TS衛生兵さんの成り上がり   作:まさきたま(サンキューカッス)

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181話

 エンゲイ防衛戦の後の、諸外国の内情も分かる範囲でお話ししましょう。

 

 まずフラメール国内で、大きな悲劇が起きていました。

 

 それはエンゲイを解放されてから、オースティン軍がフラメール各地から撤収する折。

 

 我々は通信拠点を失って連携がとれない状況だったため、現場指揮官はそれぞれ撤退するしかなかったのです。

 

 それが悲劇の引き金となりました。

 

 戦後の交渉の事を考え、穏便に村落を解放して立ち去った理性的な指揮官もいたのですが……。

 

 一部、少しでもフラメールに被害を与えるべきだと暴走し、周辺村落を焼き討ちして撤退した指揮官もいたのです。

 

 そこでは目を背けたくなる所業が繰り広げられ、かつてオースティンの村落がサバト軍に虐殺された時のような光景が広がりました。

 

 これが強い怨恨となって、戦後にも尾を引くことになってしまいました。

 

 

 ここで彼らが怒り狂って、オースティン国内まで攻め込んできたら危なかったでしょう。

 

 オースティンが態勢を立て直し切る前に、ウィンまで攻略されていた可能性が高いです。

 

 しかしフラメール・エイリス軍は、追撃より自国領土の奪還を優先しました。

 

 そこには、フラメール政府と国民の感情に、大きな乖離があったからだと思われます。

 

 

 元々フラメールは漁夫の利を狙って参戦しただけで、総力戦は望んでいませんでした。

 

 勝ち馬に乗り、少ない被害で領土を手に入れられるからこそ、戦争を決断したのです。

 

 しかしフラメールは現時点で戦死者・民間被害者を合わせ、数十万人の命を失っていました。

 

 特に働き盛りの若い男性の人口は大きく減少し、生産力は大きく下がっていました。

 

 戦費もかさみ国民の生活は圧迫され、補償もろくに期待できません。

 

 更にオースティン軍に戦線を押し込まれ、自国都市のインフラも破壊され、再建には長い年月が必要な状態でした。

 

 フラメール政府は、参戦したことを大きく後悔していたのです。

 

 

 このまま戦争を続けオースティンを滅ぼしても、手に入るのは荒れ果てたオースティン領です。

 

 そしてフラメールは領土を得ても、それを植民地として運用する国力が残っていません。

 

 冷静な政治家なら、一刻も早く損切りをしたいと考える状況でした。

 

 またフォビスの挽肉作戦により、軍部でも強い厭戦気分が広がっていました。

 

 最前線の兵士たちは戦争の継続を、全く望んでいなかったのです。

 

 結果フラメールでは国民が怒り狂い、圧され仕方なく戦争を続ける政府という構図になっていました。

 

 

 一方でオースティンは、政府と国民の感情に乖離はなく、どちらも疑心暗鬼になっていました。

 

 野蛮なフラメール軍に降伏しても、復讐として粛清される未来が待っているだろう。

 

 どうせ殺されるなら、とことん抵抗した方がマシだ。

 

 そう考えたオースティンでは国民も政府も、徹底抗戦を望んでいたのです。

 

 

 ……また、オースティン軍が撤退時に行った蛮行は、政府にも伝えられていました。

 

 そのせいでフォッグマン首相は、降伏後に激しい報復があるだろうと考えました。

 

 なので連合側から出された降伏条件を一切信じず、国を滅ぼされる覚悟で決戦を決断したのです。

 

 

 このオースティンの強硬な姿勢は、連合側を困惑させました。

 

 まだ、戦うのか。これだけ譲歩しても、納得してくれないのか。

 

 連合側から見たオースティンは、戦争狂に見えていたかもしれません。

 

 

 そしてオースティン軍が徹底抗戦の構えを見せたあと、連合内で会談が行われました。

 

 すなわち、オースティン領土内に攻め込むかどうかです。

 

 また大きな犠牲が出る可能性もあるのに、戦争を継続して良いのかと。

 

 国力に余裕のあったエイリスは、まだ侵攻派が半数以上を占めていましたが。

 

 フラメール政府ではもう『講和でも良いから終戦を優先すべきだ』という意見が主流になっていました。

 

 もう十分だ、これ以上血が流れるのをみたくない。

 

