【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】   作:くずみ@ぼっち字書き。

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一方その時"三日月"は 3

 

 

 

 捕虜を見に行った。

 オーリスのときは、半裸で縛られて倉庫の床にに転がされてたけど、クランクとアインはそんなことは無かった。

 拘束はされているけど、ちゃんと服も着ているし、マットの上に寝かされていた――粗末だけどさ。

 じっと様子を窺っていれば、ノックの音。

「誰?」

「私です」

 ドアを開けて現れたのは、クーデリアだった。

 それだけで、部屋が明るくなったような印象――なんだか眩しくて目を細める。

「ここは駄目だよ」

 ――こいつらはお嬢さんを殺そうとしたんだ。それが本意で無かったとしても。

 入ってくるのを止めようとするけど、クーデリアは、緩く首を振って部屋の中まで踏み込んできた。

「知らなければいけないんです」

 その強い意志。

 リラの瞳に見据えられ、少しだけ眉が下がった――あれ、仕事してる? 表情筋。

 多分、困った顔になってるんだろう。

 クーデリアも、少しだけ困ったように微笑んだ。

 と、背後で捕虜が身じろぐ気配。

 一瞬で前に出て、クーデリアを背後に庇った。

 先に目を覚ましたのは、クランク・ゼントだった。

 睨み据える視線の先で、彼は、自身の置かれている状況を、じっと把握しようとしていた。

 その視線がこちらを向き、ハッとしたように見開かれた。

 その苦渋の表情たるや――。

「クーデリア、下がって」

「――君が」

「黙れ――喋っていいなんて言ってないよ」

 クランクの言葉を遮って牽制。

 そのやり取りに刺激されてか、アインの方も目を覚ましたらしかった。

 低い呻きのあと、

「――…ここはッ!? クランク二尉!?? 貴様ァ!!」

 うわ煩い――起き抜けから血圧激高かよ。

 アインの剣幕に、背中のクーデリアが微かに震えた。

「黙れよ。クーデリアが怖がってる」

「貴様の指示はッ」

「止めろ、アイン!」

 クランクが静止する声。

「ですがッ」

「殺せなかった女を、今度は怖がらせるのか」

 吐き捨てれば、火を吹くような眼差しが一瞬向けられ、その後で狼狽えたように揺らいだ。

「クーデリア・藍那・バーンスタイン――あんた達が、MW小隊とグレイズ3機がかりで殺そうとしてたのは彼女だよ」

 二人の目が、少女に向く。

 まだ若い――あどけなささえ残す、けれど、凛として佇む花。こんな少女を殺そうとしたんだ――自分たちの蛮行を、思い知ればいいんだ。

 怖いだろうけど、お嬢さんには、あと少しだけ我慢してほしい。

 怯えなくて良いと、そっと寄り添えば、微かに震えてた手が肩にかかった。

 振り向く先に、気丈な微笑み――ホント、良いオンナになるよ、お嬢さんはさ。

 肚に息を溜めてから、二人に向き直る。

「誇り高きギャラルホルンが聞いてあきれる――どこに大義があった。あんた達からクーデリアを守っていたのはおれ達だ――まだお前の臍にも背が届かないヤツも居た。簡単に蹂躪できるとでも思ったか」

 声を強めるでもなく、淡々と。だけど、刺し貫くほどの気概を込めて。

 クランク・ゼントは無言だった。

 抜け落ちた表情。拳は震えるほど握り締められていた。

「俺は! ――俺達は……」

 アインは一度は顔を上げて、けれど、すぐに俯き、震えながら消えていった声。

「クーデリアは“火星”の、“圏外圏”のために声を上げた。それをボスは――“オルガ”は守ると決めた。そんな綺麗なもの、みんな、見たことが無かった――だから、守った。命懸けで」

 ――あの戦場を見ただろう?

おれ達は退かなかった。一軍が裸足で逃げ出したギャラルホルンの部隊にだって、ひと泡以上も吹かせてやったんだ。

「あの時、おれ達の目から見たあんた達は、クソみたいな悪党だった――おれみたいな宇宙ネズミになにを言われたって、あんた達は気にも留めないのかも知れない。だけど――」

