【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】   作:くずみ@ぼっち字書き。

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一方その時"三日月"は 11

 

 

 

 スーツはシルバーグレー。シャツは艶のあるブラックで、ネクタイは暗い藍と臙脂のピンストライプ。靴は敢えて明るめのブラウン。

 髪はオールバックになでつける。

 銀縁眼鏡で知的さと冷たさを同居させれば――どこからどう見ても、うん。

「素晴らしいインテリやくざだね。“オルガ”」

 絶賛すれば、パシリと頭を殴られた。なぜだ。

 ”シャア・アズナブル”。火星出身の若き実業家――ってのが、今回の“オルガ”の役どころ。

 検問を躱すために、あえて別の胡散臭さというか、剣呑さを演出した結果だけど、想像の3倍くらい“危険な男”度が増している。

 普通の感性なら、まず関わり合いになりたいとは思うまい。

 ちなみに名前は赤い彗星様からお借りしている。他の皆も同様に宇宙世紀から拝借した。

 この件に関しては、おれからモンターク商会に注文をつけ、後で知った“オルガ”に散々追いかけ回されることになった。

 いいじゃないか、誰も知らない遊びだよ。

 おれと“オルガ”の他には誰も、ね。

 そんなこんなで、“シャア・アズナブル”の隣には、フミタン――“ナナイ・ミゲル”。

 体の線がキレイに浮き出る、つまりそのナイスバディを余すとこなく突きつける感じのタイトなスーツは、“オルガ”のより少しだけ明るめのグレーで、シャツは白。

 黒いパンプスの踵は恐ろしく高く尖ってる。

 フレームの形こそ違え眼鏡は銀縁。

 普段結い上げている髪を一部おろして流す。

 氷の眼差しに反して、鮮やかに紅い唇がひどく官能的で、男なら目が釘付けなるレベルの美人――秘書兼、愛人って風情。

 並び立つ様は、まさに企業系マフィアとその情婦。

 さらに黒服のクランクを添えれば、もう完璧です。

 運転手役も黒服だしね。

 そして、クーデリアには、見えるとこ全部に小麦色のファンデーションと粉をはたいてみた。

 日に焼けた肌に見せかけて、鼻の頭と頬にはそばかす。

 眉と目尻はもとより大きく釣り上げて、気の強さを強調。

 唇もポッテリと。

 長い髪も編み込んで帽子に詰め込む。

 そして、なによりもお胸さまを増強――極限まで膨らませて、スイカの一歩手前、メロンみたいなことになってる。

 これは絶対に凝視せざるを得ない、男の悲しい習性を逆手にとる作戦だったり。

 鏡を見たお嬢さんは、マジマジと覗き込んだあと、不思議そうに首を傾げた。

「自分じゃないみたいです」

「そう。クーデリアじゃない。“ミネバ・ザビ”――気性の荒いMWのパイロット」

 本物のミネバ・ザビは、ザビ家のお姫様だけどさ。

「野郎どもが不躾にジロジロ見てきたら、こんな風に怒鳴りつける」

 一つ区切って、大きく息を吸う。

「『どこ見てんだこの野郎! 胸ばっかジロジロ見やがって! ☓☓潰してやろうか!!』」

 声色作って叫んでみれば、“オルガ”に後ろからバシンと叩かれた。

「おい“ミカ”、お嬢さんになんてことを!!」

「検問で捕まらないための作戦だろ」

 間違ってもクーデリアと悟られないように――誰も革命の乙女がそんな粗野な女だと思うまいさ。

 対するクーデリアは真剣な顔で、わたしにできるかしらと呟いている。

 大丈夫。だって、リラの花の色の目は、さっきからキラッキラしてるからね。

 これはノリノリだ。エンジン全開の乗り気だよ。

 両手でサムズアップして健闘を祈りつつ。

「じゃあおれ、タカキたちも見てくるから」

 ――あっちも色々と整えなきゃならんのよ。

 さぁて。頭痛を堪えてるみたいなクランクにアタマを掴まれる前に、とっとと退散しようかね。

 

 

『一方その時“アムロ・レイ”は』

 

 

