TS衛生兵さんの成り上がり   作:まさきたま(サンキューカッス)

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18話

()っつぅ……」

「すみませんが、我慢をしてください」

 

 塹壕に入った後。

 

 自分はロドリー君に周囲の警戒を任せて、グレー先輩の処置を行いました。

 

 先輩の足と左腕は、重傷でした。

 

 どちらも大きな血管が破れてしまっていたので、止血するために肉の表面をバーナーで炙らざるを得ませんでした。

 

 神経も焼かざるを得なかったので、恐らく後遺症で動かしにくくなるでしょう。しかしこれが、回復魔法を使えない条件下で出来る最大の治療でした。

 

「じゃあトウリちゃん、そこの土嚢の隙間に銃を挟んでくれ」

「こう、ですか」

「そうだ、そんでもう一個上に土嚢を積んで……」

 

 グレー先輩の処置を終えた後、自分は先輩の指示通りに銃の固定に取り掛かりました。

 

 彼はもう、両手で銃を撃つことができません。ロドリー君は新米なりに、頑張って土嚢に籠って警戒中です。

 

 なので、敵の来そうな方向に銃を固定する仕事は自分に割り振られたのです。

 

「ありがとう、これで上等だ。トウリちゃん、後は俺の後ろに隠れてな」

「よろしくお願いします、先輩」

 

 自分の拙い出来の、臨時固定銃口を見てグレー先輩は満足げに笑いました。

 

 うーん、こういうのも事前に習っておくべきでしたね。

 

 グレー先輩は上等と言ってくれましたが、自分が不器用だったからか形が歪で出来が悪いです。

 

「なぁグレー先輩、もう1個手榴弾ねぇの?」

「ねぇよ、有っても渡さねえよ。拠点防衛しろって言われたのに、何で攻撃する気なんだよ」

 

 土嚢に籠って敵を待っている間も、ロドリー君は殺る気マンマンでした。

 

 さっき爆殺した所じゃないですか。まだ満足してなかったのでしょうか。

 

「むぅ、じゃあ小隊長に全部殺されるなァ」

「どうして、貴方はそんなに殺意高いんですか? ロドリー君」

「んなもん、敵が憎いからに決まってンだろ。このチビ」

 

 ロドリー君は、自分の問いに目をギラつかせて答えました。

 

 敵が憎いから、ですか。

 

「おチビ。お前は、誰か大事な人をサバトの連中に殺されたことは無いのか?」

「……しいて言うなら、この前に戦友を」

「じゃ、それで十分だろ。敵を殺す理由としたら」

 

 敵を殺す理由。

 

 そんなこと、考えたこともありませんでした。

 

 何せ自分は衛生兵ですので、直接誰かを殺すような事はありません。

 

 しかし、

 

「敵を殺す理由くらい持っとかねぇと、いざって時に躊躇って自分が命を落とすことになるぞ」

「へぇ。ロドリー、新米の癖に知ったような口を利くじゃねぇか」

「前の小隊の時に、分隊長に言われた言葉だ。グレーさん、アンタより階級も上のベテランの言葉だ」

「成程ねぇ」

 

 敵の命を奪わないといけない彼ら歩兵にとっては、『殺す理由』というモノは凄く重要なのでしょう。

 

「そこで怪我塗れで瀕死になってる誰かより、余程頼りになるセンパイだったゼ」

「やれやれ、本当に可愛くねぇヤツだ」

 

 ロドリー君の憎まれ口を、グレー先輩は苦笑して聞き流しました。

 

 いざという時。例えば目の前に敵がいて、自分だけがその敵を殺せる状態に居た時。

 

 果たして自分は、迷わずその敵を殺せるでしょうか。

 

「……」

「ま、でもトウリちゃんにソイツは必要ねーよ」

「えー。衛生兵だって、ちゃんと殺意を持っとくべきだろ」

 

 サルサ君は、敵の投げた手榴弾で死にました。

 

 それはとても悲しい出来事でしたし、今でもたまにサルサ君の死に顔は夢に見ます。

 

