TS衛生兵さんの成り上がり   作:まさきたま(サンキューカッス)

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28話

「爆音が止んだ……」

「終わったみたいですね」

 

 

 マシュデール防衛戦、2日目の夕方。

 

 敵サバト軍は、本日もマシュデール堡塁を突破する事が出来ず、引き上げていきました。

 

 レンヴェル少佐指揮するマシュデール戦線は、敵よりはるかに少ない兵力で2日目も迎撃に成功したのです。

 

「……推定被害はどのくらいでしょうか」

「医療部で看取っただけでも100人は超えるぞ」

 

 しかし、初日との大きな違いはオースティン兵にも多大な被害が出たという事です。

 

 魔法による遠距離砲撃は、塹壕や堡塁に籠る防衛部隊にとって最も効率的な攻撃です。

 

 どんなに強固な防御魔法を展開していても、崩れてきた堡塁に生き埋めにされては助かりようがありません。

 

 

「これを繰り返されたら、明日にでも落ちるかも……」

 

 何より問題なのは、本日の敵の攻勢で堡塁の一部が損壊してしまったことです。

 

 急遽、前線では損壊部位に塹壕を慌てて掘っているそうですが、明日までに間に合うかどうか分かりません。

 

 そもそも、明日まで敵が待ってくれるかも不明です。間髪入れず、夜襲を掛けてくる可能性だってあるのです。

 

「むしろ、今日どうして引いてくれたんだ?」

「サバトとしても、今日中に攻め切る必要はなかったんでしょうね。我々の迎撃体制から、残存兵力が少ないのはバレているでしょうし」

「ゆっくり確実に攻略しに来たわけか」

「ええ、元より自分達に勝ち目のない戦いです。我々は、避難民と物資輸送のための時間稼ぎが出来れば十分でしょう」

 

 サバト側には、マシュデール攻略にあたり時間制限なんてありません。

 

 むしろ、たっぷり時間をかけた方が後方から物資が届いて有利になります。

 

 彼らは既に、戦争の勝利者なのです。主力の殆どを失ったオースティンを、いかに被害少なく占領するかが重要です。

 

 だからこそ、本日は余裕をぶっこいて撤退していったのでしょう。

 

「マシュデールが落ちる日が来るなんて、想像だにしていなかった」

「自分も同じ気持ちです」

「逃げ遅れて敵に捕まっちまったら、どうなると思う?」

「嬲り殺しにでもされるのではないでしょうか」

 

 敵サバト兵の憎しみは、深く根強いです。

 

 ロドリー君が敵を激しく憎んでいるように、彼らも我々を恐ろしく憎んでいるでしょう。

 

 だからこそ、捕まった時に凄まじい悪意に晒されることは想像に難くありません。

 

 

「……この方も、お看取りです。外に運び出してください」

 

 

 前線の医療本部は、腐った屍肉の匂いで充満していました。

 

 自分たちの服には数多の血痕がこびりついていて、ギトギトと脂が光っています。

 

 しかし、自分たちに着替えたり休んだりする時間はありません。治療対象者に対して、癒者が少なすぎるのです。

 

 

「先生、指が千切れちまって」

「これは、残念ですが潰れてしまってますね。結合は無理です、このまま止血します」

「背中が火傷で痛くて痛くて」

「大丈夫、これならまだ死なないさ。看護師さん、誰か彼に軟膏を塗ってあげてください」

 

 やはり野戦病院は、修羅場です。

 

 まだ徹夜2日目なので自分は体力に余裕はありますが、若手のケイル先生が心配です。

 

 今のところ、眠気が超過してハイになったのか、彼は休むことなく働き続けてくれていました。

 

 目が虚ろになってきていますが、意識はしっかり保っています。

 

「先生、次の患者です」

「ああ、ジャンジャン連れてきたまえ」

 

 あの感じですと、明日くらいに糸が切れたかのように失神して眠ると予想されます。

 

 そうなったら、自分一人で頑張るとしましょう。

 

「うーん、回復魔法が要るね。薬、薬、と……」

「あれ、さっきも飲んでいませんでしたっけ」

「僕はまだ若いんだ、臓器だって健康さ」

 

 ケイルさんはいつの間にか、随分とキマっている様子でした。

 

 あの濁った目は懐かしいですね、初めて秘薬を飲むと結構キマりやすいのです。

 

 自分の同期の衛生兵は、初めて薬に頼った時はキマリ過ぎて1週間くらい起きていたと言ってました。

 

「あはははは、漲る、漲るぞぉ!」

「トウリさん、この薬大丈夫なんですか?」

「少なくとも自分は、割と大丈夫でしたよ」

 

 秘薬には覚せい剤成分に加え、ステロイドとかアルコールとか色んなものが入っているっぽいので、前世基準だと絶対アウトですけど。

 

