【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】 作:くずみ@ぼっち字書き。
エドモントンの市街地は、駅から少し離れた、川の傍にある。
本来の“エドモントン”は、川の北側――駅舎を含む――まで広がるそこそこに大きな都市だったはずだが、厄祭戦の影響だかどうだか、川の南、サウスイースト・エドモントンやサウスウェスト・エドモントンと過去に云ったあたり、を中心にした区画にまで縮小されてしまったようだ。
川向こうの街区を、車の中から眺めやる。
過去に行ったことのあるイタリアの古い都市――フィレンツェやローマ、ミラノなど――とはまったく異なる街並みが、ここがヨーロッパではないことを感じさせる。旧ヨーロッパは、今はアフリカン・ユニオンに組みこまれているそうだから、かつての姿がどこまで残っているかは不明だが。
車が、川を渡る橋に差しかかったところで、
「――検問だ」
助手席に坐ったクランクが、そっと小声で云ってきた。
ギャラルホルンと思しきジャケットの男たちが、車の前に立ちはだかる。
「停まれ!」
旗を振って車を停めてくる。
うちのひとりが、助手席の窓を叩いた。
「エドモントンへ入るのか」
「そうだが、何か」
流石にギャラルホルン実動部隊所属、クランクの問い返す声はドスが利いている。スーツにネクタイと云うスタイルと相まって、ヤクザもののような貫禄だ。
相手は一瞬怯んだようだったが、気を取り直して云ってくる。
「ただ今、政治犯がエドモントン市内に侵入しようとしているとの通報により、検問を行っている。――お前たちの来訪の目的は何だ」
「商談のためだ」
「MW二機を連ねてか。お前たちの責任者は」
「……俺だが」
クランクの後ろから云ってやると、こちらを見た男が、さらに怯んだ顔になった。
――失礼な。
とは云え、仕方のないところはあるか――髪を後ろに撫でつけてセットし、上質のスーツを着て銀縁眼鏡を掛けた姿は、我ながら“インテリヤクザ”そのものだったから。
「――あ、IDを確認させてもらおうか」
と云う男の、声が震えている。そんなにビビる必要はないだろうに。
無言でIDを差し出す。
「シャア・アズナブル、火星の出身か」
「あぁ。アーブラウ領だ。こちらには、ビスト商会の招きで来た。これから、エドモントン市内で商談の予定だ」
「場所は」
問われて、予約を入れてあるホテルの名を上げる。
もう一人、近づいてきた方の男に耳打ちすると、そちらの男が、携帯端末で、どこやらへ連絡を入れたようだった。
「……よし。だが一応、全員のIDは確認させてもらうぞ」
「どうぞ」
隣りに坐った愛人兼美人秘書――と云った態のフミタンが、薄く笑ってIDを差し出す。もちろん、助手席のクランクと、運転席のイーサンもそれに倣う。
「ナナイ・ミゲル、ランバ・ラル、リディ・マーセナス、と」
その名を聞いて、笑いがこみ上げるのを、必死で噛み殺す。それもまた、男からは苦虫を噛み潰したように見えるのだろう。
最初にこのIDを見た時は吹いた。草不可避とか云うヤツだ。このネタがわかるのは二人しかいないからいいが、ガノタの一人もいたら大変なことになるところだった。
――宇宙世紀攻めかよ!
