【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】   作:くずみ@ぼっち字書き。

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一方その時"三日月"は 16

 

 

 

 ――まるで、ゲームのムービーのようだと思った。

 

 

 

 ”プルーマ”が出土した。 

 その知らせを受けたのは、蒔苗ジイさんを無事に地球まで送り届け、丁度、宿舎に辿り着いたときだった。

 “プルーマ”は、災厄戦の元凶である“モビルアーマー”の子機モジュールだ。

 衛星軌道上のユージンの声は、緊張からか硬かった。

 主要なメンバーは凡そ揃っていたから、直ぐにも艦に戻るべく行動に移す。

 アーブラウ防衛軍本部に顔を出していて不在のクランクとアインは後から合流するとして。

 ステーションを経由すればどうしても日数を食うから、お姫さん――地球外縁軌道統制統合艦隊司令カルタ・イシューの直通コードへと連絡した。

 迎えは物凄く早かった――予めマクギリスから話が通っていたらしい。即日、たった数時間で来るなんて、既に待機してたとしか思えない。

 多分、“あれ”が出た時点で“、原作知識をもとにオルガ”が手を打ってたんだろう。

 ここまでは納得できた。

 でもさ。

「先にパイロット3名を運ぶ――三日月・オーガス、ノルバ・シノ、アストン・アルトランド、前へ」

 促してくる士官服の青年たちに、少なからず驚かされる。

 カルタの地球外縁軌道統制統合艦隊とは少しだけ模様が違う制服――マクギリスやガエリオのとも異なる――七ツ星のワッペンはおんなじだけど。

「なんでアリアンロッド艦隊?」

 そりゃギャラルホルンには他にも部門はあるけど、モビルアーマーを退治しようと乗り出してくるところなんて、マクギリス達を除けば“奴ら”くらいしか思いつかない。

「マジかよ三日月⁉」

 シノが叫び、

「罠、か?」

 アストンがあからさまに警戒した声を上げる。

 だよね――おれ達にしてみれば、アリアンロッド艦隊の印象なんて最悪だし、そもそもが敵判定。

 だけど、今回のそれは違うみたい。

「罠じゃない――カルタは迎えだって言ってた。このタイミングで罠張るメリットは、“奴ら”には無いんだ。だけと、なんで…」

 ――いつかの時間軸からは大きく外れた流れ。

 “プルーマ”、“火星”、“採掘場”、“モビルアーマー”、“鉄華団”、“アリアンロッド艦隊”、“タービンズ”、――……

 ――頭の中で細切れのデータが踊ってる。

 促されるままに足を進めるけど、思考は止めない。

 おれが先を歩くから、シノとアストンも慌てたように付いてくる。

「おい三日月、わかるように話しやがれ」

 シノが揺さぶってくるけど、まだ考えがまとまってないんだ。邪魔しないで。

「眼でしゃべるのやめろ」

「わかれよ」

「無茶振りすんな!」

「喧嘩してる場合じゃないだろ!」

 アストンから諌められる。

「とりあえず口に出せ。一人だけで考えるの悪い癖だぞ」

 って、アストンだって無口な質じゃないか。

 3年前の出奔で余程に心配をかけたのか、戻って来てからこっち、皆がこんな風に諭してくる。

「……ぜんぜん纏ってないんだ」

「構わない」

 アストンのきれいな翠の眼が瞬いて先を促す。

 シノのオレンジがかった茶色の眼も、真っ直ぐに向けられていた。

 ふっと、肺から息が抜けると、唇も解けた。

「どういう経緯か知らないけど、アライグマは鉄華団との共闘を決めたんだ」

 思いつくことをつらつらと口に出しながら、さらに考える。

 先導する青年士官が薄気味悪そうな視線を向けてくるけど、どーでもいい。

「火星で“プルーマ”が出土した。けど、まだ本体が出たわけじゃない――採掘権は火星ヤクザのハーレムキザ野郎――から、“オルガ”に知らせが。そこからギャラルホルンに通報ってことか…」

 そこまでの流れくらいなら、容易に想像がつくけど。

 その先は――なんだ?

