TS衛生兵さんの成り上がり   作:まさきたま(サンキューカッス)

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115話

 

 レミ・ウリャコフという存在について、自分はあまり多くを語るつもりはありません。

 

 自分が彼女と過ごした時間はあまりに少なく、自分自身も彼女の奥底が良く分からないからです。

 

 

 自分が言えるのは、彼女はこのサバト革命の実行犯である労働者議会の指導者であり。

 

 純粋な善意で行動している、大量殺人犯だと言う事くらいです。

 

 

「何故、貴女が此処にいるのでしょうか。私は、貴女の顔を見てとても驚きました」

「……レミさん、ですか?」

 

 

 あの、自らを『悪人だ』と言って憚らないベルン・ヴァロウはキッパリこう評しました。

 

 レミ・ウリャコフは『自覚が無いだけで、俺なんかよりよっぽど極悪人』であると。

 

「良かった。貴女は無事に、故郷に帰れていたんですね」

「いえ。まだ、私の故郷はありませんの」

「レミさん?」

 

 しかし、そんな大事な事も忘れて。

 

 自分は脳に鳴り響いている警鐘を無視し、レミさんと言葉を交わしました。

 

 状況が呑み込めていないので、自分はレミさんがサバトに帰還できたことを知り、ただ喜んだのです。

 

 何故彼女がここに居るのかすら、理解しないまま。

 

「私は今から、この地に故郷を作るんですよ」

 

 うふふ、と。

 

 そんな自分の疑問顔に、レミ・ウリャコフは聖母のような笑みで応えました。

 

 

 

 結論から言うと、この時の自分の立場は捕虜でした。

 

 労働者議会の兵士に銃撃された自分は、応急処置を受けて衛生施設に寝かされていました。

 

 自分は収監されていたので、「政府軍の残党」とみなされませんでした。

 

 軍服を着ていたことから、恐らくは「政府軍を裏切ろうとして捕まった少女兵士」であると思われたのでしょう。

 

 何らかの重要な情報を持っているかもしれないと、尋問するため治療をしてくれたみたいです。

 

 

 しかし、レミ・ウリャコフが野戦病院に慰撫に来た時。

 

 眠っている自分の顔を見て、彼女はハッと思い出してくれたのだそうです。

 

『ああ、なんてこと。この娘は私の親友です』

『レミ様……?』

『どうかこの子を、私の部屋に』

 

 自分とレミさんの対談は、彼女へ大きな影響を与えていたようで。

 

 レミさんは意識の無い自分を自室に連れ込み、目覚めるのを待ってくれていたのだとか。

 

 

「また会えて嬉しいです、可愛い衛生兵さん」

「ど、どうも。トウリと呼び捨てにしていただいて構いませんよ」

「……それではお言葉に甘えて。ではトウリ、貴女は何故あそこに収監されていたんですか」

「え、あ、それはですね」

 

 

 彼女はニコニコと、屈託のない笑みを浮かべて自分に話しかけてきました。

 

 その落ち着いた雰囲気と声色は、自分の心を落ち着かせてくれました。

 

 何でも正直に話してしまいそうになる、不思議な声でした。

 

 

 ああ、いけません。

 

 自分が何も考えずレミさんの問いに応えようとしたその時、

 

「っ!? エッホ、エフッ」

「まぁ! 大丈夫ですか、トウリ」

 

 激しくせき込んで、血反吐を吐いてしまいました。

 

「水を取ってきます。そのまま、ゆっくり深呼吸していてください」

「あり、がとう、ございます」

 

 鉄臭い痰の塊が込み上げて、自分は何度も嘔吐きました。

 

 手術をしてもらったとはいえ、自分は肺を撃たれた直後なのです。

 

 長く話そうとすると、むせこんでしまうに決まっています。

 

 そう激しく咳き込みながら反省し、レミさんから布と水を受け取って────

 

 

 

 ────今、自分は咳込まなければ死んでいた。

 

 ────政府軍として戦っていた事実を、正直に話したら射殺されていた。

 

 

 

 自分がすんでの所で命拾いした事実に気づき、全身から汗が噴き出しました。

 

 

 

 

 

「政府軍の指揮官に脅されて、衛生兵をしていました」

「まあ」

 

 自分は、全てを話しませんでした。

 

 変な嘘はつかず、ただ大事なところを話さずにボカして、今までの事を話しました。

 

 北部決戦の後、オセロ村に滞在していた事。

 

 労働者議会を名乗る賊に襲われ、恩人の一家を失い、その一人息子セドル君を育てる事になった事。

 

 そのセドル君を半ば人質に取られ、従軍を余儀なくされた事。

 

「そして、オースティンが参戦したという情報が流れた日に、自分はスパイの容疑で収監されました」

「それは、大変でしたね。もう大丈夫ですよトウリ」

 

 何を話したら殺されるのか。何がバレたら不味いのか。

 

 自分は直感でそれを見分け、レミ・ウリャコフに弁明を続けました。

 

