【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】 作:くずみ@ぼっち字書き。
「わ……わたしを! 炊事係として鉄華団で雇って下さい!!」
荷物を背負ったアトラ・ミクスタが、そう云って頭を下げてきたのは、その翌日の夕方のことだった。
ビスケットが首を捻った。
「って、アトラ、ハバの店は?」
「おかみさんには事情を話して、お店は辞めてきました!」
場所は、皆が居並ぶ“食堂”――と云っても吹きっさらしも同然のテントの下。ちょうど食事時で、古参から年少組まで、団の半分以上がその場に揃っていた。
――あー……
大方、昨日の農園でのあれこれで、クーデリアと“三日月”の仲を心配したアトラが、居ても立ってもいられなくなった、と云うことだろう――元の話にあったとおり、アトラ・ミクスタは、“三日月”が好きなのだ。
――修羅場の予感しかしねぇ……
クーデリアもクーデリアで、何のかんの“三日月”のことを憎からず思っているようだったから、それは修羅場にもなるだろう。
当の“三日月”はと云うと、多分その場その場でやさしくしてやっているだけで、恋愛的な好きとか、そう云う意図がまったくないのは、今までのあれこれでよくわかっていた。
大体、“三日月”の好みのタイプは、ちょっとクールな感じのブルネットの美人、胸が大きければなお良い――つまり、クーデリアの侍女の、フミタン・アドモスのようなタイプなのだ。“フミタン、お胸ふっかふか〜”とか呟いていたのを、忘れない、絶対に忘れるものか。
その不穏なオーラを察知されたものか、フミタンから“三日月”へのまなざしは、いつでも絶対零度だ。あの目で見られてなお、にやにや――にこにこではない、絶対にだ――していられるのだから、その図太さたるや、である。
そもそも、“昔”もこいつはそうだった――きちんとした嫁がいたにも拘らず、店の女に目移りして、嫁にその場に乗りこまれたことは、両手の指では足りないと聞いた。元のアレでも、女のくせに職場の女子を誑しまくって、ヴァレンタインに下手な男どもよりチョコをもらっていたのも、本人の口から聞いたので知っている。つまり、女に関しては、正真正銘の碌でなしなのだ。
こちらは恐妻家だったので、とりあえず女は嫁ひとりだった。嫁は、北条政子のようなタイプ――愛人の家を打ち壊したりするような――だったので、そちらに関しては自重したのだ。その代わり、気に入った男は割と自重せずにまわりにおいていたので、そちらをハーレム呼ばわりされたことは――まぁ、少なからずあったのだが。元のアレでは、前述のとおりである。
とにかく、無自覚に誑しまくっているのは元の三日月と同じなので、アトラが来るのはもちろん想定内のことではあった。想定内ではあったが、大歓迎と云うほどでもない。
とは云え、仕事を辞めてきたと云う少女を、ここでぽんと放り出すわけにもいかないのは確かだ。
――あー、もう、ケツはてめぇで持て。
“三日月”に心の中で毒づいて、やや投げやりに頷く。
「あー、まぁ構わないぜ。アトラの飯は旨いしな」
それがなかったら、絶対に採らなかっただろうが。
少女は、大きな目をうるうるさせて、ぴょこんと跳ねるように頭を下げた。
「あ……ありがとうございますっ! 一生懸命頑張りますっ!!」
そう云う少女に、生ぬるいまなざしを向けているのはビスケットだ。まぁ、ここしばらくのあれこれで、何かいろいろ察するところはあったのだろう。
「そうだ、桜ちゃんから三日月にって、これ、預ってきたの」
アトラは何やら麻袋を“三日月”に渡した。
「あぁ、火星ヤシ」
デーツとか云うあれだ。だが、普通のデーツと違って、確か火星ヤシにはハズレがあったはずだが。
と、少女は、隅のテーブルで食事をしているクーデリアと侍女のところへ行くと、そこでもぴょこんと頭を下げた。
「宜しくお願いしますっ!!」
「え? あ、はい……」
クーデリアは、何の挨拶かわかっていないようだ。フミタンの方は、通常運転で食事を続けている。あ、いや、絶対零度のまなざしが、ちらりと“三日月”を見た。こちらは、当然あれもこれもわかっているのだ。
――宣戦布告だよ。
アトラからクーデリアへの、“三日月”をめぐる戦いの。
正直に云うと、アトラみたいなタイプはそんなに好きじゃない。同性の同僚としてなら、一生懸命で可愛いが、男女のあれこれをと思うには、少々――鬱陶しく思えてしまう。
