【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】 作:くずみ@ぼっち字書き。
マクギリスと地球外縁軌道統制統合艦隊に、ブルワーズを仕留めた旨の連絡を入れると、後者からは速やかに、ブルワーズ残党――と云うか、大人の捕虜――を引き取るために艦艇がやってきた。
指揮を取っていたのは、コーリス・ステンジャ、例の大リスの兄である。
――大リスの兄貴が小リスかよ!
と、少々腹筋が痛かったが、そこで吹き出すと揉めごとのもとだ、おとなしい顔で捕虜を引き渡す。
――よし、これでmission completeだな!
とりあえず、地球外縁軌道統制統合艦隊からは、捕虜の引き渡しと同時に地球への降下許可が下りたので、この先は――少なくとも、エドモントンに着くまでは――ドンパチはなしで行くことができそうだ。ビスケットの死亡フラグは、これでほぼ折り切れたはずだ。
何時もの面子を引きずりこんで、意気揚々と連絡を入れる――もちろん、マクギリス・ファリドにだ。
〈やぁ、鉄華団の諸君〉
と、この科白を云ったのは、今回はマクギリスだ。当然、その隣りには、ガエリオ・ボードウィンも控えている――それから、初めて見る顔、黒髪の真面目そうな男。これが、石動・カミーチェか。
確か石動は、原作の方では、マクギリスが地球外縁軌道統制統合艦隊司令に就任したあたりで、かれの片腕になったように記憶しているが――まぁ、片腕とまでいかなかったとしても、今現在、腹心のひとりと云う位置にはいるに違いない。
確かに有能そう、だが、自分としては使いにくそうな男だなと思う。石動に較べれば、トド・ミルコネンの方が圧倒的に使いやすい――まぁ、“昔”も他人にはよく“癖のある部下ばかりだ”と云われていたから、多分こちらが特殊なだけなのだろうけれど。
「よぉ、ファリド特務三佐殿」
挨拶を返すと、案の定、石動のまなざしが厳しいものになる。なるほど、よほど心酔しているものらしい。
〈相変わらずだな、オルガ・イツカ〉
マクギリスはふと笑う。
「どうも。――ブルワーズはやったぜ。約束どおり、地球に下ろさせてもらう。船とMSは、もらっちまっていいんでしょう?」
〈もちろんだ。あくまでも君たちは、海賊に襲われた民間警備会社だ。自力で撃退した上で、こちらに海賊たちの身柄を渡してくれたわけだからな〉
上機嫌だ。
気持ち悪いくらいだな、と思いながら愛想笑いを浮かべていると、
「ねぇ、報奨金とかないの?」
と云ったのは、当然“三日月”だった。
すかさずクランクが頭を掴み、
「おいぃィィ!!」
ユージンが叫ぶ。
〈相変わらずだな、クソガキ!〉
ガエリオが吼えた。
その隣りの石動の頬が、ぴくぴくと震えている――拙い、謹厳な軍人のリミットを振り切ったか。
しかし、
〈おやおや〉
対するマッキーは、悠然たるものだった。あるいは、予期していたとも云う。
〈ブルワーズの資産だけでは不服かな〉
「それもありがたいけど、今回のことで、どんだけ食い扶持増えたと思ってんの? 食べ盛りの子供らがわんさかだよ。知ってるでしょ、うちビンボーなんだって」
くれるんなら何でも欲しい、と云う“三日月”の頭を、クランクが無理矢理下げさせようとする。
「ファリド特務三佐、申し訳……」
〈いや、構わない〉
マクギリスは云って、くつくつと笑いをこぼした。
〈一応、地球外縁軌道統制統合艦隊からは、報奨金と云うか、賞金がでるはずだ。……一応私からも、些少だが出そう〉
「お願い」
「す、すいません」
慌てて頭を下げると、また笑われた。
〈謝る必要はない。われわれは同盟者だ、君には権利がある〉
とは云うが、ガエリオはともかく、石動は当然そんなことを許したくはないだろう。ないだろうが、忠誠を誓った相手であるマクギリス本人が、それを肯定するのだから、奥歯を噛みしめるしかないのだと云うのはわかる。
――とりあえず、手が滑ったふりで誤爆、とか、止めてくれよ……
ひやひやしながら祈るしかない。
「……とりあえず、許可が戴けたんで、俺たちは地球に下ります。当座の目的地は、オセアニア連邦、ミレニアム島」
