどだな」
厄祭戦。そう、それが世界を分割したかのようだ。
ガンダムの世界観でも、ここは意外に文明が進んでいない。進んでいないと云うか、進んでいたのだが、恐らくは厄祭戦によって世界が荒廃し、結果、やや後退したところから再建してきたのだろうと思われる。宇宙世紀の世界観では、コロニーは各自農業プラントを備え、それを、環境汚染に苦しむ地球に流通させてすらいたように思うのだが。
鉄華団、と云うかCGSの武器からしてそうだ。1st曰くの“旧世紀”から、宇宙世紀を経てR.C.(リギルド・センチュリー)、恐らくさらにその後にこの世界があるのだろう――もちろん最後は『∀』だ。
そんなに未来の話なのに、銃器類は意外に旧式で、元の世界のゲリラとかだって、もうちょっとマシな装備なんじゃないかと思うほどだ。まぁ、薬莢がないのは進化ではあるが。
その中で、やや歪に進化しているのがMS操縦技術だろう。
ニュータイプのいないこの世界で、違うかたちでの認識能力の拡大を目指したのが阿頼耶識システムなのだろうが、三百年も経てば、元々はそれで世界を回復したはずのセブンスターズですら、システムそのものに嫌悪を抱くようになるか。
「ま、動力源としてでも、多少動かしてたのが良かったのかもな」
ガンダムフレームは、二つのエイハブリアクターが機体を動かすタイプだと云う話だから、そのあたりも含めて、普通のMSと違ったことが幸いしたのだろう。エイハブリアクターの製造が、ギャラルホルンに規制されている今では、製造することなどできない機体だ。
そのガンダムフレームを持つ、海賊ブルワーズ。
パイロットの、あの変な見た目の男は、それなりの腕前だったようだが――さて。
「――とりあえず、ファリド特務三佐から、船医とMSを扱う整備士を一人ずつ借りることになった。この機会に、おやっさんとヤマギにはMSの扱いに慣れてもらう。船医は、もう少し鉄華団がデカくなったら、自前で調達してぇが、今回のブルワーズとの戦闘では、借りておくさ」
本来なら、この頃にはテイワズの傘下に入っていたから、テイワズ側から――本来は財務担当として――メリビット・ステープルトンが入ってきていたのだが、当然それもないので、船医の問題は気になっていたのだ。それから、タービンズの整備士にも頼れない状態だったので、それに代わるMSに強い整備士も。
ルート変更のお蔭で調達できなかったあれこれを、一時的とは云え補えたのは大きい。
やはり、マクギリスと早めに手を組めて良かったと思う。
「とりあえず、それと合流したら、すぐスタートだ。セブンスターズの方々を、あんまりお待たせするモンでもねぇからな」
皆が頷き、いろいろと体制を整えて一週間ほど。
船医と整備士がやって来た。またしてもモンターク商会の船だ。今度は輸送船なのか、見た目がゴツい。
「宜しくお願いします」
と云った船医はまだ若い男、整備士は中年の女性だった――どちらもマクギリス子飼いだと云うことで、セブンスターズの関係者にしては偏見もあまりなく、到着早々、各々の設備の確認に赴いていた。職業意識の強い、いかにもな二人で安心する。
「若には、よくよく面倒をみてやってくれって云われたからね。ビシバシしごくよ!」
とは、整備士のありがたいお言葉だった。
医師は医師で、医療用ナノマシンの点検やら何やらで、撤収後も困ることが少ないよう、環境を整えてくれるようだった。
「ありがてぇ、これだけでも、ファリド特務三佐と組んだ意味があったな」