 それはまるで、地雷原を歩くような命懸けの事情聴取でした。

 

「貴方の身柄は、この私が保証します。安心してください」

「ありがとうございます、レミさん」

 

 この時、彼女がどこまで自分の誤魔化しに気付いていたかはわかりません。

 

 もしかしたら薄々勘づいていながらも「自分が上手く誤魔化したから」、それに乗っかってくれた気もします。

 

「各地で暴れている賊に頭を悩ませているのは、私も一緒なのです。トウリ」

「……」

「私の演説は歪め伝えられ、間違って広まってしまいました。一度広がった情報を訂正するのは、これが中々に難しい」

 

 オセロ村が「労働者議会を名乗る敵に襲われた」という話を聞いた後。

 

 レミさんは心から悲しそうな表情を浮かべ、涙を流しながら謝りました。

 

 彼女の絶世の美女と呼べる風貌も相まって、それは一枚の絵画のように美しい光景でした。

 

「ではトウリ。貴方の恩人が命を落とすきっかけを作ったのは、この私ですね」

「そ、そんな、事は」

「ごめんなさい、トウリ。辛い思いをさせてしまいました」

 

 

 レミさんは声を震わせて、何度もそう謝ってくれました。

 

 そこには、何の欺瞞もありません。

 

 彼女は心からオセロ村に起きた不幸を悲しみ、そして謝ったのです。

 

 その潔い態度に、自分はグラリと心のどこかを掴まれた気がしました。

 

「賊達は、資産家からは何を奪っても良いと。そんな言い草で、ゴムージを殺しました」

「そんな訳は無いでしょう。人は決して、誰かから何かを奪ってはいけないのです」

「では、レミさんが言いたかったのはどのような事だったんですか?」

「私が目指すのは、誰からも何も(・・)奪わ(・・)れない(・・・)世界。全ての財産を共有し、皆が『分け与え合う』事で実現する平等で平和な世界」

 

 これが、彼女の危険性です。盲目的に人を惹きつける、天性のカリスマ性。

 

 かつてベルン・ヴァロウは、自分をレミさんに二度と会わせないよう徹底しました。

 

 そして自分も、レミさんに惹かれつつ『この人に関われば命が危ない』という悪寒を常に感じていました。

 

 自分はこの日、その意味を理解しました。

 

「そんな社会が、本当に実現出来るのでしょうか」

「出来ない訳が無いでしょう。いえ、もうとっくに世界中で実現しているのですよ」

「へ?」

 

 彼女の言葉は、スルリと胸の奥に溶け込みます。

 

 レミさんの持つ独特の雰囲気と間に魅入られ、気付けば彼女の言う事は『すべて真実』だと思い込んでしまうのです。

 

 それは、これ以上無い────歴史上でも類を見ない「詐欺師」の素養でありました。

 

 

「父親は働きに出て、母親は家を守り、兄は畑を耕し、姉は弟妹の世話を焼く」

「……は、はぁ」

「そして父が得た財産は家族で分配され、それぞれに平等に行き渡る。それはどこの家庭でもやっている事なんです」

 

 レミさんの演説は、例え話を多用します。

 

 政治を身近なもので例える事で、学の無い民衆にも分かりやすく思想を伝えられたのです。

 

「どこの家族も当たり前にやっていることを、政治に応用しようと言うだけですよ」

「あ、ああ、成程」

「新しいサバトは、皆が家族なんです。隣人は恋人で、道行く人は親友で、空き地で遊ぶ童は息子です。それが今から、私達が実現する新しいサバトの在り方」

 

 そんな事が簡単に実現できるはずがない。

 

 自分は前世の歴史で、それをよく知っている筈でした。

 

「何処の家庭でも実現出来ていることを、我々が実現できないとお思いですか?」

「そう言われれば、確かに」

「隣人を愛し、皆が争いをやめれば、戦争は終わります。我々は、皆家族になるんです」

「それは、素晴らしい考えだと、そう思います……」

 

 だというのに。

 

 自分はレミ・ウリャコフの雰囲気に圧倒され、その聞こえの良い甘言にクラリと同意してしまいました。

 

 

 シルフ・ノーヴァは言いました。

 

 労働者議会の作る世界は、嘘つきがいない前提でしか成り立たない。

 

 狂信者以外は、排斥されていく地獄のような思想だと。

 

 

 ですが、改めて目の前の女性を相手にして思います。

 

「そうでしょう! 素晴らしい考えでしょう!」

「え、ええ」

「トウリ、貴女ならわかってくれると信じていました!」

 

 これは、実現できるかもしれない。

 

 レミ・ウリャコフなら国民全員を狂信者にして、本当に平等で平和な社会を実現してしまうかもしれない────

 

 

「ねぇトウリ、貴女も私に力を貸してくださいませんか」

「え、あ、その」

「一緒に平和な世界を実現しましょう! 私は貴女が居れば、もっと頑張れる気がするんです」

 

 レミ・ウリャコフは目を輝かせ、自分の手を握り、鼻息荒く迫ってきました。

 

