【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】 作:くずみ@ぼっち字書き。
イサリビに帰艦する。
バルバトスのコックピットから出るや否や、
「三日月さん‼」
飛び付いてくる身体に押されて、無重力でキリモミ――反対側からも別の誰かに掴みかかられて団子になる。
あわわわ⁉
「う〜ッ、◇△○▲●⬛▷■⬜☆▷!!」
ごめんライド、涙声でなに言ってんだか分からないけど、声の感じから罵られてる?
「本物だ‼ 髪伸びてる‼」
うおぅ。トロア、くくった髪にぶら下がるの止めろイタタタ。
「今まで何やってたんだよ‼」
“狩り”だよエルガー。
「もっと早く帰ってきてよ‼」
うん、おれも帰りたかったよエンビ。
「――ッ‼」
泣かしてゴメンよヒルメ。
纏めてギューっと抱き込めば、胸の深いところがギュウギュウ痛んだ。
無事で良かったよライド――ガラン・モッサの戦斧の下のお前を見たとき、心臓が凍るかと思った。
トロア、エルガー、エンビ、ヒルメ。お前らまでこの戦場に出てたなんて。今更ながら、何かあったらってゾッとする。
生きてて良かった。大きな怪我もなくて良かった。
みんな、あったかい。
抱き込んだぬくもりに、火傷しそうだ、なんて思うのはオカシイかね。
胸の底が熱いんだよ。瞼も鼻の奥も喉も。
顔も体も全部。
涙は出ないけど、多分、おれ、泣いてるのかも知れない。
「……おかえりなさい、三日月さん」
しゃくり上げながらそう伝えてくるライドのおデコに、こちらも額をくっつけて。
「ただいま」
それから、我も吾もとおデコをくっつけてくるチビ共にも「ただいま」。
おれ、帰ってきたんだ。
ほんとに、帰ってきたんだ。
いつまでもそうやって団子になってれば、痺れを切らしたのか、シノに足を引っ張られて床まで下ろされた。
シノだけじゃなくて、アストンもデルマも。昌宏に、ビトー、ペドロまでがそこに居た。
うわぁ。またなんかこみ上げるものが。
「たーだーいーまー」
「おう。帰る早々旨いとこ持ってきやがって」
グリグリしてくるシノに、やめろよと頭を振ってみるけど、四方八方から小突かれたり引っ張られたり。揉みくちゃさえ嬉しいなんてね。
「――1万回キスしたい気分」
「出たよキス魔‼」
ゲラゲラ笑われる。
じゃあ、シノから行こうか。ガッツリ掴んで頬に!
それから手当り次第に引き寄せて、次々と熱烈なキスを押し付けていけば、場は笑い声と罵倒とで騒然となった。
ん。このノリだよ。
どこか空洞になったような身体の中が、何かで満たされてくみたいな。
満腹になった獣が、肚の底で蹲るみたいな。
もっとハグとキスをさせておくれよ。
もっと、もっと、もっと、もっと。
ドッグ内に巻き起こったキス魔の天国は、しかしながら、ある種の事故により終焉した。
ガエリオが、思いきり頬を手で拭いている。
おれも、袖口でゴシゴシ口を拭いている。
通りキス魔してる時に、誤ってこいつにまでキスを贈ってしまった結果である。
仕方なかろう。後ろから肘を掴まれたから、仲間かと勘違いしたんだ。浮かれてたからさ。
「久しぶりだなクソガキ」
「なんでここにいるのガエリオ」
お前の艦はこっちじゃないだろ。
「お前を連行しにきた。おとなしく付いて来い」
「連行? ご褒美くれるんじゃなくて?」
サンドバック獲ってきたのおれだけど。
首を傾げれば、険しい眼差しが向けられる。さらにキョトンと見上げてみれば、
「ああ。お前はそういうヤツだったよな」
ふぅ、と、大きなため息を落とされた。
「とにかく付いて来い。マクギリスが待っている。オルガ・イツカも、もう向かっているはずだ」
ふぅん。おれの“Daddy Bear”の処遇についてかな。