それではクーデリアやフミタンはどうかと云うと、それはそれで難ありな感じだ。『鉄オル』の女で割と好みと云えるのは、アミダ姐さんくらいだろう――まぁ、人妻だが。
――ガンダムの女はなー。
全体的に微妙だ。それこそ1stの昔から。いや、ナナイ・ミゲルは割と好みだったかも知れない。
「おう、三日月、隅に置けねぇなぁ、このっ!」
と、にやにやしながら肘打ちしているのはシノだ。“三日月”とは、大きい胸愛好家として、気が合う部分もあるのだろう。何と云うか――“馬鹿な男”を体現するようなコンビではあるが。
シノの隣りで、ユージンが仏頂面で飯を食っている。
ここのところ、元の“オルガ・イツカ”と同じかそれ以上にやりたい放題やったので、それが気に食わないのだろうなとは思う。まぁ許せ、だってユージンは謀略向きじゃない。
「三日月さんてば、モテモテだ〜」
と、年少組のライドにまで突かれているのはどうなのか。タカキも、苦笑まじりに、その様を眺めている――眺めているだけだ。
と云うか、元の三日月は、年少組とそこまで距離が近かっただろうか。
そう云えば、マクギリスから奪い取ったチョコレートを年少組に配るようなことを云っていたから、それで距離が縮まったのかも知れない。元々、子どもの面倒見は良いタイプではあった。いろいろ拾っては養子にしていたのも憶えている。
逆に云えば、同年代以上はいつでもどうでもいい、と云うか、存在すら失念していることも多かった――例え、相手が目の前にいたとしても。
――以前は、興味のある人間以外は、まったく認識してなかったもんなぁ。
そこは、元の三日月とほとんど同じだ。多分、親しい知人を遠くに見つけたら、途中でばったりあった職場の同僚を認識せずに、挨拶を受けすらせずにすれ違っただろう。足を踏んだとしても、それすら意識しなかったかも知れない。
それを考えると、よくここまで他人を認識するように訓練した。頑張った自分、グッジョブ自分! 自分で自分を褒めたっていいと思う。だって大変だったんだから。
ふとめぐらせた視線の先に、頭の薄いチョビ髭を見つける。トド・ミルコネンだ。隅のテーブルの端の席について、つまらなさそうにスプーンを口に運んでいる。
――そう云えば、あいつどうするかなぁ。
原作だと、オルクス商会に繋ぎをつけた上で裏切られ、シノたちに散々蹴る殴るされ、それこそパンツ一枚で拘束されて、腹にメッセージを書かれた上で救命カプセルでギャラルホルンに丸投げ、と云うフルコンボだったわけだが。
今のルートだと、既に鉄華団は、ギャラルホルン、と云うかマクギリス・ファリド本人――仮面の男モンタークではなく――と繋ぎをつけている。その上、ギャラルホルンの管理するルートを使って、地球に降りても構わないとまで云われているのだ。
当然、オルクス商会を使う話はなくなるし、そもそもクランクやアインがいる段で、ギャラルホルンを敵に回すこともなくなった。口を出す隙もなく、心なしか影も薄くなっているようだ。
――何しろ、トントン拍子にきちまったからなぁ。
こちらとしても、トドの処遇に悩んでいる状況だ。
とは云え、この男をモンターク商会に送りこんでおきたい気はする。確か最後の方には、モンターク商会の番頭として、様々なことどもの差配を任されていたはずだ。その才をこんなところに埋めてしまうのは、なかなかに惜しい――自分たちの直接の利益にはならずとも。
――使いどころがないのを腐らせておくと、組織的にも良くねぇしな。
それで悪さをされると、後が面倒だ。
それなら能力を活かせる場所に送ってやった方が、お互いのためにも幸せなことだろう。
トドにそう云う能力があると、知らなければただ追い出すだけだったろうが、“モンターク”の下で生き生きと働いていたのを“知っている”からには、そのルートは選べなかった。
まぁ、そのうち“モンターク”は接触してくるだろう――マクギリス・ファリドに、その存在を示唆したからには。
その時にでも、あの男を売りこんでやればいい。感謝されるかは怪しいが、鉄華団に置いておくよりは百倍良いはずだ。
トドの件を――頭の中でだが――片づけたからには、次は地球降下メンバーの選定だ。と云っても、ほぼ原作どおりで、そこにクランクとアインを加えるくらいか。
今の状況では、鉄華団はギャラルホルンを敵に回してはいないから、地球外縁軌道統制統合艦隊との戦いはないだろう――但し、イズナリオ・ファリドの息がかかっているエドモントンでは、蒔苗東護ノ介の議会入りを阻もうと、警備担当の部隊と衝突する可能性はあるが。
