【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】 作:くずみ@ぼっち字書き。
戦闘終結とともに、鉄華団の艦艇は、地球外縁軌道統制統合艦隊に拿捕された。
否、正確には、マクギリス・ファリドにだ。まぁ、建前上は“拿捕”ではなく“事情聴取”ではあったのだが。
〈私の用件は承知しているな、オルガ・イツカ?〉
と云う笑顔の圧が凄い。
〈蒔苗氏もお疲れだろう。ちょうどいい、一度、グラズヘイム1で休まれてはどうかな〉
「いや、しかし、こちらもスケジュールが……」
と云う反論は、鋭い碧に封殺された。
〈君たちが、バルバトスを積むために、“方舟”を十日遅れで出航したことは把握している。それに較べれば、二日や三日、簡単に取り戻せるだろう?〉
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
“三日月”との再会を噛みしめる間もなく――まぁ、普通に切り抜けられても、そんなことはしなかっただろうが――、グラズヘイム1に連行される。
“夜明けの地平線団”は、どうやら石動・カミーチェが取り仕切るようだ。
ヒューマンデブリのアレコレのために、ジャンニを預けると、一応気遣ってくれたものか、石動は、
「……悪いようにはしない、安心しろ」
と云ってくれた。
まぁ、石動は、マクギリスのお怒りのほどを重々わかっているだろうから、少し愍むような気持ちもあったのかも知れない。
“イサリビ”と“カガリビ”を静止軌道上に係留し、幹部連や蒔苗の爺などとともに、グラズヘイム1に入ると、“三日月”と二人だけ、別室に連れこまれる。
尋問のお時間ですね、わかります。
「さて? どう云うことか、聞かせてもらおうか」
マクギリスの圧が――だけではないな、ガエリオとカルタもだ。
「えーと……アリアンロッド艦隊ですかね?」
空とぼけて、それが通じる相手と状況ではない。
両手を上げて、おとなしく云うと、マクギリスは憤然と頷いた。
「君たちの捕らえたあの男は、ラスタル・エリオンを失脚させるに充分な証人となったはずだ。それをみすみす……あのタイミングでアリアンロッド艦隊が退いたのは、君がラスタル・エリオンと取り引きしたからだろう」
「だからこそ、あれはすべて地球外縁軌道統制統合艦隊の手柄になったでしょうよ」
「そう云う問題ではない!」
バシンとテーブルを叩かれる。おぉ、お怒りだな。
「あそこでアリアンロッド艦隊に退いてもらった方が、地球外縁軌道統制統合艦隊としては良いかと思っての……」
「それは、君の判断することではないだろう」
マクギリスは、鋭く遮ってきた。
「あの男を追い落とす、絶好の機会だったと云うのに……」
「――元々、あんたに渡す気はなかったんだよ」
ガエリオに襟首を掴まれた“三日月”が云う。
「なに?」
「あんたに渡すと、拷問とかにかけるでしょ。それじゃ寝覚めが悪いから」
「それだけのことで、君は証人を逃したのだと?」
マクギリスは眉をつり上げるが、“三日月”は肩をすくめただけだった。
ぎりぎりと歯を軋らせるマクギリスに、慌てて声をかける。
「いや、これはあんたの評判を心配してのことなんだ」
「……どう云うこと?」
それまで黙って事態を見守っていたカルタが、小首を傾げて問うてくる。
「ファリド一佐、あんたがファリド家の当主になったのは、イズナリオ・ファリドが殺されたからだろう」
失脚した元当主が、隠遁先で殺されると云うのは、まぁありがちなことではある。
が、まぁその場合の“ありがち”と云うのは、新しい当主が、不祥事を起こした元当主を殺す、と云う意味である。
つまりマクギリスは、既に世間からは、“イズナリオ・ファリドを誅殺した男”と目されていると云うことだ。
その上で、さらにラスタル・エリオンが失脚したら、世間はどう見る?