 エドモントンへの道のりは、長閑なものだった。

 天気は良いし、路面は少しだけ粗いけど、ガタガタ言うほどでもない。

 先を行くのは、黒塗りのリムジン。

 乗っているのは、ビスト商会の大番頭マ・クベさんと、御曹司のグレミー・トト様。

 それから護衛のジュドー・アーシタさん、秘書のギュネイ・ガスさん。

 運転手はカイ・シデンさんがつとめている。

 これから、エドモントンで一番のフェアモントホテルで商談なんだって。さすが老舗のビスト商会だよね。

 おれ、アムロ・レイ。MWの新人パイロットです。よろしくね。

 バナージ・リンクス先輩と一緒に護衛任務の真っ最中。

 駅から市街地へは、橋を渡る――ちょうど渡り切るそのあたりで。

「止まれ!」

 唐突に制止がかかった。

 ギャラルホルンらしき制服の男のひと達が大きく旗を振って飛び出してくる。

 検問だ。見えなかった。急に現れたそれにすごく焦る。

 リムジンが急停車――したけど、おれのMWはすぐに止まれず、リムジンの車体ギリギリまで迫ってしまう。

 しまった、やらかした!

 びっくりして、ブレーキをかけるタイミングが少しだけ遅れたんだ。

「何やってんだアムロォ!」

 コックピットから身を乗り出したバナージ先輩に怒鳴られる。

「すいません先輩!!」

 同じくコックピットから顔を出して、大きく頭を下げる。

 ごめんなさい! 

「あほう! 俺に謝ってどーすんだ! ――すいません!!」

 バナージ先輩が頭を下げる先には、リムジン。

 助手席から顔を出したのは、アーシタさんだ。

 その苦虫を噛み潰したような顔を見て、血の気が引いた。

 報酬削られたらどうしよう。

 親方にめちゃくちゃ怒られる――おれが悪いんだけど。

「す…すいません、アーシタさん」

 声が少し震えた。

 睨まれて、視線が泳ぐ――どうしよう、ちょっと泣きそうだ。

「ホントにすいません! こいつには俺から言っておきますんで!」

 バナージ先輩がまた頭を下げるけど、アーシタさんは舌打ちしてる。

それから大きく息を吐いて、検問所の隊員さん達に視線を移した。

「何か?」

「政治犯がエドモントン市内に侵入しようとしているとの通報があった。お前達の身分と目的を改める」

 うわぁ、なんか怖そうなオジサンさんだ。

 目があって震え上がったら、ちょっと苦笑いされた。

「まあ、ぶつからなくて良かったな――急に飛び出して悪かった」

 その言い分に、アーシタさんも苦笑した。

 あれ、オジサン、意外に良い人だったりするのかな。

「政治犯なら、うちは関係ないですね。私どもはビスト商会です。これから商談のためにエドモントンへ」

 アーシタさんが答えてる。

「なるほど。――念の為、IDを確認させてもらおうか。全員だ」

 そういうオジサンに肩をすくめて、アーシタさんは車の中に引っ込んだ。

 ややして。

 後部座席のドアが開いて、中からマ・クベさんとギュネイさんが下りてきた。

 ビシッとした三つ揃いに髭を整えたマ・クベさんは、痩せてるけど、なんか大きく感じる――存在感っていうのかな、そんなの。

 人当たりか良さそうにみえるけど、隙は見せない――その人が、いつもの笑顔じゃなくて、少しだけ渋い顔をしている。

「これが、わたくしどものIDでございます。わたくしはマ・クベ。ビスト商会の番頭をつとめております。この者は秘書のギュネイ・ガス。先程の者はジュドー・アーシタ、側仕えです。それから、運転手のカイ・シデン。後ろは護衛に雇ったMWです」

