【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】   作:くずみ@ぼっち字書き。

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一方その時"三日月"は 12

 

 

 

 腕の中、古びたラジオから、ノイズ混じりの音楽が聴こえてる。

 改修し過ぎてゴテゴテしたそれは、他人の目にはガラクタにしか見えないだろうけど、おれにとっては大事なモノ。

「ゾルタン」

 呼ばれて振り返れば、むさい髭面がニヤニヤしながら立っていた。

 髪も髭も黒に紛うくらいの暗褐色。タレ目だけど抜け目がなさそうな茶色の眼の奥には、冷めた光。

 ガラン・モッサ――壮年の傭兵で腕の立つMSのパイロットだ。

 乗機はゲイレール。傭兵団の頭でもあり、規模は小さいながら、練度が高いことで定評のある――おれ達みたいなフリーランスのパイロットから見れば、食いっぱぐれない職場の雇用主ってところか。

「またそれ聴いてるのか。相変わらずひでえ音だな」

 言われて、フイと顔を背けた。ラジオも止める。

「……懐かねえなぁ、お前は」

 可愛げがねえと顔をしかめるくせに、その場から去ってくれない髭達磨に息を吐いて、おれから離れることにした――のに、髭野郎はしつこく後ろを付いてきた。

「なに?」

 仕方なく振り返る。

「お前な。仮にも俺は雇い主だぞ」

「そう」

 だからなに、と言外に滲ませる――切り捨てる気は無いんでしょ。少なくとも今は、まだ。

 もう半年近くここに居る。

「餌が足りてねえか?」

 馬鹿にする素振りで怒らせようとしても、無駄だよ。

 伸びすぎた前髪の間からジッと眺め上げれば、ガラン・モッサは盛大なため息を落とした。

「ゾルタン」

 繰り返して名前を呼ぶ――それにより懐柔を図るみたいに。

「お前とジャンニがうちに来てくれて、助かってる。お前たちは腕か良い。これからも頼むぞ」

 ひとつ瞬いてから、目をそらす。話しがそれだけなら、おれは行くよ。

 視線の先に、名前が出たジャンニがいた。

 背の高さと褐色の肌は“誰か”を思わせるけど、その容貌はむしろネイティブアメリカンみたいで、“誰か”とは少しも似ていない。

 近づいて、脇にするりと潜り込めば、頭上でため息が落ちて、大きな手がわしゃりと髪をかき回した――やめてよ。

「すいません。こいつ愛想がなくて」

 ジャンニがガラン・モッサに謝っている。

「どうやってこれを飼い馴らしたか教えてほしいもんだな、ジャンニ」

「気まぐれなだけですよ――ほらね」

 頭に乗った手を払って、ジャンニからも離れれば、苦笑する気配。まるで犬猫扱い。誠に遺憾。

「少し休む」

 言いおいて、小さなテントに向かった。

 傍には、おれとジャンニが乗るMSが2機停めてある。

 ロディ・フレームを用いた――多分、もとはガルム・ロディなんだろうけど、改修を重ねた末に少しその形を変えていた。

 ガルム・ロディは〈夜明けの地平線団〉でも使われてた機体だから、もしかしたら、そっちから流れたのかもね――これもおれが野盗から分捕ったものだし。

 動けば何でもいいけど。

 ここ暫くの状況からして、おそらく、夕刻あたりには出撃がある。今のうちに休んでおくのが得策だ。

 テントのなか、横にさえなれれば良いっていった風情の簡易寝台に転がる――質の良い睡眠と寝具の関係性について小一時間語ってや…

 目を閉じた瞬間に、眠りに落ちた。

 

 

 

 おれ、ゾルタン・アッカネン。

 改修ガルム・ロディに乗ってるフリーのパイロット。

 宝物は古いラジオ。

 お察しの通り、いまは、とある傭兵団で雇われてる。

 おれの相棒扱いされているジャンニは、ガラン・モッサが拾ったんじゃない。おれが拾ったんだ。

 戦場になってた森林の中、大破したMSの傍に転がっていた。

 コックピットが酷く潰れていて、おそらく一緒に潰されたらしき中身は、なんとかここまで這い出して力尽きたんだろう。

 傷だらけのズタボロで、早くも蛆がわいていた。

 死体かと思って通り過ぎようとしたら、足首をガシッと掴まれた。

 コレなんてホラー?

