【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】 作:くずみ@ぼっち字書き。
「わ、わたしを! 炊事係として鉄華団で雇ってください!!」
結構な声量だった。
鉄華団の食堂――というテントの下、荷物を背負ったアトラ・ミクスタが突撃してきている。
――やべえな。
“オルガ”の眉間のしわが峡谷レベルだ――これ絶対おれについてなんかディスってるよね、“オルガ”。そーゆー顔だよ、それ。
“オルガ”の隣でビスケたんも微妙な顔をしている。
「って、アトラ、ハバの店は?」
「おかみさんには事情を話して、お店は辞めてきました!」
――ちょっと待ってどんな事情。
たまに行くハバの店で、またおれ、よく分からないことでディスられたりしないよね? 浮気者とか。
「あー、まぁ構わないぜ。アトラの飯は旨いしな…」
どこか疲れたような口調で“オルガ”が許可を出せば、アトラは目を潤ませてピョコンと頭を下げた。
「あ……ありがとうございますっ! 一生懸命頑張りますっ!!」
ビスケたんの唇がこっそり動く――
読み解けば『あまり頑張りすぎないようにね』って、なんだそりゃ?
許可をもぎ取ったアトラが駈けてくる。
「これで一緒にいられるね! 三日月」
満面の笑みでこっそり告げられ、
「そうだ、桜ちゃんから三日月にって、これ、預ってきたの」
麻袋を渡された。
「あぁ、火星ヤシ」
ありがと、と、受け取れば、アトラはそのまま別のテーブルで食事をしているクーデリアとフミタンのところに挨拶に行った。
「宜しくお願いしますっ!!」
「え? あ、はい……」
あれ、農場のあれこれで仲良くなったのかな。
そりゃ良かった。女の子がキャッキャウフフしてる光景って良いよね――と思ってたら、フミタンから氷の眼差しを浴びた――She is so cool!
見惚れてたら、
「おう、三日月、隅に置けねぇなぁ、このっ!」
シノがニヤニヤしながら絡んでくる。火星ヤシ貰っただけだろ――やめて。ヤマギに睨まれるから。
「三日月さんてば、モテモテだ〜」
突いてくるライドに、貰ったばかりの火星ヤシを投げれば、口でパクリ。
「あったり! 美味い!」
そりゃ良かった。
それを見て、俺も俺もと口を開けるチビ共の口を目がけて火星ヤシを投げ込めば、弾けるような笑い――たまの外れも愛嬌だろう。
この騒ぎにも、タカキは苦笑いするだけで注意はしてこない。
――あれ?
ふと、気づく。
いつもなら、そろそろ煩いとかなんとか注意してくるだろうユージンがおとなしい。
視線を流す先に、不機嫌そうな――いや、どこか思いつめたような横顔――悔しそうな、苦しそうな。
――ユージン?
声をかけるよりも先に、食事を終えたユージンが席を立つ。
それに気づいたシノが、一瞬、気遣わしげな視線を投げたあと、小さく息を吐いた。
なに、喧嘩でもしちゃった――にしては、空気が違う。
なんだろう、小骨が刺さったみたいに気にかかる。
だから、食事の後で探しに出た。
沈みゆく夕日に向かい、ユージンが黄昏れていた。
倉庫の屋上に腰を下ろして。子供みたいに足をブラブラさせて。
黄昏に黄昏れるってなんかダジャレみたい。
つか、副団長がなにしてんの。暇なわけないのに。
倉庫に上がって近づけば、背中で拒絶する気配が――まあ、おれからすれば関係ないよね。
「ユージン」
呼べば、チッと舌打ちが返る。
ふぅん? ちょっと根が深いかな、これは。だいぶ煮詰まってるんだろう。
隣に腰を下ろせば、意外そうな顔で見下された。
「なに肩叩きにあったリーマンみたいな顔してんの?」
「良くわかんねえが、喧嘩売られてるって事だけは分かるな!」
額に青筋――でも、直ぐにまた夕日に向かう視線。
眩しいな。直ぐに暗くなるけど――明かりの乏しい地上から見れば、夜の天蓋はぐるりの星の渦になる――それまでここでじっとしてるの?