 緊急事案だってことは分かる。即時で帰還を促すのも理解る。

 アリアンロッド艦隊が出てくるのも、そもそもモビルアーマーを斃すのはギャラルホルンに課せられた使命だと思えば納得する。

 だけど、地球くんだりまでおれ達を迎えに来る必要性って何だ?

 そもそも“プルーマ”が出たってだけなら、採掘場を閉鎖して後に、“プルーマ”と“本体”の状況を確認して破壊すれば良い。

「万一に備えガンダム・フレームを待機させたい……おれ達を拾うのもその一環。多分、バルバトスはもう回収済――でもそれはお姫さんのトコでも事足りるはず。むしろ、外部の手なんか借りずに始末をつけたいだろう……」

 じゃあ、なんで?

「緊急でバルバトスが必要?」

 脳裏で危険信号が激しく明滅する。

「……ハーレムキザ野郎と外道ド腐れ野郎は犬猿だったよね?」

 不安要素がチラチラと。

「テイワズの名瀬・タービンとジャスレイ・ドノミコルスならそうだな」

 呆れ顔でシノが肯定する。

「JPTって外道ド腐れ野郎のとこだよね?」

「ああ。JPTトラストならジャスレイ・ドノミコルスのところだな」

「……ダンテが、セブンスターズの豆板醤とJPTは関わりがあるって言ってた」

「それはクジャン家当主代行のことか⁉」

 今度のツッコミは青年士官からだった。

「それだ」

 いつかの時間軸では、あれを覚醒めさせたのは、豆板醤みたいな名前のド阿呆野郎だった。

 もしかして、この時間軸でも?

「ド腐れが豆板醤唆した……?」

 ハーフメタルの採掘権は名瀬が持ってる。ジャスレイはそれが不満でイオク・クジャンを唆した――嫌がらせ程度の考えで。上手くすれば利権を取り上げられるとでも思ったか。

 ザッと、血が下がるような感覚。

「――ヤツが暴走したってことか‼」

 流れは読めた――けど、最悪だ。

 イオク・クジャンは既に火星に向かってるんだろう。

 モビルアーマーが復活する――それはもう避けられない。

 どうしよう――どうすればいい?

 身体が震えだす。

「だって、“アレ”が覚醒めたら、火星は――“オルガ”が、みんなが……ッ」

 忘れてた訳じゃない。

 いつかは対峙することになると覚悟はしてた。けど、こんな風に、おれが火星を離れているときに起こるなんて思ってなかった。

 いつかの時間軸とは大幅に流れが変わったこの世界では、起こりうる事態なんだって事を失念してた。

 ――どうしよう。

 火星と地球はこんなにも遠い。

「落ち着け三日月。ここでお前が狼狽えてどーすんだ!」

 ドン、と、胸を突かれた。

 シノの強い声。同じように焦りを目の奥に沈めながら、それでも真っ直ぐな視線が突き刺さる。

「自慢の“悪知恵”はどこいった」

「俺達のするべきことは何だ?」

 アストンの手が肩に置かれる。

 ――そうだよ。狼狽えてる場合じゃない。

「一刻も早く火星に戻る」

 今はそれしかできないから、それだけに努めるしか無いんだ。

 

 

 

