TS衛生兵さんの成り上がり 作:まさきたま(サンキューカッス)
「おいマリッセ、覚えているか! トウリ・ノエルだ!」
「トウリ・ノエル? ……って、あの人形ちゃん?」
進軍するドクポリ解放戦線の前に、突如現れた少女(推定年齢三十歳)。
彼女との再会を、ルイはひどく喜んだ。
「マリッセさんも生きてらっしゃったのですね」
「うーわー、本当に人形ちゃんだ! あんた当時のままじゃない、どんな化粧してるの」
「結構気は使っています、外見は大事なので」
人形ちゃんは、ノエル孤児院を人形芸で沸かせていた面白い娘だった。
ルイとマリッセも、昔話をするときにたまに話題に出すことがあった。
「これは、きっと。神様が、この戦いを応援してくれてるんだ」
「そうかもね、ルイ」
命を懸けた決戦の間際。幼き日に生き別れた同郷の妹分との再会。
ルイはこれを、神の啓示と捉えた。
「トウリ、俺たちはいまからドクポリを解放するため戦いに行く」
「戦いに、ですか。それでこんなに物々しかったのですね」
「そうだ。この中の何人が生きて帰れるか分からない」
ルイはそう言うと再会した少女に、小さなブローチを渡した。
それはルイが大事にしていた、『お守り』だった。
「これは俺の妻のものだ。……よければ、君が持っていてくれないか」
「自分が、ですか」
「もし俺が帰ってこれなかったら、君に使ってほしい」
そのブローチは銀細工で、首都の職人が作った高価な品だった。
それを受け取ったトウリは、不思議そうな顔をした。
「どうして、こんな大切なものを自分に渡すのです」
「賊どもに奪われるくらいなら……、と思ってね」
「それは」
マリッセの頬がややピクついたが、ルイはそれに気が付かない。
一方でトウリは、数秒ほどそのブローチを見つめた後。
「ダメです、返します」
「え、ちょっ」
そのままスっと、ブローチをルイに返してしまった。
「ちゃんと生き残って、自分で渡してください」
「う、それはそうだが」
「というか、そこまで分かってるならどうして進むのですか」
トウリはジトっとした目で、ルイを睨んだ。
「そこまで分かって、って」
「ルイ兄さんも勝てるとは思っていないのでしょう、この戦力で」
トウリのその言葉に、ルイもマリッセも、周りにいた兵士たちも驚いた顔をした。
きょとんとしているのは、発言をしたトウリだけであった。
「お、おい。何でそんな不吉なことを言うんだ」
「……ルイ兄さんは先ほど、賊は拠点を塹壕で囲んでいるとおっしゃいましたよね」
「あ、ああ」
「たった百人で塹壕が突破できるなら、十年も戦争は続きませんよ」
しかし睨まれようと、トウリは話をやめない。
まるで未来を見ているかのように、はっきりと戦争の結果を断じた。
「しかもこの小銃はOST-2じゃないですか。第二世代の骨董品……、いつの時代の戦争をする気です」
「わ、分かるのか」
「しかもほぼ手入れされていない。そもそも撃てるのですか、それ」
トウリはそう言って、兵士の小銃を見てため息をついた。
ルイたちは素人だ。銃の良し悪しはもちろん、手入れ方法なども分からなかったのだ。
「で、でも一矢報いることは出来るだろう。百人の大群だぞ!」
「賊の規模にもよりますが……。一人も殺せない可能性が高いかも、です」
「そ、そんなにか」
「塹壕戦における防御側の優位性は大きい。待って撃つだけですからね」
ルイたちはあくまで、農民の集団だ。戦闘のノウハウなど、何も持っていない。
だからトウリの発言に信ぴょう性があるのかどうか、判断ができなかった。
「この戦力であれば、やめたほうがいいと自分は進言します」
「……だ、だが。あいつらを放置していたら、いつか俺たちは殺される! 誰かが立ち上がらないと!」
「首都に避難し、政府軍が動くのを待ってはどうでしょうか」
「もう待ったさ! 十年もの間、ずっと、ずっと! あと何十年待てばいい!!」
しかし、ルイたちにも引けない理由があった。
家族を奪われ、平和を壊されて、これ以上賊を放置することなどできなかった。
「トウリ、君がどう言おうと俺たちは先へ進む。それ以外に道はないんだ」
「……その道の先にも、何もありませんよ」