「ユージン、ビスケットとおやっさんとタカキとライドとクランクとアインと…とにかく皆が、コミュニケーションは大事だ、ちゃんと話せって」
「それお前が言われてることだよな!? ついでに俺も言ったよな!」
「だから話せ」
「…上からだなオイ」
「話せよ。Please」
「――……」
ハァ、と、特大のため息。
「なんだ、慰めてるつもりかよ?」
「そう見える?」
実は慰めているんだよ。
らしくない事をしてる。今も昔も、そんな気持ちになることは稀だったから。
ユージンはそっぽを向いた。
おれは、かけてやれる言葉なんか元々持ってない。だから、聞く――と、言うか、待つ。
強い風が吹いて、前髪がブアっとなった。地平に日が飲まれて、辺りはどんどん暗くなる。
基地の明かりが目立つ頃になって、ユージンが身じろいだ。
「お前やビスケットは、オルガの役に立ってる」
ポツリと落ちた声は、寄る辺ない子供のそれに似ていた。
「最近のオルガは独断ばかりだ――前からそれはあったけど、それ以上に」
なるほど、蚊帳の外に置かれていると感じているわけか。
まあ、分からなくはない。“オルガ”は、誰かと考えを共有するという意識が少ない。
企んで周囲を動かす――根底にはそれがあるし、何より幸か不幸か、これまで“オルガ”の周りは、あれこれ察して立ち回る連中が固めていたから。
対して、ユージンは、会話を、相互理解を求めるタイプだ。
これはさぞかし歯痒かっただろう。むしろ、今までよく耐えた。
頷けば、意外そうな視線。
「庇わないのか?」
「ホントのことだし」
「それでも――お前らは付いていってる」
「ユージンはついて行けない?」
聞けば、長い沈黙。
星を数えて待つ――あれ、何個めだったっけ?
「――付いていきたいとは、思ってる」
あ。会話再開か。
「適材適所」
「は?」
「最適な能力を持つものを、最適な…」
「意味を聞いてんじゃねえ。お前はいつも唐突過ぎるんだよ」
「――『いまから話します』?」
「そうじゃねえ」
じゃあどーすりゃいいのさ?
さらに深いため息の後で。
「で? なんだって?」
「適材適所――“オルガ”のやり方」
「それで俺がはぶかれてるって?」
捨鉢な言い方。だけど、それは違う。
「それならユージンは副団長から外されてる――だから適材適所。ユージンが居なけゃ、“オルガ”は鉄華団を回せてない」
不要と判断すれば。そういうトコ、“オルガ”は情が絡んだ判断はしないんだよ。
パチクリと、ユージンの割と大きな目が瞬く。
そういや、コイツもイケメンだったか。
不意にやさぐれた気分になって、屋上にごろりと転がった。
目を瞑る。
「おい寝るな! ちゃんとわかるように話せよ!」
揺さぶられて。
「――……例えばボスは、新人の訓練とか物凄く向かない…育てるとかできないヒトだし。上を見すぎるから足元があやしい。ときどき癇癪を起こして、盛大にちゃぶ台を返す――ついでにおれを信じ過ぎるから、おれが転ぶと一緒に転ぶ…」
ずっとそうだった。
おれが襤褸切れみたいにズタズタになってたときさえ、どうしょうもなく信じてた。
――あれ、これはいつの記憶だったかな…まあ、いいや…
かふっ、と、アクビが。
あ。眠い。眠いのにユージンが突っついてくる。
「……支えが要るんだ。おれやシノ達は火力、ビスケット達は参謀で、おやっさん達はバック、それでユージンはみんなの統率――ひとを育てて、“オルガ”が転ばないようにバランスを……鉄華団はデカくなる。今よりもずっと――……ボスだけじゃ…支えきれない。だから、支えが…ユージン、この先でお前が…必要になるんだ…絶対………」
だんだん、言葉が怪しくなる。
いっぱい喋って疲れた。もう目が開けられないほど眠い。
薄目を開けて見上げた先で、ユージンが驚いたような顔で見下ろしてくる。
「…ユージン、行こう――“オルガ”が見てる遠くまで…みんな一緒に、……、……」
精一杯伸ばした手が掴まれた。
最後に見たユージンは、仕方ねえなって顔で笑っていた。
元からのジャケットだけど、これが描かれてるだけで、なんか愛着湧くなぁ――と、シノが言って、みんなで頷いた。
鉄華団のシンボル――ライドがデザインした、あの、決して散らない鉄の花。
この花を背負って、鉄華団は、いよいよ地球に向かう。
この時間軸では、一軍に見捨てられた子供たちは生きていて、クランク二尉とアインも生きて鉄華団と行動をともにしていて、マルバはもう居なくて、だから、名瀬・タービンとはまだ接点すらない。
反対に、マクギリス・ファリドとガエリオ・ボードウィンとは既に面識があって……。
元の物語とは乖離しすぎて、正直、ここまでくると先を知っているアドバンテージはだいぶ減ってる。
だけど、絶対に負けられないし、守り抜きたいって思う――どんな手を使っても。
最初は見捨てることさえ考えたのに、ここで“三日月”として生きているうちに、いつの間にか、こいつらがみんな家族みたいな気持ちになってきた。
オリジナルの三日月も、こんな気持ちで居たんだろうか。
地球に降りるメンバーは、“オルガ”が選抜した。
古参組がメインで、一部の年少組もいるけど、危機管理ができている面子ばかりだ。
そこに、ブレインとしてビスケたんとユージン、客分扱いで、クランクとアイン。
MSも四体持っていく。
おそらく戦闘を想定しているんだろう――『敵は海賊』か――とりあえずブルワーズとか?
