【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】 作:くずみ@ぼっち字書き。
統制局の仕事は忙しい。
いや待て、局長補佐は他にもいるはずだ。と云うか、ガエリオ・ボードウィンはどうした。まさかと思うが、またマクギリスとお茶しているのではなかろうな?
「クジャン一佐、こちらもお願いします」
って、石動・カミーチェ、今こっちのフォルダにどれだけの決済待ちがあるか、わかって云ってるか。
「……局長と、ボードウィン准将は」
「外出中です」
「まさかと思うが」
「ボードウィン家のアフタヌーンティーに」
「仕事しろ!!」
叫んだって仕方あるまい。
「クジャン一佐にもお声がけしたかったご様子でしたが、席を外しておられたので」
あれか。謎の武器使用許可を求めてきた件で、ラスタル・エリオンを問い詰めてる間にいなくなったのか。
「土産を持って帰る、との、ボードウィン准将からのお言づけです」
と云いながら、タブレットを差し出してくる石動は、淡々としている。
――くッ、許嫁からの誘いだからって、ほいほいと……!
アルミリア・ボードウィンとマクギリスの仲は、もちろん応援している。応援しているが、こう云うのは勘弁してもらいたい。仕事が溜まって仕方ないではないか。
「……俺のサインで構わないのか」
「もちろんです」
差し出された画面を良く読んで、不備がないようなので、末尾にサイン。“オルガ・イツカ・クジャン”などと書くのは、“オルガ・クジャン”をどうしても書き間違えるからの、苦肉の策だ。お蔭で、最近ではすっかりそれで定着した。まぁ、云い慣れない、書き慣れない名前は、元のものに近づければ間違いにくくなるものだ――フォローがきくと云う意味で。
「……あー、これが片づいたら、グラズヘイムに行ってやる」
自分に云い聞かせるために呟くと、
「イシュー准将は、よくこちらにいらしているでしょう」
と云われるが、そこじゃないのだ。
「鉄華団の方だよ!」
「あぁ……」
生ぬるく笑われるが、偶には羽根を伸ばしたい。
ジャスレイ・ドノミコルスの件からすぐに、ヴィーンゴールヴに連れてこられ、クジャン家に養子に入って、かれこれ三年。マクギリスは出世して統制局長になり、ガエリオはその副官に、さらにその補佐官の一人として、自分と石動が入局している。
階級は一佐、ごり押し感のあるセブンスターズ入りからイシュー家への婿入りで、よくもこんな階級でギャラルホルンに突っこんでくれたものだ。
当然のことながら、最初はやっかみと蔑視ばかりだった。何しろ、厳しいことで有名なマクギリスにべったりされ、ガエリオからもそこそこに頼られているとなれば、仕方のないことだろう。
最初はとにかく下手に出て、無駄口と云うコミュニケーションを取っていたら、そのうち収まってきた。まぁ、カルタ・イシューの親衛隊みたいな輩からは、まだまだあたりはきついのだが。
“義父”であるイオク・クジャンはと云えば、総務局で会計部に配置され、なかなか大変な日々を送っているようだ――と云うことを、帰宅するたびに当人からこぼされるので、知っている。正直、イオクの態度を見ていると、どちらが“父親”かわからなくなる。それは、元のアレならば、イオクくらいの年齢の息子がいたとしてもおかしくはないが、それにしても。
「……本当にそろそろ、鉄華団の様子も見に行きたいんだよなぁ」
私兵として、グラズヘイム1に鉄華団を置いて、かれこれ三年。地球外縁軌道統制統合艦隊の下請け的な仕事をこなしつつ、皆よくやってくれていると思う。
“三日月”が、ラスタル・エリオンの養子としてアリアンロッド艦隊に入り、鉄華団は、シノを最大火力として動いている。団長はユージンだが、ビスケットやクランクたちの意見も聞きつつ、うまく運営してくれているようだ。
そう、クランクとアインは、ギャラルホルンに戻らず、そのまま鉄華団に留まってくれている。“オルガ・イツカと三日月・オーガスが抜けた後が不安だから”などと云って、そのまま幹部として居続けているのだ。
あの二人がいるお蔭で、グラズヘイム1の地球外縁軌道統制統合艦隊とも意志の疎通が巧くいき、割合楽に仕事ができると、ユージンも云っていた。クランクとアイン様々だ。
その上、あちらは元“夜明けの地平線団”のヒューマンデブリたち――例のジャンニが頭らしい――とも仕事をしているのだそうで、知らぬ仲ではない鉄華団とは、共同作戦の連携もスムーズにいって良いのだそうだ――と、カルタが云っていた。
カルタ・イシューとは、昨年結婚した。と云っても、大々的な式を挙げたわけでもないし、クジャン家のこともあるので、婚約した、に近い感覚ではある。カルタはグラズヘイム1、こちらはヴィーンゴールヴの勤務なので、遠恋のような感じでもある。恋、とは、少し違うような気もするが。
カルタとは、主に向こうがヴィーンゴールヴにきた時に会うような具合である。父親からは、早く後継をとせっつかれているようだが――こればかりは、なるようにしかならないだろう。もちろん、体外受精なんて云う方法もあることはわかっているが。
“三日月”は、盛大に文句を云いながらも、エリオン家に入っていった。ラスタル・エリオンはご機嫌だったが、それが二日と保たなかったのはよく知っている。
士官学校を卒業――の前に、学校占拠やら何やら、悪徳の限りを尽くしたらしいとは聞いた――後、バルバトスに乗って、未破壊のMAの調査、発掘、駆除に駆り出され、忙しい日々だとは聞いている。先刻、ラスタル・エリオンに事情聴取に行った時に、今回も活躍したと云う話をされたのだ。“三日月”を自分のものにしたのだと云いたかった――分断するのがお好きなラスタルらしいやり方だ――のだろうが、こちらも割合頻繁に会っていて、本人の本音を聞いているので、軽く流すだけで終わったのだ。
もちろんのこと、“三日月”は、ラスタル・エリオンについて、不満を口にしていた。“人参をぶら下げて走らせるくせに、ゴールしてもくれやしない”と云うようなことを。
早晩、ラスタル・エリオンは、己の行いのつけを、その身を以て払わされるのだろうなと思う。基本的に“三日月”は、守るとか従うとか決めた相手以外には冷たいし、それに行動を制限されようものなら、物理的に排除することも辞さないタイプなのだ。
流石に、義理とは云え自分の父親を、抹殺したりはしないだろうが――ばっちり報復されるだろうことは、想像に難くなかった。
――ま、そう酷い真似はしねぇだろ。
