TS衛生兵さんの成り上がり   作:まさきたま(サンキューカッス)

219 / 223
211話

 

 昨日の夕餉で談笑した友人が、泥の中で転がっていた。

 

 大腿がチリチリと黒く焦げ、足首から先がねじ切れていた。

 

「こんな、そんな」

 

 嗅ぎ慣れぬ異臭が、ツンと鼻についた。

 

 それが肉の焼けた匂いなのだと、まもなくルイは気が付いた。

 

「あ、ああっ……。助けて、ルイさん」

「死ぬ、死ぬ。ァー……、ァー」

 

 全身が焼けただれた兵士は、ルイにすがるように声をかけた。

 

 その隣ではうつ伏せの兵士が、いびきのような呻きのような寝息を立てて眠っていた。

 

「待ってろ、すぐにマリッセを呼んでくるっ!」

 

 重傷な兵士にそう声をかけ、ルイは衛生部へと走った。

 

 仲間の治療を依頼するため、そしてマリッセの無事を確かめるため。

 

 マリッセの籠っていた塹壕拠点は、前線のすぐ後方に作られていた。

 

 それはさきほど、敵の榴弾が直撃した場所。

 

「マリッセ! マリッセは無事か!!」

 

 マリッセはトウリを除いて唯一、ドクポリ解放戦線で医療知識を持った人間だった。

 

 彼女が無事なら、さきほど負傷した兵士も助けられるはずだ。

 

「無事、か……」

 

 ルイは無我夢中で、衛生部だったはずの塹壕区画へ駆け込んだ。

 

 大切な妹分の、安否を確かめる意味を込めて。

 

 

 

 ────しかし、彼がたどり着いた先にあったのは。

 

 うつぶせになった女性が、黒焦げになって転がっている姿だった。

 

「……」

 

 おそらく榴弾の爆風を、至近距離で受けてしまったのだろう。

 

 ソレが原形をとどめていることが、すでに奇跡だった。

 

「……マリッセか? お前」

 

 ソレは何も答えない。

 

 しかしボロボロに焦げた衣服は、見覚えのある服装。

 

 間違いなく、『彼女』が身に着けていたもの。

 

「────ぁ」

 

 きゅうっと、喉の奥が締め付けられた。

 

 意図せず、かすれた声が零れ落ちた。

 

「あぁ、あ」

 

 フラフラ、と。ルイは黒焦げの体躯へ向かい、歩いていく。

 

 違う、そんなはずはないと、自分に言い聞かせて。

 

「────マリッセ」

 

 ソレの傍に、膝をつき。

 

 炭化している足先に、女物の靴が転がっているのを見て。

 

 ようやくルイの脳は、その物体がマリッセだと認めた。

 

「……何で?」

 

 つい昨晩、ルイは彼女と笑いあった。

 

 ほんの数分前、敵の戦車が榴弾を撃ち込む直前まで、マリッセはピンピンとしていた。

 

「おかしい、どうして、そんなはずはない」

 

 トウリは問うた。本当に、作戦を決行してもいいのかと。

 

 作戦前。村で楽しく会話した『その瞬間』に、戻りたくてたまらなくなる時がくるかもしれないと。

 

「だってマリッセは最後尾で、安全な場所にいたはずで!!」

 

 ルイは震えながら、その身体を仰向けに起こした。

 

 マリッセは口から黄土色の体液を零しながら、ゴロンと仰向けに転がった。

 

「起きろ、マリッセ!!」

 

 ルイが叫んだその直後、賊たちが鬨の声を上げた。

 

 攻勢を仕掛けてきたのだ。まもなくここへ、突撃してくるのだろう。

 

「……賊」

 

 だが、ルイは逃げなかった。いや、逃げようという気力が湧かなかった。

 

 マリッセを置いて、立ち去ることなどできなかった。

 

「……あいつら、が」

 

 ルイは静かに、銃を構えた。

 

 そして賊たちの声がした方を、憎悪を燃やし見つめた。

 

 殺してやる。一矢報いてやる。マリッセをこんな風にしやがったやつらを許さない。

 

 ここで自分が果てようと、この恨みを晴らしてやる。そんな昏い覚悟が、ルイの脳裏を焼いた。

 

「げほっ、げほっ」

 

 しかし、その直後。

 

 黒焦げのソレは、なんと大きくせき込んだ。

 

「……っ!? マリッセ、生きてるのか!?」

 

