TS衛生兵さんの成り上がり 作:まさきたま(サンキューカッス)
「ガヴェル少尉、少尉はいますか!」
「来たかトウリ」
自分が出撃許可を得て、エンゲイ市内の駐屯所にかけこむと。
ガヴェル中隊は、既に出撃準備を終えていました。
「いつでも出られる、トウリ」
「……ありがとうございます、ガヴェル少尉」
ガヴェル少尉も異変に気付いていたようで、出撃命令を待ってくれていたようです。
この1年間で、彼も指揮官として成長していました。
「非常事態です。敵が仕掛けた多点同時突破により、前線が崩壊した可能性があります」
「そりゃ、大変だ」
「本中隊は自分が指揮を執ります。前線の様子を偵察し、防衛に参加する予定です」
「オーケー、トウリ少佐。お前ら、出陣だ!」
敵に『多点同時突破戦略』を成功させられた。
ガヴェル少尉ならこの一言で、コトの重大さは理解したでしょう。
しかし彼は余裕たっぷりに、
「アルガリアの奇跡を起こした中隊とはどんなものか、奴らに見せてやるぞ!」
「「おう!」」
焦りをおくびにも態度に出さず、自ら陣頭に立って鼓舞しました。
……1年前、指揮を執るのも怖がっていた彼とは大違いです。
こうして自分は、ガヴェル中隊は意気揚々と出撃したのですが。
実際に銃声が聞こえる距離まで近づくと、その絶望的な戦況に眩暈がしそうになりました。
「……これは」
自分も、異常事態が起こっていることは悟っていましたが。
まだ『頑張れば、取り返しがつく』という希望を、何処かに持っていました。
「ナウマンさん! ナウマン兵長はいますか!」
「およびですか、少佐殿」
しかし塹壕の様子を確認した瞬間、そんな甘えた考えは吹き飛びました。
「司令部に伝言をお願いします。なるべく早く」
「了解。メッセージは?」
言葉少なく、それでいて簡潔に。
今の前線の状況を、一言で告げるのであれば、
「敗戦です」
「はい?」
「総員撤退の許可を出すよう、提言してください。さもなくば全滅します」
……オースティン軍の陣地は、崩壊していました。
それは局地的な敗北ではなく、戦争としての敗戦。
ベルン・ヴァロウの予想した通り、オースティンは戦争に負けました。
突然に、完膚なきままに、救いようもないままに。
目の前に広がっていた光景を、かつて見たことがありました。
それは忘れもしない、3年前のあの日。
ガーバック小隊長の後ろで、ピヨピヨ泣きわめく事しか出来なかった新兵の自分が見た景色。
「────シルフ、攻勢」
それはシルフ攻勢の状況と、瓜二つだったのです。
オースティンの防衛陣地は、ズタズタに分断され連携出来なくなっていました。
四方八方から敵兵が湧き、塹壕による防御がほとんど機能していません。
敵味方が入り乱れた混戦となって、数の劣る我々が各個撃破されていく。
まさに、3年前のシルフ攻勢そのものでした。
「……俺達はどうする、トウリ?」
「B17地区がまもなく、最終ラインを破られそうです。そこの援護に向かいましょう」
「この状況で、何を援護するんだ」
「味方の撤退ですよ」
これが、シルフ・ノーヴァの戦略です。
駆け付けた時にはもう雌雄が決している『一撃必殺』の作戦指揮。
「俺達の自己判断で撤退するのか? 他の部隊に迷惑が────」
「今の総指揮官はヴェルディさんです。この状況を伝えれば、すぐ撤退許可を出してくれるはずです」
「だが……」
彼と約束した通り、速やかに前線の情報を偵察し、報告しました。
この状況を聞いて、ヴェルディさんなら撤退を判断してくれるはずです。
なので自分は、自分に出来る事をしようと考えました。
「B17を抜かれるわけにはいきません。撤退許可が出るまで、B17地区を維持します」
「お、おお」
「そして自分の権限で、各中隊に最終ラインまで後退を許可してください。その後、撤退許可が出れば、足並みをそろえて退きますよ」