 隊員さんが近づいてくるのに、バナージ先輩がIDカードを渡していた。

 おれもそれに習ってカードを見せて、名乗る。

「アムロ・レイです」

「よし、確認した――気をつけて行けよ」

「はい!」

 背筋を伸ばして大きく返事をしたら、隊員さんは小さく笑った。

「これで全員か?」

 オジサンが厳しい声で問う。

 マ・クベさんは少しの間オジサンを見つめて、そのあと、大きくため息をついた。

「車には、坊っちゃん――グレミー・トト様がいらっしゃいます」

「そうか。車内をあらためても?」

 疑問形だけど、これ、ほぼ命令だよね。

 マ・クベさんは眼差しを険しくした。

「わたくしどもに何の疑いがあって」

「通る者をみな検めている。お前たちに限ったことではない」

 オジサンが言って、ほかのギャラルホルンの隊員の人も車を取り囲んだ。

 場が緊張する。

 どうしよう。ドキドキする――隣を見れば、バナージ先輩も険しい顔をしていた。

 操縦桿を握る手が汗ばんで、ジャケットでゴシゴシ拭いた。

 と、車内から柔らかな声があがった。

「皆を困らせてはいけないよ、マ・クベ」

「坊っちゃん…いえ、トト様」

 マ・クベさんの眉が、しゅんと下がる。

 アーシタさんに伴われて車を下りてきたグレミー・トト様に、視線がいっせいに集まった。

 そりゃそうだろう。すっごくキレイなんだよ、トト様。

 初めて見たときにはおれも驚いた。

 キラキラしてる金髪も、触ってみたくなるような白くて艶のある肌も、甘そうな蜂蜜色の瞳も、ふっくらとした桜色の唇も、その辺じゃちょっとお目にかかれない美人――体格も、女性のものではないけれど、華奢に見えるし。

 なによりも、その微笑みが春の陽射しみたいに暖かいんだ。

「お役目ご苦労さまです。ビスト商会のグレミー・トトです」

 にっこりと笑みを向けられて、オジサンも、まわりの隊員も、一瞬、虚をつかれたみたいに黙る。

 トト様は、その様子におっとりと小首を傾げた。

「トト様、外は寒うございますよ。どうぞお車に」

 マ・クベさんが、周りの視線を遮るようにして、トト様を車に戻そうし、ガスさんもそれに習う。

「わたくしどもにお任せください。さ、トト様」

「マ・クベ、わたしはもうお前に纏わりついていた幼子ではないのだよ? ギュネイも」

「勿論です。坊っちゃん…トト様はよくご成長なさいました。けれど、風が冷たいのも事実。どうか、このマ・クベを安心させてやって下さい」

 最後はもう懇願である。

「トト様、どうぞ」

 アーシタさんにも促され、トト様は困ったように眉を下げ、それからオジサンと、周りの隊員を見回した。

「よろしいでしょうか?」

 我に返ったらしきオジサンが咳払いして、車の中を覗き込む――運転手のシデンさんしかいない事を確認してから。

「どうぞ。お手数をお掛けして申し訳ない」

「いえ。お役目ですものね」

 悪戯っぽく唇のはしをきゅっとあげて答える様に、オジサンはもとより、その後ろにいた隊員がまでが顔を赤くして――マ・クベさんに睨まれていた。

「では、通っても宜しいですな?」

 トト様を車に戻すと、マ・クベさんは周りをぐるりと睥睨して確認する。

 オジサンは苦笑いした。

「随分と大切にされているようだな」

「それはもう。大恩ある亡き旦那様の一粒種でございますし」

 それから、マ・クベさんは瞳の光を柔らかくして微笑んだ。

「なにより、濁世に塗れていない清らかなご性分でいらっしゃるので」

 この世の何より大事なのだと隠す様子もないマ・クベさんに、オジサンは両手を上げた。

「通って良し」

「ありがとうございます」

 きれいに一礼して、マ・クベさんとガスさんは車に戻る。

 アーシタさんは、一度こちらを振り向いてから、ため息をついて車に乗り込んだ。

 大丈夫です! もう失敗しませんから!

 バナージ先輩にも大きく頷いてから、ハッチを閉める。

 エドモントン市街地までは、あと少し。

 アムロ・レイ頑張ります!

 ――……

 

 

『一方その時“アムロ・レイ”は』完

 

 

 ――ってことがあったっぽいよ。検問所で。

 いやもう、トト坊っちゃんことタカキのピュアっぷりには、ちょっと噴くかと思ったわ。

 なに、あの美少年。

 髪と肌と爪のお手入れ、(おれが)必死でやったかいあったわ。

 髪なんて傷んでるとこおおかたカットして、上品なボブアレンジだからな。

 当分そのままでいるがいいさ。

 そして、トドは例によって例のごとく安定の演技力である――お前もう俳優になれよ。

 一方、“オルガ”達も、無事に検問をくぐり抜けたようで――まあ、欠片も心配してなかったけどね。

 計画通りフェアモントホテルのロイヤルスイートに合流して、ひとしきり演技自慢やら互いの姿にツッコミいれて笑い合った。

 一部笑いすぎだけど。

 寛ぐ時間もあればこそ、すぐに明日のことに話は切り替わる。

「それじゃ、明日の件だが」

 “オルガ”が切り出せば、それまでの浮かれぶりが嘘のように皆の表情が引き締まった。

「明日が本当のヤマだ。妨害にあわないように、あってもまともに当たらねぇように、心してやれ――“ミカ”」

 呼ばれて、前に出る。

 さあて、計画第二弾を始動させますかね。

 