しみじみ云うと、ビスケットには眉を顰められた。
「確かにそうだけど、あんまり近づくと良くないんじゃないの」
「“寄らば大樹の陰”って云うだろ。正直、テイワズとかに接近しないですんだから、俺としてはすごくありがたい」
やくざ者の私闘に巻きこまれるのなんか、本当に面倒臭いのだ。こちらが公明正大にやっていなければ、公権力に保護だって求められない。
テイワズみたいなところの“保護”は、メリットとデメリットがあまりにも大き過ぎる。そんな両天秤よりも、小さくとも堅実な商売の方が安全だ。そうそう大きな飛躍は望めないとしても。
「まぁ、それはわかるけどね……」
ビスケットは云って、いつもかぶっている帽子のつばに、ちょっと触れた。
――そうだよなぁ……
ビスケットは原作では、ドルトコロニーのあれこれもあって、戦いばかりの鉄華団から離脱しようかと悩むシーンがあった。最終的には思い直したような描写があったが、“オルガ・イツカ”がそれを知ることのないままに、ビスケットはミレニアム島の戦闘で、帰らぬ人となったのだ。
その時のビスケットは、火星に残してきた祖母や、二人の妹の心配をしていたのだった。
今も、そう云う気持ちはもちろんあるだろうが、兄が存命であることもあってか、大分余裕があるようだ。
「トドじゃないけど、君には驚かされてばかりだ。君のこの先が見たいって、僕も思うよ、オルガ」
「……よせよ」
改めて云われると、異常に照れくさいのだが。
「――まぁとにかく、バルバトスの整備が済み次第、海賊退治といこうじゃねぇか」
そして、昌弘やアストンたちヒューマンデブリと、ガンダムグシオンを――未来を、手に入れるのだ。
クランクに呼び止められたのは、そろそろ眠ろうかと云う時間のことだった。
“寝る時間”と云っても、宇宙では朝も昼も夜もないので、あくまでも当直とかそう云うものがない時間、と云うことだが。
火星から送られてくる“書類”――あたり前だが、紙の書類は存在しないので、pdfとかその類だ――をひと通りチェックして、必要な部分には署名し、デクスターに送り返した後だった。ペーパーレスはやはり良し悪しある。出先でも書類から逃れられない。
「少しいいか」
「あぁ、いいぜ」
「では」
クランクは云って、先に立って歩き出した。
“イサリビ”に乗ってからいつも思うのだが、低重力と云うのは本当に歩き辛い。身体が浮き上がって、着地も巧くいかないのだ。
それなら、二期前半のOPのように、半ば泳ぐように動けばいいのではないかと思うが、それはそれで勢い余ってどこかに激突しそうになる。“三日月”ほど、身体のコントロールは得意ではないのだ。
なるほど、宇宙世紀の宇宙船内にあった、動くグリップのようなものは、本当によく考えられていたのだなと思う。
ああ云うものを“イサリビ”にもつけてみたい、が、多分これからつけるとなると、目玉が飛び出しそうな金がかかるのだろう。
ギャラルホルンの船にはついていたような気がするな、と思いながらクランクの背中を見つめると、展望デッキについたところで、くるりと振り返られた。他に人の姿はない。
「――三日月に聞いたのだが」
云い難そうに、そう切り出してくる。
「お前と三日月が、長い夢を見て、この先の未来を知ったと――その未来を、回避したいのだと云っていた。本当のことか?」
――おっと、云っちまったのか、“ミカ”。
ビスケットの時とは、また状況が違う。さて、どう答えたものだろう?