 こういう自分の限界を超えて働かないといけない場所では、実に有用だったりします。

 

 強いて文句をいうなら、自分はこの薬を飲み始めてから身長が伸びなくなった事ですかね。

 

「これくらい気分が高揚しないと、恐怖に飲まれますからね」

「……」

 

 恐らく今夜は徹夜でしょう。何なら、戦闘終了までずっと寝れない可能性の方が高いです。

 

 それならば、多少ハイになってもらって限界まで稼働してもらった方が助かります。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ヴェルディさん」

「ぐぅううむ……、ゴホゴホ」

「……げっ。今すぐこの人を、街内の医療本部に搬送お願いします」

 

 因みにこの日、ヴェルディ伍長がかなりの重傷で運ばれてきて少し焦りました。

 

 街内の医療本部で頑張れば助かりそうだったので、急いで運んでいってもらいました。

 

 ロドリー君やアレンさんは無事でしょうか。

 

 ガーバック小隊長殿は……、どうせ死なないでしょう。致命傷でも真顔でスタスタ歩いてきそうです。

 

「……肺塞栓だ。搬送急げ!」

 

 ヴェルディ伍長は、本部のクマさんの必死の治療で生き長らえたそうです。

 

 しかし戦線復帰は1週間後だそうで、事実上のリタイア。

 

 1週間もマシュデールが持つとは思えません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────深夜。

 

「手伝いに来た」

「アリア少尉殿」

 

 それなりにキマったケイル氏と自分が変なテンションで治療を続けていると、助っ人が現れました。

 

 それは何と、アリア少尉殿でした。

 

「私は元々、看護兵志望だったからな。応急処置は任せてくれ」

「おお、そうでしたか」

「私に砲撃魔法の適性さえなければ、今衛生部に所属していただろう」

 

 アリア少尉殿は、元々は看護兵として後衛勤務を希望していたそうです。

 

 しかし士官学校で適性を調べてみれば、これ以上ないくらい砲撃魔法適性を持っていました。

 

 これを受け、彼女は魔導士の道を進み看護兵になる夢を断念しました。砲撃魔法使いも衛生兵に負けず劣らず希少であり、遊ばせておく余裕なんて有りません。

 

「それと、ヴェルディの容態はどうだ?」

「それなりにヤバくはありました。ただ、早めに運び込んでもらえたので助かると思います」

 

 アリア少尉は、ヴェルディ伍長の様子を尋ねて来ました。

 

 従兄弟だそうなので、心配だったのでしょう。

 

「……それは良かった。あと昼間に1人、ここにダラットという魔導兵が運ばれてこなかったか」

「魔導兵でしょうか。……すみません、治療対象の兵科の確認は怠っておりました」

「いや、別にいい。少し彼の容態が気になっただけでな」

 

 アリア少尉は手伝いながら、色々と自分に聞いてきました。

 

 もしや彼女は、知り合いが心配で我々の手助けを理由にお見舞いに来たのでしょうか。

 

「ダラットさんは、アリア少尉の部下の方ですか?」

「ああ、うちの魔導中隊のメンバーだ。……私の撤退の判断が遅れて、敵の爆撃に巻き込まれてしまった」

「でしたら少尉、ここはあくまで診療所です。病床はマシュデール役場の中に設置されており、重症な方はそちらに搬送されます。ご心配でしたら病床に行かれてはどうでしょう」

「……いや。少し気になっただけなんだ、彼の見舞いが本題ではない」

 

 少尉はかぶりを振って、負傷者の処置を手伝い始めました。

 

 見舞いも兼ねて、処置の手伝いに来てくれたといったところみたいですね

 

 いずれにせよ、一人看護兵が増えるだけで大助かりです。アリア少尉がそう言うのであれば、ありがたく手伝ってもらう事としましょう。

 

 

「……先生、治療待ちの列で倒れている人が」

「トリアージはどうなってる?」

「赤です」

「看取れ」

 

 

 治療を続けている間に、また一人殉職者が出た様子でした。

 

 トリアージ、というのは重症度に合わせ患者に付けたタグの事です。

 

 赤い色のタグの意味は『集中治療を行わねば死ぬ重症度』。

 

 つまり、全力で治療しても助かるかどうか分からない人です。

 

「トリアージが赤なのに、列に並ばせていたのか?」

「……ええ。赤の方は、並んだままにしております」

 

 普通の病院であれば、トリアージの赤は最優先の救命対象です。

 

 しかし、戦場においては『助けるとコストパフォーマンスが悪い』患者さんと言えます。

 

 なのでトリアージが赤の患者さんは、自分の判断で街の中に搬送せず捨て置くことにしました。

 

 

「……殉職した人は、どうしてる?」

「城壁に沿って並べています」

 

 

