【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】   作:くずみ@ぼっち字書き。

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【成り代わり】鉄血のナントカ 2【異世界転生?】

 

 

 

 一軍のMWは、随分数を減らしていた。

 まぁそうだろう、ギャラルホルンのMW部隊相手に、備えもなく、また逃げる途中に後方から襲いかかられたでは、抗う術もほとんどなかったはずだ。こちらがバルバトスで早々と決着をつけなければ、犠牲はさらに増えていただろう。

 だが、それはあくまでも参番組側からの云い分であって、一軍の人間がそう思わないことは、容易に想像できた。実際、今回の戦いでの犠牲者は、参番組よりも圧倒的に一軍に多い。

 案の定、

「――てめぇら……」

 戻ってきた一軍隊長のハエダ・グンネルは、腸が煮えくり返った顔をしている。

 ――これは、くるな。

 暴力が。

 と思ったが、この場所には、今は参番組の方が多い。この場で隊長である“オルガ・イツカ”に暴力を振るえば参番組の反乱に繋がると、ハエダにもわかったのだろう。何しろ今や、一軍よりも参番組の方が数が多いのだ。

「――ここじゃ何だ、来い」

 と顎をしゃくられた。

「――はい」

 頷くと、他にユージン、ビスケット、シノ、そして“三日月”が足を踏み出した。皆、強いまなざしをこちらに向けている。

 思わず、微苦笑がこぼれた。

 ――盾にでもなってくれるつもりか。

 気持ちは嬉しいが、ここは自分ひとりを標的にさせなくてはなるまい。

 年少組と、昭弘たちヒューマンデブリ組に後を任せ、屋内に入る。

 いつもの一軍控え室に入り、壁際に並ぶ。代表して、自分だけは一歩前へ。

「てめぇら……よくもやってくれたな」

 途端に、ハエダが軋るような声で云った。

「……一軍の皆さんが陽動して下さったお蔭で、損傷も最小限で済み……」

 この科白が相手を激昂させるのはわかっていたが、他に何を云うというのか。

「ふざけんな!」

 いきなり、拳がきた。

 左頬も痛いが、転んだ挙句に引っかけた“ヒゲ”――阿頼耶識の端子が痛む。こんな痛みだとは思わなかった。

「てめぇら、俺たちを囮に使いやがっただろう! ……何だ、その目は! ユージン、シノ、ビスケット、三日月! てめぇらも前に出ろ!」

 反抗的な目つきでもしたのだろう、ハエダの腰巾着、ササイ・ヤンカスが怒鳴り散らす。

 ――おいおい、それじゃ意味ねぇだろ。

 何のために、こちらが一歩前に立っていたと思っているのだ。

 衝撃に竦む身体を宥めすかし、よろよろと立ち上がる。

「……待って下さいよ――俺だけで、いいでしょう……?」

 見せしめにするのならば。

 正直、もっと平気だと思っていた。平手で張り倒されたことならば、元の人生でもあったし、精神的な暴力ならば、継続的に受けたこともあった――ごく幼いころのことだったが。親のない子どもであった時期もあったから、もう少し強いのだと思っていた。

