【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】 作:くずみ@ぼっち字書き。
引っ張って行かれた先には、仮設テントがあった。
掴まった宇宙人みたいに、左右の腕を取られて現れたおれを見て、“オルガ”の眼から光が消えた。
『これは面倒くせえことになりそうだ』と、その表情が語っていた。
――だよね。
土埃に汚れたテントの中、傷の目立つテーブルを囲んで、ガタピシする椅子に、ギャラルホルンの頂点たる面々が座っている。
正面のモニターにはジジイが二人。
向かって右側にカルタとマクギリスとガエリオ、左にラスタルと、打ち拉がれた様子のイオク。
うん。色んな意味で脳が拒否しそうな光景だ。
「……どうしてこうなった」
隣に座ってる“オルガ”が、遠い目でつぶやく。
「ねぇ、おれ帰っちゃダメ?」
「駄目に決まってんだろ!」
即答である。
その剣幕に、マクギリスの眉がピクリと動いた――碧い眼に隠しきれてない笑みが垣間見えて、危機感が鰻登り。
ホントに帰りたいんだけど、全力で。
そんな気持ちを他所に、会議は粛々と始まった。
〈……流石に、イオク・クジャンをこのままと云うわけにはいかんな。アリアンロッド艦隊から外して、会計局にでも異動させるべきだ〉
モニターの中で、厳しいジジイが厳しい声で言う。
〈し、しかし、それではクジャン家の当主としての立場と云うものが……〉
豊かな贅肉を纏ったジジイは、イオクを――クジャン家を擁護する。
それに、マクギリスがやんわりと笑った。
「イオクは当主のまま、養子を取らせて、そちらを当主代行にすれば良いのではありませんか?」
ぐるりとテープを見回して、
「今回の件に関しては、さしものセブンスターズも、イオクを庇うことは難しいでしょう。何しろ、己の不手際でMAを甦らせたわけですから。――ですが、何もしなくては、下のものたちの不満は膨れ上がるばかりだ。……ご存知か、最近、若手士官の間では、革命軍なる組織が作られているとか。セブンスターズを解体し、出自や出身地での差別のない、新しいギャラルホルンを作るべきだと息巻いているらしい」
――革命軍って、首魁マクギリスじゃないのか、この時間軸だと。
つか、養子ってなんだよ。
そりゃマクギリス自身が養子だけど、表向きは妾の子、つまり実子扱いだろ。
クジャン家の養子、どっから取るつもりなのさ。
「革命軍を名乗る輩に対してアピールするためにも、このままイオクをアリアンロッド艦隊に置いておくよりも、外から新しい血を入れて、セブンスターズも変化するのだと知らしめた方が良い。このままでは、若手士官たちが暴走し、ギャラルホルンの改革を求めてクーデターを仕掛ける、と云うことにもなりかねない」
滔々と意見を述べるマクギリスである。
「……“オルガ”、おれ、やな予感がするんだけど」
むしろ、やな予感しかしないっていうか。
「奇遇だな、俺もだ」
“オルガ”の顔色は少し悪い。
そんなおれ達を置き去りにして、会議は進んでいく。
ウンザリだ――時おり向けられるアライグマ野郎の視線が鬱陶しい。
火星に来る途中でも何度か絡まれた。まるで新しい玩具か、物珍しいペットに対するような扱いに、こっちは爆発秒読みなんだけど。
――そろそろ、そのヒゲ毟り取ってやろうかな。
「そうね、このままイオクを処分なしにするのは、戴けないと私も思う」
カルタ姫が、イオクを睨んだ。
「ましてイオクは、これまで何度も失態を演じて、ギャラルホルンに深刻な損害を与えているわ。このままお咎めなし、となれば、セブンスターズの権威も揺らぎかねない。私はマクギリスに賛成するわ」
ガエリオが手を挙げる。
「俺も、マクギリスに賛成だ――イオク・クジャンの人柄の良さを否定する気はないが、それとこれとは別問題だ。独断専行した挙句に部下を幾たりも死なせ、下手をすれば火星の都市まで巻きこむ大惨事を引き起こすところだった」
ちらりとイオクに視線を投げて、
「士官たちの間でも、イオクのやり方については異論のあるところだ。このままなぁなぁで済ませては、いずれ燻る火種が大炎上、ともなりかねないぞ」
口調は厳しいものだった。
これまでどれだけやらかしてきたのさ、イオク・クジャン。
当人は、一言の弁明もなく、ただ俯いて震えている。