 そろそろ潮時だ、我々は限界なのだ。

 

 フラメールが初めて経験した『近代戦』は、想像を絶する地獄だったのでしょう。

 

 フラメール首脳陣は口々に弱音を吐き、講和を主張しました。

 

 そんな弱気な姿勢のフラメールを叱咤激励し、侵攻を強く主張したのはシルフ・ノーヴァでした。

 

「今のひと時の安寧を求めて、将来の火種を残すのか」

「我々の繁栄の為、オースティンを滅ぼすのはやむを得ないでしょう」

 

 オースティンが回復すれば、奴らは再び牙を剥く。

 

 疲弊し弱り切った今叩かずに、いつ叩く。

 

 彼女はそう言って、オースティンへの侵攻を強弁したのです。

 

「今ならば確実に、オースティンに勝てる。むしろ、今しか勝てないかもしれない」

「本当に、『確実に』勝てるのかね」

「私がいれば、負ける可能性はない。多少被害は出るだろうが、間違いなくオースティンを滅ぼせる」

 

 ……この強弁の裏には、彼女の思惑が大いに絡んでいました。

 

 シルフ・ノーヴァはこの戦争の恩賞として、オースティン西部領を強く欲していたのです。

 

 もしレミ・ウリャコフ政権が転覆すれば、サバト国民はオースティン領土に逃げ込むでしょう。

 

 彼女はその受け皿となるような『サバト臨時政府』を、オースティン内に樹立する。

 

 そして「正当なサバト政府領」を樹立し、フラメールやエイリスと同盟を後ろ盾に、レミ・ウリャコフから民衆を解放していくつもりだったのです。

 

 それが彼女の思い描いていた、この戦争の終着点でした。

 

「絶対に勝てるのであれば、戦争の火種(オースティン)は断った方がいい」

「悪魔であるオースティン人を滅ぼして、平和な世界を取り戻そう」

 

 シルフの意見を受けて、連合側はオースティンへの侵攻を決定しました。

 

 それはシルフ・ノーヴァが今まで多大な功績を挙げて信用されていたのもありましたが。

 

 エイリスもフラメールも、オースティン軍の強さを恐れていたのです。

 

 だから戦いたくなかったし、将来の禍根として残したくありませんでした。

 

「では、オースティンへの最終通告を行い」

「拒否された場合は、侵攻を行う」

 

 ……恐ろしい怪物(オースティン)を、弱っているうちに始末しよう。

 

 連合側の判断としては、そんな所だったと思います。

 

 こうして、オースティンの命運はほぼ尽きてしまいました。

 

 世界情勢の波に飲まれ、利権の狭間にすりつぶされ、それでもなお戦い続けたオースティンの結末がこれ。

 

 

 ……こんな絶望的な局面を、何度もひっくり返してきたベルン・ヴァロウはもういません。

 

 彼はオースティンを捨て、サバトに移住し、レミさんと愉しく暮らし。

 

 そしてサバトの未熟な医療のせいで、命を落とす羽目になりました。

 

 

 なんとむなしく、哀しく、おぞましい結末でしょうか。

 

 ですが、これが敗戦国の末路です。

 

 掲げた正義も、兵士の忠誠も、信じた未来も、全て戦勝国に否定され。

 

 ただオースティンは悪魔であったと、蛮行だけが後世に伝えられていく。

 

 ……自分達が戦った軌跡は、全てが悪行として吹聴されるのです。

 

 

 ────お前なら、何とか出来るんじゃねぇかって思ってな。

 

 

 

 自分は、オースティンの行く末に絶望していました。

 

 今度こそ負けた。ベルン・ヴァロウはもういない。

 

 兵士も足りない。武器もない。オースティンと言う国は、末期の中の末期。

 

 ベルンは生前から既に、こうなることを予見していたのでしょう。

 

 だからサバトに渡ったのです。

 

 

 オースティンに生まれ落ちた悪魔。

 

 稀代の天才軍略家、ベルン・ヴァロウ。

 

 自分は結局、彼の人となりを最期まで理解することが出来ませんでした。

 

 常に飄々として、自分を隠し、ふざけたような言動で周囲を翻弄する。

 

 腹が立つ、おぞましい、気持ち悪い、そんなマイナスのイメージしかない男でした。

 