 それはいかなる奇跡か、マリッセにはまだ息があったのだ。

 

 ルイは驚き、再び彼女に駆け寄った。

 

「げっほ! げっほ!」

「落ち着け、深呼吸しろ!」

 

 おそらく爆風を受ける直前に頭から倒れこんだのだろう。

 

 ……よく見れば。黒焦げなのは下肢だけで、マリッセの上半身は比較的軽傷だった。

 

「……ぅ」

「マリッセ! 寝るな!」

 

 しかし、彼女が虫の息であることには変わらない。

 

 マリッセがまだ生きているのは、奇跡に近かった。

 

「くそ、呼吸が浅い」

 

 ルイに医学知識はない。だが、彼女が虫の息だというのは分かる。

 

 皮膚は赤く腫れ、焦げた部分から黄色い浸出液がしみだし、焦げた衣服を濡らしてる。

 

 おそらく、すぐ治療をしなければ助からない。

 

「そうだ、トウリ。トウリが、戻ってきてくれれば────」

 

 この状況で、マリッセを治せるとしたら彼女しかいない。

 

 トウリとはさっき別れたところだ、呼べば来てくれるかもしれない。

 

「トウリ、助けてくれ! マリッセを、どうか!」

 

 ルイはあらん限りの声で絶叫した。

 

 敵に見つかる可能性も、何もかも織り込み済みで。

 

「頼む!! 衛生兵(メディック)衛生兵(メディーック)!!」

 

 半ば祈るように、半ば怒るように、彼の声は塹壕に木霊する。

 

 ルイは大切な義妹を救うため、あらん限りの声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

「●、●●!!」

「●●●●」

 

 しかし。

 

 そんな彼のもとに駆け付けたのは、無数の賊徒だった。

 

「あ、ぁ、あ────」

「●●、●」

 

 ルイの叫びを聞いて、賊がワラワラと押し寄せてきたのである。

 

 その姿を見て、ルイの顔から血の気が引いた。

 

「この野郎ォォォォォ!!!!」

 

 ルイは半狂乱になって、狙いも定めず小銃を乱発した。

 

 何かを考えての行動ではない。無我夢中だった。

 

 弾が切れるまで、壁に隠れた賊に向かって、無我夢中に撃ち続けた。

 

「●●●!!」

「へぶっ……」

 

 やがて、弾が尽きた後。賊が撃ち返した銃弾は、ルイの体躯を貫いた。

 

 詰めてきた賊は、少なく見ても十名ほど。小隊規模らしい。

 

 人数に差がありすぎて、勝てるはずがなかった。

 

「ぇ、ぇ、ぁ……」

「●●●●! ●●ァ!」

 

 ルイは胸と腹から血を噴き出して、その場に倒れ伏した。

 

 賊たちの嘲笑が、塹壕に響き渡った。

 

「ま、り……」

 

 彼にできたせめての抵抗は。

 

 マリッセを庇って、覆いかぶさることだけだった。

 

「ち、く、しょ……」

 

 

 ────後悔をした。

 

 ルイは、こんな作戦を決行したことを後悔した。

 

 トウリの言ったとおりだった。そもそもが、無謀すぎる作戦だった。

 

 彼女は何度も制止した。しかし、命を懸けてでもやらねばならないと強行したのはルイだ。

 

 その結果が、この結末。ルイは命を落とし、マリッセに覆いかぶさって最期を迎える。

 

 これでは妻を助けるどころか、義妹を道連れに自殺しただけじゃないか。

 

「────ぅ」

 

 やがて、ルイの身体から痛みが消えた。

 

 すっと、気持ち悪い眠気が襲ってきた。

 

 体の中から大切な何かがごっそり抜けていくような、不穏な感覚。

 

 視界が、暗くフェードアウトしていく。

 

 義妹(マリッセ)の末期の息遣いを、かすかに感じるのみ。

 

 これが最期の時なのかと、ルイはおぼろげに理解した。

 

「……」

 

 そして。

 

 ルイがゆっくりと、意識を手放しかけた、その瞬間。

 

 

 

「────ジェンさん、制圧射撃」

「おおおおっ!」

 

 

 小柄な少女兵が老兵を引き連れて、矢のごとく突っ込み。

 

 銃弾を叩き切っているような、不思議な夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────はっ!」

「意識が戻りましたか?」

 

 少しの間、まどろんだあと。

 

 やがてルイは、夕焼け空の下で意識を取り戻した。

 