それでも、MWどうしの衝突からの、市内におけるMS戦、と云う流れはない――その発端となったアイン・ダルトンが、こちら側にいるのだから――と思えば、人的被害は最小限で抑えられるだろう。
難を云えば、戦闘が減ることで、シノや昭弘の練度がさほど上がらないと云うことだったが、これについては“三日月”が何やら云っていたので、そちらに任せることにする。
多分テイワズと接触しないので、バルバトスの改修もできないが――そのあたりは、それこそマクギリス・ファリドの力を借りれば済む話だ。ギャラルホルン、と云うかセブンスターズは、ガンダムフレームを何機か保有しているはずだし、そもそもグレイズを通常運用しているのだから、MS専門の技士も抱えているだろう。おやっさんやヤマギあたりがそこで学ばせてもらえれば、歳星に行かなくても、バルバトスの整備ができるようになるのではないか。
――ま、とりあえずはこんなもんか。
その先のことは、その時々で考えれば良い。
この仕事が終わって目指すのは、武力行使からサイバーセキュリティまで、警備と名のつくものすべてに対応する会社だ。とりあえずは、そこまで。
自分の中でそう結論づけ、冷めかけた食事を、ぱくりと一口噛みしめた。
シャトルに乗って、静止軌道上まで。
民間宇宙港“方舟”に移動後、改めて“イサリビ”に乗り換え、地球を目指す。
――そう云えば、元の話だと、ドルトコロニーにも寄るんだったな。
ビスケットの兄がいると云う、ドルトコロニー。
行き掛けの駄賃と云うか、ついでにと請け負った運び屋紛いの仕事が、実はコロニーでの反体制勢力――と云うほどのものでもなかったか――蜂起に力を貸す、武器の運搬だったのは憶えている。
が、今のところテイワズには一切関わっていないので、ドルトコロニーに寄ることもなく、つまり蜂起も起きないだろう。
ドルトコロニーの反体制派には悪いが、あの段階での蜂起は潰してくれと云わんばかりのものなので、むしろクーデリアがアーブラウに到着し、火星アーブラウ領の経済的独立を確立するまで待つべきだ。四大経済圏のひとつが、植民地――まさしく“colony”――のほぼ完全な自治を認めれば、他も同様のことを考慮せざるを得ない。機が熟してからであれば、暴力に訴えることもあまりなく、目的に近づくこともできるようになる。
――あ、そうすると、フミタンの死亡フラグは折れるのか。
あの侍女は、ドルトコロニーでの争乱からクーデリアを守ろうとした結果のことだった。そもそもドルトコロニーに寄らなければ、争乱に巻きこまれることもない。
しかしそうなると、今度は逆に、クーデリアの身が危ないか――確かフミタンは、例のノブリス・ゴルドンの息がかかっているはずだから、そこをどうにかしなくては、この先何にどう巻きこまれるか知れたものじゃない。
――やっぱノブリスか……
この先ネックになってくるのは。
クーデリアの暗殺を企てたり、“オルガ・イツカ”を殺したり、ノブリスに関しては、本当に碌でもないことしか思い出せない。
さっさとどうにかしてしまいたい、が、クーデリアの活動資金がそこから出ている今の段階では、殺してしまってはこちらもおまんまの食い上げだ。いろいろと悩ましいところだった。
この数日で、鉄華団は、ようやく企業らしい体裁を整えつつあった。
社屋やジャケット、MWなどの“CGS”の文字を消し、新たにライドがデザインした、例の花のロゴマークをその上から描き加えたのだ。社屋やMWには赤で、ジャケットには白で。
ジャケットのマークを白にしたのは、昭弘たち元ヒューマンデブリ組の意見を容れたからだった。かれらはマルバ・アーケイの持ちものであることから解放され、人権を取り戻した。だが、特に昭弘が頑なに、ヒューマンデブリであった証を残したいと云ったのだ。
多分それは、元の“オルガ・イツカ”が、かれらを“誇り高きヒューマンデブリ”と呼んだことに関係があるのだろうと思う。
ヒューマンデブリなど、昔の奴隷制みたいなもので、早めに撲滅してしまいたいと思っていたが、当の本人たちからすると、また違う気持ちがあるのだろうか。まぁ、制度そのものがなくなったわけではない――多分それは、クーデリアの今後の働きにかかっている――から、まだ解放されていない仲間たちのためにも、解放される可能性を示すものとして、敢えてかつての自分たちを表す色を残そうと云うのかも知れない。