 

 

 ――と、決行は明日だからして、今夜は時間がまだある。

 せっかくロイヤルスイートに泊まるんだから、満喫しない手はないよね。

 まあ、主寝室は妖怪爺に占拠され、もうひとつの寝室は女性陣に明け渡したから、おれたちは残るひとつの寝室とリビングを占領したわけだけど。

 って、3つも寝室がある辺りがさすがスイートルーム。

 トイレもバスも複数あるし。

 旅の疲れを癒やさんと、バスルームに向かおうとすれば、何故かライドとビトーがついてくる。

「三日月さん、それなに?」

 興味津々だな、ライド。

「食えるのか?」

 いやいや。食いもんじゃないよ、ビトー。

 3人で団子になってれば、他の面々も何ごとかと寄ってくる。

「鮮やかな色ですね」

 タカキがしげしげ覗き込んで、

「危ないものじゃないだろうな?」

 アインが眉を顰める――いや、なんで危険物を風呂場に持ち込むのさ。

「またなんかやらかす気が!」

 ユージンまで。

「風呂に入るだけだよ」

 答えても、皆の視線はおれか持ってるカラフルなボールみたいなものに集中しいる。

 つか、クランクは行く手を阻もうとしてか、仁王立ちなんだけど。

「これ、バスボム」

 自作の。割と簡単に作れるし、“オルガ”がロイヤルスイート取るなんて言うからさ、バスタブに浸かってのんびりできるだろうなーとか、思ったんだよね。

「ボム(爆弾)!?」

 一斉にみなが仰け反る。

 あ、ニュアンス違うの丸わかり――つか、なんで風呂場に爆弾持ち込むのさAgain。

「ボムじゃない。バスボム、入浴剤。バスタブに湯を張ってから投入する」

 説明すれば、年長組は「なんだそうか」と安心したみたいだけど、ライドとビトーはまだ気になるのか、ひょこひょこ後ろをついてくる。

 これは見せたほうが早いな。

 ロイヤルスイートだけあって、アメニティは充実してる――けど、バスボムは無い。

 バスオイルがあるから、それでも良かったけどね。

 お湯の出はまあまあ。

 バスタブにしっかり溜まったのを確認してから、さて――って、二人ともそんなに真剣な顔してんのさ。

 ポイっと湯の中にバスタブを放り込めば、バフヮって感じですごい泡がたった。あ、これ、なかで割れたかな。

 派手に色つけ過ぎたみたいで、青と紫と紅の極彩色のまだらの泡と油膜が湯の表面に広がって、なんか、うん。

「うわ〜!」

「やべえ色してる…」

 見た目、ちょっとデンジャラスな感じ。

「いい匂いだけど…」

「これに入るの!?」

「入る」

 せっかく作ったんだし。

 色はスゴイけど、ふつーの炭酸だし。オイルで保湿もできるしね。

「俺も入っていい? 三日月さん」

 ライド、勇者だな。

「ん。いいよ」

「俺も入る!」

 ビトーもか。

 ロイヤルスイートで良かった。バスタブも広いし――でも、3人で入ると結構みっちりなんだが。

 上からシャワーの雨を降らせれば、湯気に覆われた浴室はさながら魔界の沼地。

「シュワシュワしてるぞ!」

「変なの!」

「バスボムってそーゆーもんだ」

 わーわー騒ぎながら湯船に浸かっていたら、バタンとドアが開いて、眉間にシワを寄せた“オルガ”が乱入して来た。

 子供らが、ピタリと黙る。

 「遊んでねぇで、さっさと入っちまえ。後ろがつかえてんだ、早くしろよ」

 言いおいてから、パシリと後頭部をはたきつつガッシリと掴んでくる。

 アイタタ――二段構えかよ。

「ミカ、お前もだぞ!」

 怒られて、大慌てで髪と体を洗って3人で飛び出した。

 タオルで水気を拭き取り、ベッドの片隅に集まって丸まって、ケラケラ笑い合う二人を眺める。

 同じ匂いだと、ホンワカしてるうちに眠ってしまったんだろう。

 気がつけば、もう、夜明けが近かった。

 