「……あんたが、謀略で邪魔者を排除する人間だと思われるのは、正直、都合が悪いんだよ」
ストレートに云ってやる。
マクギリスは眉を寄せた。
「私が、そう見られることに、何の不都合が?」
「不都合大ありだ」
この男、同盟関係を何だと思っているのか。
「あんたが、邪魔者は徹底的に排除したい派だってのはわかってる。だがな、敵対者相手ならともかく、味方に対しては、それはマイナスにしかならねぇって、あんたわかってるか?」
「……賞罰が厳密になされるなら、それは必ずしもマイナスにはなるまい」
「“賞罰”だけならな」
だが、ラスタル・エリオンは、マクギリスに罰せられるような立場の人間ではない。ギャラルホルン随一の戦力を保持する、月外縁軌道統合艦隊アリアンロッドの司令なのだ。
「あんたの目論見はこうだったんだろう――ラスタルを今回の騒動を企んだ張本人と断じて、失脚させる。空いたアリアンロッド艦隊司令の座にあんたが就き、最終的にギャラルホルンを牛耳るんだと」
「それの何が拙い」
柳眉を逆立てる。
――あぁ、若いな……
悪を断罪すれば、それで人がついてくると思っている――その考えは、いかにも若い。
「あの石動・カミーチェって奴みたいなのばかりだってんなら、別に拙くはねぇだろうな。だが、ああ云う有能なのは、ギャラルホルンにだって、まぁ一握りしかいねぇだろ。そうでない連中ってのは、あんたがばっさばっさと切り捨ててくと、いずれその刃が自分にも向くんじゃねぇかって勘繰るもんだ」
「それで、勤務態度が改められるなら、問題ないではないか」
「甘いな」
そう云うところが若いのだ。
「いいか、俺もそうだが、人間、そんなに正しくあれるもんじゃねぇ。ちょっと誤魔化したり、狡をしたりってのは、日常茶飯事だ。そんな、ちょっとばかり後ろ暗いところがなくもない人間が、あんたのばっさばっさと切り捨てるやり方を見たら、どう思う? 些細な瑕疵を捕まえられて、馘にされるんじゃないかと勘繰るぜ」
「それならそれで、構わないではないか。組織の害になる人間は、早々に消えてもらった方が良い」
「だから! 世の中にゃ、そう云うタイプの人間の方が、圧倒的に多いんだよ!」
わからん坊っちゃんだな、と吐き捨てる。
「その、ちょっとばかり後ろ暗い人間たちが結託したら、どうなる。あんたの味方よりも、敵の数の方が圧倒的になるってことだ。そいつらが本気になれば、あんたはあっと云う間に失脚することになるんだぞ!」
「……それと、ラスタル・エリオンを見逃すことと、何の関係がある」
「見逃すわけじゃねぇよ」
にやりと笑う。
「こっちが、今回の件の証拠を握ってることは、向うも承知だ。片目を瞑ってやるんだよ。それで、あいつを巧く使うんだ」
「使う?」
マクギリスばかりでなく、ガエリオやカルタも首を傾げた。
それに、つよく頷いてやる。
「そうだ。ファリド一佐、あんたは監査局のトップだ。ある意味では、アリアンロッド艦隊よりも、ギャラルホルン内部では力があるはずだ。その立場を巧く使えよ。そんで、ついでにラスタル・エリオンも使うんだ。――あんたは、ギャラルホルンの頂点に立つんだろう?」
そう云うと、こくりと頷きが返る。
そう、ギャラルホルンの中には四つの局があり、監査局はそのひとつだが、アリアンロッド艦隊や地球外縁軌道統制統合艦隊は、統制局の下に位置していたはずだ。つまり、監査局のトップであるマクギリスの方が、組織内の立ち位置は上になる。
その上、監査局と云うのは、役職柄、どこにでも入っていける権限があるのだ。ラスタル・エリオンの階級は知らないが、例えあの男が大将――この世界の云い方だと“一将”だろうか、それとも自衛隊式に“宙将”とでも云うのだろうか――だとしても、一佐のマクギリスの方が強いのだ。
マクギリスが、軍実働隊のトップに立つのが野望だったとしても、ギャラルホルン全体を考えるなら、今の立場の方が、トップにはより近い。
それに、様々なところに首を突っこめるのだから、その中で味方を増やしていくこともできるのだ――火星支部の新江・プロトを引きこんだように。
