TS衛生兵さんの成り上がり 作:まさきたま(サンキューカッス)
「お疲れ様です。この先が、アンリ大佐のテントで間違いないでしょうか」
「はい。……貴官は衛生兵でしょうか? ご用件を伺ってもよろしいですか」
翌日。
自分は身なりを整え衛生兵服に身を包み、アンリ大佐のテントへ伺いました。
「自分はトウリ・ロウ軍曹と申します。アンリ大佐のお呼び出しを受け、参上しました」
「えっと、トウリ軍曹殿の件はお伺いしています。身分証を……、はい、確認いたしました」
「どうも」
「ではお取次ぎいたしますので、少しお待ちください」
衛生兵服を着ている理由は、歩兵服に自分のサイズがなかったからです。
衛生部に少女兵は居ても、前線に少女兵なんていませんからね。
「……」
受付さんと話している間、銃を持った兵士が自分から目を離そうとしませんでした。
職務に準じているだけなのでしょうが、居心地が悪いです。
「入室許可を確認しました。今から大佐の下へご案内いたします」
「ありがとうございます」
「ではトウリ軍曹殿。失礼ながら、面会の前にお身体を改めてもよろしいでしょうか」
「はい、構いません」
テントに入る前に自分は、ボディチェックを受けました。
護衛の兵士が見張る中、自分は女性職員さんに体の隅々まで調べられました。
何故か最後に頭をぽんぽんされました。
「問題ありませんね。お通ししますので、ついてきてください」
「はい」
この職員はアンリ大佐の秘書さんとかでしょうか。
オースティン軍の最高指揮官ですから、秘書くらい雇っていても不思議ではありません。
「お入りください」
「失礼します。トウリ・ロウ軍曹、入室します」
女性職員の案内を受け、自分は軽く息を整えたあと。
礼儀正しくお辞儀をして、テントの入り口を潜りました。
「よく来たね」
「お会いできて光栄です、アンリ大佐殿」
テントに入ると、古く高価そうな木の机に山盛りの書類を積んだ、一人の男が出迎えてくれました。
部屋の中にも数人の兵士が控え、鋭い目付きで自分を睨み付けていました。
「そう、緊張せんで良い。その椅子に腰をかけたまえ」
「ありがとうございます」
アンリ大佐の第一印象は、とても普通の人という印象でした。
姿勢の良い細身の男性で、しわの寄った顔に白髪交じりの髭を蓄えた、つぶらな瞳のおじさんです。
普通の服を着て街に紛れられたら、すぐに大佐と気付ける自信がありません。
「いや、確かに聞いていた通り実に若い。報告にあった君の武勇伝が、とても想像も出来んな」
「恐縮なお言葉です」
「若く優秀な将校は、オースティンの未来そのもの。実にあっぱれ」
……ただ、気になる所があるとすれば。
アンリ大佐の語る言葉から、感情が読めないのです。
嘘や欺瞞がある場合、自分は何となくそれを察知できるのですが。
「今日、君に出会うことが出来て本当に嬉しいよ。未来ある若者との会話は数少ない楽しみなのだ」
「い、いえ。大佐殿はまだまだお若く現役でいらっしゃる。と認識しております」
「気を使わんで良いさ。もう髪に、こんなに白髪が交じってしまった。そろそろ隠居してお茶でも啜りたいものだ」
先程から彼の言葉の真意が、何一つわからないのです。
本気で言っているのか、油断させようとおどけているのか。
人の好さそうな優しい顔の裏に、何を隠しているのでしょう。
残念ながら自分では、彼の腹の底を推し量れませんでした。
「さて、では話を始めようか」
「はい、大佐殿」
これは……、レンヴェル中佐とは違ったタイプの傑物ですね。
アンリ大佐は前線指揮より、政治力に特化したタイプの軍人な気がします。
礼儀正しく物腰柔らかいのが、また不気味な印象を受けました。
「トウリ・ロウ軍曹」
「はい」
そんな彼、アンリ大佐は自分をジロリとひと睨みすると。
「君、結婚とか興味ある?」
「はい?」
ウキウキとした表情で、若い男の写真を机に並べ始めました。
「ほら、彼とかどうだろう。素晴らしい美男子だ、私の若い頃にそっくりな」
「あのー、自分はそう言うのは」
……まったくもって、アンリ大佐の言葉の真意が理解できませんでした。
この人は何か狙いがあるのか、何も考えていないのか。
「大佐殿。これは、一体」
「相手がいないなら作っておかないと不便だろう」
「えーっと」
つい先日も、同じ話をレンヴェルさんにされた気がします。
どうしてご年配の方は、若者の縁談を世話したがるのでしょうか。
……これは派閥に入れという、遠回しな勧誘なのでしょうか?
