【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】 作:くずみ@ぼっち字書き。
エドモントンのあの日から、二年が経過した。
タイミング的には、そろそろ二期に入る頃合いだ。
この二年の間に、鉄華団は大きくなった。
元々のMWを使っての警備や警護の他に、SPとしての警護、それから農業部門も設立して、ビスケットの実家――桜農園や、その他の農園の経営補佐を行っている。
蒔苗の爺から、原作以上の多額の報酬――きちんと十億ギャラー――を受け取り、もちろんクーデリアサイドからも規定の金額――経費等こみで四億ギャラーほど――を受け取ったので、原作よりは金銭的に余裕のある状態なのだろうと思う。まぁ、“イサリビ”のメンテナンスやら、ガンダムフレームやマン・ロディの改修などで費用がかさみ、帰還後に団員たちに渡せた賞与の額は、結局さほどでもなくなってしまったのだけれど。
この二年の間に何があったかと云えば、まずイズナリオ・ファリドが死んだ。アンリ・フリュウとの癒着が明るみに出、ファリド家の当主の座を追われて月都市――グラナダかあるいはフォン・ブラウンとでも云うのだろうか?――に亡命した直後のことだった。
どうやら、手を出した男娼と揉めてのことらしい、とは、ゴシップ記事に書かれていたことだ。金髪の小柄な少年とともにいるのを見たものがある、と云う、関係者の談話が載せられていた。御稚児趣味は知ってはいたが、懲りずにまだやってたのか、あの男。
一佐に昇進し、監査局のトップに立っていたマクギリスは、複雑な表情をしていた。
「父がいなくなれば、もっと解放されたような気分になるかと思っていたのだがな」
失脚させた時の方が、もっとずっと晴れやかだった、とかれは云ったものだ。
それは仕方ないことだろうと思う。
長年、頭の上に重石として存在したものが、急になくなったなら、それはバランスも崩れようと云うものだ。まして、目の前からいなくなっただけではなく、完全に死亡したのだから、なおのこと。
幸い、マクギリスには友人たちが残されている。かれらや、婚約者であるアルミリア・ボードウィンなどと交流することで、いずれその不安定さも解消されていくに違いないと思うのだ。
そしてもうひとつは、ノブリス・ゴルドンが暗殺されたこと――こちらは、火星の路地裏で、襲撃者が何やら恨みごとを叫んでいたそうなので、ノブリスが過去に潰した組織の関係者なのだろうと云われているようだ。
まぁ、ノブリス・ゴルドンは、いろいろと黒い噂のある人物ではあったし、裏社会との繋がりも深いようだったから、どこで恨みを買っていたかは、本人にも把握し切れていなかったのではないか。
その報を聞いた後、フミタン・アドモスにも連絡を入れてみた――フミタンは、クーデリアとともに、クリュセでバーンスタイン&アドモス商会なる会社を共同経営しているのだ。
フミタンも、そしてクーデリアも、ひどく驚いていたようだったので、このふたりは何も知らないのだと云うことがわかっただけだった。まぁ、それにこしたことはないし、フミタンの重石もこれで外れたことになるので、総体的には良かったと云っていいことなのだろう。
ノブリスと云えば、どうもフミタンの他にも刺客を送りこんでいたらしく、鉄華団がエドモントンを去る直前に、クーデリアはそれに生命を狙われることになったのだった。“三日月”が気がついて声を上げ、こちらが庇ったために、刺客は目的を達することができずに、警備のギャラルホルンのものたちに拘束されることになったのだ。こちらの被害は、軽傷者一名――庇った自分が、足を捻って捻挫、以上だった。
“三日月”は、刺客に対して激怒していたが、ユージンには馬鹿笑いされた。
「抜けてやがんなオルガ! てめぇドン臭過ぎんだろ!!」
まったくそのとおりで、反論の余地はない。何だ、庇ったこっちが捻挫って。ダサいにもほどがある。
まぁとにかくそんな感じで、それからは特に荒事はなかった。びっくりするほどだ。
そうそう、鉄華団地球支部が、前倒しで成立した。と云っても期間限定で、二年間。エドモントンの一件からすぐ――イズナリオ・ファリドの失脚を受けてのことだと思う。アーブラウ防衛軍を創設するので、ノウハウを教えこんでほしいとのことだった。
残したメンバーは、原作の地球支部の面々に、それからクランク・ゼントとアイン・ダルトン。このふたりは、エドモントンの一件の後、正式にギャラルホルンを辞めて、鉄華団に加わってくれた。
アーブラウ防衛軍の新米兵士たちに、ギャラルホルン式の訓練を施し、鬼教官として戦慄されていたらしい。そのあたりは、支部長であるチャドが、報告してくれた。