「それなら、あいつの上に立って、アリアンロッド艦隊もろとも、巧く使いこなせよ。あいつはくせものだが、確かに実力はある。巧く使いこなせば、あんたの評価も上がるぜ」
「くせものは君だろう」
厭味か。
「そんなら、俺も巧く使えよ。ラスタル・エリオンも俺も、あんたが使えばあんたの武器だ。巧くやりゃあ、あいつもあんたを支えてくれるようになるさ」
「……君は本当に、悪魔のようだな」
マクギリスは遂に、溜息とともにそう云った。
その科白は、今回三度目だ。
「それは、ガラン・モッサやラスタル・エリオンにも云われたな」
「ラスタル・エリオンに云われたのか!」
ガエリオが、いっそ楽しげに云う。
「それは凄い! 俺は、あいつの方がよっぽど悪魔だと思ったが、そのあいつに云われるとはな!」
「鉄華団には、“悪魔”がふたりいると云うことかしら。大きい悪魔と小さい悪魔と」
カルタが小首を傾げる。
それに“三日月”が抗議した。
「俺のことは“小悪魔(♡)”って呼んで」
「はぁぁ!? “子悪魔”の間違いだろ!」
ガエリオが云いながら、“三日月”の頭を鷲掴みにしようとする。
それをさらりと躱し、“三日月”は指先にがちりと噛みついた。
「イッてぇ! このクソガキ!」
ガエリオがぎゃんっと吠えるのに、カルタは呆れたような溜息をついた。
「マクギリス、今回は許してやったらどう? 実際、お蔭で地球外縁軌道統制統合艦隊が、手柄を独占できたのだし」
聞き分けの悪い弟を諭すように、カルタが云うと、マクギリスも渋々と頷いた。
「納得したわけではないが……今回は目を瞑ってやろう」
「そりゃどうも」
「まぁ、われらの活躍の場を提供してくれたのは事実だからな」
カルタも頷く。
「われら地球外縁軌道統制統合艦隊、これを弾みに、かつての姿を取り戻す! そうなれば、お前が“玉座”に就く日も近づこう。そうだろう、マクギリス?」
「……あぁ」
カルタ・イシューに重ねて云われ、マクギリスは、ようやく気持ちが落ちついたようだった。
「――とりあえず、俺たちも微力ながら手伝おう」
そろそろと云うと、ちらりと目の端で睨まれたようだったが、マクギリスがもうこれ以上蒸し返すつもりがないのは、無言で頷かれたことでわかった。
「もういいんだよね? じゃ、俺も食べにいってくる」
“三日月”がいつもの調子で云った――って、“食べる”って、ここの糧食をか!
「クソガキが!」
ガエリオが吠え、カルタが笑う。いつもの様子が戻ってきた。
それを見やり、また微苦笑で見守るマクギリスを見て、つるし上げ大会は終わったのだと、そっと胸を撫で下ろした。
グラズヘイム1を出たのは、本当に三日後のことだった。
流石に糧食すべてを食い尽くすことはなかったが、育ち盛りも多い鉄華団だ、かなりを消費したのは確かだろうに、カルタも誰も、何も云ってはこなかった。
その代わりのように、鉄華団のパイロットたちは、地球外縁軌道統制統合艦隊のパイロット――もちろん、倍近く歳上――に捕まって、あれやこれやと質問されていた。
説明のできないシノ――何しろ“ガーッと”だの“バーンと”だのと、身振り手振りの組み合わせだ、お前は鏑木某か――は早々に放り出されたが、真面目に答えるアストンは、複数人に囲まれて、身動きが取れなくなっている。
まぁ、原作では少々型にはまった戦法のみだった地球外縁軌道統制統合艦隊のMS部隊だが、向上心はあるようで何よりだと思う。マクギリスに雰囲気の似た青年ばかりではあるが、やはりエリート軍人ばかり、司令官であるカルタに認められたい欲求はあるようだ。
“三日月”はと云えば、ガラン・モッサの下で過ごした二年半も含め、その“武勇譚”に注目が集まっているようで、やはり複数人にまわりを固められている。
時折、助けを求めるようなまなざしが向けられるが、諦めろ、これも“英雄”の定めだ。
それに、こちらはこちらで、カルタ・イシューに捉まっている。以前は監査局の愚痴を拝聴していたが、今回はカルタのそれらしい。しかも、内容は主にマクギリスの行動についてだ。
