【成り代わり】鉄血のナントカ【異世界転生?】 作:くずみ@ぼっち字書き。
まさかのことだった。
ビスケットが、ドルトコロニーに寄りたいと云い出したのだ。
「僕の兄さんが、ドルトコロニーにいるんだ。出来が良くて、僕なんかとは全然違うんだけど……仕事があって全然帰ってこないから、近くに行くんなら会えないかなって……」
その思いを無碍にしたくはない。したくはないけれど、
「――ドルトコロニーかぁ……」
正直、いい予感なんて欠片もない。
せっかく折ったフミタンの死亡フラグも復活だし、とにかくトラブルのにおいしかない。GNトレーディングなんぞと云うダミー企業――だろう、多分――からの依頼は突っぱねたから、鉄華団が違法な武器の持ちこみで挙げられることはないはずだが、ドルトの労働者蜂起に巻きこまれてはたまらない。
大体、ドルトの反乱は、そもそもがギャラルホルンの自作自演なのだから、余計に悪い。しかも、裏で糸を引いているのは、月外縁軌道統合艦隊アリアンロッド司令、ラスタル・エリオンなのだ。マクギリス・ファリドに手を貸そうとしている側としては、あらゆる意味でありがたくなかった。
が、
「オルガ……駄目、かな?」
なんて、ビスケットに伺うまなざしで問いかけられて、嫌と云えるほど冷血漢ではなかったのだ、残念ながら。
「――仕方ねぇな」
溜息をつくようにそう答えれば、誰よりも“三日月”が目を剥いて、こちらを凝視してきた。
いや、わかる。フミタンのことだろ、わかってる。
だけど、冷静に考えて、このまま地球に向かったって、クーデリアはちょっと目端のきく小娘扱いを免れないだろう。それでは、クーデリアが最終的に、火星連合の初代議長として立つには、もっともっと長い時間がかかってしまう。
あの少女の今後と、ビスケットの心象を考えれば、この話は受けるべき試練のようなものだったのだ。
「――“オルガ”」
って、“三日月”の圧が凄い。いや、わかってる、わかってるって!
「……仕方ねぇだろ、進行上の問題もある」
ぼそっと云ってやるが、“三日月”の視線は強いままだ。
それに、
――フミタンが、そろそろ自分のバックを明かしてくれればな……
GNトレーディングの依頼を突っぱねたところで、ノブリスの息のかかったフミタンがいれば、クーデリアはまだ生命を狙われ続けることになる。
と云うか、例え地球に無事降りたとしても、フミタンが手のうちをさらけ出さない限り、クーデリアが危ないことに変わりはないのだ。
否、フミタンがいなくとも、生命を狙われるには違いなかろうが、一番近い相手にされるのとでは、危険度も含めていろいろと違い過ぎる。
それならば、このあたりで、
「フミタンと、話をしてみっかなぁ……」
こっちは、既に向こうのバックを知っているわけなのだし、もういっそカマをかけてみるか。
「……ミカ」
声をかけると、大きく見開かれた――これは威嚇だ、絶対に――青い目が、こちらをじっと見た。怖いってぇの。
「フミタンと話がしたい。呼んできてくれ」
と云うと、珍しく黙ったままで頷いた。まだ抗議したいのか、あるいはフミタンと話せることに喜んでいるのか。
ややあって、フミタンがやってくる。“三日月”は、クーデリアに呼び止められたか、姿がない。
「何かご用ですか」
クールな声。眼鏡の下の目も、冷静極まりない。
さて、これが落ちてくれるものか。
「あー……一応訊いておきたいんだが」
どう切り出したものかと一瞬悩むが、これはもうストレートに行くしかない。
「あんたがノブリス・ゴルドンと繋がってるのはわかってるんだが、それは、いつまでそうなんだ?」
「は?」
何の話だ、と云わんばかりの声。
だが、鋭くなったそのまなざしが、平静さを裏切っている。
「何のことですか。私は、お嬢様のために……」
「お題目はいい。俺は知ってる。その上で、あんたはこのままずっと、ノブリスに使われ続けるつもりなのかと訊いてるんだ」
