TS衛生兵さんの成り上がり 作:まさきたま(サンキューカッス)
それはサバト政府高官が、フォッグマンjrに停戦を蹴られたのと同時期。
もう一つのサバトの臨時政府、労働者議会もまたオースティン連邦政府に使者を出していました。
「自分達の革命を支援・援助してほしい」と。
そもそも労働者議会はベルン・ヴァロウの援助で成立した組織です。
オースティンとは、繋がりの強い成り立ちと言えました。
しかし革命直後は、まだサバト国民の嫌オースティン感情が強い状況でした。
戦争中の敵国と言うのもあって、オースティンは毛虫のように嫌われていました。
そんな状況で労働者議会がオースティンとの繋がりを大っぴらにすると、反感は確実だったでしょう。
なので最初はオースティンとの繋がりを隠し、『停戦・講和』を掲げる程度に留めていたのです。
しかしシルフ・ノーヴァの鋭すぎる作戦指揮により、レミさん達は敗北寸前に追い込まれていました。
シルフが苦しんでいる以上に、労働者議会側も苦しんでいたのです。
避けたかった市街戦に持ち込まれ、守りに徹する他に道はなく。
かといってこのままではじり貧で、全く勝機が見えない状況でした。
ジワジワと、真綿で首を絞められるかのような戦況。
そんな状況を打破する苦肉の策として、労働者議会は隠していたオースティンとの関係を公開したのです。
この同盟締結には、サバト市民の感情の変化も一役買いました。
ヨゼグラード市民もオースティンは憎いですが、それ以上に現政府への恨みの方が強まっていたのです。
強引な略奪、徴発、処刑などを現在進行形で行う政府軍。
そんな横暴な組織から救われるなら、オースティンだって頼りたくなるでしょう。
「オースティン軍が、来る」
その声明文には、軍事的・物資的に支援すると明記されていました。
それは百戦錬磨のオースティン軍が、サバトに乗り込んでくるということです。
今、国境であるタール川にサバト軍の戦力は残っていません。
彼らはタール川を突破し、いとも容易くサバトの地へ踏み込んでくるでしょう。
それはつまり、
「東方司令部の、難民キャンプが。セドル君が……」
東方司令部の難民キャンプは、ヨゼグラードへの侵攻線上にあります。
オースティン軍の、サバト連邦への恨みは深いです。
故郷をあんな残酷に焼き討ちされ、恨みが消える筈がありません。
そんな彼らが、東方司令部付近に住んでいる市民を保護するでしょうか。
────怒りのまま、虐殺してしまう可能性が高いのではないでしょうか。
自分は呆然と、その場に立ち尽くしました。
レンヴェル少佐が、アリア大尉が、ヴェルディさんが敵になる。
そしてあの悪辣なベルン・ヴァロウが自分を殺しに来る。
そう考えただけで、体がすくんでしまったのです。
フラリと眩暈を起こしそうになった自分を、シルフは無表情に見つめ、
「……おい、兵士。このトウリ・ロウを捕縛しろ」
「え?」
「囚人檻に入れておけ。ただし、決して危害を加えるな」
兵士に自分を拘束して収監するよう、指示を出しました。
こうして自分は、再び捕虜になりました。
「そう顔を青くするな、トウリ」
「……」
自分はオースティン人です。
オースティンが参戦してきた今、今まで通りに兵士として配属させるわけにはいきません。
なので、拘束されるのは当然です。問題は、スパイとして処刑されたりしないかどうかですが……。
「……お前が居なくなるのはちと痛いが、まぁ何とかするよ。なるべく広い檻にしておいたから、ゆっくり休むと良い」
「シルフ、様?」
シルフ・ノーヴァは少し困り顔をしているだけで、相変わらず自分に気安く話しかけてきました。
自分が収監された檻には、ベッドや机などが備え付けられていて。
鉄格子が付けられてはいますが、小窓からは空が見える居心地の良い独房でした。
「ここは警察本署だ。今は、我々の作戦本部に使用している建物だ」
「はあ」
「この警察署の3階に、拘置所があったのを思い出してな。悪いがちょっと収監されてくれ」
自分の身分は衛生兵から捕虜に格下げになった筈ですが。
その待遇は民家で雑魚寝から、個室ベッド付き生活にランクアップです。
これは一体、どういった魔法が働いているのでしょう。
「シルフ様、これは一体?」
「貴様がスパイじゃない事なんぞすぐ分かる。お前1人でどれだけ戦果を挙げたと思ってる」
「あ、その、どうも」
「ただ、それが分からん連中が貴様に危害を加える可能性が高い。流石に、無罪放免とはいかんのだ」
シルフは自分を檻に入れた後、ニヤリと笑みを浮かべました。
先ほどのオースティン参戦の情報を聞いていた筈なのに、全く気にしている様子が全くありません。
「あの、シルフ様。オースティンの参戦が、その」