 

 

 議事堂への道行きは穏やかだった。

 “オルガ”は拍子抜けしたみたいだけど。まあね、昨日の検問で引っ掛からなかったうえに、郊外にはシノたちが駆るMSが待機してる訳だし。

 あれは有事の際の備えでもあるけど、実は囮の役目のほうがメインだったり。

 シノとアストンには、相手を刺激しすぎない程度に引きつけておいてってお願いしておいた。

 奴らは、まだ蒔苗ジイさんがエドモントン市街の外で足止めを食っていると判断したんだろう。

 MSを使って強行突破を図ると――それを阻止するべく網を貼り直してるってところか。

 ん。上手く出し抜けたみたい。

 おれたちが議事堂にのりこめば一悶着が起こるから、制止のために呼び戻されるだろうけど、クーデリアの演説を潰すには、もう間に合わない。

 ここまでは計算通り。

 ここからは、さて、どう転がるか。

 またぞろジイさんがわがまま言い出したとかで、一手間増えたし――ともあれ、成功報酬で10億吹っ掛けたんだ。失敗するわけにはいかんよね。

 もともと議席のあるジイさんはともかく、問題はクーデリア。

 あの妖怪ジジイは“オルガ”に含むとこがあるみたいだから、この期に及んで意地悪してきそうだし――絶対、自らクーデリアを庇って中に入るなんてしないだろうしさ。

 ――うん、後で絶対にきゅきゅっと絞めてやろう。

 ジイさんの秘書が教えてくれた、エントランスからのルートを頭の中で再確認する。

 クーデリアが進むべき道だ。

 車を降りてすぐ、味方の議員に囲まれたジイさんはそのままに、お嬢さんの周りを固める。

 案の定、ジイさんのあとに続こうとしたクーデリアの行く手だけが遮られた。

「待ちなさい、部外者は立ち入り禁止だ。許可証はあるのか?」

 尊大な物言い。

 まあ、正論だけど。これで引き下がると高を括っているのか。

 “オルガ”が眉間を険しくして、道の先に視線を向ける。制止する面々のその向こう。

 ――ああ。イズナリオ・ファリドか。

 杖をついた後ろ姿。騒ぎに振り返ることもない。

「“ミカ”!」

 憤りを滲ませたその声――だけど、含むのは強く挑む響き。

 心中で“おれ”が笑った。呼ばれた名は借り物だけれど、かつて聞いたそれと同じ響きに、この身の負けん気も騒ぎ出す。

「はいよ」

 するりと前に出て、クーデリアを押し返さんと伸ばされた手と握手、と、見せかけて親指をキメてやる。

 咄嗟に声も出ないだろ? 息をつまらせたらしき相手を、軽く横に流す――大丈夫、怪我させてないし。跡も残らない。

 コートを翻す。鉄華団の華が染め抜かれたそれを。

「『彼女は我々、鉄華団の護衛対象です』」

 丁重に告げておいてから、アインに目配せ。

 こっちはスーツのクランクと違って、敢えてギャラルホルンの隊服姿だ。

 士官服に身を包む青年が険しい顔で前に出れば、警備員がためらう様子を見せた。

 よし、行ける。

 そのままクーデリアの前に立ち、足をすすめる――決して止まらずに――途中、目立たない攻防戦をしつつも、長い廊下を押し通り、議場の扉に辿り着く。

 ここまでは、おれたちが道を拓いた――ここからは、あんたの戦場だ。お嬢さん。

 振り返れば、リラの花の色の瞳が間近にあった。

 紅いドレス姿は女神さまみたいに綺麗だけど。

 その瞳の光もとても強いけど、その華奢な体は少しだけ震えていた。

 きつく握りしめられた白い手をそっと取る。

 ひんやりとしたそれに、少しでも温もりが戻るように。

「大丈夫。『その道の先で、おれ達はみんな笑ってる』。おれは、ずっとそれを信じてる」

 ほとんど息だけで囁いて。

 戦えるオマジナイって、その指の先にキスを落とす。初めて会ったあの時みたいに。

 クーデリアは目を見開いた。

 その一瞬で、冷たかった手が、嘘みたいに熱くなった。

 青ざめた頬にも朱がのぼって、見交わす瞳の光は眩しいほどで。

 “オルガ”が議場の扉を開け放った。

 凛と顔を上げて、本物のアストライアみたいな気高ささえ纏って、クーデリアはその中に進んでいった。

 見守るおれの両肩に、クランクとアインがそれぞれ手を置いた。

 ――アイタタタタ!?