 ゾンビかと思ってすげぇ焦ったわ。思わず変な声出たもん。全身鳥肌って、超レアだけど全く有り難くない体験だった。

 本人、意識なかったのに、通りすがりの足を掴むとか。

 何という生命力。何という生き汚さ。

 流石に捨て置くわけにもいかんから拾って手当してみたら、数日後に目を覚ました。

 その頃のおれは、“水無月・オリエ”の名前とIDを使っていて、諸事情あって早急に変えなきゃいけなくて――たまたま間に合わせで使った実在のIDが、追手持ちだったってどんなトラップだよ――正直、こんな面倒なもん拾ってる場合じゃ無かったんだけど。

 だけど――。

 うん、正直に白状すれば、寂しかったんだ。

 おれ、さびしんぼうだからね。

 群れから逸れて、一年と少しが過ぎた頃だった。

 色々行き詰まってて、なんの目処も立ってなくって。

 鏡の中からは、どえらく荒んだ顔が睨み返してくるしさぁ。

 誰か、傍にいてくんないかなぁ、とか。

 だけど、ちょっと危ないハントのために、ころころ所在と名前とIDを変えていくおれは、誰とも一緒にはいられない。

 それでも。置き去られた死体もどきなら――捨てられたデブリなら、おれが貰ったって良いだろ?

 すごく弱ってたから、そんなに長く保たないないかもって――ほんのいっときって思ってたんだ。その時はさ。

 だけど、こいつは生き延びた。

 派手に潰れてるように見えたけど、大きな骨や臓腑まで損傷して無かったのが幸いした。

 蛆が湧いてたのも結果的には良かったのかな。壊死した肉を喰われてたおかげで、それ以上は腐らずにすんだんだろう――すげえな。感染症のリスク激高だったろうに――たった二月程度で復活を遂げやがった。

 ジャンニと名乗った元ヒューマン・デブリは、二十歳を超えるまで生き残ってこれたデブリだけあって、MSの操縦はお手のものだった。

 助けてもらったことに恩を感じたらしく、こいつはおれが、“水無月”の追手――多分野盗。きっとそう。人相悪かったから――を潰してMSを分捕る手伝いもしてくれたし、その後に名前とIDを変えても付いてきた。

 不審に思うだろうに、何も言わないし、何も聞かない。

 残り僅かな予備のIDに名前を上書きして渡してやったのは、一人でもやってけるようにってことだったんだけどね。

 結局、そのまま二人でフリーの傭兵を始めたら、間もなくガラン・モッサの傭兵団にスカウトされた。

 ジャンニ、お前、“Junk“じゃなくて“Lack”だったのか。

 

 眠りの外で、誰かにアタマを撫でられた。

 誰? そこに居るの。

 ――ジャンニ?

 違う――もっと分厚い手のひらだ。

『…ミ…ヅキ』

 耳元で呼ばれる。

 うん。おれ。

 撫でる手に擦り寄る――

 wanna break free.

 自分に戻りたいんだ。

 

 

 

「おら、起きろ」

 夕刻が来て、文字どおり叩き起こされた――パシンと、大きくて無骨な手に叩かれて、眼をかっぴらく。

 ふぉう。距離近ぇよ髭面ちょっと離れろウゼェ。

 つか、なんでテントの中まで入ってくんだよガラン・モッサ。ジャンニに呼びにこさせろよ。

 とか、色々言いたいこと取り混ぜて、口で言うのは面倒だから、取り敢えず睨む。

「起きると本当に可愛気が無えなお前は」

 ――寝てても無えよそんなもん……て、あれ、あるの可愛気? 寝顔は天使とか?

「……むしろ小悪魔(♡)?」

「寝ぼけてねえでとっとと起きろ」

 また分厚い手が叩きにくるのをヒョイと避ける。カフっとひとつアクビをしてから、伸び。

 のそりとテントを出れば、ジャンニが居た。

「なんでガラン・モッサ?」

「止める前に入って行ったんだよ」

「おれ、寝顔可愛い?」

 おい。なんで酸っぱいもの食べたような顔すんだよジャンニ。

 そして可哀想なものを見るような目で見てくんな髭クマ野郎。

「――出撃だ」

 やっぱりね。

「今夜で片を付ける」

 ガラン・モッサが言う。

 へえ、もう少し引き伸ばすかと思ってたけど。少し意外。

 この男は、相変わらず、アーブラウとSAUとの小競り合いに首を突っ込みつつ、火種を大きくしていた。

 でも、戦場はエドモントンじゃない。

 エドモントンでは、いま、アーブラウ防衛軍が結成され、鉄華団が軍事顧問をしてるけど、元ギャラルホルンの士官がいることもあって、元のそれよりかなり練度が高かった。

 ちょっとした横槍くらいじゃ動じないから、いつかの時間軸と違って、付け入る隙が見つからなかったんだろう。

 同じアーブラウ圏でも、鉄華団の行動範囲の外からじわじわ攻めてる感じだった。

 ――何をたくらんでるの。

「じきに大仕事がくる」

 おれの視線に気付いてか、ガラン・モッサが獰猛に笑った。

 

