TS衛生兵さんの成り上がり 作:まさきたま(サンキューカッス)
「……秘書官さん。今日の予定は、どうなっていますか」
「はい、トウリ少佐。本日は前線視察の予定です」
少佐として司令部で仕事を始めて、はや一週間が経ちました。
仕事の大半を秘書官さんに投げているのに、自分の疲労はピークに達していました。
「視察、ですか」
「前線の状況を、チェックします。ケネル大尉の担当している東B5からB13地区から向かいましょう」
「……はい、了解です」
前線から送られてくる、戦闘詳報。
戦場に送られた直後の若者が命を散らし、その家族に戦死通知書を作成する。
その心労に、心が抉られる気分になるのです。
「……」
戦場で新兵が死ぬなんて、当たり前の事です。
西部戦線の時に、何度も見てきました。
だからショックを受ける理由なんて、どこにも無いはずなのに。
「……トウリ少佐? もしかして、体調がすぐれないのですか?」
「いえ、そんなことは」
「顔が青いですよ? 風邪を引いたのかもしれません、視察は延期しますか?」
「いえ。……これでも衛生兵です、自分の体調くらいわかります」
自分の身体は鉛のように重く、寝覚めも最悪でした。
……部下を危険な死地に追いやって、自分だけ安全な部屋にいる。
その後ろめたさが、心に重くのしかかっていました。
「少し、気疲れしているだけです。視察は問題ありません」
「……はあ。では、案内いたします」
今までは自分も危険な場所にいたことで、逆に救われていたのです。
安全圏から若者を死地に赴かせる立場は、まだ自分には重すぎました。
「今から向かいますと、ケネル大尉に連絡しておいてください」
「分かりました」
自分は重い体に鞭打って立ち上がり、前線の方角へ歩きました。
エンゲイ市内の司令部から、最前線までは歩いて1時間。走れば40分ほどの距離です。
「向こうから返信が返ってきました、視察の準備は整っているそうです」
「了解しました、では向かいましょう」
護衛の兵士を数名つけていただいて、秘書官さんに案内してもらい。
自分はケネル大尉の待つ、暗く狭い塹壕へと向かいました。
自分達が視察する塹壕は、最前線ではありません。
区画指揮官であるケネル大尉のいる、防衛ラインの最後尾だけです。
「おう、よう来てくださいましたなぁトウリ少佐」
塹壕に着くとケネル大尉は、にこやかな笑顔で迎えてくれました。
今日は戦闘が起こっていないので、兵士たちは半裸で塹壕を掘り続けていました。
「ほらみんな集まり、有名な『幸運運び』さんやで」
「ど、どうも。トウリ・ロウです」
「はい、一同敬礼!」
「「はい!」」
ケネル大尉の声掛けで兵士は集合し、スコップを片手に敬礼をしました。
作業中に呼び出されたせいか、表情は硬く無言のままでした。
「お集まり頂き、ありがとうございます。どうぞお気になさらず、作業にお戻りください」
「「はい、少佐殿!」」
なので敬礼を返したあと、気にせず作業に戻るようにお願いしました。
なるべく、お仕事の邪魔はしたくないです。
「今日は視察日でしたな。どうです、見ての通り塹壕は掘り進めとりますよ」
「ありがとうございます、ケネル大尉」
「ここからは私が案内しましょ。少佐は、兵士に声をかけてやってくだせぇ」
ケネル大尉はそう言って案内を代わり、自分を各所に連れて行ってくれました。
書類通りの部隊配置がされているか、装備はきちんと点検されているか、連絡系統に不備がないかなど、入念にチェックを行っていきます。
彼の担当区域はだいたい視察しましたが、どこも問題はなさそうでした。
「当大隊に、何かございますかね」
「いえ、大丈夫のようです」
視察に行った先の兵士たちは、みんな緊張していました。
自分のような若造でも、上官に仕事をチェックされるのは緊張するのでしょう。
「正直に言ってください、トウリ少佐。本当に、含むところは何もないので?」
「ええ、よく勤務していただいていると思います」
丁寧に視察したつもりですが、問題点は見つかりませんでした。
予定した通りに塹壕を掘り進めていますし、物資の在庫も一致しています。
抜き打ちで兵士の装備もチェックしましたが、みんな点検が行き届いていました。
問題はない、と査定していいでしょう。
「……あのですね、トウリ少佐」