重ねて訊くと、フミタンはぐっと黙りこんだ。
正直、もう既に原作と進行がめちゃくちゃに変わっているから、ドルト行きが元より早いのか遅いのかもわからないが――今後のことを考えれば、とにかくフミタンには、クーデリアの側について欲しいと云うのが、とても切実なこちらの願いだった。
「クーデリアのことは、本当はどうでもいいのか、それとも、多少なりとも守りたいと思ってるのか――それによっちゃ、こっちもいろいろ策を講じなきゃならねぇんでな」
「――私が、お嬢様の側にはつかないと云ったら、どうするつもりなの」
「あんたをこの船から降ろす」
もちろん、ドルトにではなく、それこそ“方舟”に取って返してでも。
この間、ユージンと諍ってから、まだその関係を修復できていない今、これ以上揉めごとの種になる可能性を増やしたくはなかった。ユージンは、こちらに寄ってこそこないが、仕事は真面目にこなしている。今すぐには無理でも、そこはいずれ何とかできるだろうと思っている。
だが、フミタンとクーデリアのことは、そうはいくまい。特に、ドルトに寄る以上、この先は様々なトラブルが起きるのはわかっているのだ。そうであれば、そのトラブルの種を、ひとつでも潰しておきたいと云うのは、心情だと思う。
――ドルトの反乱は、GNトレーディングの武器がなくとも成り立つからな。
ビスケットの兄、サヴァラン・カヌーレは、その時にギャラルホルンを引かせようとして、クーデリアを差し出そうと目論み――あらゆる意味で失敗して、自ら生命を絶ったはずだ。サヴァランが、このルートでどんな行動を取るかはわからないが、どちらにしても、良い結末になるかと云えば、怪しいものだ。
――だが、俺はカミサマじゃないんだ。
結局は、この世界に叩き落されただけの人間で、落とされた以上は、がむしゃらに足掻くしかない。少しばかり先がわかっていたって、思いもしないように物事は動く。接触がないと思っていた名瀬・タービンが、あの時点で接触してきたように。
だからこそ、潰せる騒乱の種は潰しておきたい。特にフミタンは、どうこう云ってもクーデリアに親愛の情を抱いていたようだったから、なおさらに。
「あんたは、クーデリアが幼いころからそば近くにいたんだろう? それで、本当に情はわかなかったのか? まだ、旧い飼い主に愛着がある?」
「……お嬢様は、“飼い主”などではありません」
「じゃあ何だ。監視する対象でしかないのか」
「私は……」
唇を噛む。
「あんたが、多少なりともクーデリアに愛着があるのなら、この先、クーデリアの護衛は頼んだ。お嬢さんが呑まれる波は、火星どころか、圏外圏や地球まで呑みこむ」
その時に、一人でも多く味方がいれば、実際の道は峻しくとも、前を向いて歩いてゆくことができるだろう。フミタンに頼みたいのは、そう云うところなのだ。クーデリアが倒れては、鉄華団の未来もない。
だからこそと思ったのだが。
「――……考えて、みます」
しかとした返答はなく、フミタンは、それだけを云って、去っていった。
ドルトコロニーに到着する。
女性陣は、誘拐の可能性を考えて、船内に留めることにした。
降りるのは、ビスケットと、護衛代わりの“三日月”だけ。
「何で降りちゃいけないんですか、団長ぉ!」
ライドなどは不満気に云ったが、労働者蜂起に巻きこまれる可能性がある以上、迂闊に許可は出せなかった。
「いいか、ビスケット、兄さんには会うだけにしておけ。間違っても、俺たちの仕事、特に“積荷”のことは口に出すんじゃねぇぞ」
下船しようとするビスケットに、釘を刺す。
「え、どうしてさ」
「こう云うのには、守秘義務ってのが伴うんだ、わかってるだろ。俺たちが、あのお嬢さんを連れてるってのは、絶対に口外するな」
「……わかった」
やや不満そうながらも、頷きが返る。
「それから――お前と、お前の兄さんは、もう別の人生を歩んでるんだ。それをわかって、あんまり引っ張られるなよ」