今後のことを話し出せば、石動ははっと息を呑んだ。なるほど、この男は、この同盟の本当の意味を知らなかったようだ。
対してガエリオは、わずかににやにやとする風情だ。
〈……蒔苗東護ノ介だな〉
マクギリスが云う。
石動も加えて、体制は整ったと云うことか。
「あぁ。蒔苗氏を連れて、その後アーブラウに向かう。――エドモントンまで邪魔されずに行くには、どんなルートが最適だ?」
〈太平洋を北上して、その後西岸から鉄道、と云うのが無難なルートだろうな。地上までは、カルタが送ると云っていたが、地上は厳密には、各経済圏の支配域になる。オセアニア連邦からアーブラウまでは、モンターク商会が手配するだろう〉
「そいつは助かる」
〈エドモントンのギャラルホルンは、一応中立と云うことになっているが――どんなかたちででも、邪魔は入るだろう。そこは、すまないが介入できない。君たち自身の頑張りにかかっている〉
「わかってる。ご助力感謝する」
〈なに、私たちの方こそだ。これで、私も夢に一歩近づける〉
「――アグニカ・カイエルか」
ギャラルホルンの創設者、ガンダムバエルに乗り、MAを殲滅して厄祭戦を終結させたと云う、伝説の英雄。
マクギリスはわずかに目を見開き、微苦笑をこぼした。
〈君は、本当に何でも知っているのだな〉
「そうでもねぇよ。……あんたがバエルに乗るんなら、俺たちはそれをサポートする」
鉄華団の未来のために。
「幸いにと云うべきか、うちのガンダムフレームは、今回の戦利品を合わせて二機になった。まぁ、厄祭戦みたいなことが再びあってもらっちゃ困るが、それでも、手伝いくらいはできるぜ」
ガンダムグシオンは、例の整備士とおやっさん、ヤマギの手によって改修されつつある。余計な装甲を外して細身になったグシオンは、ガノタ的にはまだ“ガンダム”には見えなかったが、それでも、よりその名に相応しい姿になりつつあるようだ。
想定される二期の、例のハシュマル戦がもし現実になったとしても、充分に力になってくれそうだと思う。
後は、うまくしてもう一機――ガンダムフラウロスが手に入ればだが、それを掘り起こすと、ほぼ確実にMA、ハシュマルをも掘り起こしてしまう。戦力と災厄と、どちらを優先するか悩ましいところだ。
と、
〈うちにも、キマリスと云うガンダムフレームがある!〉
ガエリオが、対抗心もあらわに云った。
やきもちか、何だ、結構愛されてるじゃないか、マクギリス。
「アグニカ・カイエル、お好きなんですか!」
横から食いついたのは、ビスケットだ。どうした、いつもは黙って話を聞いているだけなのに。
マクギリスの眉が上がる。
〈君も、好きなのか〉
「は、はい! 主だった資料は、大体読みました!」
おっと、ビスケたんは歴ヲタだったのか。
考えてみたら、途中までとは云え、ビスケットは学校に通っていたこともあるのだった。元の世界的に云えば、小卒か中学中退くらいの学歴なのに、不思議なことまで知っているなとは思っていたが――なるほど、歴ヲタならば、独学でいろいろ調べて知っていても不思議はないか。
〈それはすばらしい。落ち着いたら、一度ともに、カイエルの偉大さについて語り合いたいな〉
「は、はい、是非!」
――意外なところで、歴史同好会ができてしまったようだ。
まぁ、これはこれで、マクギリスたちと鉄華団の意識が近くなって何よりだと思う――もちろん、石動にとっては苦々しい限りでしかなかろうが。
おほん、とかれはわざとらしい咳払いをした。
〈ファリド特務三佐、そろそろお時間が〉
なるほど、石動は、秘書と云うか、そういう仕事をこなす方の副官だったか。
しかしまぁ、今のこの科白に関しては、職務上の理由と云うよりも、もっぱらこの通信を早めに切り上げさせたい、と云う気分のせいだろうと思われた。
〈そうか〉
マクギリスは素直に頷いた。
〈ではな。すべてが終わったら、酒でも酌み交わそう〉
「……はい」
それまでに、酒に強くなる方法はあるのだろうか――と云うか、そもそも“すべてが終わる”とは、一体どの時点を指すのだろうか。
とか何とか考えているうちに、通信は切れ。
ブルワーズの一件は、これでほぼ落着したのだった。
〈いよう、兄弟〉
名瀬・タービンから通信が入ったのは、それから数日後のことだった。