 

 

 昼でも夜でも、森林はいい目隠しになる。

 センサーで位置はわかってても、動きまでは見えないからね。

 敵方のMSはフレック・グレイズだ。

 本来ならエドモントンの戦いを受けて開発、生産され、各地に配備されるようになった筈の機体だけど。流れが変わったこの時間軸でも存在してたみたい。

 グレイズ程の性能はないけど、操作性が高くて、そこそこの腕のパイロットでも扱える。

 結構なスピードで木々をぬって突っ込んでくるのを、ライフルで牽制――しつつ、こちらから急接近。ブースト・ハンマーに持ち替えて。

 スラスターで軌道を変えようったって、横は巨木だよ。残念。

 幹を圧し折りながらも動きを阻まれたフレック・グレイズに、パイロットは対処しきれないみたい。

 ――バイバイ。

 あんたに恨みはないけど、これがシゴトなんだ。

 ハンマーというより、ちょっとナタみたいに見えるブースト・ハンマーには、先端部にスラスターがついている。

 勢いを増した一撃は、コックピットを叩き潰した。

 まずは一機撃破。

 センサーの範囲を広げれば、ありゃ、ジャンニは三機、ガラン・モッサは二機相手か。

 どっちもあんまり心配してないけど、まあ、恩は売っとくもんだよね。

 190mmロング・ライフルさん出番です。

 夜明けの地平線団で幹部が持ってたのは300mmだったはずで、それより威力は劣るけど、これだってねぇ。

 照準を絞って、ゲイレールの背中に。ガラン・モッサ、覚悟してよね。

 ここずっと同じ戦場を駆けて、動きのクセは掴んでる――お互い様だろうけとさ――肩口すれすれを狙って。

 発射した弾は、ゲイレールの頭部十数センチのところを通ってフレック・グレイズ一体の頭部フレームのモノアイを撃ち抜いた。

 体制を崩したところで、シールドアックスが唸り、フレック・グレイズが大地に沈む。

 残る一体が怯むような動作を見せた。

 眼の前のゲイレールから注意をそらして索敵とか、狙ってくださいって言ってるようなものだよね。

 その隙を逃すようなガラン・モッサじゃない。滑り込むように前に出た機体に大きく弾かれたフレック・グレイズが転倒した。

 と、見届けたのはそこまで。ジャンニが相手をしていたはずの一機がこっちに流れてきた。

 一気に距離を詰められ、ギリギリの間合いーー小型アックスの一撃を躱す。

 二撃目はロング・ライフルのグリップで流す。

〈ゾルタン!〉

 ジャンニの焦った声。

 あらやだ手練――ロング・ライフルからブースト・ハンマーに持ち換える隙を中々くれない。

 こちらを狙撃要員と踏んで、先に潰そうという肚か――いやいや狙撃手じゃ全然ないんだけどね、おれ。

 凌ぐ方法はそれなりにある。

 だけど、あんまりここで手札は広げたくないんだ。この先のために。さあ、どーしたもんか。

 迷ったのは一瞬で済んだ。

 一体潰したジャンニが、もう一体を放置してこっちに直進してくる。推進最大にふかして――どんだけ慌ててんのさ。 

 オイオイ、後ろ後ろ。

 フレック・グレイズがついてきてるじゃないか。 

 ロング・ライフルを投げ捨てて、ライフルに持ち換える

 無防備になるけどさ。

 照準は、目の前の敵じゃなくて、ジャンニの背後に。

 獲物を交換――おれの目の前のフレック・グレイズが、スラスターを最大にしたブースト・ハンマーで横薙ぎにされる。

 おれに振り下ろされていた小型アックスは空を切った。たたらを踏んだフレック・グレイズを、ジャンニのガルム・ロディが追撃する。

 センサーの端でそれを捉えつつ、後から来たもう一体のフレック・グレイズに向け引き金を引く――ジャンニの機体すれすれで、1000発以上の弾丸が炸裂した。

 知ってる? ナノラミネートアーマーって削れるんだよ。

 塗装された表面で物凄い火花が散ってる――引き延ばされたような時間の中で、それを見てる。

 ライフルの連射を物ともせずにフレック・グレイズの機体は肉迫するけど。

 おれの駆るガルム・ロディも前に出る――小型アックスが振りかぶられるよりも早く、ガンバレルをソードみたいに突き出した。

 コックピットに吸い込まれるように突き刺さるそれを見る。

 フレック・グレイズは停止し、時をほぼ同じくして、ジャンニも最後の機体にとどめをさしていた。

 

