【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】 作:くずみ@ぼっち字書き。
夏になって、ビクトリアに移動した。
目的はMSの改修だった。
かなり大掛かりなチューニングだから、軽く二月くらいは掛かるだろう。
ビクトリアはバンクーバー島の南端にある瀟洒な都市だ。
大昔は英国情緒の色濃く残る街として知られ、有名な観光都市だったけど、この時代でも、目を見張るくらいきれいな街並みだった。
いまでもアフタヌーン・ティーが楽しめる――はずだった。相手がこの男じゃなかったら。
ずっと野営続きだったけど、久々にまともな宿――っていうか、小綺麗なホテルの一室に滞在中。
小さなテーブルには、キュウリのサンドイッチにスコーン、ひと口大のケーキが彩る三段重ねのティースタンド。
紅茶の銘柄はよく分からなかったけど、鮮やかに紅い水色が美しかった。
こういう文化がまだ残ってて、とても嬉しい。
「正直驚いたぞ。お前、こういうものが好きなのか」
髭クマ野郎は、心底意外だという表情を隠そうともしていない。
「悪い?」
ツンツンした声が出た。
いいじゃないか。憧れだったんだよ。似合わんかも知れんけど。ビクトリアン満載のホテルでアフタヌーン・ティー。
ラウンジに行かないのは、流石に場違いだと知ってるから。
浸りたいんだから、どっか行ってくんないかな。
――って、髭クマ野郎の部屋だけどさ、ここ。
あれから、ガラン・モッサの監視が強まって、鬱陶しいことこの上ない。
そばに留め置かれて、束縛ってほどじゃないけど、完全な自由もない。
最近はジャンニとも引き離されてるし――双方が双方に対する人質ってとこか。
一度〈夜明けの地平線団〉から逃げてる訳だし――少なくともジャンニは――一緒にしとくとまた逃げないとも限らないって、そう思うのは、まあ不自然じゃない。
それより気になるのは、なんであのタイミングでの“水無月”呼びだったのかってこと。
傭兵団に加わって半年あまり。調べるならもっと早くても良さそうなものだ。
実のところ、ここの傭兵団、練度が高い割に古参が居ない。せいぜいが二年くらい。
つまり、使い捨て。
ある程度の腕があれば――ガラン・モッサの指示をこなせるだけの器量があれば入団可能。
まあ、結構ハードル高いから、人数は多くないんだけどさ。
前歴はとやかく言われない。どうせ使い捨てるつもりだからだろう。余程のことがなけりゃ――そりゃ、今回のおれたちの経歴が余程のことに該当するって言われたらそれまでだけど。
でも、それ以外になんかあるよね?
例えば、言っていた“大仕事”とやらがカナリ重要で、関わる人員を精査する必要が出たとか。
通信記録を解析したくても、こうベッタリのマークされてたんじゃ儘ならない。
そして冒頭に戻る――ああ、鬱陶しい。
ため息をつきつつ、キュウリのサンドイッチに手を伸ばす。
うん、キュウリ新鮮。バターの塩気も柔らかくて美味しい。
ガラン・モッサは微妙な表情で眺めてくる。
気取って食べたってどうせサマにならないから、ラフに。
パクパクと頬張り、サンドイッチはあっという間に無くなった。
ああ。紅茶美味いわ。
さて、次はスコーン。手に取って割ったら、クリームをもっさりと塗る。
「もっとだ」
唐突に指摘される。
「もっと?」
「こうだ」
取り上げられたスコーンの上に、クリームがさらに山盛りに。うわ。
「ジャムも惜しむなよ」
ストロベリーだろうそれを滴るほどに。
「齧りつけ」
「これに?」
「そうだ」
言われるままに、がぶり、と、行きたいトコだけど、そんなに口が大きくないんだよ。せいぜいがカプリと。
口に含んだ途端に。
「そこで茶を含め」
――口ん中いっぱいなんだけど。
グイグイ押し付けられるカップから仕方なく飲み込めば。
うわ、クロテッド・クリームとスコーンとジャムと紅茶、一緒くたに食べるの、なんかすごく美味いんだけど!