 だが、それはすべて錯覚だったのか――痛みに竦んだ身体は、細かく震えて力が入らない。

 それでも、ここは立たなくてはならなかった。ユージンやビスケットたちが心配なのではない、この後、鉄華団を作るために。

 ハエダは、醜い笑みを貼りつけた。

「望みどおりにしてやるよ! オラッ!」

 鳩尾に蹴りが入る。胃が、痙攣するかと思った。

 こらえ切れずに倒れこんだところを、二人がかりで蹴りつけられた。胸ぐらを掴まれ、上体が持ち上がったところで、拳がくる。

 生理的な涙でぼやける視界に、歯を食いしばるユージンたちの姿が映った。

 ――まだだ、まだだぜ。

 今、爆発しては駄目だ。怒りは、力だ。凝縮して、ぶつけどころを間違えなければ、きっと――

「……チッ、しぶとい奴だぜ」

 ササイが吐き捨てるように云って、暴力が止んだのは、それからややあってのことだった。

「無駄な労力使っちまった――行くぞ、ササイ」

 先に殴り疲れたのか、ハエダは既に身を翻している。

 ササイはまだ殴り足りなかったのかも知れないが、ハエダに云われて不承不承に踵を返した。直前で、唾を吐き捨てていくことも忘れずに。

「“オルガ”」

 “三日月”が助け起こしてくる。

 それに、小さく笑いを返した。

「……こんな不様を晒したくはなかったんだけどな」

「何云ってるの」

 その手は、背丈の割には大きく、力強かった。

「本当は厭だったんだ、ボスがこんな目にあうの」

 それくらいなら、こっちがなぐられた方がよっぽどよかったのに、と囁いてくる。

「必要だったんだよ」

 参番組が一軍に叛旗を翻し、“鉄華団”になるために。

「わかってる。わかってるけど――ねぇ、アイツら殺させてよ」

 大きな青い目が、こちらを見据えてくる。真剣なまなざし。

「ハエダとササイ、アイツらは“俺”が殺る。いいだろ、ボス」

「……“オルガ”だろ」

 云いながら、ユージンたちを見ると、皆悔しそうに唇を噛みしめていた。握りしめた拳が震えている。

 ――そうだ、その怒りだ。

 それが、参番組を“鉄華団”にするのだ。

 まだ震える足を叱咤して、ゆっくりと立ち上がる。

 痛い、だが、必要な痛みだったとわかっている。

 フランス革命の立役者のひとり、ロベスピエールは、“すべての身体的苦痛から尻込みするような臆病者である一方、「意志の怪物」であった”と、ものの本にあった。

 自分のなるべきもそれだ。痛みを超克する、意志の怪物。

 “三日月・オーガス”を怪物と呼ぶ二次創作をよく見るが、それならば“オルガ・イツカ”も怪物でなくては――すべてに鉄華団を優先させる、“意志の怪物”。

 そうあってはじめて、鉄華団は、あの悲惨な未来を回避できるようになるのだろうから。

 ――さぁ、手札は揃った。

 これでやっと、参番組はCGSを乗っ取り、“鉄華団”になることができる。

 幸いと云うかやはりと云うか、マルバ・アーケイは一軍を見捨てて逃げ出したようだ。社長もいないCGSに、未来などない。このままではジリ貧だ。

「……話がある」

 ユージンたちを見据えて、そう云うと、頷きが返った。

「奇遇だな、俺もだ」

 シノやビスケットも、こちらを見つめて頷いている。

「――向こうで話そうぜ。お前らが俺と同じ気持ちなら、その後で年少組や昭弘たちにも話そう」

「ああ、多分そうなるだろうぜ」

「とりあえずは飯、だな」

 と云うと、今気づいたと云うように、ビスケットが腹に手を当てた。

「そう云えば、夢中で忘れてたけど、お腹減ったなぁ」

 途端に、その腹がきゅうと鳴った。

「あ」

「お」

「……えへへ」

「聞こえたぞ、ビスケット」

「仕方ないだろ、考えてみたら、朝食もまだなんだもの」

「あー、まぁな」

「……俺も、腹減ったかも」

 “三日月”が云う声に、先刻までの緊迫感はなかった。

「じゃあ、行くか」

 そう促して、歩き出す。不穏な空気を、その場に置き去りにして。

 

 

 

 再びその面子が集まったのは、明け方までの戦闘の後始末をして、捕虜に食事をさせてからだった。正午を越えて、夕刻に近い時分である。

 捕虜は、あの大仰な制服を剥ぎ取ったので、半裸で縛られ、倉庫の片隅に転がされている状況だ。一軍も使うところなので、そうそう長く置いておくわけにもいかない。

 そのあたりも含めて、迅速にやる必要があった。

「――まぁ、一服盛るしかねぇだろうな」

 CGSの乗っ取りは、すぐに決定された。あとは、やり方だ。

「全部殺っちまえばいいんじゃねぇの」

 シノは云うが、それはそれで、後に禍根を残すことになるだろう。

「いや、それは拙い」

「……どっちでもいいけど、ハエダとササイは“俺”に殺らせてよ」

 “三日月”が云う。

「あぁ、それは任せた」

「“オルガ”を殴ったんだ、万死に値するよ」

「……三日月、お前、むっずかしい言葉つかいやがんなぁ」

「どっちにしても、あの拙い指揮の責任はとってもらわねぇとな。あいつらで落とし前つけたら、他は放免してやるさ」

「はぁぁ!?」

 ユージンが叫んだ。

「放免って――まさか、そのまま抱えるつもりかよ!?」

「それを望む奴はな」

 まぁ、“宇宙ネズミ”などと蔑んできた連中に使われようなんて、そんなもの好きはそうそういるまいが。

「一軍の連中に出す食事は、ビスケット、お前が持ってってくれ。お前が一番警戒されにくい」

「わかった」

「それから、年少組には関わらせたくねぇ、どうしたって綺麗ごとじゃ済まねぇからな。――実際にやるのは、俺とミカ、シノとユージン、こんくらいでいいだろ」

「ぼ、僕は……」

 配膳係を振られたビスケットが、それだけかと云うように目を見開く。

「お前にゃ、騒ぎになった時の、年少組の取りまとめを頼む。パニックになられても困るが、もっと困るのは、先走って、辞めようって一軍の奴らに襲いかかられることだ。人死は最小限で済ませたいからな」