ともかくも、これで元の鉄華団と同じくらいまで、体裁は整ったわけだ。
そして、いよいよ宇宙へ出る。
凄まじいG――MWで振り回されるより酷い――の後、シャトルが安定飛行に入った途端、年少組からわっと歓声が上がった。
「すごい!」
「あれ、あの下のが火星?」
「赤い! ホントに赤い!」
って、初めて飛行機に乗った子どもみたいだな――まぁ、そんなものか。
しかし、確かに火星の空を飛ぶのは初めてだ。しかも、航空機ではなくシャトル。航空機の最初の加速が、ずっと長く続くような感じだ。これだけ急速に上昇しているにも拘らず、気圧の変化はさして感じない、のは、流石にコロニーなんかのある世界との技術力の差か。
それこそ普通の航空機じゃないが、最初にあった緊急時のあれこれに関するレクチャーでは、ガンダム世界で云うところの“ノーマルスーツ”、つまりは宇宙服の収納場所や装着の仕方、救命ポッドの位置なども告げられた。まぁそうだよな、宇宙空間に出るわけだからな。
もちろん、シャトルにはバルバトスの他にグレイズも三機積んできたから、万が一の時には“三日月”たちはそれで出撃することになる。その四機に乗るパイロットたちは、シャトルに積まれたノーマルスーツではなく、パイロット用の細身のそれを着ることになるだろう。もちろん、ちゃんと用意はしてある。原作とは違う展開になりつつある以上、不測の事態に陥る可能性は高くなっているからだ。
パイロット要員は、今のところ“三日月”、シノ、ユージン、そしてアインだ。クランクは、いろいろなことを鑑みて、指揮官として、パイロットの任からは外れてもらうことにした。その方が、アインも落ち着いて参加してもらえると思ったからだ。
クランクのグレイズにはアインが、アインのそれにはユージンが、それぞれ乗ることになった。そしてシノには、大リスの乗機――ピンクに塗って、例のマークを描いても、大リスのものならアインも文句は云うまいと思ったのだ。
案の定、シノは“流星号だ!”などと叫んでいたから、これがアインや、ましてクランクの乗機であったなら、アインと血で血を洗う戦いが勃発していただろう。これに関しては、どちらも一歩も譲らないだろうことは、容易に想像がついたからだ。
だが、そうした心配も、幸いにして杞憂に終わり、シャトルは無事に“方舟”に到着した。
“方舟”は、巨大な宇宙港だった。中を歩いた感じでは、羽田や成田と云うよりは、かつて乗り継ぎで利用したことのあるフランクフルトな空港に似ている。だが、確実にそれよりも大きく、また構造も複雑だ。
まぁ、広い滑走路の必要な空港とは違い、デッキは立体的に並んでいるので、全体としては紡錘型だと云うのは何となくわかる。民間のシャトルだけでなく、木星や火星と、地球やコロニーを行き来する輸送船なども入港するので、かなりはっきりエリア分けはされているようだ。
シャトルが着いたのは、もちろん旅客用のデッキだが、乗り換える“イサリビ”は、当然貨物船用のデッキになる。一見近く見えるが、別の棟のようなかたちになるし、距離もある。そんなところでMSを積み替える関係上、一日ほどをここで過ごすことになった。
上部と云っていいものか、衛星ダイモス本体をぐるりと取り巻く回廊に、様々な商業施設が収められており、宿泊も含め、“方舟”を利用する人々の行き交う場になっていた。
――ダイモスって云ったら、海賊課だよなぁ。
『敵は海賊』。ここには海賊課――正確には“対海賊課”――はないが、ちょっとロマンを感じてしまう。
まぁ、今後ブルワーズだの夜明けの地平線団だのと云う宇宙海賊とやり合う可能性は高いわけだから、あながち間違いとは云えないのかも知れなかった。
――ヨウメイがいないのは、ありがたいんだかそうでないんだか……
かの伝説の海賊がこの世界にいたら、間違いなくギャラルホルンはぶっ潰されていただろう。いや、海賊課のような“とにかく海賊は潰す”と云う組織ではないから、逆に隠れ蓑に使われたか。カーリー・ドゥルガーなんて巨大戦艦、ガンダムフレームが束になっても敵わないに違いない。もちろん、MAだってだ。
……なんてことは、もちろんすべて妄想だ。『鉄オル』世界に海賊課はない。性が六つあって、故郷に帰ったらお妃に食べられてしまう黒猫の王子様も。