ちなみに、“三日月”はアムロ・レイ、ユージンがジュドー・アーシタ、アインはギュネイ・ガス、チャドがカイ・シデンでビトーがバナージ・リンクス、トドはマ・クベで、タカキはグレミー・トトだ。このメンバーは、別の渡河口からエドモントンに入ることになっている。
そして、こちらの残りは、
「――ミネバ・ザビ、女か」
と云う男の前には、肌を灼けたように塗り、詰めものをして胸を限界まで膨らませたクーデリア。ジャケットを着て、長い髪を帽子に隠し、いかにもMW乗りと云う態だ――もちろん、実際の操縦は、足元に隠れたライドの仕事だが。
「どこ見てんだ助平野郎!!」
と、お嬢様らしからぬもの云いで、クーデリアが叫ぶ。どうやら、ギャラルホルンの男が、膨らませた胸を凝視していたらしい。
「い、いや、俺は……」
「ふざけんなテメェ! 胸ばっか見やがって! ✕✕潰してやろうか!!」
「止せ、ミネバ」
止めに入ったのは、もう一機のMWのパイロットである昭弘だった。
「だって、ハヤト……」
「すぐ熱くなるのは、お前の悪い癖だ。……すまんな、俺のも確認してくれるか」
「あ、あぁ……えー、ハヤト・コバヤシ、か?」
ほっとしたようにクーデリアから離れた男が、そう云って昭弘の方へ歩み寄る。これで、クーデリアはかれらの注意から外れたようだ。素晴らしい、なかなかの名演技だった――お嬢様らしくは、まったくなかったが。
「そうだ」
「なるほど、以上だな」
「あぁ」
男は頷いて、同僚ともども車の前から退いた。
「行って良し!」
とは云ったものの、こちらを恐れる風なのは丸わかりだった。
まぁ、気性の荒いMW乗りと、その上司だか雇い主だかのインテリヤクザ、と云う取り合わせでは、さっさと通して関わり合いになりたくない、と云うのが、あちらの偽らざる心情だっただろう。
男たちの間を通り抜け、橋を渡り切って市街地に入る。
車のナビゲートシステムは、行先に青いマーカーを立てている。
以前、原作を見た時に調べたところでは、エドモントンを流れる川は、旧市街地の南側を流れていたように思ったが、しかし、今見る感じでは駅舎と市街地の間に流れている。
旧世紀から数百年の間に、川の蛇行が変化して、このようなことになったのか――あるいは、第二次世界大戦後の某都市のように、一度厄祭戦で壊滅したものを、場所を移して完全に再現したようなことがあったからか。
まぁ、元のアレでも、駅まわりは治安が悪いなどとあったことだし、厄祭戦のあおりで、そのあたりで騒乱があって、街区が焼け野原になったと云う可能性もある。
だとしたら、後者――街区の復元――の可能性が高いな、と思いながら、エドモントンの街並みを眺める。
目的地――フェアモントホテルは、エドモントンでも格式あるホテルらしい。
まぁ実際、旧世紀――って云い方を、この世界でもするのだろうか?――から建っていると云われても不思議はない、重厚な外観のホテルである。例えば、古い交易所時代の大金持ちの館、と云われても納得できる威容なのだ。もちろん、地下に駐車場を設けるなど、ニーズに合わせて改築などはされているのだろうが。
正直、宇宙ネズミの何のと揶揄される鉄華団の面々にとっては、敷居の高いホテルだろうと思う。
が、蒔苗ならばこのホテルを使うのだろうし、たとえギャラルホルンに目をつけられたとしても、このホテルならば、踏みこむに躊躇せざるを得ないだろう、と云う判断でのチョイスだった。それに、当然政財界の重鎮なども利用するところだろうから、誰が入ってきても不思議はないと云うこともある。
当然、部屋はロイヤルスィート――各人で部屋を取るより、圧倒的に安上がり――で、そこではじめて、全員が顔を合わせる。クーデリア、フミタン、ユージンにチャド、アイン、クランク、イーサン、トドとタカキ、昭弘、“三日月”、そして蒔苗の爺もだ。
「まさか、お前さんたちの尻の下、とはな」
よぼよぼしながら、蒔苗は云った。やや恨みがましい顔だった。
そう、この爺は、こちらの車――シルバーの普通車――の後部座席の下に、みっちり詰まって来たわけだ。改造して、かなり空間は確保していたはずだが、そもそもやけにでかい爺なので、詰まったのを見た時には窮屈そうだとは思った。空気穴も空けていたので平気だったはずだし、現に今も元気だ。
地下駐車場からは、エレベーターで上まで上がったから、人目にはついていないはずだ。
「見つからなかっただろうが」
云ってやると、白髯の下で、唇がへの字に結ばれたようだった。
クランクとフミタンと一緒に、ロビーでタカキたちと待ち合わせ、揃ったところでチェックインして、部屋へと上がった。
流石はロイヤルスィート、部屋数も多く、リビングのソファまで入れれば、エドモントン入りしたメンバーが全員収まりそうだ。まぁ、ベッドひとつに何人寝るかと云う話にはなるが。
「検問で呼び止められた時は、どきどきしました!」
帽子を取ったクーデリアは、興奮気味にそう叫んだ。
「胸をじっと見られたので、三日月に教わったとおりに云ったのですが……無事に切り抜けられて良かったです!」
「名演技でした、お嬢様」
フミタンが、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。髪をかるくまとめて、眼鏡もいつものものに換えたので、先刻までの“愛人兼美人秘書”ではなくなっている。
クーデリアは、侍女ににこりと笑みかけた。
「ちょっと恥しかったですけれど、あんな風に怒鳴るのは新鮮でした! それに、ちょっとすかっとしました――偶には、こう云うのも良いのかも知れませんね!」
それを聞く鉄華団の面々のまなざしが生ぬるい。そして“三日月”に注がれるそれは、冷やか極まりない、当然のことながら。
「それにしても……オルガ、お前……」
こちらを見たユージンが、口許をもごもご動かす。
そして、耐えかねたように吹き出した。
「ホントマジ! インテリヤクザ! 三日月、上手いこと云った!!」
そのもの云い、“三日月”のだな! くそ、汚染甚だしいぞミカ!