向こうには、ヴィダール――ガラン・モッサもいる。“三日月”に“Daddy”などと呼ばれるあの男が、うまく両者のバランスを――取れるならいいのだが。
まぁ、ラスタル・エリオンの自業自得だ。今まで会った連中皆が皆“使い辛い”と云った“三日月”を、手に入れようなどと望むから。
それにしても、
「――これが片づいたら、本当にグラズヘイムに行ってきていいか」
返したタブレットの内容をチェックしている石動に云うと、
「構いませんよ。そろそろ准将たちにも、お仕事をして戴きましょう」
などと、顔も上げずに云う。
「いや、あいつらも仕事してないわけじゃ……」
否定的なことを云われると、思わず庇ってしまうが、まぁ――確かに最近は、当初ほど仕事熱心ではないかも知れない。
だが、それも仕方あるまい、何しろ、
「……結婚式も近いからなぁ……」
そう、マクギリスとアルミリア・ボードウィンの挙式が近いのだ。
六月の花嫁は女神に祝福されるとやら、入ってすぐに、あの二人は晴れて結ばれる。元のアレ的に云えば、ジューンブライドと云うやつである。
アルミリア嬢が十五になるのを待っての式なので、兄であるガエリオの感慨もひとしおなのだろう。マリッジブルーにならないようにとの気遣いなのか、とにかくマクギリスを誘い出し、妹が不安になる隙を与えないようにしているようだ。
そのお蔭で、こちらに仕事がたんまり回されてくるわけなのだが――まぁ、こちらもあの二人が結ばれるのは嬉しいので、無碍にはできないのだった。
とは云え、あまりそれにかまけられては、統制局の仕事が滞る。適度にこちらもこなしてもらわなくてはなるまい。
とにかく目の前の事務仕事を片づけて、十日ほどの休みを貰う。
マクギリスもガエリオも、快く送り出してくれた、のは、カルタの手前もあるのだろう。立場の違いがあるので仕方ないが、カルタが単身赴任のようなかたちになっているのをいつも愚痴っていて、そろそろ統制局から、地球外縁軌道統制統合艦隊に異動させて欲しいと云われているのを、あの二人がはぐらかしているような恰好なので。
ヴィーンゴールヴ内のポートに向かっていると、緑の制服――アリアンロッド艦隊のそれに身を包んだ女性と行きあった。
「これは、クジャン一佐」
と云うのは、ジュリエッタ・ジュリスだ。敬礼されるのに、軽く頭を下げる。
「どうも」
「あなたに云うのは筋ではないのかも知れませんが、三日月はどうにかならないのですか」
柳眉を逆立て、ジュリエッタが云う。ガエリオに対してもそうだが、本当にセブンスターズをそうとも思わない扱いだ。まぁ、こちらもその方が気楽なので、ついそれを許してしまっているのだが。
「どうにもならんよ。ミカは、まぁ自由だからな」
「自由」
いかにも不本意だと云うように、ジュリエッタは眉を寄せる。
「自由の意味を履き違えているのではないですか。自由で、士官学校を占拠したりはしません」
「ははは、まぁ、アイツならやりかねねぇよ」
しかし、学校占拠は一人ではできないから、在学中にそう云う悪仲間を見つけたか。
――ラスタル・エリオンも大変だな……
とは思うが、だからと云って同情はしない。“三日月”を欲しいと云って手に入れたのだから、自業自得だ。多分、ヴィダールだって、事前に警告はしていたのだろうし。
「それにしても、限度と云うものがあります。いくら二つ目の七星勲章を授与されたからと云って、やっていいことと悪いことがあるでしょう」
「それは、そっくりエリオン公にお返しするぜ。対MA戦だからって、許可なくダインスレイヴを運用していいってことにはならねぇ」
と云うと、ジュリエッタはぐっと言葉に詰まった。流石に拙いと云う気持ちはあったのだろう。
そう、先日“三日月”が出撃したMA戦――個体名は“シャクジエル”と云ったらしい――において、ラスタル・エリオンは統制局の許可を得ることなくダインスレイヴをぶっ放したのだ。しかも、ぶっ放した上に外して、結局ダメージを与えられなかったと云うのだから、お粗末極まりない。正直、アリアンロッド艦隊の面々には、猛省を促したいところだ。
そんなこんなで、“三日月”には七星勲章が授与されたが、ラスタル・エリオンはお預けとなった。御本人は、“エリオン家のものが授与されたのだから同じこと”などと云っていたようだが、強がりにしか聞こえないのは気のせいだろうか。
まぁ、とにかく、
「……悪いな、俺はこれからやっと休暇でね。残りは帰ってきてからで頼む」
とは云え、その頃ジュリエッタたちがまだヴィーンゴールヴに留まっているのかどうかは、預かり知らぬところだったが。
ジュリエッタ・ジュリスはまだ何か云いたげだったが、唇を噛むと、
「失礼しました」
と云って敬礼をよこした。
それに片手を挙げて応えると、今度こそクジャン家の船の待つデッキに向かって歩き出した。
クジャン家の船は、もちろんハーフビーク級のものである。本来はイオクが使うものだが、当主代行と云うことで、こちらも使用して良いとのことだったので、ありがたく使わせて貰っている。
が、今回は圏外圏まで出るわけではないので、云ってみれば自家用シャトルのようなものになる。元のアレ的に云えば、“スペースプレーン”と云うものだ。
乗り組むのは、クジャン家累代の家臣――と云うのだろうか――たちだが、かつてのハシュマル戦で幾人かは失われてしまったので、新しく人を入れている。と云っても、火星のスラム上がりに仕えてくれるようなものたちだ、元々の面子よりも、幾分癖のある輩が集まっている。
「オルガ様、グラズヘイム1に向かうので宜しいですな?」
と訊いてくる艦長は、先代――つまりイオクの父親――の頃からいる生粋の“船乗り”と云うヤツだ。
「おう。久しぶりに、鉄華団の連中にも顔見せときてぇからな」
「奥方もおられますからな」
その言葉に、クルーの間から笑いが湧き上がる。
「そんなんじゃねぇよ」
確かに、カルタにも会うつもりではあるが。
着席し、ベルトを締めたところで、隣りに坐った副官からタブレットを差し出される。
「これを。“フギン”からです」
「ん」
タブレットには、最近の圏外圏の、ヴィーンゴールヴには上がってこない情報が入っていた。
そう、クジャン家に入ってすぐに、自分用の諜報機関を立ち上げたのだ。それが“フギン”と“ムニン”、オーディンの二羽の鴉の名を冠したものだ。クジャン家の紋章がフギンとムニンなので、それに引っかけたネーミングである。“フギン”は圏外圏の情報を、“ムニン”はギャラルホルン内の動向を、それぞれ探らせている。
そして、
「……流石はトドだな……」
“フギン”と云うのは、実はトド・ミルコネンが率いているのだ。