 最速で地球を離れ、火星航路の入口で艦を乗り換える。

 連れて行かれた先は、スキップジャック級――まさかのラスタル・エリオンの旗艦だった。

 全長800メートル。ギャラルホルンでも最大級のそれは、スキップジャック(カツオ)と言うよりホエール(鯨)って呼びたくなる。

 要するにバカでかい。

 これ一つをとってみても、ラスタル・エリオンの“力”が伺い知れる。権力と財力と暴力。

 それを支えるだけの頭脳と技量。

 ――……こいつを敵に回してたのか。

 いまさら怖気づくことはないけど、ケッってやさぐれたくはなるよね。

 ホントに鼠が獅子の鼻面に噛み付いたって感じなんだろう。あちらさんからして見れば。

 痛いし痒いけど、土手っ腹に穴があいたわけでなし、致命傷には程遠い。

「……アライグマのくせに」

 悔し紛れのつぶやきは、怪訝な視線を集めただけでスルーされた。

 鉄華団のパイロットとして纏めて船倉にでも突っこまれるのかと思いきや、すぐにおれだけ分断される。

 シノ達は騒いだけど、「バルバトスのパイロットが今すぐどうこうされることは無いよ」って、渋々納得してもらった。

 多分、このあと、おれは御大の前に引き出されるのかな。

 青年士官に誘導される途中、

「これは依怙贔屓です!」

 突然、眼の前に現れた凛々しい少女パイロットを、マジマジと眺める。

 短く揃えられた金髪。小さな白い顔の中で、灰色がかった蒼の瞳がキラッキラしてる――威嚇してくる仔猫みたい。

 まあ、仔猫って言うには爪も牙も尖そうだから、仔女豹ってところか。

「貴方を拾うために、こちらは3日もロスしたのですよ。何故おじさまは貴方のような者を推されたのか。ガンダム・フレームなどなくても、我々だけで充分だと言うのに!」

「美人だね」

 ホントにクーデリアに張るくらいの美少女だ。

「なッ、何を言うのです⁉」

「水面に映る空の色。地球で見たよ。深い森の奥の湖だった――瞳の色が一緒だ」

 覗き込めば、ドンと突き飛ばされた。

 白い頬が真っ赤になって――照れたのか、怒ったのか。

 小首を傾げて見やる先で、パクパクと桜色の唇が動いてたけど、言葉らしいものは出てこなかった。

「――その娘はここのエース・パイロットだ。勝手に口説くんじゃない」

 呆れたような声は、背後から。

 少し籠もった響きだけど――聞き間違える筈がなかった。つい先日まで、毎日聞いてたんだから。

 もう会うことなんかないんだろうって、思ってたんだけどね。

 唇の端っこが緩く上がる。

「『女の美しさは口に出して褒めろ』って、“Daddy”から教わったんだ」

 まあ、元から褒める方だけど、おれ。

 ゆっくりと振り向いた先に――ふぉう⁉

「なんで鉄仮面⁉」

 思わず叫んだ。

 しかもそれどっかで見た仮面だなヲイ‼

「『はじめまして』だな、三日月・オーガス。俺はヴィダールという」

 だよね! その仮面は“ヴィダール”だよね‼

 ちょっと待てこの時間軸だと“ヴィダール”はあんたなのか、ガラン・モッサ⁉??

 予想外過ぎて脳内ツッコミが追いついてこない。

 ああ、でも、ラスタル・エリオンの側に戻れたなら、それも有り…なのか?

 マジマジ見やる。

 うわ、ゴッツイな、ヴィダール。

「『はじめまして』……よろしく、ヴィダール」

 辛うじて絞り出した声に、低い笑い声が返った。

「髭のおじさま!」

 甘えた声。ヴィダールのがっしりとした腕に絡みつきながら、少女が睨んでくる。

「ジュリエッタ、ラスタルが待っている。行くぞ――三日月、ついて来い」

 青年士官達を手の一振りで下がらせて、ヴィダールが足を進める。その隣をジュリエッタが。

 ――Yes Daddy.