戦場でのアリアンロッド艦隊の動きからして、“オルガ”が独断で害獣ラスカルと裏取引したことは間違いないだろうし。
なるほど、チョコはオカンムリってことか。
――おれのだって、言っといたのにな。
ふん、と鼻を鳴らす。
別に髭クマを鉄華団に引き留められるなんて思ってなかったけどさ――置いといたら揉め事の元になるのは予想できるし――害獣に返すにしても、おれも取り引きしたかったのに。
もう一回くらい顔見ときたかった――もう会うことも無いだろうからね。
「三日月さんをどうする気だよ!」
おお、威勢が良いな、ライド。
いきなり乗り込んできたガエリオに、チビ共が不安そうにしてる。
ビトーやデルマなんて、警戒心剥き出しの眼差しを送ってくるし、シノの表情も険しい。
「ダーイジョーブ。土産せしめて帰ってくる」
感動の再会に水を差してくれやがったんだ。それなりの詫びは入れてもらおうか。
今更ながらにその場の空気を感じ取ったらしきガエリオが、バツの悪そうな顔をしたけど、もう遅い。
「で、どこに行くって?」
「この艦ごとグラズヘイム1に来てもらう。お前は俺達と共に。話を聞かねばならん」
「カルタのとこ? 美味しいご飯でる? みんなの分だよ」
聞けば、気にするところはそこかと呆れられるけど、いや、重要だよ。
「……飢えさせたりはしないさ。まあ、蒔苗氏にも休息が必要だろうしな」
あの妖怪ジジイなら、案外、問題ないと思うけどね。
「じゃ。皆、グラズヘイム1の食料庫カラにする勢いで喰ってやって。はやく放り出してもらえるようにさ」
言えば、シノが片目を瞑って。
「おう任せとけ。食い尽くしてやるぜ!」
おどけてくれるから、皆の緊張が少し緩む。
ほんとに空気読むよね、シノ。ありがと。助かる。
目でお礼。目で返礼。
「ほら、行くよガエリオ」
「なぜお前が仕切るんだ⁉」
「いいから早くして」
「〜〜ッ‼」
まだ吠えたそうなガエリオを促す。いつまでもここに居るわけには行かないんだ――“オルガ”が先に行ってるんでしょ。
マクギリス・ファリドがすぐさま強行措置を取るとは思わないけど、“オルガ”が一人で責め立てられるのを、おれが許すと思うの?
ほんとなら、それこそ感動の再会の筈だったんだ。ガッチリ噛みしめる予定だったんだ。
――どうしてくれよう。
腹の底で、一度は鎮まった獣が、またグルグルと唸っている。
マクギリス。ちょっと齧られるくらいのことは、覚悟しといてよね。
グラズヘイム1につくまでの間、“オルガ”に会うことは出来なかった。
口裏合わせるとか、そーゆーのを危惧してのことなんだろうけどさ。
ほんとに、ほんとーに、2年と8ケ月ぶりの再会をなんだと思ってるんだキサマら。
マクギリスはオカンムリかも知れないけど、こっちは噴火の半歩手前だ。
ガラン・モッサから巻き上げた爆発物、ここで使ってやろうかな。
隠すつもりも無いから、殺気がダダ漏れになってる。監視役らしき士官の顔色がどんどん悪くなってくけど、知るもんか。
ガエリオも居心地悪そうに身動ぎして、菓子やら茶やらを勧めてくるけど、口にしないし口もきかない。
そっぽを向いたままでいれば。
「いい加減にしろ!」
苛立った声に、視線だけ飛ばす。擬音をつけるなら、ギロリって感じに。
「お前、随分と態度が違うじゃないか。子供達の前だとあんなに…」
「同じなわけないだろ」
被せ気味に言い捨てる。
「あんたは鉄華団じゃないし、ようやっと帰ってこれたおれを拘束するし、みんなから――“オルガ”から引き離してる。これでも譲歩してるんだ」
咬み裂かれないだけマシと思え。
「……やっと喋ったな」
ちょっと待て。
なに安心したみたいな顔してんの。ぜんぜん安心できる要素ないから!