「私の考えを最初に理解してくれた、貴女が必要なんです。トウリ」

 

 それもいいかもしれない。

 

 レミさんと共に、理想の社会を実現するために頑張るのも楽しいかもしれない。

 

 そんな、とても現実味のある(ファンタジーな)未来は、

 

 

 ────とっととその、地獄直行の泥船チケットから手を離せ。

 

 

 自分の中の誰かの、冷たい助言のお陰でふっと掻き消えてくれました。

 

 

 

 

「ごめんなさい。自分は、オースティンに戦友が居るんです」

「……ああ、そうでしたね」

 

 これが、自分の知るレミさんという人間の全てです。

 

 当り前のようにスルリと警戒の内側に入り込んできて、心を掴んで離さない。

 

 

 この時代、レミさんに心酔して命をも惜しまないサバト人は数多くいました。

 

 まだ若い少年兵が、自らの命を顧みず政府軍に命懸けで戦いを挑みました。

 

 どうしてここまで士気が高いのか疑問でしたが、レミさんと実際に話してみると理解できました。

 

「私と同じ景色を、見てくれる知人が欲しかったのですけれど」

「すみません、レミさん」

 

 彼女は、まさしく魔性の女です。

 

 自分は彼女の申し出を断るだけでも、かなり心苦しさを感じていました。

 

 このテロリスト集団、労働者議会に本気で入ってしまおうかと迷ってすらいました。

 

 ……もし自分の中に『彼』が居なければ、ここでレミさんと共にテロリストになっていたかもしれません。

 

 

「自分の方からも、質問してよろしいですか」

「ええ、何なりと」

「サバト軍は。自分を拘束していた、政府軍は負けたのですか?」

「ええ。もう撤退していきましたよ」

 

 そんな悪魔の誘いを、何とか断った後。

 

 自分はレミさんから、シルフ達がどうなったのかを聞きました。

 

「どうやらオースティンが参戦したという話を聞いて、大混乱に陥ったみたいです」

「……え」

「本当に幸運でした。正直なところ、オースティン軍にこのヨゼグラードまで来てもらうような話はありませんでした。ただのハッタリでしたが、効果は抜群だったみたいですね」

 

 聞いた話によると、オースティンの参戦を知った政府軍は恐慌状態に陥って撤退してしまったのだそうです。

 

 それは。……少し、腑に落ちない話でした。

 

 だってシルフ・ノ-ヴァは。あの天才は、オースティン参戦を聞いた瞬間にブラフだと見破っていたのですから。

 

「今頃は大慌てで、来るはずもないオースティン軍に怯え塹壕でも掘るんじゃないでしょうか」

「はぁ」

「……辛い戦いでした。沢山の市民が犠牲になりました。しかし、奇跡的に私達は、逆転勝利を収めたのです」

 

 そう言って頬を緩めるレミ・ウリャコフ。その裏で、自分の頭は疑問符でいっぱいでした。

 

 一体どうして、シルフは撤退を選択したのでしょうか。

 

 我々がここまで苦労して、あんなに多くの犠牲を払って、やっと占領した市街地だったというのに。

 

「本当に、撤退していったのですか? 偽装撤退の可能性は?」

「私が聞いた話ですと、本当に帰っていったようですよ」

 

 しかし事実として、シルフ達は撤退してしまったようです。

 

 もしや、また彼女の上司(ブレイク司令)が暴走したのでしょうか。

 

 否、話を聞く限り彼はプライドの高い、天性の楽観家でした。シルフが説得すれば、納得して攻勢を継続したはずです。

 

「……」

 

 では、どうしてこんな労働者議会に都合が良い展開になっているのでしょうか?

 

 敗北寸前の劣勢から、こんなたった1週間で、魔法のように政府軍を引き返させるなんて。

 

 それはまるで『天才』が裏工作をして、その結果だけ見せられているかの様な─────

 

「……あの、レミさん」

「何でしょう」

「今回の防衛戦を指揮していた指揮官は、何という方なのですか」

「あら? 流石にそれは、軍事機密ですよ」

 

 自分がそれを尋ねたのは、半ば勘で、半ば確信でした。

 

 敵の指揮官がトルーキー将軍、というのはシルフから聞いていました。

 

 彼が南部戦線で活躍した、防衛の得意なエース級の指揮官で有る事も。

 

「どうして貴女が、そのようなことを気になさるのですか?」

「もしかしたら、自分の知っている名前が出てくるのではないかと思いまして」

 

 ですが、この時自分は。

 

 レミさんの口から全く違う名前が出て来るんじゃないかと考え、問わずには居られませんでした。

 

 

「ベルン・ヴァロウ大尉。彼が、1枚噛んでいませんか」

「あら、あらあら」

 

 

 自分がその男の名前を出した瞬間。

 

 レミさんは花の咲いたような笑顔になって、

 

「知らなかったんですか? 彼はもう、少佐になっていますよ」

 

 それだけ、教えてくれました。

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