 

 

 戦場から離れてまた野営。

 テントから少し離れて、夜風にあたる。

 何処かで咲いてるだろう花の香りが、ときどき運ばれてきた。

 そろそろ夏に移ろうとするこの時分の風情を楽しむ。

 空に端っこに月が出ていた。半分よりも少し欠けたくらいの。

 見上げてれば、近づいてくる足音がした。

 ジャンニか、ガラン・モッサか――足音の重たさからして、また髭クマ野郎か。 

 この傭兵団には他にも団員がいるけど、二人以外はよほどの用がない限り近づいて来ない。

 当初にトラブルを起こして大暴れして、それから『ゾルタンにはちょっかい無用』って、ガラン・モッサ自身が厳命したから――本人はちっとも守ってないんどけどね。

「お空に帰りてぇってツラだな」

 なにそのメルヘン。おれ、かぐや姫かなんかなの?

 鼻で笑おうとして。

「ミ…ヅキ」

 ――え?

 今なんて呼んだ?

 心臓がバクンと音を立てるように跳ねた。

 目を見開いたまま振り返れば。

「水無月・オリエ」

 ――……え?

 そっち!?

 ニヤニヤしてるガラン・モッサの顔を殴りつけたいような衝動に駆られた。

 ――お前いまおれ心臓止まるかとこの野郎ビビらせやがってニ年まるまるムダになるかと思ったろーが特にこの半年がよ!!!

 ノンブレスで罵る。脳内で。

 ギリギリと睨みつければ、おっかねえなぁ、と両手を挙げられた。

 白々しい。

「調べさせて貰ったぜ? あんまり得体の知れないヤツを部隊に入れとくわけにはいかんからな」

 ガラン・モッサが重々しく告げる。

 なるほど、おれ、ここでも“水無月・オリエ”として認識されてんのね。うん。取りようによっちゃ好都合だけど――実のところ、知らないんだよね、ご本体のこと。

 原作にも名前のないやつだしさ。

 だから今は、黙って睨むくらいのことしかできない。

 さてどーするか。

「大丈夫だ。心配するな。大事なうちの隊員を売ったりしねぇよ」

 ほんとに白々しい。悪魔の囁きってこんな感じなんだろうね。

 ひとつも信用ならない――だって、こいつの頭の中にあるのは、心の奥にあるのは、心底惚れ込んでるだろうラスタル・エリオンの事だけだ。

 その望みを果たすためならば、どんな非道だろうがしてのけるだろう。

 そういう人間を、すごくよく知ってる――“おれ”は、ね。

「……どうするつもり?」

 睨みつけるのは変えずに、それでも少しだけ不安そうに声を揺らしてみれば――ほら、茶色の目の奥で、嗤う気配。

「いい子にしてりゃ、今までとおんなじだ。俺は、良い雇い主だろう?」

 給料も払ってくれるし、休みもくれる。殴ったり罵ったりしないし、って、そんなところか。

 まあね、確かにそこは悪くない。

 近づいてくるガラン・モッサを見上げる。

「言うこと聞けばいいの?」

「ああ。そうだな」

 獣じみた笑みが深くなる。

「――ジャンニは?」

「お前たちは同じだろう」

 ――ちょっと待て。

 お前たちは同じって、つまり、水無月とジャンニが一緒ってことか?

 ――……おれ、なんかやらかしてたかも。

 黙り込んだおれを覗きこんで。

「仲のよろしいことだな。離れて生きていけば、見つかることも無かっただろうに」

 凍てつくほど冷たい光が、その目の底に沈んでいた。

「さっきの戦いもそうだったな。お前を助けるためにジャンニは敵に背中を向けた。お前も、目の前の敵をおいてヤツの敵を撃った――まあ、見事な腕だったがな」

 これ、絶対に褒めてない――むしろ、虫酸が走るとかそのレベルで厭われてる?