「……マクギリスときたら、本当にせっかちなのよ。もう少し慎重に動くべきだと思うのだけれど、“兵は拙速を尊ぶ”とか云って、まったく聞きやしない」
カルタは溜息をついて、アイスティーにささったストローをくるりと回した。重力エリアなので、普通のトールグラスだ。窓の外に地球が見えるのでなければ、うっかり地上だと思いそうな光景である。
「――『孫子』ですね」
「そうなの? マクギリスは昔から、古い紙の書物を好んでいたから……多分、そのどれかにあったのでしょうけれど」
「“兵法七書”と云う、旧い有名な兵法書のひとつですよ。ファリド一佐は、さすがによくご存知だ」
「知っていても、使いどころを誤れば、逆効果だわ。お前が“わからん坊っちゃん”と云った時には……正直、ちょっとすかっとしたのよ」
「御本人がどう思っていようと、あの方は結局、お育ちが良いですからね」
少なくとも、鉄華団の連中とは違う。スラムの育ちとか、人買いに買われてヒューマンデブリとして売られた、みたいなことはない。イズナリオ・ファリドがどれだけ外道なペドフィリアだとしても、養子に迎えた以上、マクギリスはそれなりの教育を施されて、今の地位を得たはずだ。そう、ファリド家の跡取りに相応しい教養を身につけろと云われた上で。
まぁ、こう云うことは往々にして、本人の意識とまわりの認識とがずれる傾向にあるから仕方ないのだろうけれど。
「本人は、私やガエリオと、自分は違う、なんて思っているようだけれど……そろそろ、自分がまわりからどう見られているか、きちんと把握すべきだわ。あの石動と云う男にしても、マクギリスにめろめろじゃないの」
「そうですね」
それは、確かに初対面から感じていた。
石動・カミーチェは、マクギリスに心酔しているようだ。今回にしても、すれ違いざまに刺すようなまなざしを向けられた。マクギリスの憤りに、完全に同調しているようだ。
「まぁ、そう云う部下がいるのは、いいことですよ」
暴走されると面倒な部分はあるが。
原作は二期の途中までしか見ていないので、実際“マクギリス・ファリドの乱”の時に、石動がどう云うスタンスだったかは知らないが、大方最後までマクギリスに殉じたのだろうとは思う。まぁその前に、マクギリスの方向性を修正するとか、そう云う風にいかなかったのかとは思うけれど。
「そうかしら」
と云う、カルタ・イシューは違う意見のようだった。
「石動がマクギリスに心酔しているのは措くとしても、諫言できる部下がいないでは話にならないわ。まぁ、セブンスターズのファリド家の御曹司に意見できるなんて、よほど肚が据わっていないと無理なんでしょうけれど――軽い忠告くらいで気持ちの動く人じゃないから、そこが心配で」
と云うカルタの顔は、すっかり弟を見守る姉のそれだった。
「……ある意味、監査局向きの方なんでしょうね」
ごく厳しいと云うことは。
「ただ、ギャラルホルン全体の上に立つのなら、厳しさだけではまとまらない。少しの狡には目を瞑ってやる鷹揚さもないと、下の下なんかはついてこないでしょう」
「そうね……ガエリオは、鷹揚さはあるけれど、石動のようなタイプを味方につけるには、甘すぎるのよね。そこも含めて、マクギリスに頑張ってもらわなくちゃいけないのに――あの人ときたら」
「そこは、あなたに期待のかかるところなのでは?」
「駄目よ。マクギリスは、意外に男尊女卑なの。まぁ、ギャラルホルンは大体そうなのだけれど」
首を振って、また溜息。
「あー……まぁ、軍隊なんて、そう云うところはありますねぇ」
宇宙世紀はともかくとして。
考えてみれば、連邦軍もジオン軍も、結構女性の軍人は多かった。特にジオン軍は、キシリア・ザビが上層部にいたこともあって、割合女性が多かったような印象だった。ネオ・ジオンも、ハマーン・カーンがトップだったのだが――こちらは何故か男だらけの印象しかない。