ゴクンと飲み込んで。
目を見開いてガラン・モッサを見れば、髭面はなんだか得意そうだった。
「スコーンはそうやって食え」
頷けば、気が済んだのか、髭クマ野郎は手元のタブレットに視線を移した。
どうせ見せちゃくれんだろうから、覗き見るなんて真似はしない。
たまに、隣で開くから、そんときだけは覗き込むけど。
つかの間の休息だってのに、
「……ライフルも新調しなきゃならんな」
髭クマ野郎が唸りだした。
そうね。ちょっと前に、フレック・グレイズに突っ込んでガンバレル破損したからね。
ライフルは撃つものであって、突っ込むもんじゃないってしみじみ実感したよ。
その分の請求は、おれに来る。でも、そんな金持ってないから、実際の支払いはガラン・モッサだ。
つまり、その分は負債になって、おれを縛るわけだ。
まるで遊女の支度金みたいだよね。
「お前の腕ならニ年もありゃ返せるだろ?」
人の悪い笑いが、髭面に浮かんでいる。
そりゃね。ライフルだけなら。
だけど、それ以外にも、要求されてることはある。提示されたMSの改修やらにかかる費用の返済ときたら、さらに五年か十年か。
ねえ、おれの年期明けいつよ?
膨れっ面を向けれてやれば、低く響く嗤い声。
「ライフルだけでいい」
ごねてみる、けど、ガラン・モッサは取りあわない。
「馬鹿言うな」
「とくに不自由してない」
「今はな」
「……やっぱり宇宙に出るんだ――どことやるの?」
アーブラウとSAUとの小競り合いを中断してまで。
MSのチューニングは、どうみても宇宙仕様だ。ガルム・ロディはともかく、ゲイレールを見れば明らか――これまでの地上戦闘を目的としたそれとは様相を変えている。
ついでにビクトリアと宙港があるバンクーバーは目と鼻の先だ。
聞けば、ガラン・モッサが目を細めた――ん、踏み込みすぎたか。
「お前は敏いな」
小首をかしげてみせる。敢えての上目遣い――可愛気はないがな!
「ただのヒューマン・デブリはMSのチューニングなど気に留めんだろうに――言われるまま戦うだけだ」
嬲るみたいな言い方。これも挑発。最近多いな。
ギッと睨んで。
「ヒューマン・デブリじゃない」
「ああそうだな。“ゾルタン・アッカネン”、お前の働きに期待してるぞ」
伸ばされた手にワシっと頭を掴まれた――けど、どっかの誰かの掴み方と違って、撫でるみたいな。
「心配するな。お前は大事なウチの隊員だ」
声だけは優しい――けど、優しさを装うなら、せめて目の中の嘲りを隠せAgain。
だいたい、その大事な隊員使い捨ててんじゃないのさ。ホント、なんでこんなのに懐柔されたの、どっかの時間軸の子供たちよ。
腹立たしい。
何処とやる気かは、はぐらかすつもりだ。勿体振りやがって――撫でる手を除けて場を離れようとすれば。
「ここに居ろ。まだ残ってるだろう?」
と、留められる。
何を警戒されてるのか――ホントの意味での身バレは、今のとこしていないはず。
してたらこんなもんじゃ済まないし。
紅茶はすこぶる美味しかったけど、飲み込んでも胸のモヤモヤは落ちなかった。
「良い子にしていろ」と、ヤツは言う。
良い子ってなんだ? 言うことを良く聞くお人形か。
それとも、傍でお世話とかしちゃう従僕みたいなものか。
そんなの、どっちもおれに望むなよ。
おれは、自分に素直な良い子、なんだ。
ここ二年余りで鍛えた表情筋が渋面をこしらえてる。
ベッドの上。無造作にタブレットが投げ出してある――なんて見え透いたトラップ。
さて。引っ掛かることを期待してんのか、それとも回避する事を望んでんのか。
髭クマ野郎はバスルームだ。
機嫌良さそうな鼻歌がきこえる――聴き馴染んだナンバー。
ちょっと待て。それおれのラジオでよく流してる曲――しかもおれより歌上手くね?
――バルス!
脱ぎ捨てられたジャケットを拾ってクローゼットへ放り込む――ホコリなど落としてやらぬわ。
タブレットは手に取るけど、何もしないでテーブルの上に。
ジャンクフードの包みは丸めてゴミ箱へシュート。空瓶もまとめて放る。
空気を入れ替えるため、窓も開ける。
良い子でお片付け――こんな感じか?