 ただ一つだけ、確実な事があるとすれば。

 

 

 ────ベルン・ヴァロウは負けず嫌いで、執念深い男です。

 

 

 

 

 

 

 エンゲイ陥落からおよそ半年。

 

 自分達は各地で敗走し、這う這うの体で首都ウィンまで逃げ延びていました。

 

「トウリ少佐、よく無事に戻られました」

「……ええ、何とか」

 

 もう、オースティンの滅亡は秒読みという状況で。

 

 自分は首都に戻ってすぐ、セドル君たちをサバトに脱出させる計画を建てました。

 

 レミさんの牛耳るサバトは危険ですが、今はオースティンに残る方が危険でしょう。

 

 きっともうすぐ、フラメールとエイリスが侵攻してきます。

 

 憎しみに飲まれた彼らが、市街地でどんな行動を取るでしょうか。

 

 ……自分は、それを何度も見てきました。

 

 急いでアニータさんに手紙を送り、二人の安全を確保しなければなりません。

 

「トウリ少佐、首都の参謀本部に今すぐ出頭して戴けませんか」

「自分が出頭、ですか」

「クルーリィ参謀長官がお呼びです」

「……、了解しました」

 

 しかしそれらの工作に取りかかる前に、自分は参謀本部から呼び出されました。

 

 ベルン・ヴァロウの腹心だったクルーリィ少佐が、自分に用があるそうです。

 

 軍人たるもの、出頭要請には逆らえません。

 

 自分は仕方なく、招集に応じました。

 

「トウリ・ロウ少佐です。出頭要請を受けて伺いました」

「おお、よくぞご無事で。お座りください」

 

 参謀本部は、以前ベルンの見舞いに行っていた際に場所を覚えていました。

 

 相変わらず貴族好みの、荘厳な雰囲気の建物でした。

 

「参謀長官をしております、クルーリィ参謀少佐です。今日はようこそお越しくださいました」

「よろしくお願いします」

 

 自分を呼び出したクルーリィ少佐は、中年の男性将校でした。

 

 司令部でよく見た、メガネをかけて頬もこけた頭の良さそうな人です。

 

「二人で話すのは初めてですね、トウリ少佐。あなたの話は、ベルン様からかねがね伺っていました」

「……どうも」

「成程、確かに聞いていた通り。……面影がありますな」

 

 クルーリィ少佐は意味深に自分の顔を眺めた後。

 

 自分が座っているテーブルの前に、作戦資料を置きました。

 

「お掛けください。貴女にお渡しするものがいくつかあります」

「何でしょう」

「……まずは、この作戦資料を。ベルン様が生前に作成したものです」

 

 クルーリィ少佐はそう言うと、書類を机の上に広げていきました。

 

「……ベルン・ヴァロウ少佐が、ですか」

「ええ」

「この資料を、自分だけに見せる理由を伺っても良いですか」

「彼の遺言で『トウリ少佐をウィン防衛戦に参加させるように』と。……貴官がカギとなる戦術なのです」

 

 どうやら自分が呼び出されたのは、ベルンの指示のようでした。

 

 ベルンが死んだのは数か月前で、首相がウィンでの決戦を決断する前のはずです。

 

「あの男は、数か月前に死んだのですよね」

「ええ」

 

 なのにウィン防衛戦の作戦資料が用意されているということは、彼は今の状況を予測していたことになります。

 

「相変わらず、周到すぎて気持ち悪い男です」

 

 そう呟きつつ、自分はその作戦資料を見て────

 

「……え? サバト軍?」

「はい」

 

 首都ウィンの防衛網に、サバトからの部隊が配置されている事に気が付きました。

 

 

 

 

「ベルン様は死ぬ間際、レミ・ウリャコフ総統を説得してくださったのです。オースティンに援軍を、と」

「……っ!」

 

 サバトからの援軍、3万人。

 

 それはベルン・ヴァロウが命の危険を冒し、サバトに移住して勝ち取った戦果でした。

 

「ベルン様はサバトに移住した後、レミ・ウリャコフ政権に協力したそうです。賊の討伐や、戦術指南など」

「……」

「更に伝手を使ってオースティンの内政官を送り、政務のサポートもしました。そのお陰でサバトの治安は安定し、援軍を送る余裕が出来たのだそうです」

 