 死体の処理として、事前に穴を掘っておき死体を入れておくと燃やしやすいし埋めやすいのですが、我々にそんな時間的余裕はありませんでした。

 

 亡くなった戦友は、無造作に大地に転がされて放置されています。

 

 きっと彼らは、サバト兵にマシュデールを占領された後に供養もされず野晒しになると予想されます。

 

 できれば、同胞である我々の手で埋葬してやりたいのですが、そんな余裕はどこにもないのです。

 

「……分かった」

 

 アリア少尉は黙したまま、殉職者の足を持って運んでいきました。

 

 その遺体の人に赤のトリアージを付けて、見殺しにする判断をしたのは自分です。

 

 ……今日だけで自分は、100人以上を見殺しにしたことになります。

 

 

 自分は、死んでも天国には行けそうにないですね。

 

 

 

 

 

 

「……少尉?」

「ああ、いや」

 

 死体置き場から戻ってくると、アリア少尉は涙声になっておりました。

 

 どこか、憔悴している様にも見えます。

 

「……その、もしかして」

「ああ。居たよ」

 

 そんな彼女の様子を見て、自分は察しました。

 

 彼女が心配していた部下が、どうなってしまったかを。

 

「助からんとは思ったが、やはり目の当たりにするとなぁ」

「……アリア少尉、部下を失ったのは初めてですか?」

「いやいや。これでも、君よりずっと長く戦場で生きてきたんだ。部下を失うくらい、何度も何度も経験してきたさ」

 

 そのアリア少尉の部下には、やはり赤いトリアージが付いていたそうです。

 

 自分が、その重症度から見捨てる判断をした方の様です。

 

「ただ」

 

 アリア少尉は、看護兵志望です。

 

 無論、赤いトリアージの意味くらいは理解したでしょう。

 

 そして、この前線本部で誰がトリアージを行っていたかも把握しています。

 

 

「ボーイフレンドを失ったのは、初めてかな」

 

 

 どうやらアリア少尉の恋人は、自分が見捨てたようでした。

 

 

 

 

 

 

「私は、性格がキツい方だから。あんまり、寄ってくる男はいなかった」

「そんな風には、見えませんけど」

「普段はもっと威張ってるんだぞ? 隊長って肩書きを持ってしまうとな、どうしても威厳が必要なんだ。部下を従える能力がそのまま、部隊の生存率に直結するからな」

 

 少尉は、力なく笑いながら自分の隣に腰かけました。

 

 そして、目の前で呻いている患者に包帯を巻くのを手伝ってくれました。

 

「上に立つものは、怖がられるのが仕事。特に私を親の七光りと、嫌う部下も多かったさ」

「……」

「でも、ダラットは子犬みたいな男でな。どんなに怒鳴られようと、ずっと私の回りをピョコピョコついてきた」

「……」

「最初は相手にもしなかったんだが、あんまり懐かれるもんで絆されてな。いつしか、そういう関係になってた」

 

 アリア少尉に、自分を怨むような素振りはありませんでした。

 

 ただ、自嘲するかのような口調で、恋人との思い出を語るのみでした。

 

「分かってたのになぁ。こんな戦場(ばしょ)で、恋なんてすべきじゃないって事くらい」

「それは」

「ああ、迂闊だった。……前線兵を援護しようと焦るあまり、私の中隊は敵の砲撃の範囲内に入ってしまっていたんだ」

「……」

「結果、ダラットは詠唱中に敵炎魔法の直撃を食らった。彼が助からないのは……自分だって理解していた」

 

 そういえば、と自分は思い出しました。

 

 凄まじい火力で全身を火傷しており、救う手立てがなく看取った兵士が居たことを。

 

「……その。もしかしたら、ダラット氏を看取ったのは自分かもしれません。彼はもう救命が難しい状態でしたので、その」

「ああ、安心してくれ。彼が爆撃を食らったのも、私の判断ミスだ。君は、何も気にする必要は無いさ」

「……」

 

 自分は彼が騒がないよう、淡々と睡眠薬を飲ませて昏倒させました。

 

 ダラット氏が最後に何か言おうとした言葉さえ、聞こうとしないまま。

 

「彼を看取ってくれてありがとう」

 

 その言葉を最後に、少尉殿は一切話さなくなりました。

 

 

 

 

 

 

 その後、深夜までずっとアリア少尉は、自分達医療部の仕事を手伝い続けてくれました。

 

 

「……あの、少尉殿」

「何だ」

 

 

 それは、彼女なりの贖罪だったのでしょうか。

 

 それとも、何も考えたくなかったから無心に手伝ってくれていたのでしょうか。

 

 

「もう、日付が変わります。少尉は、明日の戦闘に備えて休養すべきです」

「……そうか。もう、そんな時間か」

 

 

 アリア少尉は、結局。

 

 夜遅くまで延々と、医療部の手伝いをし続けたのでした。


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