じろりと見ると、アインやチャド、トドとイーサンは笑いを堪えるのに必死なようだったし、クランクは容赦なく吹き出していた。昭弘はそっぽを向いているが、笑わないためであるのに違いない。タカキは苦笑するだけだ。
「団長、カッコイーです!!」
ライドとビトーはそう云ってくれるが――いやいや、それはあまり良くないだろう。
「……いいだろ、そのお蔭で、煩いこと云われなかったんだ」
まぁ、元の“オルガ・イツカ”なら、せいぜいチンピラヤクザくらいだったのだろうな、とは思う。中身が中身なので、ドスの利き方が違う、とは“三日月”の弁だが、それは褒めているのか――褒めてないな、絶対に褒めてない。
まぁ実際、インテリヤクザ風な見た目になったお蔭で、検問は瞬で切り抜けられた。そのために、クランクと昭弘と云う強面組にしたわけなので、結果は上々と云っていいだろう。クーデリアと蒔苗の爺のふたりを連れていた割には、まったくトラブルなしだった。
「そっちはどうだった?」
チャドに問うと、
「タカキ坊っちゃんがいい仕事してくれたぜ」
との答え。タカキは、少し俯いて、照れたように頬を染めている。
「検問にはもちろん引っかかったんだが、トドが上手いこと云ってな。“亡き旦那様の一粒種で”とか、“濁世に塗れていない清らかな坊っちゃんで”とか。またこれが迫真の演技でさぁ」
云われたトドが、ちょいと自慢げに髭を撫でている。
「もう、タカキを奴らの目に晒すのも厭だ、みたいな感じでよ。またタカキがいかにも何も知らねぇ風でにっこりするから、ギャラルホルンの奴らも、何かキュンとしたみてぇな感じだった」
しみじみとユージンが云う。
「それでまた三日月がなぁ」
「な!」
「ミカが、何だよ?」
問うと、ふたりは顔を見合わせ、ぷっと吹き出した。
「いやだって、三日月が“不慣れな新人パイロット”だぜ? 誰の話だってなるよなぁ!」
「そうそう! 検問で止められた時も、オーバーして、借り物のリムジンにぶつけそうになったりなぁ!」
「ほぅ?」
それは面白いものを見損ねたわけだ。
「三日月も演技派だったな」
とは、アインの弁である。
まぁ確かに、その気になれば“三日月”は、顔の造作も変えられる――但し秒で崩れるが。瞬間顔面修整などと称していたが、まぁ写真の上での話なので、後は演技力でカバー、と云うヤツなのだろう。“昔”は結構恐れられていたはずだが、気配を変えると、平隊士に紛れこむこともできたくらいだから、その手合いの技なのだろうが。
さて、
「それじゃ、明日の件だが」
切り出すと、途端に皆の顔がきりっと引き締まる。
「明日が本当のヤマだ。妨害にあわないように、あってもまともに当たらねぇように、心してやれ」
ミカ、と呼びかけると、“三日月”はひとつ頷いて地図を拡げ、明日の詳しいルートを説明しはじめた。
明けて、朝。
皆、それぞれの衣装に着替え、車とMWに乗りこむ。
リムジンには爺とクーデリアとフミタンと自分、運転席と助手席にはアインとクランク、それに付き従うMWには“三日月”と昭弘が。乗用車にはトドとタカキ、イーサンとユージン、そちらのMWにライドとビトーが乗る。爺の秘書ふたりは、爺の派閥の政治家の誰やらに、議事堂まで送られていくだろう。
万が一にも、街中でドンパチやることはないと思いたいが――議事堂に到着するまでは、何があっても不思議はない。気を引き締めていかなくては。
爺とクーデリア、フミタンはいつものスタイルで、こちらは眼鏡なしでいつもの髪型、但しスーツは昨日と同じものを。これでも充分ヤクザものっぽいので、何かあれば多少の威圧は可能だろう――まぁ、あまり凄んでも、その筋と付き合いがあると思われて、爺の不利になるだろうからあまり使いたくない手ではあるのだが。
まっすぐ議事堂に向かうのはシルバーの乗用車、こちらはやや迂回をしながらも、ゆるゆる議事堂に近づいていくルートになる。
まぁ、検問を既に抜けている以上、この先の難関は実は議事堂内部での話だとは思うのだが、こちらの政治屋たちが何をどうしかけてくるのかは、爺の方の問題であって、こちらの依頼内容には含まれない、と思っていたのだが。
「……儂が議場に入れなんだら、依頼は失敗と見なすぞ」
髯を扱きながら爺が云い出した。
「はぁ!? あんた、エドモントンまでって云ったはずだがな!?」
「エドモントン入りしようと、議場に入れんでは意味がない。そこまで、きっちり送り届けてもらおうか」
――この、クソ爺が!