後見はラスタル・エリオンだったはずだ――つまり、これっぽっちも監督して来なかったって事だよね、アライグマ野郎が。
なのに、ねえ、なんでそんなに平然してんの。イオクに対して一言かけるわけでなく、謝罪の言葉が出る訳でもない。
何処までも他人事としか思ってないんだろう――うん。やっぱりヒゲは毟り取ってやろう。
〈だが、仮にもクジャン家の当主を、更迭するわけにはゆくまい〉
贅肉がまだ擁護してる。
マクギリスは、一拍おいて、にっこり笑った。
あ、やな予感最高潮。
「ですから、ここで提案がある。ここにいるオルガ・イツカと三日月・オーガスを、クジャン家の養子にして、オルガ・イツカを当主代行とするのはいかがか」
『――キター!!』と、声なく“オルガ”の唇が動いた。
まぁね、流れで予測はできちゃったけどさぁ。
だけど、なに言っちゃってんのマクギリス。阿頼耶識繋いで脳の神経何本かぷっつんしてる訳じゃないよね?
――頭かち割って中身見てやろうかな。
半眼で睨む。
〈オルガ・イツカと三日月・オーガス? そこの二人のことか? そもそもかれらは何ものなのだね?〉
厳しいジジイがモニターに顔を寄せてくる。
マクギリスが鮮やかに笑った。
「“夜明けの地平線団”討伐の折、協力してくれた民間企業のものですよ。銀髪の方がオルガ・イツカで、黒髪の方が三日月・オーガスです。三日月は、今回のMAの騒動で、あれにとどめを刺した優秀なパイロットです」
――こっち見んな。
〈……なるほど、七星勲章を授ければ、セブンスターズの一員としては申し分ないと云うことだな〉
「ええ。そして、オルガ・イツカの方は、パイロットの能力はともかく、政治力は申し分ない。クジャン家の立て直しには、もってこいの人物ですよ」
「ちょっと待ってくれ!」
“オルガ”が声を上げた。
「俺たちは、火星で民家警備会社をやってるんだ。セブンスターズがどうのって話だが、もしそれを受け入れたら、鉄華団の連中はどうなる?」
それが一番の問題だ。そもそもが『鉄華団ありき』なワケだし。蔑ろにされるのは許容できない。絶対に。
「――ギャラルホルンに組みこまれることになるのではないかな」
マクギリスが言うのに、“オルガ”は顔色を変えた。
「いや、それは無理でしょう! 皆が俺くらいの歳ならともかく、うちはまだローティーンのヤツも多いんだ。ちゃんとした軍隊なんぞにゃ馴染まねぇ、何か方策はねぇんですか」
必死に言い募る。
腕を組んだガエリオが唸った。
「……セブンスターズの一員になって、私兵として鉄華団を抱えるしかないな」
「って云うか、何で俺たちがクジャン家の養子に入ること前提なんです。今までどおり、外部の協力者って枠じゃ拙いんですか」
――それは無理だよ、“オルガ”。
おれ達は、その枠をうっかり飛び越えちゃったみたいだ。
「正気で云うのか、オルガ・イツカ。君たちは、君と三日月・オーガスが何をやったかわかっているのか。君たちは、ガンダムフレームを操って、MAを斃したのだぞ」
マクギリスの声には呆れた響きがあった。
「えぇ、ですけどね……」
「わかるか、火星の一民間企業がだ。今や、君たちは英雄譚の主人公だ。火星代表政府やアーブラウは、君たちを自分の下に置きたがる――蒔苗氏も、そうだっただろう?」
さて。蒔苗のジイさんが“オルガ”にどんな話をしたかなんて、おれは知らない。聞いてないし。だけど、予想くらいはつくよ。
多分、“オルガ”とクーデリアに未来を托したんだろう――火星と、圏外圏の。
「……もしかして、やり過ぎたのか……?」
“オルガ”から呟きが零れた。
――そうかも。
「失敗したな」
せめてハシュマルは、マクギリスかガエリオあたりにとどめを刺させれば良かった。
いまさら悔やんでももう遅いけど。
「――詰んだな……」
悲哀さえ滲ませる“オルガ”に、ひとつ頷く。
「詰んだね……」
袋小路だ。出口が見えない――
「何を迷うことがある」
心底訝しむ声だった。
「火星からセブンスターズの一員になると云うのは、大変な名誉だぞ」
ラスタルは、それを欠片も疑っていないんだろう。表情には、生まれ貴き者の傲慢さが滲み出ていた。
「クジャン家の力をもってすれば、鉄華団などと云う組織など、どうとでもできる。受けぬと云う選択肢はあるまい」
――あ“ぁ“?