 無駄に握力発揮すんの止めてくんないかな二人とも!

 おれの肩の粉砕を試みてる場合じゃないんだよ。

 ほら、クーデリアが発言する。

 場を支配するのは、蒔苗ジイさんなんかじゃない。紛れもなく、彼女自身だ。

 壇上で、その姿は輝いてるみたいに見えた。

 誰も野次るものはない――そんなことができるほど、彼女の纏う空気は軽くない。

 誰も否定できない変化の波は、もうそこまで押し寄せていると。

 ――革命の乙女が、刻を告げる。

 世界の歯車は回る。この瞬間にも世界は動くんだ――ほんの少し、けれど確実に。

 その歴史の岐路をこの目で見られるのは誇らしいね。

 もちろん、賛成ばかりじゃない。この先、反発も妨害も山のようにあるだろうけど。だけど、これは不可逆的な変化のひとつだ。

 その後、クーデリアを連れてきた蒔苗ジイさんがちゃっかり再選して――まあ、勝ってくれないと困るんだけどさ。報酬毟り取らないといけないし。

 冷めやらぬ議場の熱気の中で、

「――これでようやく……」

 クーデリアが目を潤ませている。

 “オルガ”も一仕事終えた顔――だけど、その目から、これからのコトをすでに考えはじめていることが分かった。

 常に未来のことを――うん。そういうトコだよ、ボス――“オルガ”。

 見上げてれば視線が向けられ、ほら、あの仕草。

 握った拳をトンっと合わせれば、“オルガ”だけじゃなくて、皆が笑った。

 とても、明るい笑い声だった。

 さあ、帰ろうよ。みんな待ってる。

 波乱万丈だけどさ。

 こんな風に、毎日、みんなと過ごせるって悪くないって――正直、幸せだなって、そう思ってた。

 明日からもよろしくね、って、口の中で呟いた。

 思えば、この一言ってフラグだったのかもね。

 

 

 

 

 

 

 おれ。

 “パプテマス・シロッコ”。いま月にいるの。

 ついさっき、イズナリオ・ファリドを消しました。

 これから火星に行くの――って、誰と電波通信してんだかね。

 ひとりはさみしいよ。

 鉄華団からはぐれて、そろそろ4ヶ月になる。

 実在、不在の複数のIDと名前を渡り歩いて、“三日月・オーガス”の痕跡はもう辿れないだろう。

 多分、ガラン・モッサもこんなことを何度となく繰り返して、どこの誰とも知れない男に成り果てたんだろう。

 帰る場所を思い浮かべる。ホントの自分が誰なのか思い出す――いや、別に忘れてないんだけど、再認識。

 意外と脆いんだよ、人の自己意識なんて。

 毎日違う名前を名乗って、違う名前で呼ばれてみなよ。誰も自分を知らないところで。姿も変えて。

 鏡の中を見る。

 少しおどおどした様子の、年より幼びて見える小さな顔が映っている。

 薄緑の双眸。細い眉。痩せて顔色が悪いけど、肌の肌理はまあまあ。歯並びは良いし、髪は傷んでるけどブロンド。手入れをすれば見られるようになるだろう――って、イズナリオには評価された。

 愛称は“パプティ”だってさ。驚きだ。

 おれの変装、完璧じゃないか。

 気まぐれに飼ってやろうと拾った人間が、実は刺客でしたって、そんな感じ。

 遅くとも明日には、ベッドの上で間抜けな姿で発見されるだろう――それとも、もう見つかってるかな。

 コンタクトを茶色に変えて、髪を短くして染め替える。

 今度は赤茶。

 名前は、“リノ・フェルナンデス”。

 この名前とIDで、火星へのチケットはもう取ってある。

 バイバイ、“パプティ”。イズナリオ・ファリドを消した、最初からどこにも居ない少年。

 ハロー、“リノ”。金満野郎を血祭りにあげるのはお前だ。

 頑張れ表情筋。気張れ表情筋。

 鏡の中から、人懐っこそうな茶色の目が笑いかけてくる。

 おれ。

 “リノ・フェルナンデス”。これからお前の後ろに行くよ。

 

 

 

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