「――生まれ変わり、って信じるか?」
とりあえずそう云うと、クランクは首を傾げた。
「……いや」
「地球の、旧い世紀の宗教に、そう云うのがあるんだ。死んでもまた生まれ変わって、今度は別の人生をおくる。それをずーっと繰り返す――輪廻転生って云うな」
沈黙。
そりゃそうだ、この世界には、宗教もないのだ。何故かは知らないが、北欧神話のモチーフは残っているようだが――って、“アリアンロッド”はケルト神話か。
ともかく、
「そう云うので、俺は“昔”、大きな武力組織のトップをやってた。ミカは、その片腕と云うか、まぁ今とおんなじだな。で、長い夢と、その“昔”とを両方見ちまったモンで――何かな」
何と云うか、
「苛っとしたんだ。“オルガ・イツカ”は、もっと巧くやれる可能性があった。それが、ギッタンギッタンにやられちまってよ――それで、バッドエンドを回避したいと思ったんだよ」
「その夢と云うのは、お前と三日月が死んだと云う?」
なるほど、そこまで聞いていたか。
「それだけじゃねぇ。他にももっと死んで、鉄華団は存在しなくなったし、生き残った連中も、名前やIDを変えて暮らさなきゃならなくなった。そんな“未来”の夢だ」
「……うむ」
「でもまぁ、俺は、俺と“三日月”は、もうひとつ、“昔”も手に入れた。大概いい歳まで生きて死んだ、武力組織の上に立ってた“昔”だ。夢での“分岐点”で違う道を選んで、“昔”の知識で動かしていきゃあ、俺たちは生き残れる。そう思ったんだよ」
単なる普通の人生を送ってた人間だったら、“オルガ・イツカ”の代わりなんかやれるとは思わなかっただろう。生きて、戦い、やるべきを為して、死ぬべきに死んだ。あの時できたことは、この新しい“人生”では役に立つ。元の人生では、また別の“昔”が役に立っていたように。
捨て石になるにしても、自ら選んで捨て石になり、自分の責務と信じて散っていけるなら後悔はなかっただろう。実際、“昔”の人生の終わり――それとも、その前の“昔”だっただろうか?――もそんな風だったから、わかる。すべて引き受けて死ぬことを、納得した上でやるなら悔いはない。
だが、“オルガ・イツカ”と鉄華団は、陥れられて、捨て石にされた。それは、ただ恨みしか残らない結末ではなかったか。
だから、その結末を変えたいと思ったのだ。変えて、何かの犠牲になるのでも、何かを犠牲にするのでもない未来を手に入れる。そんな“夢”を見てしまったのだ。
「俺は、この世界を変革して、なおかつ生き残りたい。夢の中で死んでったヤツらをすくい上げ、一緒に“夜明け”を見てぇんだ。――ってことさ。わかってもらえたか」
クランクは、考えこむ風だった。
まぁそうだろう、傍から聞いたら与太話以外の何ものでもない。
「……だから、三日月はいろいろと不思議なことを知っているのか」
それは、例の怪しげな通信傍受のマシンとかそう云うことか。
「あー……まぁな」
多分そっちは、元の人生の方だと思うが。元の人生では、“三日月”は、何がしたかったんだと思うくらい、よくわからない経歴を持っていた。いや、本職はそう転々としていたわけじゃなかったはずだが――電器屋も格闘技もマーケティングも、他にも何やらかにやらと。
バイトから本業まで、ひとつの業種しかやってこなかった元の人生は、正直、何の役にも立っていない気がする。“昔”の経歴は、人心掌握と云う点で、荒れた部署に配属された時には役に立ったけれど。
「三日月は、権力にやられたと云っていたが」
それを云われて、肩をすくめる。
「権力ってな、いつでも理不尽なモンだ。夢の中の“オルガ・イツカ”は、岐路で選択を間違えた。学のねぇガキじゃ、仕方ねぇところはあったさ。だが、俺は違う」