テイワズの傘下ではないので、例のラディーチェ・リロトもいない。そこはいいのだが、
「……メリビットさん来ねぇ……」
おやっさんの嫁候補がいないので、どうもそこだけが片手落ち感がある。会計も、そろそろデクスターひとりでは回らなくなってきたので、思い切って、本人をナンパして引き抜いてきた。それが去年のことだ。
様々な過程がないので、原作のような展開になるかはわからないが、とりあえず鉄華団の会計担当として働いてくれている。こちらも、とりあえず荒っぽい仕事――つまりはヤクザまがいの、と云うことだが――はあまりしていないので、割合にイメージも良かったのだろう。引き抜きをかけた時には、ふたつ返事だった。
さて、それでは“三日月”はと云うと――地球で別れてこの方、音沙汰がない。
――ひと狩りいってくる。
どこかで聞いたような一言を残して、“三日月”が旅立ったのは、二年前のことだ。その言葉のとおりと云うか、背中にはバトルアックスを背負っていた。いや、どこで使うつもりだったのか。
まぁ、“ひと狩り”の相手はわかっている。ガラン・モッサだ。
ラスタル・エリオンの腹心の友であるガラン・モッサは、かつての名を捨て、地球の四大経済圏を、傭兵として転々としているらしい。
今の鉄華団地球支部にはクランク・ゼントがいて、子どもたちからの信頼も厚く、またアーブラウ防衛軍の兵士たちからも一目置かれているとのことで、こちらにガラン・モッサの入りこむ余地はないのだ。
だからこそ、“三日月”は地球に留まり、あの男を狩ることにしたのだろう。外部の敵対者としても、なかなか手こずらせてくれそうな男だと云う印象だったので。
「――どうしてっかなぁ……」
書類を処理する手を止めて、そう呟くと、
「三日月さんですか」
デクスターがくすりと笑った。
「三日月さん、って、あの、ガンダムバルバトスに乗っていたひとですよね?」
と、一年ですっかり馴染んだ風なメリビット・ステープルトンが問いかけてくる。
「私は、写真でしか拝見したことがないですけれど……すごく強いひとだって、子どもたちが云ってました」
「あー……まぁ、強いですけど、碌でもないですよ」
そう返せば、デクスターがまた笑う。
「そんなこと云われますが、淋しいんじゃないですか。よく、いない三日月さんに声をかけようとしてるじゃないですか」
それに、メリビットも頷く。
「そうですよ。それで私も、すっかり三日月さんの名前が刻みこまれましたもの。……いないのに声をかけるだなんて、仲がお宜しいんですのね」
くすっと笑われる。
「いや、本当に碌でなしですよ、ミカの奴は」
まぁ、メリビットとはお互いタイプではなかろうから、そこでどうこうあるとは思わないが。
“三日月”にまつわる女、と云えば、火星に帰ってくることになったアトラは、終始ふくれっ面だった。置いていかれたと思ったのだろうが、傭兵隊に参加する――つもりなのだろう、もちろん――のに、女、しかもまだ子どものような女、を連れていくような馬鹿はいない。安全面やら何やらを考えても、“三日月”の判断は妥当だと云ったのだが、納得させるには半年近くを要した。恋する少女の一途さは、見方を変えれば、面倒なことこの上ない。
こちらに戻ってからは、日々の仕事もあって、アトラもおとなしいようだった。
“三日月”と云えば、ノブリスが暗殺された直後に、名瀬・タービンから連絡があった。“あのちっこいのは?”と、“三日月”の所在を訊ねる通信だったが、こちらも地球で別れて以降の所在は知らない、と云うと、首をひねっていた。どうやら、ノブリス暗殺を“三日月”の仕業だと考えていたようだった。
絶対ないとは云えないが、地球に置き去りした――そして恐らくは、“狩り”の“獲物”を追い求めている――“三日月”が、火星に連絡なしで戻ってくるかは怪しいと思う。まぁ、絶対にないとは、口が裂けても云えないところはあるのだが。
それとは別に、どうやら解禁されたハーフメタル資源の採掘権を、名瀬がテイワズから譲られた、と云う報告も兼ねた連絡だったようだ。
〈お前らのとこの近くのようだ。何かあったら、宜しく頼むぜ〉
と、例のハシュマル戦の前振りであるかのような言葉をもらった。正直、あまりありがたくはない。
「何かあったら、うちよりもギャラルホルンに、きちんと連絡入れて下さいよ!」
そう、釘だけは刺しておいたが。こそこそやって、ラスタル・エリオンや、あの面倒なイオク・クジャンに痛くもない腹を探られるのは、本当に、心底面倒だったのだ。ああ云う面倒は、原作だけでおしまいにしたい。