「ちょ、ちょっと待てよ! ハエダとササイを三日月に殺らせるっていったな? じゃあ、俺とシノはどうすんだよ!」

 ユージンが噛みついてくる。

「そんなの、脅しに決まってんだろ。ミカじゃ、殺気はともかく、あいつらに威圧は難しい」

「お飾りか!」

「やる時ゃやってもらうさ。――何かあるか」

 問いかけに、かれらは首を横に振った。

「よし、じゃあやるぞ。皆、頼んだ」

 あまりここでたまっているのは良くない。見咎められて、何やら企んでいると警戒されては困る。

 それぞれの持ち場に戻る途中、くいとジャケットの裾を引かれた。“三日月”だった。

「何だ」

「殴られたとこ、ちゃんと手当てした?」

「あー……」

 そう云えば、切れたところを消毒したくらいで、腹のあたりは放置していた。

「ちゃんと手当てしないと、後で三倍辛いよ」

 真面目な顔で云う。

 それで思い出す、相方はかつて格闘技をやっていたのだった。フルコンタクトの種目だったようで、包帯だらけで現れたことも度々あった。であるからには、これは実体験からの忠告だろう。

「わかった。湿布でも貼っとくさ」

「そうして」

 そう云うと、すたすたと先に立って行ってしまう。

「おい“ミカ”!」

「何」

「お前、どうなんだ、その――阿頼耶識は」

 元の話では、そもそも大リスを斃した後に、フィードバックの影響か何かで、“三日月”は意識を失ったはずだ。

 グレイズを一撃で停止させ、その後すぐに大リスの生死を確認していたくらいだから、使いこなしてはいるようだが――最終的にどれくらい身体機能に影響が出そうなのか、今の具合だけでも聞いておきたかった。

「あー……うん、まぁ、何とか?」

「何で疑問形なんだよ。あと、全然わかんねぇ、説明しろ」

「だから、阿頼耶識って、こう、“こう動け”って強制してくる感じなんだよね。だから、阿頼耶識持ちだと、新兵でもそこそこ動けるんだと思うんだけど――正直やりづらいから、逆にシステムにこっちのやり方押しつけた」

「何だそりゃ」

「だから、システムに保存されてる動きのパターンを、こっちので上書きしたんだ。それでフィードバックさせると、負担も少くて楽」

「なるほど」

「何か、システムのパターンとこっちのやり方の差が大きいと、ダメージが酷いっぼいんだよね。でも、これならそこまで負担はかからない。“三日月”みたいにはならないよ、ボス」

 はっと胸を突かれた。

 バルバトスに乗せる時、大丈夫だとは信じていても、一抹の不安は拭い去れなかったから。

「俺は大丈夫。だから、ボスも“オルガ”と同じにはならないでね」

「――ばぁか、俺を誰だと思ってんだ」

 この、無駄に持って生まれた政治力は、多分このためにあったのだ。“オルガ・イツカ”と“三日月・オーガス”の、鉄華団の先行きを、明るいものにするために。

 そのためには、

「――まずは今夜の作戦からだ。頼んだぜ、“ミカ”」

「うん」

 元の二人のように、腕を打ち合わせ。

 そうしてその後は、何もなかったような顔で、先を歩く三人の背を追いかけた。

 

 

 

 “叛乱”は、あっと云う間に終了した。

 元の“オルガ”の科白と振るまいはあまりにもチンピラヤクザだったので、まぁ少々ガラが悪い程度に落ちつけたが、他は概ねあのとおりに進んだ。“三日月”はハエダとササイの二人を、どちらも一発で血の海に沈めた。見事なヘッドショット、曰く“コイツらに使う弾がもったいない”だそうだ。