自分はヴェルディさんを信頼し、きっと撤退許可を出してくれると信じて。
自分の担当区域の兵士を、いつでも逃げられる布陣に切り替えました。
「……これは、
自分はこの鮮やかな手口から、指揮を執っているのは彼女だと確信しました。
油断して、気を抜いた一瞬を突いて致命的な一撃を放ってくる。
シルフ・ノーヴァとは、そういう指揮官です。
「フラメール人を利用したのですか。貴女は」
自分達は、フラメール兵の毎日のような自殺特攻のせいで油断していました。
今日もまた同じだろうと、高をくくっていました。
シルフ・ノーヴァが、フラメール軍の『肉挽き』を止めなかった理由が……これ。
今日の奇襲の成功率を上げる為に、フラメール兵の自殺特攻を放置していたのです。
「トウリ、俺達はどこに向かえばいい!?」
「B17地区で、敵が突出しています。そこに向かいましょう」
「おっしゃ」
自分は前線へ向かって走りながら、シルフの悪辣さに歯噛みしました。
人死にを嫌う彼女が、こんな戦略をとるなんて信じたくありませんでした。
以前の彼女なら、もっと『犠牲が少ない勝利』を目指したはずです。
フラメール兵の愚かな犠牲を放置して、それを布石にするような作戦を獲るとは……。
「そうですよね。
彼女は自身の目的の為に、数多の若者の命を犠牲にしたのです。
シルフの人となりを知っている自分は、それが悲しくて仕方ありませんでした。
「にしてもB17地区だけ突出されすぎじゃねぇか?」
「とんでもなく強い兵士でも、出たんじゃないですか」
「つまり?」
「突出しているB17地区に、話題のエースがいるのでしょう」
自分がガヴェル少尉に、そう忠告した後。
「気合を入れますよ、ガヴェル少尉」
「おう」
自分はなるべく低い体勢で、味方の塹壕に屈んで滑り込みました。
前線では硝煙の香りが、草汁の苦臭と混じっていました。
兵士たちの断末魔が、無作法な銃撃音が、耳を裂く爆発音が、戦場に木霊していました。
敗北の戦場は、いつもこうです。
恋人の名を叫ぶもの。赤子のように親に助けを求むもの。
楽し気に敵を撃ち続けるもの。爆風に巻き込まれ、枯れた声で叫ぶもの。
ああ、忘れていました。
かつて自分はこの、塹壕の最前線で暮らしていたのです。
ピリピリとした緊張が、自分の『前線勘』を少しずつ呼び戻していきました。
「ジーヴェ大尉! ご無事ですか」
「トっ、トウリ
滑り込んだ塹壕の中で、見知った顔がありました。
この地区の前線指揮官、女性が苦手なジ-ヴェ大尉です。
「援護に来ました。戦況を教えて下さい」
「あのっ、そのっ……。み、見ての通り『大盾』が現れ、押し込まれている状況で」
「分かりました。ガヴェル中隊、防衛態勢。ジーヴェ大隊を援護します」
「……じょじょ、状況判断が早いのは、助かりますが! なんで少佐がここに来てるんですか!」
「自分がここに来たから、状況判断が早いんですよ」
ジーヴェ大尉は照れながらも、ハキハキと応対しました。
敵の攻勢が激しすぎて、細かい事に気を使っている余裕がないようです。
「ジーヴェ大尉、我々も参戦しますがいいですね?」
「そ、そりゃあ、助かりますねぇ! 殆ど戦力が残ってねぇもんで!」
「聞きましたね! 各員、戦闘態勢!」
防衛兵士が足りてなさそうなので、すぐにガヴェル中隊に塹壕壁に張り付くよう指示を出しました。
B17地区は既に、最終ラインまで押し込まれていました。
ここを突破されてしまったら、司令部が強襲される可能性もあります。
「ジーヴェ大尉。お隣失礼します」
「あひぃ!?」
想像以上に戦況がまずいので、自分も小銃を手に持って応戦を試みることにしました。
ジーヴェ大尉に肩が当たってしまい、変な声を出されました。
「しょ、少佐殿?」
「……射撃、【盾】。射撃、【盾】」
「あー、もう! 総員、少佐に後れを取るな! 撃て撃て、撃ち返せ!」