そう、鉄華団内のことで云えば、本部に医者と看護師の常駐する医務室ができたことと、おやっさんとヤマギが、遂に例のマクギリス子飼いの整備士のお墨付きを戴いて、MSも扱えるようになったことがある。
もちろん、ガンダムフレームにはまだ手こずっているようだったが、グレイズやマン・ロディについては、問題ないと云う評価を受けたようだった。
ライドや年少組も成長し、MWに関しては、皆問題なく操縦できるようになっている。正直、鉄華団で一番MWなどの操縦が下手なのは、団長である自分なんじゃないかとすら思う。
まぁ、こちらは専ら金勘定と依頼主との折衝などがメインの仕事で、前線に出ることはなくなったから良いのだが。
ビスケットは相変わらず参謀的な立ち位置にありつつ農業経営部門の仕事を、ダンテは社内ネットワークの保守管理業務を担いながら、同時に今も情報収集を続けている。トドは、団長である自分が出る前に、依頼主に対面し、かつその評判などをもチェックする役割をしている。
ユージンは、副団長として鉄華団を統率しつつ、自身もパイロットとして、またSPとして、警護や護衛の任に当たっている。
相変わらず、一番暇そうなのは団長と云う構図だった。
片づけるべき書類がほぼなくなり、思わず息をついて、大きく伸びをする。書類仕事は、“オルガ・イツカ”ほど苦手ではないが、流石に三部門――MW隊とSP班、それに農業経営――分となると、量も半端ない。自業自得だが、四苦八苦していると云うのが現状だった。
そう云えば、この二年の間に、マクギリスが火星に来た。仕事ではなく、婚約者であるアルミリア・ボードウィンを伴っての旅行のようだった。
アルミリアは、あまり歳の変わらぬアトラと仲良くなり、桜農園では、クッキー、クラッカの双子とも親しくなったようだった。クッキーとクラッカは、兄ビスケットの稼いだ金で上の学校へ行くことになっていたから、もしかすると、いずれは学友になる可能性もあるわけだ。
マクギリスはと云うと、ビスケットとアグニカ・カイエル語りを繰り広げていた。同席して聞いていたが、なるほどヲタトークだった。“あの資料が……”だの“しかしこの表記を考えれば……”だの、アカデミックと云うか、まぁ歴ヲタの会話だな、よくわかりました。
その後は、マクギリスと盃を酌み交わしたと云うか、こちらはアルコールは勘弁してもらいつつ――内情を話すと、大笑いされたが、アルコールを飲むことは勘弁してもらえた――いろいろと語り合った。主に、ギャラルホルンの将来や、圏外圏の行末について。
「――君は……不思議だな、私よりも君の方が、随分歳上のように感じる時がある」
ほろ酔いで呟いたマクギリスに、ちょっとばかりひやっとする。
ガワはともかく、中身が“随分歳上”なのは事実だから――最近は、弛んでいろいろ駄々漏れになっているのかも知れない。
が、まぁそんなことを口にできるはずもなく、
「まぁ、その辺は育ちが良くないからじゃないですかね」
などと答えておいたが。
「君たちのお蔭だ」
薄紅の酒を満たした美しい杯――かれらの来訪用に誂えたもの――を光に翳し、マクギリスは云った。
「私は――ガエリオやカルタとは、理想をともにすることなどできないと考えていた。私とかれらとでは、生きてきた“場所”が違う、それが理想を同じくできるなどと云うのは、蒙昧ゆえの戯言だと思っていた。だが、君たちと接してわかったのだ。私も既に、長らくセブンスターズの一員として生きていたのだと」
杯を揺らし、中の水面に光が踊るのを、マクギリスはじっと見つめているようだった。
「二十年近い年月の間に、私はやはり、ファリド家の人間になっていたのだ。かつての自分の境遇に近い、君たちと接することでしか、このことに気づくことはできなかっただろう」
「――人間は、変わるモンですからね」
そして、自分と他人の差異を数えて生きるものでもある。
「セブンスターズの中にいりゃ、そこでの違いばかりが目につくモンですが、そこから一歩出りゃ、外とはもっと違ってたことがわかる――あんたは既に、あのお二方と対等な間柄なんだ。そしてそれは、あんた自身の努力の成果でもある」
親しい友人とは云え、ガエリオが副官としてマクギリスの下についたのは、その力があるとガエリオが認めたからに他ならない。
「前に云ったでしょう、頂点に立てば、今までの経歴も笑い飛ばせる日が来るって。……あんたは、まだ頂点に立ったわけじゃないが、それでも、見える景色は随分違ってるんじゃねぇのか?」
「あぁ――そうだな」
微笑みが浮かぶ。それは、これまでよく見せていた、鎧ったような微笑みとは、まったく異なる表情だった。