学歴としては怪しげだが、一応最高学府にも行った。歴史が趣味だったから、過去の事例なら、そこそこ詳しくいくつかの時代を学んでいる。失敗の原因は何なのか、“オルガ・イツカ”よりは考察のタネを持っているのだ。
「“昔”の記憶がある俺は、“オルガ・イツカ”よりも選択肢を作ることができる。それと、ある程度先が見える、これが俺の強みだな」
「――お前は、まるでオルガ・イツカではないかのようなもの云いをするのだな」
その言葉には、曖昧に微笑むしかない。
だって、
「夢の“オルガ・イツカ”は、俺じゃないからな」
――本当に、“オルガ・イツカ”じゃないからな。
性格的にはかなり似ている――古くからの知人たちは、“あの年頃のお前に、表情までそっくり”などと云うけれど、こちらは軍略は向いていないし、何より男じゃない。いやまぁ、“昔”は確かに男だったのだが。
それほど似た相手だが、否、だからこそと云うべきか、その選択の粗が目について仕方なかった。
重ねた歳の分だけ、こちらに利がある。“亀の甲より年の功”と云うやつだ。それならば、元の“オルガ・イツカ”よりも、多少は巧く振まえるのではないかと思ったのだ。
そうして、今のところは巧くやれている。ダンジは死なず、サヴァラン・カヌーレも、フミタン・アドモスもドルトでは死ななかった。このままいけば、カルタ・イシューもビスケットも死なずに済みそうだ。
だが、この先は、誰も見たことのないところに進むのだ。今までのようなアドバンテージもない、白雪を踏むような、標すらない道を。
だから、
「クランク・ゼント、あんたの頭が必要だ。この世界の端っこしか知らねぇ俺に、あんたの知恵を授けてくれ」
ビスケットも参謀だが、まだ若過ぎる。慎重なタイプではあるが、感情に任せて真実を見落とすこともあるだろう。
そんな時に、クランクの古武士のごとき落ち着きと、ギャラルホルンとして様々なものごとを見つめてきた経験とは、きっと自分の、鉄華団の役に立ってくれるはずだ。
じっと見つめると、クランクは溜息をついた。
「お前も、三日月と変わらんな――云っただろう、ギャラルホルンの未来のために、お前に力を貸すと」
信じろ、と云って、こつんと拳で額を打たれる。
それが何故か懐かしい感じがして、照れ笑いして俯いた。
ブルワーズの船影が確認されたのは、地球の静止衛星軌道上の、デブリ――本来の意味での――帯のあたりと云うことだった。
通常ブルワーズは、火星と地球の間の民間航路を主な“狩場”にしているのだが、昨今は、ギャラルホルンの取締が厳しくなり、見つかりにくいデブリ帯に身を潜めているらしい。まだ正式に海賊狩りがはじまってもいないのにこれとは、ブルワーズと云うのは、海賊としてはさほど規模の大きくない部類に入るようだ。
「どうせなら、襲ってこられた方がいいよな」
探し回らなくて済む分だけ、こちらの労力も減らせるのだし。やられたからやり返した、と云う方が、対ギャラルホルン的にも云い訳が立つ。いくらマクギリスやガエリオ、カルタ・イシューが認めた“試験”でも、他のギャラルホルンがそれで引き下がるなどと云うことはないだろうから。
「って、どーすんだよオルガ」
ユージンは、既にかりかりしている。早い。
「あー……トド、お前、うちの情報流せるか? 鉄華団が、クーデリア・藍那・バーンスタインを守って、地球に降りようとしてるって」
「できなかねぇが――おびき出すつもりか!」
「その方が確実じゃねぇか」
大体、静止衛星軌道上のデブリ帯が、どれくらいの広さだと思っているのだ。それは、アステロイドベルトよりは全然狭かろうが、クリュセの街中で待ち伏せするのとは話が違うのだ。
トドは、ぐしゃぐしゃと薄い髪を掻き回した。
「ったく、おめぇってヤツはよぉ……」
「やれんだろ?」
「あぁ、やれるともよ!」
自棄糞気味に云って、トドはにやりと笑った。
「見てろ、名演技できっちりおびき出してやる」