「……あぁん?」
おれの声じゃなくて、それは“オルガ”の声だった。
「あんた、そんな風だからドルトで失敗したんだよ! ひとを何だと思ってんだ!」
椅子を蹴倒して、“オルガ”が怒鳴る。
カルタ姫が目を見張り、止めようと立ち上がるガエリオに、マクギリスが首を振る。
厳しいジジイは興味深げに髭を撫で、贅肉ジジイは『ひぃ』と仰け反った。
火でも吹きそうな眼差しを向けられる先で、ラスタルは眉を顰めただけだった。
「――ひと?」
何の話だ、と、青い目が瞬く。
「コロニーの人間も、圏外圏の人間も、あんたの好きに動かせる駒じゃねぇんだ! おもちゃの兵隊で遊んでる子どもじゃねぇ、自分が何をしてんのかくらい、はっきり自覚して動きやがれ!」
「おもちゃの兵隊遊び? 私がか?」
心外極まると、ラスタルは顔を顰めた。
「違うのか? ドルトの労働者たちの件なんか、もろにそうじゃねぇか。白の駒と青の駒で、陣取りごっこみたいにやりやがって……それで倒された駒は、みんな人間だったんだぞ!」
「それは当然のことだろう?」
いっそ滑稽なくらいに、言い分は噛み合わなかった。
ラスタル・エリオンは、“オルガ”の言わんとする事についての素地が無いんだろう。
“オルガ”の眼差しがスッと冷めて、それからひとつ息を吐いた。
飛んでった椅子をそっと戻しておけば、ドサリと座る。
「……いい。あんたには、何を云っても無駄だ」
――投げたね。
気持ちは分からなくないけど――平行線だろうからね。この話題は。
「――気骨があるな。特に、そちらの三日月・オーガス。この場で臆する風もないとは、気に入った」
――おれは気に入らん!
「どうだ、私のところに養子に入らんか? 私直々に、対艦隊戦の手ほどきをしてやろう」
「やだね」
突っぱねる。
大体、それマクギリスと“オルガ”に対しての意趣返しだろ。
“オルガ”からおれを取り上げられれば、〈夜明けの地平線団〉の一件での仕返しになるとでも思ったんでしょ。
マクギリスが眉を顰めるのに対して、アライグマ野朗はニヤニヤしてる。
「――で? 俺たちがクジャン家に養子に入るって、そんなことが本当にとおるのか。あんたたちのお嫌いな、火星出身の宇宙ネズミだぞ、革命軍とか云う連中だって、流石に受け入れ難いんじゃないのか?」
“オルガ”は撤回させようとして躍起になってるけど、包囲網は堅固だ。
〈それしきは何とでも、やりようはある〉
厳しいジジイが、薄く唇の端っこを持ち上げた――ちょっと凄みが増して、どっかの悪役でもやれそうだった。
「何を云い出すかと思えば。問題ない、君たちは、既に資格を得ているのだから」
マクギリスも微笑む。
「は?」
「セブンスターズに入るには、七星勲章を得ること、つまりMAを斃すこと、が必須条件なんだよ」
そして、ガエリオがセブンスターズのそもそもの成り立ちを掻い摘んで話してくれた。
まぁね、300年も前の成立の頃はそれで良かったかも知れんけどさ、混乱期だし。
でも、ホントにいまもそれで押し通す気なの?