「――どう云う意味だい」
「そのうちわかるさ」
「それも、君が見た“未来”なの、オルガ?」
「……あぁ」
ドルトで騒乱が起こり、労働者を指導していたナボナ・ミンゴらは射殺、責任を感じたサヴァランは自殺――最悪の流れだった。
今は、鉄華団は武器を運んできてはいないが、GNトレーディングがノブリス・ゴルドンの持つ企業であったことを考えれば、別ルートで労働者たちに武器が供給された可能性は高い。労働者は、手に入れた武器でドルトカンパニーを威嚇し、待遇開設を要求するだろうが、それは罠なのだ。
その残酷さに、何だかんだ家族に守られて育ったビスケットが、耐えられるかどうか。
「……行ってこいよ。そんで、早く戻ってきてくれ。ここはあんまり、いい感じがしない」
ビスケットは微妙な表情をしていたが、頷くと、帽子をかぶり直して踵を返した。
「頼んだぜ、ミカ」
“三日月”も頷いて、ビスケットの後を追っていった。
「……三日月を一緒に?」
かかった声に振り返る。クーデリアだった。紫水晶の瞳が、じっとこちらを見る。
「MSに乗るわけでもないのに、どうしてかれを? ドルトでは、労使の対立が続いているとは聞いていましたが……」
「ミカは、あれで体術もできる。ビスケットに万が一のことがあっても、二人とも生きて帰ってこれるだろう」
ふいと目を逸して、そう答える。本当の理由は簡単だ。久しぶりに会った兄に、ビスケットが絆されないように監視させるため。
「――あなたは、一体何を見ているのですか」
「何を、って?」
「あなたはいつも、目の前にはない何かを見ている――今、ビスケットさんに云ったことにしても、そうです。あなたは何を見て、あんなことを云ったのですか」
「見た、って云うより、知ってる、だな」
唇の端をつり上げる。
「ドルトカンパニーの労使の対立は、すぐに武力行使に発展するだろう。後ろに、ギャラルホルンとノブリス・ゴルドンがいるからだ。ギャラルホルンは、己の存在意義を担保するために、ノブリスは、戦争で金を稼ぐために」
両者のニーズが一致したが故の、マッチポンプ。ノブリスが火種に油を注ぎ、ギャラルホルンがそれを消す。その中で武器が売れ、金が動く。そうして、弱者はさらに弾圧され、富めるものはますます肥え太る。
ギャラルホルンは、云い換えれば地球の四大経済圏だ。火星を、コロニーを、圏外圏を支配して、金だけを自分たちのところに吸い上げる。
その構図を破壊するには力が必要だが、単なる暴力では、ギャラルホルンにつけこむ隙を与えるだけだ。
圏外圏とコロニーは、力を合わせて戦わなくてはならぬ。
そのために必要なのが、象徴となる“革命の乙女”、クーデリア・藍那・バーンスタインなのだ。
「ドルトコロニーの労働者の反乱は、武力によって鎮圧される。その中では、血も多く流れるだろう。ビスケットの兄弟の血も、その中にはあるかも知れない」
「だからですか。だから、あなたはあんなことを云ったのですか?」
「それだけじゃない」
知っている。ビスケットが、鉄華団から抜けることを考えたわけを。
「ドルトカンパニーの経営陣は、甘いことを云ってくるだろう。何か要件を満たせば、話し合いのテーブルにつく用意があると――そう、例えば、今ドルトコロニーに滞在している“革命の乙女”、クーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を引き渡せとか」
「そ……それで争いが回避されるのなら……」
「んなわけねぇだろ!」
何を勘違いしているのか知らないが、小娘の身柄ひとつで、ギャラルホルンが作戦を変更するわけがない。クーデリアは、まだ綺麗な人形のようなもので、それで火星や圏外圏が動くわけではない。
「あんたが出頭する、ギャラルホルンは、騒乱の種となるあんたを逮捕する。その上で、労働者たちの中にスパイでも潜りこませ、例えばギャラルホルンに向かって発砲させる。それでジ・エンドだ。労働者たちは一網打尽になり、経営陣はますますでかい顔でのさばるって寸法さ」