自分に緊張しつつも、ジーヴェ大尉はひるむことなく指揮を執り続けました。
女性が苦手でも、仕事に手を抜かないのは良いですね。
「トウリ少佐! 手伝ってくださるのは良いですが、死なんでくださいよ!」
「それは、神のみぞ知るというやつです。自分が死んだら指揮をお願いしますジーヴェ大尉」
自分だって本職には劣りますが、【盾】の魔法や防衛射撃を学んでいるのです。
指揮官自ら前線に立つのは愚かしいですが、今は一人でも戦力が欲しい場面。
それに直に戦場を見た方が、より正確に状況を把握しやすい────
「こちらガヴェル少尉! なんか前ででっかいのが動いてるぞ、ジーヴェ兄さん!」
「……っと! 少佐、でやがりました!」
自分は思い切って塹壕から頭を出し、敵の方を目視しました。
フラメール兵の勢いはどんなものか。攻勢の規模は、敵の主武装は。
自分がそれらの情報を認識する前に、ドスンという轟音が戦場に鳴り響きました。
「『大盾』です!!」
そこで自分が見たのは、おとぎ話に出てくるような猛々しい巨人でした。
彼の構えた鉄の塊は、優に2メートル以上の高さがあります。
教会の鐘を割って作ったのか、その鉄盾には聖母の像が彫られていました。
「何て、不気味────」
戦場には似あわぬ清らかな
それは数多の銃弾痕で傷だらけとなって、優しい笑顔をこちらに向けていました。
巨人に支えられた聖母像、それがエース級『大盾』。
半円錐状の鉄盾で自分の身を守る、怪力の変態。
盾があまりに強固なので、前方向から攻撃は不可能です。
「■■■■■■■────!!!」
「来ますよ、少佐!」
「迎撃します!」
エース『大盾』は地面をえぐりながら、雄たけびと共に突っ込んできました。
人間に動かせる重さじゃないだろうに、鉄塊は地鳴りを響かせ悠然と進んできます。
「ガヴェル中隊、銃を構えてください!」
「トウリ少佐、アレに銃弾は効きませんよ」
「では、手榴弾は!?」
「そ、それもイマイチです」
銃による迎撃は難しそうなので、手榴弾投擲をしようと考えたのですが。
ジーヴェ大尉は、手榴弾を投げようとする自分を制するように口を出しました。
「投げて、あの鉄盾の背後で爆発させれば……」
「『大盾』部隊、かなり手榴弾の対策をしてるんですよ。『風銃』でほぼ撃ち落とされ、【盾】魔法で爆風も逸らされます」
「……」
そうですよね。銃以外の攻撃手段なんて、手榴弾くらいしかありませんからね。
敵も当然、対策してくるでしょう。
「じゃあどうしてるんですか」
「どうしようもないから、困ってるんですよ」
ジーヴェ大尉は不貞腐れた顔で、咥えていたタバコを吐き捨てました。
こうして戦場でエースに相対すると、その理不尽さを実感しますね。
……この時代にはない、戦車みたいなものじゃないですか。
「敵部隊、『大盾』に合わせて一斉に前進してきました!」
「応戦してください!」
そして、こちらからの攻撃に有効打はありませんが。
フラメール兵は、その鉄盾に守られながら攻撃を仕掛けてきます。
「ト、トウリ少佐、この塹壕を放棄しませんか」
「ここは最終防衛ラインですよ!?」
「い、居座っても、全滅するだけでしょ!」
『大盾』が出現してすぐ、ジーヴェ大尉から撤退の提案を受けました。
最終防衛ラインの放棄など、通常はあり得ません。
「塹壕間の通路を爆破して、『大盾』の確保した塹壕を孤立させるんです」
「む……」
「ここで意地になって全滅するより、突破された後の被害を最小限にとどめるべきです」
最終ラインを割られたら厳しい戦況になるのは、間違いないですが。
『大盾』があまりに凶悪過ぎて、この1年間で一度も止められなかったそうです。
「無策で全滅するのではなく、上手な負け方をする判断が指揮官には必要です!」
「……そうですね、確かに」
確かに自分達がここに残っても、被害が増えるだけでしょう。