 自分だって何度も殺されかけました。敵に、明確な殺意を持って剣を振り下ろされたこともありました。

 

「……自分は」

 

 ですが、どうしてでしょう。自分はあまり、敵の兵士に対して強い憎しみを感じません。

 

 敵を恨むより、味方の死を悲しむ事の方が多いです。

 

 いえ、何なら……。大量に死んでいく敵の兵士にすら、悲しみを感じてしまうこともあります。

 

「自分は、そういうのは……。苦手、です」

「はァ。弱虫ヘタレ」

 

 ゲームの経験で、自分は優秀な兵士になると勘違いをしていましたが……。

 

 どうやら前世の価値観ゆえか、自分は人を殺すことに強い忌避感を抱いてしまっているようです。

 

 いえ、きっと自分は元より兵士向きの性格をしていなかったのでしょう。

 

 そう思い至って凹んでいると、グレー先輩は突然に自分の頭を撫でてくれました。

 

「なぁロドリー。どういう連中が衛生兵になるか、知ってるか」

「あん? 知らネっすけど」

「回復魔法の適性ってのは、『他人を害する気持ち』より『他人を思う気持ち』が強くないと発現しねーらしいんだ」

 

 俗説だけどな、とグレー先輩は笑って、話を続けました。

 

「トウリちゃんは、きっと性格的に誰かを憎むのが苦手なのさ」

「それ、は……」

「そんなヤツに殺しさせる覚悟なんざ要らねぇよ。俺ら野蛮人が、守ってやればいい」

 

 性格的に人を憎むのが苦手。

 

 そんなグレー先輩の言葉は、どこか腑に落ちてしまう所がありました。

 

 そうです。自分は誰かを、憎むのが苦手なのです。

 

 非常に暴力的で理不尽も多いガーバック小隊長や、自分の寝込みを襲ったナリドメ2等兵。

 

 彼らに対してすら、自分はあまり憎しみを感じていません。

 

 ……恐怖を感じては、いますけど。

 

「ケッ、ようは臆病モンじゃねぇか」

「……ええ、そうですね。自分は、とても臆病です」

「ちっ」

 

 自分はとても怖がりです。それは、この戦場に来て重々に自覚しました。

 

 傷つくのが怖いから、他人と深く関わろうとしなかったり。

 

 殴られるのが怖いから、ガーバック小隊長に逆らおうとしなくなったり。

 

「そんなにビビりなら病院に籠ってろってんだ。前線に出てくんな」

「オイオイ、恐怖を押し殺してこんなとこまで治療しについてきてくれるトウリちゃんに何てことを。見捨てられるぞ、お前」

「は、戦場で死ぬなら本望。一人でも多く、道連れにして死んでやる」

 

 そんな自分だから、きっと彼は毛嫌いしているんでしょう。

 

 自分は、死ぬのが怖いです。彼のように、死んで本望なんてとても言い切れません。

 

 ですが。ロドリー君の様な人こそ、歩兵として素質十分なのかもしれません。

 

「死ぬなら本望、ね」

 

 そんな強気なロドリー君の言葉を、グレー先輩は憐れむように、そして微笑ましいものを見るかのように見つめていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ったぞ」

 

 まもなくして。

 

 ガーバック小隊長殿は、険しい顔をしたまま自分たちの拠点に戻ってきました。

 

「周囲の拠点を制圧した。後は、味方部隊の前進を待つのみだ」

「お疲れ様です」

「それと腹を撃たれた。トウリ、治療しろ」

 

 ガーバック小隊長はそう言うと、即座に装備を下して上半身裸になりました。

 

 ……それは無数の古い銃傷や、切り傷が刻まれた筋骨隆々の肉体でした。

 

 彼の右上腹には赤黒い血種が出来ていて、ダクダクと血流が零れ出ています。

 

「……。って、致命傷じゃないですか!」

「ああ、早く治せ」

 

 腹を撃たれたと言うから見れば、それは肝臓部でした。

 

 触ってみた感じ、波動を触れます。肝臓は間違いなく破裂しています。

 