「チョコレート好きだったろ? それとも食事の方が良いか? 皆にも食べさせている。うちの隊員と同じメニューだ」
拗ねた子どもを宥めるような言い方には、兄ちゃん風が吹き荒れていた――そういやこいつリアル兄ちゃんだったわ。
止めろ毒気が抜かれる。
「いまは要らない」
どうせ、このあと大して掛からずにグラズヘイム1に到着するんだ。
目を瞑ってじっと膝を抱えてみれば、頭の上で、聞き取れない程小さな声が、『すまないな』と、謝った。
雲上人みたいなボードウィン家の嫡男が、宇宙ネズミの子供一匹にである――が、おれはフンと鼻を鳴らした。
それを有難がるような感性を、生憎“おれ”は持っちゃいないんだよ。
だけど、これだけ態度を悪くしてるガキを、それでも気遣ってくる人の良さには、ため息が落ちる。
「甘い物は気持ちを楽にするぞ」
差し出されたチョコレートを、仕方ないから1個だけ口に入れてやった。
グラズヘイム1に着くや否や、マクギリス・ファリドの待つ部屋へと連れて行かれた。
“オルガ”が居る!!
「“オルガ”!!!」
飛び付こうとしたけど、ガエリオに首根っこを押さえられて失敗した。
薙ぎ払おうとして、“オルガ”に視線で止められた――『Stay!』って声なく唇が動いてた。ねえ、おれ犬じゃないよ?
憮然として唇を歪める。
「さて? どう云うことか、聞かせてもらおうか」
冷徹と言うには苛立ちを含みすぎた声だった。
ガエリオ・ボードウィンとカルタ・イシューの視線も厳しいけど、マクギリス程じゃない。
「えーと……アリアンロッド艦隊ですかね?」
“オルガ”が、『やべぇな』って感じの声を出したけど、声ほど危惧してないのは、その目を見れば明らかだった。
当然、マクギリスも気付いていて、余計に眉間を峻しくしてる。
「君たちの捕らえたあの男は、ラスタル・エリオンを失脚させるに充分な証人となったはずだ。それをみすみす……あのタイミングでアリアンロッド艦隊が退いたのは、君がラスタル・エリオンと取り引きしたからだろう」
断ずる口調には、悔しさと――悲しみに似た何かが混ざっていた。
――マクギリス、“オルガ”に裏切られたとか思ってる?
「だからこそ、あれはすべて地球外縁軌道統制統合艦隊の手柄になったでしょうよ」
シレッと応える“オルガ”に、マクギリスは冷静さをかなぐり捨てた。
バシンと、叩かれた机が大きな音を立てる。
「そう云う問題ではない!」
「あそこでアリアンロッド艦隊に退いてもらった方が、地球外縁軌道統制統合艦隊としては良いかと思っての……」
「それは、君の判断することではないだろう」
ああ。なんか、聞く耳持ってない感じだこれ。視野が狭まり過ぎて、ちょっと拙い。
「あの男を追い落とす、絶好の機会だったと云うのに……」
マクギリスはそう言うけどさ。
「――元々、あんたに渡す気はなかったんだよ」
あんたじゃ、あの男を御すことはおろか、情報を吐かせることすら出来やしない。
「なに?」
鋭い眼差しがこっちに向くけど、その程度で怯むわけないでしょ?