相変わらずの白いスーツ、気障な色男、と云う印象は、原作どおりだ。
タイミングが良いのか悪いのか、一人きりで通信を受ける。“三日月”がいたら、大暴れすること間違いない。
〈ブルワーズをヤッたんだってな。残念だ、俺にも声をかけて欲しかったぜ〉
「いや、俺とあんたは、そこまで親しくはねぇでしょうよ」
呆れ半分に云うが、名瀬は気にした様子はまったく見せなかった。
〈いやいや、お前んとこのちっちぇえの、あれとやり取りしたり、それなりの間柄になったんじゃねぇのか?〉
他処から、そんな噂話を聞いたぜ、と云われて、ひやっとする。
確かにブルワーズと一戦交える前に、“三日月”がそんな噂話を流してはいた。しかし、それを本人から指摘されるとは。
「……勘弁して下さいよ」
〈本当に“兄弟”になっちまっても良いんだぜ?〉
ウィンクがひとつ。
「そりゃ、盃を交わすとか云うヤツですか」
〈お前が望めばな〉
「いや、結構です」
〈つれないな、オルガ・イツカ。タービンズの後ろ盾は要らねぇってのか?〉
面白がる口調。だから、こっちも軽い口調で返す。
「俺は、まっとうな仕事で鉄華団の連中を食わせていきたい。それには、テイワズの末端に入るのは、余計なことだ」
〈ヤクザもんの下にはつけねぇって?〉
「と云うよりも、ヤクザにつきものの、内部抗争に巻きこまれたくねぇんですよ。うちはガキばかりの組織だ、そう云うので将来を潰したくはねぇ」
『仁義なき戦い』やら『孤狼の血』やら、ヤクザものの映画の凄惨さと、内部抗争の激しさは、現実でもそう変わらないらしい。同様のことを、報道でも見聞きしたことがある。
そんな中を、二十歳にもならない子どもばかりの組織が、無事に生き抜けるとは思われない。
いや待て、そもそも、テイワズのトップであるマクマード・バリストンは、実は大した人間ではないのではないか? 名瀬を抜擢したり、“オルガ・イツカ”と鉄華団を傘下に加えたのはともかくとして、それによって古くからの幹部――ジャスレイ・ドノミコルスの離反を招いたと云うのは、ヤクザの大親分としては問題だ。若手の抜擢をするなら、古参の不満もきちんと抑え得るように手を打たなくてはならないのに、マクマードはそのあたり、無為無策だったと云っても過言ではない。
やはり、テイワズに近づくべきではなかったのだ。自分の判断は間違っていなかった、と胸を撫で下ろすと、
〈……はっきり云うねぇ〉
名瀬は、ははと笑った。
〈まぁ、その率直さも嫌いじゃねぇぜ。――わかった、盃の話はなしだ〉
って、本当にそう云うつもりがあったのか。
いやいや、名瀬はいい男だとは思うが、下についてくれるわけではないし、上に戴くには少々弱い。かるい協力者くらいの立ち位置が、一番お互いのためだろう。
「……って云うか、あんた、何のために連絡してきたんですか」
勝手に親交があるように噂を流されたことに、厭味を云うためだけに、連絡してきたのか。
名瀬は、にやにやと笑った。
〈ん〜? お前ら、ブルワーズの船をぶん獲ったんだろ? そいつの処分をどうするのかと思ってな〉
「片方は残しますが、ぶつけて大破させちまった方は、リアクターやら屑鉄やらとして処分することになるでしょうね。MSの方は、いくつか残して、残りは売っ払うことになると思います」
〈だよな〉
そう云って、名瀬はにやりと笑った。
〈そいつ、俺が世話してやろうか〉
「……聞いてなかったんですか、極力テイワズとは関わりたくねぇんですよ」
〈ギャラルホルンならいいってのか?〉
「まぁ、まだやりようがありますからね」
ふぅん、と名瀬が顎を撫でる。
〈俺はまた、そっちの方が手玉に取りやすい、とか云うのかと思ったぜ〉
「あんたの中で、俺のイメージってのはどうなってんですかね」
思わずぼやく。
“昔”から、狐の何のと云われることは多かったが、片手で足りる回数しか接触していない相手から、こんな云い方をされたのは、流石に初めてだ。
〈お前は曲者だな、とは思ってるぜ〉
それはまた、ありがたいのだかどうなのだか。
〈お前は、ギャラルホルンとテイワズを天秤にかけて、ギャラルホルンを取ったんだろう。まぁ、ガキの集団だから、そうしたくなる気持ちはわかるが、ギャラルホルンの下じゃ、飛躍は期待できねぇ。それでもいいのか?〉