と云うのも、グラズヘイム預かりになった鉄華団では、トドの仕事はあまりなく、いい機会だと、マクギリスに紹介して、例のモンターク商会の支配人に据えてもらったのだ。
トドは、モンターク商会の仕事をこなしながら情報を集め、こちらに流してくれる手筈になっている。もちろんマクギリスには了承済だ。まぁ、一蓮托生だからこそのことだとはわかっているが。
対して“ムニン”は、先刻の“新しく入れた人員”から構成されている。やや監査局の仕事とも被るようだが、こちらはもうちょっと卑近な――有体に云えばゴシップなども含めて集めている部署になる。ギャラルホルンの公的な組織ではないので、ほぼ情報収集するだけだが、あまりにも目に余る事態が確認された時には、証拠を揃えて監査局に通報するようにもしている。微妙な目で見られてはいるが、そんなこんなでお目溢し戴いているような状況だ。
「――へぇ、クーデリアが、遂に火星代表首相になるのか」
トドの報告で、ひときわ目を引いたのは、その項目だった。
まだ、ギャラルホルンに公式な知らせは入っていないから、あくまでも下馬評的なところはあるのだろうが、こうして知らせてくるからには、まったく根拠のない噂話、と云うこともないのだろう。
蒔苗の爺も亡くなって、その遺志を継ぐかたちでの政界進出だったが、中々順調に運んでいるようだ。
原作のラストで、ラスタル・エリオンとヒューマンデブリ禁止条約の調印をするのが、多分二年後のはずだから、そろそろそれくらいになってもらわなくては困るのだが。
――あと二年で、あそこまで持っていけるもんかな……
まぁ、ヒューマンデブリはゆっくりと減少しつつある。そのあたりは、鉄華団とジャンニたち元“夜明けの地平線団”のヒューマンデブリたちの活躍、それから名瀬率いるテイワズのお蔭もあるだろう。
昭弘が、ラフタ・フランクランドと結ばれたこともあって、名瀬はテイワズ内で、ヒューマンデブリを使うことを全面的に禁止した。と云うか、それまで使っていたヒューマンデブリたちをすべて解放したのだ。
地球でも圏外圏でも大きな経済力を誇るテイワズのこの措置に、じわじわと世論が動いた。今では、大企業のほとんどで、ヒューマンデブリは使われなくなってきている。いずれ、それが中小の企業にまで広がりを見せてくれば、禁止条約締結まではもう一息だろう。
もちろん、禁止条約が締結されたからと云って、即ヒューマンデブリがいなくなるわけではないが、やはり普通に人身売買が成立するか否かと云うのは、表での需要を左右する。一般の企業であれば、法令違反になるのを承知でヒューマンデブリをやり取りしようとは思うまい――それくらいなら、安い子どもなぞを使い捨てた方がマシ、と云うことになるだろう。ちょうど、CGSがヒューマンデブリなみならず、参番組の子どもたちを弾除けにしていたように。
そちらはそちらで取り締まる必要があるが、とりあえずは人身売買を禁止するところからはじめなくてはなるまい。子どもの保護も、その先にある。大人の人権が守られないのに、まして子どものそれなどは、考慮されもしないのだろうから。
「……やっと、いろいろ動き出しそうだな」
ヒューマンデブリを禁止したら、そこからさらに地球と圏外圏の不平等解消を働きかけなくてはならぬ。
それらすべては、クーデリアが火星代表首相になるところからはじまるのだ。
「オルガ様の仕事が、いよいよ増えますな」
副官が笑う。
この男は“オルガ・イツカ”より大分歳上――マクギリスたちよりも、むしろ名瀬に近い年齢だと聞いた――で、家柄もそう悪くはなかったのだが、何故か成り上がりのこちらを気に入って、下についてくれたのだ。今では万事を取り仕切る、仕事になくてはならない部下である。
「こう云う仕事なら大歓迎だな」
「やり甲斐はありますからなぁ」
「まったくだ」
とか云っているうちに、シャトルはポートを出航した。飛行機よりも大きな加速、ジャンボジェットと云うよりも、小型機のそれに近い。浮き上がって、ぐんぐん高度が上がっていくのがわかる。飛行機よりも気圧の変化が少なく、そのあたりは技術の進歩だなと思う。
やがて、機体は安定し、一旦の水平飛行に入った。これからは、ゆるやかに高度を上げていくのだ。
ふっと息をつき、新人クルーの供する茶を受け取る。
と、後方のドアが開く音がして、足音がひとつ聞こえてきた。
そして、
「この艦は占拠した!」
聞き慣れた声が云う。
――おいおい。
声の主は、今ここにいて良い人間ではない。
「“ミカぁ”‼」
アリアンロッド艦隊に配属されたばかりじゃなかったのか。それでクジャン家のシャトルにいるとはどう云うことだ。
怒鳴るが、副官はにこにことするばかりだ。
「おや。ハイジャックですか? オーガス三佐、いま席をご用意しますね」
こくりと頷く、って、“三日月”も調子に乗るんじゃない!
「甘やかすな! ……ったく、よく抜けてこれたな?」
確か、件のMA戦の後始末は、報告書の提出も済んでいない状態だったはずだ。
「半端に目こぼしされた感じ? つか、グラズヘイムに行くときはおれも連れてってって言ったのに、ひとりで行くのズルいよね!」
などと云うが、こちらもようやくもぎ取った休みなのだ。
「グズグズしてると局長に引き留められるだろう。どうせお前は勝手に乗り込んでくるしな」
それを期待していたわけでは、まったくないが。
「ヒドイなぁ」
“三日月”は笑って云い、割りこむように隣りの席に坐った。
差し出された紅茶を受け取り、
「ありがとう」
などと云って、口をつける。
そうしておもむろに、
「ハイこれ」
小箱を取り出し、こちらの掌に落としこんできた。
「なんだ?」
「カルタ姫にお土産。好みのお菓子だよ。どーせ、用意してないんでしょ? “オルガ”からだって渡しなよ」
そう云われて、思い出す。そう云えば、土産なんて用意していなかった。いや、鉄華団へは既にいろいろ送ってあるのだが、肝心の“妻”であるカルタには。
こう云うところに気がつくところが、今も“昔”も“三日月”がモテる秘訣なのかも知れない。だからと云って、毎度毎度修羅場なのは、あまり感心できないが。
こう云う気遣いを、女相手なら誰にでもしてしまうところが、誤解させるもとなのだろう。やはりここは、賢くやや悋気持ちなくらいの女を娶らせて、しっかり手綱を握らせるべきではないか。
こちらのそんな気分も知らぬげに、
「ちゃんと、“オルガ”の筆跡でカードも用意したから」
『俺の可愛い妻へ いつも心は傍に』ってさ、などと“三日月”が云う。
――はぁァ!?