星の海を望む通路を歩いてゆくと、向こうから、見たようなジャケットを着た一団がやってきた。昭弘をはじめとする、“イサリビ”回収の任にあたっていた面々だ。
「オルガ!」
こちらの姿を認めると、昭弘は微かに笑みを浮かべ、足を速めた。
「昭弘! ご苦労だったな。――デクスターは?」
「あの人なら、多分入れ違いで火星に戻ったぞ」
と、窓の外を指す。“方舟”から出ていくシャトルのエンジン光が、幾つも遠ざかって行くのが見える。
「仕事が山積みだから、早く帰ると云っていた。そっちはどうだ」
「大過ないな。海賊にも遭ってねぇよ」
「それはこれからだろう」
確かに、ここはまだ“外海”ではない。
「確かにな。――おぅ、チャド、ダンテも、よくやってくれた!」
「オルガ!」
「待ってたぜ!」
ぱんと手を打ち合わせる。
「――ところでな」
昭弘が、真顔で云ってきた。
「本部から連絡があった。どうも、一軍のお得意先だったらしいところが、依頼と云うか、うちの状況を訊ねてきてると云うか、そんなことがあったらしい」
「ふぅん?」
なるほど、依頼をしようと思ったら、社名が変わっていて、通信に出たものも格段に若いので、探りを入れてきていると云うことか。
「で、何だ。乗りこまれたとか云うわけじゃねぇだろうな」
今の本部には、この間の戦闘で酷い怪我を負った傷病者か、年少組しかいない。依頼を受けるどころの話ではないことは、通信相手にもわかったはずだ。
「そうじゃないんだが――代表に連絡させろってことのようでな。ダンジが、困って連絡を入れてきたんだ」
「へぇ……そりゃあ随分な太客だったんだな。――何てヤツだ」
「名瀬、とか云ってたな。“ハンマーヘッド”って船に、連絡しろと」
「ほー」
名瀬。名瀬・タービン、タービンズか。
「そうきたか……」
元の話であったギャラルホルンの戦闘がないので、さくさく話が進んでいると思っていたが――ここで名瀬が出てくるとは思わなかった。元だと、マルバ・アーケイがタービンズに逃げこんで、その要請で名瀬が乗り出してきたと云う流れだったのだが、仕事の依頼とは。
――流れが変わってるから、名瀬との接触が早まったのか……
となると、まぁ、友好的な初コンタクトとはならないか。
「――知っているのか」
「あー、名前はな。タービンズって、テイワズの輸送部門、だっけか、ビスケット?」
と話を振ると、予想していなかったのか、ビスケットはわたわたとした。
「た、タービンズ、ね。確かに、テイワズ傘下の輸送部門を担当しているところだね」
「そんなトコが、うちに仕事の依頼ぃ? そんなんあるのかよ!」
ユージンが叫ぶ。
「お前にも憶えがねぇのか」
「知らねぇよ! 一軍の仕事は把握してねぇし! 全部マルバの野郎が仕切ってたんだろ」
「そんなら上得意ってことじゃねぇか」
そう云えば、原作の中では、名瀬とマルバが知り合いだと云うだけで、どう云う関係かは詳しく語られていなかった気がする。なるほど、仕事での得意先なら、多少肩入れしたのも道理か。
「――そのままにしておくわけにはいかねぇな。“イサリビ”から連絡を入れる」
そう云うと、昭弘は頷いて、先導するように歩き出した。
「“イサリビ”はこっちに係留してる」
と、貨物船用のデッキへ案内される。
“イサリビ”は、なかなかに巨大な船だった。
何となくシャトルの大きさから、普通の遊覧船クラスを思い描いていたが、よくよく考えれば、MWを複数積んで、圏外圏を航宙するのだ。大人数が長期間生活するためには、船室も数が必要だし、厨房やシャワーブースなど、生活空間もそれなりに広くなるはずだ。つまり、大型客船並のサイズ感が必要になると云うことだ。
その全長は300m、所謂豪華客船並の大きさだ。もちろん、あんなマンションでも載っているような形状ではなく、宇宙空間を航行するに相応しい、がっちりした剛体の船だったが。
いかにも強襲装甲艦らしい艦船に乗りこむ。装飾も生活感も何もない、無骨な通路を抜けて、ブリッジへ。アニメの画面でよく見たあの場所にたどり着く。
「とりあえず、年少組は船室の確認、アトラとお嬢さんたちも、厨房なんかの確認を頼む。ダンテとチャドは通信機器の確認だ。MSの積みこみはまだだよな? ヤマギたちは格納庫を準備だけしておいてくれ」
声をかけた皆が頷いて散っていくと、後には昭弘とユージン、シノ、ビスケット、クランクとアイン、それから“三日月”が残された。
「――それじゃあ、名瀬・タービンに連絡入れてみるか」