「アルミリアとも、関係が少し変わったかも知れない。かの女は、私を心底から慕ってくれている。アルミリアが幼いうちは、いくらでもかの女の“王子様”になろうが、いずれは、互いに心を通わせる、対等な夫婦になりたいと思うのだ」
「きっとなれますよ」
確信をこめて、云う。
アルミリア・ボードウィンは、心の強い少女だ。クーデリアのようではない、伴侶となる男性を支え、時には甘やかす、ある種の男たちの“ファム・ファタール”となるような少女。
そう云う少女から慕われていると云うのは、それだけで、精神的なアドバンテージになるだろう。そうであれば、マクギリスは、アルミリアとともにあるだけで、もう幸福が約束されることになるのではないか――原作でのあの言葉とは反対に。
ひととおり、まるで新婚旅行のようにあちこちを観光して、マクギリスとアルミリアは帰っていった。見送るこちらの心もあたたまるような、ほのぼのとしたカップルだった。
《蒔苗氏が、火星を訪問したいそうだ》
地球支部のチャドから連絡があったのは、そろそろアーブラウとの契約が満了しようかと云うある日のことだった。
《地球支部の撤収とともに火星を訪問して、もちろん帰路も鉄華団に護衛を頼むとのことだった。クーデリア・藍那・バーンスタインとも面会したいので、セッティングも合わせて頼む、とのこと》
そして提示された金額は、前回のミレニアム島−エドモントンの報酬ほどではなかった――まぁ、あれは流石にふっかけた額だったから当然だ――が、それでも、最近の依頼としては破格になる。
「まぁ、蒔苗の爺さんだし、これくらいはなぁ」
電信文を見せると、ビスケットもトドも、納得したように頷いた。
「蒔苗氏、そろそろ引退を考えてる、とか報道されてたし、その前に一度、火星を訪問しておこう、ってことなんだろうね」
「まぁ、今は拮抗するような対抗馬もいねぇそうだし、元気なうちに、ってとこだろうな」
口々に云われるのに、頷きしか返せない。
「……それはそうなんだが、オルガ、気になることがある」
そう云ったのはダンテだ。
「何だ」
「アリアンロッド艦隊の、一部が妙な動きをしてるようなんだ。まぁ、何か企んでる、とか云うかんじじゃねぇんだけど」
ダンテは、相変わらず例の怪しげな機械――ブルワーズ戦の後、ジャンクをさらに組みこんでパワーアップさせたらしい――で、ギャラルホルンの動向を探ってくれているのだ。
「それなら、何が妙なんだ?」
「何て云うか……変なとこに連絡取ってるヤツがいるんだよ」
“変なとこ”。
「……ちなみに訊くが、どこにだ?」
「JPTトラストってとこなんだけど……これって確か、テイワズの関係じゃなかったか?」
「……あぁ」
ジャスレイ・ドノミコルスの経営する会社だ――それにギャラルホルンから連絡が、と云うことは、相手は恐らくは、
「――イオク・クジャンか」
鉄華団がテイワズ傘下に入っていないから、ジャスレイもおとなしくしているのかと思いきや、名瀬・タービンを目の敵にしているのは変わらないようだ。
あるいは、原作よりも穏便にファリド家の当主に収まった――まぁ、イズナリオの醜聞の後だけに、世間的には、代替わりしていて良かった、と云うような風はあるのだろうし――マクギリスに対して、イオクは対抗意識を持っているだろうから、それでラスタル・エリオンの立場がどうなるかなど考えもせずに、勝手に何やら動いているのかも知れなかった。
「そう、それ!」
ダンテは、こちらを指差してきた。
「イオク・クジャンって、セブンスターズの次期当主だとか云うんだろ。ソイツがテイワズ傘下の、しかもかなりキナ臭い、JPTトラストなんてのに連絡取るとかさ――胡散臭くねぇか?」
「そうだね」
だが、確かジャスレイとクジャン家とは、
「……そこは、以前から繋がりがあったらしいぞ」
どう云う繋がりかは、原作では語られていなかったような気もするが。
しかしまぁ、
「お前に抜かれたってことは、ギャラルホルンの正規ルートの通信でやり取りしてる、ってことだよな?」
「あぁ」
「馬鹿じゃねぇのか」
思わず罵倒が唇を突く。
「ギャラルホルンとテイワズが、表立ってやり取りしたら拙いんだろうに……私的な回線使うとか、他に何とかやりようがあったんじゃねぇのか、イオク・クジャン!」
「あー……まぁそうだよなぁ」
トドに頷かれてしまったが、そんなものだろう。
原作を見た時から考えなしだとは思っていたが、
「まさかここまでとはな……」
考えなしにもほどがある。ジュリエッタ・ジュリスではないが、罵倒文句を並べたくもなろう。
イオク・クジャンがどうと云うのはわからない――原作と違って、マクギリスはまだ一佐でしかないし、そもそも監査局所属であって、地球外縁軌道統制統合艦隊のトップは相変わらずカルタ・イシューなのだ――が、ジャスレイ・ドノミコルスの方の理由は簡単だ。名瀬・タービンに対する対抗意識だろう。