“オルガ”が深いため息を落とした。
「……ミカはともかく、俺はそれから外れてるでしょうが」
セブンスターズのご先祖さまが、皆、モビルアーマーを斃した“パイロット”だったって言うんならそうかもね。
だけど、ガエリオは“パイロット”って限定はしてないんだ――“斃すこと”が必須なら、それは指揮官にも当て嵌るんじゃないかな。
例えば、モビルアーマーを斃せるパイロットの指揮を完璧に取れるとか、そんな感じで。
案の定、
「問題ない」
マクギリスが悪い顔で笑った。
「君が、“夜明けの地平線団”討伐でも見事に指揮を執ったことは、地球外縁軌道統制統合艦隊のものたちにも知れている。今回の件で、それはアリアンロッド艦隊にも広がっただろう。君に、セブンスターズ入りする資格がないと思うものは、少なくとも統制局と監査局にはいないと云うことだ。そして、セブンスターズも、君たちを迎えることに反対するものはない。あとは、君たちが頷けば終わる話だよ」
「……鉄華団のことは」
「グラズヘイムには余裕がある、そこに移転するのはどうだ?」
ガエリオは具体策までだす始末。
カルタが華やかに微笑んで、コクリと頷く
「………………詰んだ…………」
そうだね、“オルガ”。
こいつらみんな、逃がすつもりなんて最初から無いんだ。
ここに呼ばれたときには、このレールは既に引かれてた――あとは、どうおれ達を乗せるかってだけ。
これは面子の問題でもあるんだろう――セブンスターズは、“ガンダム・フレームでモビルアーマーを斃した存在”を、絶対に他所に取られるわけにはいかない――身内でなければ、抹消しにかかる可能性がある。いつかの時間軸みたいに。
「……俺たちのことはともかく、鉄華団に関しては、ここで俺の独断では決められねぇ。少し、時間を貰えませんか――幹部で検討したいので」
ガックリと落ちた肩が、ちょっと痛々しい。
マクギリスは満足気だが、カルタは少し案じる様子。
〈そうだな、子どももいるとなれば、考えなくてはなるまいな〉
「猶予はどれくらいにします」
〈一週間もあれば良いのではないか〉
〈良いのではないか〉
「妥当だな」
「それだけあれば、結論は出せるだろう」
――そんな風に、勝手に期限まで切ってくるし。ほんと、セブンスターズ何様様様だよ。
〈決まりだな。――では、一週間の猶予を与える。その間に総意を取りまとめ、返答するように〉
「――色良い返答を期待しているよ」
そんな言葉で締めるマクギリスを睨めば、得意げな微笑みが返った。
帰りは石動が送ってくれた。
別れ際に、『うちに来るといいよ』発言をかましてたけど、それ以外の道があるなら教えろよ。
ぶすくれて鼻を鳴らす。
さっきから危険信号が鳴り止まない。
マクギリスたちは一週間の猶予って言ってたけど、事態はもっと急を要する。
おそらく、3日のうちには余所からの――例えば火星代表政府とか――横槍が入るだろう。
そうそうに強行措置は取らんはずだけど、念の為、団員の外出は即時で止めとかないと。
難癖つけてどっかで人質として留め置かれて、鉄華団そのものが火星に足留めされるとか、面倒なことになりかねんし。
出迎えてくれたダンジに、可能な限り、団員の即時帰還、待機をお願いする。
あまり見ないだろうおれの深刻モードを感じ取ってか、ダンジは背筋を伸ばし、力強く頷いてくれた――任せたよ。
正直に言えば、叶うなら鉄華団は自由でありたかった。
だけど、この状況では、ギャラルホルンのところへ身を寄せるのが最良だろう。
名瀬を頼っても、いまのテイワズでは鉄華団を抱え切れない。
火星代表政府、もしくはアーブラウに抑えられれば、鉄華団は解体されかねない――都合よく使うために――その最悪のシナリオだけは何としても回避しなければ。
ああもう面倒くさい。
諸々で疲弊した脳に糖分を補うため、さっきマクギリスから巻き上げたチョコをモグモグしながら“オルガ”の後を付いていく――って、これ甘くないじゃないか!