下の方に女性が多いのは連邦軍で、その延長線上でか、『Z』のエゥーゴも女性パイロットが多かった。あの中では、個人的にはエマ・シーンが好きだった。レコア・ロンドは――クワトロ・バジーナがやや気の毒になったと云っておく。
本当に女性ばかりだった――と云うか、女子どもと老人ばかり、と云うか――のは、『∨ガンダム』だったか。シュラク隊やマーベットさんが好きだったが、一話にひとり以上が死ぬと云う異常な死亡率に、やや呆然とした憶えがある。例の“黒トミノ”“皆殺しのトミノ”と云うアレだ。
それに較べると、非-トミノのガンダムは、割合女性はお飾り的な域を出ない気がする。と云うか、アレだ、昔の『聖闘士星矢』的な――“女神”の下に集う少年戦士たち、みたいな構図。
まぁ、その昔から、女子受けを狙うならその構図がテッパンだったのだろうが、仮にも“ガンダム”で、顔の見える正規軍の女性パイロットがジュリエッタ・ジュリスひとりと云うのは、いかにも寂しい。
「私がこの地位にいるのは、セブンスターズのイシュー家の一人娘だから。そうでなければ、ガエリオの妹ではないけれど、誰か許嫁を決められて、唯々諾々と嫁ぐしかなかったでしょうね。――厄祭戦から三百年も経ったと云うのに、何てことかしらね!」
「……そこは、あなたが道を切り拓かれるのでしょう?」
クーデリア・藍那・バーンスタインが、圏外圏の未来を拓くように。
そう云うと、カルタはふと微笑んだ。
「私に、できると思うか」
その表情は、ギャラルホルンの未来を語るマクギリスのそれに、よく似たものだった。
「できますとも」
自分たちが、既に鉄華団の運命を変えつつあるように。
にこりと笑み返すと、カルタは一瞬目を見開き、やがて今度こそはっきりと笑った。
「お前の言葉を信じることにするわ」
「……それはどうも」
まぁ、カルタなら大丈夫だろう――多分。
ティータイムはそれで終わったのだが、その後で、地球外縁軌道統制統合艦隊の青年たちに、ものすごく絡まれた。例のマクギリス似イケメン集団である。
カルタ様を宜しく頼むだの、不幸にしたら許さないだの――いや、本当に親衛隊だ。と云うか、愛されてるのだな、カルタ・イシュー。
しかし、これだけは声を大にして云っておきたいが、別にカルタとは何でもない。ティータイムを一緒に過ごしていたのは傾聴ボランティア的なもので、つき合ってるとかそう云うのでは断じてない。
って、聞いてなさそうだ、この集団。
結局、親衛隊からの叱咤激励は、鉄華団がグラズヘイム1を離れる時までずっと続いた。
火星までは、ごくごく平穏な旅だった。
“夜明けの地平線団”を潰した話は、もう圏外圏に轟いているらしく、襲ってくる船もなかったのだ。
ブルワーズ、“夜明けの地平線団”と、二つの宇宙海賊を潰した鉄華団は、花のロゴともども人びとの記憶に刻まれ、一般の艦船には安心感に近いものを、海賊たちには恐怖を、それぞれ抱かせるようになったようだった。
“夜明けの地平線団”と云えば、あのジャンニと云うヒューマンデブリは、仲間とともにその身分から解放され、現在は地球外縁軌道統制統合艦隊の下で、それこそ海賊退治に駆り出されることになるようだ。元海賊として、かれらのやり口をよく知り、またMSの操縦にも慣れているジャンニたちは、カルタにとっても得難い人材だったようだ。
いずれ、IDの問題などが完全に解決した暁には、かれらも独立した警備会社になるのだろう――人間、慣れた仕事で食っていくのが、一番良いのだ――が、そうであるにしても、地球外縁軌道統制統合艦隊とコネがあるのは様々な意味で強みになるだろう。
こちらとしても、万が一の時に加勢を頼める相手ができたので、まとめ役になったジャンニには、“くれぐれも宜しく”と云っておいた。こう云う連携は、非常に大切だ。
グラズヘイム1を去る前に、マクギリスのご機嫌はなおったようだった。カルタに愛想を振りまかれ、ガエリオもより友好的になったので、寄り道をした甲斐はあったと云うものだ。