元々、原作でも、鉄華団がテイワズ傘下になる前から、ジャスレイと名瀬はライバルとして鍔迫り合いをくり広げていたようだった。鉄華団が加入したために、テイワズ内部の均衡も崩れ、結果としてジャスレイも名瀬も、どちらも斃れる羽目になったわけだが――こちらでは、さて。
しかし、そう考えると、改めてマクマード・バリストンの手腕はと思う。鉄華団、特に“三日月・オーガス”を気に入ったせいで、テイワズの屋台骨にヒビを入れた、と云われても仕方のない状況を作ったのは、誰あろうマクマード本人だ。それでラスタルやノブリスと計って、己の失態を埋めようとしたのだから始末に負えない。今回、テイワズで何かあったとしても、“鉄華団が掻き回したせいだ”という云い訳は使えないのだから、せいぜい己の無能をさらけ出すがいいのだ。
「……まぁ、俺たちはテイワズとは関係ない、とりあえず誤爆されないように立ち回るだけだな」
「――オルガ、顔が怖いよ……」
ビスケットが、少し引いたように云う。
「どうにも、頭の固まった爺どもが嫌いなだけだ」
原作のクランクにしても、少しの想像力があって、鉄華団の立場に思いを致すことができたなら、殺されずに済んだはずだったのだ。戦場で生きる子どもがどんな人間たちなのか、どんな言葉を使えばかれらに届くのかを、考えることができたなら。
結局、原作で鉄華団が壊滅せざるを得なかったのは、オルガ・イツカの判断の誤りもあるだろうが、周囲の大人の想像力の欠如にも原因があったのだと思う。世の中に、どちらか一方だけが悪いと云うことは、皆無ではないにせよ、そうはないのだ。
そう云う意味では、ラスタル・エリオンやノブリス・ゴルドンの方がマシだったと云えるのかも知れない――かれらは、単に己の求めるもののために、他の大人たちにするのと同じように、鉄華団をも利用しただけだったのだから。
――まぁ、だからと云って、こっちで手加減なんぞしてやる道理もないがな。
こちらも、生き延びなくてはならないのだ。
ノブリスは死んだが、ラスタルは生きている。
セブンスターズの一角、しかも月外縁軌道統合艦隊を率いる男をどうこうするのは困難だから、違うかたちであの男の力を削がなくては。
「どうするの、オルガ」
ビスケットが問いかけてくる。
「どうするって――イオク・クジャンについては、どうしようもねぇだろ」
多分、マクギリスも、イオクとジャスレイの繋がりには気づいているのだろうが、今指摘したところで、イオクの直属の上司――つまりラスタル・エリオンだ――にはまったくダメージがいかないだろうし、そもそもラスタルに告げたところで、何らかの改善がなされるとも思われない。そのあたりだけは、ラスタルを気の毒だと思わなくもなかった。まぁ、そこだけでしかないのだが。
「とりあえず、こっちは特に、探られて痛い腹もねぇんだ。まぁ、向こうがその気になれば、でっち上げのひとつやふたつやみっつくらい、平気でやるんだろうが――監査局のトップはマクギリス・ファリドだ。迂闊に動けば挙げられることくらい、イオク・クジャンはともかく、その上司はよくわかってるだろうさ」
そして、イズナリオ・ファリドが亡く、セブンスターズの合議制が機能している今、あまり派手な動きをするのが得策でないことも。
「――イオク・クジャンは、放っておくか」
ダンテが、探るように云う。
「あー……とりあえず、通信傍受は続けてくれ。それ以上は、まだ考えるところじゃねぇ」
今は、蒔苗の爺を迎える準備やら、引き上げてくる地球支部の連中の受け入れのことやら、他に考えなくてはならないことが山積している。ジャスレイが名瀬を襲撃したり、陥れたりする程度のことなら、そちらはそちらでやらせておいた方がいい。下手に手出しして、おまけの波を被るようなことになれば、何のためにテイワズから距離を取ることにしたのかわからない。
「わかった」
「とりあえず、チャドに“了解した”と返信する。――俺は、お嬢さんのとこに行ってくる」
「蒔苗氏のことだね」
「あぁ。面会の予定を立てるにはまだ早いが、心積りする時間は必要だろ」
クーデリアは、バーンスタイン&アドモス商会を立ち上げてから、なかなか忙しそうにしているのだし。
クーデリアは、アーブラウで一年ほど、蒔苗の爺について政治のあれこれを学んだ後、火星に戻り、政治ではなく、敢えて小さな会社を立ち上げたのだ。いきなり政治の世界に入っては、世界の実状を知らぬままになってしまう、そう考えてのことだと本人は云った。