 唇が小さく動く――声には出さない。

 ふたりの背を追う形で踏み出せば。

「眠れていないのか? 目が赤い。自己管理は徹底しろ」

「その仮面でよく見えるね」

 憎まれ口を叩くけど、あんまり勢いはない。

 わかってる。ここでジリジリ焦ってたってどうにもならないってことは。

 だけど眠るとろくな夢を見ないんだ。

 なんて、弱みは見せられないか――ここは敵地とあんまり変わらないから。

 この先にいるのは、いつかの時間軸のラスボスだ。

 背筋をのばし、足取りを軽く見せる。見せかけだけでも余裕を。

 やがてたどり着いた先、イサリビのそれとは比べにならないほど豪華な艦長室に、その男はいた。

 

 

 

「お前が、三日月・オーガスか」

 厚みのある良い声だった。

 銀色の髪、眦の吊り上がった双眸は鮮やかな青。口髭も銀色だ。

 壮年の――けれど、どこにも衰えなどない、堂々たる偉丈夫。

 天はこいつに色々与え過ぎだと思う。権力とか武力とか見目のいい姿とか――身長とか。

「『お会いできて光栄です。月外縁軌道統合艦隊司令官、ラスタル・エリオン公』」

 抑揚のない声で挨拶。愛想笑いなんかも無し。必要ないでしょ。

 隣でヴィダールが身じろぐ気配。

「……説明の必要はないと聞いているが?」

「『閣下の監督下で起きた問題なら把握しております――その先はご説明いただけますか?』」

「お前、ラスタル様に失礼でしょう‼」

「ホントのことだよ」

 吐き捨てる。

 実際に、イオク・クジャンは独断で火星へと向かった。それはラスタル・エリオンの監督不行き届きを充分に責められるものだ。

 噛み付いてくるジュリエッタを一瞥すれば、少女は息を飲んで黙った――“おれ”、今どんな顔してるのかね。

 ふいに大きな手が頭に乗って、いつかのように髪を梳いた。

 止めてよ――アンタがもう“ガラン・モッサ”じゃないのと同じで、おれももう“ゾルタン・アッカネン”じゃないんだ。

 頭を振って手をはずせば、低く響く笑い。

「噛みつく相手を間違えるな。いまのお前の敵は何だ?」

「モビルアーマー」

 即答する。今のところは、ラスタル・エリオンじゃない。残念だけど。

「――倒せるか?」

 問いかけてくるアライグマ野郎を睨み据えて。

「斃すよ――当たり前でしょ。だから早く火星に連れて行ってよ」

 早く――1分1秒でも早く。

「それからバルバトスのチューニングを――リミッターを外して」

 ホントなら外さずに行きたかった――でも、現状じゃ無理だ。使える手は全部使わないと、“アレ”を滅ぼすのは困難だから。

 要求すれば目を剥かれた。

「話には聞いていたが、お前は本当にシステムを理解して使いこなしているのか?」

 信じ難いだろうね。学も無い、火星鼠と揶揄されるような子供が、過去の遺物とはいえ、災厄戦を鎮めたシステムを解析するだなんて。

「さぁね」

 はぐらかせば睨まれる。肩をすくめて。

「全部じゃない――あれをすべて読み解くなんて生身じゃ不可能だし。できるとこだけ」

 ラスタル・エリオンの青い眼が、何かを図るように揺れた。

「――……ヤマジン・トーカから、ガンダム・フレームのリミッターについて報告を受けている。あのままモビルアーマーに立ち向かったら、恐らくは正常に動作できないだろうと」

 ――ヤマジン・トーカ?

 ヴィダールを振り仰げば、

「うちの整備主任だ」

 耳打ちされる。

 成程、回収されたバルバトスは、既にあれこれ調べられてる訳か。

「お前は、リミッターの解除が意味するところも解っているのだな?」

「高確率で潰される――そのままなら」

 そもそも、リミッターはパイロットの負荷を軽減するために、ガンダム・フレームの機動を制限するものだ。

 MAXで起動させれば、そのプレッシャーに生体は耐えられない。

 だからオリジナルの三日月はボロボロになった。

 だけど、“おれ”はずっと考えてた――バルバトスに乗りながら、ガルム・ロディを操りながら――そんなに高確率で潰されてたら、災厄戦を戦い抜くコトなんて無理だよね?

 だって、モビルアーマーは量産されてた筈だ。

 なら、アグニカ・カイエル達は、どうやって戦ってた?