 歯をむいて、笑みの形を無理やり作った。

 敵に牙を見せる――これは威嚇だ。とても原始的な、だからこそ奥底まで響く。

「“鉄華団”は、クーデリアの盾になる――誰が相手でも穿かせるもんか」

 そしておれは、鉄華団を率いる“オルガ”の――ボスだけの剣だ。

 ボスが思い描いた未来に辿り着くために、どんな敵だって屠ってやる。

 見据えるさきで、クランクが、肺の息をすべて出し尽くすような、長い溜め息を落とした。

「――お前が、三日月・オーガスだな」

 我々を倒した――と、絞り出すような声。

「鉄華団。率いるは、オルガ・イツカ。……お前たちの名を覚えておこう」

 その言葉とともに、酷く苦い、それでも優しくすら見える微笑みが向けられた。

 ――アインの方は、まだ打ち拉がれていたけど。

 これで、釘は刺せたのかな。

 クーデリアを促して先に部屋の外へ――廊下にはフミタン・アドモスが控えていた。

 お嬢さんを引き渡すとき、また冷たい視線を受けるのかと思ったけど、彼女から向けられたのは、何かを怖がるような、それでいて縋るような眼差しだった。

 一瞬で逸らされてしまったけど。

 部屋に戻って、捕虜の拘束を解く。

 二人は驚いたような顔をした。

「……いいのか?」

「まだ逃げたり暴れたりするの?」

 聞いてやれば、言葉に詰まる。

「ボス――“オルガ”が、あんた達なら良いよって。でも、その信頼裏切ったら、おれが殺すよ。必ず」

 これは脅しじゃない。

「ああ」

 クランクが頷いた。

「肝に命じておこう」

「そうして。トイレは右の突き当り。食事はこの部屋で出す。拘束は解くけど、あんまりウロウロしないで。チビ共が警戒する」

 素っ気なく告げて、部屋を出る。

 見張りは、シノと昭弘に頼んだ。

 

 

 

 格納庫に向かう途中で、ビスケたんに捕まった。

「三日月!」

「なに?」

「オルガが、『アレ捨ててこい』って」

「縞パン(青)?」

 確認すれば、複雑そうな表情。

「……なんで分かるの? と言うか、どうして縞パンなの?」

「縞パン(青)。そういう“お約束”なんだ」

「どんな約束!?」

「ん? なにかの」

「ごめん。全然わからないよ」

「だろうね」

 肩をすくめて。

 ギャラルホルンのMWの火星駐屯地は調べてあるから、あそこに縞パン(青)≒ オーリスを捨ててこいってコトだよね。

「縞パン(青)は倉庫?」

「格納庫に移しておいた。コンテナに閉じ込めてるけど、丁重に扱ってね」

「包装済か。分かった。捨ててくる」

「丁重にね! 中身は人間だからね!」

 ――縞パン(青)の中身って言い方、なんか生々しくて嫌だな。

 つか、誰か履かせたんだろう? どーでも良いけど。

 格納庫に行けば、おやっさんが疲れた顔をしてコンテナの前に立っていた。

「あれ? 履かせたのおやっさん??」

「なんの話だ」

 呆れたような顔。

「縞パン(青)。捨ててくるね」

「――オルガといいお前といい、何故そんなに縞パンに拘るんだ……」

 違う――おれはそこまで縞パン(青)に拘ってなんかない。縞パン(青)にかけるボスの情熱を邪魔したく無いだけだ。

 そして、その後、バルバトスに乗って縞パン(青)を捨てに行った。

 行きはまだしも、帰りは思ってたより大変だった。

 思い出すのも面倒くさいから、その話は割愛するし報告もしない。

 砂塵まみれになったバルバトスを見て、整備班は嘆いていた。

 また遊んできたのかと、おやっさんには大目玉を食らった――最近、拳骨に遠慮がなくなってきた気がする――まことに遺憾。

 仕方ないでしょ、帰り道で、た ま た ま、崖の崩落に巻き込まれたんだから。

 でも、“オルガ”の敵は少し減った。

 ギャラルホルンの駐屯地に近づこうとしてた、元CGSの残党とか――もう何処にも居やしないから。

 そう。マルバとか。

 火星の崖は崩れやすいから、ホント、気をつけた方がいいと思うよ。

 

 