「自分で“名演技”とか云うかよ」
ユージンの呆れ声にも、トドはにやにや笑いを崩さなかった。
「大根は黙ってろい。……ちょっくら、通信失礼するぜ」
と云いながら、部屋を出ていった。
「大丈夫かよ……」
「まぁ、心配ねぇよ。――それより、ブルワーズが襲撃してきた時の、具体的な作戦に移ろう。ミカ、案はあるか」
あるんだろ? と見れば、“三日月”は微妙に厭そうな顔で頷いた。
「『これからシナリオをお話しいたします』」
珍妙な言葉――何かのドラマにでもあったのか――で話しはじめた“三日月”に、皆が一斉に顔を顰める。何だかもう、最近見慣れてきたような光景だ。
その反応に小首を傾げた“三日月”が口にした作戦に、さらに皆が顔を顰めるのは、ほんの少し後のことだった。
「来たぞ!」
ブリッジのレーダーを覗きこんでいたチャドが、声を上げた。
「いけるか、シノ!」
〈まかせろ!〉
シノが、MWから応える。
〈いっくぜ、“Shooting Stars”!!〉
〈〈〈〈おう!〉〉〉〉
それに応えたのは、昭弘、タカキ、ライド、ヤマギの四名だ。同じチームのはずのアインとクランクからの応えはない。……まぁ、気持ちはわかる。シノのネーミングは、シンプルなのは良いが、少々頭の出来を疑われそうなところがある。
「頼んだぞ、クランク、アイン、シノ、昭弘、タカキ、ライド、ヤマギ!」
〈わかっている〉
クランクからの応えは、相変わらず重々しい。
シノのMW――ピンクに塗った、“流星号”と云うヤツだ――と、グレイズ二機で哨戒に出せば、ブルワーズのMS――マン・ロディが引っかかってきた。それも四機。
相変わらず悪知恵の働く“三日月”の作戦は、どうやら大当たりだったようだ。
――これで、偵察機を捕獲して、パイロットを差し替えるんだったか。
そのために、タカキとライド、ヤマギの三人が控えているのだが。
――入れ替えできるのか?
グレイズやバルバトスとやり合うマン・ロディの姿を見ながら、思う。
どうも、鉄華団の、と云うかCGSのでもあるが、とにかくこっちのヒューマンデブリと感じが違う。戦い方がめちゃくちゃだ。
いや、厳密には、めちゃくちゃとも違う。的確に相手を狙って動いている、その腕前はなかなかのものだ。
違和感を覚えたのは、腕前云々の話ではなく、何と云うか、襲撃してくるかれらの動きが、捨鉢にすら見えたからだ。
何だろう、昔の、いや“昔”じゃなく普通に過去の、旧日本軍のあれこれを思い出す。“人間魚雷回天”とか、神風特攻隊とか、どこだったかのバンザイクリフとか。
ああ、だがあれらは、少なくとも信じるもの、神にも等しいもの――“現人神”だったのだから当然だ――のために死ぬという、ある種の陶酔めいたものがあったのではないか。
今、目の前で無謀な突進をかけてくるマン・ロディには、そんなものはない。やらなくては後ろから殺される、それよりはと云わんばかりの無茶な突撃。
「馬鹿野郎、死のうとすんな!」
届かないのは承知だが、叫ばずにはいられなかった。
グレイズ――クランク機だろうか?――の剣が、コクピットの横を叩く。簡単にひしゃげた外殻、こんなものに、子どもを乗せて、宇宙に出すなんて。
「潰すな、潰すなよ! ――ミカ、回収してくれ!」
祈るように叫ぶ。
阿頼耶識も満足に使えない身には、それくらいのことしかできなかった。
どれだけ時間が過ぎたのか。
〈――オルガ、戻った〉
昭弘の声が、ブリッジに響いた。
〈シノの“流星号”も損傷なし、俺のグレイズも、ほぼ傷はないくらいだ〉
「よくやってくれた、昭弘、シノ!」
喜びと怒りでぐしゃぐしゃになった肚から、唸るように返す。
「じきに、クランクたちがマン・ロディを回収して戻ってくる。そうしたら、パイロットを救出して、必要ならドクターに診せてくれ」
