TS衛生兵さんの成り上がり   作:まさきたま(サンキューカッス)

1 / 186
1章 西部戦線
1話


 突然ですが、皆さま。貴方はFPSと呼ばれるゲームジャンルをご存じでしょうか。

 

 これは、いわゆる一人称視点のシューティングゲームジャンルの総称です。

 

 一人称視点というのは、非常に難しいです。

 

 装備によっては視野が悪くなりますし、画面に酔うことも多いですし、何より死角に回り込まれると反応できません。

 

 なので、普通に走っていただけなのに突然死亡するなんて理不尽な事態も良くあります。

 

 ですが、それがまた面白いポイントで、いかに相手の死角を突いて理不尽に殺すかという快感もあります。

 

 

 自分はそんな、FPSゲームにおいて神でした。

 

 卓越した索敵力、常軌を逸したAIM力、咄嗟の撃ち合いに反応する反射神経、そしてなにより相手の思考を読む裏取り能力。

 

 これらを高い水準で兼ね備えていた自分は、とあるバトル・ロワイアルゲームの世界覇者となりました。

 

 そのまま企業のスポンサーまで付いて、プロゲーマーとなりました。

 

 平和な日本においては、ただのゲーム中毒者の自分ですが。

 

 戦争の世界で、銃を持って戦う限り、自分は無敵でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二次元の世界では、ね、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲームの戦争とは、単なる遊びです。

 

 戦いが終われば、撃ち殺した人と馬鹿な煽り合いをして、笑い合うことができます。

 

「────っらぁ!」

「ぐぇ」

 

 しかし、現実の戦争では。

 

 頚元を突かれ殺された兵士は、鼻と口からどす黒い飛沫と泡を吐き出して、2度と喋らなくなります。

 

「おら小娘! ボーッとすんな、突っ込むぞ!」

「え、あ、はい」

 

 小隊長────、前世の自分と殆ど歳も変わらない若い男が、襲い掛かってきた兵士を突き殺しました。

 

 そして周囲に叱咤号令して、勇猛に敵の領域へと踏み込んでいきます。

 

 彼に追従することが任務の自分は、小隊長の背中について走ることしか出来ません。

 

 

「この丘陵地帯を占領する。俺に続けぇっ!!」

 

 

 怒号と断末魔が飛び交い、糞尿と腐肉の異臭が漂う中、ビチャビチャと何かよく分からない水っぽいモノを踏みつけて。

 

 この日、初めて戦争に参加した自分は、誰かの体液と脂でベトベトになりながら、敵の領地だった丘を駆け上がりました。

 

 

 58m。それが、今日の自分たちが戦争で稼いだ距離です。

 

 何度も何度も進んだり戻ったりしながら、多くの人の命を踏み台にして前進した距離です。

 

 

 約800人。それが、今日の戦友達の犠牲者数です。

 

 戦線が58mを進むのに、800人が死亡しました。

 

 

 人の命は、距離になります。

 

 距離とは、すなわち領地です。つまり本日、我が国の国境は58mも進んだのです。

 

 

 

 

「がはははは! 大勝利だ、なあ小娘」

「……おめでとうございます。小隊長殿の、勇気と指揮あっての事です」

「初陣が、この俺の指揮下で良かったな。思いきり効率よく、使い殺してやるから安心して死ぬといい!」

 

 自分は、本日付でこの隣国との戦線────西部戦線へと配属されました衛生兵です。

 

 は、はははは。

 

「貴様の命で、俺は1mは稼いでやるぞ!」

「お国のために、見事役目を果たす所存です」

「安心しろ。死んだらちゃんと、貴様の遺族に武勇伝を伝えにいってやるからな」

 

 ああ。狂っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分は、トウリ・ノエルです。名はトウリで、姓がノエルです。

 

 前世は日本で、FPS廃人をしておりました。

 

 今世では性別が変わって、女の子になっております。

 

 因みにトウリと言うのは孤児院の院長から貰った名前で、ノエルというのは単なる地名です。

 

 父母は戦争に巻き込まれ、爆撃に遭い死亡したそうです。

 

 しかし、村が炎に包まれていくなか、たまたま生きていた自分を抱いて逃げてくれた村人が居たそうです。

 

 彼は、私を孤児院に預け、どこぞに消えたそうです。

 

 そして自分は、ノエル孤児院で引き取られ育ったので、ノエル姓を名乗っています。

 

 