あそこにも子供らがいる。
あの子達も、今後の鉄華団の家族になるなら、絶対に救い出さなきゃ。
うん。ブルワーズの頭は殺そう。
そんなことをつらつらと考えながら、シャトルに乗り込んだ。
シノとライドがはしゃいでいる。
タカキは緊張してるのか、すこし表情がかたい。
「お前ら、ちゃんと前を向いて座ってないと
発進時にむち打ちになるぞ」
アインは慣れた様子で、騒ぐみんなに呆れながら声をかける。
このところ、アインとも話をするようになった。
ユージンやシノや昭弘、それからライド達年少組ともあれこれ気軽に言い合うようになって、随分と距離が縮んだ。
そのついでに、阿頼耶識が話題に出て、ちょっと認識を改める羽目になったけど。
おれにとっての阿頼耶識システムは選択型ムーブサポートだけど、皆はムーブ選択とは捉えてないらしい。
動かし方が直感でわかるから、それにそって操縦しているそうで。
つまり、シノやユージンの、あの鮮やかなムーブは、彼ら自身が操っているわけだ――なにそれおまいら天才か。
MS四体揃ってラジオ体操ができたときは、感動で打ち震えた。
その後、四人――おれとシノと昭弘とアイン――まとめておやっさんとクランクに怒られたのも、なんか良い思い出カナー。
と、ドンッとすごいGが来て、シャトルが飛び上がった――なるほどこれはむち打ちに注意だ。
ボーンと、飛行機のあれみたいなアナウンスのあと、シャトルは安定飛行に入った。
窓から見る火星は赤くて。
「火星だ」
言えば、ライド達が歓声をあげた。
「すごい!」
「あれ、あの下のが火星?」
「赤い! ホントに赤い!」
――うん。たしかに赤いな。
皆で窓に張り付いていれば、横からアインが小さく笑う。
「――なに?」
「いや別に。お前達とこんな風に過ごすようになるなんて、思ってもみなかったな、って」
「『それが人生』って、どっかの偉い人が」
「――……また変な資料読んだな」
アインがため息をつく。
タブレットを読み込んでいるところを見つかったから、独学で勉強をしていると告げたら、あれこれ教えてくれるようになった。
それはありがたいんだけど、物語の中ではクーデリアが先生だったのに、そのあたりの接点があまり持てないのが惜しい――フミタン…。
しばらく飛べば、方舟――民間飛行場だ――に到着する。
ここで、イサリビに乗り換えるのだそうな。
イサリビ自体は先に静止軌道上にあげてある――マスドライバーで放り上げるのだと聞いたとき、“オルガ”が『SFか?』と呟いていて笑いそうになったのは内緒だ。
ともあれこれ、方舟は、ぃままで見たことがないくらい巨大だった。
――これ、はぐれたら遭難するな。
その危惧は、おそらく年少組全員が共通して感じたらしい。それまでの大騒ぎが嘘のように、静かに互いを確認しながら、先頭の“オルガ”達を追いかける。
それでも視線はチラチラと、広大な闇に浮かぶ星の海に向けられたりはしていたのだけれど。
貨物船舶用のデッキに、イサリビを見つけたときには、皆、心底安心したようなため息をついた。
「オルガ!」
大声で呼ぶ声――あ、昭弘だ。
そういえば先行して方舟に来てたんだったか。
同じく先行組だったチャドやダンテも合流し、“オルガ”と手を打ち鳴らせている。
その和やかな雰囲気が、ふと硬いものに変わったのに気づいて、近づいていく。
――なに? どうかしたの?