窓の外に広がる町並みは、すごく風情があって、そぞろ歩いてみたくなる。
ぼんやり眺めながら考える。
これまで集めてきたデータを脳裏に並べて、現状と照らし合わせれば。
宇宙に出る理由については、おおよそ検討が付いている。
ただ、その流れについて、ずっと考え続けていた。
タイムリミットは近づいてきている。
うなれ灰色の脳細胞!――ってポアロか。
――……ああ。
そうか。そういうことか。
「アーブラウとSAUは戦争になるね」
獲物が大きすぎる。
アレを狩れば、小競り合いなんてもんじゃない。歯止めが無い中での全面対決になる。
地球の経済圏の勢力バランスは崩れ、圏外圏との条約すら無に帰するだろう。
その混乱は、必ずギャラルホルンの介入を招く。
そうなれば、ギャラルホルンの――あの男の権力は、何者の追随を許さないほどに膨れ上がる。
ついでに邪魔者を片付け、出過ぎた杭も打てるって、流石に欲張り過ぎじゃないのかな。
「“神々”のチェスみたいだ。あんたも駒なの?」
振り向く先、濡れた髪のままタブレットを弄ってるガラン・モッサがいる。
その顔から表情が消えるのをじっと見つめる。
窓は全開だ。いつでも飛び出せるしジャンニの居場所も把握してる。
これは賭けだ。
ハズレなら、今すぐガラン・モッサを狩って逃走する。
アタリなら、ここからはさらに難易度ルナティックになる。
どちらにしても碌でも無い。
短くない沈黙のあと、髭クマ野郎は突然笑い出した。
最初は喉を鳴らすみたいに。それからとうとう声を上げて。
「良い子だ!」
犬を褒めるような口調。声には喜悦があった。
アタリか――お前の望む“良い子”ってのは、つまり戦場での“ターミナル”。お前の意図を汲んで自在に動ける手足みたいなもの。
「大した情報もなく、よく気づいたもんだ」
「嘘だね。ヒントはいっぱいあった」
監視が強まったったことは、それだけガラン・モッサと共にいたってこと。
反対に言えば、おれがガラン・モッサを監視してたわけだ。
一挙手一投足。モニターから流れてたニュース。時折振られる話題。隣に座ってるときに操作されたタブレットの画面。MSのチューニング。都市間の移動。
全部に意図が隠されてた。
いつ気付くか、ずっと試してたんだろ?
「タブレットは開かなかったな」
「勝手に開けるのは“良い子”じゃない」
答えれば、髭面に満足気な笑みが浮かんだ。
ほらね、トラップ。引っ掛かったら始末でもするつもりだったのか。
いつの間にか、ガラン・モッサの眼からは、嘲りの色が消えていた。
かわりに酷く冷たくて鋭い、鋼の刃みたいな光――ゲイレールを見るときのような。
いまこの瞬間、おれはこの男にとって、ある種の“プロパティ”になったんだろう。
「ジャンニは切り捨てろ」
告げられた言葉に目を見開く。
「この先は不要だ」
何でもないことのように続けられるそれに、咄嗟に返事ができなかった。
意識の深いところで、“おれ”は納得する。
確かに、ジャンニはパイロットとしては優秀だけど、謀略には向かない。
きっとこのあとの展開には不快感を示すだろうし、受け入れられずに拒絶するかも知れない――そのときに、“おれ”は庇ってやれない。
そもそも、当初の目的だったガラン・モッサに近づけた以上、ジャンニを側に置く理由はないんだ。
それに、これはまたとないチャンスだ――情報を伝えるための。
だけど、意識の浅いところで、“水無月”――“ゾルタン・アッカネン”は嫌だと言う。
ずっとそばに居てくれた。寂しさを癒やしてくれた。
互いに、それが誰かの代わりでも、暖かさは本物だった。
「お前は良い子だろう?」
俺を失望させるなと、茶色の眼が冷たく光っている。
一瞬でも迷ったおれに、腹の底で“おれ”が苛立つ――なんの為にこの二年間余りを耐えてきた?
干上がった様な喉が喘ぐように鳴って、震える唇から答えが落ちた。
「わかった」
「良い子だ」
撫でようとしてか、伸ばされた手を払って掴む。
ギリギリと睨みつけて。
「だけど、手出し無用だ。ジャンニは自由にして」
始末するとかは許さない。
「お別れする時間もちょうだい」
ガラン・モッサは肩をすくめて溜め息をついた。未練がましいと非難する素振りで。
「いいだろう。だが、見張りはつけるぞ」
「無粋だよ。逃げたりしない」
ハッ、と、髭面が吐き捨てるように嗤った。
「お前はな。だが、あれに攫われたら困る」
そんなことしないと思うけど――本物の水無月だったらいざ知らず。
所詮、おれは紛い物だし。
ふんと鼻を鳴らして、そっぽを向く。
ガラン・モッサは低く笑って、取り戻した手で頭を撫でた。
ラジオからノイズ混じりの音楽。
ストレージの半分を超えて保存されてるデータ。
――What's your radio name?