薄っすら唇の端を持ち上げてやれば、憎々しげにその白い顔が歪められた。
「あんたに渡すと、拷問とかにかけるでしょ。それじゃ寝覚めが悪いから」
無駄に痛めつけて、ついでに自分の名誉にも傷付けて、行く先の道さえ歪めて、下手すりゃ破滅する。
「それだけのことで、君は証人を逃したのだと?」
それだけって――ねえ。
情がらみでしか物事を捉えられなくなってるのか。
面倒くさい。
肩をすくめる――さて、どう噛み付いてやろうかな。
思案する間に、慌てたみたいな“オルガ”が割って入った。
「いや、これはあんたの評判を心配してのことなんだ」
「……どう云うこと?」
反応したのはカルタだった。小首を傾げて、色の薄い瞳が一つ瞬く。
聴衆を得て、“オルガ”の眼がやんわりと笑んだ。
「ファリド一佐、あんたがファリド家の当主になったのは、イズナリオ・ファリドが殺されたからだろう」
それから、“オルガ”節が始まった。
昔からそうだったけど、ボスの弁舌は“キツネ”のそれだ。耳を傾ければ化かされる。
相手の弱いところをつつき、望むところを囁やき、願いが叶うまでの道筋を仄めかす。
そうしているうちに、いつの間にか、選択肢が絞られてしまうのだ。
それがどれだけ困難な道であろうとも、達成不可能ではないと思い込み、彼らは自ら舞台で踊った。
運が良ければ成就するし――運が無ければ破滅する。
さて、マクギリス・ファリドはどうなるんだろうね。
まあ、失脚されるとこっちにも被害が出るから、そうならんようにサポートは外せないんだけど。
それにしても、“オルガ”、マクギリスを『坊ちゃん』ってさぁ。
身体の年齢忘れてんじゃない?
ちょっと噴き出しそうになったじゃないか。
やがて、
「……君は本当に、悪魔のようだな」
マクギリスが溜息のように溢した。
そうかも、“キツネ”も“悪魔”も大した違いはないね――誑かすって意味においては。
「それは、ガラン・モッサやラスタル・エリオンにも云われたな」
「ラスタル・エリオンに云われたのか!」
頭の上で、ガエリオが笑ってる。
「それは凄い! 俺は、あいつの方がよっぽど悪魔だと思ったが、そのあいつに云われるとはな!」
「鉄華団には、“悪魔”がふたりいると云うことかしら。大きい悪魔と小さい悪魔と」
カルタが小首を傾げて、おれと“オルガ”をしげしげと見比べた。
「おれのことは“小悪魔(♡)”って呼んで」
悪魔なんて柄じゃないんだ。
「はぁぁ!? “子悪魔”の間違いだろ!」
子供扱いとは失礼な。掴みかかってくる手を避けて指先に噛み付いてやれば。
「イッてぇ! このクソガキ!」
大袈裟な。噛み千切ってないでしょ。
「マクギリス、今回は許してやったらどう?」
やれやれと、カルタがため息をついて、マクギリスを振り返った。
「実際、お蔭で地球外縁軌道統制統合艦隊が、手柄を独占できたのだし」
そうそう。アリアンロッド艦隊の練度は高い。あれが出張ってきてたら、地球外縁軌道統制統合艦隊の働きはちょっと霞むだろうしね。
マクギリスは苦虫を噛み潰したような顔をしたけど、最終的には頷いた。
「納得したわけではないが……今回は目を瞑ってやろう」
「そりゃどうも」
“オルガ”がニンマリと笑った。
「まぁ、われらの活躍の場を提供してくれたのは事実だからな」
カルタもニコリと微笑む。
「われら地球外縁軌道統制統合艦隊、これを弾みに、かつての姿を取り戻す! そうなれば、お前が“玉座”に就く日も近づこう。そうだろう、マクギリス?」
「……あぁ」
「――とりあえず、俺たちも微力ながら手伝おう」
“オルガ”の言葉に、物凄く渋々といった 様子でもマクギリスが頷いたから。
「もういいんだよね?」
とりあえずの話し合いはこれでお終い!
「じゃ、俺も食べにいってくる」
みんな食事してるんでしょ。さっきガエリオが言ってたし。
どんなメニューかちょっと気になる。
「クソガキが!」
ガエリオは吠えるけど、案内はしてくれるみたい――ほんとに人が良いなお前。
カルタが笑いながら付いてくるけど、まさか一緒にご飯食べるの?
つか、苦笑いのマクギリスまで一緒ってヲイ。
“オルガ”を見上げれば、胸を撫で下ろしてるばかりで、この事態に気が付いてないのか。
やがて連れて行かれた食堂みたいなところで――しかも、なんか隔離されたテーブルなんだけど――5人一緒に着席させられれば、周囲から突き刺さる視線が鬱陶しい。
ねえ、ハンカチ噛み締めそうな一群がいるんだけど、アイツらお姫さんのファンかな?