この程度の計算もできないなら、労働者たちに半端な同情を寄せて、出頭しても良いなどと云わぬが良いのだ。
クーデリア・藍那・バーンスタインに、まだそこまでの価値はない。今ギャラルホルンに捕まれば、せっかく大樹に育つ可能性のある苗を、みすみす摘ませてやるようなものだ。
「もしも、あんたが本当に、火星や、圏外圏の未来を考えるんなら、やすい同情なんかしないで、何がこの先必要なのかをきちんと考えて、ドルトの労働者たちに示してやるんだな」
「で、でも、それでは、ドルトの労働者の皆さんは……」
「あんたがここで、ドルトの労使問題に介入するとする。そうすると、ギャラルホルンにとっては、あんたはマッチポンプ式の“正義”を邪魔する不届き者だな。当然、それを守る俺たちも反逆者だ」
そのことに思い至らなかったのか、クーデリアは絶句した。
「ギャラルホルンに反逆者と認定されれば、当然、火星の鉄華団本部にも手入れがあるな。そこで反撃すれば、奴らに殲滅の口実を与えることになるし、おとなしく従ったところで、“少年兵”だってところを見咎められて、逮捕されることになるだろう」
そうして、そんな少年兵を使っていたと云うことで、鉄華団自体も潰される。楯を失ったクーデリアは、ノブリスの都合の良い時に暗殺され、そこから火星に戦乱がやってくるのだ。
「今のあんたに、ドルトの労働者に対する同情だけで、俺たちを死なせる覚悟があるのか」
「そ、そんな……」
「あんたの前にあるのは、そう云う選択肢だ。ドルトの労働者を取って、俺たちを殺すか、それによって、火星の経済的自由を得る道を抛つか」
そう、鉄華団を潰すだけではない、ここでクーデリアが自分を抛てば、それはつまり、蒔苗東護ノ介と交わした、火星の経済的自由を得ると云う密約をも抛つことになる。火星と云う広い地域の貧困を解消することなく、一コロニーの騒乱に呑みこまれてしまって良いのか。はじめの志を、こんなところで抛つつもりなのか。
「最終的に世界を動かすには、多少の犠牲は仕方ねぇ。それが政治ってもんだ。その取捨選択ができないんなら、おとなしく大学でお勉強でもしてな」
苛々する。
相手が、まだ十六の小娘でしかないのはわかっているが――本当に世界を動かすつもりなら、生半可な覚悟では駄目なのだと、そろそろ思い知るべきなのだ。
“そしてかれらは、いつまでも幸せに”――そんな魔法のようなことなどない。血と泥に塗れた中で、やっと小さな光明を見出だせるかどうか――為政者になるなら、その覚悟が必要だ。犠牲を払ってでも世界を変える、それによって、幾多の人命が失われたとしても。
クーデリアは、目を見開いて、こちらの罵倒を聞いていた。
その唇が、何かを云おうとしたか、微かに震え――だが、反論の言葉はなく。
「――考えさせて下さい」
それだけを云うと、足早にその場を去っていった。
「……クソッ!!」
この世界で紙が貴重であるのが、こんなに忌々しいと思ったことはなかった。ここに一冊の雑誌でもあれば、この荒ぶる気持ちを、それと一緒に床に叩きつけることもできたのに。
完全に八つ当たりだとわかっていた。
ドルトコロニーの労働者騒乱については、犠牲なしに食い止めることは不可能だろう。よし、ビスケットの兄、サヴァラン・カヌーレを死なせずとも、指導者であるナボナ・ミンゴは死ぬ、それは避けられまい。
GNトレーディングと鉄華団による武器の運搬がなくなっても、搬入ルートはそれだけではない。ノブリス・ゴルドンは必ず労働者たちに武器を届け、暴発した一発の銃弾が、かれらを死地に追いこんでゆく。
ドルトコロニーに立ち寄ると決めたのは、ビスケットに、その事実を見せるためだったのかも知れない。遠い宇宙で兄の訃報を聞くのではなく、兄が、誰の、何のために行動し、結果生命を落とすことになったのかを、その目で確かめさせるために――ただやみくもに、ドルトカンパニーやギャラルホルンを憎むのではなく、その先の未来を自らの手で掴み取らせるために。