「……あれ? 俺、生きてる?」

「ギリギリですけどね」

 

 うっすら目を開けた先に、見慣れた優しい顔があった。

 

 それは孤児院の後輩、トウリ・ノエルだった。

 

「治療が間に合ったようで、何よりです。救援のおかげですね」

「救、援?」

「先ほどオースティン正規軍が、助けに来てくれたのですよ」

 

 彼女はクスクスと、悪戯っぽい表情でそういった。

 

 見れば、周囲には正規軍衛生部の赤十字のテントが立ち並び。

 

 その病床の一つに、ルイは寝かされていたようだった。

 

「……なんで、正規軍が?」

「たまたま慰安旅行で、近くに来てたらしくて」

 

 彼に巻かれた包帯も、繋がれた点滴も、何もかも正規品である。

 

 トウリの言う通り、正規軍が助けに来てくれていたらしい。

 

「それで、ドクポリに敵がいるって報告したら、動いてくれたんですよ」

「なんで、こんな辺鄙なところに慰安旅行を?」

「穀倉地帯でも観光したくなったのではないでしょうか? いやあ、幸運ですね」

「……こじつけが過ぎるだろ」

 

 そのトウリの白々しい態度を見て、ルイは察した。

 

 たまたま、こんなところに正規軍の兵士が旅行に来るわけがない。

 

 オースティン政府も、ドクポリを何とかしようと考えていたのだ。

 

「あ。そうだ、マリッセは!?」

「……生きてはいますよ」

 

 ルイは安全を確認した後、死にかけの義妹の様子を思い出した。

 

 そうだ、彼女は大やけどを負っていて……。

 

「何とか、一命はとりとめました」

「そうか!! よ、良かった……」

「ギリギリでした。あとちょっと遅れていたら、どうなっていたか」

 

 トウリはそう言って、ルイに微笑んだ。

 

 マリッセが助かったと聞き、ルイは安堵で瞳に涙を溜めた。

 

「正規軍に『神の手(ゴッドハンド)』がいて助かりました」

「そうか、その人にも感謝しないとな」

「お礼なら、お酒を持っていくと良いでしょう。酒以外に興味がないんで、その女性(ヒト)

 

 しかしトウリは微妙な表情で、苦笑いすらしている。

 

 何だか含みがあるような言い方だった。

 

「ただマリッセ姉さんの足は、どうしようもありませんでした」

「っ!」

「……残念ながら、切断になったそうです」

 

 その言葉を聞いて、ルイは頭に衝撃を受けた。

 

 きっと、トウリたちも必死に治療をしてくれたのは分かる。

 

 命が助かっただけで奇跡。マリッセは二度と歩けない。

 

 だが、やはりショックだった。

 

「被害は、それだけじゃありませんよ」

「それだけじゃない?」

「姉さんを含め、ドクポリ解放戦線は七名の死者と、十四名の重傷者が出ています」

 

 追い打ちのように、ルイは味方に死者が出たことを知った。

 

 グラっと、ルイは頭を殴られたような痛みと、吐き気を催した。

 

「そ、そんなに? みんな、すぐ逃げたじゃないか」

「賊の追撃です。自分とジェンさんで、被害は減らしたつもりですが」

 

 そう、マリッセが奇跡的に助かっただけであり。

 

 壊走したドクポリ解放戦線は、手痛い被害を受けていた。

 

「う、あ、あ……」

 

 その死者の中には、十代の少年もいたという。

 

 味方の撤退を支援しようと、果敢にも賊に突っ込み、ハチの巣にされてしまったのだとか。

 

「俺が、無謀な作戦を立てたから」

「……その命は、無駄ではありません」

 

 ルイは、その少年を引き入れた時のことを覚えていた。

 

 賊を殺してやると義憤を燃やした、正義感のある少年だった。

 

「彼らのお陰で、賊どもは戦車を使わざるを得なかったのです」

「戦車……」

「それが、正規軍を動かすきっかけになりました」

 

 トウリは悲しそうに目を伏せ、話をつづけた。

 

 彼女は、オースティン正規軍を動かす『理由』をずっと探していたそうだ。

 

 しかし偵察だけでは、証拠を集めることはできなかった。

 

「貴方たちが立ち上がったから、エイリスは新兵器『戦車』をお披露目したのです」

「俺たちが、立ち上がったから?」

「それはエイリス政府の介入を示すには、十分な証拠になりました」

 