 ざっと――主に一軍の部屋の――後始末をして、短い時間でも眠ろうと、ハンモックに横になる。

 寝苦しさを感じ、ふと目を開けると、“三日月”がそこにいた。

「どうした」

 小声で問う。

「ボス、うなされてたよ」

「そうか?」

「うん。殴られるのって、ボスには辛すぎる――やっぱりアイツら、もっと傷めつけてやればよかった」

「馬鹿、あれで充分だ」

 そう云ってやるが、“三日月”は首を振った。

「全然足りない。ユージンやビスケットだって、きっとそう思ってた」

「……でも、終わったことだ」

 それに、皆がそう思ってくれたからこそ、あの“叛乱”は成功したのだ。

 暗い色の髪をかき回す。

「明日も早いだろ。もう寝ろ」

「……ここで寝ていい?」

 と云いながら、ハンモックの上に身体を載せてくる。

「え」

 “三日月”の身体は小さいが、筋肉量は結構あるはずだし、こちらはそもそもガタイがでかい。頼りないハンモックが落ちないかと心配になったが、それは杞憂だったようだ。“三日月”は、こちらの腹の近くに丸くなった。

「……仕方ねぇなぁ」

 云いながら目を閉じて。

 次に気がつくと朝だった。

 それからは、様々なことが、ばたばたと進んだ。

 とりあえず、会計担当のデクスター・キュラスターを慰留して、退職希望者には退職金――些少だが――を渡し、その上でCGSの財産を確認する。

「……やっぱりかぁ」

 まぁ、どこからともなく金が湧いてくるとか、そんな都合の良い話があるはずもない。

 案の定、鉄華団の財政は火の車だった。

 今のラインでいけば、グレイズ三機を入手することはできるかも知れないが、二機をまとめて“グレイズ改”にするつもりはないので、余ったパーツを売却することもできないだろう。ギャラルホルンのMWを回収して、余りパーツを売却するとしても、さしたる額には達するまい。

 クーデリアが、このまま地球への護衛として、鉄華団を継続雇用してくれたとしても、これが黒字に変わるには時間がかかるだろう。

 さてどうしたものかと頭を抱えたところで、タカキが事務所に飛びこんできた。

「オルガさん、ギャラルホルンのMSが!」

 ――来たか。

「昨日のグレイズか。何機だ?」

「一機です! 一機で、何か赤い布を持ってます!」

「決闘でやりてぇってことだな」

 元の話のとおりに。

 と云うことは、そのグレイズは、やはりクランク・ゼントの乗機だろう。

「わかった。俺が行く」

「オルガ、まさか君がやり合うつもりかい?」

 ビスケットの驚愕の叫びに、微苦笑で返す。

「それこそまさかだ。まぁ、俺に考えがある」

 そうして、タカキの後をついて表に出ると、向こうの丘陵の上に、赤い布を肩にかけたグレイズが佇んでいた。

「何の用だ!」

 通信を入れて問いかけると、低い声がそれに答えた。

〈私は、ギャラルホルン実戦部隊所属、クランク・ゼント。そちらの代表との、一対一の勝負を申しこむ!〉

 ――うーん、予想どおり。

 だがまぁ、ここでうっかり受けて立つと、この後の進行に支障が出る。

 ので、とりあえず要求を口にする。

「一対一の勝負、ってことは決闘だろ。決闘には、立会人が必要なんじゃねぇのか? 第三者は無理だとしても、あんたが一人きりじゃ、恰好がつかねぇ。誰か一人、あんたの方からも人を出してくれ。そうだな――昨日、あんたと一緒にMSできた奴はどうだ?」