 と、ある日。

 人間、土と生きると、心が癒やされるよね。

 ビスケたんの婆ァ様が経営する農園は、見渡す限りのトウモロコシ畑だった。

 目に痛いような青空の下の緑は圧巻。ずっと見ていたくなるよ。

 食用と言うより、バイオマスエタノール――バイオ燃料がメインとのことだけど、もちろん食える。

 元CGS――現鉄華団の年少組は、ここでの手伝いで貰える駄賃と、現物支給をたいへんに楽しみにしていた。

 とても真面目に働くから、重宝されるし、褒めてもらえる。

 そんな、わりと当たり前の境遇を、チビ共は長らく受けてこなかったから――うん。やっぱりアイツらサクッとやっちゃってて良かったね。

 バンバン実をもいだり、バッサバッサ刈り込んだり、まとめてワッサワッサ運んだり。

 大口を開けて笑うチビ共をほわほわ眺めたり。

「――平和だ」

「って思いたいだけだよね、三日月さん」

 ニヤニヤ笑いながら、チビの一人が突いてくる。

 いや、光景だけ見れば平和なんだよ、確かに。

 チラリと投げる視線の先に、お互いに満面の笑顔で対峙しているアトラとクーデリア。

 なのに、なんで背後に暗雲稲妻龍虎の幻覚とかが見えるかな。

 ――クワバラクワバラ。

「さっきまでは、どっちがいっぱい三日月さんに助けられたか対決やってたけど、次はなんだろうね?」

 いや何やっちゃってンのさ、レディたちよ。

 一緒にいるフミタンの眼差しはもはや絶対零度で、ビスケたんの双子の妹――クッキーとクラッカは、なんだかキラキラした瞳を見合わせてキャッキャしてる。

 ――……ああ。

 人間、土と生きると、心が癒やされるよね。

 目に痛いような青空の下のトウモロコシ畑は圧巻。ずっと見ていたくなるよ…。

「三日月さん、現状見ろよ」

 呆れた口調。生意気なその物言いに少しだけ眉を上げ、ワシャワシャとその髪を掻き回してやれば、ギャーだのワーだの、悲鳴のような笑い声が響いた。

 ひとり構えば、我も吾もと突っ込んでくるから、持ち上げたり転がしたり。

 最近、こーゆーのが増えた。以前は幾分か遠巻きにされてる印象だったけど、この頃は、なんだかんだで世話を焼く羽目になってる。

 別に子供好きってわけじゃないんだけどね。

 まあ、さっきまでひたすら無心になるべく作業してたから、大分捗ってる。少しくらいの余裕ならあるか。

 一緒になって転げ回る。

 両手に一人ずつ抱え、脇から一人飛び付かれ――ぐぉお。首絞まってるって!