「はい、何でしょう」
「問題が無いなら、もうちょっと笑顔を見せてくれませんと。ウチの部下共、何を説教されるのかと不安がってましたよ」
視察を終えて、ケネル大尉に別れを告げようとすると。
彼はちょっと困った顔で、自分に苦言を呈しました。
「そないな暗い顔で視察されたら、士気に関わりますやん。ちょっとは、愛想をくださいな」
「暗い顔、ですか」
「少佐が滅茶苦茶に不機嫌そうだったもんで、私も緊張してしまいましたわ」
ケネル大尉は額に汗を浮かべ、困り顔でそう言いました。
……そんなに不機嫌そうな顔、でしたか。
「それは、気付きませんでした。すみません」
「不機嫌な上官ほど、兵士にとって恐ろしいものはないんです」
確かに自分は今、あまり良いコンディションとは言えません。
戦闘詳報で、戦死した兵士のリストを見るたびに気分が悪くなってしまいます。
彼らの死をありありと、自分のせいだと突きつけられているような錯覚に陥るのです。
「……もしかして。何か悩んでるんでっか、トウリ少佐は」
「ええ、まぁ」
歯切れの悪い態度をとったからか、ケネル大尉は自分が悩んでいるのを察したようで。
一呼吸置いた後、自分に改めて話しかけてきました。
「なるほど、トウリ少佐もそういう感じですか」
「ケネル大尉?」
「トウリ少佐、まだお時間ありますかい? ちょっと私のテントにでも寄って行きませんか」
彼は薄くなった毛を手で整えつつ、気さくに自分をテントへ手招きしました。
「大したものは出せませんがね」
時間に余裕はあったので、自分は誘われるがまま彼のテントに入りました。
ケネル大尉のテントは意外にも、色とりどりの花が添えられていました。
「私は花が好きなんですわ。フラメールの花は香りがちょっとキツイですけど、それでもないよりは落ち着くんです」
「……なるほど」
ケネル大尉の机には、所々ポップで可愛らしい小物も置いてあります。
意外と少女趣味……なのでしょうか?
「さて、トウリ少佐。どうぞお座りになってください」
「ありがとう、ございます」
「いえいえ遠慮なさらず。お困りごとがあるなら、いつでも、このケネルにご相談ください」
ケネル大尉は、ニコニコと笑みを崩さず自分に語り掛けました。
小太りで目つきも怖い人なので、正直ちょっと怖いのですが……。
「……では、一つお伺いしたいのですが」
「ええ、何でしょ」
この人は、自分の知る限り最年長の指揮官です。
若い兵士を戦地に送る、その罪悪感と今までどう向き合ってきたのか。
それを相談する相手としては、相応しいように感じました。
「ケネル大尉は、その。戦死した兵士とどのように向き合っていますか」
「ほう?」
自分はケネル大尉に、今悩んでいる事を打ち明けました。
いきなり少佐と言う立場になって、まだ困惑している事。
安全圏から命令を出して、部下の兵士が死んでいく報告に重圧を感じている事。
どうすれば、彼等の死と向き合えるのかが分からない事。
「軍人なら、人が死ぬことの意味なんぞ考えちゃいかんでしょうや」
そんな自分の悩みを、ケネル大尉は呆れたような顔で聞いていました。
「あー、ソコを悩まれてたんですなぁ。トウリ少佐は、士官学校で何を教えられたので?」
「……自分は、民間からの募兵組です」
「ああ、成程! そうでしたか、それで……」
自分が民間出と聞いて、ケネル大尉は納得した声を出し。
その後、ハァと大きなため息をつきました。
「私はてっきり、トウリ少佐も『やっかみ』買って、嫌がらせされてるのかと」
「嫌がらせ、ですか」
「ヴェルディ中佐も、なかなかキツい嫌がらせを受けたみたいでしてね。若い将校にはよくあるんですよ」
どうやらケネル大尉は、自分が嫌がらせを受けて悩んでいると考えていたようです。
そう言えば昇進した直後のヴェルディさんは、かなり顔が青かったですね。
身内びいきなレンヴェル派の人は、特に対象にされやすいようです。
「私は、それなりに知り合いが多くてね。トウリ少佐も同じ悩みを抱えてらっしゃったなら、手を回すつもりだったのですが」
「いえ、そういうのは今はないです」
幸いにしてまだ、自分はイジメの対象にはされていません。
今のところは、司令部の他の将校から遠巻きに見られている感じです。