そうしてフミタンと二人で、バーンスタイン&アドモス商会――B&A商会と表記しているようだ――を立ち上げたのだ。出資者を募り、今は孤児院を経営したり、ストリートチルドレンにまともな仕事を斡旋することを、主な業務として活動しているらしい。
“らしい”と云うのは、クーデリアとは、地球で別れた後は、さして接点がなかったからだ。
もちろん、B&A商会設立の時には、花くらいは送ってやった。
だが、こちらはあくまでも警備会社であり、所謂“取引先”ではない。過去に少しばかり接点のあった業者、くらいの立ち位置が、お互いに平和だろうと思っていたのだ。ノブリス・ゴルドンは亡く、例の鬱陶しい活動家、アリウム・ギョウジャンとやらも、口ではどうこう云っても、手出しするような度胸はないようだったので。
鉄華団のジャケットも、商談の時に着るスーツも悪目立ちするので、いかにも休みの日の若造のような、パーカーとデニムでキャップも被る。そうすると、年齢どおりとはいかないが、そこそこ若い、元のアレ的にはフリーターめいた恰好になる。
折り財布に、これだけは趣味で手に入れたゴツいシルバーのウォレットチェーンをつけて、尻ポケットにねじこむと、
「クリュセまで行ってくる」
とデクスターたちに告げた。
会計担当の二人は、少し驚いた顔になったが、にこにこと送り出してくれた。
「気分転換は大事ですよ」
などと云いながら。
それに苦笑を返し、ちょうど休みの団員たちをクリュセに運ぶ車の助手席に乗りこむ。
「帰りは19:00だ、遅れるなよ! 遅れたら、自腹だぞ!」
新しい団員たちへそう告げる古株の顔にひっそりと笑い、そっとその一群から抜け出した。
「まぁ、誰かと思えば、団長さん!」
B&A商会のドアを叩くと、ククビータ・ウーグが出迎えてくれた。たっぷりした体型の、ネグロイドの女性だ。
当初はクーデリアとフミタン、ククビータの三人からスタートしたこの事務所も、今では他のスタッフも増え、知らない顔が多くなった。いかにも若造な恰好に、不審そうな顔をする事務員もちらほら見える。
が、ククビータは頓着せず、社長室へと足を向けた。
「社長、団長さんがお見えです」
“鉄華団の”をつけないところは、こちらが来訪を大っぴらにしたくないのだと察してのことだろう。クーデリアを心から尊敬していると云うし、つくづく、クーデリアは人に恵まれているのだなと思う。
社長室には、クーデリアと、もちろんフミタンもいた。フミタンは、今は共同経営者と云いながら、やはりクーデリアの秘書のようなことをしているようだ。服装はスーツに変わったが、眼鏡とまとめ上げた髪型は、以前と変わらぬものだった。
「まぁ、団長さん!」
クーデリアは、紫水晶の瞳を見開いて、笑みを浮かべて歓迎してくれた。
「どうされたんですか? そんな、云ってはなんですけれど、その辺の若い子みたいな恰好で」
クーデリアの言葉に、フミタンがくすりと笑う。険が取れた風ではあるが、笑い方は変わらない。
「あんまり目立ちたくなかったんでな」
そう答えると、クーデリアはくすりと笑った。
「確かに、今を時めく鉄華団の団長さんだとは思えませんけど――目立たないかと云うと、どうでしょうね」
「まぁ、デカいからな」
「いえ、そうではなく……」
云いかけて、苦笑とともに、少女は言葉を呑みこんだ。
「……まぁ、いいです。――ところで、今日はどうして? 何か不測の事態でも?」
私にお役に立てることがあるかしら、と小首をかしげる。
「いや、そう云うことじゃないんだが……」
云いながら、ちらりとドアに視線を走らせる。ドアはぴたりと閉ざされて、声もある程度なら遮ってくれそうだ。
「実はな……蒔苗の爺さんが、火星に来るそうだ」
「えっ!」
クーデリアの声には、喜びが混じっている。まぁ、それはそうか、一年間を蒔苗の爺の元で過ごしたのだ――こちらとは違い、思い入れもできたのだろう。
フミタンは、驚いた顔をしていたが、それがプラスの意味なのか、それともマイナスなのかは読み取れなかった。
「蒔苗氏が! それは、公式な発表があったことなのですか?」
今朝からのニュースでは見ていませんけれど、と云う。
「いや、まだ内々に打診があったくらいのことだ。多分、こっちの代表政府にも、これからってくらいじゃねぇか」
決まったことなら、あんな曖昧な云い方はしないだろう。
蒔苗東護ノ介は、アーブラウの代表だ。もしも火星来訪が政界引退後になるとしても、変わらずVIPであるには違いないし、火星側としては、現役時代と変わらぬ対応を求められることになるだろう。そうなれば、クーデリアとの面会の日時なども、日付や時間をはっきりと割り振られる可能性が高い。