「……ミカ」
歩きながら、チラリと横目で見てくるのを見上げ返す。
「なに」
――“オルガ”もチョコレート食べる? 甘くないけど。
「その――どうなんだ、いろいろ」
アチコチに彷徨う視線が忙しい――『チョコくれ』じゃないのか。なんだっけ、前にもあったなこんなの。そう、バルバトスに初めて搭乗ったときのことだ。
「身体が動き難いとか、不具合があるとかはないのか?」
ああ。案じてくれてたのか。
――ええと。まぁ、すっごく重たかったけど、潰される程じゃ……なくはなかったから、潰されないように耐えたっていうか、裏ワザを使いまくってみたっていうか。
このあたりはヤマジン・トーカ様様だ。
「とりあえずは大丈夫…な、ようにした?」
ちょっと自信ないけど、息の根止まったりはしないと思うよ。
まあ、モビルアーマーなんて、そう何度もエンカウントする敵じゃないし。
「そうなのか」
「うん、頑張った」
「……そうか」
そんな説明でも、“オルガ”は納得したようだった。
鉄華団本部の事務室、ドアを開けた先には、
「お帰りなさい」
見たこともあるような美女がいた。
――美人の会計士が居るって話は聞いてたけどさ。でも、蒔苗ジイさんの送迎警備三昧で、見に行くどころじゃなかったし。
「……“オルガ”」
「何だ」
――メリビットさん。
居るなら居るって言ってよ。いきなり遭遇するとビックリするじゃないか。
「ナンパしてきた」
「ふぅん?」
わざわざ連れてきたんだ。メリビットさん。
スラリとしたパンツスーツ。亜麻色の髪はフェミニンなボブスタイル、眼の色は濃いグレー。理知的なのにセクシーってイイね。
「はじめまして、メリビット・ステープルトンです。三日月・オーガス、さんですね」
差し出された手を恭しく握る。
「そ。宜しく(噂に違わずお美しい――事務室には女神がいるってさ)」
「(あら、ありがとう)宜しくお願いします。三日月さんのお話はかねがね」
小声でのやり取り。メリビットさんはフフって笑った――碌な話じゃなさそうで、聞くのがちょっと不安だけど、
「……どんな話?」
「凄いパイロットだとか、“女好き”だとか」
女好きってとこのイントネーション強めてくれるけど、男なんて大概女好きだし。
いたずらっぽく眉を上げてみせれば、また軽やかな笑いが。
「あと、団長さん、よく何かしようとして三日月さんの名前を呼ばれるので、仲がよろしいんだなと」
「……ふぅん?」
“オルガ”を見上げれば、あからさまに顔を顰める――ヒドいなぁ。
まぁ、ボスって、昔からおれが居なくても名前呼んじゃうことあったから、癖だよね。
「ビスケット、幹部を集めてくれ。緊急会議だ」
ニヤニヤしてるビスケたんを睨みながら、“オルガ”は緊急招集をかけた。
「え、いきなりどうしたの。事後処理会議で、何かやらかした?」
――なんでこっち見るのビスケたん。
「そうだった方がマシだったぜ……」
“オルガ”の疲れ切った声に、すぐさま真顔になったビスケたんは、鉄華団幹部を全員集めた。
「まさかと思うが、報奨金はなし、とかそう云うことじゃねぇだろうな?」
それどころの話じゃねぇよ、ユージン。
「いや、それは大丈夫だ。――そうじゃなくて、あー……」
「おれたち、セブンスターズに入れって云われたんだけど」
どう言ったって結論が同じなら、ズバッと言うさ。
「は?」
「あぁ?」
「何だって?」
一斉にキョトンとした顔を向けられるけど、聞こえなかった訳じゃないだろ?
「――……お前たちがセブンスターズ入り、と云うことは…どこかの養子に入れと云われたと云うことか?」
やや呆然として、クランクが言う。
「あぁ、うん……イオク・クジャンを処罰するから、当主代行を務めるために、そこに入れと。ミカは、ラスタル・エリオンが欲しがってる」
「はぁあ!? 三日月もかよ!!」
「まぁ、MAを斃したパイロットだ、それは欲しいだろうな」
ユージンとアインの反応は対照的だった。
「何だよ、いい話じゃねぇか。何を悩むことがあるんだ、入りゃいいだろ、セブンスターズ」
トドはニヤニヤ笑ってるけどさ。
“オルガ”は、ふーっと大きく息を吐いた。
「その場合、鉄華団をどうするかなんだよ……」
「「「「「「「あー……」」」」」」」
――みんな煩い。
「俺とミカが抜けたとして、鉄華団がこのままやってけるのか、あるいはギャラルホルンに組みこまれるか、それとも第三の道を探すか、ってことになるだろ」
――いやいや“オルガ”、そこ三択ないからね!