だが。
――結局、割り切れてねぇのは、俺もかよ……
すべての死を止めることはできない。どんなに頭を搾っても、どうにもならない事案はある。すべての死を止めることができるのは、神だけだ。一介の人間でしかない自分には、すこしの方向転換すらも全力の仕事で、それすら巧くいくとは限らないのだ。
ブーツの靴底で、床を強く蹴りつける。足が痛んだだけだったが、その痛みではまったく足りなかった。
「クソったれ!!」
叫ぶ肩に、手が置かれた。
驚いて振り返ると、クランク・ゼントがいた。そして、少し離れた向こうには、ユージンの姿も。
「クランクさん……」
取りすがってしまいたくなる。
哭いて、吼え猛って、この気持ちを吐き出してしまえたら――だが、それで物事が解決するわけではない。
そのまま沈黙していると、クランクの腕が肩に回された。抱きしめるような仕種だった。まるで、慈悲深い父親のように。
「オルガ・イツカ……お前が、そんなに背負いこむことはない」
「――クーデリアはまだ若い、暴走でもされたら、」
「そう云って、あの娘が挫折しないか気にかけているのだろう」
「……俺は、別に」
そう云うつもりは欠片もなかった。ただ、おきれいなだけの理想を語る、小娘でしかないことに苛立っただけで。
「――“オルガ・イツカ”が選んだ道は、結局破滅にしか繋がらなかった。俺は、それを回避したいと思っただけだ」
クランクにはわからないだろう言葉を、小さく呟く。
原作の監督が云った、“クランク・ゼントを殺した時から、全滅することは決まっていた”と云う言葉。
もちろん、それはわかる。視聴者としてはわかる。結局鉄華団は、ギャラルホルンに、否、ラスタル・エリオンにうまく使われ、捨て石にされただけだった。
ただ捨て石にされただけではなかったが、主人公二人――三日月だけでなく、オルガもまた、あの物語の主人公だっただろう――が死に、鉄華団は解体された。それと引き換えに火星は独立を果たし、ヒューマンデブリの存在が禁止されたのだとしても、歴史の中で汚名を着せられたかれらが、その名誉を回復されるのは、厄祭戦からと同じほどの年月を経てからのことになるだろう。
それを、覆したいと思ったのだ。別に“火星の王”なんかになる必要はない、最小限の犠牲でクーデリアを地球に送り届け、テイワズなどには接触せずに、まっとうな仕事だけでやっていく。やくざ者まがいのことはせず、派手さはなくとも地道な仕事で、そうして何とか生きていきたい。そう思っただけなのに。
それなのに、何だかんだと厄介ごとに首を突っこんでしまっている。とにかく穏便に、穏便に生きたいだけなのに。
「お前が必死に舵取りをしているのは、よくわかる」
クランクの厚い手が、背中をとんと叩いてくる。
「お前が、何かに抗おうとしているのは感じていた。はじめは、この世界のかたちになのかと思っていたが――お前は、運命に抗いたいのだな」
「……そんな御大層なモンじゃねぇよ」
できると思っていたから、やっているのだ。鉄華団の歩んだ道を、変えられると思ったから。
ここで歯噛みしているのは、単に自分が割り切れていないからで、それ以上でもそれ以下でもない。自分の気持ちだけの問題なのだ。
「俺は、とにかくまっとうにやってく途を探したいだけだ。テイワズなんぞの下に入らず、そこの抗争に巻きこまれもせず、派手じゃなくともやっていける途を」
だから、名瀬・タービンではなく、早くからマクギリス・ファリドに近づいて、そちらの方へ軌道修正を図ったと云うのに。
「結局は、あんまり意味はなかったってことか……」
ダンジが死なずに済んだり、多少の犠牲が回避されただけで。
「そんなことはない」
クランクは云った。力強い声だった。