それがないと云うことは、つまり、まだ構想のレベルの話であって、具体的なことは一切決まっていない、と云うのが実状なのではないか。
「ただ、アーブラウとうちの契約が、あと少しで切れるんだ。どうも、爺さんとしちゃ、うちが引き上げるのと一緒に火星に来る、ってのを考えてるみたいでな。だとしたら、もう何ヶ月もある話じゃねぇ」
アーブラウとの契約は、地球暦で云えば、あの年の九月からはじまっている。鉄華団本隊は、蒔苗の爺との契約やら何やらで、夏前までエドモントンに留まっていた――“三日月”が別れていったのは、それよりずっと早い、春先のことだ――が、アーブラウ政府からの申し出があったのは、確か六月ごろのことだったと思う。
そこから、地球支部として残すメンバーを選定し、他の鉄華団本隊は、七月半ばには地上を離れたのだ。チャドやクランク、アイン、タカキやアストンなどとも、それ以来顔を合わせていない。
ラディーチェ・リロトがいないので、意思の疎通自体は問題ない――そもそも、地球支部のことに関しては、チャドやクランク、アインなどに一任している――から、こちらに判断を仰いでくるようなことは、それこそ蒔苗の爺にまつわる今回のような仕事の件や、鉄華団全体に影響の出る、アーブラウとの契約延長についてなどに限られるのだった。まぁ、契約延長はしないと云うのは、実は最初から皆の総意ではあったので、問い合わせはあくまでもポーズだったのだが。
「予告、と云うことですか」
「決まった話になれば、爺さんから直接連絡があるだろうが――時期も含めて、心構えは要るかと思ってな」
「ありがとうございます」
「――その後、例のアリウム・ギョウジャンってのはどうだ?」
以前は、例の活動家が、この事務所にいろいろ嫌がらせをしたり、金品を要求するようなことを云ってきたりしたと聞いたので、現状を訊ねてみる。
「最近は、何も……ただ、相変わらず方々の集会などで、私を“恩知らず”と云っておられるとは」
クーデリアの眉が下がる。やはり、実害はなくとも、少々堪えてはいるようだ。
「あぁでも、ご存知の方はご存知で、私にも“気にするな”とおっしゃって下さるんです。ですから、そんなに気にしているわけではないのですよ」
「あまり酷いようなら、名誉毀損で訴えてみたらどうだ?」
「いいえ」
クーデリアは首を振った。
「私がギョウジャン氏を踏み台にしたように見えるのは確かですし、実際そう云う側面がないとも云えないのは事実ですから……まわりの人びとに実害がないうちは、そう云うことは考えていません」
それよりも、と少女は云った。
「皆さんの方が心配です。最近いろいろあるとお聞きしていますよ」
「あー……」
こちらの耳にも入っていたか。
「……まぁ、単なる縄張り争いみたいなモンですよ」
端的に云えば、そう云うことだ。
こちらが地球に行っている間に、かつてのCGSの顧客を取っていった連中が、鉄華団にクライアントを取り戻されたのを逆恨み、と云うヤツだ。まぁ、元々鉄華団がCGSの事実上の後継であること、またドルトの騒乱や、クーデリアの地球訪問などで名が上がったことなどで、かつての顧客たちが、こぞってこちらに戻ってきた、それを妬まれているのだ。
まぁ、
「……ギャラルホルンに目をつけられてないだけマシでしょう」
それから、まだテイワズ、と云うかジャスレイ・ドノミコルスに目を向けられていないだけ。
「いいえ」
クーデリアは首を振った。
「団長さんも、私と同じです。悪い噂で潰されるようなことはないと思いますが――小さな石が、大きな災厄をもたらすこともあるのです。どうか、くれぐれもお気をつけて」
「……わかった、ありがとう」
確かに、大きな敵――ラスタル・エリオンやジャスレイ・ドノミコルス――にばかり目を取られて、同業の敵意には意識を向けてこなかったかも知れない。
ギャラルホルンやテイワズと違って、敵に回してすぐどうこうあるような相手ではないから油断していたが、そう云う小さな悪意もまた、時には生命取りになりかねないことがあるのだと、心しておかなくては。
「まぁ確かに、あんたを送り届けてからこっち、やけに英雄扱いされてるところはあるからな。それで“謙虚に”とか云ったって、信じないヤツは信じねぇんだろうが――まぁ、地道にやってくのが一番だからな」
今の状態が、実績で評価されているのとはほど遠いのだと云うことは、こちらもよくよく承知している。結局は皆、“革命の乙女”を守った少年たちを、珍獣でも見るように扱っているだけで、会社としての実績にはなっていない、と云うのが本当のところだ。