男なら、広い世界に打って出たいんじゃねぇのか? などと云われるが、生憎と、そう云う野望は“昔”で大体やり切った。この上、小さい子どもまで抱えて目指さずとも良い。
それよりも、多少のことがあっても揺らがない、手堅い商売、と云うのが、今の鉄華団が目指すべきものなのだと思う。その上で、人生の幕が下りる時に、それこそ“火星の王”とでも呼ばれているなら上等だと思う。
「そう云うのは、もういいんですよ」
〈おや、功成り名を遂げた爺みたいなもの云いだな〉
「そんなモンだと思っといて下さい」
〈へぇぇ、見た目どおりに若さが足りねぇなぁ〉
「……喧嘩売りに通信してきたんですか、あんた」
云うと、はははと笑われた。
〈……ところで、今さらどうこう云うつもりはねぇから、本当のことを聞かせろよ。お前、マルバ・アーケイを殺ったんだろう?〉
まだその話か。
思わず溜息がこぼれる。
「云ったでしょうが。マルバは金持って出てったっきりだって。見つけられるんなら、あいつこそ身ぐるみ剥いでやりてぇですよ」
〈……ふぅん? 本当に知らねぇのか〉
「知りませんって」
〈ふぅん……まぁいい〉
名瀬は、ひらりと手を振った。
〈冗談は抜きにして、ブルワーズの船やらMSやら、うちに任せねぇか。悪いようにはしねぇぞ〉
「何だって、そう絡みたがるんです」
〈そりゃあお前、うちもお前んとこに、一枚咬んでおきたいからさ〉
その唇が、片側だけ笑いのかたちにつり上がる。
〈お前が、ギャラルホルンと繋がってるのはもちろん知ってたが、頻繁に連絡を取れるほどとは知らなかった。もちろんテイワズにも、ギャラルホルンに伝手のあるヤツはいるが――表立って云えるようなのは、当然だがありゃしねぇ。そんなら、そうできるお前らと繋がっとくかと思ってな〉
「それはそれは」
〈後は、純粋に面白そうだったからだな。――オルガ・イツカ、お前、何を企んでる?〉
「人聞きが悪いな、俺は単に、無事に碌でもない年寄りになりたいだけですよ」
大言壮語に乗せられず、地道に稼いで、それを鉄華団全体に還元する、それができ得る力が欲しいだけだ。
割合に得意なのは調停、あるいはバランサーの役であって、“オルガ・イツカ”のように、夢を語って皆を導く、と云うタイプではない。不可能な夢を語れるほど、若さも無謀さもありはしない。“ここではないどこか”なんてないと、しみじみと思い知ってしまっているから。
だが、実現可能な夢――と云うより、それはもはや“目標”だが――ならば、語れるし指差すこともできる。
そして、火星で警備会社として成功する、と云うことは、決して不可能な夢ではない。
それならば、道を見つけて前に進むだけだ。
鉄華団の子どもたちに、家族を作ってやることはできない。“オルガ・イツカ”の口にした“家族”と云うものは、自分にとっては少々甘い夢のように感じる。
自分にできるのは、組織を作り、それを正しく運営することだけだ。組織と天秤にかけた時に容易く切り捨てられるもの、それが、自分にとっての“家族”と云うものでしかない。
「あんたにとっての“タービンズ”は家族そのものだろうが、俺にとっての鉄華団は、家族以上のものだ。俺とあんた、どっちが正しいってわけでもない、単に、比重のかけ方が違うだけのことさ」
タービンズは、名瀬以外の大人はすべて女で、しかもそれは、すべて名瀬の妻なのだと云う。
それと同じと云うわけではないが、例えば妻や娘と、鉄華団を引き換えにしろと云われたら、自分は迷わず鉄華団を取るだろうと思う。鉄華団が世界の敵になり、解体せざるを得ない事態になったとしたら、解体するために自分は死ぬだろう――“オルガ・イツカ”のような死に方ではなく、自分の選んだ時と場所で。
〈――お前の目は怖いな〉
名瀬が云った。
〈ガキとはとても思えねぇ目をしやがる。お前を、“親父”と会わせてみたい気もするが――ヤクザもんは嫌いなんだったな?〉
「……嫌いって云うより、関わり合いになりたくねぇんですって」
内部抗争が厭だと云ったでしょうが、と返せば、首を振られた。嘆かわしいと云いたげなそぶりだった。