〈了解〉
船外カメラを確認すれば、豆粒のように小さく、グレイズと数珠繋ぎになったマン・ロディの姿。どうやら無事に回収できそうだ。
と、“三日月”から通信が入った。
〈“オルガ”、聞こえてる?〉
「おう! 来やがったか!」
〈来た。グシオンとそのお仲間さん。時間稼ぐ。作戦Cに移行ーー全速で退避。そっちに別働隊行くよ〉
「わかった!」
と返したのが耳に入ったかどうか。
レーダーを確認すれば、特徴的な――二基のリアクターから放出されるエイハブウェーブ。バルバトスと、他に一機。あれがガンダムグシオンか。
他にもエイハブリアクターの反応、多分マン・ロディと思われるMSが三機。
「クランク、昭弘、アイン、出られるか!」
インカムに叫ぶと、クランクの重々しい声が返った。
〈行けるが、どうした〉
「新手だ、本命のガンダムフレームが来た!」
〈何〉
「そっちはミカがやる。あんたたちは、“イサリビ”の防御と、できたらあと三機のマン・ロディの確保を頼む」
多分、ガンダムフレーム同士が戦っている隙に、こっちに流れてくるだろうから。
〈わかった!〉
その返答を聞いて、相手をシノに切り替える。
「シノ! マン・ロディのパイロットはどうだ!」
〈今、救出中!〉
と云う声の向こうから、ドリルなんかの工具のたてる音が聞こえる。どうやら、かなり派手に潰されているようだ。
〈心配しなくても、生きてはいる! ちょっと時間はかかりそうだが、全員回収できるぜ!〉
「よし。四機とも格納済なんだな?」
〈おう!〉
「よし。――ユージン、逃げるぞ!」
「わかってらぁ!」
ユージンが、そう云って操縦桿を握りこんだ。
「どいつもこいつも、しっかり掴まってろよぉッ!」
次の瞬間、急加速。恐ろしいほどのGに、背中がシートの背に叩きつけられる。
〈あっぶねーだろユージン!〉
ひと言云えよ! というシノの叫びが聞こえるが、ユージンは構わなかった。
「死にたくねぇなら黙ってろ!」
レーダーの中で、二機のガンダムフレームとの距離が、急速に開いてゆく。
マン・ロディらしきMSが一機、こちらに追いすがろうとするが、なにせ重量級のブルワーズのMSだ、追いつかれては堪らない。
「クランク、アイン、一機来る! 捕獲と回収頼む!」
〈了解!〉
〈任せろ〉
頼もしい言葉とともに、グレイズが出る。
〈――オルガ〉
昭弘の声。
〈ひとり、救出した。大きな怪我はないが、少し頭を打っているようだ。医務室に運ばせる〉
「頼んだ。昭弘、お前は出られるか」
〈今から出る〉
「頼む。ミカがガンダムフレームと、マン・ロディ三機を相手にしているようだ。こっちに来たのを回収したら、クランクたちと、そちらの三機も回収に回ってくれ」
〈了解した〉
その返答を聞きながら、レーダー画面を見つめる。
バルバトスが、敵のガンダムフレーム――グシオンと接触したようだ。
“三日月”のインカムから、スピーカーの音が拾われる。
〈残念、まだ終わりじゃないのよ~!〉
妙な抑揚の声が入る。これはあれか、グシオンのパイロットの声か。
〈ったく、あのガキどもは何やってたんだ。お前の相手は俺がしてやるよ〉
やや空白。
の後に、
〈このクダル・カデル様とグシオンをなめるんじゃないよ~!〉
激昂する気配、“三日月”、何をやった。
と、激しい打撃音が響いた。これは、バルバトスじゃない、それにしては音が小さい。
恐らくは、グシオンがハンマーででも、そのあたりのデブリを破壊した、その音がコクピットに響いているのだろう。
〈お前もこうなるの! ぐっちょんぐっちょんにしてやるよ!!〉
クダル・カデルの叫びに“三日月”が返したのは、
〈『当たらなければどうということはない』〉
「ーーミカぁ!」
脱力する。何で今“赤い彗星”だ。バルバトスはちっとも赤くないだろう!