“オルガ”が――ついでにおれも――セブンスターズへ組み込まれることは避けられない。
鉄華団を守る為には、みんな一緒に連れてくしか無いんだ。
仮に火星にこのまま残した場合、こいつらは人質足り得る――おれ達にとっての。
そこで、もし“オルガ”が『政治的な判断』とやらで要求を突っぱねれば、その時点で切り捨てられる――あとの末路がどんなものであれ、碌なものじゃないだろう。
ハイエナはごまんといるんだ。後ろ盾に乏しい大人組で守りきれるもんじゃない。個々に能力があるからこそ、搾取されるのは目に見えてる。
「……ちなみに訊くけど、“第三の道”って何?」
「……クジャン家に入った俺が、私兵として抱える」
「ガエリオ・ボードウィンは、“グラズヘイムに余裕がある”って云ってた」
少なくとも、チビ共が独り立ちできるようになるまでの間は、それに乗っかるより他にない。
「オルガの私兵かぁ……」
――形式上はそうなるね。
「まぁ、確かに俺らだけだと厳しそうだけど」
「鉄華団は、お前のモンじゃねぇだろ!」
ユージンが叫ぶけど、そんなことは分かってる――それに、これはお前にとってもそう悪い選択じゃないよ。
「そう云う問題ではないぞ、ユージン・セブンスターク」
クランクがユージンの肩に手を置いた。
「ファリド准将やボードウィン准将が乗り気となれば、鉄華団をグラズヘイムに、と云うことは可能だろう。地球外縁軌道統制統合艦隊とは、それなりに連携もしたからな。――ひとつ訊ねるが、お前たちのセブンスターズ入りは、回避できるものではないのだな?」
問われて、“オルガ”がため息をつく。
「その辺だけでなく、火星に来てない二家も、決まったみたいなノリだったからな……」
――みたいじゃない。決まってたんだ、“オルガ”。
「まぁ、それは考えないことだな。セブンスターズが決めたことを、覆すのはとても困難だ」
「それは、何となくわかる――だが、ファリド准将のやり方は、騙し討ちに近いものがあったと思うぞ……」
――そりゃ騙し討ちだったんだろうさ。逃げられないように。
発端は例によってマクギリスだろうけど、ラスタル・エリオンでさえ反対しなかった。
ここでも、いつかの時間軸とは大きな乖離が起こってる。
セブンスターズ――ギャラルホルンは、終焉に向かうんじゃなくて、回帰に舵を切ったんだろう。かつてのアグニカ・カイエル――“脅威と戦い人類に平和を齎す存在”に、いま一度立ち戻ろうとして。
その象徴として担ぎ上げられるこちらとしては、いい迷惑だけど。
だって、おれにとって大事なのはこいつらであって、人類じゃないし。
単に、人類滅んだらこいつらが大変だから、ナントカしなきゃって思うくらい。
そーゆー意味では、おれの視野はそうとう狭い。
「正直に云うけど」
ビスケたんが難しい顔で腕を組んだ。
「オルガがいなくなったら、鉄華団がこのままやっていけるとは思えないな。僕たちはまだ若いし、正直、現場でも舐められることが多い――クランクさんやアインさんがいれば、ちょっと違うけどね。それでも今、何とか仕事を請け負ってこなしていられるのは、こう云うと何だけど、強面のオルガがいるからだよ」
ダンテが深々と頷く。
「あー、そう凄んでるわけでもないけど、他処の連中は引いてるもんなー」
「うん、現場にオルガが来た後は、結構仕事がやり易いって、警護の連中も云ってた」
チャドも同意。
“オルガ”はムスッと口をへの字に曲げた。
「それは、良かったって云うべきか、悩むところだな……」
「まぁ、“オルガ”だもんね」
強面だから。コドモや犬猫に恐れられるって言うか――慣れちゃえはそーでもないんだけど。
言えば、ガシと首根っこを掴まれた。
――ヒドイ! ホントのコトなのに‼
「まぁそうだな、おめぇが抜けると、同業者の嫌がらせやら妨害やらは酷くなるだろうな。おめぇは、ギャラルホルンとも、何だかんだでタービンズとも繋がってる。ギャラルホルンとテイワズの、両方を敵に回すのはゴメンだ、ってのは、よく小耳に挟むからよ」
ほら、トドだって否定しないじゃないか。
「……って云うか、俺はどんだけヤクザもんだと思われてんだよ……」
「“オルガ”、ドスがきいてるから」
普段からヤクザだし、メガネかけるとインテリヤクザになれるし。
掴まれた首根っこにさらに圧力が――ガガッ。
「……どうする副団長、やれると思うか?」
そう聞いてる“オルガ”の顔、まるきり悪役だからね!