 そう言ってトウリは、一枚の写真を取り出した。

 

 ……そこには、煙を上げて燃える戦車が写されていた。

 

「この写真のおかげで、軍が動けたのです」

「あれ、戦車燃えてね?」

「オースティン軍がすぐに出動して、一日でドクポリを攻略しました。ルイ兄さんたち、『市民』が立ち上がってくれたおかげです」

 

 政府だけでは、外交のしがらみに囚われてドクポリに手を出す事が出来なかった。

 

 ただの市民であるルイが立ち上がったからこそ、軍が動けたのである。

 

「そうか、賊は殲滅されたんだな!? 俺の、妻は。捕まっていたオースティン人は!?」

「残念ながら、基地内に捕虜はいませんでした。おそらくは、輸送されたものと思われます」

「……そんなっ!」

 

 だがしかし、ドクポリの拠点の中に囚われたオースティン人は存在しなかった。

 

 賊は、オースティン人を奴隷としてフラメールやエイリスに輸送していたことが分かっている。

 

「じゃあ、どうすれば!」

「外交部として、捕虜の返還交渉に向かう予定です」

 

 ルイが思わず激怒して、大声で叫ぶと。

 

 トウリも同じく、怒りで声を震わせて答えた。

 

「ただで済ませる気はありません。世界中に働きかけて、糾弾する予定です」

「トウリ……」

「ここから先は、政府の仕事。歯がゆいとは思いますが、もう少しだけ待っていてください」

 

 トウリの怒りに、ルイは思わず口を噤んだ。

 

 彼女自身、エイリスの横暴には激怒していたのだろう。

 

「……ごめんなさい、兄さんたちを矢面に立たせてしまって」

 

 その後、ポツリと。

 

 トウリは、ルイに申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「トウリ?」

「本来なら政府が、こうならないよう立ち回るべきでした」

 

 トウリは、酷く辛そうな顔をしていた。

 

 ルイにはどうして、彼女がそんな顔をしているのかわからなかった。

 

「どうしてトウリが謝るんだ。政府が悪いんだろう?」

「自分は、官僚だったのです。今回の件のために、辞職しましたけどね」

「か、官僚?」

「戦後は、外交官をやっていました」

 

 トウリは自嘲気味に、懺悔するよう目を閉じた。

 

「エイリスと、ドクポリの賊討伐に関して交渉を続けていたのは自分なんです」

「トウリ……」

「自分の交渉では、譲歩を引き出せませんでした。ルイ兄さんの奥さんが攫われたのは、自分の不手際なのです」

 

 ルイは何度も、政府に軍の出動を要請した。しかし『外交上の問題』として正規軍は動かなかった。

 

 動きたくても、動けなかったのだ。下手をすると、再び『世界大戦』が始まってしまうから。

 

「ここ数年で何度もエイリスを訪れましたが、暖簾(のれん)に腕押しでした」

「なるほど」

「このまま交渉を続けても埒が明かないと思い、力技に出ることにしたのです」

 

 トウリもドクポリに関して、やきもきとしていた。

 

 賊による被害は増えていく一方。このまま指をくわえてみているわけにはいかない。

 

 そこで、

 

「自分は私用でドクポリに向かったという建前で、偵察を強行したのですよ」

「……おお」

 

 トウリは無茶を承知で、職を辞して『一般人』として、自らドクポリに乗り込んだのだった。

 

「一人で戦うつもりだったのか?」

「まさか。懇意にしている部隊に、『たまたま』近くに旅行してもらってました。そして、奇襲を仕掛けていただくプランです」

「そんな屁理屈、許されるのか」

「許されませんよ、エイリスの正規軍が関わっているという証拠でもない限り。もし自分が証拠を見つけられなければ、そのまま帰って頂く手筈でした」

 

 トウリはそう言って、ヒラヒラと写真を振った。

 

 燃え盛る戦車の前で治療をする彼女が写った、一枚の写真。

 

「この写真が決定打になるのです。ルイ兄さん、これがあなた達の戦果です」

「お、おお」

「どうせエイリスは屁理屈を並べてくると思いますが、論戦はオースティン外交部に任せてください」

 

 トウリはその写真を大切に仕舞い込んで。

 

 何かを思い出したように、少しだけ微笑んだ。

 

「議長のアルノマさんは、正しい判断を下してくれるでしょう」

 

 彼女はそう言うと。

 

 遠く、東の空を見上げて一礼した。

 

 




次回、最終話
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。