まぁ、張りつめすぎないように、自分で緊張を弛める意味はあるのだろうが、それにしても。
バルバトスは、メイスで殴りつけているのだろう、先刻のあれほどではないが、がつんがつんと音がする。
が、
〈無駄〜!〉
グシオンには効かないのか、クダル・カデルの嘲る声。
〈チョロチョロうざったらしいのよ! 当たれ! 当たれよ!!〉
〈やなこった〉
鬼ごっこする子どものような云い方に、クダル・カデルは苛立ちのいろを濃くした。
〈お前ら何してんだ! 役立たず共が!! さっさとコイツに取り付いて動き止めろよ!!〉
マン・ロディのパイロットたちにだろう、そう叫ぶ――まさか、マン・ロディごと潰すつもりなのか。
〈――おいクズ、お前が相手すんじゃねえのかよ?〉
“三日月”の声が低い。煮えたぎるような怒りの気配。
あぁ、わかる。“三日月”の怒りがわかる。こちらも同じ思いだからこそ。
こいつは、こいつらは間違いなく屑だ。自分の戦いのために、小さな子どもを使い捨てようとする、こんな輩を生かしておくわけにはいかない。クダル・カデルも、ブルック・カバヤンも。
「――ミカ」
〈なに〉
「遠慮しねぇでぶちかませ。ブルック・カバヤンとクダル・カデルはやっちまって構わねぇ――禍根は残すな」
生きたまま宇宙葬にして、万が一のことがあっては困る。ハエダやササイと同じことだ。あの二人は、ここで潰しておかなくては、後々害をなすことになる。
カルタ・イシューに引き渡すなら、本来はブルック・カバヤンとクダル・カデルは生かして捕らえるべきなのかも知れないが、腐敗したギャラルホルンは、もしかしたら、ある程度の金を掴まされれば、二人を放免してしまうかも知れない。
そうなれば、また、ヒューマンデブリとして犠牲になる子どもたちが出てくることになるのだ。
それならば、ここで一気に禍根を断つべきだろう――それで、ギャラルホルンに責められることになったとしても。
当然、と云う声が聞こえたような気がした。
クダル・カデルは、欠片も不安を抱いてはいないようだった。
〈そんな薄っぺらいブレードでどうしようっての〉
嘲弄を隠さぬ声。
あれか――マクギリスから借りた整備士に、“三日月”が頼んでいた特製ブレード。あんなに薄くしろと云われたのは初めてと、苦笑まじりに報告された。薄くて鋭い――装甲の隙間に突き立つような。
そして、
〈ーーなんだ!? なにがっ!?〉
混乱した声――どうやらそのブレードが、見事に役目を果たしているようだ。
〈装甲の隙間を狙ってんのか!? 何なんだよこいつはよぉ!〉
クダル・カデルは、狼狽もあらわにそう叫んだ。
〈ふざけんなよおい! お前楽しんでるだろう? 人殺しをよぉ!〉
――楽しんでたのはてめぇだろ。
金品を奪うために、相手の船やMS、自分たちの抱えるヒューマンデブリの少年たちの生命を使い潰して。
その報いを、今ここで受けるがいい――“狼公爵”の手によって。
〈別に楽しくない〉
“三日月”の声は平坦だった。いつものように――“敵”を斃す時の、淡々とした調子で。
〈ここか〉
コクピットの場所に、刃が到達したのか。
〈やめ!!!! やめてくれーーお前がシねよア“ア“ア“ア“ア“ア“ァ〉
クダル・カデルの声は、電気系統が切断されたのか、本人が息絶えたのか、遂に聞こえなくなった。
やがて、
〈“オルガ”、グシオンの停止を確認した〉
“三日月”の声が、その事実を伝えてき。
その瞬間に湧き上がってきた感情のままに、拳を振り上げた。
「よぉし、お前ら! このまま一気に、ブルワーズの母船に攻めこむぞ!」
「「「「「「おう!!」」」」」」
応えた声の力強さに頷くと、ユージンが“イサリビ”を前進させた。