やっかみを買っている可能性はありますので、気を付けておくとしましょう。
「ま、であれば。トウリ少佐の悩みは大変失礼ながら、しょうもないですわ」
「……しょうもない、ですか」
「ええ。ソコを気にして、オースティンに何の利益がありますのん」
ケネル大尉は自分の悩みを聞いて、そう一刀両断しました。
かなり悩んでいるのですが、しょうもないと一蹴されるとは。
「トウリ少佐、あんたは司令部の人間でしょう。だったら軍の利益にならない事を、悩んじゃいけません。時間と労力の無駄ですわ」
「……」
「死んだ兵士に想いを馳せている暇があるのなら、もっと軍に有益な事をして欲しいですなぁ」
ケネル大尉はそうキッパリ、自分に駄目だししました。
……まぁ確かに、彼の言う事は正しいのですけど。
「トウリ少佐と言えば、アルガリアで大層立派な戦果を挙げられたじゃないですか。あの勝利の秘訣は何だったんですかい」
「え、えっとそれは、幸運が大いに絡んでいまして。秘訣とかそう言うのは……」
「駄目です。全然ダメ。運で片づけたら、ソレで話が終わるでしょう。どういう部分が良かったから戦果に繋がったを考えてください。そして、他のシチュエーションでも生かせないか研究するのが司令部の仕事です。民間出のトウリ少佐には難しい問題かもしれませんが、どうせ悩むならソッチで悩みなさい」
そのケネル大尉からのお説教に、自分はパチクリと目を開くのみでした。
……アルガリアの勝利は、ただ運が良かったからだと片付けるべきではない。
指揮官として分析して、次に生かすべきだ。
その言葉には、確かにその通りです。
「敵を撃ち殺した、味方が何人死んだ。その辺を悲しむのは前線の兵士だけで十分ですわ。少佐が悲しまなくても、戦友の死を悲しんでくれる人はぎょうさん居るんです」
「……」
「むしろ少佐は、兵士の死を喜んでください。よくぞお国に尽くしたと、褒めてやってください」
「喜ぶ、ですか」
「死んだ兵士かて、会ったことない少佐殿に悲しまれても仕方ないですわ。アンタらの命令通りに戦った功績を喜んで、称えてやってください。それが上官の仕事ですやろ」
「……」
「死んだことを悲しまれるだけより、喜び称える人もいる方がすっきりします。少佐の仕事は、褒め称える事や」
ケネル大尉のご意見は、完璧に『軍人』のものでした。
そしてそれは、自分が身に付けなければいけない価値観でした。
「トウリ少佐が指揮して余計な被害が出たなら、たっぷり悩んでもらわな困りますが。アンタ、前線業務を私らに丸投げしてるでしょう」
「……はい」
「だったら、何を悩んでいるのか分かりませんわ。少佐は関係ありませんがな」
彼の言う通り、現在の指揮はケネル大尉とジーヴェ大尉に丸投げしています。
自分がその被害を気に病むのは筋違い、という意見も尤もです。
「はっきり言うでトウリ少佐。アンタ、前線で何の役にも立ってません。私らが提出した書類を眺めて、ヘイコラしてるだけのごく潰しや。そんなヤツが何を一丁前に、被害気にしてますねん」
「……う」
「それに正直、私は少佐の手腕を当てにしてません。私の方が、経験の浅いトウリ少佐より指揮が上手い自信がありますわ」
「……」
「私が少佐に求めとるんは、モチベーターの役割です。だからわざわざ視察の時に、兵士を集めて声掛けして貰いましてん。可愛い上官殿や、応援されたら兵士もやる気出ますやろ」
ケネル大尉はキッパリ、そしてズケズケとものを言ってくれました。
完全に自分を『客寄せパンダ』と思っていることまで、包み隠さずに。
ちょっとびっくりしました。
「そもそも少佐は、なんで軍に志願しましたの」
「回復魔法の適性があったので、ほぼ無理やりに。元々は衛生兵で、誰かの助けになれればなと」
「あー……。それでよく、今まで生き残ってきましたなぁ」
しかし、今のケネル大尉の言葉はきっと本心なのでしょう。
いきなり小娘が上官になって、ウジウジとくだらない事で悩んでいる。
前線で命を預かって指揮しているケネル大尉からしたら、腹立たしいことかもしれません。
「トウリ少佐、大事な質問です。アンタ、敵を殺すのは好きですかい?」
「え?」
いきなり、ケネル大尉はそう自分に問いました。
その急な質問に、自分は少し戸惑った後。
「好きではない、と思います」