うわ。この中で食事するとか。さっき食べておいた方が逃げられたのか。
ゲンナリして見廻す視線の向こうで、仲間たちが安心した顔で、ちょっと面白がるような素振りで、まあ頑張れと手を振ってるのが見えた。
――助けて“オルガ”!
なんか囲まれて大変なんだけど――いや、別に吊し上げくってるわけでも因縁付けられてるわけでも無いんだけどさ。
むしろやたら歓待されてる。オッサンやニイチャン達に。
縞パン(青)の兄――ええと、コーリス・ステンジャに呼び止められたのが運の尽き。
グラズヘイム1のドッグで、何故かグレイズに乗せられた――いや、これ阿頼耶識ついてないから。
とは言え、阿頼耶識を使わない操縦が出来ない訳じゃ無い。グレイズの操作性は高いから、おれでもそこそこ操れる。
この辺りも、実はガラン・モッサに仕込まれた。
そのままお外――宇宙空間に連れて行かれ、さらにそこで模擬戦とか。
イヤイヤ。何考えてんの、地球外縁軌道統制統合艦隊の実働部隊の皆さんよ。
あれか、所詮は阿頼耶識頼みの仔ネズミだと虐めてくれる魂胆か?
残念ながら、おれ、けっこう強いのよ。
二手に分かれてのドンパチだけど、早々にコッチの指揮機が落とされた――って、ヲイ⁉
仕方がないから仕切って敵(仮)をボコってやった。だって負けるのイヤじゃないか。
グレイズのサブシステムはロディより細分化されて複雑だ――けど、その分、精密度が高い。
けっこう凄いなこれ。ガンダム程じゃないにしろ――――ガンダムはもっとスーパー複雑怪奇――真値に近いデータはMSでは有利だ。使いこなせればね。
レギンレイズはコレよりスペック高いのか。
――やるな、ギャラルホルンの技術部門。
なんて感心してる内に敵機(仮)がみんなアウトしちゃって、味方機(仮)が勝利の雄叫びを上げていた。
その後は、冒頭に戻る。
オッサンやニイチャン達に囲まれたって嬉しかないんだ。ふかふかお胸のお姉さま達ならいざ知らず――って、“オルガ”はカルタ姫のお相手かよ!
できればおれもそっちが良いよ‼
だいたい、“オルガ”との感動の再会は、もうグダグダも良いところだ。
抱きつくことさえ出来やしない――なんでみんな邪魔しにくるのさ。
“オルガ”は“オルガ”で、おれが帰ってきたこと自体に満足しちゃってる様子で、あれはもう日常に戻ってるよね。うぬ。
――おのれマクギリス・ファリド。
諸悪の根源憎しとメラメラ心の炎を燃え上がらせていれば。
「三日月・オーガス」
当の本人に名を呼ばれた。
振り返る先、相変わらずキラキラしいお姿で微笑んでるけど、周りのオッサンやニイチャン達は一斉に直立不動で敬礼した。
うお。なるほど軍人。
「歓談中すまないが、彼を借りていくよ」
「はい!」
一番偉いオッサンが答えて、ザッと道が開いた。
おれに拒否権は無いのか。レンタル決定なのかよとヤサグレる。良いよな権力って。
チラリと“オルガ”を振り返るけど、楽しそうにお喋りしてるカルタに向き合う後ろ姿しか見えなかった。
「お菓子の国か⁉」
テーブルいっぱいにチョコレートやらクッキーやらプチケーキにミニパイ、マドレーヌに――とにかくいっぱい。
叫んで固まれば、頭上から吹き出す笑い。
そのまま涙目になるまでクツクツと笑い続けるお菓子の国の王様を、ジロリと睨んだ。
一瞬、お菓子に気を取られたけど、おれ、あんたをまだ許した訳じゃないし――チラチラお菓子見ちゃうのも、こんだけあるのにビックリしただけで、別に気になってるとかそーゆーのじゃ、ちょっとしかないから誤解するなよ!