 正確な答えは知らない――もう、誰にも分からない時の涯だ――だけど、“おれ”なりの阿頼耶識システムの使い方は、もう構築してある。

「策があるのか?」

「まぁね」

 見返す先で、ラスタル・エリオンが逡巡する気配――珍しい、んだろう。よく知らないけど。画面の中でしか見たことなかったし。

 少しの沈黙が流れて。

「……うちに来ないかね?」

「は?」

 ――え、なに言ってんのアライグマ?

「……アライグマ?」

 あれ。声に出てたのか――ジュリエッタがキョトンとした眼を向けてくるけど。

「我がアリアンロッド艦隊に所属する気は無いかと聞いている」

 眉を少しだけ顰めただけで、ラスカ……ラスタルはアライグマ発言をスルーした。

「無いよ」

 ここは即答だよね。

 頭上でヴィダールが吹き出している。

「……ヴィダール」

 ラスタルが咎めたのは、腹心の方だった。

「――いやすまん」

 笑いながら謝られても納得しないと思うよ、Dadd…ヴィダール。

 そもそも、ギャラルホルンって火星出身の仔鼠が入れるようなトコじゃないでしょ。地球外出身者への過剰な差別と排斥があることは知ってるし。

 なにより、おれ、“鉄華団”の“三日月・オーガス”だからね。

「大体、あんたには姫騎士がいるだろ。欲張るなよ」

「姫騎士?」

 ジュリエッタが反応する――何だそれはとでも言いたげに、鼻の頭に小じわを寄せて。ん。そんな顔も可愛いな。

「姫さんみたいに綺麗なのに、騎士だから。MSのパイロット――手を見ればわかる。あんたは強い」

 華奢なように見えて、操縦桿を握り締めるから、その手には独特の胼胝ができてる――勿体ないような気もするけど、でも、これはきっと彼女の誇りだ。

 灰青の眼が瞬いて、それから、ジュリエッタは、ふんと薄い胸を張った。

 唇がくっきりとした弧を描いて。

「分かっているではないですか」

「……おれも強いよ」

 からかうと面白そうなので張り合ってみる。

 突っかかってくると踏んだのに、意外にもジュリエッタは素直に頷いた。

「仮にもおじさまに師事していたのです。弱かったら許しません!」

 って、ジュリエッタ――それ、“おじさま”の正体バラしてるから。

 いや最初からバレバレだけどさ、それにしたって、これで仮面の意味が消失した。

 ほら、Daddyが頭抱えてる。ラスタルはこめかみを揉んでるし。

「それから、おじさまは私のおじさまです!」

 挙げ句の所有宣言である。

 めちゃくちゃ好かれてるなぁ、Daddy。

 いつかの時間軸では憎たらしいだけのオッサンだったのに。

 あんたも居るべき場所に戻れたんだな――そんな風に思っちゃうじゃないか。

 だけど、馴れ合いたくなんか無いんだ。

 いつかの時間軸の悲劇を思えば、こいつらは敵なんだ――無慈悲に鉄華団を切り捨てた――怨みも辛みも、まだ腹の底で唸りを上げている。

 この時間軸でだって、ドルト・コロニーのあの惨劇を目論んだのは、眼の前のこの男だった。

 あの時流された血を忘れるものか。

 赦してない――絶対に赦せるわけがない。

 だけど、こうして直に相対すると、“敵”ってアイコンだった存在が、ただのひとに見える。

 必要なら狩ることに躊躇いなんてないけど、できれば苦味は味わいたくないんだ。

 俯いて息を吐く――眼の前のジュリエッタが何故だが慌てだす。

「す、少しくらいなら」

 ――?

「おじさまを貸してあげなくもないというか…」

 いや、なんの誤解だよ。

 思わずへにゃりと眉が下がった。

 

 

 

 艦長室を出る。

 もっと尋問とか受けるかと思ってたんだけど、存外に普通の会話というか。

 あの後は、この先の説明とか、つらつらと話されただけで開放された――ちょっと拍子抜け。

 でもさ。

「なんで付いてくるの?」

 シノとアストンは格納庫だっていうから、士官に連れてって貰おうとしてるのに、ジュリエッタが付いてくる。

「監視です!」

 ――……そこら中に監視居るけどね?