そりゃ私文書偽造と云うやつではないのか。
しかも、得々とした顔などしやがって。
「“ミカ”のくせに生意気だ!」
思わず叫んで締め上げる。
「ぎゃあアァァァァァ!!」
悲鳴が上がるが、いかにも嘘くさい。いや、慌てているのは確かだが。
副官たちが、隣りでくつくつと笑っている。が、当然誰も助けようとはしない。すっかりじゃれ合いだと思われている。
「やめてよ、他の土産が潰れるじゃないか‼」
なるほど、鉄華団の、主に子どもたちへの土産が入っていると云うことか。
「……なんだ、まだ何か仕込んでんのか。って言うか、ずっとそのコート着てるんだな、お前は」
一期の頃から三日月・オーガスの着ていた、草色の、あのぶかぶかのコート。
今は、下にアリアンロッドの制服を着ているが、これを羽織っているせいでか、あまり昔と印象が変わらない。
「アライグマだって、セブンスターズの制服の上からアリアンロッドの隊服を羽織ってるだろ」
とは云うが、あちらはどっちもギャラルホルンの制服だ。
それを、民間警備会社のマークの入ったコートを上から、なんて、良く思わない輩も多いのではないか。
が、
――まぁ、何を云えるわけでもないか、何たって、七星勲章二つの英雄サマだもんな。
その上、養子とは云え、ラスタル・エリオンの後継者でもある。セブンスターズにとやかく云えるものなど、そうそういはすまい。敢えて諫言を口にしそうなものと云えば、ヴィダール――ガラン・モッサとジュリエッタ・ジュリスくらいのものか。
――あの二人が野放しにしてるんなら、まぁ仕方ないってなるか。
そもそも、ラスタル・エリオンに反抗的だと云う話は、統制局内部でも有名なことなのだし。
「楽しみだな。みんなに会うの」
そんなことを考える横で、“三日月”は、鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌だ。
――まぁ、今考えても仕方ないか。
既にこの機体は、二万キロ近い高度に達している。ラスタル・エリオンの手も、罵声も届かない遙かな高みにいるのだ。
“三日月”は、アリアンロッド艦隊に戻れば、まぁいろいろあるのだろうが――二機目のMA殲滅を成し遂げたのだ、少しは羽根を伸ばしたとて構うまい。そう、少しならば。
――なるようになるさ。
そう考えると、それ以上こねくり回すのは止めて、背中を座席の背にゆっくりと沈めた。
グラズヘイム1に到着すると、地球外縁軌道統制統合艦隊からは小リスが、鉄華団からはタカキとアストンとライドが迎えに出ていた。
「三日月さん!」
ライドが、仔犬のように飛びついていく。元のアレ的に云えば、ライドもそろそろ高校生くらいだろう。まだ小柄ではあるが、それでもだんだん子どもっぽさは抜け、一人前のパイロットらしい精悍さが出てきている。
「ライド!!」
と抱きとめる、“三日月”と背丈もそう違わない、と云うか、もう少ししたら見下されるのではないかと思うくらい、順調に背丈も伸びているようだ。
そんな姿を微笑ましそうには見守るタカキ、そしてその隣りに立つアストンも、やはりすくすくと成長している。こちらは、そろそろ大学生くらいだろうか。
原作のとおりに仲の良さそうなこの二人は、最近では準幹部扱いなのだとはビスケットやユージンたちから聞いていた。
そもそもかつてのアーブラウ、地球支部があった頃は、その幹部として団員たちを動かしていたのだ。それから四年が経てば、それは貫禄も出てくるだろう。
いかにもな美少年だったタカキは、その爽やかさを保ったまま好青年に成長している。女子率の低いグラズヘイムでは知らないが、地上に降りればさぞや少女たちに騒がれることだろう。
一方の、“三日月”ご贔屓のアストンはと云えば、すらりとした青年になっている。未だ表情は薄いところがあるが、折々に微笑む姿を見せたりしていて、噂では、タカキの妹のフウカと何やらあるようだ。まぁ、兄公認なのだろうし、いずれは二人の結婚式、と云うことになるのだろう。楽しみな話である。
「おかえりなさいませ、クジャン一佐、エリオン三佐」
小リスが、かちりと踵を合わせ、敬礼をしてくる。後ろにいる若手士官たちも、それに倣う。
「ああ、戻った」
「ただいまー」
と応えるのは、ここがカルタの仕切る基地であり、そうであるからには自宅も同然、と最初に申し渡されていたからだ。
それ以来、グラズヘイムを訪ねる時には、必ず“帰宅の挨拶”をすることになっている。
「准将は」
「執務室でお待ちです」
なるほど、仕事が忙しくて、立てこんでいるのか。それなら、襲撃して一息入れさせるか。
「――ミカ、俺は一旦向こうに寄ってくる。お前は、まっすぐ行くんだろ?」
「うん」
「それじゃあ、後でな」
そう云って、頭を下げてくる三人に手を挙げると、妻の待つ司令部へと向かう。
カルタは、グラズヘイムの中でも見晴らしの良い、地球と宇宙とが一望できる執務室で、デスクに齧りついていた。
「……カルタ」
この眺望を独占しながら、満足に楽しむこともできないのは大変だな、と思いながら声をかけると、妻はぱっと顔を上げた。
「オルガ!」
立ち上がるのへ歩み寄り、両手でハグ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
触れるだけのキスをすると、カルタの白い頬がほんのりと染まった。
かつての白塗りを改め、最近はナチュラルメイクになっているようだ。眉はまぁ、元々のようだからともかく、ルージュの引き方なども変えたので、素材の良さが引き出されている。最近はまとめ髪にも凝っているようで、“大人可愛いまとめ髪”とやら、しっとりとした風情である。
その様に、親衛隊たちが歯噛みしているのだとは、小リスからも聞いていた。
「……なに?」
カルタが不審そうに見上げてくる。
「いや……いつも綺麗で、皆がどきどきしながら見てるんだろうなと」
「……あなたは?」
「訊くまでもないだろ?」
そう云いながら、両頬にキス。
と、後ろから咳払いが聞こえた。おっと、小リスの存在を失念しかけていた。
「准将、エリオン三佐も到着なさいました。あちらは鉄華団の詰所に」
途端に、カルタの顔がきりりと引き締まる。
「わかった。他に異常は」
「ございません」
「よし。下がって良い」
「は。失礼致します」
きちんと敬礼し、小リスは退出していった。
――ちょっと、羽目を外しちまったかな。
微苦笑し、“三日月”の用意してくれた菓子を渡す。
「これ。――大したものじゃないんだが」
「まぁ!」
目が輝くのを見て、やはりきちんと土産は用意すべきだったなと反省する。次からは、忘れずに何かを持参しよう。
「忙しそうだが、一服しないか。その方が、効率も上がるだろう?」
「……そうね。お茶にしましょう」
カルタは微笑んで、ベル、ではなく、デスクの表面を叩いた。