蒔苗の爺は、当初遅れることに不満たらたらの様子であったが、タカキとカルタが取りなしたので、早々に機嫌をなおし、その後は楽しそうに接待されていた。カルタの親衛隊も美形揃いだったから、それも一因あったのだろう。ララァではないが、“美しいものが嫌いな人がいて?”と云うヤツだ。
三日の遅れは簡単に――いやまぁ、ユージンの力なのはわかっている――解消され、蒔苗の爺は予定どおりの日程で、火星の大地に降り立った。
ここからは、主にユージンとチャド、アインが取り仕切り、要人警護部門が真価を発揮する。以前、エドモントンの芝居の時に、ギャラルホルンを騙せるようにと、アインの猛特訓を受けさせた甲斐があり、火星に戻ってから受けた依頼でも、なかなか好評だった。
クーデリアは、護衛が必要な時は、専ら鉄華団に蒔かせてくれるようになった。“革命の乙女”のお蔭で、鉄華団の評判は上々だ。まぁ、評判ほどに良いのかどうかは、使った方にしかわからないが。
蒔苗の爺は、タカキとチャドを侍らせて上機嫌だった。
多分、下馬評どおり、この火星訪問が爺の最後の花道なのだろう。決して本人は口にしないが、以前よりも弱っているようだ、とは、傍についているチャドの言葉だった。チャドとタカキは、地球支部にいた時にも爺のSPをやっていたわけだから、何か感ずるところはあるのだろう。
まぁ、原作の方では、襲撃にあったり何だりしたにせよ、最終回前に死んでいたわけだから、そう云う頃合いと云えばそうなのだろう。むしろ、火星までやって来たわけだから、原作より健康なのだとも云えるか。
健康にやや不安があるとは云え、蒔苗の爺は精力的だった。
火星代表政府の首相や高官たちとの連日の会談、随行の事務方の会合にも顔を出し、その合間に、火星開拓の起点の地や、初代開拓民の墓地なども訪れる。
アーブラウ代表に相応しく、招かれれば夜会にも出席する。
それに、タカキやチャド、ユージンやアインのみならず、自分も出るようにと云われた時には、若干渋面になりはしたが――上流階級のお歴々に顔が売れたので、良かったと云うべきなのだろう。
爺がクーデリアとの再会を果たしたのは、火星滞在も終わりに近くなった日のことだった。
蒔苗は、クリュセにあるB&A商会の事務所に、わざわざクーデリアを訪ねていったのだ。
「まぁ、蒔苗先生! こちらから伺うつもりでしたのに」
驚きと喜びをあらわにする少女に、爺はにこにことした。
「何、お前さんの仕事場も見ておきたくてな」
と云う顔は、可愛い孫を見つめる祖父のそれだ。
クーデリアは、鉄華団本体が火星に戻ってからも、しばらくアーブラウに留まっていたから、その間に親交を深めたのだろう。かつてのミレニアム島でのやりとりを憶えている身としては、驚くところだが、隣りに控えるフミタンも、いつもの冷静な顔を崩してはいなかった。
「ほうほう、なかなか良い雰囲気じゃの。お前さんの人徳だろうな」
ククビータ・ウーグの供した茶を受け取りながら、目を細める。その様は、好々爺としか見えないのだが。
「……今回の火星訪問を最後に、政界を引退されるおつもりだと伺いました。――本当に?」
ククビータが出ていくと、クーデリアは早速そう切り出した。
爺が頷く。
「まぁ、そうじゃの。……それで、お前さんに後事を託そうと思うてな」
「そんな……まだまだ教え導いて戴かなくてはなりませんのに!」
「いやいや、お前さんは、もう立派にひとりで立っておるではないか。――託したいと云うのは、実はヒューマンデブリの件じゃよ」
爺の言葉に、クーデリアははっと目を見開いた。
「知ってのことと思うが、この鉄華団が、今回の道中に、またヒューマンデブリを解放しての」
「存じております、“夜明けの地平線団”のヒューマンデブリを解放したと」
クーデリアの紫水晶の瞳が、ちらりとこちらを見る。
「そうじゃ。そもそもは、そのひとりが、鉄華団に解放してもらうと云って、“夜明けの地平線団”を脱走したのがはじまりだと聞いたが」
例のジャンニと、その相棒的な存在だったと云う、水無月・オリエの話だ。