答えられたら再生されるそれを、お前に託す。
ジャンニ。
きっと届けてくれるだろう?
まさか首を絞められるとは思わなかった。
どんなヤンデレだよ。
あの場を目にした奴らは、とんだ修羅場だと思っただろうさ。
ジャンニを呼び出して、さよならを伝えた。
信じられないモノを見る目でおれを見たジャンニは、縋るようにおれの腕を掴んだ。
「どういうことだ!?」
軋るような叫びだった。
「おれはガラン・モッサと行く。ジャンニは自由になってよ(エドモントンへ行け。鉄華団のダンテに渡して)――これ、一緒に連れてって」
振り切るように答えながら、小声で囁く。
ずっと後生大事に抱えてたラジオを押し付けて。
意図に気づいたんだろう。
瞬間、身を固くしたジャンニは、首を振って腕を掴む力を強くした。
この茶番に付き合うつもりなんだろうけど、迫真過ぎてちょっと怖い。
「あいつに何か言われたのか? だからそんなことを言うんだろう?」
強く揺さぶられて体幹がぶれる。
よろめくけど、掴む腕に引き寄せられて逃げられない。
「違う。おれが選んだんだ……(ラジオに金とID仕込んである)。わかってよ」
「わからねえよ! “水無月”、お前とずっと一緒に居てやるって、お前もずっと一緒に居るって…」
それをお前と約束したのは、本物の水無月だ。
一緒にいるとき、何度か言われたそれに、“おれ”が頷くことは、一度も無かっただろ。
首を振って否定する。
それから、押し問答に見せかけたやり取りのあと。
ジャンニの長い指が、喉首に伸ばされ、そのまま締め上げられた。
どれだけ力を込めてるのか、爪先が浮き上がる。
「“水無月”…(生きろよ)」
至近で囁やかれるけど。
ヲイ! 首絞めながら生きろってなんだよ!?
咄嗟に挟んだ指でなんとか緩和してはいるけど、骨を圧し折るかに籠められた力に焦る。
――放せバカヤロウ本気過ぎんだろ!
次の瞬間、ジャンニの体が横に吹き飛んだ。
見張りだろう隊員に殴り飛ばされたらしい。そのまま、さらに蹴られて転がされている。
制止しようにも、こみあげる咳に喉が塞がれる。
「…やめろ!」
血を吐きそうってこんな感じかって声が出た。
這いずるようにして、ジャンニに近寄ろうとすれば、不意にがっしりとした腕に引き起こされた。
まったく優しくないその動きに、さらに咳がこみ上げた。
ゼイゼイ喘ぎながら見上げれば、お前か、ガラン・モッサ。
どうしようもない愚か者を見る目が向けられて、睨み返す。
髭クマ野郎は、これ見よがしに溜め息をついて、それからジャンニに対する暴行をやめさせた。
欠片も情のない眼差しがジャンニに注がれていた。
「どこへでも行け。お前はもううちの隊員じゃない。これまでの報酬は払い込んである。MSのチューニングはキャンセルした――お前は“自由”だ」
自由という名の追放宣言に、ジャンニの目が憎々しげにギラつく。
地面から跳ね上がるように立ち上がって、ガラン・モッサに詰め寄ろうとするのを、さらに数人の隊員に阻まれ、殴られる。
再び地面に、倒れたジャンニは、転がっていたラジオに躙り寄って抱きしめた。
火を吹くような眼差しは、ずっとおれに向いていた。
さよなら、と、声に出さずに紡いだ唇に、どうしてそんなに傷ついた顔をするの?
それは演技だろ?
みんなが騙される――ガラン・モッサも、下手をするとおれまでが。
おれは水無月じゃない。ただの紛い物。
お前たちの望みは、自由――仲間のスペースデブリも開放されることだろ?