もちろん、クーデリアを送り届けたことが“実績”でないとは云わないが、しかし、謂わばギャンブルで云うところのビキナーズラックであって、本当の実績は、これから営々と積み重ねていかなくてはならない、と云うのは、こちらもよくわかっていた。
鉄華団をどうこう云う輩と云うのは、つまりそのあたりを突いてきているので、それに関しては、黙って仕事をこなしていくことでしか、覆すことができないのは確かなことだった。
アーブラウとの契約や、蒔苗の爺の仕事なども、まぁそう云う仕事のひとつで、派手は派手だが、失敗すれば鉄華団の評判が地に落ちる、と云う意味では、ひどくリスキーな仕事ではあったのだ。
だがまぁ、蒔苗の爺の件はともかくとして、アーブラウ防衛軍に関しては、大過なく契約満了となりそうで、胸をなで下ろしているのが実情だった。
これで無事契約満了となり、かつ蒔苗の爺の仕事も完遂できれば、鉄華団はまたひとつ実績を重ねたことになる。難を云えば、クーデリアや蒔苗の爺に近いことで、政治的に偏向していると思われる可能性だが――今の段階では、鉄華団は仕事の選り好みができるような状態ではないから、使えるなら何でも使い、貰える仕事は何でもこなす、それ以外にやれることはないのだった。
「わかる方にはわかっていると思います」
クーデリアは云ってくれたが、要するに鉄華団はまだまだ弱小企業だと云うことだった。
「……ま、とにかく、そう云うことなんでな。あんたたちも心づもりはしといてくれ。詳しいことがわかったら、また知らせる――って云うか、まぁ、正式に決まりゃ、向こうから直接知らせてくるんだろうがな」
「えぇ……」
頷いてから、クーデリアは、すこし躊躇うような風になった。
そして、意を決したように、
「あの……その後、三日月から、連絡は……?」
「あー……」
まぁ、そうくるよな、わかります。
さて、何と答えたものか。
一瞬悩むが、まぁここは正直に云うしかないだろう。
「……ミカは、一年近く前に、“獲物に接触”って連絡があったっきりだ」
まだ、“狩り”の途中らしいですよ、と云うと、クーデリアは表情を曇らせた。
「あの、“獲物”と云うのは……」
「鉄華団や、お嬢さんたちに仇なすかも知れない輩、ってことですよ」
まさか、具体的な名前など出せるはずもない。
「そうですか……」
「心配なのか」
「そんな……それは、団長さんこそでしょう」
「心配……とは、ちょっと違うな」
そう、心配はしていない。少なくとも、“三日月”のことは。
「どっちかって云うと、鉄華団の方が心配だよ。ミカが戻ってくるまで、ちゃんと団として残ってるのか、ってな」
ラスタル・エリオンやノブリス・ゴルドン、イズナリオ・ファリドなんかの妨害は考えていたが、同業者からの嫌がらせなんかは想定していなかった。上の方ばかり見ていて、足許をすくわれることをまったく考えていなかったと云うわけだ。迂闊と云えば迂闊極まりない。
ギャラルホルンなんかとのアレコレに気を取られているうちに、足場が揺らいではどうにもならない。“三日月”の帰還を待つ間に、鉄華団がなくなっては、話にもならないのだ。
「団長さんに限って、そんな」
とクーデリアは云うが、世の中に絶対はない。それこそ、生病老死以外は、何もかも。
「まぁ、そうならねぇように頑張る、ってことですよ」
笑いかけてやると、クーデリアは、ほっとしたような、微妙な表情で頷いた。
「そうですか」
「あぁ。――まぁ、何かわかれば、また知らせる。その前に、爺さんからあんたの方に、直接連絡がありそうな気がするがな」
「……続報、お待ちしています」
ぺこりと頭を下げる少女に手を振って、B&A商会を出る。
とりあえず、蒔苗の爺の件が公になるまでは、地道に、地道にいかねばならぬ。爺御一行様が火星に来るとなれば、鉄華団の主力は、そちらにかかりっきりにならざるを得ないのだし。
蒔苗は、仮にも地球の四大経済圏のひとつのトップだ、本来なら、アーブラウ領の抱える武力、乃至はギャラルホルンが警護に出てくるべき場面だが、アーブラウ領は武力らしい武力を持たないし、ギャラルホルンはイズナリオ・ファリドの一件以降、内政不干渉の原則をさらに厳しく適用しているとのことだ。となれば、馴染みのある鉄華団に依頼があるのは、不自然ではないのだが――
――また、まわりからは煩く云われるんだろうなぁ……
とは云え、それもこれも、ひとつずつ仕事を完遂していくことでしか、払拭できないものなのだ。
さて、せっかくだし、少しばかり羽根を伸ばしていくか。
本屋があるわけでもなし、まだ陽の高い今から、19:00までは間がありすぎるが――
――まぁ、何とでもなるさ。
そう呟いて。
キャップのツバを引き下げて、クリュセの街中へと歩み出した。