〈立会人だと?〉

 クランクは、訝しげに云った。

〈そんなものを用意して、どうすると云うのだ〉

「後から、卑怯な真似をしたとか疑われたくねぇんだよ」

 特に、あの思いこみの激しいアイン・ダルトンに。

「あんたの方からも立会人を出してくれれば、公明正大に決闘ができるだろ。それで、恨みっこなしってことでどうだ」

〈……本気か〉

「決闘ってのは、対等にやんなきゃだろ。わかったら、とっとと立会人を連れてきてくれよ」

 こっちだって暇じゃない、と云ってやれば、相手はぐっと黙りこんだ。

 やがて、

〈……わかった。立会人を連れて戻ってくる〉

「待ってるぜ」

 そうして、グレイズはこの場を離脱していった。

「馬鹿かよてめぇは!」

 ユージンが、襟首を掴み上げてくる。

「もう一機グレイズを呼びこむような真似しやがって! どーすんだよ、戦闘になったりしたら!」

「こっちには、昨日分捕ったグレイズがあるだろ」

 にやつきながら、そう返す。

「あれに昭弘を乗せてやりゃいい。こっちにはバルバトスもある、数だけなら二対二だ。それにMWも加えりゃ、こっちの方が多いくらいだろ。何が不安なんだよ」

「ギャラルホルンを、完全に敵に回すつもりかって云ってんだよ!」

「いや、それはない」

 多分な、と口の奥でつけ加える。

「ギャラルホルンの火星支部には、今、監査が入ってる。今の支部長は、じきに馘だ。そのゴタゴタに乗じれば、今回のことはやり過ごせるさ」

 ――そんで、早いとこマクギリスに繋ぎをつけてぇなぁ。

 とは思うが、まずは段階を経なくては。

 と、ユージンが薄気味悪そうな顔になった。

「おっまえ……何でそんなのわかんだよ。あの捕虜が吐いたのか?」

「いいや」

 にやりと笑う。

「知ってるんだよ。そんだけだ。――とは云え、依頼人がヤバいってのは変わらねぇ、後は、どことどう繋ぎをつけるかだな」

「てめぇはまた勝手に……」

「それを、お前がフォローしてくれるんだろ、ユージン?」

「くっそ、質の悪ぃ野郎だよ、てめぇはよ!」

「はははッ!」

 そう云いながら、結局は力を貸してくれる、いい男なのだ、ユージンは。

「――んで? 決闘ってこたぁ、こっちからも一人出すってことだろ。誰にすんだ、って、訊くまでもねぇか」

「あぁ、ミカを出す」

 最初の大リスで巧くやれたのだ、きっとクランクやアイン相手でも、巧く振るまってくれるに違いない。

「あぁ、そうだ」

 思い出したように、口にする。

「もう、マルバもいねぇ、一軍もねぇ。CGSなんてダサい名前、捨てちまおうぜ。これから俺たちは、鉄華団だ」

「はぁ!? 何勝手に決めてんだよ!」

 案の定、ユージンは噛みついてきた。

「あー、お前は、ハイパー何たらとか、エクスタシー何たらとか、ジャスティス何たらとかにしてぇかも知れねぇが、もう決めた。鉄華団、決して散らない鉄の華、だ」

 “オルガ・イツカ”のつけた名前。

 だが、鉄の華は散らなくとも、錆びて朽ちることはある。

 それでも、その鉄を刃にすれば、花弁で敵を斬り裂くこともできるだろう。朽ちて落ちる、その時までは。

「どうだ、タカキ」

 傍らの少年に問いかければ、タカキは少し考えて、やがてゆっくりと頷いた。

「いい、ですね。決して散らない鉄の華――俺は、好きです」

「ほらな、ユージン!」

 勝ち誇って云うと、ユージンは近くのMWを拳で殴りつけた。

「くっそー、納得いかねぇ!」

「ネーミングってのは、変にこねくり回すより、シンプルなヤツの方が印象に残るんだぜ」

 “オルガ・イツカ”の望んだとおり、この名をいつか、火星に、否、地球にまで鳴り響かせるために。

 クランク・ゼントとの“決闘”は、その第一歩となるのだ。

 クランク・ゼントが、もう一機のグレイズを伴って戻ってきたのは、かなり陽が傾いた頃だった。

〈立会人を用意した! そちらの代表は!〉

 赤い布を引っかけたままのグレイズから、そんな声がくる。

「ミカ、行け」

「はいよ」

 薄気味悪そうなユージンをちらりと見て、“三日月”はバルバトスに乗りこみに行く。

 それを確認しながら、インカムに返す。

「了解した! 一応、立会人の名前を聞いておこうか!」

 訝しげな沈黙の後、クランクは答えてきた。

〈アイン、アイン・ダルトン、私の部下だ!〉

「……上々だ」

 恐らく、クランクは独断で決闘を挑みにきたのだろう。だから、どうやら静止衛星軌道上にあるらしきギャラルホルン火星支部まで帰るのではなく――もし帰っていたら、今日の内には戻ってこれなかったはずだ――、降下している部隊の中から、自分に忠実な人間を連れてきたのだ。

「さて、それじゃあ条件を決めようぜ。あんたが勝った場合は、捕虜を解放して、クーデリア・藍那・バーンスタインの身柄も引き渡そう。その代わり、こっちが勝ったら、捕虜は解放してやるが、クーデリアは渡さねぇ。でもって、あんたらが代わりに捕虜になるんだ」