〈本当に、爺みたいだな。……まぁいい、とにかく、一枚咬ませてくれってのは、本当のことだ。MSやリアクターについても、悪いようにはしねぇぜ?〉
くり返され、これに関しては引き下がる気はないのだなと悟る。
「……わかりました。それじゃ、うちからも詳しいのを一人出しますんで、宜しくお願いします」
仕方なく、そう云って折れる。
“三日月”が聞いたら怒りそうだな、と思いながら。
〈おう、任せろ、兄弟〉
名瀬は云って、機嫌良さそうに笑った。
〈お前んとこのちっちぇえのにも宜しくな。あんま生意気すんなって云っといてくれ〉
「……善処します」
云うと、また笑い声が返り、そして通信は切れた。
さてさて、名瀬とやけに近しくなってしまったが、これが吉と出るか凶と出るか。ジャスレイ・ドノミコルスが出てきたら面倒だが――しかし、テイワズ内部の話でもなくなるから、まだ許容範囲だろうか。
――マクマード・バリストンとは、絶対会えねぇな……
そうなったら、下手をすれば原作と同じルートに辿りついてしまう。
その未来を考えて、思わず身震いし。
振り払うように頭をひとつ振ると、ユージンと交代するために、ブリッジへと足を向けた。
ブルワーズのあれこれの売却には、当然トドを向かわせた。こう云う仕事は、あの男に限る。
はじめは“何だこのちょび髭”みたいな風だったタービンズ――迎えにきた、あれはアジー・グルミンだった――も、交渉を終えた後には“恐ろしい奴を抱えている”みたいな顔になっていた。しっかり仕事をしてくれたようで何よりだ。
原作のように歳星に寄ったりはしていないので、このあたりのあれこれをこなしても、日数的には結構余裕があった。待ち時間の間に、“イサリビ”の中ではグシオンやマン・ロディの改修、それからシノ専用グレイズの塗装替え――もちろんピンク――などを行い、それなりに忙しくしていた。
対ブルワーズの戦利品は、それなりの価格で売却できたので、鉄華団の懐はそれなりに潤ったが、もちろん健全財政には程遠い。とにかく今回の仕事を完遂させ、そこそこにふんだくってやらないと、新興企業としても苦しいスタートになってしまう。そのあたりは心して、緊縮財政にするようにした。
とは云え、いくら厳しい状態にあった鉄華団の面々と雖も、飴なしで走り続けるのは難しいだろうから、火星に戻った暁には、些少だが賞与的なものは出そうと思ってはいるが。
とにかく今はまだ、いろいろと要りようだったから、そう派手にはできなかったのだ。まぁ、歳星と違って使いどころもない状態なので、不満などは聞かれなかったが。
それから、この空白を利用して、ユージンとチャドに対して、アインから、護衛に相応しい立ち居振る舞いを叩きこんでもらうことにした。
これは、火星に帰った後のため――鉄華団にもう一部門、要人警護の部門を作るつもりであることと、この先のエドモントンでの作戦にも関わってくるための訓練だった。
実際、原作ではラストの方で、この二人はクーデリアの警護を担当していたそうだから、それを数年前倒しにしたと云うわけだ。
アインは、訓練にかけては中々厳しいらしく、ユージンもチャドも、終わるとぐったりして、食堂のテーブルにへたりこんでいた。
「お、鬼だ……」
チャドが半泣きで呟いたが、隣りで食事をしていたアインは平然と、
「何を云う。クランク二尉は、これ以上に厳しいぞ。俺など手ぬるい方だ」
それとも、今から講師を換えようか? などと云うので、二人は土下座せんばかりに“やめて下さい、お願いします”と云っていた。“三日月”に対するクランクの態度を見ていたから、どんなことになるか想像するのは容易かったようだ。
とりあえず、地球に降下する面子を考える。“三日月”やいつものメンバーと考えた作戦は、割合搦手から攻めるような手で、原作とは大きく異なる展開をする必要があったからだ。
“三日月”、ビスケット、シノ、昭弘、クランクとアインはもちろん、今回の作戦では、ユージン、チャド、タカキ、それからトドの存在も必要になる。
“イサリビ”の留守は、ダンテたちに任せるとして、後はブルワーズ組から、アストンやデルマなど、最初に回収した十人を中心に選抜する。
下ろすマシンは、バルバトス、グシオンリベイク、グレイズ二機、シノ専用グレイズ“流星号”、やはり改修済マン・ロディを二機、それからMWを四機。