皆も、すこし不安そうに成り行きを見守っている。
クーデリアは胸の前で手を組んでいて、両脇からフミタンとアトラが、気遣わしけな視線を向けていた。
「本部から連絡があった。どうも、一軍のお得意先だったらしいところが、依頼と云うか、うちの状況を訊ねてきてると云うか、そんなことがあったらしい」
昭弘の通達に、
「ふぅん?」
“オルガ”が片目を眇めて先を促した。
「で、何だ。乗りこまれたとか云うわけじゃねぇだろうな」
「そうじゃないんだが――代表に連絡させろってことのようでな。ダンジが、困って連絡を入れてきたんだ」
「へぇ……そりゃあ随分な太客だったんだな。――何てヤツだ?」
「名瀬、とか云ってたな。“ハンマーヘッド”って船に、連絡しろと」
「ほー」
ーーえ?
なんでここに来て、名瀬・タービンが出てくるの?
もしかして、マルバ・アーケイでも掘り起こしちゃった?
いや――それは無い。誰にも見つからないように、崩れた崖の下、深く深く、あの男は埋まっている。
「そうきたか」
“オルガ”がつぶやく。
「――知っているのか」
「あー、名前はな。タービンズって、テイワズの輸送部門、だっけか、ビスケット?」
いきなり話を振られて驚いたのか、ビスケたんが慌てて答える。
「た、タービンズ、ね。確かに、テイワズ傘下の輸送部門を担当しているところだね」
「そんなトコが、うちに仕事の依頼ぃ? そんなんあるのかよ」
不安なのか、苛立ちを隠せてないユージンの声。
「お前にも憶えがねぇのか」
“オルガ”が聞く。
「知らねぇよ! 一軍の仕事は把握してねぇし! 全部マルバの野郎が仕切ってたんだろ」
吐き捨てるような語調。
「そんなら上得意ってことじゃねぇか」
“オルガ”が考えるように首を傾げ、それから頷いた。
「――そのままにしておくわけにはいかねぇな。“イサリビ”から連絡を入れる」
昭弘が頷いて、先に踵を返した。
「“イサリビ”はこっちに係留してる」
明宏の背中を追いかけていけば、貨物船用のデッキに、画面の中でしか見たことがない巨大な宇宙船が停泊していた。
――あれが、イサリビ。
鉄華団の艦――全長300mの無骨な威容。
中に乗り込めば、これもまた飾り気のない無機質な空間が続いていた。
ブリッジまで辿り着けば、その場で“オルガ”の指示が飛んだ。
「とりあえず、年少組は船室の確認、アトラとお嬢さんたちも、厨房なんかの確認を頼む。ダンテとチャドは通信機器の確認だ。MSの積みこみはまだだよな? ヤマギたちは格納庫を準備だけしておいてくれ」
皆が頷いて、それぞれに散っていく。
ブリッジに残ったのは、ビスケたん、シノとユージン、それからクランクとアインだった。もちろん、おれも。
「――それじゃあ、名瀬・タービンに連絡入れてみるか」
「もうかよ。もう少し引っ張ったっていいんじゃねぇのか?」
ユージンの言葉に、“オルガ”が首を振った。
「いや、こう云うのは、早さが大事だ。それに、依頼があるってんだ、断るにしても早くしなけりゃ、向こうだって他処に頼めないだろ――よし、通信はいけるな? じゃあ、“ハンマーヘッド”に連絡を入れてくれ」
ダンテが手を上げて、程なく通信が繋がった事を報せる。
モニタには、“sound only”のサイン。
〈――こちら“ハンマーヘッド”〉
女の声だった。
「こちらは“イサリビ”だ。名瀬・タービンを頼む」
〈誰?〉
警戒した響き。