絶対にいちゃもんつけてくるだろうとは思っていたが――議場に入るまでは、てめぇの執事だか秘書だかの仕事じゃなかったのかよ!
歯噛みするが、爺は一歩も引く気はなさそうだった。
「……成功報酬十億なら受けてやる」
本当は、元のアレの警備会社の相場に、諸経費を足して、吹っかけてもろもろで三億か、などと考えていたが、気が変わった。議場までなら十億だ。鐚一文まけてやるものか。
流石にクーデリアやフミタンが目を見開いた。安心しろ、そちらには吹っかけたって四億だ。
爺は、高笑いしてみせた。
「ほっほっほ、云うわ云うわ」
「リスクがあるんだ、これくらいは当然だろ。……どうすんだ、呑むのか、呑まねぇのか」
「この蒔苗東護ノ介、一度口にしたことは曲げはせん。払ってやろうとも!」
――云ったな!
「よし、それなら契約成立だ! ここで一筆書いてもらおうか」
「忙しないことだのぅ」
「口約束で、後でひっくり返されてたまるかよ。書面はきちんと残しておかねぇとな」
タブレットで契約書面を出し、署名と、ついでに遺伝子コードの記載も求める。そうしておかないと、後で“偽物”だの何だのと云い出しかねないからだ。まぁ、一筆入れさせておいたところで、“脅迫されて仕方なく書いた”などと云い出しかねない爺ではあるが。
「随分厳重じゃのぅ」
「あたり前だ。そう簡単に踏み倒せると思うなよ」
この曲者爺には、どれだけ用心してもし足りないくらいだと思う。
「――ミカ」
爺が渋々署名する間に、インカムに呼びかける。
〈なに〉
「目的地変更、と云うか、少し伸びた。議場までの護衛がご希望だとよ」
〈ふぅん。……報酬たくさん貰えるの?〉
「あぁ、十億だ」
そう云うと、目の前の白い眉がぴくりと動いた。
だが、もちろんこれは“三日月”に、この車以外にいるものに聞かせるために云ったのだ。云わば、契約書の他の“保険”のために。
脅して黙らせられる小娘だけでなく、鉄華団の人間も知ったのだ、さぁ覚悟しろ、蒔苗東護ノ介。
“三日月”は満足そうだった。
〈いいね〉
「昭弘は残して、お前は俺たちと一緒に、中に入るぞ。――やれるな、ミカ」
〈やるよ〉
「……よし!」
まぁ、正直今のスタイルで、羽織袴の爺を連れて議事堂内を突破、とか、絵面的にはそれこそヤクザの出入りだが――まぁ、もう今さらと云えば今さらだ。
議事堂に近づく。
シルバーの車が、議事堂の前を通り過ぎていくのが見えた。
再びインカムに触れ、今度は別の回線に。
「――ユージン」
〈何だよ、オルガ〉
「ちょいと目的地が伸びた。議場まで突入する。掩護を頼む」
〈……ちょ、おま、掩護って!〉
「昭弘たちと、ギャラルホルンが議事堂に入りこまないようにしてほしい。中は、俺たちで何とかする」
“三日月”、クランク、アインがいれば、中は押し通れるはずだ。
ギャラルホルンは内政不干渉だと云うが、アンリ・フリュウが中にいる以上、要請がいって、ギャラルホルンの兵士が入って来ないとも限らない。可能性はとにかく潰しておきたかった。
ユージンはしばらく沈黙していたが、やがて、
〈……あーもう、チクショウわかったよ!〉
投げやりながらも返答があった。
〈議事堂の外だな? 中にゃ入れねぇぞ!〉
「構わねぇよ。これが成功すりゃ、十億だ」
〈じゅ、じゅうおくぅぅ!?〉
途端に、ユージンのみならず、向こうの車内がざわついたのがわかる。
「そうだ。爺さんは、気前良く払って下さるそうだぜ。……気合い入れていけよ!」