「あるさ。意地を通したという、俺たちの想いが」
トウリの冷めた物言いに、ルイは噛みつくように言い返した。
やや感情的に、怒鳴るような声色で。
「自分は、喧嘩をしたいわけではありません。その通した意地に、何の意味があるのですか」
「意味って、お前」
「貴方たちの意地を通せば、賊は無傷で古い小銃一式を得るわけです。敵に塩を送って、何がしたいのですか」
「どうして、そんな言い方を」
「ルイ兄さん。戦場の死が、華々しく劇的なものであると勘違いしていませんか」
しかしトウリは、そんなルイの態度にひるむことなく。
毅然とした態度で、言い返した。
「ルイ兄さんの事情には同情しますが、今ここにいる人々の命を尊重すべきです。悲劇に悲劇を重ねてはいけません」
「君に何が分かる、トウリ!」
「ちょ、ちょっと。やめなよ、二人とも!」
突然始まった二人の言い合いに、マリッセが割って入った。
十数年ぶりの再会に喜んで抱き合っていたのが、嘘のようだ。
「ルイ、ちょっと落ち着きなさい。一般人を相手に何を向きになってるの」
「あ、ああ。すまなかった」
「……トウリ。悪いけどあんたに、私たちの気持ちはわからないよ」
そしてマリッセは、トウリに向き合った。
マリッセはトウリの冷めた目に対し、なるべく優しい言葉を選び、
「ドクポリ解放戦線は、もう死んでもいいって連中が集まっているの。生きていても仕方がない、ヤツらに一泡吹かせなければ気が済まないって」
「……」
「トウリの言うことは間違ってないんだと思う、でもそんな言葉で私たちは止まれない」
そう言って、ゴメンねと小さくウインクした。
「……止まれない、ですか。そうですよね、止まれませんよね」
「分かってくれた?」
「いえ。どちらかというと、
そう言うトウリは、悲しそうな顔をしていた。
それは諦めにも似た、不思議な顔だった。
「ルイ兄さん、では一つ提案があります」
「何だ」
「自分は、オースティン軍の衛生兵として働いていました。そこで死ぬ間際の兵を、たくさん看取ってきました」
「……トウリ?」
「劇的に、格好よく死ぬ兵士なんてほとんどいないんですよ。多くは泥と糞尿に塗れ、仲間に間抜け面を蹴り飛ばされ、蛆と蠅にたかられて死んでいます」
その言葉を聞いて、ルイは『やはり』と思った。
トウリの話しぶりや雰囲気から、従軍経験者ではと当たりをつけていた。
「……ルイ兄さん、自分もついて行っていいですか」
「トウリ、君が?」
「これでも終戦まで生き残った衛生兵です。……何人か、命を救えるかも」
その言葉に、ルイはふむと考え込んだ。
トウリは見るからに弱そうで、戦力になりそうにない。
だが、衛生兵であるというなら話は別。
「……トウリ、衛生兵ってことは【癒】が使えるの?」
「ええ。こう見えて、前線の衛生部でそれなりに鍛えられています」
「お、おお。即戦力じゃん」
このドクポリ解放戦線の医療班は、看護師だったマリッセ一人に任せる予定だった。
しかし、本職の衛生兵が加入すれば生存率は大きく変わる。
「一応聞くが、賊のスパイとかじゃないよな。お前……」
「人形ちゃんなら信用していいんじゃない」
「まぁ、スパイがあんな挑発的な言動せんわな」
元オースティン軍衛生兵の加入。素人の多いドクポリ解放戦線において、即戦力になるだろう。
少し迷った末、ルイはトウリを受け入れることにした。
「……じゃあ、頼む。さっきは、感情的になってすまなかった」
「いえ。こちらもデリカシーがありませんでした」
ルイが何とか笑顔を作り、トウリに謝罪をした後。
二人は少しぎこちない仕草で、握手を交わした。
「それで、衛生部の物資と資材を確認したいのですが。マリッセさんが責任者なのですか?」
「うん、私だよ~」
かくして、トウリはドクポリ解放戦線に名を連ねた。
オースティン軍の元衛生兵という肩書のある彼女の加入を、マリッセは喜んだ。
「とりあえず包帯と、消毒液。抗生剤は高くて、手が出なくて」
「生理食塩水や点滴セットなどは?」
「ないわねぇ。止血できなきゃ死ぬってコト」
「……やはり、厳しいですね」
医療班の物資在庫を聞いたトウリは、顔を曇らせた。