 と、不意にかすかな響きが耳に届いた。

「――Shhh!」

 おれの緊張を見てとって、瞬間に潜まる騒ぎ――このあたり、この子らの危機察知能力は半端ない。

 見回せばクッキーとクラッカが居ない。

「アトラ!」

「え? なに三日月?」

 いきなり呼ばれて戸惑ったらしい少女に構わず、トウモロコシの茂みを指差す。

「クーデリアと一緒にその辺に潜ってて。フミタンも。じっとしてて」

 戸惑うアトラより先に、フミタンがクーデリアと アトラの手をとった。

「さ、こちらへ」

 うん、できる女だ――良いね。

 チビ共を一瞥。

「お前らは待機だ」

「三日月さん気をつけて!」

 身を翻して駆るさき、お喋りしながら道に向かって歩いていく少女たちと、やたら高そうな車が走ってくるのが見えた。

 あれに乗っているだろう男達を知っている。

 マクギリス・ファリドと、ガエリオ・ボードウィン。

 ここら辺の、やけにガタガタ煩い車と違って、そのエンジン音は静かで、だから彼女達は気づかない。

 物語の中では、このあと、彼女達は轢かれかかるだけで、マクギリスからお詫びのチョコレートを貰うのだったか。

 だけど、ここは画面の向こうの世界ではないのだ。

 ――心音が痛いくらいに鳴る。

 車体が少女たちに迫る――

 思い切り地面を蹴りつけて跳躍――着地と同時に二人を掴んで――跳躍。

 切りつけるようなブレーキ音と、勢いを殺しきれずに進む車体――轍は、ちょうど、少女二人が存在していた線上を過ぎっていた。

 何が起きたのか把握しきれて無いんだろう。腕の中で固まったままの小さな体は、呼吸さえ忘れている。

 そっと背を撫でれば、途端に震えだした――怖さが追いついて来たんだろう。

 でも、ギリギリで間に合った――間に合ったんだ――良かった。

「危ないじゃないか!」

 青い髪の若い男が顔を出す――ガエリオだ。

「…ァん?」

 ――お前が言うなこの前方不注意野郎が摺り潰すぞ。

 こみ上げる殺気を視線に込めれば、一瞬怯んだ気配。

 反対側のドアが開いて、今度は金髪の方――マクギリスが下りてきた。

 見るからに仕立てのいいスーツに、洗練された物腰。

 整い過ぎた感さえある白皙の美貌が、いかにも申し訳なさそうな表情を作っていた。

 ――役者め。

「すまなかったね、怪我はないかい?」

 突然現れたキラキラしいイケメンに、腕の中で震えてたはずの女の子二人は、ワタワタとスカートの裾を整えながらすっくりと立ち上がった。

「だ、大丈夫です!」

「飛び出してごめんなさい!」

 ――くそう。これがイケメンの威力か。

 ギリギリしていれば、例のお詫びのチョコレートが。

 ――轢きかけたのをチョコで済ますって、ホント、“圏外圏”の人間の命って安いよね。

 冷めた目で見る。

 視線に気づいてか、マクギリスは少しだけ興が引かれたように、首を傾げて瞬きした。

「この辺りの子かな?」

「桜農場の娘たちだよ」

 ――お前たちがいま轢きかけたのは。

 言外にそう伝えれば、苦笑が返った。

「後日、改めてお詫びに伺おう」

「そうして」

 答えるのに、当の娘たちときたら。

「とんでもない!」

「三日月さんたら!」

 いやこいつら金持ってるから。貰えるもんは貰っとけ。

「で? 余所のヒトがこの辺に何の用事?」

「お前には関係がな…」

「君は最近この近くで起きた騒ぎを知っているかな?」

 ガエリオを制止して、マクギリスが尋ねてくる。

 視線で先を促してやれば、微笑みは絶やさずに、やけに鋭い眼差しと沈黙が返った。

 いやいや。笑顔で圧かけてくるって、それ子供に向けるべきもんじゃないからね。

 さて、どーしたもんかな。ああ、でも、ここでこいつら釣り上げれば“オルガ”の土産に丁度いいか。

 地球への航路の件で、『ここでマッキーに繋ぎをつけられりゃ…』とかなんとか頭抱えてたし。

 よし、釣ろう。

 とりあえず、

「“どっかの”MSとMWがドンパチやってたコトならね」

 何でもないことみたいに伝えみる。

 ほら、目の色が少し変わった。

「なるほど?」

「詳しい話が出来る奴も知ってる――案内しようか?」

「ふむ」

 少し悩む様子――チラリと寄越される視線に、肩を竦める。

「要らないんなら良いよ。おれ、収穫の手伝いに戻る…」

「いや、待ってくれ」

「マクギリス、なにを話し込んでるんだ。そんな暇はないぞ」

 煩いよガエリオ――つか、お前、たった今、女の子二人轢きかけたの忘れてんのか。

 ――良いだろう。今度、バルバトスで轢いてやるよ。

 密かに殺気を募らせれば、トン、と、指先で肩を叩かれた――宥めるみたいに。

「この子供が、“例の件”について見せたいものがあるそうだ」

 きらめく金髪を仰ぎ見る――いや、そこまでは言ってない。

 ジト目になるが、どこ吹く風だ。

「信用できるのか?」

「先程の……なかなかの身のこなしだった。農場の子には見えないね」

 なんか察されてたっぽい。

「良いだろう。お前、こちらへ」

 偉そうに――実際偉いんだろうけど、ガエリオが促す。

 でも、おれにはお前にへつらう理由はないんだよ、生まれ貴きガエリオ・ボードウィン。

 フー、と、息を吐いて。

「クッキーとクラッカは、このまま戻ってチビ共に伝えて。おれは用事ができたから、お前らはビスケットの言うことをよく聞いて、“全員、良い子にして”待ってろって」

あの子等なら、それで分かるだろう。

 クーデリア達を匿って、指示があるまで身を潜めてくれるはず。

 無邪気な少女たちは、なんの疑問も抱かずにただ頷く――それで良い。

 傲然と顔を上げて車に近づく。

 ガエリオが土汚れに顔を顰めるけど、知るもんか。

 マクギリスの視線が旋毛に落ちる――身長差が憎らしい――無視して後部座席に乗り込んだ。

なぜか、隣にマクギリスが座る。

 ガエリオは変な顔をしたけど、気にした様子もなく彼は微笑んだ。

「さて。それで、どこへ連れて行ってくれるんだい?」

「元CGSの――”どっかの軍隊”に襲われた民間警備会社の跡地。いまは、鉄華団の基地になってる」

「それは?」

「新しい警備会社」

「ふむ。それで君は?」

「鉄華団の一団員」

「なるほど」

 マクギリスが頷く。

 走り出す車に道を指示して、暫しの沈黙。

 ほとんど振動がないシートの座り心地は素晴らしくて、手触りの良い表面にそっと指を這わせてみた。

 汚れのないウィンドウは、火星の荒れた大地をクリアに見せてくれる。

 適温。この中では汗ばむことさえない。

 ふと、甘い匂いが鼻について横を向くと、マクギリスがチョコレートを摘んでいた。

 チラ見して、また窓に視線を戻そうとしたら、突然、眼の前にチョコレートが現れた。

 マクギリスが手を伸ばして差し出していたことに気がついたのは、パクリと喰らいついた後のことだった。

 ――甘い!

 そしてめちゃくちゃ美味い!