ややあって、茶器一式と茶菓子を捧げ持った下士官がやって来る。金髪碧眼の美青年――これも、親衛隊の一人なのだろうか。
若者は、セッティングをし、それぞれのカップに紅茶を一杯分ずつ注ぐと、ポットにティーコジーを被せ、一礼して退出していった。
「さ、戴きましょう」
カルタが云い、焼き菓子に手を伸ばす。
バターがたっぷり焼きこまれた焼き菓子は、香り高い紅茶とよく合った。
「……そう云えば」
一息ついて、カルタが口を開いた。
「マクギリスとアルミリア姫の挙式は、もうすぐよね。どんな様子なの?」
「あー……姫君が、マリッジブルー気味で、な。准将たちが、日々ご機嫌伺いに行ってるよ」
「“准将たち”って、まさかガエリオも?」
妻の眉根が寄る。化粧の仕方はやわらかくなったが、そうすると、元来の気の強さがあらわになる。
「まぁ、可愛い妹姫だ、仕方ないところはあるさ」
「そんなのは、マクギリスに任せておけばいいのに! そんなだから、アリアンロッド艦隊のお嬢さんと、中々話が進まないんだわ!」
「あー……」
確かに、ガエリオは、ジュリエッタ・ジュリスにアプローチをかけていたはずだが――そう云えば、最近は話を聞かない。破局――と云うところまではいっていないか――したと云う話も聞かないが、進展はないままなのだろう。
「自分もそう若くはないのだから、マクギリスたちのことは本人に任せて、自分の心配をするべきよ!」
幼馴染には手厳しいカルタである。
「はは……まぁ、式にはジュリエッタも招待されてるんだろ? そこで進展があるかも知れないじゃないか。式も近いし、アルミリア姫といられるのもあと少しだからな」
「それはそうだけれど……」
「なるようになるさ。心配することはない」
「……そうね」
微笑みが返る。
そして、ふと思い出したように、
「そう云えば、三日月から事前に連絡があったのだけれど――今日この後、鉄華団でバーベキューをやるのですって。ものすごい荷物が送られてきていたわ。肉とか、燃料とか、機材とか」
「はぁ?」
聞いていない、と云うか、
「どこまで肉が好きなんだ……」
一応地球圏とは云え、グラズヘイムは静止軌道上にあるのだ。要は外部に酸素のない、密閉空間である。そこでバーベキューなど。
「……大丈夫なのか、その、換気とか、酸素量とか」
「そこは大丈夫よ。循環システムは、余力があるわ。それに、厳密に云うと燃料と云うか、動力源みたいなもののようだったし。……もちろん、顔を出すのでしょ?」
「今日は、普通に晩餐なのかと思ったが――それなら、今日の晩飯はそっちだな」
「そうね。私も招待されているの。今日はそちらに行きましょう」
お茶を飲み終わり、カルタの執務室を後にする。次は、鉄華団だ。
詰所に入ると、そこは既に“三日月”の襲撃を受けた後だった。
「やぁ、オルガ」
ビスケットが、苦笑とともに迎えてくれる。
「よう。元気だったか、ビスケット」
「お蔭様で。……忙しそうだね、ファリド准将たちはお元気なの?」
そう問われて、肩をすくめる。
「結婚式が近いからな、そっちでてんやわんや、ってとこだ」
「あぁ、そうだよね。僕も招待されたから、楽しみなんだ」
誰かの結婚式に招かれるって、なかなかないしね、と云う。
「昭弘とラフタはまだなのか」
「もだもだしてるよ」
「何だ」
てっきりこちらも近日公開予定に、と思っていたのだが。
ビスケットは苦笑した。
「まぁ、ラフタさんもこっちにはきてるわけだし――時間の問題だと思うよ」
「そうか、ならいい」
そう云いながら、詰所を見回す。
と、
「オルガ」
と手を挙げたのはチャドだった。他には、この場所にはクランクしかいない。残りの幹部はどうしたのか。
「ユージンとアイン、ダンテは、三日月に連れて行かれたと云うか」
「監視か」
と返すと、苦笑された。
「流石にそこまではいかないけど――ほら、三日月から大荷物が届いてたから、それの設営とか」
「あー、バーベキューか」
「そう。三日月、何考えてあんなに送ってきたんだか……鉄華団だけじゃ消費し切れないくらいの肉!」
「グラズヘイムの連中の分もあるんだろ」
当然、飛び入りのことは考慮しているだろうし。
「それにしてもさ! 凄い量なんだよ。どれだけ給料次こんだんだか」
「やりたいんだ、やらせとけ」
“昔”だって、牛や豚を潰して、近隣の連中を巻きこんでバーベキュー、みたいなことはやっていたのだし。
「しかし、正しい金銭の使い方を教えるのは重要だぞ、オルガ・イツカ・クジャン」
ぬっとクランクが首を突っこんできた。
「エリオン家に入ったのだから、そのあたりはきちんとさせなくては」
「いやまぁ、食うには困らないから、給料や報奨金を全部突っこんだだけだと思いますがね」
ラスタル・エリオンの手前、エリオン家の資産に手をつけることはないだろう。どうせつけるなら、もっとド派手にやるだろうし――スキップジャック級戦艦を、もう一隻調達するくらいのことを。
――まぁ、そんな無駄なこともするまいが。
ラスタル・エリオンに対する嫌がらせならば、もっと簡単にできそうなのだし。
「何を云う。クジャン家を経てエリオン家に入っているのだ、何かあれば、クジャン家とエリオン家の問題にもなるのだぞ」
「あー……まぁ、その辺は、お目付け役にヴィダールもいることだし」
ヴィダールには、一応“三日月”もなついてはいるようだったから、ラスタル・エリオンの血管が切れるようなことにはならないだろう――多分。
と、“三日月”への助け舟を出してきたのは、ビスケットだった。
「まぁ、三日月は、年少組にいろいろしてあげたかったんじゃないかな。ほら、前にミレニアム島でやったキャンプ、すごく楽しかったみたいだし――機会があったらまたするって約束、果たせてないもんね」
「あぁ……」
チャドが苦笑し、そう云えばとクランクも頷く。
「キャンプの代わりなら、仕方ないか。まぁ、三日月が来た時でもなければ、子どもたちも羽目を外せんだろうしな」
その言葉で、年少組が、グラズヘイムでどれだけ頑張っているのかがよくわかった。
「それじゃあ、余計に甘やかしてやりたいんだろ。まぁ、ミカのやりたいようにさせておくさ。――ところで」
三人に向き直る。
「トドから連絡がきた。クーデリアが、火星代表政府の首相になるらしい。……本人から、何か聞いたか?」
ビスケットは、目を丸くした。
「そうなの? 僕らは最近、すっかりギャラルホルンの仕事を請け負ってばかりだから、火星のことには疎くて」
「確かに、うちとは深い関係があったけど、政界進出した後は、そうそう連絡も取れなくなっちゃったしね。その辺は、オルガの方が詳しいんじゃないかな」
「うむ、特には聞いておらんな」
「そうか……」
とは云え、クーデリアのことだ、圏外圏の権利拡大やヒューマンデブリ廃止のことで、こちらを巻きこむのは既定の路線のはずだ。