 ほら、先導する士官のヒトも苦笑いしてるし。

「ふぅん」

 まあいいや。別にいて困ることもないし。

 しっかし広いなこの艦。廊下からして余裕がある。

 フヨフヨと進みながら、途中でキリモミ飛行とかしてみたら、ギョっとされた挙句に、首根っこを掴まれ猫の仔みたいに運ばれた。

「おとなしくしていなさい!」

「りょーかい」

 良い子の返事をすれば、気を良くしたのか、頭を撫でられた。

 なんだろう、この、微妙に姉貴風が吹いてくる感じ。

 格納庫までそのまま連れて行かれ。

「三日月、何やった」

 アストンの第一声がこれである。

「やらかしている前提で聞くのやめて、アストン」

「やらかしてないのか?」

「通路をキリモミしながら進もうとするのです。お前たちはいつもそうなのですか?」

 答えたのはジュリエッタで、アストンの翠の眼差しが氷点下の冷たさになった。

「コイツだけだ」

 シノはゲラゲラ笑っている。

 ん。二人とも無事で何より――危害が加えられるとかは思ってないけど、多分、おれと同じくらいには不安な筈だ。

 アストンの表情はいつもよりさらに硬いし、シノの笑い声には強がりが透けて見える。

 3人共に、それぞれの焦りに気付いているけど、口には出さない。

 顔を合わせて、ただ、無理にでも笑ってみせるだけだ。

「――揃ったのね」

 女の声だ。振り返れば、ゆっくりと舞い降りてくる影があった。

 赤銅色の髪をまとめ上げた、青い眼の女。

 まだ若い――けど、以前、鉄華団に来てくれてた“オバサマ”と似通った気配がする。

 ダボっとした作業着姿だけど、おれにはわかる。立派なお胸様を有していることが。

 瞬時にキリッと顔を引き締める。

「ヤマジン・トーカ?」

「そう。君が三日月・オーガスだね」

「よろしく」

 右手を出せば握り返された――工具を扱う厚い掌の皮が、カサカサと引っかかった。

 ん。尊敬できる良い手だね。

 ヤマジン・トーカもおれの手を見て、「パイロットの手だね」って小さく呟いた。

「早速だけど、三日月、君に聞きたいことがたくさんある。彼らにも協力してもらったけど、君も良い?」

 それに頷いてから、

「おれも、頼みたいことがある」

 伝えれば、青い眼が真っ直ぐに向けられた、

「どんなこと?」

「バルバトスのリミッターを外して」

 多分、それは予期されてたんだろう。

 特に驚くでもなく、たけど、瞳の青は一瞬翳った。

「……解って言ってるんだね」

「ん。解ってる」

「他にも頼みたいことはある?」

「実はいっぱい」

 サブシステムの強化――コマンド優先順位の変更、フレームの割り込み、反射のアップロードとか、他にも色々。

 どこまで出来るのか分からない――どれも、多分、物凄く面倒な筈だ。

 火星に着くまでの3週間足らずの間で、可能なら――それが駄目なら、リミッターの解除だけは絶対条件。

 どうだろう、と、見やる先で、ヤマジン・トーカは唇をひん曲げて、キョロリと眼を回し、それから短く声を上げて笑った。

「こんな我儘な注文は初めてだよ!」

 その割に愉しそうに見えるのは何故だ。

「いいよ。できる限りやってみる。その代わり、君はここにいる間、私の言うことを聞かなきゃいけない」

 ちょっと、その不穏なまでにギラギラする青い眼はどーゆーコトだ。

 すごく嫌な予感。

「人体実験反対!」

「君に拒否権はないよ。さあおいで」

 ぐいーっと腕を掴まれ、攫われそうになる。反対の腕を、ジュリエッタがさらにぐいーっと掴んだ。

 うおお。大岡裁きか。

「三日月に何をするのです⁉」

「ガンダム・フレームのチューニングに必要なこと。ほら、手を放して!」

 美人に取り合われても、喜ぶ気にはなれない。

 シノ、笑ってないで助けてよ!