マクギリスは、まだ笑ってる――この笑い上戸め。
「なんの用? お菓子見せびらかすためってわけじゃないんでしょ」
マクギリスのプライベートスペースにまで連れてこられたんだ。話題はそれなりのものだろう。
「君のことだ。ある程度、予測してるのではないかね」
「“オルガ”がラスタル・エリオンに浮気してないかって、あんたがヤキモキしてるってことなら」
言い方が拙かったのか、紅茶を淹れているらしきその手が一瞬止まり、見事な渋面が振り向いた。
だけど、マクギリスは何も言わないで、最後まで紅茶を落としきってから、テーブルへと戻ってきた。
椅子を勧められたから、素直に腰を下ろす。
「言い方は悪いが、あながち否定は出来ない――つまり、オルガ・イツカが我々を裏切るか否かについてだ」
青い眼がきらめく。こちらの言動一つ見落としはしないという意志を込めて。
「それ、おれに聞いて意味あるの?」
内心で苦笑い――“オルガ”に一番近いと判断した“おれ”に確かめるってのは、確かに『有り』かも知れないけど、それを信じられるかどうかは別問題だ。
「判断材料の一つにはなるな」
「ふぅん」
出された紅茶に口をつける。
ん。マクギリス、いつもは自分で淹れないみたい――本人もカップを覗き込んで腑に落ちない顔してるし。
視線を感じたのか、軽い咳払いで突っ込むタイミングを逸らされた。
「で、どうかね?」
「杞憂。“オルガ”がラスタル・エリオンと手を組むことは無いよ」
だって、あいつ害獣だから。
「何故そう言い切れる?」
「単純に言えば好き嫌い。特に“ドルト”のあれは、“オルガ”の地雷を思いっきり踏み抜いてる。仲良しこよしは有り得ない。それこそラスタルが所業を悔いて、地べたに頭擦りつけて心底謝るとかしない限りは?」
あの男の目には圏外圏の人間は映らない――人間として映らない。
駒にさえならない、ただ舞台の書き割り程度にしか。
そういうのを、実のところ、ボスはひどく嫌うのだ。
「今この時点で潰すと後が面倒だし、うまく使えは有用だって思ったんでしょ――あんたにとって、ね」
ラスタル・エリオンは、鉄華団にとってはちっとも要り用じゃない。むしろ邪魔だ。
だけど、マクギリス・ファリドにとっては、強力な駒の一つになり得るって、そう判断されただけ。
「なるほど?」
マクギリスは、まだ疑わしそうにしてるけど。
「案外、“オルガ”はあんたのこと気に入ってる。だから手を貸すし、諌めもする。この先、助けもするだろうさ」
また一口紅茶を飲む。差し出された菓子も頬張る。美味いねこれ!
「――……チビ共に持って帰ってもいい?」
紅茶と違ってめちゃめちゃ美味しい。
「後で包ませよう」
――やった!
唇の端っこが、キュッと少し上がったのが感じられた――ん。まだちょっと仕事してるね表情筋。
マクギリスは、さらに先を促してくる。
んんん。いまので殆ど説明したんだけどな――まだ足りない?
「じゃあ、例えばの話だけど。もしおれがラスタル・エリオンだったら、あんたの不安を思いきり煽るね――“オルガ”への不信感を育てるために」
あの喰えないオッサンはそれくらいの事は朝飯前だろう。だから、いまのうちにその可能性に触れておく。
「今のところ、“オルガ”は――鉄華団は、あんたの武器だ。つまりおれもね」
マクギリスの瞼がピクリと動いた。
「その武器に、今回、ラスタル・エリオンはしてやられたわけだ。油断してたにしても。悔しいだろうね」
ゲイレールのソフトウェアから、情報はごっそり抜いている。
ガラン・モッサを返したところで、通信データも、映像も遺伝子情報も、発信源の通信コードさえ何もかもコッチが握ってるんだ。捏造と言い切るには無理がある程度には、証拠は揃ってる。
ついでに言えば、おれが手に入れてきた悪さの証拠は、なにもガラン・モッサに限っての事じゃないしね。
見逃された訳じゃないのは、あちらさんだって重々承知。
だったらどうするか――最良は、マクギリスに武器を捨てさせる、可能であれば壊させること。
「あんたが疑心暗鬼で鉄華団を廃するようなことになれば、当然、おれたちはあんたに噛み付かなきゃならない」
「そうなれば、あの男は労せずして我々の力を削げるという訳か」
「そ。アライグマ親父(sly old raccoon)の考えそうなコトでしょ」
マクギリスは一つ頷いたあと、コクリと首を傾げた。
「……前々から気になっていたのだが、何故、君は彼のことを“アライグマ”呼ばわりするのかね」
――え、そこ?