 脳に染み渡るよ糖分。素晴らしきかな糖分。

 そう言えば、“三日月”になってから口にした甘いものなんて、火星ヤシの実くらいだった。

 感動にふるふる震えたあと、会ったばかりの他人の手から、直接食べてしまった失態に思い当たった。

 ――やっちまった…。

 青くなれば、頭上から、こらえ切れなかったような笑い声が落ちてきた。

 クックと、喉を鳴らすその声は、作り物じゃなさそうだった。

「いや、失礼。――もっと食べるかい?」

「要らない」

 プイと顔を背ければ、また笑われた。やせ我慢を知られてるんだろう。

 少しの沈黙が落ちて、隣の気配が、ふっと冷たいものに変わった。

 抜け落ちた表情。憎しみとか、そういうものを潜めた双眸は、きれいな青色のままだった。

「……昔、チョコレートのために、我が身を明け渡してしまった愚かな子供がいたよ」

 平坦な声。

 それが誰かなんて、おれは知らないし、踏み込むつもりもないけど。

「魂まで渡さなかったら上々だろ」

 そう返せば、意外な答えを聞いたとでも言うように、マクギリスが瞬いた。

「きっとそいつは、チョコより良いものを知らなかったんだ。だけど、割に合わないことにそのうち気づく。そしたら取り戻す」

「――……」

「ついでに過分に持ってかれた分も毟り取ればトントンだ」

 青い眼に凝視され、少しばかり居心地が悪い。

「違うの?」

 首をかしげる。

 見上げた先で、とても冷たく、残忍なほどきれいにマクギリスが微笑んだ。

「いや。その通りだ」

 その指がまた一つチョコレートを摘んで、差し出してくる。

 警戒を込めて睨めば、それまでの冷たい笑いは影を潜めて、もっと悪戯な――さらに言えば悪そうな顔になった。

「大丈夫。君をチョコレートなんかで買ったら、後で酷く毟られそうだからね、そんなことはしない」

 だったらその顔はなに。ザワザワしつつも、目の前のチョコをパクリ。

 だって上等の糖分なんだ――抗うのは難しい。

 堪えきれないようにマクギリスが笑う――このひと、案外笑い上戸なんじゃないかな。

 そして、とうとう箱が差し出された。

 ――何事ぞ。

 見るからに高価そう――箱さえも高そうなそれを凝視する。

 大箱だ。まだいっぱい入っている。しかも段になってるし。

 穴が空くほど眺めてから、マクギリスに視線を移した。

「あげるよ」

「――……」

「今回の案内料だと思ってくれたら良い」

 箱とマクギリスを交互に見る。

 迷う手に押し付けられる箱。

 ――……、良い、よね? あるとこから貰うだけだし。

 ガッシリと箱を掴めば、またマクギリスが吹き出した――だから、あんたは笑い過ぎだと思う。

 その間のガエリオといえば、ずっと仏頂面をして、何もかもが理解できないとでも言いたげだった。

 ――あんたのそれは、理解する気が無いだけだと思うけどね。

 

 