「お前がファリド特務三佐と接触してくれたお蔭で、われわれは火星支部の歪みを監査官に訴えることができた。オーリス・ステンジャも、殺してしまうこともできたのに、そうしなかった。お前がそうしたことによって、ここの子どもたちも、他人の生命を蔑ろにしないことを憶えるだろう。それは、お前の云う“まっとうな仕事”への大きな足がかりになる」
「だけど、そんなのはあたり前のことだ」
ここではそうじゃなかったとしても。
「あたり前のことをわからないものに、“あたり前だ”と教えることは難しい」
宥めるような声。
「お前はよくやっている。そう、ひとりで背負いこまず、まわりを頼って、使ってやれ。――ほら」
と、その手がユージンをさし招く。
ユージンは、おずおずと近づいてきた。
「オルガ……」
云い澱んで俯いて、やがて決意したように顔を上げ。
「お前がお嬢さんに云ってたこと、俺には半分もわかんなかったけど――お前が覚悟して、俺たちを引っ張ってくつもりだってのは、よくわかった」
そんで、お前の背負ってるもんの重さも、と小さく云う。
「――別に、俺は」
「お前にしかできなくて、お前だけがやれることがあるってのもな。だから、お前もいろいろ抱えこまねぇで、俺らに振れるモンは、振りやがれってんだ!」
「上からかよ……」
「ったり前だろ、俺のが先に、参番組の隊長だったんだぞ!」
「はは、」
違いねぇ、と笑うと、ユージンに肩を小突かれた。
「しっかりしろよ、団長! お前が行く先示さねぇで、俺らどうやってやってくんだよ!」
「……あぁ」
そうだな、と云うことしかできなかった。
そうだ、自分で決めたんじゃないか、“オルガ・イツカ”としてやっていくことも、この先の未来を改変することも。
「じゃあ、他は頼んだぜ、ユージン」
そう云うと、ユージンからはにっとした笑いが返った。
「おう、任せろ。てめぇの出番なんざねぇほど仕切ってやるぜ」
その笑顔に苦笑を返し。
差し出されたユージンの手に、そっと自分のそれを重ねた。
ビスケットと“三日月”が戻ってきたのは、翌日の明け方のことだった。二人ともぼろぼろになって、ついでにビスケットの兄、サヴァラン・カヌーレを伴っていた。
夜中じゅう逃げ回ったのだろう、大きな怪我こそなかったが、擦り傷や切り傷、打撲傷に、銃弾の掠めた擦過傷だらけで、服もあちこち破れている。サヴァランに至っては、スーツの片袖が取れかけているような有様だ。
「よく、無事で戻ったな」
心から云うと、“三日月”は、大きく肩で息をした。
「大変だった」
「……あぁ」
知っている。ドルトコロニーのローカルテレビをモニタに映して、一晩中それを見ていた。
労働者たちの抗議活動は、一発の銃弾で暴動へと転じた。静かにデモをと繰り返していたナボナ・ミンゴは、流れ弾に当たって死亡、ギャラルホルンの“反撃”に抗っていた労働者たちの一群も、圧倒的な火力の前に、次々に斃れていった。
労働者たちと通じていたサヴァラン・カヌーレが生き延びたのは、僥倖と、“三日月”たちの尽力のお蔭だったのだ。
「よくやってくれた、ミカ。ビスケットも、無事で良かった」
「うん……」
対するビスケットは、今ひとつ鈍い反応だ。
それも仕方ないことか、普通の意味でなら、とても“無事”とは云えないような状態ではあったから。
“イサリビ”のブリッジに逃げこんできたサヴァランは、モニタの中に広がる惨状に、力なく崩れ落ち、涙を流した。
「ナボナさん……」
誰も、声をかけることができなかった――実の弟であるビスケットでさえも。
それはそうだろう。サヴァランは確か、唯一労働者の枠から経営陣側へ“成り上がった”希望の星だった。そして、昔から親しかったナボナと手を携え、ドルトカンパニーを改革すると云う夢を抱いていたらしいのだ。その夢を、ナボナもろとも一瞬で潰されて、仲間たちをも失ったのだ。呆然自失しない方が不思議なくらいだった。
――これが、ギャラルホルンの……否、ラスタル・エリオンのやり方か。