「調べてみたが、あのような生き物に例えられるような男では無いように思えるのだが」
調べたのか、真面目だな。
「気にしないで」
「――……わかった」
ぜんぜん納得してない顔でマクギリスは答えた。
ほとんど口にしてない紅茶は冷めてしまったから、淹れなおす――二杯目はおれが。
一口飲んで。
「同じ茶葉かね」
「同じ茶葉だよ」
ガラン・モッサ直伝の淹れ方は、どうやらお気に召した様子だった。
結局、グラズヘイム1には三日ほど留め置かれた。初日に疑いは晴れただろうにね。
まあ、でも、その三日の間に、おれはジャンニとも再会できた。
夜明けの地平線団のヒューマンデブリは、正式に身分が戻されるまで、地球外縁軌道統制統合艦隊の預かりになるそうだ。
粗略には扱わぬとカルタが請負ってくれたから、そのあたりは安心してる。隊員のオッサンやニイチャン達も、わりと親しげにしてたしね。
ジャンニは彼らの纏め役になってるらしい。
久しぶりに顔を合わせた元相棒の顔色は、最後にみたときよりずっと良かった。
柔らかで落ち着いた眼差しは、あの頃には無かったものだった。
向かい合えば、少しだけ残念そうに苦笑いして、「“水無月”にはもう見えないな」って呟いた。
うん。おれ、“三日月”だからね。
積もる話しは、なんとなく、お互いの眼の中に吸い込まれて消えてった。
多分、もっと時間が経って、いつかもっと先の未来でなら話せるかもね――あの日々は大冒険だった、なんてさ。
何処かで“水無月”のカケラが寂しがってるのが感じられたけど、それは黙って飲み込んだ。
おれはジャンニと一緒には行けないし、ジャンニは鉄華団には来ない。
それは言わなくても分かってた。
「元気で」
「お前もな」
『ありがとう』の一言は奇しくも同時で、ふたりともに吹き出した。
ジャンニの手が頭を撫でて、そして、離れていった。
二度目のさよならは、首を絞められることもなく、穏やかなものだった。
火星に航路を取る。
道行きは長閑なもんだ――最初のドンパチが派手だった分、余計にそう感じるのかも。
懐かしいイサリビであるが、相変わらずおれの個室は閉鎖されてて、新入りには『開かずの間』呼ばわりで怪談のネタにされてる始末である――うぉい。
“オルガ”の部屋には、まだハンモックが二つ並んでた。
片付けるのが面倒だったって理由にせよ、居場所が残ってるって実感できるのは嬉しいね。
帰還後すぐにグラズヘイム1に連行されたから、まだちゃんと『ただいま』を伝えられてない相手も多くて、いまは挨拶廻り中。
まあ、例によってのHug&Kissなんだけど――ビスケットとクランクには、先制攻撃『出会い頭の説教』を喰らった。仁王の鷲掴みも健在だった。
ユージンとアインからは、それぞれベアハッグとヘッドロックを、『おかえり』と言葉と共に喰らった。
トドにはキスは無かったけどハグとハイタッチをした。ワザと手を高く上げてニヤニヤするから、走り込んで跳躍タッチお見舞いして転がしてやった。
チャドとタカキは蒔苗のジイさんのお世話で忙しそうだったから、控え目にハグとキスを。
何故かジイさんも手を広げてたから、ついでにハグしてみた。
格納庫に行ったら、おやっさんとヤマギがいて、もうハグもキスも済んでるって鼻を鳴らされた――そう言えば最初のキス祭りの時に居たっけね。
持ち込んだ爆発物の処理は二人でしたんだとか。
「あんな物騒な土産はいらねーんだよ!」
と、おやっさんからスパンとはたかれた。
「帰るなり面倒を持ち込むんだから」
ヤマギからは頬を引っ張られた。
とりあえず、戦略的撤退をした。
格納庫の奥には、変わらず“巣窟”があった。
「ダンテー‼ キスしに来たぞー‼!」
叫べば。
「煩えよ‼! んでキス要らねえ!‼」
って顔を出したところを捕まえて、ハグとキスをガッツリ。
キュポッって音まで立ててやれば、そこで死んだフリをされた――ん。リアクション良いね!