〈お、おう!〉
通信が切れたところで、車が停まった。議事堂の車寄せに着いたのだ。
ドアを開け、爺が降りる。
途端に、やはり車から降りたばかりだろう男たち――身なりや態度からして、議員とその秘書たちだろう――が振り返った。
その目が一様に見開かれる。
しかし、その後の反応はきれいに分かれた。
「蒔苗先生!」
「蒔苗先生が!」
喜びをあらわに近づいてくるもの、
「蒔苗か……」
「何故、彼奴が……」
眉を顰めて睨むもの。
そのうちのひとりが、
「蒔苗先生!」
叫びながら駆け寄ってきた。頭の薄い初老の男、原作で憶えがある。あれが、ラスカー・アレジとか云う男か。
「おお、久しいな、アレジ。息災だったか」
「は、はい……先生も、お元気そうで……」
目を潤ませて、今にも落涙せんばかりの男に、蒔苗は豪快そうに笑った。
「儂もこうして舞い戻った、さて、代表選は勝てるかな?」
「もちろんです! 先生がお戻りならば……!」
と言葉を交わす間に、昨日アレジに拾われて別れた男たちが、蒔苗に歩み寄ってきた。
「蒔苗先生……」
「おお、お前たちも、無事に辿りつけたようでなによりだ」
目を細める、その様だけ見れば、蒔苗を好々爺とも感じただろうが。
「……さて、では往くとしようかのぅ」
ぎらりと光るまなざしが、それまでのすべてを打ち消してしまう。
「はい。――ところで、そちらのお嬢さんが」
アレジ議員は、クーデリアをちらりと見て、云った。
「おお、そうじゃ、この小さなレディが、火星から来た……」
「クーデリア・藍那・バーンスタインと申します」
勝負服とも云うべき赤いドレスに身を包んだ少女は云った。
――“小さなレディ”とはな。
それを云うべきは、アルミリア・ボードウィンくらいの年齢の少女にであって、十六とは云え、大学も出た才女に云うべき言葉ではないと思う。そのあたりが、蒔苗がクーデリアを馬鹿にしているところなのだと思う。
それでも、クーデリアはアーブラウ領の火星代表の娘だからまだましな扱いなのだ。鉄華団のことなど、この爺たちは、その辺のチンピラ紛いとしか考えていないに違いない。あるいは、一軍の連中が云っていたような“宇宙ネズミ”としか。
――今に見てろ。
久しぶりに、“昔”の気分を思い出す。“野良犬”の“狼”のと蔑まれながら、這いずるように生きていたあの日々を。功成り名遂げる前にすべてがひっくり返されたから、本当の意味で成功したとは云えなかったが――それでも、あの時あの高さまで、“階段”を駆け上がれたことは忘れない。
自分たちは、やれる。あの時の仲間より格段に若い団員たちを率いても、“宇宙ネズミ”から這い上がり、時代を掻き回して、ヒューマンデブリの枠組も、圏外圏の不平等も、何もかもをひっくり返してやる。
それには、まずこの仕事を完遂することだ。そこからはじまるのだ、何もかもが。
「さて、では議場に参るとしようかのぅ」
蒔苗は悠然と云うと、赤い絨緞の敷きつめられた廊下を歩き出した。その傍にはアレジ議員と秘書たちが。
だが、続こうとしたクーデリアの行手に、議事堂の警備員たちが立ちはだかる。
「待ちなさい、部外者は立ち入り禁止だ。許可証はあるのか?」
――なるほど、これか。
蒔苗の云ったのは、自分のことではなく、クーデリアのことだったのだ。議場に入る資格のない少女を、守りきって登壇させることができるのかと云う。
――いい性格してるじゃねぇかよ、爺!