「じゃあ目の前に敵兵が居たら、見逃しますか?」
「いえ、その。戦場であれば、覚悟を決めて撃ちます」
そう素直に応えました。
「何をカマトトぶってますん?」
そんな自分の返答を、ケネル大尉は冷たい目で切り捨てました。
「私は敵の頭撃ち抜いたら、手を叩いて大喜びしますぜ。そのあと、間抜けな敵を大笑いしてやるんや」
「それは」
「兵士が敵を殺す罪悪感を持って、何の得がありますのん? 引き金を引く指が鈍るだけでっしゃろ。一秒でも早く引き金を引ける兵士の方が、戦場では強い」
ケネル大尉は、どこまでもリアリストでした。
戦場で生き抜くための精神性が、倫理観と乖離していることをよく理解していました。
「戦場では、一瞬の躊躇が命取りになるんです。トウリ少佐の高尚な精神が兵士に伝染して、引き金を引くのが遅れ死んだらどう責任取りますの」
「……」
「あんたはまだ、戦争に参加してるんじゃない。巻き込まれてるって意識なんでしょうよ」
そして、彼は恐ろしいほど正確に。
自分の中の甘えた部分を、言葉にしました。
「私らの上官やって言うなら、敵を撃ち殺した兵士を満面の笑みで称えてくださいよ。こっちはアンタの命令で、人を殺してるんですよ!? なんで自分は関係ない、みたいな態度とっとるんですか!」
「……」
「トウリ少佐のご命令で、私達は命懸けで戦ってんです。そこを理解せず、勝手に死を悼まれても迷惑です」
……確かに。
ケネル大尉の言う通り、自分はどこか『戦争に巻き込まれている』という気持ちがありました。
「……ったく、アルガリアの噂は誇張やったんですな。嗤いながら敵兵を撃ち殺す、冷徹無比の女軍人って聞いてたんですけど」
「それは……」
「上官としてやってきたのが、まさかこんな街で人形遊びしてそうな女の子とは」
末端の兵士だった頃はそれで良いのかもしれませんが、今の自分は司令部の少佐です。
戦争に巻き込まれているのではなく、若者を『戦争に巻き込む立場』。
それを自覚し、覚悟せずに仕事に当たるのは不謹慎でした。
「くだらんことを悩む暇があったらば、軍に有益な仕事をしてください。トウリ少佐ならそれこそ、ご自身の知名度を使って貴族から寄付を募るだとか、前線兵士を鼓舞して回るだとか、色々あるでしょ」
「……はい」
「私から言いたい事は以上です。部下の立場からあれこれと、差し出がましい事を言うてすみませんでした」
ケネル大尉からのお説教は、納得できる部分が多くありました。
かなり厳しい言われようでしたが、これが『軍人』の考え方なのでしょう。
くだらないことで悩む暇があれば、軍にとって有益なことをしろ。
……このお説教は、返す言葉も無いほどに正論でした。
「ま、色々言わせてもらいましたけど、私はトウリ少佐を嫌いやないですよ。自信過剰に、あれこれ変な命令してきませんからな」
「自信過剰、ですか」
「若い奴が大手柄上げてしもうたら、そりゃあもう増長しますのよ。変な自信持ってしまって、こっちがいかにまともな提案しても全て蹴られちまう。そんなヤツより百倍はマシですわ」
ケネル大尉のお小言にシュンとしていると、流石にバツが悪かったのか。
彼は最後に、フォローするようにそう言いました。
「……ま、今後も分からんことや悩まれている事があれば、このケネルをお頼りください。この通り口は悪いですが、真摯にお答えいたしますよ」
「ありがとう、ございます」
……今の自分に出来る事。
士官学校も出ていない自分が、戦術論を研究するなど難しいですけど。
せめて笑顔で、兵士達を鼓舞するくらいは出来る筈です。
「それでは、また。トウリ少佐」
「ええ、今日はありがとうございました、ケネル大尉」
こうして自分は心機一転、戦争を主導する立場になった事を自覚して。
「……次は、ジーヴェ大尉の担当地区の視察ですね」
「はい、伺いましょう」
人を殺す命令を出している立場として、少しでも兵士達の罪悪感を和らげるよう。
なるべく笑顔を意識して、次の視察に向かいました。
「……ジーヴェ大尉?」
「御意」
その後。
頑張ってニコニコしながら、ジーヴァ大尉の下に伺うと。
「あのー」
「ぎょ御意」
ジーヴェ大尉は自分の笑顔を前に、極度に緊張してカチコチになってしまいました。
「……」
「……」
ジーヴェ大尉に、女性の笑顔はまだ早かったようです。