「鉄華団のオルガ・イツカだ」
“オルガ”が答えると、少しの沈黙、
〈ちょっと待って〉
女の声がそう答えたあと、間をおかずにモニタが明るくなった。
映っているのは、長い黒髪の優男。少しの髭と垂れた目尻が特徴的な、名瀬・タービンそのひとだった。
「初めてお目にかかる、鉄華団団長、オルガ・イツカだ」
“オルガ”の尊大にさえ見える挨拶に、名瀬が片眉を跳ね上げた。
〈タービンズの名瀬だ。……ふぅん、お前がね〉
ジロジロと“オルガ”を見る目が不快だった。
おかしいな、画面の中では、まあまあいい男だとか思っていたのにね。
「何か?」
〈いいや? ――久しぶりにCGSに仕事を頼もうと思って連絡したら、マルバはいねぇ、社名は変わったと云われた。しかも、えらく若い、子どもみたいなのにだ。それで、代表は仕事で出かけてると。どうなってんだと思って、連絡を待ってたが――見事に若造だな〉
挑発を隠さない声だった。
だけど、“オルガ”は動じない。
「そりゃどうも」
苦笑いとも嘲笑ともとれる笑みに、名瀬の目が細まった。
〈マルバがいないってのはどう云うことだ。どうして社名が変わった〉
恫喝の響き――裏社会の水を知ってる人間特有の気配に、隣でビスケたんが小さく震えた。
「マルバ・アーケイは、資産を持ち出してトンズラしたんですよ。受けた仕事を放り出してね。仕方がないんで、俺たちで仕事を引き継いでるところだ。社名を変えたのは、胸糞が悪かったからだ」
“オルガ”が言い切る。
〈胸糞が悪いだぁ?〉
顔を顰めた名瀬に、“オルガ”は片目を眇めて指を突きつけた。
「子どもにむりやり阿頼耶識の手術を施して、安い給料でこき使ってたんだ。しかも、手術は麻酔もなしだぜ? それで弾除けみたいに扱われて、動けなくなったら放り出す。これで胸糞悪くならずにいられるか」
〈だから、殺したのか〉
凍るような声だった。
――ああ。殺したよ。おれ達をなんの呵責もなく弾除けに使って逃げた挙げ句に、まだクーデリアを――“オルガ”をギャラルホルンに売ろうとしてたあの男なら。
だけど、それがどーした?
搾取られるままにいろと言うのか。
ブーツを投げつける。モニタ越しの、そのすかした顔に。
「はあぁ!?」
ほぼ同時に、ユージンが怒鳴った。
「何云ってやがんだオッサン! 俺らは、マルバが逃げ出しやがったせいで苦労してんだぞ! 確かに殺せるなら殺してやりてぇが、いないのに殺せるかよ!!」
――もう殺してるから大丈夫。だけどもっと怒鳴ってやれ!
ブーツをもう一足投げてやろうとしたのに、昭弘が羽交い締めにしてくる。
「やめろ三日月! モニタが壊れる!!」
――問題ない。モニタには手加減するから。
「よせ、ユージン。――名瀬さんよ、何を勘違いしてるんだか知らねぇが、マルバのことは、逃げ出して以降はまったく知らねぇんだ。あいつが社の財産も持ち逃げしてくれたおかげで、うちの財政は火の車だ。見つけられるもんなら見つけてぇよ」
“オルガ”が本気でため息をついた。
――“オルガ”は知らない。
おれが知らせてないから。だから、これは嘘じゃない。
「……ふぅん?」
それでも、名瀬は疑う体を崩さなかった。
ギリキリ睨み据えながら、なんとか昭弘の拘束を外そうと試みれば、別の大きな手がガッシリと頭を掴んできた。
「失礼だが」
――クランク、あんたか!
もがくけど、その腕はびくともしない――大体、二人がかりは卑怯だぞ!