 サバトからの援軍が望めなかったのは、国内の賊討伐に戦力が必要だったからです。

 

 しかしレミさん自身は親オースティン派で、援軍を送れるなら送りたかったのです。

 

 なのでベルンはサバト国内の安定に協力し、その上で援軍を打診したのです。

 

「……3万人の援軍があれば」

「ウィンを守り、降伏ではなく『講和』に持っていけるかもしれない」

 

 労働者議会にとっても、サバト旧政府軍は憎い敵です。怨敵と言って差し支えありません。

 

 オースティンと軍事同盟を組んでいますし、出征する理由は十分にありました。

 

 またレミさんにとっても、オースティンが存続した方が都合がよかったのです。

 

 彼女はオースティンの援助で、政権を取った立場。オースティンが滅びたら、後ろ盾を失うことになるのです。

 

「だからベルン少佐は、わざわざサバトに渡った……」

「サバトから援軍がなければ、オースティンに勝ち目はない。ここを去る際に、そう仰っていましたね」

 

 ここで自分はやっと、ベルンが何を考えていたかを知りました。

 

 ヤツは戦争に負けたくなかった。しかし、国内の状況からどうあがいても勝ち目はなかった。

 

 だから前線から遠ざかってまで、サバトに『援軍』を求めたのです。

 

「これが唯一、オースティンが『勝つ』方法だと仰っていましたね」

「……まだ勝利を諦めていなかったのですか、あの男は」

 

 ベルン・ヴァロウは愛国者でした。

 

 彼の行動はいつだって、オースティンの国益を第一に考えていました。

 

 ベルンは人殺しが好きな快楽殺人者であり、その欲望を満たすために軍人になりました。

 

 そして軍人になった以上、生涯を通して『愛国者』であり続けたのです。

 

「しかしよく、サバトが援軍を出してくれましたね」

「そこも、ベルン様のお力です」

 

 しかし現状、オースティンは非常に劣勢です。

 

 サバトからの援軍が来てもなお、勝てる可能性は低いでしょう。

 

 それにレミさんはともかく、まだサバト人の多くはオースティンを恨んでいます。

 

 わだかまりのある彼らが、全滅を覚悟してまでオースティンを助けてくれる理由なんて────

 

 

「サバト軍は……、勝ち馬に乗りに来たのです」

「勝ち馬?」

 

 そんな自分の疑問に、クルーリィ少佐はニヤリと笑って答えました。

 

「作戦通りにやれば、我々が『勝つ』だろう。それが、ベルン様の最期の言葉でした」

「……えっ?」

「そしてそれこそ、サバト軍が参戦してくれた理由です。ここで勝ち馬に乗れば、連合側から賠償を要求できる。サバトの資源は、益々肥える」

「ちょっと。ここから勝つ、ですか?」

「ええ。我々に、必勝の策がありますので」

 

 クルーリィ少佐は目を輝かせて笑い、自分に手紙を差し出しました。

 

 その手紙には見覚えのある筆跡のサインがしてありました。

 

 ……ベルン・ヴァロウと。

 

「これはベルン・ヴァロウ参謀少佐の遺策が書かれた手紙です」

「そんなものを、自分に見せても良いのですか」

「ええ。その手紙は、貴女に宛てられたものですから」

 

 そう言われて封筒をひっくり返すと、眩暈がしそうになりました。

 

 確かに宛先として、自分の名前が書かれてありましたから。

 

「ベルン様曰く、トウリ様への手紙に『必勝』の策を残しておいたと」

「……は?」

「トウリ様のご協力があれば、オースティンは救われるのです」

 

 ベルン・ヴァロウが必勝の策を『自分』に残して死んだ。

 

 そんないきなりブン投げられた重責に、眩暈がしましたが────。

 

「は?」

 

 ですが、そんな事(・・・・)はどうでもいい。

 

「これ、は、何ですか」

「ですから、サバト政府より預かりました、ベルン様の遺書です。トウリ様に宛てた」

「いえ、そう言う事を聞いているのではなく」

 

 問題は、その封筒に記された短いメッセージです。

 

 恐らくベルンが生前に記したであろう、その文言を見て。

 

 自分の目の前が、真っ暗になりました。

 

 

『親愛なる実妹(・・)、トウリ・ロウへ』

 

 

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