ユージンは“オルガ”を睨みつけ、それから、プイと顔を逸した。
「あー、正直自信ねぇ!」
「ユージンも、ちょっと舐められるところあるもんねぇ」
ビスケたんが肩を竦めると、ダンテとチャドも笑いながら頷いてた。
「うるせぇ! ――……確かに俺は、てめぇほどドスはきかねぇよ。民間警備会社なんて、まぁゴロツキの集まりみたいなもんだからな。俺らみたいな若いのばっかじゃ、この先難しいってのはわかる」
「……一応、名瀬さんの下に入る、って選択肢もあるぜ」
――無いよ。
それこそ底無し沼だ――裏社会に引きずり込まれたら、子供達がどんなことになるか。
「あぁ? ダメダメ、あいつ、てめぇが欲しいんだろ。てめぇと三日月のいない鉄華団なんて、メリットねぇよ」
そんな風にユージンは言うけど、鉄華団の価値は、今やおれ達だけじゃ無い。
シノやアストンを筆頭に、パイロットの質はギャラルホルンにも劣るもんじゃない。
ダンテとトドの情報収集能力に、ビスケットやチャドの調整力、ヤマギ達の整備手腕、それからユージン、お前のとんでもない操船技術だって。
だからこそ使い潰されるのが怖いんだ。
「……そんなこともねぇだろ」
「いーや、あるね!」
「まぁ、そこはどっちでもいいんだけど」
――まぁね、そんな言い合いしてる場合じゃ無いのは確か。
「もう、選択肢なんてないじゃない。オルガと三日月はセブンスターズに入る、僕らはその私兵として、グラズヘイムに行く」
ビスケたんがきっぱり結論を陳べて、一拍の後、皆が頷いた。
「……それでいいのか」
“オルガ”は確認するけど、最初から道はそれしか無いんだよ。
「しょうがないだろー」
「他にどうすんだよ、なぁ?」
「他の連中に喰いものにされるよりは全然」
「グラズヘイムが本拠地なんて、カッコイイぜ! だろ?」
「まぁ、“寄らば大樹の陰”と云うからな」
「地球外縁軌道統制統合艦隊となら、心配はないな」
――ほら、皆のほうが分かってるじゃないか。
「まぁ、後はおめぇの心ひとつってことだぜ、オルガよぅ!」
トドに背中を叩かれて、やっと“オルガ”の眼差しが定まる。いつもの鋼の色の光が、その両の眼に灯っていた。
「――よし、ファリド准将、ボードウィン准将の話を受けよう。鉄華団は、グラズヘイムに移転する」
――やっと決めたね、“オルガ”。
「そう決めたなら、急いだ方がいいよ。火星代表政府が、足止めを食らわしてくるかも」
もしかしたら、もう動き出してるかも知れない。
「……どう云うことだ」
――予測できるでしょ。
あの“セブンスターズ”が騙し討ちなんて手段に出てまで事を急いだ理由。
「ファリド准将が云ってたでしょ、火星代表政府やアーブラウが、俺たちを自分の下に置きたがるって。それをやるなら、今一番有利なのは、鉄華団本部のある火星代表政府だ。シャトルのポートを封鎖されたら、手も足も出ない」
――抜け道は無くはないけど、それだって急がないと塞がれるだろう。
“オルガ”がビスケたんの顔を見る。ビスケたんはユージンに視線を移して、ユージンはダンテ、ダンテはチャドを。
ぐるっと視線が回ったところで。
「即日退去だ」
――さあ、忙しくなるよ。
「デクスターさんとメリビットさんには、事務室の撤収を頼もう。ユージンとビスケット、クランクさんとアインは、団員の意志の確認と撤収の指示、ダンテは、おやっさんやヤマギに話をしてくれ。今請け負ってる仕事はどれだけある?」
「奇跡的に、今は何もないよ。蒔苗氏を送り迎えするから、長期の仕事は断ってたしね」