水無月・オリエがそれを云い出したが、途中で斃れ、逃げ延びたジャンニが、その遺志を継ぐかたちで、鉄華団とともにヒューマンデブリを解放した――今や、圏外圏では物語になろうかと云う勢いだと、ダンテが苦笑していた。
まぁ、三年前のドルト・コロニー〜エドモントン行の顛末も、“革命の乙女”とそれを守る少年たち、と云うシチュエーションが受けて、ドラマや映画になったりした――話が作りやすい題材と云うのはあるものだ。大河ドラマなら、戦国や幕末、偶に鎌倉時代や室町時代、朝ドラなら基本は現代、稀に昭和初期や明治と、時代設定が決まっているように。
「ともかく、今や鉄華団は、ヒューマンデブリの解放者と目されておる。そして、その鉄華団と親しいお前さんもな」
爺は云った。
「儂も、当初はヒューマンデブリのことなど些事じゃと思ったが――なかなかどうして、そうではないのだと、かれらと近しくなって実感したわ」
爺の云う“ヒューマンデブリ”とは、多分チャドやアストンのことなのだろう。
鉄華団の、特に元からいる元ヒューマンデブリたちは、割合恵まれているのだと思う。原作の三日月もそうだが、ヒューマンデブリや宇宙ネズミには、文盲のものも少なくない――鉄華団になってから、簡単な文の読み書きくらいは、皆できるように教育した――し、劣悪な雇用環境にいるうちに、本人が崩れていってしまう、と云う話もよく耳にした。
だが、鉄華団も、そもそもは他のヒューマンデブリたちと違いはなかったのだし、ジャンニたち“夜明けの地平線団”の元メンバーにしても、話は同じだろう。
そして、四大経済圏の一であるアーブラウの代表が、圏外圏のものも、ヒューマンデブリも同じ人間であると認識したことは、とても大きな意味がある。
原作でそうだったように、蒔苗の爺は、地球と圏外圏との不平等や、ヒューマンデブリの存在の撲滅を、クーデリアに託そうと云うのだろうか?
が、
「儂はもう引退する。が、圏外圏のこと、そしてヒューマンデブリに関することを、お前さんと、それからそちらのオルガ・イツカに頼みたい」
爺の言葉は、予想の斜め上を行った。
「はぁあぁぁ!?」
思わず叫ぶ。
いや、だってそう云うのは違うだろう。こっちはただの警備会社の社長であって、とりあえず自分たちの生きる糧を得るのでいっぱいいっぱいだ。ブルワーズや“夜明けの地平線団”のヒューマンデブリを解放したのだって、なりゆきと云うか、行きがかりの駄賃と云う奴であって、別にそのために企業活動をしていると云うわけでもない。
それは、調停力があるとは自負しているが、それと、クーデリアと一緒に圏外圏の未来がどうの、ヒューマンデブリの解放がどうのと云うのとは、まったく話が違うことだと思うのだ。
「爺さん、勘違いするなよ。俺は、別に圏外圏の未来やらヒューマンデブリの現状やらを、自分の手で変えようなんて思ってねぇんだせ」
欠片も関心がないとは云わないが、人間には分と云うものがある。基本的に武力組織の統率に特化している自覚はあるが、それこそ、それがギャラルホルンでもない限り、自分の思うままに世界を動かせるなどと思えるはずもない。
それを、クーデリアと一緒にどうにかしろなどと――蒔苗の爺がトチ狂ったとしか思われなかった。
「お嬢さんにはやれるだろうが、俺には無理だ。旗頭になるにゃ、いろいろ特別な“オプション”が必要なんだぜ。だが、俺には何にもねぇ」
火星代表首相の娘だとか、セブンスターズの子どもだとか。あるいは、いっそ元ヒューマンデブリだとか。
自分たちと同じような立場の人間には、ひとはそうそう支えてやろうとは思わないものだ。飛び抜けて優れた出自か、あるいは甚だしく劣悪な環境から這い上がったか。いずれにせよ、極端な出自が人間を惹きつける。だからこそ、元のアレでは、二世三世議員なんてものが山といたのだし、逆に元不良から更生した人間や、あるいは重度の障害を持った成功者が持て囃されたのだ。
それに較べると、“オルガ・イツカ”にはそこまでの極端さはない。
確かにスラムの出身だろうが、早々にCGSに入っているし、実は良家の子息が困窮して、みたいな逆転劇があるわけでもない。