 ノエル孤児院は、決して裕福ではありません。

 

 ある程度の歳までは面倒を見てくれるのですが、自活できる年齢になると出ていくか、働きに出てお金を入れるよう諭されます。

 

 自分も例に漏れず、15歳になって成人したところで働きに出ることになりました。

 

 

 

「君には……回復魔法の素養がある」

「え、本当ですか」

「きっと、磨けば光るだろう。仕官する気は無いかね」

 

 

 

 そんな折。自分は、国家の行っている徴兵検査で回復魔法の適正を見いだされました。

 

 回復魔法の使い手は、そこそこ稀少です。なので、

 

「仕官せずとも、回復魔法適性では徴兵対象になるだろう。自分から仕官した方が、色々と優遇されるよ」

「……」

「それに、沢山のお給料が入る。君の孤児院も、きっと裕福になる」

 

 自分は半ば選択肢もないまま、志願することになりました。

 

 

 

「院長先生、今までお世話になりました」

「……トウリ、無理をするんじゃないよ。怪我をしたら、遠慮なく戻ってきなさいね」

 

 正直、軍に志願するのはあまり嫌ではありませんでした。

 

 前世でのゲームにおける成績から、自分は優秀な兵士になれる自信があったからです。

 

 それに日本と違い、生まれ変わったこの世界はずっと戦争中です。

 

 いつ、どこで命を落とすか分かったものではありません。

 

 ならば、

 

「もし、戦争が終わったら。また、ここに戻ってきます」

「トウリ……」

「どうか、お達者で」

 

 兵士は、死亡した時に「慰労弔問金」の形で孤児院の財政に貢献できるのです。

 

 もし自分が死んだとしても、また自分の様な孤児を引き取って育てる資金になるのです。

 

 ノエル孤児院には大きな恩があります。

 

 なので、どうせいつ死ぬか分からない命なら、孤児院の為になるよう使ってあげたかったのです。

 

 

 

 因みに、今年の孤児院から軍への仕官は2名でした。

 

 自分と、悪戯っ子のバーニー・ノエルという少年です。

 

 バーニーとは同い年で、小さな頃からよく遊んでいました。幼馴染みといって良いかもしれません。

 

 彼は兵士になっても、自分に会いに来てくれると言っていました。

 

 戦争にいくのに、一人でも知り合いがいてくれたのはすごく心強かったです。

 

 しかし。

 

 そんな彼は配属初日に奇襲に遭い、敵の炎魔法に包まれ、コンガリ焼けて死んだそうです。

 

 同じノエル姓であったので、自分はバーニーの家族の様な扱いとして、彼の死体に対面が叶いました。

 

 昨日まで笑顔で話し合っていた彼は、苦しそうな顔で身体をパンパンにして、目を見開いて死んでいました。

 

 

 自分の軍での唯一の知り合いで、幼馴染みだった少年の死はとても辛かったです。

 

 嘘だと言ってよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日はいきなり実戦になって災難だったな。昨日の今日だ、流石に敵さんも一息入れるだろう」

「……はい」

 

 いきなり戦場へ出撃させられた翌日。

 

 自分は、改めて小隊長からオリエンテーションを受けることになりました。

 

「ようし。貴様は回復魔法を使えるらしいな。しばらくは、俺の背後で……」

「使えません」

「……ん?」

 

 ここで、何やら大きな誤解があったことに気付きます。

 

 確かに自分は、回復魔法の適性を見出だされたので志願しましたが、まだソレを習っていません。

 

 回復魔法を教えてもらえるどころか、詳しい軍規すら説明されることなく戦場送りにされました。

 

 その場で学べ、と聞かされて。

 

「……。じゃあ貴様は何が出来るんだ小娘」

「何も、出来ません」

「じゃあ何をしに此処に来た?」

 

 来たくて来たわけではありません。

 

 ほぼ選択肢もないまま、戦場送りにされました。

 

 まあ、そんなこと言ったらぶん殴られそうなので言いませんが。

 

「何も出来ないなりに、国に貢献しようと思いました」

「はっ! 心掛けだけは一丁前だな、小娘。生意気なんだよ!」

「……ぐっ!!」

 

 結局ぶん殴られました。

 

「今の貴様は邪魔者だ、ごみ虫だ、無駄飯食らいの寄生虫だ。俺がベテラン衛生兵を紹介してやるから、とっとと技術を身に付けやがれ」

「ありがとうございます」

 