「私は部外者だが、あなたの疑惑については濡れ衣だと云わせてもらおう。私がかれらに接触した時には、あそこに大人はいなかった」
太い声が流れ、名瀬の視線はクランクに移った。
〈あんたは?〉
「私はクランク・ゼント、ギャラルホルン火星支部の人間だ。訳あって鉄華団と、行動をともにしている。あなたの云う、マルバ・アーケイと云う男がいなくなったのは、多分われわれのせいだと思う」
〈ギャラルホルン? ギャラルホルンが、どうしてそこにいる?〉
虚を突かれたように、名瀬の目が見開かれた。
「それは、機密事項に抵触するので明かせない。われわれは、当初鉄華団、と云うかCGSと交戦したが、その時には既に、大人たちは別動していた。われわれのMW部隊が追跡、攻撃したが、全滅させたとは聞いていない。おそらくはどこかに逃げのびたのだろう」
“オルガ”は黙って息を吐いた。
〈何故、ギャラルホルンが、民間の一警備会社を襲撃した〉
それはもっともな疑問だったろう――だけど、答えるには憚りがある。
「それは……」
「それは、私がいたからです!」
突然、後ろから高い声が上がった。
いつの間にか、クーデリアがブリッジに戻ってきていた。
「駄目だよ、出てて、クーデリア」
言うけど、お嬢様は首を振る。
真っ直ぐにモニタの中の男を見据えて、なおも言い募る。
その手は震えてるのに。
「私が、CGSに地球までの護衛をお願いしたのです! だから、ギャラルホルンが――かれらは私を守ってくれようとしましたが、その時には、マルバ・アーケイと大人たちは逃げ出した後でした! かれらは――鉄華団は、それでも私を守ってくれたのです!」
凛と伸びた背筋。燃えるような熱をはらんだリラの花の瞳。
名瀬は、彼女が誰であるのかすぐに気づいたようだった。
〈――……クーデリア・藍那・バーンスタイン……〉
その口が、呆然と少女の名前を紡いだ。
「そうです! だから、かれらには非はありません! 私が、私を……」
――ごめん。クーデリアのせいじゃないよ。ホントは、おれのせい。
だけど、物語とは別に、マルバは名瀬に泣きつかず、ギャラルホルンに近づこうとしてた――おのれの保身のために、参番組とクーデリアを奴らに引き渡そうとしてたんだ――本人からそう聞いたもの。
だけど、これは言えない事だ。
「そこまでだ、お嬢さん」
“オルガ”の強い声が耳を打った。
暴れるなと、その眼がおれに命じてきて。
「あんたは確かに依頼人だが、マルバの件は俺たちの問題だ。気持ちはありがたいが、黙ってもらおうか」
クーデリアに投げた言葉も厳しいものだった。
「ですが!」
納得できない、と、声を上げるクーデリアを、ひと睨みで黙らせてしまう。
その間、名瀬はずっと、そのやり取りを見つめて、何かを考えているようだった。
「とにかく、ギャラルホルンに襲撃されて以降は、マルバについちゃ、俺たちの感知するところじゃない。わかってもらえたか」
“オルガ”が名瀬に向き直る。
〈……クーデリア・藍那・バーンスタインが護衛対象なら、確かにギャラルホルンが出てきても仕方ねぇな…〉
探るような眼差しで、クランクとアインを見る。
〈それが、お前らと行動をともにしてるってことは、内部で何かあったか〉
形ばかりの問いかけに、二人は答えない――名瀬が笑う。
目は笑ってない――なにか、怒りを飲んだような――でも、ここまでのそれとは違って、その怒りはおれたち以外の、別のなにかに向いているようだった。
〈当たりか。――なるほど、了解した。それで、お前らはこのまま地球に向かうつもりか〉
「あぁ。一度請け負ったものを、放り出すわけにはいかねぇからな。……ってわけで、名瀬さん、あんたが連絡をよこしたのが仕事の依頼ってことならば、今回は無理だ。早いとこ他処を当たった方がいいぜ」
“オルガ”が、さも残念そうに、仕事の依頼を断る――それが建前に過ぎず、糾弾が目的だったと知っていて、なお。
名瀬が、酸っぱいものでも飲んだような顔で“オルガ”を見た。
〈――……オルガ・イツカ、だったか? お前、やることにソツがないな〉
しみじみと“オルガ”を眺めて、
〈それで本当に若いのか?〉
ピチピチの“オルガ”になんてことを!