 なんでそんな体で歩けるんですか、この人。

 

「き、緊急手術が必要です。まだ習ってない技術を見よう見まねでやるので、失敗して死んでも化けて出ないでください」

「御託はいらん、失敗するな」

 

 これは、集中治療が要るレベルの大けがです。どれだけ無茶をしたんでしょうか、この人。

 

 悩んでいる暇はありません。放っておいたら、小隊長殿は殉職してしまいます。

 

 注射薬で麻酔を効かせた後、自分は主任のやっていた処置を思い出しながら小隊長殿の腹を掻っ捌きました。

 

「ひ、ひぃぃ……」

「敵が戻ってくるかもしれん、5分以内に処置しろ」

「出来る訳が無いでしょう!?」

 

 血が、滝のように溢れてきます。慌てて傷口を焼きつつ、自棄くそで自分は小隊長の腹に手を突っ込みました。

 

 手術器具なんて持ってきてないので、自分は清潔な手袋を嵌めた手で無理やり肝臓内に残っていた銃弾を掴みだします。

 

 ついでに、腹の中の出血の激しすぎる血管を焼いていきます。

 

 ……今日ほど、自分が小柄であることを感謝したことはありません。この手の小ささが、上手く手術を進めてくれました。

 

 壊れた肝臓のうち、壊死してそうな部位は取り出して繋がりそうな部分は縫合し、強引にくっつけます。

 

 最後に臨時助手のロドリー君に、生理食塩水を腹の中にぶっかけてもらって洗浄しました。

 

 表面の麻酔しか出来ていないので、ガーバック小隊長には想像を絶する激痛が走っていると思われますが……。

 

「あの……」

「俺の顔色を伺う暇があれば、早くしろ」

 

 こんなエグいことをされて、眉一つ動かさず平然と自分を睨みつける小隊長殿が怖すぎます。

 

 小隊長の顔色が変わらなさ過ぎて、今の出血量とかバイタルサインとかが全く分かりません。

 

 むしろ今は、体調を表情に出してください。お願いですから。

 

「……ふぅ、これで最低限の処置は終えました。後は……【癒】」

「終わりか」

 

 自分はかなり荒っぽく破裂していた肝臓の形を修復し、銃弾を取り出して出血を止めることに成功しました。

 

 後は、うまく回復魔法が作用してくれることを祈るのみです。

 

 こんな超難易度の手術を、素人に毛が生えただけの自分が素手でやってよかったのでしょうか。

 

 スピード重視で突貫工事したため、色々やり残した個所も多いと思います。

 

「終わり……と、思います」

「ふん」

 

 ────【癒】で無理矢理に止血したのも、本当にアレで良かったのか自信がありません。

 

 そもそも、こんな最前線で手術した症例なんて自分が初めてではないでしょうか。

 

「もう起きてもいいんだな」

「いえ、小隊長殿の重症度ですと、いかなる処置をしたとしても絶対安静なんですが」

「ふん、確かに楽になっている。これなら先に進めるな」

「絶対安静なんですが」

 

 ヤダこの人、まったく人の話を聞いてくれません。

 

 まだ進む気でいるんですか、小隊長殿。もうグレー先輩も動けませんし、ここで満足しましょうよ。

 

「小隊長殿。これ以上の前進は、小隊長殿の容態的に困難と愚考します。自分は、本地点の確保をもって戦闘終了を提案します」

「却下だ、この機を逃すわけにはいかん。本日の攻勢は数年ぶりの好機だ」

 

 ここで戦闘終了を提案しましたが、小隊長殿は受け入れてくれませんでした。

 

 最前線で手術してまで、先に進みたい理由とは何でしょうか。

 

「小隊長殿。好機とは、どういう意味でしょう」

「ふん。トウリ、この戦争の決着をつけるにはどうすればいい?」

「……それは、敵の首都の制圧かと思います」

「んなもん無理だ、現実的じゃねぇ」

 

 ガーバック小隊長は、ギロリと自分を睨みました。

 