いずれ、クーデリアが圏外圏すべての代表として地球と交渉するような時がくれば、こちらに声がかかるのは間違いなかった。
――まぁ、今考えても仕方ないか……
それに、ギャラルホルンと交渉となれば、クジャン家当主代行などではなく、マクギリスやラスタルあたりの出番なのは確かなのだし。
と、騒々しい声とともにドアがばたんと開いて、ユージンとダンテ、アインが入ってきた。
「ユージン、ダンテ、アイン。久し振りだな」
「オルガ!」
ユージンは叫び、いきなり胸ぐらを掴み上げようとして失敗した――身長差を、すっかり失念していたようだ。
「お前、三日月、アイツどうにかしろよ! 何だあの大荷物!」
「ユージン、流石にそれは拙いぞ。士官たちに見つかったらどうする」
冷静な声で突っこむのはアインだ。流石は元ギャラルホルン士官だが、根本的に諌めるわけでないところ、すっかり鉄華団に染まっている。
「大丈夫、オルガが云い訳してくれりゃ、向こうだって引き下がるさ、なぁ?」
そう云う問題ではないことを口にするのはダンテだ。まったくもって相変わらずである。
「バーベキューをするんだとさ。カルタも招待されたから、この後来るって云ってたぞ」
そう云うと、ユージンどころか、ビスケットやダンテまで、焦ったような顔になった。
「え、大丈夫なの、それ」
「俺たち、コーリスさんに怒られない?」
「グラズヘイムの司令官が許可するんだから、平気だろ」
それより、手伝わないと、カルタが来るまでに設営できるのか、と云うと、皆はっとして、どやどやと外に出て行った。
ユージンたちについて行くと、大きな空間――MSの格納庫か何かだろうか?――にテントが張られており、“三日月”が、他の団員たちとともに、機材を配置したり、忙しく立ち回っていた。
それはともかく、山積みにされた食材の量がひどい。一体何人で食べるつもりの量なのか――これは確かに、クランクでなくとも心配になる物量だ。
――本当に、給料と報奨金、全部注ぎこんだんじゃあるまいな。
機材やら何やらまで含めると、そうであっても不思議はないくらいのものだった。
やや呆然と見ていると、
「オルガ・イツカ――いや、クジャン一佐」
声をかけてきた男がいた。振り返れば、そこにいたのは元“夜明けの地平線団”ヒューマンデブリ、ジャンニだった。
「別に“オルガ”で構わねぇぜ」
「そう云うわけにはいくまい。まわりへの示しもある」
もの堅く云うが、鉄華団の連中からして“オルガ”のままだ。ギャラルホルンならばともかくとして、その協力企業――ジャンニたちも、鉄華団と似たような立場なのだ――の人間であれば、そう堅く捉えなくても良さそうなものだが。
「……で? 調子はどうだ」
「まぁまぁだな。“夜明けの地平線団”がなくなっても、海賊はまだまだいる。当然、それに使われているヒューマンデブリもな」
「あぁ」
「それをすべて解放するのは難しいだろうが、それでも、何もしないよりはずっと良い。その機会を与えてくれたギャラルホルンには感謝している――そして、あんたにも」
「俺?」
何をしたわけでもなく、単にカルタたちに繋ぎをつけてやっただけだ。そもそもその前に、“夜明けの地平線団”の件で世話になったのはこちらの方なのだ。
それに、
「何かしたと云うんなら、ミカの方だろ。俺はまぁ、偶々と云うか――“袖すり合うも多生の縁”とか云うヤツだな」
それだって、恐らく“三日月”の方の関係なのだろうし。
「だが、あんたが枠組みを変えようとしてくれなければ、俺たちは解放すらされなかったんだ」
ジャンニは食い下がってきた。
「ブルワーズのヒューマンデブリたちを解放しなければ、俺たちも解き放たれたいなんて望みは抱かなかった。そう云うことだ」
「……俺、じゃなく、鉄華団だよそれは」
そして、“オルガ・イツカ”の望んだことだ。
「それでも、俺たちはあんたに感謝するよ」
「なら、少しばかりうちの連中に花持たしてやってくれ」
そっちの活躍は聞いてるぜ、と云うと、苦笑を返された。
「鉄華団に、俺たちが持たせる花なんてないだろ」
「そうでもないとおもうが――お?」
と、格納庫の中がぱっと明るくなった。
何ごとかと見れば、壁いっぱいに、赤い花の意匠が映し出されている。鉄華団のエンブレムだ。
あちこちから歓声が上がった。
「三日月――エリオン三佐か」
ジャンニが呟く。
「らしいな」
「本当に、鉄華団のものなんだな」
しみじみとジャンニが云った、次の瞬間。
壁や天井に投影された映像が変わった。
青い空と真夏の太陽、青い海と広い砂浜、の上を闊歩する、際どい水着の美女たち。
「――って!」
これはアレだ――元のアレ的に云えば、ハワイとかグアムとかサイパンとか、旅行会社に“常夏の楽園へ!!”なんてキャッチをつけられていそうな光景だ。
が。
「“ミカ”ぁぁァ!!!」
迷わず駆け出し、飛び蹴りを入れる。
が、紙一重で躱されてしまった。
「危ないじゃないか“オルガ”‼ なにすんのさ⁉」
「お前が何してんだ⁉」
南国ビーチはともかく、水着美女とか、意味がわからん。ギャラルホルンの格納庫の壁に、こいつは何と云うものを投影しているのか。
ぐるぐる唸っていると、カルタがやって来た。
が、ひと目見て現状を把握したかと思われる妻は、ぶふっと吹き出して、そのまま堪えようともせずに笑い出した。
“三日月”は、こんなときばかりキリリとした顔を作り、
「お久しぶりです、義姉上。ますますお美しくおなりですね。“オルガ”が羨ましくなります」
と、礼儀正しく挨拶をするが、それでも笑いは収まらない。
「み…みか、ふふふ、三日月、久しぶり…ね。ふ、ふふふふ…」
咳きこむくらいに笑っている。仕方なく背中を擦ってやるが、それでも笑い止まないようだ。まさしく腹が捩れている。
とりあえず、
「……クランク」
と云うと、心得たクランクは、“三日月”の頭を鷲掴みにした。
「アダダダダッッ!!?」
“三日月”が叫ぶ。うむ、普段どおりだ。
しばらくうごうごと蠢いていた“三日月”だったが、クランクの掌から逃げ出すと、投影画像から水着美女を消し、宴会を開始した。
それからは、もう酒池肉林――文字どおり――と云うやつだ。
鉄華団も、元“夜明けの地平線団”の連中も、地球外縁軌道統制統合艦隊の士卒たちも、一緒になって、喰らい、呑む。
そこに、出身による別け隔てなどは存在しなかった。
地球人も火星人もコロニー出身者も、元ヒューマンデブリもセブンスターズも。皆、同じところから食べ、呑み、肩を組んで笑い合っていた。
――ああ、いいな。
そうだ、こう云う光景が見たかったのだ。
今はまだ、グラズヘイムの中だけではあるが、いずれ、こんな光景を、地球でも火星でもコロニーでも、どんなところでも見られるものにしたい。