「よし。なら、あとは桜農場だが――あそこは桜ちゃんに頑張ってもらうしかねぇな」
チラリと“オルガ”が視線を向けてくるから、頷く。
半端につながるのは駄目だ。一度完全に鉄華団から切り離さないと。
いっそ、ありったけの資金を置いていくといい――一緒にこれない連中の受け皿にもなる筈だ。
「よし、2100には完全撤収だ。残る奴以外は、各自MWやMSで出るぞ! 荷物には構うな、急げ!」
「「「「「「「おう!!」」」」」」」
じゃあ、“オルガ”、あと宜しく。
おれはおれで支度が色々あるからね。
部屋を飛び出していく皆の顔には、不安と期待が、おんなじくらいに浮かんでいた。
「恩を買うぞ!」
〈――は?〉
間抜けな声だった。
一足遅く、宙港にもマスドライバーにも手が回っていたから、新江・プロトに連絡してみた――ら、
「“ミカァ”!!」
「……三日月」
「――雑音が入ったみたいですいません。こちらは鉄華団のビスケット・グリフォンです」
“オルガ”に叩かれ、クランク仁王に頭を鷲掴みにされ、ビスケたんに通信端末をもぎ取られた。
物凄く痛かった。
そんなこんなで、すったもんだの騒動だったけど、取り敢えずギャラルホルンルートでアーレスまで無事に上げてもらうことができた。
カルタ姫のとこから迎えが来るまでの間はここで過ごさせて貰えるらしい。
割り当てられた部屋は、今まで過ごしてた鉄華団本部よりも、よほど綺麗で快適だった。
さすがギャラルホルン。
「ドッグの片隅にでも放り込まれるのかと思った」と、感想を零せば、新江三佐が「恩を売らねばならないのだろう?」と笑った。
さて、売った先はマクギリスなのか“オルガ”なのか――おれなのか。
――今のうちにちょっと返しておこうかね。
取り敢えず、本部から解体して運んできた例の装置を、ダンテとふたりで最低限組み立てて――全部組み立てるには流石にスペースが足りないし、後日また移動するからね――起動させてみる。
「どーよ、三日月?」
「ん。動く」
モニターを覗き込んで、ニンマリ。
膨大な通信データが明滅してる――隣に回り込んできたダンテも、満足そうに頷いた。
じゃあ、めぼしいものを拾おうか。
新江三佐の利になりそうなものはあるかな――
「「あ?」」
――なにこれ?
それぞれのウィンドウで作業してたのに、呟きは同時だった。
短時間で遣り取りが急増してる通信がある――余程に急を要する案件でも発生したのか――テイワズだ。
厄介事の匂いがぷんぷんする。
読み解いていけば。
「――ッ⁉ 三日月、これは‼」
ダンテの顔色も変わっていた。
「すぐに“オルガ”に知らせて。おれ、もう少し探ってみる」
「おう!」
飛び出していくダンテを背中で感じながら、情報を選り分けて精査していく。
――どうしてこうも厄介事が続くのさ。
映し出されたすべてのデータは、テイワズのトップが内部で暗殺されたことを示していた。
マクマード・バリストンを殺したのは、幹部だったジャスレイ・ドミノコルス。
血で血を洗う抗争の始まりだ。
名瀬・タービンとジャスレイ・ドミノコルス――どちらに“オルガ”が加勢するかなんて、知れたこと。
まあ、あのド腐れ外道野郎には、イオクの件での恨みもあるしね。
今後のことを思えば、潰す頃合いなのかも。
「……『Sleep no more. Macbeth does murder sleep !』」
主殺しの王ーーかの悪役ほどの罪悪感が、あのド腐れにあるとは思えんけど。
ドミノコルス、安心できる眠りは、もうお前に訪れないよ。
あとは色褪せた葉が落ちて、朽ちるのを待つだけだ。