 鉄華団の基地は、見るからに高級車の到着に湧いた――と、言うか慌て過ぎだろ。

 団員が遠巻きに警戒する中、駆けつけてきたのはダンジだった。

 松葉杖が痛々しい――けど、もとの話では死んでたから、これでも儲けもんだろう。

 良かった――ユージンだったらさらに騒ぎが大きくなりそうだから。

 車を降り立った二人にペコリと頭を下げてから。

「ちょっと三日月さん、今度は何したんすか?」

 そんな、いつも何かやらかしてるみたいに言わないでくれるかなダンジくん。

「“オルガ”に客」

「聞いてないっすけど」

「だろうね」

 見つめ合って、暫しの沈黙。

「…ビスケットさん怒りますよ…」

「あと宜しく」

「無理です!」

 叫びながらも、この騒ぎを収めるべく――ついでにこのあと突っ込んで来るだろうユージンを宥めるべく、戻っていくダンジの背中に手を振る。

 ――あとでチョコあげるからさ。

 “オルガ”の執務室へ向かう。

 廊下は静かで、目的地に辿り着くまでは会話もなかった。

 ドアの前で立ち止まり、おざなりにノック――と、同時にガチャリ。

「ボス〜」

 足を踏み入れれば、机に張り付いてた“オルガ”が、あわてて身を起こす。

「“オルガ”だっていってんだろ!」

 怒鳴られた。

 ダラダラしてるとこ見られたからってヒドイ。

「あー…ごめん。――それはともかく、お客さん連れてきた」

「客ぅ?」

 もの凄く嫌そうな顔である。

 どうせ、借金取りとか思ってるんだろうーー残念。もっと大物釣り上げて来たんだよ。

 廊下で待つ二人をうながす。

 足を踏み入れた彼らを見て、“オルガ”の目が限界まで見開かれた。

「チョコと隣りの人。来たから連れてきた」

 驚きを隠せずもごもごと口の中で何かを呟き、だけど、直ぐに何かを計算したような、ふてぶてしい顔で、“オルガ”は微笑んだ。

「ようこそ鉄華団へ、マクギリス・ファリド特務三佐、ガエリオ・ボードウィン特務三佐」

 ――おおっと、いきなり名前呼んじゃうんだ。すっごい先制。

 案の定、マクギリスがまとう空気がひんやりしたものに変わった。

 反対にガエリオの温度は上がる。

「何ものだ貴様! 何故われわれのことを知っている!」

「失礼した。俺は“オルガ・イツカ”、鉄華団の団長だ。それで、何となくはわかるが、わざわざご足労戴いたのは?」

「貴様のところのコイツが、われわれに来いと云ったんだ! 見せたいものがあるからと!」

 ――いや、それ言ったのマクギリスだから。おれは、ギャラルホルンがやらかしたドンパチについて話ができる奴がいると言っただけだ。

「あー……」

 言いよどむ“オルガ”――向けられる視線が痛い。

「――えー、ギャラルホルン火星支部長のことで、ちょっと」

 ふっと、腹から息を吐き――“オルガ”は話題を決めたらしかった。

「コーラルの?」

 マクギリスが反応する。

「――支部長が、ノブリス・ゴルドンと裏で繋がってるってのは、当然気づいておられるはずだ」

 あたかもそれが前提であるかのように、“オルガ”が話し出す。

「あなた方は、その証拠を掴みに来られた、そうでしょう?」

「……何を知っていると?」

 温度のない声――その真意を測るように、マクギリスが目を細めて“オルガ”を見る。

「知っているのは俺じゃない。火星支部の人間ですよ。公にできない仕事を押しつけられた、気の毒な人たちだ」

「もしや、帰らないMW一個中隊を率いていた人間か!?」

 食い気味のガエリオの発言――ホント熱いなお前。

「あー、それはもう送り返してきました。その部下二人ですね」

 “オルガ”からの目配せ――それじゃ、あの二人呼んでくるね。

 

 

 執務室を出て名ばかりの捕虜部屋へ急いだ。

 会うのは数日ぶりだ。あの啖呵のあとは顔を見ていないから。

 ドアの前にいる昭弘に声をかける。

「どう?」

「おう。おとなしいもんだぜ」

「連れてくよ」

 告げれば一つ頷いて、昭弘がドアをノックする。

「いいか?」

「――……ああ」

 中から戸が空いて、クランクが顔を出した。その目が昭弘からおれに移る。

「三日月か。どうした?」

 意外にも親しげな声だった。

「“オルガ”が呼んでる」

「何かあったのか?」

「お客さん。来て。アインも」

 伝えれば、一度部屋に戻り、すぐに二人揃って出てきた。

 顔色は悪くなかった。

 窶れてもいないし、あのとき打ち拉がれていたアインも、いまはしっかりとした眼差しをしていた。

「――誰が来ている?」

「すぐ分かる」

 答えれば、クランク・ゼントは足を止めた。

「三日月、伝達を疎かにするな。命取りになる事もあるぞ」

「……ここは戦場じゃない」

「それでもだ。日頃からのそれが、いざというときに出る」

 ――え。なんでおれ諭されてんの?

 つか、最近多くない? ビスケたんとかおやっさんとかヤマギとか、他にも数名。

 クランク二尉お前もか。お前も『“三日月”諭す会』――かどうか知らんけど――の会員なのか。

 仁王立ちの大男を見上げる。

 駄目だ。説明するまで動くつもりがないと、その厳つい顔に書いてある――ボスが待ってるのに!

「ギャラルホルンの特務三佐。“オルガ”は〈マクギリス・ファリド〉と〈ガエリオ・ボードウィン〉って呼んでた。火星支部のアレコレを掴みに来たんなら、あんた達の話を聞くと良いって」