それに、ユージンが不満を訴えた。
「もうかよ。もう少し引っ張ったっていいんじゃねぇのか?」
「いや、こう云うのは、早さが大事だ。それに、依頼があるってんだ、断るにしても早くしなけりゃ、向こうだって他処に頼めないだろ」
まぁ、本当に依頼があると云うよりは、探りを入れてきている可能性が八割、と云うところだと思うが。
「通信はいけるな? じゃあ、“ハンマーヘッド”に連絡を入れてくれ」
“ハンマーヘッド”、つまりはシュモクザメ。確かにあの船のかたちは、あの海洋生物によく似ているが、それをストレートに名づけたと云うあたり、名瀬・タービンと云う人物は、結構食えない人間なのだろうと思う。何しろ、自分たちは人喰い鮫だと云うのだから。
〈――こちら“ハンマーヘッド”〉
“sound only”のサインが出る。女の声だ。
「こちらは“イサリビ”だ。名瀬・タービンを頼む」
〈誰?〉
不審がる声。
「鉄華団のオルガ・イツカだ」
〈……ちょっと待って〉
ややあって、いきなり正面モニタに男が映った。長い黒髪にわずかな髭、垂れた目尻の壮年の男――間違いなく名瀬・タービンだ。
「初めてお目にかかる、鉄華団団長、オルガ・イツカだ」
〈タービンズの名瀬だ。……ふぅん、お前がね〉
品定めするようなまなざし。
「何か?」
〈いいや? ――久しぶりにCGSに仕事を頼もうと思って連絡したら、マルバはいねぇ、社名は変わったと云われた。しかも、えらく若い、子どもみたいなのにだ。それで、代表は仕事で出かけてると。どうなってんだと思って、連絡を待ってたが――見事に若造だな〉
「そりゃどうも」
〈マルバがいないってのはどう云うことだ。どうして社名が変わった〉
「マルバ・アーケイは、資産を持ち出してトンズラしたんですよ。受けた仕事を放り出してね。仕方がないんで、俺たちで仕事を引き継いでるところだ。社名を変えたのは、胸糞が悪かったからだ」
〈胸糞が悪いだぁ?〉
「子どもにむりやり阿頼耶識の手術を施して、安い給料でこき使ってたんだ。しかも、手術は麻酔もなしだぜ? それで弾除けみたいに扱われて、動けなくなったら放り出す。これで胸糞悪くならずにいられるか」
〈だから、殺したのか〉
「はあぁ!?」
こちらより先に、ユージンが叫んだ。
ほぼ同時に、ブーツが片脚、モニタに飛ぶ。投げつけたのは“三日月”だった。
「何云ってやがんだオッサン! 俺らは、マルバが逃げ出しやがったせいで苦労してんだぞ! 確かに殺せるなら殺してやりてぇが、いないのに殺せるかよ!!」
見れば、“三日月”はもう一足を投げようとしたのか、昭弘に羽交い締めにされているようだ。
「よせ、ユージン。――名瀬さんよ、何を勘違いしてるんだか知らねぇが、マルバのことは、逃げ出して以降はまったく知らねぇんだ。あいつが社の財産も持ち逃げしてくれたおかげで、うちの財政は火の車だ。見つけられるもんなら見つけてぇよ」
これは本当のことだから、表情を作っているわけでも何でもない。
がまぁ、生来どうも胡散臭い表情しか浮かべられないのか、信用されたことは少ないのだが。
案の定、
〈……ふぅん?〉
名瀬は、そう云いながら、疑い深いまなざしを向けてきた。
「失礼だが」
そこで口を開いたのは、クランク・ゼントだった。
クランクは、まだ暴れる“三日月”の頭を押さえこみ、まっすぐに名瀬を見つめた。
「私は部外者だが、あなたの疑惑については濡れ衣だと云わせてもらおう。私がかれらに接触した時には、あそこに大人はいなかった」
名瀬が、クランクを見た。
〈あんたは?〉
「私はクランク・ゼント、ギャラルホルン火星支部の人間だ。訳あって鉄華団と、行動をともにしている。あなたの云う、マルバ・アーケイと云う男がいなくなったのは、多分われわれのせいだと思う」
〈ギャラルホルン? ギャラルホルンが、どうしてそこにいる?〉
「それは、機密事項に抵触するので明かせない。われわれは、当初鉄華団、と云うかCGSと交戦したが、その時には既に、大人たちは別動していた。われわれのMW部隊が追跡、攻撃したが、全滅させたとは聞いていない。おそらくはどこかに逃げのびたのだろう」
その後、クランクたちが撤収した後に、一軍だけは一度戻ってきていたのだが、まぁ、その話は割愛する。どちらにしても、マルバはその中にはいなかったのだし。
〈何故、ギャラルホルンが、民間の一警備会社を襲撃した〉
「それは……」