 つか、確かにジャンニはおれを助けるために行動したけど。おれは、目の前のMSをジャンニが片付けてくれると分かっていたから、追ってきた敵を撃っただけだし。

 訂正するのは――この場合は得策じゃないから黙ってるけど。うん。おれとジャンニは仲良しコンビ。

 それで押し通す。

 沈黙が流れる――おれ、うかつに喋れないからさ。

 じっとしていれば、ガラン・モッサは、とうとう隣に腰を下ろした。

 その大きな手が、叩くでもなく頭の上におかれた――え、この流れなに。なんで撫でるの。

 あれか、ちっとも飴じゃないけど、飴のつもりか。

 何ていうか。優しくするなら、もう少し、その目の中の嘲りを隠せよオッサン。

 と、その、分厚い掌に既視感。あれ?

「……寝てるときも、撫でた?」

 瞬間、ガラン・モッサは顔を顰めて、でもすぐに嗤った。

 答えはないけど、多分、コイツだ。

 そのままじっと撫でられていれば、意外そうな顔をされた。

 茶色の眼と視線を合わせ、一瞬だけ、甘えて擦り寄るような仕草をしてみせてから、離れる。

「……テントに戻る」

 いつもより小さく出した声に、頭上で案じるような気色が――ホントか演技か、わからないけど。

 ガラン・モッサは矛盾だらけの嘘だらけだ――後生大事に抱えているたった一つを除けば。

 だからこれは、嘘つき同士の戦いだ。

 ほんの少し多く信じさせたほうが、勝ち。

 月明かりの中、唇の端が、小さく笑みの形に歪んだ。

 

 

 

 さて、ここらで状況を整理する必要が出たわけだ。

 おれが元の名前を封印してから、二年と少し。

 その間、“パプテマス・シロッコ”の名前で月に居たイズナリオ・ファリドを消し、火星では“リノ・フェルナンデス”の名前でノブリス・ゴルドンを血祭りにあげた。

 大人しくしててくれたら、もう少し生かしておいてやったけどさ。

 イズナリオ・ファリドも、ノブリス・ゴルドンも、それぞれのルートでクーデリア・藍那・バーンスタインと、“オルガ・イツカ”に刺客を差し向けて来やがった。

 しかも、複数回。

 これはもう、怒髪天つく案件だよね。

 最初なんか、“オルガ”はクーデリアを庇って怪我をした――足の捻挫だったけど――壁には弾痕が幾つも穿たれてた。

 当の本人は、この程度で済んで良かったじゃねぇか、なんて笑ってたけど。

 ねえ、ボス、いつかの時間軸で、それがどんな結果になったのか覚えてないの?