第一、ビジュアルがもうアレだ。スーツを着たらヤクザって、そんな人間がどうすると。
あぁ、いや、クーデリアの隣りに立てば、対比で少女を引き立てる役には立つか。まぁ、それくらいしかない。
「馬鹿を云っておるのは、お前さんの方じゃ。ヒューマンデブリの解放者である鉄華団の社長が、クーデリアと一緒にやらんでどうする」
白い眉の下から、鋭いまなざしがじろりと一瞥してくる。
「お前さんとこの元ヒューマンデブリたちの姿を見れば、世間の意識も変わってくる。まずは一般のものたちの“ヒューマンデブリは無気力で向上心もない”などと云う偏見を変えなくてはならんじゃろう。――そのために、鉄華団は、非常に有効なモデルとなる」
「それはわかる。わかるが、それと俺が表に出ることに、何の関係があるんだよ」
端的に云えば、ヤクザじみたビジュアルでクーデリアの横に立てば、いらぬ面倒が降りかかってくる、そのことが厭なのだ。どうにも若造には見られないから、並べば、こちらがクーデリアを操っている、みたいな見方をする人間はたくさん出てくるだろう。
例のアリウム・ギョウジャン――“夜明けの地平線団”が消滅したので、いろいろとおとなしくなった――みたいに、クーデリアを使って何かを企んでいる、などと云われるのは、本当に御免だ。お世辞にも善人面とは云えないから、そりゃもういろいろと云われるだろうことは、想像に難くなかったのだ。
「本当の意味で、“ヒューマンデブリの解放者”となれと云うのだ、オルガ・イツカ」
爺は云った。真剣な声だった。
「自分にできるとわかっていることから、逃げようとするな。お前さんは、お前さんとクーデリアは、圏外圏の未来を変える。それができるのだと云うことをな。――これは、儂からの遺言だと思うて聞いてくれ」
「遺言だなんて、そんな……蒔苗先生!」
クーデリアは叫ぶが、爺が本気で云っているのだと云うことはわかった。
この二人は、多分この後、二度と会うことはない。火星と地球の距離は、それほどに大きい。
そもそも、原作でもここから五年以内に蒔苗は死ぬのだ。これが最後なのだと、そう云うのも無理からぬことだった。
「……わかった」
遂に、そう頷く。
「あんたの云うとおり、お嬢さんとともに、ヒューマンデブリ廃止に向けて動くことにするさ。――俺は、警備屋でしかないから、政治向きのことは、お嬢さんがやってくれるんだろう?」
ひとりの政治家として――B&A商会の共同経営者などではなしに。
まなざしを巡らせると、クーデリアはわずかに逡巡し――やがて、意を決し多様に、こくりとひとつ頷いた。
「クーデリア・藍那・バーンスタイン、僭越ながら、務めさせて戴きます」
「それでこそじゃ」
蒔苗の爺は、にこにこと笑った。
「アーブラウは、アレジに舵取りを任せたのでな。後は、お前さんが火星のあれこれを引き受けてくれるかにかかっておったのだ。儂も、これで肩の荷が下りたわ」
「……引退なさると云って、どうなさるおつもりです?」
クーデリアの問いに、爺は軽く手を振った。
「儂はもう老いぼれじゃ、隠居して、悠々自適に暮らすとするわい」
「そんなことを……助言は、戴けるのですか?」
「裏から手を回してやったりすることはできんが、助言のひとつふたつなら、いつでもしてやろう」
「ありがとうございます」
クーデリアはほっとしたように頭を下げたが、それに頷く爺からは、ふっと活力のようなものが失われたように見えた。
本当に、この火星訪問は、クーデリアに後事を託すためのものだったのかも知れない。そう思うほどに、蒔苗は枯れきった老人になったようだった。
多分、ここから先は、立木が枯れていくように、ゆっくりと死へ近づいてゆくのだろう――それも、そう遠くない未来に。
その後は、他愛のない話を暫くして、蒔苗はクリュセを後にした。
蒔苗が火星を去ったのは、それから半月ほど後のこと。元地球支部の鉄華団員たちと、ユージン、“三日月”に送られての帰路だった。
それから三年の後、クーデリアは、蒔苗の訃報を耳にすることになる。