そして、見る。通路のずっと奥、すらりとした影が過ぎるのを。見憶えのある制服、あれはギャラルホルンのものだ。杖をついた――あれが、イズナリオ・ファリド。
あの男を蹴落とさねばならぬ。アンリ・フリュウを退けて、その後ろにいるだろうあの男をも。
そのためにも、蒔苗にはクーデリアが必要なのだろう。つまり、自分の汚職に狙いを定めてくるだろうアンリ・フリュウ一派の目論見を撹乱するために、新たな議題を提示する火星の少女の存在が。
――やってやろうじゃねぇか!
「ミカ!」
呼ぶと、頷きが返る。
そのままクーデリアの前に立ち、“三日月”が拓いた道を、少女が進む。殿はクランクが、両脇を自分とアインが固め。
銃や護身用の警棒などは携行していたが、相手方に取り押さえる口実を与えないために、徒手空拳でいく。
相手も、自分たちから手を出したと云う羽目にはなりたくなかったのだろう、じりじりと近づくも、手にした警棒を振りかざしてはこない。
こう云うところ、警備員と云うのは不便な仕事だ。
いずれ、自分たちもそちら側に立つことになるのだろうと思いながら、長い廊下を押し通り、議場の扉を開け放つ。
と、壇に近い位置に陣取った、初老の女が目を見開いた。その唇が“馬鹿な”と動く。これが、アンリ・フリュウに違いない。
議場の中は騒然となった。現れないと思われていた蒔苗東護ノ介が姿を現したからであり、また、見慣れない少女と強面の男たちが乱入してきたからでもあった。
「何じゃ、五月蠅いのぅ。ここはいつから動物園になったんじゃ?」
蒔苗は、惚けた調子でそう云った。
アンリ・フリュウ派なのだろう議員が叫ぶ。
「蒔苗東護ノ介、貴様に坐る席などない!」
「はて……」
蒔苗は、眉の下でじろりとその男を睨み据えた。
「儂は、これでもアーブラウの代表であった男だぞ。その席がないなどと、そんな馬鹿な話があるものか」
その声は議場に響きわたり、反対派の議員たちを黙らせた。
そちらがおとなしくなったのを確かめて、議長が壇上から声をかける。
「蒔苗先生、所信表明を……」
「待ってくれ。その時間をもらえるなら、話を聞いてもらいたいと云うものがあるのだ」
蒔苗が云って、ちらりとクーデリアを振り返る。
少女はこくりと頷いて、壇上へと足を踏み出した。
「誰だね、議員以外のものは……」
壇上の男たちが制止しようとするが、クーデリアは、強いまなざしでそれを沈黙させる。
そして壇上に立つと、すぅと息を吸い、少女はゆっくりと話しはじめた。
「……私は、クーデリア・藍那・バーンスタイン。火星の経済的自由を蒔苗氏と交渉するために、ここへ来ました。蒔苗氏のご厚意で、こうしてお時間を戴き、話をさせて戴きます」
その声は強く、旅のはじめに出会った時よりも格段に、人びとの心の底にまで届く力を持っていた。
「火星からコロニーを経由して、こちらへ来るまでの間、私は様々な不平等を目にしました。売られ、奴隷同然の扱いを受けながら働かされる子どもたち、本国の搾取に耐えながら働き続ける、火星やコロニーの労働者たち――私をここまで送り届けてくれた少年たちもそうです。皆、社会の不平等に、不合理に耐えながら生きている……私は、その不平等を正したいと思ったのです」
紫水晶の瞳が、議場を睥睨する。
「ですが、ご覧のとおり、私はただの小娘に過ぎません。私が訴えている火星やコロニーの――圏外圏の労働者たち、少年たちの“言葉”は、私が見た限りのもので、本当はもっと深刻な事態であるのかも知れません。……それでも! それでも私は訴えます。かれらの現状を、ひとりでも多くの方に知って戴くために」
そうして、今度はまなざしだけでなく、身体全体で議場を見回す。
「私は、ただの小娘に過ぎません。ですが、ここにおられる皆様は違います。あなた方は、選ばれたアーブラウ各地の代表であられる――想像して下さい、もしもあなた方の支持者の方が、圏外圏へ移住せざるを得なくなり、そこで本国から詐取されていると訴えてきたら。その方が、ごく親しい人物であったなら。……それでもあなた方は、圏外圏における不平等に、無関心でいられるでしょうか?」
今や議員たちは、この火星から来たと云う少女の話に、すっかり心を奪われていた。