「はぁぁッ!?」

 ユージンが頓狂な声を上げた。

 そして、クランクからも訝しげな声が。

〈……われわれを捕虜にして、何のメリットがある〉

「この先であるんだよ」

 今の火星支部長、コーラル・コンラッドを失脚させるため――そうして、マクギリス・ファリドと繋ぎをつけるために。

〈貴様らが勝てると思っているのか!〉

 アインらしき声が叫ぶ。

 が、

「大リスは一撃で沈んだぜ?」

 ビーム兵器やバズーカなどが効かなくとも、そのものに衝撃を与えて、機能を停止させることはできる。あるいは“三日月”がやったように、パイロットの方に衝撃を与えることも。

 アインが沈黙する、それに代わって、クランクが応えた。

〈それで良い。それで、そちらの代表は〉

「今出す。――ミカァ!」

〈はいよ〉

 その声とともに、格納庫からバルバトスが姿を現した。

 何度見ても細い腰回りだ。ガリガリに痩せた男が、重いメイスを担いでいるように見える。もちろん、三百年以上持ちこたえてきた、歴戦の兵だと云うことはわかっている、が、宇宙世紀やその後の羽つきガンダムに較べれば、頼りなく思えるほどフレームが剥き出しだった。

「いけるな?」

〈やれって云われたらやるよ〉

「よし。じゃあいけ。くれぐれも殺すなよ」

〈……頑張る〉

「やれって云ってんだろ!」

 聞いていたビスケットが吹き出した。

「すっかり決り文句になってるね、それ」

「あいつは、渋ってみせないと損するとでも思ってやがんだ」

「でも、結局はちゃんとやるじゃないか」

「そうでなきゃ困る」

 鉄華団の運命を変えるためには、確実に“三日月・オーガス”の戦績を越えていかなくてはならないのだ。自分が“オルガ・イツカ”の戦略の才を持たないのは残念だが、人と人との間のあれやこれやをどうにかする自信はある。まぁ、マクギリス・ファリドとガエリオ・ボードウィン、それにカルタ・イシューの間を取り持つのは、中々荷が重そうだったのだが

――それでもあのタイミングで、マクギリスが二人を裏切る流れを回避することは、できなくないのではないかと思う。

 が、まぁ、それもこれもクランク・ゼントとアイン・ダルトンをこちらに強引に組みこんでからの話だ。

 コーラル・コンラッドの汚職の事実をマクギリスたちが掴むためには、この二人の証言は重要な足がかりになるだろう。

 敵の敵は味方ではなくとも、完全に敵対するのでなければ、使いようはあるのだ。

「何考えてるの、オルガ」

 ビスケットが云った。

「ん〜、この勝負の後のことだよ」

 確か、この決闘の後、クーデリアは地球行きの継続を求め、スポンサーであるノブリス・ゴルドンにかけ合って、資金を引き出したはずだ。

 ノブリスは、元々クーデリアを戦争のきっかけにしようと云う肚しかなく――その本業は、武器商人と云うことらしい――、ほど良いところでクーデリアを暗殺し、それを契機に火星と地球の間に戦争を引き起こす目論見を持っていたはずだ。

 確かにクーデリアは“革命の乙女”などと呼ばれているが、本当に戦争の契機にするつもりなら、もっと大きな存在に育て上げてからでないと、簡単に鎮圧される抗議行動程度の反応しか引き出せないのではないか。

 ――おっと、いけねぇ。

 ノブリス側でものごとを考えてどうするのだ。ノブリスの思惑を外してやって、こちらに都合の良いシナリオを思い描かなくてはならないのに。

 クーデリアを、正真正銘の“革命の乙女”に仕立て上げ、ゆくゆくは初代火星連合議長の座に押し上げなくてはならぬ――マクギリスとて、クーデリアを殺すよりも、生かして使う途を考えていたはずだから、話の持って行きようによっては、すぐに手を組むことができるかも知れない。

 ――まぁ、マッキーに、こちらが有能だと見せつける必要があるんだがなぁ。

 マクギリスは、宇宙ネズミだヒューマンデブリだと云う偏見はあまりなさそうだが、無能なものは人間とは思わないと云うところがありそうな気がする。

 正直、無能ではないとは思うが、有能だと証明するのは難しそうだと思う――そもそもマクギリスの好きそうな“有能さ”が、石動・カミーチェのようなタイプだとしたら、こちらは完全に規格外だ。クランク・ゼントやアイン・ダルトンにしても、生真面目なのは美徳には違いないが、マクギリスの求めるタイプではないだろう。こう云うタイプを好むのは、どちらかと云わなくても、ガエリオ・ボードウィンの方だ。