まもなく『大盾』の部隊は鉄塊に守られ、無傷のままこの塹壕に突撃してきます。
そうなれば、人数で劣る我々が壊滅させられるだけ。
あの鉄盾を前に、防衛側の有利を生かすことは出来ないのです。
「……」
もしこんな時に、ガーバック小隊長が居てくだされば。
そんな甘えた考えが浮かんで、自分は唇を噛みました。
彼がいたならば「しゃらくせぇ」と怒鳴って突っ込み、『大盾』をぶった切ってくれたでしょう。
ガーバック小隊長は塹壕戦で、文句のつけようがないエースでした。
「トウリ少佐、ご決断を」
「はい。ジーヴェ大尉、それでは────」
ですが、ここにガーバック小隊長はいません。
彼のようなエース級は、オースティンにはほとんど生き残っていません。
だからここで塹壕放棄を選択するのは、仕方がない事です。
自分は意を決し、この場の全員を撤退させようとして、
「……あれ?」
ふと、妙な事に気が付きました。
「どうしたっていうんですか、少佐!」
「いえ、その」
敵のエースが走ってくるのが、イヤに遅いのです。
こんなにゆっくり、撤退をするかどうか判断する余裕があるなんておかしいです。
ガーバック小隊長なら、とっくに塹壕に到達している時間ですが……。
「命令を出すなら急いでください、トウリ少佐! もう、ヤツが塹壕間の半分以上進んできています!」
「……まだ、半分?」
ジーヴェ大尉に急かされて、チラっと塹壕から顔を出しました。
見れば『大盾』はノロノロと、鉄条網や魔法罠を叩き潰しながらこちらに前進してきています。
まだ、塹壕間の半分ほどしか踏破出来ていません。
……本物のエース、ガーバック小隊長とは比較しようのない『鈍重』な突撃。
「……違う」
「少佐?」
「違います。あんなのは、エース級ではありません」
なんたる敵の、愚かな事か。
あのような鈍重な侵攻であれば、いくらでも対処法がある。
……そう気づいた瞬間に、ドクンと心臓の音が跳ねました。
「ジーヴェ大尉、命令です」
「はい、塹壕放棄ですね!? もう準備は」
ああ、愚かしい。いつの間にか、感情が高ぶって止まらなくなりました。
ケネルさんが自分に問うた、アルガリアにおける勝利の秘訣は何だったのか。
今ならば、その問いに迷わず答えられます。
────アルガリアの戦いでは
「消耗の少ない突撃小隊を、一つ貸してください」
「……は?」
「自分が出て突っ込みます」
……自分には、まだエース級と言えるほどの実力はありませんけど。
『
それが、異常者たる自分の役割です。
「『大盾』を仕留めてきます。ジーヴェ大尉、援護をお願いします」
先程までの自分は、何を弱気になっていたのか。最終ラインを放棄するなど愚の骨頂。
突破されれば、背後を取られた味方は大きな被害を受けるでしょう。
ここでヤツを仕留められるかどうかで、トウリ連隊は『敗走』するか『撤退』するかが変わるのです。
「……♪」
「トっ……、トト、トウリ、少佐?」
胸の鼓動が鳴りやまない。
ああ、もうスイッチが入ってしまっている。
かつてベルン・ヴァロウに突き付けられ、自覚してしまった自分の悪意。
銃で敵を仕留める事に、快感を覚えてしまう自分の本性。
「勝利条件は、敵エース級の撃破。敗北条件はこの塹壕を損失、ないし自分の死亡……ってところでしょうか」
「……ひっ」
……ああ、堕ちていくのが分かります。
堕ちてはならない外道に、足を踏み入れてしまった感覚。
だが、兵士とはこうあるべきなのでしょう。
ケネル大尉の言う通り、敵を撃ち殺せば手を叩いて喜ぶべきで。
人を殺す事に、達成感と歓喜を抱くべきなのです。
「自分が、エースを仕留めてやります」
人を殺す事を躊躇わず、死の恐怖を殺意で乗り越える。
そう心に決め、自分は胸の高揚を隠さず、動物的な笑みを浮かべ。
「……ふふ」
サバト小銃を胸に構え、塹壕越しに動く鉄塊を睨みつけました。