転がるシカバネもどきに抱きついたまま。
「ダンテなら解析できるって信じてた」
ラジオに保存してたのは、音声や映像だけじゃない。ゲイレールのソフトウェアに保存されてた機密データは、何重にも保護されてて、迂闊にガードを外すと消えるから、引っこ抜いてもそのままにしておくしか出来なかった。
パスワードで聴けたのなんて、おれの音声データくらいだ。
だけど、戻ってきてみれば、全てのデータが解析されて、ラスタル・エリオンはおろかマクギリス・ファリドとの交渉にも使われていた。
それができるのは、鉄華団にこの男しか居ない。
「お前が命がけで手に入れてきたデータだ。活かすのは俺の役目だろ」
何だこの男前。さすが情報参謀。
もう千回キスしてやろう。
「要らねえってんだろ!!!」
そんなこんなの攻防戦の後で、見せたいものがあるって、“巣窟”の奥へ誘われた。
「オリジナルだ。コピーは無え、見たら消せよ」
「なんのデータ?」
「見れば分かる」
促され、タブレットの画面を見る――ズラリと並ぶのは…。
「ダンテ、これ…」
ちょっと声が震えそうになった。
だって仕方がないんだ。そこには、誰も知らないはずの、おれがこれまで使ってきた偽名がずらりと――パプテマス・シロッコも、リノ・フェルナンデスさえも記されていた。
抜けてるものはいくつかあるけど、間違ってるものは一つもない。
「なんで」
「万一のとき、骨を拾ってやろうと思って」
「これ、他に誰が…」
「俺だけだ。オルガにも言ってねえ」
随分やらかしやがったなぁ、と、ダンテは笑った。おれの汚れ仕事を全部わかった上で、以前となにも変わらない笑顔だった。
言葉が喉につまって、息だけが零れ落ちた。
お前、ずっと、おれを見つけてくれてたのか。
どうしようもなく、ひとりきりだと思ってた夜も。地獄絵図みたいな戦場を這いずり回ってたときも。ずっとずっと。
目を瞠る先で、ダンテは肩をすくめた。
「知ってるのは俺だけだが、察してるのは大勢いる――お前が、ひとりで暗い穴に飛び込んで行きやがったことは」
この阿呆が、と、ペシリとデコを叩かれる。
「俺ら元ヒューマンデブリだってお綺麗なもんじゃねぇんだ。シノたちだって怒ってたし、クランクなんて悔やんでたぞ」
なにも一人で行くこと無かっただろう、なんて。
だけど――だって、嫌だったんだ。
クーデリアを庇って“オルガ”が怪我をしたとき、壁に残った弾痕を見て、いつかの時間軸の悲劇が頭に押し寄せてきて。
あれを齎した奴らがのさばってることが許せなくて。
ライドに、あんな暗い目をしてノブリスを撃たせるとか、絶対にさせるもんかって思って。
そんなことになる前に消してしまえって、それは全部、おれの我儘だった――そんなことにお前らを巻き込むわけにはいかないじゃないか。
黙り込んだおれに、ダンテは「まあ良いけどよ」ってため息をついた。
「ホント、よく這い戻ってきたなァ。ヒヤヒヤしたぜ」
その苦笑に手を伸ばせば、抱きしめ返された。
そのままハグの体制で。
「おかえり、三日月。みんな待ってた――どうだ、寂しいのは消えたか?」
なんだこの男前――。
「惚れそうなんだけど」
「『だが断る』」
ゲラゲラ笑うダンテの手でリストが消されれば、ここにいるおれは、“どこにも居ない誰か”なんかじゃなくて、鉄華団の“三日月・オーガス”だった。