 そのクランク・ゼントは、布をアイン機に渡し、こちらへと進み出た。

〈ギャラルホルン実動部隊所属、クランク・ゼント!〉

 そして、ガンダムバルバトスも。

〈あー……鉄華団遊撃隊長、三日月・オーガス〉

 名乗りが“元”と違う、が、クランクは気にしないようだった。

〈いざ、参る!〉

 長剣――多分打撃剣――を構え、そう叫ぶ。

 次の瞬間、

〈――行くよ〉

 その言葉とともに、バルバトスが動いた。

 激しい打撃音。

 そして、勝負はその一音で定まっていた。

〈クランク二尉!!〉

 アイン機が、赤い布を投げ捨て、停止したグレイズに近づく。

〈心配しなくても、殺してないよ〉

 今度はちゃんと、コツがわかったから、と“三日月”が云うが、もちろんアインは聞く耳持たなかった。

〈貴様、よくもクランク二尉を……!〉

 こんなので、軍人として、と云うか士官として大丈夫なのか。もう少し冷静に、ここでやり合ったらどうなるかの判断をするべきじゃないのか。

 とは思ったが、考えてみれば、こう云う盲目的な上官への忠誠心もまた、軍人には喜ばれるものだったかと思う。

 ――こう云う忠誠心は、兵卒のモンじゃねぇのかよ。

 自分の部下の士官クラスがこれ、と云うのだったら、正直頭痛しかしない気がするが。

〈“オルガ”ぁ、やっちゃっていい?〉

 いかにも面倒くさそうに、“三日月”が云う。

「あー……うん、まぁ、殺すなよ」

〈だいじょーぶ〉

 その応えが返るとともに、バルバトスはメイスを構えなおした。

〈覚悟ぉぉぉッ!!〉

 クランク機の取り落とした剣を拾い、アイン機が突っこむ。

 それを軽くいなし、

〈はい、おしまい〉

 メイス一振りで、決着はついた。

「とりあえず、パイロットは運び出せ。一応、怪我の様子は確認して、軽く拘束はしておけよ!」

 “死んでない”は無傷とイコールではない。特に“三日月”は、死んでなければ大丈夫くらいの感覚しか持たないから、怪我のチェックは欠かせないのだ。

 バルバトスから身を乗り出した“三日月”が、グレイズのコクピットを開けるのを見ていると、

「――終わったのですか」

 いつの間にか、クーデリア・藍那・バーンスタインがそば近くに立っていた。

「お嬢さん」

「あのグレイズのパイロットは?」

「生きてはいるようですよ」

 バルバトスの掌に乗った“三日月”が、大きく手を振ってくる。外傷は、皆無かわずかなのだろう。だが、強い衝撃を機体に与えられたのだ、むち打ちのようになっていないとは云えなかった。

「かれらを、どうするつもりなのです」

「ギャラルホルンを、完全に敵に回すつもりはないんで、まぁ、保険みたいなモンですよ」

 マクギリス・ファリドにしか効かない保険になるだろうが。

「ギャラルホルンに襲撃された段階で、CGSは終わったみたいなもんだ。挙句に社長も逃げ出して、仕事もこれからどうなるかわからねぇ。今後、ギャラルホルンの事情聴取みたいなもんがあった時に、少しでもこっちの有利になる証言をしてくれる奴が欲しかったんでね」

「証言……してくれると思われるのですか」

「してくれるさ」

 片目を閉じて、ニヤリと笑う。

「奴らは最初、名乗りもせず、こちらの罪状も読み上げずに攻撃してきた。まっとうな“任務”じゃないのは明白だ――ギャラルホルンってのは、体面を気にするからな。だから、今回の襲撃は、正規の仕事じゃない可能性が高い」

 まぁ、ギャラルホルン火星支部長コーラル・コンラッドが、ノブリス・ゴルドンから金と引き換えに請け負った仕事なわけだから、当然だが。

「ってこたぁ、向こうにも探られたら痛い腹があるってことだ。――だが、今のクランクっておっさんは、自分の所属をきちんと名乗った。ああ云う奴は、筋目を通しゃ、案外話ができるもんだ」

 そうあって欲しいと云う、半分以上は願望混じりの科白だった。

「そう、ですか……」

 クーデリアは俯いた。

「ところで、あんたはどうする」

「え?」

 紫水晶の瞳が上がる。

 それを上から見つめ下ろす。

「一部の暴走だろうが、あんたはギャラルホルンを敵に回した。俺たちがじゃねぇ、CGSは、そこまでアコギな商売をしてたわけじゃねぇからな」

 宇宙ネズミを盾にすることも、ヒューマンデブリを使い捨てることも、こう云う会社では多分よくあることだ。昔の奴隷制の時代と変わらない。そうでなくとも、世の中金のある人間が、貧乏人を支配するようにできている。CGSが特に酷いと云うわけではないだろう――軍隊に似た組織と云うものは、基本的に暴力をその装置に含んでいるものだから。