予想はしていたが、あまりにも準備が足りていない。
手術なんてもってのほか、点滴すらできない状況だった。
「それと簡易テントやシーツなどが見当たりませんが……」
「やだなぁ、人形ちゃん。敵の前で呑気に、テントなんか建てるわけないでしょ」
「えっ」
それどころか、負傷した患者を寝かせるためのテントやシーツもなかった。
どうやら、入院施設を作る予定すらなかったらしい。
何より、トウリを驚かせたのは……。
「あ、あの。一番大事な、スコップは……?」
「スコップ? 何に使うの、ソレ」
「え、だって、塹壕戦をするのでしょう?」
「違う違う、塹壕を作ってるのは賊のほう。私たちは、そこに突っ込んでいくんだよ」
「丸腰で、塹壕まで、走る?」
「丸腰じゃないわよ、銃もって走るもん。戦場では、みんなそうやってたんでしょ?」
ドクポリ解放戦線に、スコップを持っている人間が一人もいなかったことだった。
そしてトウリは、この軍の認識の『マズさ』を理解した。
「……マリッサ姉さん。ルイ兄さんを、呼んできていただけますか」
「ん、ルイを? オッケー」
「せめて塹壕戦をしてください!!」
その後トウリは、ルイに雷を落とした。
「敵の前で穴なんて掘ってたら、撃たれるじゃないか」
「銃弾が届かない位置から掘って進むんです、土嚢などで身を守りながら!」
ドクポリ解放戦線のほとんどが、戦争未経験者だったためだろう。
ルイは塹壕の重要性を、あまり理解していなかったのだ。
「とはいえ、俺たちに塹壕戦の経験はない。奇襲をかけるほうが成功率が高いんじゃないか」
「およそ百人で、気づかれず拠点まで忍び込めますか? ドクポリ付近は見晴らしのいい平原ですが」
「……よ、夜とかなら寝てるかも?」
「相手の怠慢が前提じゃないですか」
こっそり近づいて、突撃する。ルイの考えていた作戦は、それがすべてだった。
呆れるような作戦だが、ルイは何も考えなかったのではない。
戦争経験者に塹壕の攻略方法を聞き、突撃するしかないと言われたからだ。
「塹壕戦は、最後は突撃するしかないと聞いたが……」
「それは、十分に距離を詰めてからですね」
ただそれは、十分に距離を詰めてからという話。
そこに誤解があったため、ルイはこの無謀な作戦を実行しようとしてたのだ。
「突撃できる距離までは、穴を掘って進みましょう。土嚢で仮陣地さえ構築しておけば、賊に突っ込んでこられても楽に戦えます」
「そんなものか」
「賊にとっても、塹壕戦を徹底される方が面倒な筈です。憎らしい敵なら、存分に嫌がらせをしましょう」
実戦経験者であるトウリの指摘は、ズバズバとルイに刺さった。
ルイとしては、妻を捕らわれている以上、時間をかけたくなかったが……。
彼女の指摘は、的を射ているように感じた。
「トウリ以外にも軍の経験者はいる。相談してきてもいいか」
「どうぞ」
そこでルイは、ドクポリ解放戦線にもいる元兵士に相談に行った。
本当に塹壕戦に徹するべきか、奇襲にも十分勝算はあるか、という意見を得るために。
「真面目に戦うなら、そりゃ塹壕のほうが良いだろう」
老兵から返ってきたのは、そんな返事だった。
その兵士は五十歳の手前で、家族を戦争に奪われ天涯孤独、今や死を待つだけの存在だった。
「ジェンさん、どうして教えてくれなかったんだ」
「聞かれなかったからな」
老兵ジェンは死に場所を探していただけで、真面目に戦うつもりはなかったらしい。
人生の最期にひと華咲かせて、戦友の下に向かうつもりだったのだとか。
彼の言葉を聞いたルイとトウリは、ため息をついた。
「だ、そうですが。ルイ兄さんは真面目に賊と戦いたいのか、華々しく散りたいのか、どちらですか」
「……」
……トウリと元兵士ジェンの意見を聞いたルイは、渋々ながら納得し。
「分かった、準備不足だ。退こう」
「賢明な判断です、ルイ兄さん」
その場で、撤退を決断した。
「ありがとう。よく教えてくれたトウリ」
「……いえ、こちらこそ差し出がましい意見を言いました」
ルイは焦る気持ちを必死に抑え、全員に後退を指示する。
かくして、決戦は一週間後に延期となり。
今度はしっかり塹壕戦の準備を整えて、改めて出陣することとなった。