名瀬の言葉に、頭上から吹き出す音――なんで笑ったの、クランク。
“オルガ”が仰ぎ見て視線で抗議するけど、クランク・ゼントは涼しい顔だ。
「老け顔で悪かったな。これでも一応、十七のはずだ」
――……うん。未成年には見えにくいとは思うけど。
〈ハッ! なるほどな。気に入ったぜ。何かあったら、その時はお前らに頼むことにしよう〉
堪えきれないみたいに名瀬が笑った――なにその手のひら返し。
その前に“オルガ”に色々謝れよ。
「そりゃどーも。宜しくご贔屓に」
“オルガ”が、にっこりと笑った――物凄く胡散臭い。
〈宜しく頼むぜ、兄弟〉
名瀬はまだ笑っていて、そのまま勝手に通信を切った。
モニタが暗くなって、皆が一斉に息を吐く。
――つか、いい加減に放してよ昭弘。
バシリと腕を叩けば、ようやく拘束が解けた。
「おいミカ、お前なぁ……」
“オルガ”が何か言いかけて、黙る。その視線はおれじゃなくてクーデリアに向いていた。
「お嬢さん」
咎める語調。クーデリアが背を伸ばして“オルガ”を見る。
「は、はい」
「気持ちはありがたかったが、あんまりひょいひょい顔を出すもんじゃない。あんたがいるとわかれば、船ごと撃沈させてやろうと考える輩もいなくはねぇ。幸い、名瀬は紳士的だったが――もう二度と、こう云うことはしないで下さいよ」
うんざりしたような響きに、少女が傷ついた目をする――でも、“オルガ”は構わない。
「私は……」
クーデリアは悲しそうな顔をして俯いて、けれどすぐに、きっと顔を上げた。
「私は、アーブラウ議会と戦わなくてはならないのです。それなのに、私のせいで疑われているあなた方を、放っておくことなどできません!」
強い気持ちを伝えるように、リラの花の瞳はキラキラと輝いている。
「それに――守られてばかりでは駄目なのです。戦わなくては、力ではなく、言葉で戦わなくては……」
「お嬢様……」
クーデリアを追ってきたらしきフミタンが、言葉を詰まらせながら少女の細い肩を抱いた。
“オルガ”はぞんざいに首を振った――こういうトコ、ちっとも優しく見えないから、“オルガ”は異性にモテないんだよ――その分、同性に凄くモテるけど。
――うん。“オルガ”はカッコいい。
いまも名瀬の野郎を誑かしてたし――うん、名瀬、腹立たし!
「わかった。今回のことには礼を云うが、とにかく今後は止めてくれ。――ミカ」
「なに」
呼ばれて視線を向ける。
「お前もだ。名瀬みたいなタイプは、ああ云う態度じゃ舐められるだけだ。次は行儀よくしろよ」
やなこった。
――今度は直接、あのいけ好かない顔に靴跡を付けてやるんだ。
ふんっと、鼻を鳴らせば呆れたように“オルガ”がため息をつく。
「ミカぁ……」
――だって。
「――あいつ、“オルガ”に謝らなかった」
「あぁ?」
「マルバ殺したとか疑ったくせに」
――気安く“兄弟”なんて呼んで。
「……絶対許さない」
いつか踏んでやる。絶対にだ。
「仕方ねぇだろ、状況だけなら疑いたくなるのもわかる――冤罪は晴れたんだ。新しい取引先ができたと思って、この話は終わりにしようぜ」
まあ、一部分冤罪じゃないしね――おれに限って言えば。
「――あなたは」
クーデリアか悔しそうに唇を噛んだ。
キッと“オルガ”を睨むリラの花の瞳は、一途で綺麗だけど、“オルガ”には逆効果かも。
「あなたは、本当にそれでいいのですか。軽く見られたことを、不快には思わないのですか」
「……いいか、お嬢さん」
案の定、“オルガ”は苛立った様子だった。高い背を屈めて、上からお嬢様を覗きこむ――それ、威圧になっちゃうよ。意図してないかもだけどさ。
「俺たちは、まだ駆け出しで、何の実績もねぇ。マルバ自ら逃げ出したとは云え、CGSを乗っ取ったってのも本当のことだ。そんな中で、あれくらいで信じてくれたのは、名瀬が紳士だからだよ。普通なら、あんたともども撃沈されて終わりだ」
――うん。名瀬じゃなかったらね。そんな風に攻撃されることもあり得た。
つか、名瀬のあれは無実だと信じてたわけじゃない――絶対にない。ただ、“オルガ”を買っただけだ。