 早口で伝えれば、驚いた顔。

「――それは待たせるわけにはいかんな!」

 いや、お前が止まってたんだよクランク・ゼント。

 憮然として踵をかえす。

 早足で戻り、扉をガチャリ――あ、ノック忘れた。ゴメン。

 背後の二人がすごい顔で見てくる――だからゴメンて。

「呼んできた」

「おう。――クランク二尉、アイン三尉、監査官殿だ」

 “オルガ”が告げると、

「火星支部実動部隊、クランク・ゼントであります!」

「お、同じくアイン・ダルトンであります!」

 ビシッと敬礼。

 その勢いにちょっとビックリした。

 うわあ――なるほど、軍人。

「ご苦労。監査官を務めるマクギリス・ファリドだ」

 偉そうだね、マクギリス。

「ガエリオ・ボードウィンだ。補佐官を務めている」

 こっちはなんか隠せない貴族臭――みたいなの。鼻につくよね。

「概要は、こちらの彼から聞いたところだ。――火星支部長の人となりについて訊きたいが……」

 “オルガ”を流し見て。

「流石に、外部の人間の耳があるところではな。――どこか部屋を貸してくれるか」

 断られるなんて微塵も思っちゃいない顔だった。

「あんた方が、この人たちに暴行を加えないと約束するんならな」

 “オルガ”が肩を竦める。

「われわれを馬鹿にするのか!」

「セブンスターズの方々に、そんなことはとても。ただまぁ、軍隊みたいなとこの体質を、どうも信じられないもので」

 熱り立つガエリオを見る目は冷たい。

 “オルガ”は武力集団の持つ、過剰に暴力的な悪習を良しとしたことはないから。

「賢明だ、と云っておこうかな」

 マクギリスが笑みを見せる。

「中に入れなくても良いのなら、閉めた戸口の外で、見張りをしてもらっても構わない。そうすれば、出てきたかれらが怪我を負っていないかどうかはわかるだろう」

 その言い分に、“オルガ”は片目を眇めて薄く笑った。

「服に隠れるところをやられて、本人たちが隠しだてしちまえば、わからないですがね。まぁ、そうさせてもらいますよ。――ミカ」

 煽ってんなぁ、って見てたら、コッチに振られた。え。おれ?

 ――めんどくさ!

「お前、気配には敏いじゃねぇか。中で不穏な気配があったら、扉叩き壊せよ」

 壊して怒られるのおれだけど――まあいいや。

「……どこ」

 ――壊していいのは?

「三つ向こうの資料室はどうだ」

「りょーかい――来て」

 先に部屋を出れば、四人とも付いてくる。

 廊下に出たところで、マクギリスが口を開いた。

「食わせ者の部下はやはり食わせ者か――まんまと我々を誘い込んだわけだね」

「わかってついて来たくせに」

 ふん、と鼻を鳴らす。ガエリオはともかく、マクギリスは察してたはずだ。

「そもそも、なぜ奴には我々が分かった、お前も我々を知っていたのか!?」

 うるさいなホント。『吠えリオ』って呼ぶぞオイ。

「――あんたら、おれの尋問に来たの?」

「それも悪くない」

 ふむ、と、マクギリスが笑う――悪い顔で。

 やめてよね。

 ふー、とため息。

「調べに来るならギャラルホルンの偉い人って思ってた。“オルガ”についてはノーコメント」

 言い捨てて、辿り着いた資料室ーという名の物置のドアを開ける。

 視線で入室を促せば、マクギリスは澄ました顔で素直に、ガエリオには睨みながら、アインは微妙な顔、最後にクランクが、なぜかこちらの頭をギリッと掴んでから入っていった。

 ――痛いよ!?

 振り仰げば、眉間にしわを寄せた難しい顔が――あ、これまた後でなんか言われるルートだ逃げとこう。

 バイバイと手を振れば、一層険しくなる視線。

「――わかってると思うけど。“オルガ”の言った通り、何かあったら蹴破るし殴る」

 忠告に、アインが天井を仰ぎ、マクギリスは笑い、ガエリオが吠えリオし、クランクは――あれだ、仁王の顔で微笑んだ。

「あとで、な、三日月」

 ――だが断る。

 おれは静かにドアを閉めた。

 待ってる間、中はずっと、いっそ穏やかなもんだった。

 

 

 器物損壊の機会は無く話し合い――この場合は事情聴取っていうのかな?――は終了し、四人が出てきたから、また“オルガ”のところに戻る。

 今度はマクギリスが先頭に立ち、ちゃんとノックをし、返答を待ってからドアを開けた。

 クランクの視線が旋毛を焦がすように痛い。

「貴重な情報を得ることができた。ご協力に感謝する」

 丁寧な、それでいて、『含むところありまくりですよ』って声だった。

「お役に立てたようで、何よりだ」

 対する“オルガ”も、全部了承済みたいな笑顔。

「また、話を聞かせてもらおう。そうだな、今度は阿頼耶識システムの話でも」

「大歓迎だ」

 マクギリスがチラリとこちらを流し見て、それに対する“オルガ”の回答は――。

 ――おれを売ったね!? “オルガ”!!