他にも必要なものはあるが、それはモンターク商会を通じて、エドモントン近くで入手することにする。
「こんなにMSを持って下りるなんて、戦争でも想定しているの?」
迎えてくれたカルタ・イシューには苦笑されたが、
「用心は、しておくに越したことはないと思っているもので」
万に一つの可能性でもあるのなら、備えておくにしくはなかった。
地球外縁軌道統制統合艦隊の案内で、地上に下りる。非合法な下り方をしなくて良いのは、非常に楽だ。戦闘がないのはもちろんのこと、戦闘になるのではないかと云うひやひや感もない。
地上では、すぐにモンターク商会の船に移り、それでミレニアム島に向かう。
久々の――こちらに来てからは初めての――地球の重力と空気。潮のにおいと湿った風、あぁ、意外に変わらないものだと思う。
本当に宇宙世紀を経てのこの世界であれば、元々生きていた時代からは、かるく二千年は未来なのだろうが、とてもそうとは思われない。仮に宇宙世紀を経ていなかったとしても、四百年は未来なのだろうに――あの頃問題だった温暖化もマイクロプラスチックも、結局は何の影響ももたらさなかったかのようだ。
それとも、地球の復原力が大きくて、四百年ですっかり原初の自然に戻ってしまったか。
感慨に浸っているが、“三日月”以外のものたちは、初めて見る“海”に興奮を隠せないようだった。
「すごーい! 海って大きいんだね、三日月!」
アトラは、釣りをしている“三日月”にまとわりついて、きゃっきゃとはしゃいでいるようだ。蒔苗東護ノ介に会うために、いろいろと下準備をしていてクーデリアがいないため、我が世の春を謳歌している、とも云う。
「ねぇねぇ、三日月、何してるの?」
「釣り」
「釣りって?」
「魚を獲ってる」
「さかな」
「刺身にするとうまい」
――って、三日月は、本物の肉や魚が嫌いだろうが!
そう云えば、この間のあれこれの時に、タービンズから一升瓶に入った醤油を買っていたようだったが、まさかこの時のためだったのか!
と云うか、醤油を一升瓶で、と云うことは、この先北米大陸に行き着くまで、ひたすら魚を獲って刺身で食べるつもりなのだろうか。
正直、地球に下りたことのない連中にとっては、そもそも魚なんて怪物みたいなものなのだから、原作と同じように、アクアパッツァとか、火を通す料理の方がいいんじゃないだろうか――それだって、皆結局手をつけなかったようなのだし。
と、見る間に一尾釣り上げた“三日月”は、ナイフを取り出すと、その場で簡単にその身を捌いた。色鮮やかな鱗、南洋の魚だ。
「はい」
「えっ、このまま食べるの?」
「甘いよ」
とは云うが、アトラの考える“甘い”とは随分違う気がするのだが。
案の定、
「甘い、かな? 味、しないよ?」
アトラが首を傾げる。
「そう?」
“三日月”も小首を傾げ、またナイフで魚を削ぎ取ると、こちらにつかつかと歩いてきた。
「“オルガ”」
と云って差し出される、刃先に載った小片を、舌先ですくい上げる。
「どう?」
「……甘い」
淡い紅色のやわらかい身、馴染んだ日本海の魚とは違う。海水の塩が、魚の甘みを引き立てているようだ――もちろん、砂糖のようには甘くないが。
「何の魚だ?」
「さぁ。イラブーチャーとかじゃないの?」
醤油つけたらもっと美味しいよね、ちょっと持ってこようかな、と云う。
「お前、やっぱりこのために醤油なんか買ったのかよ」
「だって、せっかく地上に来れたんだし、新鮮な魚手に入るんだから、刺身食べたいでしょ」
と云うと、釣具――と云うより、これは網か?――とナイフ、捌きかけの魚をこちらによこし、船室へと入っていく。
「良ければ釣ってて」
「……釣りとかできねぇぞ」
早く戻ってこいよと、その背中へ声をかけると、アトラがちょこちょこと寄ってきた。
「――団長さんと三日月、すっごく仲良いんですね」
って、その云い方よ――絶対に邪推されている。幼くても、女は女、か。
「……まぁな」
「わたし、クーデリアなのかなって思ってたんですけど、本当は団長さんだったのかな」
その、目的語を抜いた科白、いやそれ“三日月の好きな人”とか入れるつもりか?