 血が沸騰するかと思った。

 胸の奥底で、獣が鎖を引き千切った。

 懲りずに放たれてくる刺客を、その度にこっそりと始末しつつ――元を絶つことに決めたんだ。

 だから、“おれ”は鉄華団を出てひとりになった。

 理由は言えなかった。

 チビ共に――ライドに喚かれても。

 アトラに泣かれても。

 クランクに諭されても。

 “オルガ”が――ボスが戸惑ってても。

 「ひと狩り行ってくる」なんてフザけた一言だけでさ。

 みんな呆れ返ってたから、たまに、もう戻る場所なんて無いんじゃないかなんて、弱気になることもあったけど。

 まずは二人狩れたから、その後はもう一度地球におりて、害獣ラスカルの尻尾――ガラン・モッサを捜してた。これが中々捗らなくてさぁ。

 行き違いすれ違いの日々。

 用意していた名前とIDがそろそろ心許なくなってきたとき、偶々、“水無月・オリエ”の名前が目に入った。

 元の名前と音の響きが似ていて、だから、ちょっとだけ――ほんの数日の間だけ借りてやろうと思った。

 それなのに、名乗った当日に、“水無月”は襲われた。

 どういうことなの。

 なんで、どう見ても堅気じゃない強面野盗団みたいなのが追っかけてくるのさ。実弾ぶっ放しながら。しかもMSまで持ち出してさ。

 子供ひとり相手に市街戦とか馬鹿なの阿呆なの。

 必死で逃げて隠れてさまよって、こりゃ早々に名前とID捨てにゃならんとしてたときにゾンビ――じゃなくてジャンニを拾ったんだ。

 テントに入れば、寝台に横になってたジャンニが身じろいだ。

「ジャンニ」

「……どうした? ゾルタン」

 眠そうな声だった。

「いま、ガラン・モッサに“水無月”って呼ばれた」

 直球で告げれば、ジャンニが飛び起きる。

 物凄い目をかっぴらいて。うん。眠気も吹き飛んだらしい。

 さて、折角戻ってきたけど、テントの外に出よっか。誰か外にいて話聞かれちゃ不味いしね。

 ジャンニは後ろをついてくる。

 ちょっと開けたあたりまで来て、ふたりで腰を下ろす。

 途端に、ぼふりと抱き込まれた。鼻先に男臭い胸板が。でも、これ、色気なんか欠片もあるもんじゃねえのよ。

 傍から見れば、おれがジャンニに甘やかされてるようだけど、そう見せてるだけ。コソコソ話すには絶妙な距離。唇の動きを読まれることさえ無いからね。

「お前、知ってたね?」

 ひっそりと問えば、苦笑が返る。

 おれが、“水無月・オリエ”なんかじゃないって、ジャンニ、お前知ってたんだ。

 だって、お前は本物の水無月・オリエを知ってるから。

 諮られてたのはおれの方だったって訳。

「なんで?」

 言わなかったの? お前は水無月じゃないってさ。

 長い沈黙。さらに拘束が強まる――やめて、胸板で鼻潰れるから。

「――……生きてると思いたかった」

 ――誰が、なんて愚問か。

「俺たちは、〈夜明けの地平線団〉のヒューマンデブリだ」

 感情の抜け落ちた声だった。

「逃げたのか」

「ああ。逃げた」

 ああ、そっか。頭の中でパズルが埋まる。

 だから襲われたのか。

 ヒューマンデブリに逃げられるなんてことが、あっていいはずないから。2度と起きないように、見せしめとして殺されるはずだった。

 おれは、水無月が生き延びたんだと勘違いされたわけだ。

 MSがガルム・ロディなのも納得だ。あれを使ってるのは、主にあの海賊団だったから。

 ジャンニが転がってたあの戦場跡は、逃げたヒューマンデブリ達が抗った結果。

 こいつ以外に、生きてたやつは誰も居なかった。

「水無月が言い出したんだ。逃げようって。無理だって言ったよ。だけど、あいつは諦めなかった。〈ブルワーズ〉が〈鉄華団〉にやられて、そこのヒューマンデブリが開放されたからって」

 ジャンニの言葉に目を剥いた。

「……鉄華団?」

「そうだ。〈鉄華団〉に頼みに行くんだと。馬鹿みたいだろ? 〈夜明けの地平線団〉からもヒューマンデブリを開放してくれって」

 自嘲と悲嘆と悔恨と――そんなもので、罅割れたような声。

 ――ちょっと待て。おれたちが遠因かよ。

「なんで?」

 言わなかった? 水無月の望みを――お前達の願いでもあったろうに。

「『なんで』ばっかりだなお前」

 ジャンニが唇を歪める。

 いまさら聞くのか、と、その眼が告げていた。

「確かにいまさらだし。お前が聞かないからおれも聞かなかったってのはただの言い訳だけど、でも、言っとけよ」

「言ってどうなる? お前がなんとかしてくれるのか」

 はなから無理と決めつけてやがる――ヒューマンデブリの諦め癖か。

「してやるよ」

 至近でメンチを切る。

 ジャンニの眼が見開かれ、ついでに口もポカンと開く。

「おれの悪知恵舐めんな――もうすぐだ。あと少しで“おれ”の狩りが終わる」

 害獣ラスカルの尻尾は掴んだ。

 この半年ばかりで、必要なデータはかなり入手できた――本体の喉頸を狙えるところまで、あと、ほんの少し。

 春は終わり。夏を過ぎて、秋の終わりには全ての片がつく。

「冬には自由だ」

 言い捨てて突き放す。

 衝撃にフリーズしたらしきジャンニは捨て置いて、さあ、テントに戻って今度こそ休もう。

 

 

 

 そもそも、“おれ”がガラン・モッサをまだ狩らずにいたのは、ラスタル・エリオンとの繋がりを証明するすべが欲しかったからだ。

 用心深いガラン・モッサは、それらを形としては決して残さない。

 通信もすべて、自らの乗機するゲイレールを通じてだ。

 だから、もとの話では自爆されたあと、一切の痕跡を辿れなかったってわけだ。

 だけど、ねえ。

 “おれ”は、その通信手段を知ってる――原作知識として。

 そして、通信ってのは傍受できるのさ。その手段さえあれば。

 さて、腕の中、古びたラジオからは、今日もノイズ混じりの音楽が聴こえてる。

 ノイズ混じりの、ね。

 

 

 

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