一連の騒動を仕組んだ、本当の黒幕を思い浮かべる。
月外縁軌道統合艦隊アリアンロッド司令、セブンスターズの一翼を担う、エリオン家の当主。二期において、鉄華団の最大の敵となる男だ。
――あれと、戦わなくては。
どんなルートを選んだとしても、ラスタル・エリオンは行く手に立ちはだかってくるだろう。それは、マクギリス・ファリドと手を組むと決めた時点で自明のものになっている。
それでも、今はまだ、あの男の企みの余波を受けているくらいのものだ。本当に敵になるのは、火星に帰った後のこと。
――あぁ、もどかしいな。
鉄華団は、どうしても小さい。武力集団でありながら、その行動を決めるために必要な情報を集める諜報部門もない。情報収集に使えるのがメディアとネットだけでは、一般人と変わらない。どうしても、打つ手が後手後手に回らざるを得ないのは、そのせいが大きい。
今までの自分が恵まれていたのだと、つくづく思わざるを得ない――いつだって、武力を掌握した自分の近くには、諜報をこととするものたちが控えていてくれたのに。
――今、手元にあるのは“三日月”だけだ。
それだって、自分の知る中では最大火力であるには違いないのだけれど。
ふと、トド・ミルコネンを思い出す。
火星に残すのが不安だったのと、いずれマクギリスに引き渡すのだと思って伴ってきたが、大した仕事も与えていなかった。
あの男は、いずれモンターク商会の番頭に育つのだろうが、その前に、不用品の売買とともに、情報を仕入れさせることはできないだろうか?
正直、鉄華団の中に、諜報活動に向いた人間は他にいなかった。皆、あまりにも子どもなのだ。ベイカー街遊撃隊くらいのことはできるだろうが、それとても、クリュセの街中でやるのがせいぜいだろう。
それに較べると、トド・ミルコネンは後々モンターク商会の番頭をやり、マクギリスの遺産の管理分配を任されるようにもなるのだから、世事に長けているには違いない。そう云う、しかも見た目はかなりくたびれた男なら、世間話かたがたの情報収集もお手のものとなるのではないか。
ビスケットたちを囲む人の輪の後ろに、ぼんやり佇むトドに、目を合わせる。
「――トド」
吐息だけで呼びかけると、トドは片眉を上げて、するすると近づいてきた。
「何だよオルガ」
「頼みがある」
「あぁ?」
「お前、船の不用品を、ここいらで売っ払ってきてくれないか。でもって、そのついでに“噂話”を仕入れてきて欲しい」
途端に、その小さな目が、面白そうに光る。
「お前、そう云うの得意だろ。正直、今の俺たちにゃ、圧倒的に情報が足りねぇ。メディアやネットに乗らねぇ、当局に統制されてねぇ情報が欲しいんだ。お前なら、お手のものだろ?」
「――まぁ、団長直々のお願いだ、やってやらなくもねぇぜ」
チョビ髭を指で擦る。少し得意そうな仕種。
それから、小狡そうな目つきになって、
「もちろん、別手当は出してくれんだろうな?」
「あぁ」
自分の給料を、少し回してやろう。少しばかり“油”を入れた方が、この手の人間はよく働く。
「よっしゃ、なら早速行ってくるぜ。不用品なら、何でもいいんだな?」
「あぁ。その辺は、管理してるタカキに訊いてくれ」
「おう。お前の命令だって云っていいんだろ」
「あぁ。――諜報ってのは、こう云うのの基本なんだ。お前の腕に期待してるぜ」
「へっへっへ、まぁ見てな」
そう云うと、トドは、ひょこひょことブリッジを出ていった。
当初は思ってもみなかったが、これでトドが見事に諜報活動を担当してくれれば、鉄華団は随分バランスが良くなるだろう。
――何か動きにくいと思ってたんだよなぁ。
これまでは、原作の進行を知っていると云うアドバンテージでやってこれたのだが、既に進行状況が異なるこの先は、それも難しくなってくるところだった。
トド・ミルコネンは、原作では一軍のハエダに顎で使われ、参番組に高飛車に出るしかない男だったが、こうしてみると、もののやり取りだけでなく、情報のやり取りもできそうだ。