「それは、私がいたからです!」
突然、背後から上がった声に、ぎょっとして振り返る。
声でその主はわかっていた。クーデリア・藍那・バーンスタイン。
「私が、CGSに地球までの護衛をお願いしたのです! だから、ギャラルホルンが――かれらは私を守ってくれようとしましたが、その時には、マルバ・アーケイと大人たちは逃げ出した後でした! かれらは――鉄華団は、それでも私を守ってくれたのです!」
〈クーデリア・藍那・バーンスタイン……〉
名瀬は、やや呆然としたように呟いた。
「そうです! だから、かれらには非はありません! 私が、私を……」
「そこまでだ、お嬢さん」
“三日月”が再び暴れ出しそうな様子を横目で睨み、少女にそう呼びかける。
「あんたは確かに依頼人だが、マルバの件は俺たちの問題だ。気持ちはありがたいが、黙ってもらおうか」
「ですが!」
云い募ろうとするのを、まなざしで黙らせる。
そうして、興味深そうに見つめてくる名瀬に向き直った。
「とにかく、ギャラルホルンに襲撃されて以降は、マルバについちゃ、俺たちの感知するところじゃない。わかってもらえたか」
〈……クーデリア・藍那・バーンスタインが護衛対象なら、確かにギャラルホルンが出てきても仕方ねぇな。それが、お前らと行動をともにしてるってことは、内部で何かあったか〉
水を向けられたクランクは、黙りを決めこんだようだった。
その様子に、名瀬が笑う。
〈当たりか。――なるほど、了解した。それで、お前らはこのまま地球に向かうつもりか〉
「あぁ。一度請け負ったものを、放り出すわけにはいかねぇからな。……ってわけで、名瀬さん、あんたが連絡をよこしたのが仕事の依頼ってことならば、今回は無理だ。早いとこ他処を当たった方がいいぜ」
名瀬が、面白そうに片頬を歪めた。
〈オルガ・イツカ、だったか、お前、やることにソツがないな。それで本当に若いのか?〉
その言葉に、後ろから吹き出す音が聞こえた。
思わず、その音の発生源――クランクを振り返るが、すました顔があるばかりだ。
そ知らぬ顔のクランクを睨みつけ、名瀬に向き直る。
「老け顔で悪かったな。これでも一応、十七のはずだ」
〈ハッ!〉
名瀬は大きく笑い声を上げた。
〈なるほどな。気に入ったぜ。何かあったら、その時はお前らに頼むことにしよう〉
「そりゃどーも。宜しくご贔屓に」
皮肉まじりに返すと、また大きな笑い。
〈宜しく頼むぜ、兄弟〉
そう云って、笑い声を残して、“ハンマーヘッド”との通信は切れた。
途端に、ほぅっと全員が息をつく。
“兄弟”呼びとは、初対面にしては上々じゃないか。皆、ひとまず胸を撫で下ろしただろう。
いや、昭弘に羽交い締めにされたままの“三日月”は別か。
「おいミカ、お前なぁ……」
と説教に入りかけたところで、思いつめたような顔のクーデリアが目に入った。
「お嬢さん」
向き直って、咎めるように少女を見下す。
「は、はい」
「気持ちはありがたかったが、あんまりひょいひょい顔を出すもんじゃない。あんたがいるとわかれば、船ごと撃沈させてやろうと考える輩もいなくはねぇ。幸い、名瀬は紳士的だったが――もう二度と、こう云うことはしないで下さいよ」
「私は……」
少女は、きゅっと唇を噛んだ。
少し俯いて、だが、次の瞬間には、きっと顔を上げた。
「私は、アーブラウ議会と戦わなくてはならないのです。それなのに、私のせいで疑われているあなた方を、放っておくことなどできません!」
少女らしい一途さで、叫ぶ。
「それに――守られてばかりでは駄目なのです。戦わなくては、力ではなく、言葉で戦わなくては……」
「お嬢様……」
いつの間にか来ていたフミタンが、幼い主をじっと見つめる。
ああもう、それ以上は、そっちでやってくれ。
「わかった。今回のことには礼を云うが、とにかく今後は止めてくれ。――ミカ」
「なに」
未だぎらぎらしたまなざしの“三日月”が、噛みつくように云う。
「お前もだ。名瀬みたいなタイプは、ああ云う態度じゃ舐められるだけだ。次は行儀よくしろよ」
ブーツ投げんな、と言外に云うが、“三日月”はふいと横を向いただけだった。
「ミカぁ……」
「――あいつ、“オルガ”に謝らなかった」
「あぁ?」
「マルバ殺したとか疑ったくせに……絶対許さない」
「仕方ねぇだろ、状況だけなら疑いたくなるのもわかる」
まして、火星に降りて見たわけでもない名瀬が、いきなり決めつけてこなかっただけでも上等だ。