鉄華団がとりあえず生き残った今、次なる目標は、そのことになりそうだった。
「――何を考えているの?」
カルタが、ワインで満たしたグラスを掲げて、微笑んでくる。
「次の人生の目標を――こんな風な世界を作りたい、ってな」
「まぁ、壮大な野望ね。……素敵」
それに、自分のグラスを打ち合わせる。
夢は、まだ終わりではないのだ。
六月は、ギリシャ神話の女神ユノの月だ。
この世界では失われた神話だろうが、どうやら“六月の花嫁”の伝統は、損なわれてはいないらしい。
ともあれ、爽やかに晴れたこの日、マクギリス・ファリドとアルミリア・ボードウィンの結婚式は、華やかに執り行われた。
例の、青の美しいカテドラルが会場だ。
この世界の結婚式がどんなものなのか、自分の時にはよくわからなかった――云ってみれば、人前式のようなめのだったので――が、こうしてみると、元のアレの、特にヨーロッパの王室におけるそれに、割合よく似ていると思う。カテドラルそのものは新造だろうが、恐らくは、旧ヨーロッパの古い大聖堂をモデルにしているのだろうし。
祭壇に十字架があったりはしないし、神父にあたる人物の服装なども異なるが、誓いの言葉などはほとんど同じようなものだった。つまりは、“死がふたりを分かつまで”と云うものだ。
マクギリスはセブンスターズの正装に帯剣しており、アルミリアは純白のドレスに長いヴェール、指輪の交換から誓いのキスまで、まぁ概ね見たような、だがひときわドラマティックな式だった。
十五の花嫁は麗しく、初々しく、これがセブンスターズの式でなかったなら、からかいの口笛など吹く輩が山といただろう。何しろ歳の差十八だ、家同士の約束だと云うのが知られていなければ、ロリコンと揶揄されたに違いない。
だがまぁ、ヴァージン・ロードを歩いて行く新郎新婦は、緊張した様子ながらも既に仲睦まじげで、参列者の微笑みを誘っていた。
アルミリアの父であるガルス・ボードウィンよりも、兄のガエリオの方が大泣きしている。その横には、ドレス姿のジュリエッタ・ジュリスが坐っていて、ややうんざりしたまなざしを、隣りの男に向けていた。イオク・クジャンも、その近くで感動に打ち震えているようだ。
聖堂内には、他にアトラやクーデリア、その付添らしきフミタンと、ビスケットとその双子の妹たち――クッキーとクラッカ、それから何とトドの姿もある。あの二人が火星を訪れた際に相手をした面々や、その後近くしなった人間まで。マクギリスは、結構義理堅いようだ。
そう云えば、アリアンロッドからも数名、式に列席するものがあった。ジュリエッタや“三日月”はともかくとして、驚いたのはガラン・モッサがいたことだ。ヴィダールではない、仮面をつけていなかったから。
髪や髭を整えて、壮年の士官らしく、厳しい面持ちで席についていた。こうして見ると、いかにもギャラルホルンの人間らしかった。
式が終わり、列席者がぞろぞろと聖堂の外に出る。結婚式にはつきもの――この世界でもだ――の、ブーケトスがあるからだ。
それが終わると、今度は併設の庭園に移動し、そこで立食形式のパーティーになると云うことだった。セブンスターズ関係者ばかりでないので、できるだけ軽やかな宴にしたいと、新婦からのたっての願いだったのだそうだ。
ここから見える会場の庭園は、とりどりの薔薇が咲き乱れ、その華やかさは、下手な邸宅をも凌ぐほどだ。立食パーティーに不満を口にしていたものもあったようだけれど、はじまってみれば、そんなものも吹き飛ぶだろう。
既婚者は関係ないので、カルタとともに、そっと脇にどいておく。
と、空いた隣りに大きな人影が立った。
「――オルガ・イツカ・クジャン」
声をかけてきたのは、ガラン・モッサだ。
「おや、ヴィダールじゃねぇか。今日は仮面なしか?」
にやにや云うと、苦笑が返った。
「めでたい席で、仮面はないさ。まぁ、俺の顔を憶えている連中も、こんな場には来ないだろうしな」
なるほど、そう云えば、この男とラスタル・エリオンは、士官学校時代の友人だと云うことだったか。それならば、セブンスターズの若い二人の結婚式になど、参加できないものがほとんどだろう。素顔を晒しても、それほど問題はないと踏んだのか。
しかし、本来マクギリスともアルミリアとも関係のないこの男がここにいるのは、
「……もしかして、ミカのお目付け役か」
“三日月”も、マクギリスたちから直接招待されていたから、何かやらかさないかと案じての差配なのだろう。
案の定、
「そうだ」
とガラン・モッサは頷いた。
「本当にお前は策士だな、オルガ・イツカ・クジャン。自業自得なところもあるが、ラスタルは日々振り回されている」
「それにしちゃ、頑張ってると思うがな。俺の知る限り、手放さなかった記録更新中だ」
「……他は」
「半月も経たずに返品されてきたな」
「……なるほど」
まぁ、エリオン家の当主として、またアリアンロッド艦隊の司令として、負けた姿は見せられないと云う、半ば以上意地なのではないかと思うのだが。
「まぁ、意地だな」
ガラン・モッサの口から出てきたのも、それを肯定するような言葉だった。
「一度迎え入れたものを、手に負えぬと投げ出すのは、負けたような気分になるから厭なのだろう。――だから、はじめから止めておけと云ったものを……」
と云うからには、この男は反対したわけだ。
まぁ、それもそうか、一年以上側近くに置いていたのだ、いくら猫を被っていたとは云え、“三日月”の人為はよくよくわかっていただろう。
「……つまりは、いろいろやらかしてるってことか」
「有体に云えばな」
“三日月”は、頭を抑えつけられる――もちろん譬喩的な意味で――のが大嫌いで、ラスタルは割合そうしたがるタイプ、となれば、衝突するのは目に見えている。
大方、例の士官学校占拠事件も、ラスタルへの意趣返しと云うか、そんな向きもあったのだろうが――そのあたりの“処理”はラスタルの方が一枚上手で、養子の暴挙を“学内の不正を暴いた”などと美談に仕立て上げた挙句、手柄の一部を攫っていったわけだ。
だが、それでも当初は驚天動地の事態だったに違いなく、その報を聞いた瞬間に、マクギリスが大笑いしたのは記憶に新しい。ラスタルを心よく思わない連中にとっては、溜飲の下がる事件だったと云うことだ。
「ま、確かに自業自得だな」
早々に手放していれば、さほど苛々させられずに済んだのだろうに。
ガラン・モッサは肩をすくめた。
「エリオン家は、七星勲章の授与数が、他家に較べて少ないからな。このままでは、いつまでたっても席次が低いままだ。三日月は、それを挽回する意味でも、どうしても手放したくない人材なのさ」
なるほど、確かに、セブンスターズ会議の席次を見ても、エリオン家は低い方だ――いっそクジャン家の方がましなほど。それでは、セブンスターズ内での発言力は小さいままだ。手っ取り早く力を得るためには、バルバトスを操る“三日月”は、喉から手が出るほど欲しかっただろう、が。