 ギッと睨んだ先で、“オルガ”はウインクするみたいに片目をつむった。

「だが、俺たちも仕事がありましてね。――あぁ、そうだ、ギャラルホルンってのは、地球が本拠地なんでしょう。それじゃあ、モンターク商会ってところはご存知で?」

 すごい空々しい口調。

 マクギリスの目が、すっと細められた。

「さて……そこが何か?」

「いや、俺たちは、これから地球に行かなくちゃならないんだが、案内役のいいところがないもんで。モンターク商会の噂話を聞いたので、評判でもご存知ならと思ったんですが」

「……いや」

「モンターク? 知らないな、初めて聞いたぞ」

 キョトンとした顔で、吠えリ――ガエリオが首を傾げた。

「――まぁ、何か耳にしたら伝えよう。ところで、この二人のことだが」

 話題を変えたマクギリスが、クランクとアインを指す。

「今、火星支部に帰せば、コーラル支部長から、証拠隠滅のために粛清される可能性がある。ごたごたが片づくまでは、こちらで匿ってはもらえないか」

「それは構いませんが」

 “オルガ”がニンマリと笑う。

「ただ、先刻も云ったとおり、俺たちは地球に行かなきゃならないんで、それにご同道戴くことにはなりますよ。うちの年少組を残していくのに、こんな大人を置いてくわけにはいかないんで」

「むしろ、君たちの用が終わったころに、こちらのごたごたに決着がつくくらいだろう――ところで、君たちは地球に行くと云ったな。地球の、どこへ?」

 きれいに笑いながら、マクギリスの目は少しも笑ってない。

「……アーブラウへ」

「なるほど。そう云えば、このあたりはアーブラウ領だったか」

 少しだけ間があいた回答に、マクギリスの上辺の笑みが深まる。

「ええまぁ」

「そうか――では、私の方から、君たちの地球降下に許可を出すよう、働きかけておこう」

「え」

 虚をつかれた“オルガ”の反応に、今度こそマクギリスが笑った。その目の中も。

 恩を売りつけるつもりか――とびきり高く。

「なに、確実に戻ってきて、阿頼耶識システムの話を聞かせてもらわなくてはならないからな」

 ――こっち見んな。

「幸いと云うべきか、地球降下に関しては、地球外縁軌道統制統合艦隊の管轄だ。そしてその司令官は、私やガエリオの古くからの友人でもある」

「マクギリス!」

 吠えリオうるさい。

「ギャラルホルンの許可が戴けるのなら、それ以上のことはありませんが」

「あるいは、ヴィーンゴールヴに来てもらっても構わないが?」

 ――やめろ。ホントやめろ。

 大きく腕でバッテンを表して“オルガ”へ――スルーしないで!

「……ご冗談。ギャラルホルンの皆さんには、阿頼耶識のピアスなんて醜怪の極みでしょう。俺だって、特に小さい連中を、見せものみたいにするつもりはない」

「なるほど」

 泰然と笑うマクギリスの横で、吠えリオがうんざりした――もっといえば気持ち悪そうな顔をしていた。

 なるほど、阿頼耶識嫌いか。

 こんど背中のヒゲむき出しでゾンビムーブで迫ってやろう。

「とまれ、ご高配に感謝します。ありがとうございました」

「こちらこそ、助かった。……それでは、また」

 “オルガ”と握手して、マクギリスは帰ることにしたらしい。

 帰りの案内は、様子を見に来たダンジに頼んだ。ゴメン、怪我人こき使って――でも、こないだ松葉杖で爆走してたの見てたからね。

「……ってわけで、何と地球行きが保証されちまった。トントン拍子過ぎて、怖いくらいだ』

 なんて言ってるけど、想定内だったんじゃないの?

 クランクとアインもおんなじような顔してた。

 ――あ、そうだ。

「チョコからチョコもらった」

 思い出して箱を差し出す。高級チョコレート。

 意味が分からないという顔をするクランク達と違って、“オルガ”が目を剥く。

「お前、まさかたかったんじゃねぇだろうな?」

「えー、別に?」

 ――ひどいな。むしろあっちから押し付けてきた感じ。強いて言えば。

「じーっと見たくらいでくれた」

「それを“たかった”って云うんだよ!」

 すぱんと叩かれた。痛いじゃないか!

「えー、でも美味しいよ?」

 ――はい。賄賂ね。

 クランクとアインにひと粒ずつ。

 あとは箱ごと“オルガ”に――。

「はい、“オルガ”」

「後は、皆に食わせてやれ」

 だと思った――これ、チビ共に配ろうと思ってさ。ギリで行き渡りそうだし。

「はいよ」

 じゃ、退散しようかな。

 残ってるとクランクの説教がくるかもだし。

 そういやもうすぐ飯の時間か――そろそろビスケットに連れられて、みんな帰って来る頃かな。

 

 

 

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