「あー……まぁ、ミカとは長いからな。そりゃいろいろあるさ」
「……わたしっ、わたし負けませんから!」
いやいやいや。
アトラの宣言の直後に、
「持ってきた。……あれ、アトラどうしたの」
一升瓶を引っ提げた“三日月”が帰ってきた。タイミングが良いのか悪いのかわからない。
アトラは、顔を明るくして振り返った。
「三日月!」
――女って。
こう云うところだ、と思わずにはいられない。
“三日月”は、味見用か何かの豆皿に醤油を注ぎ、そこに削いだ魚をそっとつけた。
「うん、やっぱりこれだよね」
「どんな?」
騒ぐアトラの口の中に、一切れ入れてやっている。
「しょっぱい! でも、何だか不思議な味……」
考えこむ風なのは、醤油の味わいを確認しているからか。そう云うところは厨房係なだけのことはある。
「“オルガ”も」
「ん」
醤油は甘みの強い溜まり醤油だった。馴染んだ味だ。
「……旨いな」
「うん。山葵があれば、もっと良かったんだけど」
いや、それは流石に無理だろう。粉ワサビくらいなら、もしかしたらあったのかも知れないが、火星育ちには刺激が強すぎると思う。
皆にも食べさせてやろう、と云って、“三日月”は再び釣り糸を垂れた。
そのまわりでまたきゃっきゃとするアトラの姿からふと目を逸らすと、遠くの方に、小さく陸地らしき影が見えてきた。
手許のタブレットに目を落とすと、果たしてそれはミレニアム島であるようだった。
「――来たな」
呟くと、“三日月”が顔を上げた。
緑に覆われた島影が、刻一刻と近づいてくるのがわかった。
ミレニアム島は、原作で見たとおり、環礁と熱帯雨林の小さな島だった。小さいとは云っても、滑走路を備えているあたり、アーブラウ要人の隠棲地としては相応しいと云っても良いだろう。
元のアレではキリバスと云う国に属し、元はカロリン島と云ったそうだが、まぁこの際話には何の関係もない。“ミレニアム島”と云う名前は、日付変更線に一番近く、最初に日付が変わる土地で、それを商売にしようとしたのだか、千年紀の変わり目には、そこで新年を迎えるイベントがあったりしたので、そのうちに名前までそれらしく変えたから、と云うことらしい。商魂逞しいとはこう云うことを云うのだろう。
内に抱えこまれた美しい湾の中に、まったく場違いな日本邸宅が建っている。水面に張り出した縁に、浜離宮を思い出す。寝殿造の変型と云うか、少し、あの造りと似ていると思う。
クーデリアとフミタン、クランクとビスケットとともに、奥の座敷のようなところに通される。アインはついて来たがったのだが、執事だか使用人だか、屋敷の人間に人数を制限されてしまったのだ。それであえなく留守番となった。
通された座敷は、何となく、和室にしてはちぐはぐな印象を受ける。が、まぁそこは地続きではない未来だから仕方ないのかも知れない。多分、よく知る日本間は、厄祭戦の最中に喪われてしまい、画像から類推した紛いものだけが残ることになったのだろうから。
正座して待っていると、蒔苗東護ノ介がゆっくりと入ってきた。捩れたような白髯と、禿げ上がった頭、意外に丈の高い身体は、老人のものとしては屈強に過ぎるように思われる。鋭すぎるそのまなざしも。
――考えてみりゃ、厭な爺さんだったよな、コイツ……
普通、十代半ばで、地球上にほとんど伝手もないとわかっている人間に、南太平洋からカナダ内陸部の都市まで、追手を躱しながら連れていけ、などとは要求しないし、あんなあからさまな恫喝をしたりもしない。
「――アフリカン・ユニオンとドルトコロニーが、経済的平等を約する協定を結んだようじゃな。今、どこもその話題で、てんやわんやの大騒動じゃ」
クーデリアははっと顔を上げた。そして、隣りに坐るビスケットも。
では、サヴァラン・カヌーレはやり遂げたのだ。ナボナ・ミンゴの志を受け継ぎ、粘り強い交渉の末、遂にドルトの労働者たちを解放する道筋に辿りついたのだ。
「労働者側の代表らしき男が、お前さんたちに謝意を述べておったぞ。この協定に助力してくれた、クーデリア・藍那・バーンスタインと鉄華団に感謝を、とな」
「ああ、良かった……!」
紫水晶の瞳に涙が滲む。