 それに、CGSの暴力装置は、その中のものに働くのであって、外部に対しては――依頼人の敵対者でない限り――ほとんど働かないものなのだ。

 だから、

「今回の襲撃は、ほぼ間違いなく、あんたを狙ったものだったってことだ。だから訊いてる、あんたは、これでも地球へ行くつもりなのか」

 クーデリアが、クリュセを含むこのあたり一帯の経済的独立について、宗主国とでも云うべきアーブラウの元代表、蒔苗東護ノ介と密かに通じていると云うのは、設定資料で読んだ。

 まだ、アーブラウ議会全体の了承は得られていない――その中には、イズナリオ・ファリドの息のかかった、アンリ・フリュウなどもいる――ようだが、もしも経済面での独立を勝ち取れれば、その波はいずれ他の経済圏にも及ぶことになるだろう。地球の植民地でしかなかった圏外圏が、地球と対等に渡り合う時がやってくるのだ。

 だが、地球は、長年圏外圏からの搾取で潤ってきた。その利権を手放したくない輩は多いだろうし、一般市民も、わけはわからずとも、自分たちが支配していた連中に独立されるのを厭がるものがほとんどだろう。自らは豊かではなくとも、自分より下にいるものがあると云う気分は、日々の耐え難い暮らしを多少慰撫してくれるところがあるのだ。

 クーデリアが地球に行くと云うのは、ある意味ノブリス・ゴルドンが望む以上の戦争を引き起こすことになるだろう。“革命の乙女”などと云う甘やかな名前を唾棄したくなるような、酷い戦いを目にすることになるかも知れない。

 それでもなお、地球へ行き、自らの主張を声高に唱えるのかと、そう問うたのだ。

「っ、私は……!」

 クーデリアは弾かれたように顔を上げ、次いで力をなくしたように俯いた。

「私が地球行きを望むことで、傷つき、苦しむ人や、生命を落とす人が出ることはよくわかりました……でも、私がもし、アーブラウとの間に、経済独立協定を結ぶことができれば、火星の貧困は緩和され、搾取される子どもの数も減るかも知れない」

 白く細い手が、強く握りしめられる。

「そうすれば、少年兵として戦わなくてはならないここにいるような子どもたちの数を、もっとずっと減らせるかも知れない――ですが、何もしなければ、現状が変わることはない」

 ――そう、そのとおり。

 昔のコンピュータ会社のCMではないが、“自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが、本当に世界を変えている”のだ。

 そして、この少女には、力は足りずとも、世界を変えようと云う意志がある――強い強い意志が。

「皆さんには、犠牲を強いることになるかも知れません。それでも、私は地球へ行きたい。行って、火星の、圏外圏の現状を変えたいのです」

 その双眸が、再び強い力を湛えて、こちらを見た。

「そうでなくちゃな」

 にやりとして云うと、クーデリアは少しその目を見開いて、やがてにこりと笑みを浮かべた。

「引き続き、地球行きの護衛をお願いできますか」

 肚は据わった、と云うことか。

 それに、大仰なくらいのポーズで頭を垂れる。

「ありがとうございます。俺たち鉄華団は、あなたを必ずや地球までお送り致します」

 そう云うと、少女は、多分こちらが“CGS”と名乗らなかったことに、小さく首を傾げた。

「てっかだん……鉄の火、ですか?」

「いいや、鉄の華だ。決して散らない鉄の華」

「そうですか……」

 クーデリアは少し考えて、いい名前ですねと微笑んだ。

 ――そうだろうとも。

 “オルガ・イツカ”のつけた名だ。

 正直、企業名としては少々どうかと思わなくもないが、しかし、少年ばかりで構成されていれば、逆にこう云う方がまとまり易い部分はあるだろう。“オルガ・イツカ”のように、鉄華団の少年たちを心から“家族”と呼んではやれないが故に、より一層。

 これからは、鉄華団とクーデリアが、自分の守るべきものになるのだ。

「――さぁて、それじゃあ、この先について、まずは相談といきましょうかね」

 そう云うと、頷くクーデリアを促して、事務所へと足を向けた。

 

 

 

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