「それで、あいつの無茶苦茶に耐えてるのか――ご苦労なことだな」
呟くと、ガラン・モッサからは苦笑が返った。
「仕方ない、名家と云うのは、いろいろと縛りが厳しいのだ」
「なるほど」
などと云いながら、新郎新婦の登場を待つ。
と、その前に、
「オルガ・イツカ・クジャン!!」
聞き慣れた、とまではいかない声が、怒気を含んでかけられた。
ラスタル・エリオンか、と思って顔を上げ――思わず吹き出す。
ラスタル・エリオンの顔は、変わってしまっていた。いや、整形などではない。髭が、すっかりきれいになくなっていたのだ。
「えーと……閣下、それは」
どんな顔をしていいのかわからずに、表情筋がうにゃうにゃと歪むのがわかる。いやいや、これは。
「……もしかして、ミカですかね……?」
問いかける。妻の方から、何やら妙な音が聞こえたのは、笑いを堪え損ねたか。
「そうだ!」
祝いの席だと云うのに、ラスタル・エリオンは怒髪天を衝いていた。
「しかも、剃刀ではなくワックスで! お蔭で当分、髭なしのままだ!」
「そりゃお気の毒」
と云ったら、睨まれた。他に何を云えというのだ、まったく。
「貴様、一体あれに、どんな教育をしてきたのだ!」
「いや、そうは仰いますがね、あれでもまともになった方なんですよ」
以前は、もっと無茶苦茶だったし、他人を人間と認識してもいなかった。それに較べれば、今は存在を認知するようになっただけましと云うものだ。
それにそもそも、“三日月”は、自分に害をなさない人間のことは、するっとスルーするだけなのだし。
「あいつは、極限まで伸びるゴム紐でもつけてる気分で放っておかないと、鎖ぶっち切って逃走しますからね」
「……ほら見ろ、お前の自業自得だ」
約束したことを、ちゃんと履行しないから、とガラン・モッサが云うのを、ラスタルはぎろりと睨みつけた。
「何の話だ?」
「この間のMA戦、無事に終わらせたら、三日月をグラズヘイムへ行かせると云っていたのだ」
「ははぁ」
それを反故にしようとして、この“悪戯”をされたわけか。
「私は、約束はしていなかった」
「期待させることを云っておいてか。俺は、最初に忠告していたぞ」
重ねてガラン・モッサが云うと、ラスタルはふいと横を向いた。子どもか。
「……とにかく、ミカは今、あんたの手許にいるんだ。躾けるのは俺じゃなく、養父であるあんたの役目だ、そうだろう」
大体この間だって、わざわざガラン・モッサをグラズヘイム1までよこして、“三日月”を回収していったのだ。手に余ると云うなら放逐すれば良いのに、それでこれなら、まったく自業自得以外の何ものでもない。
ぐぬぬぬぬ、と唸るラスタルに、カルタが声をかけた。
「ほら、新郎新婦の登場よ。ラスタル・エリオン、あなたもそんな顔をしてないで。お祝いの席よ、もっとにこやかに」
自分の娘ほどのカルタに云われ、ラスタルは渋々と矛先を納めた。
「あぁ、ほら!」
云われて見れば、カテドラルの入口、階段の上のところに、マクギリスとアルミリアの姿があった。
アルミリアはヴェールを上げ、晴れやかな笑顔をあらわに見せている。その手には、白薔薇と胡蝶蘭、カサブランカを合わせたブーケがある。
と、そのブーケがアルミリアの手を離れ、ふわりと宙を舞った。
階段下に集まった歳若い淑女たちから、わぁっと声が上がる。
いくつもの細い手が、花束目がけて伸ばされて――と、アトラとクーデリア、クッキー、クラッカの歓声が聞こえた。
「三日月!」
――は? 三日月?
三日月って、あの“三日月”か。
伸び上がってそちらを見ると、華やかに着飾ったご令嬢たちの少し後ろに、花束を手に、ぽかんとした面持ちの“三日月”の姿があった。
「すごーい、三日月!」
「次は三日月の番かぁ!」
クッキーとクラッカが口々に云い、
「よう三日月、次の花嫁になる気分はどうだぁ?」
トドがからかうように云って、下から拳を食らっていた。
「あら、三日月が」
「ほほう」
カルタとガラン・モッサが、微笑ましそうに云う。
が、目の色が違うものたちが若干名存在した。
「み、三日月……それ、あたしに頂戴」
「三日月、それは是非とも私に」
「三日月、お嬢様のために、それは私にくれるのでしょう?」
アトラ、クーデリア、そして何故かフミタンも。
いや待て、
――“お嬢様のために”とか云ったな……?
それはどっちの意味だ、クーデリアが“三日月”と結ばれたがっているからか、それともエリオン家の名前が今後のクーデリアの役に立つからか。
どちらにしても、自分が一番“三日月”の好みのタイプだと、わかっていてのこの科白だ、恐い。
「あら、三日月はモテるのね」
「女三人を天秤にかけるとは、結構な誑しだな」
「まぁ、あいつは“昔”から、女に関しちゃ碌でなしだから……」
何だったか、愛人三十人とか云う頃もあったのだったか。
「お前は違うのか?」
ガラン・モッサが、面白そうに云う。
「俺は、恐妻家なんですよ。……痛」
カルタにちょっと抓られた。がまぁ、基本、あまり浮気はしていない、はずだ。少なくともカルタと結婚してからはまったく。
「その代わり、男たちのハーレムを作ってるのよ、この人」
呆れ気味に云われるが、優秀な部下は、それはいくらでも欲しい。見目が良ければなお良いが、有能でなければ意味はないし、石動タイプの硬いのよりも、トドのような柔軟性のある方が望ましい。
結果、好きなタイプ――顔が良いとは限らない――の男ばかり侍らせていると、カルタにはいつも苦笑されている。まぁ、女に手を出されるよりは百倍まし、なのだそうだが。
「……どっちもどっち、か」
ガラン・モッサが笑う。
その向こうで、“三日月”は、女三人に迫られて、じりじりと後退している。
「……お」
と、隣りでガラン・モッサが、携帯端末を見た。
「どうした」
「いや、艦隊に残った連中から、緊急連絡だ。商船団が、海賊に襲われていると通報があったらしい」
「出動か」
「めでたい席だが、仕方ないな。結構な大船団らしい」
「――私も行くか」
ラスタル・エリオンが云うのへ、男は首を振った。
「お前はここにいてくれ。――三日月!」
その声に、植え込みの際まで追い詰められていた“三日月”が、顔を上げた。
「出動だぞ、来い!」
「はいよ、Daddy!」
と、キリッとしたような声を出して、“三日月”が駆け出す。後ろ手に放ったブーケが、再び宙を舞った。少女たちが、歓声を挙げた。
明るい、青い空に、白い花束。その美しいコントラストは、これからのこの世界の未来のように、鮮やかで美しかった。
笑みがひとつ、こぼれ落ちる。
花束の行方を見届けることなく、カルタの肩を抱くと、パーティー会場へと歩み出した。