“三日月”や、ユージンが怒ってくれたのは嬉しいが、名瀬を一概に責められないのも本当のことだ。
「――冤罪は晴れたんだ。新しい取引先ができたと思って、この話は終わりにしようぜ」
「――あなたは」
と云ったのは、もうとっくにいなくなったと思っていたクーデリアだった。
紫水晶の瞳が、まっすぐにこちらを見る。
「あなたは、本当にそれでいいのですか。軽く見られたことを、不快には思わないのですか」
「……いいか、お嬢さん」
流石に苛っとして、身を屈めてその目を覗きこむ。
「俺たちは、まだ駆け出しで、何の実績もねぇ。マルバ自ら逃げ出したとは云え、CGSを乗っ取ったってのも本当のことだ。そんな中で、あれくらいで信じてくれたのは、名瀬が紳士だからだよ。普通なら、あんたともども撃沈されて終わりだ」
あんなやりとりだけで、こちらの無実を信じてくれた名瀬と云う男は、それはもう大変に紳士だったのだ。
世間は普通、あんなものでは済まさない。こちらがやった証拠のようなものを並べ立てて、糾弾を強くするばかりだろう。実績がなくては信じられない、新規ではじめたばかりの業者は悪いに決まっている、そう云う思いこみは、誰の中にもある。
これからそれを積み上げていこうと云う鉄華団に、名瀬は最大限に親切だったのだ。
あとは、こちらがそれに見合う実績を作れるかどうかだ。つまりは、クーデリアを無事に地球へ送り届けられるかどうか。それによって、鉄華団の価値が決まってくるのだ。
その猶予を、名瀬はくれた。そのことを感謝しこそすれ、反発するなどできるわけがない。
クーデリアの正義感は概ね正しいが、やはりお嬢様育ち故にわからないこともある。今の場合がそれなのだと思う。
「お嬢さんにゃ、商売のことはわからねぇよ。これに関しちゃ、口を挟まないでもらおうか」
突き放すように云うと、少女は顔を赤くしていたが、きっとひとつ睨んでくると、足早にブリッジを出ていった。
「ったく……勘弁してくれ」
名瀬を何とか穏便に終わらせたと思えば、今度はこれか。
「お嬢様のお守りを請け負ったわけじゃねぇんだぞ」
十六の小娘と思えば仕方ないが、この調子で何にでも首を突っこんでもらっては困る。
「まぁまぁ、ああ云うところがあるから、“革命の乙女”とか云われるんだよ」
ビスケットが、苦笑して云った。
「それにしたって、ほどがあるぜ。鼻っ柱が強いのも、程度が過ぎりゃ拙いだけだ」
「……てめぇが云うかよ、オルガ」
ユージンが、不機嫌そうにそう云った。
「ぁん?」
「最近のてめぇは、独断ばっかりだ。黙って欲しいんなら、最低限の説明はしろってんだよ」
「そんなん、見てりゃわかんだろうが」
いちいち口で説明してやる気なんかない。説明して、皆が理解するとも思われない。それくらいなら、実際に動いて、動かしてやって、結果で示した方が何倍も早い。
――先を知ってるから、それを回避してぇんだって、云って素直に信じんのかよ!
信じるわけがない。ビスケットだって、結局はクーデリアの件をマルバから知らされてやっと、こちらが云った言葉の意味を了解したくらいなのだ。それを、そもそもこちらに批判的なユージンが? ――あり得ない。
「云やぁ信じる? それで、俺の考えてること全部云えって?」
「全部じゃなくても、説明する責任があんだろ!」
「てめぇにわかんのかよ」
「聞かなきゃわかんねぇよ!」
「云ったってわかんねぇだろ!」
云わなくちゃわからない相手には、云ったってわからないのだ。よく母親から云われる言葉だったが、意味は違えど、まったくそのとおりと云うことだ――この先現れてくるだろう相手を考え、とにかく最善だろうと思われる途を、探して取る。その計算を、云わなくちゃわからない相手にわからせることなんかできない。
「……オルガ、てめぇ!」
拳が出かけ、はっと我に返ったものか。
ユージンの拳は、顎の先を掠めただけで、もろに当たりはしなかった。
「ユージン!」
ビスケットが叫ぶ。
ユージンは、狼狽えたように後退ると、身を翻してブリッジを出ていった。
「オルガ、今のはちょっとどうかと思うよ」
ビスケットは、少し批難するように云った。
「“オルガ”、“オルガ”が俺に、“誠意と言葉を尽くせ”って……」
“三日月”まで。
「あー、もううるせぇうるせぇ!」
どいつもこいつも!
「ちっと頭冷やしてくる!」
そう云ってブリッジを出るのに、追いかけてきたのは、生ぬるい苦笑の気配だけだった。