「トウリ、敵陣地の後方には何がある」

「後方、ですか。おそらく敵の治療施設や、食料・武器の備蓄設備などがあると推測されます」

「ああ。それを今日、叩く」

 

 そしてガーバック小隊長は、自分の胸元から小さな瓶を取り出しました。

 

 酒でしょうか。取り出したそれを、ガーバックは無言でグビグビ飲み始めました。

 

 手術直後に、飲酒は……。それも、肝臓破裂した直後なんですけど。

 

「兵士とて、人だ。飯がなく、手当てもされずとなれば戦えない」

「……」

「貴様が日々安全だと思って過ごしている野戦病院こそ、我々前線兵士にとって最大の攻撃目標なのだ」

 

 止める間もなく小隊長殿は酒を一気飲みし、空きビンをその辺に投げ捨てました。

 

「非戦闘員であろうと、容赦なく殺すという事でしょうか」

「そうしないと、決着がつかん」

「その好機が、今日だと?」

「ここ数日の連続攻勢で、敵が激しく消耗している。ここ数年で、もっとも防備が薄い状態らしい」

「……」

「今日、戦線を突破出来なければ次のチャンスはいつ来るか分からん。だから、今日は行ける所まで行く」

 

 ガーバック小隊長は、そう言って土嚢の上に腰かけました。

 

 そして祈る様に空を見上げ、

 

「隣接拠点の制圧まではやった、後は友軍さえ俺達に追いついてくれば」

 

 と呟きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は、ひたすらに待つだけでした。

 

「……また、敵の気配がする。隣を見てくる」

「お気をつけて」

 

 自分は魔力が尽きたので、この場において完全に役立たずです。

 

「トウリちゃん、ちょっと体を起こしてくれ」

「はい、先輩」

「サンキュー」

 

 一人で撤退するのは危険すぎますし、かといって武器がないので警戒も無意味です。

 

 なので自分は、腕や足の動かないグレー先輩の介助役になり下がりました。

 

「まだ、友軍は前進してこないのでしょうか」

「……どうだろうな」

 

 ガーバック小隊長は、あの重傷の体で時折隣接拠点に足を運び、敵を切り殺し戻ってきました。

 

 そして自分とグレー先輩の正面の土嚢に、無言で座ります。

 

「指令だ、しばし待て」

「はい」

 

 我々が拠点を制圧し、15分ほど経過してからでしょうか。

 

 小隊長の持つ通信用の魔道具に、連絡が入りました。

 

 

 

「……そうか、了解だ」

「あの、小隊長殿?」

 

 

 

 その指令を受けた後。

 

 ガーバック小隊長殿は、大きく嘆息して空を見上げました。

 

 

「撤退だ。本拠点は、破棄する」

 

 

 どうやら、友軍は……。第3防衛ラインの突破に、失敗した様子でした。

 

「破棄、ですか……」

「まもなく、この拠点に敵が再侵攻してくるだろう。荷物まとめろ」

 

 ガーバック小隊長は、悔しそうに拳を震わせています。

 

 これだけの、必死の思いで確保した拠点を放棄しなければならないなんて。

 

 そう思うと自分も、かなりの虚無感に苛まれました。

 

「……ガーバック小隊長」

「何だロドリー」

「この人、どうするんです」

 

 ロドリー君が、小隊長殿の命令を聞いて質問をしました。

 

 この人、とは即ち足を失って倒れこんでいる……

 

「ふん。グレー、分かってるな」

「ええ、分かってますよ小隊長殿」

 

 グレー先輩の事です。

 

 そうです、誰が彼を背負うのでしょうか。

 

 順当にいけばロドリー君ですが、新米である彼の体力的に20mも走れるでしょうか。

 

 

 

「こいつは殿だ。ここに放置する」

 

 

 

 ガーバック小隊長は、足を失った先輩を一瞥し。

 

「俺たちが撤退する間、背後を絶対に取らせるな。死ぬ気でここを守って死ね」

 

 グレー先輩に、そう言い捨てたのでした。


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