 ひでぇ世界です。これがリアルの戦争なんでしょうか。

 

 割とファンタジー要素が強い世界観だから、もっと和気あいあいと戦争してると思ってました。

 

 勇者の魔法ドーン! とか、ドラゴンブレスぶしゃー! とか。

 

「じゃあ、ついてきやがれ。その辺の死体踏むなよ、蛆湧いてるから」

「……気を付けます」

 

 別に、勇者とかそんな人はいなくて。戦争は前世と同じく、人間と人間が血みどろで殺し合いをするだけでした。

 

 やはりファンタジー世界でも、戦争は泥臭く汚いものみたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君、新人でガーバックの部隊に配属されちゃったか。御愁傷様だね」

「……」

 

 自分が小隊長に「さあ学んで来い」と連れられた先にいたのは、看護師キャップを被った優しそうなお姉さんでした。

 

 泣き黒子がチャーミングで、お胸も大きい美人さんでした。

 

「アイツ馬鹿……ん、おっほん。突撃することしか頭にないから、付き合わされる方は大変でしょ」

「いえ、まだ着任したてなので、その」

「あらそう。じゃ、そのうち分かるわ」

 

 その優しそうなお姉さんから聞かされた内容は、上官の悪口でした。

 

 厳密には、小隊長(ガーバック)殿よりこのお姉さんの方が官位が上らしいですけど。

 

「ガーバックは突撃兵士としては優秀よ、殺される恐怖より敵を殺す高揚感の方が勝ってるから。ビビらずガンガン敵陣に突っ込めて、本人の能力も優秀なもんで戦果もかなりあげてる」

 

 ベテランの衛生兵さんは、そこまで言うと少し困った顔になって、

 

「ただし、自分の部下を盾に使うので有名なの。突っ込み過ぎたと思ったら、部下を蜥蜴の尻尾にして真っ先に逃げ出すのよ」

「……」

「それも何の罪悪感もなく。ガーバックの奴、自分が死ぬより部下が死んだ方が損害が少ないって思ってるみたいね」

 

 そんな聞きたくなかったことを言いました。

 

「私の名前は、ゲール。ゲール衛生部長、階級は少尉相当」

「あ、失礼いたしました。自分はトウリ2等衛生兵です」

「うん、よろしくね。とりあえず、衛生兵として最低限の技能は教えてあげる。ガーバックにも貴女を大事にするよう言っとくし、なるべく長生きしてね」

 

 成る程。

 

 ゲールさんの話を聞く限り、自分はどうやら最悪なタイプの上官に当たってしまったようです。

 

「ただし、一応言っとくと馬鹿な命令でも、上官の命令には絶対服従よ。ガーバックの奴、命令違反者は容赦なく処刑するから」

「存じております」

「命令に逆らって処刑された場合、遺族に弔問金も行かなくなっちゃうらしいわ。どうせ死ぬなら、あの馬鹿の命令通りに死ぬことね」

 

 その理屈で行くと、そのうち自分が死んでしまうのは確定っぽいです。

 

 戦場に来ることで、自分の前世で培ったFPS技能を少しでも有効活用できるかと思いましたが……。

 

 そもそも兵士の行動はすべて上官の命令ありき。

 

 自分で判断して行動する機会なんぞほぼないですよね。

 

「ま、せいぜい長生きして頂戴。これからよろしくね」

 

 ゲームの戦争はあんなに楽しいのに、リアルな戦争は地獄です。

 

 中途半端にファンタジー要素があったせいで、自分は少し楽観し過ぎていたと気づきました。

 

 ああ、今では兵士に志願した自分が恨めしくてたまりません。孤児院のこととか気にせず、恥も外聞もなく逃げ出すべきだったと後悔しています。

 

 ですが、もう地獄に来てしまったものはしょうがない。

 

 せいぜい、必死にあがいてやることにしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、【癒】! こうでしょうか」

「あら、お上手ね」

 

 自分が西部戦線に配属されてから3日間、初日以外に大きな戦闘は起こりませんでした。

 

 その間に自分は、他の新米数人と共にゲール衛生部長から講義を受けていました。

 

「おめでとう、これで貴女も晴れて衛生兵よ」

「ありがとうございます」

 

 部長の講義はわかりやすく、自分たち新米衛生兵は全員、回復魔法を使えるようになりました。

 

 どんな形にしろ回復魔法を使えたら、一応衛生兵として認められるそうです。

 