いや、心を奪われていた、と云うのは正しくはないかも知れない。少年少女ではあり得ない議員たちは、壇上の“小娘”の気迫に、すっかり呑まれてしまっていた、と云う方が、おそらくは正しい。
クーデリアの言葉は、少女が実際に目にしてきたことを語っているだけに重く、力があった。データだけを見、頭で考えて語っていた、出会ったばかりの頃に較べ、その真に迫る様は、何倍にもなっていたのだ。
「……こちらにおられる蒔苗氏は、私の言葉に耳を傾け、力になって下さるとおっしゃったのです。――先日、アフリカンユニオンは、その入植地であるところのドルトコロニーと、経済的平等を約する宣言をしたと聞きました。世界は、前に進もうとしています。この流れは、いずれすべての経済圏と、圏外圏を呑みこむことになるでしょう。それにただ呑みこまれるならば、四大経済圏は、嵐の中の小船にも等しく、もみくちゃにされることになるかも知れません」
少女は云い、もう一度議場を見渡した。
「その前に、どうか、皆様に決断して戴きたいのです。目先の利を捨て、来たる“嵐”に備えて戴きたいのです。それによって、圏外圏のみならず、地球に住まう皆様も安心を得ることができるはずだからです。――どうか、お願い致します。搾取される圏外圏の子どもたち、重い軛の下にあえぐ労働者たちのために、皆様のお力をお貸しください。地球に住まう人びとと同じように、圏外圏にある人びとにも、等しく幸福に生きる権利があるのだと云うことを、知らしめて下さい。それこそが最終的に、地球に住まう皆様の未来の幸福をも保証することだと、私は信じます。……それをお願い申し上げて、私の話を終わらせて戴きます」
最後の言葉は、議場全体に、強く、大きく響きわたった。
沈黙の落ちた中を、クーデリアが壇から降りる。
最後の一段を降りきると、少女はこちらにまなざしを合わせ、にこりと笑みかけてきた。
「ありがとうございます」
「仕事なんだ、礼を云われることじゃねぇよ」
「いいえ、そうではなく」
クーデリアは微笑んだ。
「団長さんのお蔭で、私の言葉は、本当に自分のものになったような気がします。私は確かに、頭の中だけで世界を見ていました――でも、今は違います」
少女のまなざしは、まっすぐに前を向いていた。
「私は、片隅とは云え、圏外圏の現実を見ました。そして、それが言葉によって、わずかにでも動くのだと云うことも。――私は、私の言葉を武器に、ここから未来を切り拓いていける」
強い、自信に満ちた言葉。そこにこめられた力の分だけ、少女が旅の間に成長したのだと云うことがわかる。
クーデリアの顔を、眩しいような気持ちで見た。
「……あぁ。あんたにならできるさ」
「ありがとうございます」
にこりと笑う。
そこに声がかかった。
「……なかなかの名演説であったの」
蒔苗は白髯の下でにやりと笑い、議長に呼びかけた。
「それでは、代表選と参ろうか。議長!」
「は、はっ!」
議長は弾かれたように顔を上げ、代表選の投票に入ると宣言した。
こればかりは古めかしく、投票用の木片を手に、議員たちが立ち上がる。
かれらが票を投じる様を、クーデリアとともに佇んで、じっと見つめる。
最後の議員が投票し、壇を降りた。目の前で票が数え上げられていく。
やがて。
アンリ・フリュウの票は尽きたが、蒔苗のそれはまだ残されている、それを確認して、議長は叫んだ。
「……アーブラウ代表には、蒔苗東護ノ介氏が再選されました!」
その声に、議場の半分が歓声を上げた。
「やった!」
「蒔苗先生……!」
ミレニアム島から付き従ってきた男たちが、潤んだ声で叫んでいる。
そして、クーデリアの瞳も潤んでいた。
「――これでようやく……」
そう、ようやくスタートラインに立つことができた。
悔しげに唇を噛んだアンリ・フリュウが、靴音も高く議場を出ていくのを眺めながら、思う。
これで蒔苗は復権し、アンリ・フリュウは失脚する。そして、それに加担していたイズナリオ・ファリドもまた。
今度こそ、敵は月外縁軌道統合艦隊アリアンロッド――そして、その司令官たるラスタル・エリオン。
ここからが本当のスタートだ――クーデリアもマクギリスも、そして鉄華団も。
その未来を思いながら、隣りに立つ“三日月”と、握った拳を打ち合わせた。