「ああ、朗報だったな。私としても、ずいぶん気が楽になった」
「ろ、朗報ですか」
「ああ。こんなに分かりやすく弱音を吐いてくれれば、気が楽になるというものだ」
むしろシルフは、その報告を聞いて嬉しそうですらありました。
彼女は、オースティンが参戦したのに何故こんなに余裕があるのでしょうか。
「よく考えろ。あのオースティンが、サバトの冬に戦闘できる防寒装備を持ってるわけないだろう。万が一、本当に援軍が来るとしても春以降だ。そのころにはとっくに、戦闘なんて終わっている」
「……ああ」
そう言われて、確かにと思いました。
オースティンの防寒装備は、サバトに比べてかなり質が悪いです。去年の冬季行軍で、我々は防寒具の差でサバト軍の逃亡を許したのです。
オースティンの冬ですらこの始末。真冬のサバト国内に入って進軍できるような防寒具など、オースティン国内に存在しないでしょう。
となると、もしかしたら。
「十中八九、ただのブラフだろうな。そもそもフラメール、エイリスと戦争中のオースティンが、我が国の革命に首を突っ込む余裕があるとは思えん」
「それは、そうでしょうね。ですがベルン・ヴァロウならもしかしたらと」
「ベルン・ヴァロウがいかなる天才かは知らんが、兵力を倍にする魔法でも持っていない限り無理だろうな」
あの同盟声明自体が、単なるこけおどしの可能性が高いのでしょう。
それを、シルフは即座に見破ったようです。
「本当に介入してくる気なら、声明なんぞ出さず奇襲した方が良い。あんな声明を出してきた時点で、もうギブアップ寸前ですと自白している様なもの」
「ああ、成程」
「それよりも、目の前の蛮行を止めねばならない。早くブレイク将軍に進言しないとな」
シルフはそう言って、自分に小さくウインクしました。
それは、年相応の少女のように。
「貴様はそこでぐうたらしておけ。安心しろ、私達は勝つだろう」
その日から自分はしばらくの間、監獄生活を送りました。
監獄生活と言っても部屋から出れないだけで、拷問を受けたりもしなければ、食事も普通に配給されます。
自分はぬくぬくとした部屋で、やることもないので身体トレーニングに勤しむ日々を送っていました。
それは難民キャンプよりも、よほど快適な生活と言えました。
「ゴルスキィさんは無事でしょうか」
こうなってくると、心配なのは戦友達の安否です。
外に出られないので、ゴルスキィ小隊の面々の安否を確かめようがありません。
ゴルスキィさんは強くもありますが、優しくもあります。
市民に不意打ちされて、大怪我をしていないか心配です。
「……」
あの日以来、シルフは顔を見せに来なくなりました。
彼女はこの軍の生命線です。自分なんかに構う余裕は無いのでしょう。
このヨゼグラード攻略戦が終われば、サバトはどうなるのでしょうか。
シルフは勝つと言いました。ならばきっと、勝つのでしょう。
しかし既に市街地は無茶苦茶です。治安も劣悪と思われるので、戦後の復興には時間がかかりそうです。
市民から強く恨みを買っている、政府軍の自分が首都に住むのは危険が大きいでしょう。
「……」
ですが、自分は別にヨゼグラードに住む必要はないのです。
平穏が戻れば、シルフから頂いた退職金を元手にオセロ村に戻ってゴムージの家を建て直しましょう。
あそこは、セドル君とご両親の思い出が詰まった場所です。彼を育てるのであれば、オセロ村しかありません。
そこでアニータさんやイリゴルさんなどの助けを借りながら、セドル君と平和な日々を過ごしましょう。
「今日は食事の配給、遅いですね」
極寒の中、多くの罪なき人を殺し、略奪して突き進んだヨゼグラード攻略戦でした。
何度も死にかけましたし、何度も目の前で戦友が散っていきました。
その多くの犠牲の果てに、サバトはやっと平穏を取り戻すのです。
こうして数カ月にわたったヨゼグラード攻略戦は、終わりを迎えました。
この戦争の終わりは、実にあっけないモノでした。
自分が捕虜として収監されているうちに、全てが終わってしまったのですから。
この暖かな部屋で、事の顛末など何も聞かされぬまま、やがて銃声は聞こえなくなりました。
「少し、声をかけてみましょうか」
自分が捕虜として生活をしたのは、2週間にも満たない期間でした。
その2週間の間にも、やはり多くの市民と兵士が犠牲になったそうです。
シルフは市民を守るべく様々な保護政策を提案しましたが、なかなか上手くいかず。
市民から政府軍への、怨嗟は最高潮に達しつつありました。
「おや?」
結局、サバト政府軍は市民への虐待を継続しました。
どれだけ宥めても納得する様子を見せなかった市民は、各所で反抗して見せしめに殺されました。
そしてシルフ達政府軍は、吐かれた唾棄の如くヨゼグラード市民に嫌われたまま、