――マッキーに譲るのが惜しくなりそうだな……
だがまぁ、ギャラルホルンの情報を少しでも流してくれるなら、それはそれで、譲り甲斐があるのかも知れなかったが。
――さて、問題は、お嬢さんだ。
サヴァランの様子を見るに、やはりギャラルホルンは、この機会にクーデリアもろとも一網打尽、を目論んだのだろう。サヴァランがビスケットにぽつぽつ語っている――そんな意識もないかも知れないが――のを聞く限り、ギャラルホルンは、クーデリアが“イサリビ”にいることを把握して、それを差し出せば労働者たちを攻撃しないとでも云ったようだ。
おそらくは、ノブリス・ゴルドンからギャラルホルンに、クーデリアの情報が流されている。フミタンは、クーデリアが“方舟”から“イサリビ”で地球に向かうことくらいは、ノブリスに告げただろう。ノブリスは、今後の自身の保身のためにも、アリアンロッド艦隊に媚を売り、クーデリアの情報を流すことにしたに違いない。
サヴァランは、これまでの経緯を、とぎれとぎれにビスケットに話しているようだ。その内容は、多少異なる部分はあったが、概ね原作と同じ流れだった。
「お前を、お前を巻きこみたくはなかったんだ、ビスケット……だけど……!」
「兄さん……」
ビスケットは、複雑な、複雑過ぎる表情で、泣き崩れる兄を見つめている。
兄が、労働者たちの待遇改善要求運動に参加していたことも、それによって難しい立場に立たされていたことも、ビスケットは知らなかったのだろう。知っていれば、ドルトに立ち寄りたいと云っただろうか――今となっては意味のない疑問だったが。
「ドルトはおしまいだ……ナボナさんがいなくて、どうやってこの先……」
滂沱の涙を流すサヴァランの横に、すっとクーデリアが膝をついた。
「サヴァラン・カヌーレさん、でしたね」
「――あなた、は」
「私が、クーデリア・藍那・バーンスタインです」
はっきりとした名乗りに、サヴァランは目を見開いた。こんな少女が、と思ったのだろう。
「私の身柄をギャラルホルンに、と、お仲間が思われたのも仕方のないことかも知れません――公的にはそうではありませんが、ギャラルホルンの中には、私を快く思わない人びともあるようです。今回、つくづくとそれを思い知りました」
ですが、と少女は続けた。
「私にも、果たさなくてはならない使命があります。火星と地球の経済的不平等をなくし、貧困に喘ぐ火星の子どもたちを救いたい。……でもそれは、コロニーも同じなのだと、あなた方が教えて下さいました」
白い華奢な手が、筋張った男の手を包む。
「あなた方のために、ギャラルホルンに捕らえられるわけにはいきませんが――どうか私たちとともに戦って戴けませんか。私たちが、私たち自身の権利を掴み取るために」
「――クーデリアさん……」
サヴァランは、再び落涙した。しかしそれは、先刻のような、痛みと絶望による涙ではなかった。
共感と、励まし。それを受け取ったことによる涙。一筋の光明を見出したものの流す涙だった。
「あなたが、これからのドルトの活動を支えて下さい。それこそが、ナボナさんと云う方の志を継ぐことになるのではありませんか」
サヴァランは無言だった。
だが、そのまなざしは強く輝き、頬を涙に濡しながらも、既に次のことを考えはじめているのが見て取れた。
「――ありがとう、クーデリア・藍那・バーンスタイン」
やがてかれはゆっくりと立ち上がると、その両手でクーデリアの手をしっかりと握りしめた。
「私は、本質を見失いかけていました――あなたのお蔭だ、ありがとう“革命の乙女”」
「ありがとうございます。私も、為すべきことを、改めて思い出しました」
クーデリアは、誇らかに頭をもたげた。
「火星のために、そしてコロニーのためにも、私は地球へ向かいます」
高らかな宣言。
それは、“革命の乙女”が、真にそのものとなった瞬間だった。