 アストンも知らんぷりしないで!

「あ〜れ〜」

 悪代官に弄ばれる町娘みたいな声を上げて、ずるずる引っぱっていかれる。

 頼むよ――無事に火星に返しておくれよ。

 お星さまに、そっと祈ってみた。

 

 

 

 その祈りが通じたのかどうかは知らないけど、バカでかい艦は、予定より半日早く火星に着いた。

 だけど、イオク・クジャンは既に地上に降りている。

 モビルアーマーはまだ始動してないけど、時間の問題だよね。

 採掘場では戦闘が始まっていると聞いた。

「バルバトスで降りる。シールド貸して」

 悠長にステーションを経由する猶予はない。

「大気圏を抜けていくか」

 ヴィダールがモニターを睨んでいる。

「それしかないでしょ」

 言えば、パイロットはみんな頷いた。

「おれが先に行くよ」

「おい、三日月!」

「シノ、アストン、少しだけ様子見て。いけそうならすぐに続いて」

 真っ向から視線を合わせて伝える。

 いつかの時間軸では、イオク達はそうやって降りてきた。

 だけど、今回はより降下速度を上げてくつもり。

「わかった」

 少し躊躇う様子のシノよりも、アストンが先に頷く。

 シールドはすぐに用意された――シゴトが早くて何より。

 バルバトスに乗り込めば、新しいインターフェイスが出迎えた。

 MWのそれで代用してた部分は全部剥ぎ取られ、ギャラルホルン――アリアンロッド艦隊の粋を集めたらしき代物に取り替えられている。

 この短期間で、ヤマジン・トーカの魔改造が行われたコックピットは、以前とかなり様相が変わっていた。

 阿頼耶識を繋げば、

 

   …ッ”  、  。

 

 旧いそれとは比べにならない情報量が押し寄せた――やめろ、脳が潰れるだろ!

 誰も信じてくんないけど、繊細なんだぞ。

 サポートを強化、強化、強化。

 圧をリムーブ――処理しろよサブシス!

 詰めていた息を吐く――視界が晴れれば、なんか、巨人になったみたい。

 自分の身体はココにあるはずなのに、バルバトスそのものを、脳が躰だと認識してる。

 肉体との差異が曖昧になるほどに、リアルすぎるフィードバック――そのくせ痛苦が遮断され、サポートによる無理な活性化が。

 ――これ要らないし。

 神経遮断を解除する。こんなの、そのまま使ったら限界を超えて脳が稼働し続ける事になるじゃないか。

 おっそろしいな、リミッター解除。

 起動。ムーブのフレームの中に更にムーブを突っ込んでみる。単純な処理はサブシス任せ。ん。いける。

「出るよ!」

 格納庫が開く――視線の先に、赤い星。

 待ってて、“オルガ”。みんな。

 推進を吹かして飛び出せば、程なく火星の重力に乗れた。

 地球のそれより大分緩い。だからシールド程度で何とかなるけど、流石にフォーミングされた大気に突入すれば、半端ない熱を生んだ。

 機体が摩擦で光り出す。

 採掘場のある地点――座標を目指し降下する先で。

「……え?」

 センサーが、大地が割れるのを捉えた。

 刹那に奔った深紅の閃光。

 地表から成層圏へと突き抜けたそれに、大気が焦げ、雲が弾け飛んで蒸発する。

 卵の殻を破るように、悪夢が地上に這い出してくる。

 その姿を認め、バルバトスが吼えた。

 あまりにも現実味に欠けていて――まるで、ゲームのムービーのようだと思った。

 

 

 

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