「……鍵が、開いていますね」
ヨゼグラードでの戦闘開始から1か月経った頃。
労働者議会に『敗北』し、ヨゼグラードから全軍を撤退したのでした。
「居たぞ! 残党だ!」
「へ?」
その日。何故か、自分を閉じ込めていた監獄の鍵が開け放たれていました。
自分は不思議に思って、施錠されていない事を報告しようと扉を開きました。
そして、部屋を出た瞬間。無数の人影が、自分に銃口を向けたのです。
「軍服を着ている! 敵だ!」
「お、女の子じゃないか」
「関係ない、敵だ、撃ち殺せ!」
脳全体に、警告音が鳴り響きます。
自分は咄嗟に、射線を切ろうと床を蹴り、監獄に転がり込もうとしました。
「あ
「逃がすな、撃て、殺せ!」
しかし、地面を蹴るより敵が引き金を引く方が遥かに早くて。
自分が足に力を籠めた直後、鉛弾が霰の如く降り注いで自分の体を貫きました。
撃たれた瞬間、凄まじい衝撃に押されて転倒し、頭を強く打ちました。
「が、ぱっ」
運悪く、銃弾の1発は右胸の肺を撃ち抜いたようでした。
喉の奥から血反吐が湧き上がって来て、胸が掻き毟られるように痛く、どんなに息を吸っても苦しくてせき込むばかりです。
不味い、です。これは、処置をしないと、すぐに窒息────
「仕留めた!」
「まだだ、頭を撃て。息があるぞ」
「お、おい、確認せずに殺して良いのか」
「敵だぞ!? 生かしておく理由がどこにある」
自分は、混乱の極致に有りました。
ただ施錠されていないのを不審に思い、報告しようと扉を開けただけです。
こんな、いきなり射殺されるようなことをした覚えはありません。
「……なぁ。この部屋の内装、おかしくね」
「何だ!」
「この娘、収監されてたっぽいぞ? 見ろよ、この部屋の中は監獄……」
「え」
だんだんと、吐く息が弱くなってくるのが分かりました。
酸欠で、意識も朦朧として来て。頼りの綱である【癒】を、発動させる集中力をすら確保できません。
ああ。きっと、これは最期です。
「……この娘、敵か?」
「……」
やがて、自分は咳込む事すらできなくなって。
静かに、眠り込む様に、その場で意識を手放したのでした。
この日。
サバト政府軍は敗北し、全軍を撤退させました。
その敗因は、よく分かっていません。ブレイク将軍がまた何かをやったのか、はたまたシルフの奇策が失敗したのか。
ただ一つ言える事は、サバト軍はたった半日で占拠した市街地の全てを放棄し、ヨゼグラードから撤退したのです。
「……」
「ああ、目が覚めましたか」
自分が突然の銃撃にあい、瀕死の重傷を負った後。
包帯でぐるぐる巻きになって、穴と言う穴に管を突っ込まれた状態の自分は、小さな病室でゆっくりと目を覚ましました。
「生きて、いるのですか」
「ええ、危ない所でした」
しかし体は、満足に動きません。まだ胸や、撃たれた四肢が、完治していないようです。
「癒者の言葉によると、完治に1週間はかかるそうです」
「確かに、それくらいはかかりそう、ですね」
まだ、言葉を紡ぐのも億劫で。
自分はゼエゼエと、微かに動く右腕で自分の胸をまさぐりながら、患部へと手をやりました。
そして、魔力を振り絞り【癒】を発動させます。
「……【癒】」
「ああ。そういえば、貴女は衛生兵でしたね」
スーっと、胸の痛みがマシになっていくのがわかりました。
自分はかなり丁寧に処置をされていたようです。
肺の中の血抜きは済んでいますし、外科手術で再形成もしてもらっているようです。
あとは自然治癒で何とかなるので、こうして病室で転がされていたのでしょう。
【癒】は稀少なので、そういう場合に回復魔法は使われない事が多いです。
ですが、自分は自力で使えるので治しておきましょう。
「トウリ。胸に【癒】を使うなら、胸腔ドレーンを抜いてもらってからがよろしいでしょう」
「……む。確かに、その通りです」
「今、癒者を呼んできますね」
続けて四肢を治していたら、自分は誰かにそう諭されました。
胸腔ドレーンとは、気胸を起こした時や胸の手術をした後などに、胸水の排出や脱気を目的に挿入する管の事です。
今はその管を通す為に胸に穴が開いているので、ドレーンを抜いてから【癒】を使わないと穴が塞がりません。
「ありがとうございます。その、えっと?」
「ああ、申し遅れました」
自分はまだ、意識がぼんやりしていたようです。
恥ずかしくて顔を赤らめつつも、忠告してくれた人にお礼を言って頭を上げました。
すると、その声の主はまるで聖母のように優しく微笑んで、
「レミ・ウリャコフです。お久しぶりです」
愛おしいものを見る目で、自分にそう語りかけました。
「小さな平和主義の、衛生兵さん」
「────」
その瞬間、血の気が失せて。
全身総毛立つほどの『命の危険』を、自分はようやく察知しました。