直感的に気に入った男を、見逃しただけ――その行く先が見たいと思ったから。
マルバと“オルガ”を秤にかけて、“オルガ”を取った。あれは、そういう顔だった。
“オルガ”は少しばかり恩義を感じてる様子だけと、ね。
「お嬢さんにゃ、商売のことはわからねぇよ。これに関しちゃ、口を挟まないでもらおうか」
――あ。
ボスの悪い癖が出た。自明のことと判断すれば、説明もなく相手の言い分を切り捨てる――ディスコミュニケーション。
クーデリアは顔を赤くして、けれど、もう何を言おうと“オルガ”には受け入れる気がないことを理解したのだろう、そのままブリッジを出て行った。
「ったく……勘弁してくれ。お嬢様のお守りを請け負ったわけじゃねぇんだぞ」
「まぁまぁ、ああ云うところがあるから、“革命の乙女”とか云われるんだよ」
ビスケットが、苦笑しながら宥めている。
「それにしたって、ほどがあるぜ。鼻っ柱が強いのも、程度が過ぎりゃ拙いだけだ」
よほど苛立ったんだろうけど、それはまた、別の苛立ちを誘発する。
「……てめぇが云うかよ、オルガ」
ほら、ユージンが。
「ぁん?」
「最近のてめぇは、独断ばっかりだ。黙って欲しいんなら、最低限の説明はしろってんだよ」
「そんなん、見てりゃわかんだろうが」
忌々しそうに吐き捨てる。
だけど、ボス、今までそれができてたのは、それをボスに許してた面々が居たからなんだ――でも、いまのボスは、“オルガ”だろ?
周りにいるのは鉄華団だ。
そうやって生きるって決めたんじゃないの――だから、おれを“ミカ”って呼ぶんだろ?
「言やぁ信じる? それで、俺の考えてること全部云えって?」
「全部じゃなくても、説明する責任があんだろ!」
「てめぇにわかんのかよ」
「聞かなきゃわかんねぇよ!」
「云ったってわかんねぇだろ!」
十代の若造相手に叫ぶ“オルガ”は、もしかしたら、身体の年齢にひきずられているのかも知れない。
いつもよりもずっと、『理解されないこと』を怖がってるように見えた。
秘密があるから、伝える術がないから、ユージンには素地がないから――そんな風に雁字搦めになってる。
別に、オリジナルじゃないとか、そんなことを明かす必要なんか無い――それこそ『ありえない』ことだし。
そのあたり、”オルガ”は昔から馬鹿正直なところがある。
ユージンは”オルガ”の口から考えを聞いて、一緒に戦いたいって思ってるだけなんだ。
だって、ユージンの目は、今ここにいる“オルガ”を見てる。
「……オルガ、てめぇ!」
――駄目だよ!
拳を握ったユージンを牽制する。
一瞬、視線が絡んで、わずかにその軌道がそれた彼の手は、“オルガ”の顎を少し掠めた。
「ユージン!」
ビスケたんの悲鳴。
皆の視線に晒され、狼狽えたように、ユージンが後退った。小さな舌打ちをひとつ。泣きそうにも見えるほど顔を歪めて、ブリッジを駆け出していく。
「――……オルガ、今のはちょっとどうかと思うよ」
長いため息のあと、ビスケたんが零す。
今度はボスが狼狽える番だった。
きっと、頭の中で、あれこれ言い訳を唱えているんだろうけど。
ねえ、ボス。
「ボスが、――“オルガ”がおれに、“誠意と言葉を尽くせ”って」
言ったんだよ。とおいあの日に。
誰の言葉も聞かず、誰にも考えを伝える気すらなかったおれに、根気よく、何度も、何度も。
おれが根負けして、とうとう頷くしかなくなるまで、ずっと。
じっと見つめれば、お前まで俺を責めるのかと、恨めしげな、泣きそうな目で睨んできて。
「あー、もううるせぇうるせぇ!」
とうとう卓袱台をひっくり返すような声で叫んだ。
ああ、それじゃまるでユージンと変わらない。ただの子供の癇癪だよ、“オルガ”。
「ちっと頭冷やしてくる!」
“オルガ”もブリッジを出て行く。
残るメンバーが、おれを見る。
「行かないの? 三日月」
意外そうなビスケたんの声。
「今は」
――行かないよ。膝を抱える時間が必要なんだ。
もうちょっとして、“オルガ”が本格的に寂しくなる前には行くけどね。