この少女は多分、ドルトでのあの時に、何もできない己の無力を痛感していたのだろう。自分の言葉が本当に世界を動かせるのか、自信を失っていたのだろう。
だが、サヴァランにかけた言葉はこうして実を結び、ドルトコロニーの労働者に解放の道を開いたのだ。
これは、ビスケットも素直に嬉しいだろう――自分の兄が、遂に目標へと踏み出すことができたのだから。ちらりと見れば、やはり頬を緩めている。きっと、火星に戻った時には、妹たちに誇らしく、コロニーで見た兄の姿を語って聞かせるのだろう。
さて、まぁその事実は、こちらにとっては嬉しい話だが――この妖怪爺は、何を考えて口にしたのやら。
「ドルトコロニーの労働者たちに力を与えた、その力は中々のもののようだの、クーデリア・藍那・バーンスタイン」
蒔苗は、好々爺のような表情を作って云った。
「いいえ、私ひとりの力では――鉄華団の皆さんや、資金援助をして下さっているノブリス・ゴルドン氏の協力があってこそです」
「うむ……ところでお前さんは、ここへ何を求めて来たのかな?」
「それは、火星の経済的独立です」
「うむ、そうであったな」
蒔苗は、とぼけたように頷いた。
そして、
「だが、すまんの……儂には何もできんよ、“今は”な」
この思わせぶりな間の取り方だ。
今回は、既にクーデリアとも打ち合わせ済みだし、ギャラルホルンとも揉めていないから対応可能だが、“オルガ・イツカ”はさぞ困ったことだろう。
「今の儂は、アーブラウを追われ、オセアニア連邦の好意でここにいるような状況じゃ。お前さんの役にはとても立てんのう」
「そんな! では、では私は、一体何のためにここまで……」
クーデリアが叫ぶ。もちろん“予想”は伝えてあるが、それでもやはり、投げやりにも思える言葉を投げかけられて、平静ではいられなかったのだろう。
蒔苗は、にやりと笑った。
「落ち着け。“今は”と云ったじゃろう?」
――本当に、胸糞悪い爺だぜ。
自分より立場の弱い若い娘を、いたぶって楽しんでいると云うわけだ。
逆に云えば、今のこの爺は、それくらいでしか自分の優位を確かめられないのかも知れないが――どちらにしても、厭な爺であるには違いない。
しかし、この爺の胸前三寸で、火星の未来が決まるかと思えば、無碍にするわけにもいかない、と云うのが悩ましいところだ。
クーデリアは身を乗り出した。
「今は、と云うことは、可能性は残されているのだと?」
「そうじゃ。但し、このままでは如何ともし難いがな」
「では、どうすれば!」
「――二ヶ月後、アーブラウ議会が北米大陸エドモントンで開かれる。それに儂が出席できれば、あるいは」
「エドモントン……」
クーデリアがこちらを見る。驚愕のまなざしで。
それに小さく頷くと、少女は慌てて正面を向き、また蒔苗に向き直った。
「……わかりました、それでは私たちが、あなたをエドモントンへお送り致します」
「ほう? あてはあるのか」
意地の悪い声。
「はい。私と、こちらの鉄華団の皆さんとで、あなたを必ずエドモントンまで」
白い眉の下から、蒔苗の鋭いまなざしがこちらを見る。
「お前さんたちに、できるかな?」
「舐めんなよ、爺さん」
顎を上げ、若造らしく不遜な態度で云ってやる。
「俺たちは、やると云ったらやる。あんたを、無事にエドモントンまで送り届けてやる。その代わり――この仕事、高くつくぜ」
蒔苗は呵々大笑した。
「結構結構。幾らでも出してやろう、見事に成功すればな」
「その言葉、忘れるなよ」
見ていろ、目の玉が飛び出るほどの、高額の報酬を要求してやる。
「楽しみだのう」
と云って蒔苗は笑ったけれど――ことが成功裡に終わることを、ほとんど信じていないような言葉だった。
まぁ、考えてみれば、自業自得とは云え、汚職で追放された政治家なのだ。
オセアニア連邦に庇護されているとは云うが、表の鉄の柵の重さと、この島の地理的条件――絶海の孤島と云うヤツだ――を考えると、飼い殺しにされていると云う方が正しいのかも知れない。
もしそうならば、それこそこの島を脱出して、エドモントンに行くことができたなら、本当にかなりふっかけても、払ってくれる可能性は高いのではないか――まぁ、気前良くとはいくまいが。
面白そうに見つめてくる爺に笑い返し、膝上の拳を強く強く握りしめた。