 例え今の我々の回復魔法が、擦り傷を治す程度の効果しかないエセ回復魔法でも。

 

「衛生兵は、この前線に数十人ほど所属しているわ。逆に言えば、この広い戦線で回復術を使える兵士はそれっぽっちしかいない」

「はい」

「あなた達5人も、非常に貴重な戦力よ。よく働いて頂戴ね」

 

 その数十人の衛生兵の頂点に立っているのが、目の前のゲール衛生部長なのでした。

 

 この前線には、10万人近い兵士がたむろしていると聞きます。

 

 割合で言うと、衛生兵は兵士全体の0.04~0.05%ほど。

 

 回復術の使い手は、めっちゃ貴重っぽいです。

 

「トウリ、貴方は魔力量が少し多めね。だから、頑張れば2回分くらい回復魔法を使えそう」

「2回ですか」

 

 自分のホイミは、魔力量的に2回分らしいです。魔法専門職にしちゃ、少し物足りなくないでしょうか。

 

 目の前で講義してくれているゲール衛生部長は、授業中にもう4、5回は回復魔法を使っていますけど。

 

「ええ、新米にしては素晴らしい数字よ」

「新米にしては……」

「魔力は鍛えることができるから。生き残って何度も経験を積めば、ドンドン使える回数は増えていくわ。10回以上使えるようになれれば、優秀な術者として後方部隊に転属もできるわよ」

 

 なるほど、要は自分がまだ低レベルだから使用回数が少ないんですね。

 

 そして、魔力量が増えるとご褒美として? 安全な場所に移動できると。

 

 ……それ、逆では?

 

「あの。失礼ながら自分たち回復魔法使いは、後方で経験を積んで回数を使えるようになったあと、前線に送る方が効率的では……?」

「衛生兵をゆっくり、後ろで教育する時間も場所も施設もないわね。この国はもう末期も末期なのよ、こんな兵士とも言えないレベルの娘をいきなり前線送りにするなんて」

 

 ああ、やはりそんな余裕はないんですね。そんなに貴重な回復術師なら大事にしろと突っ込みたいのですが。

 

 もう10年以上、戦争は続いています。きっと、それなりに優秀だった兵士や指導者はみんな、殉職しちゃったんでしょう。

 

 だから、そんな馬鹿な方針がまかり通ってしまっていると思われます。

 

「あ、そうだ。トウリ、貴方には【盾】の魔法も教えておくわ」

「【盾】ですか?」

「そう。あのガーバックについてくなら、とっさに身を守る術を持っておかないと即死するもの。本当なら装甲兵(タンク)向けの魔法なんだけど、私たち衛生兵が習得することも多い魔法よ」

 

 興味がある子は、トウリの傍に来なさい。衛生部長はそう言って、コホンと咳払いをした。

 

 その魔法、非常に興味があります。自分の生存率に直結しそうじゃないですか。

 

「この【盾】は、魔力の障壁を咄嗟に展開することができるの」

「障壁、ですか」

「軽い攻撃魔法や、弓矢、投擲などは防いでくれるわ。中級以上の威力の魔法や銃は、防げないけど」

 

 衛生部長が掌を向けた先に、薄紫のガラスの様な板が出現します。

 

 それに触ってみると、まあまあの強度の板のような物体でした。

 

「これが咄嗟の時、命を救ったりするわ。自分だけじゃなく、仲間の命もね」

「おお……」

「トウリは習得必須だけど、他の子も興味があれば練習してみなさい」

 

 確かに、これは有用そうです。

 

 前世のゲームでも、似たようなスキルがあった気がします。あっちは銃弾でもなんでも防げてましたが。

 

 ベテラン衛生兵のこういう助言は、非常にありがたいものです。

 

 教えられた技術はしっかり習得して、ガーバックの無茶振りに備えるとしましょう。

 

 

 こうして、何のチートも持たない自分の異世界戦争生活が、幕を開けたのでした。

 

 この時の自分は、まだ知る由もありませんけれど。

 

 もう10年以上も続いているこの戦争は、まだまだ『序盤戦』でしか無かったのです。

 

 後の世に『東西戦争』と呼ばれたこの戦いは、自分が従軍した年から加速度的に犠牲者を増やし続けることになりました。

 

 人を人と考えず消耗品の様に使い捨ててしまう、本物の狂気の幕は、まだ開けてすらいなかったのです。

 

 しかしこの時の私は、戦争というものに初めて触れて、ただひたすらに怯えているだけでした。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。