なんとかしてやるって、冬には自由だって、おれ、お前に約束したじゃないか。
行けよ。
行って望みをちゃんと叶えろ。
ふらふらと立ち上がったジャンニは、ラジオを抱きしめたまま、脚を引きずりながら去っていく。
寂しいのは水無月で、悲しいのも水無月だ――おれじゃない、と、“おれ”が呟く。
ジャンニが遠ざかるにつれて、おれから“水無月”が剥がれ落ちて、“おれ”が浮上してくる。
案外、どっぷりと“水無月”やってたんだね、おれ。引き剥がされる傷みに自嘲する。
「行くぞ」
ガラン・モッサに促され、踵を返す。
おれは振り返らなかったし、たぶん――きっと、ジャンニも振り返らなかった。
首の痣が消えた頃、MSの改修が終わって、宇宙へ出た。
軌道上のステーションで過ごす日々は、表面上は穏やかとも言ってよかった。
ガラン・モッサは新しいラジオをくれた。それから、ティーセットと茶葉の缶も。
独りになった子供を慈しむかに装った環境のなかで、お早うからお休みまで、全てが管理されていた。
言葉をかわす相手は、ガラン・モッサだけだ。
閉鎖された空間、制限られた交流。その中で植え付けられる知識と情報――徹底した全否定と与えられる全肯定。
ホンモノの子供なら、容易く洗脳されるレベルだ。
日々、親のようにも教官のようにも振る舞うガラン・モッサから、様々なことを吸収する。
学ぶものは多かった。
MSの特性や、MS戦における指揮などが主だったけど、言葉遣いだとか、紅茶の淹れ方とか、テーブルマナーだとか、そんなものも混じっていた。
無骨な指が、存外にきれいな動きで肉を切り分けていくのに驚かされたり。
長くなった髪を切ることを拒否したら、髪留めまで寄越した。
仕方なく、丁寧に梳かして留めている――ぱっと見、おれは、もう薄汚れた孤児には見えないだろう。
黒尽くめのパイロットスーツに身を包んで、ガラン・モッサの隣に立つ。
眼の前には、改修を終えたゲイレールとガルム・ロディが並んでいた。
ゲイレールの外装はさほど変わったようには見えない――だけで、実は様々なチューニングが行われたのを知ってる。
そもそも、こいつはゲイレールの形状はしてるけど、中身は別物と言って良い――後継のグレイズより高性能だし。出力もでかい。
装備も宇宙空間での戦闘用に、重量、威力ともに増している、
パイロットの腕もあって、まともに仕留めるのは至難の業だ。
ガルム・ロディのほうは、ロディ・フレームであることは分かるけど、元とはまるで別物のフォルムになっていた。
機動性を極限まで上げるために、余分な装甲が剥がされ、脆弱にすら見える。
肩に装備されたシールドの形状がもう一つの頭みたいだった。
ガルムって言うより、オルトロスって呼んだほうがしっくりきそう。
110mm口径実弾ライフルに加え、ロング・ライフルも300ミリに新調されてるし。
ブースト・ハンマーは勿論あるけど、どちらかと言わなくても、支援に特化した仕様だ。
誰を支援するかなんて、分かりきったコトだね。
「この仕事が終わったら、お前には新しい名前をやろう」
頭に手を置きながら、カラン・モッサが言う。
振り仰いで。
「Yes “Daddy”」
従順に応えれば、向けられる笑みが深くなった。
“良い子”だと、何度となく繰り返すガラン・モッサに意識を上書きされた“子供”は、思慕さえ宿した眼差しを向ける。
その奥底で、“おれ”が息を潜めている。
――ねえ、ガラン・モッサ。
錯覚も洗脳も、一方通行とは限らないんだ。
気づいてる?
お前の撫でる手が、以前とは少し違うことに。
嘲りが消えた眼に時折よぎる、困惑と戸惑いと、それからなにか暖かいものに。
嘘の境界が曖昧になると、あとで味わう苦味はホンモノになる。
お前は“おれ”の敵だけど、もし、そうじゃなかったら――ありえない“if”だけど、もし違った道で会ってたら…
続きそうになる思考を断ち切る。
不要だし不毛だ。
促されるままにMSに乗り込んで、出撃すれば、傭兵団の面々が、まるで護衛するようにオルトロスを取り囲んだ。
監視も兼ねてのことだろうけど。
推進を全開にして、戦場へと向かう――通信からは、夜明けの地平線団に襲われている民間警備からの遭難信号が絶え間なく聞こえていた。
傭兵団は、まるでハイエナのように、禿鷹のように、抜け目なく獲物に迫る。
センサーが拾う弾幕の目映い光に、そっと目を細めた。