「地位のある女性士官は珍しいからな。特定の相手を作っておかないと、山のように求婚されるよ」
「……そんなものでしょうか」
「女性が少尉になる事自体、かなり稀だからね。今だと……レィターリュ君くらいじゃないか」
そういえば、レイリィさんと同じ階級になってしまうのですか。
……自分があの女傑と同じ階級なんて、分不相応も良い所です。
「衛生部長はちょくちょく女性がやってるが。前線の女性指揮官なんて、レンヴェル中佐のトコのアリア女史以来だな」
「そんなに珍しいのですか」
「女性が前線に出る時点で相当に珍しい。その中で出世して指揮官になるなんて、そう多くはない」
確かに、アリアさん以外の女性を前線で見たことが無いですね。
男所帯に女が一人放り込まれれば、モテて仕方がない……のでしょうか。
「女性兵士が求婚やナンパなどで苦労する話はよく聞く。アリア君もレィターリュ君も、きちんと相手は見つけていたよ」
「……」
「まぁ、レィターリュ君の場合は特殊というか、少しアレだけども」
レイリィさん、最高指揮官にもアレな人と認識されているのですか。
「だから君も、仮で良いから特定の相手を」
「うーん、では適当な指輪を仕入れておきます。既婚であると周知するために」
「そうか。……うむ、なら縁談話はこの辺で止めようか」
自分がテコでも縁談を受ける気が無いと察し、アンリ大佐はスっと話を終えました。
この辺の空気をサっと読んでくれるのは、とてもありがたいです。
「面接は問題なしとしておこう。君の少尉への任官に同意する旨、レンヴェルに伝えておくよ」
「ありがとうございます」
「あの男にしては、珍しくまともな人事らしいからな。……アイツ、普段は自分のお気に入りしか出世させないのだ」
アンリ大佐は困ったような笑みを浮かべ、そう愚痴をこぼしました。
……いえ、今回も相当にコネが入った人事な気がしますけど。
「君の事はベルンからよく聞いているよ。トウリ・ロウ軍曹は若手で一番の有望株だから、昇進を打診されたら同意してくれと言われていた。彼がそこまで言う人間に、是非一度会ってみたくてね」
「……ベルン・ヴァロウ参謀少佐殿ですか」
「ああ。アヤツ、君に随分とお熱の様だ。出来れば引き抜いてくれとまで頼まれていた」
「……」
まぁ内心、そういう事だろうとは思っていました。
自分は、総司令官アンリ大佐に1対1で面談して貰える立場ではありません。
他ならぬベルン・ヴァロウの頼みだったからこそ、わざわざアンリ大佐は時間を作って自分と話をしたのでしょう。
「引き抜くためなら君を娶るとまで言っていてな。どうだい、もし君が乗り気ならベルン君との婚約を進めようかと─────」
「それだけはお許しを」
ネタばらしをするように笑うアンリ大佐の前で、自分は間髪入れず土下座をかましました。
自分でもびっくりするくらい、大きな声が出ました。
「お、おお。そんなに嫌か」
「すみません、自分とベルン少佐はとことん相性が悪く……」
自分はあの男の目を見ただけで、全身に鳥肌が立ってしまいます。
この地上のどんな生物より、彼が苦手です。
あんなのと結婚させられるなんて、想像するだけで吐きそうです。
「むぅ。ベルンは気が利くし有能だし、これからのオースティンを背負って立つ男だぞ。そんなに嫌か」
「こればかりは、好みと巡り合わせの問題でしょう。自分は彼と結婚せずに済むなら、代わりに何とでも結婚します」
「そんなにか」
「例えばそこを這う蟻さんでも良いです。毎日餌を用意して、土を換えて水をやり、幸せな家庭を築きます」
「君、聞いていたより面白い娘なのか?」
自分は蟻と結婚する事になっても、ベルン・ヴァロウと結婚するよりはマシでした。
少し混乱して変な事を口走ってしまいましたが、それだけあの男が嫌いなのです。
「話は分かった、別に無理というつもりはない。ただ、我々は君を高く評価しているとだけ認識してくれれば良い」
「それは大変に恐縮なお話です」
「いや、妙な事を言ってすまなかったな。……蟻以下か、くくっ。面白いからかいの種が出来たかもしれん」
アンリ大佐は自分のそんな態度に気を悪くした様子はなく、むしろ少し楽し気な雰囲気でした。
……ふぅ。怨恨なくお断りすることが出来て良かったです。
「では、そろそろ本題に入ろうか」
「本題、ですか?」
「ああ。まぁ、今の話はついでと言うか。単なる話の枕だよ」
話はこれで終わりかと思ったのですが、アンリ大佐は笑顔のまま自分に紅茶を勧めました。
まぁ、縁談の為だけに呼び出しはしませんよね。
「君も知っての通り、先日の旧サバト政府軍の奇襲で、我が軍は大きな被害を受けた。久々の敗北だ」
「……はい」
「それを手札に連合側は『停戦しろ』と外交官をしつこく寄越してきてな。ここで停戦など受けられるはずが無いだろうに」
アンリ大佐は憎々し気に、フラメール語で書かれた書状をヒラヒラと見せてきました。
……自分はフラメール語は読めませんが、そんなものを一般兵である自分に見せて良いのでしょうか。
「まぁ、これは別に良い。突っぱねるだけだ」
「停戦は、難しいのでしょうか」
「当り前だ。この停戦を受けたら、我々は兵を進められなくなる。今の領土状況での停戦は敗北と同義なのだよ」
アンリ大佐は、停戦するつもりなど毛頭ない様子でした。
ヴェルディさんの言っていた通り、戦略的に見て我々は停戦できないのだそうです。
……フラメールを再起不能に叩きのめすまでは。
「ただ、その外交官の奴がな。先日、妙な手紙を一通添えて渡してきた」
「妙な手紙、ですか」
「ああ。『これは公式な文書ではなく私的な手紙だ』と言って、ある兵士を名指しで宛てでな」
そこまで言うとアンリ大佐は、困ったように眉を顰めて。
一枚のくしゃくしゃな封筒を机の上に置き、自分に差し出しました。
「君は、彼女を知っているのかね?」
「────」
その封筒の表には。
綺麗なサバト語の字で、一筆だけ記されていました。
────親愛なるトウリ・ロウへ。シルフ・ノーヴァより。