TS衛生兵さんの成り上がり   作:まさきたま(サンキューカッス)

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37話

 無条件降伏。

 

 それは戦争の終結において、もっとも屈辱的な結末の一つです。

 

 

 シルフ攻勢により西部戦線を突破された後、各地で虐殺・略奪を行いながらサバトはオースティンを侵略していきました。

 

 その間、政府は必死でサバトと停戦交渉を続けたようですが全て棄却されました。

 

 そして本日、オースティン政府はマシュデールが陥落した事実を受け、とうとう無条件降伏に踏み切ったのだといいます。

 

 

 

「……そっか」

 

 政府が無条件降伏を宣言したことは、その晩の間に味方兵士全体に知れ渡りました。

 

 これで我々は、サバトの植民地のような扱いになってしまうのでしょう。

 

 しかし、それでも。

 

「やっと、終わるのか」

 

 兵士たちの反応は悲嘆にくれる者ばかりではなく。

 

 茫然と肩の荷が下りたような、そんな顔をしていた兵士も多くみられました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……最後の問題は、いつサバトの最前線まで無条件降伏したことが伝わるかだ」

 

 政府が無条件降伏の声明を出した、その翌日。自分はガーバック小隊長と共に、再びレンヴェル少佐の元へ呼び出されていました。

 

 聞けば、マシュデールを偵察してきた兵士の報告によるとサバト軍は未だに周囲の村を焼き討ちし続け、また我々へ追撃を準備しているそうです。

 

 敵はまだ、侵攻を続ける気マンマンという事です。

 

「まだ、戦いは終わっていないという事でしょうか」

「ああ、最後の仕事だ」

 

 とはいえ、これは一応想定内の事です。

 

 自分の前世と違い、この世界の通信機器は魔法によるモノが主です。その有効範囲は精々、数㎞と言われています。

 

 サバトが破竹の勢いで我々の土地を進軍してきた以上、まだ通信環境などの整備が万全に済んでいるとは思えません。

 

 政府が発した声明文書をサバトの官僚が受け取って、停戦命令が最前線まで情報が往復するのに、多少ラグがあるのは仕方ないでしょう。

 

「俺達が無条件降伏しましたっつって叫んでも、撤退を誘う嘘に見えなくもねぇからな」

「向こうの上層部経由での、停戦命令があるまでは交戦状態が継続するという事でしょうか」

「ああ。少なくとも、俺達からの無条件降伏文書の受け渡しは今日の昼間だ。敵の通信網がどうなってるか知らないが、おそらく完全な終戦は明日以降になるだろう。最悪、数日かかる可能性もある」

 

 レンヴェル少佐はそう言うと、ふぅとため息をつきました。

 

 我々はまだ、無条件降伏を声高に叫んだだけです。文書で受け渡しすらしていません。

 

 敵の前線指揮官もこんな段階で無条件降伏を鵜呑みにせず、最初は「サバト軍を後退させるための偽情報じゃないか」と疑っている段階でしょう。

 

 サバトの上層部から停戦命令が出るまでその瞬間まで、我々の戦争は続くのです。

 

「では、どうなさるおつもりですか」

「敵の侵攻軍の偵察を続けながら、我々は敵に合わせて後退していこう」

「……足を早め、遠くに逃げなくてもよいのですか」

「俺たちが一目散に逃げたら、周辺の村の被害が増えるだけだからな。適度に俺達を警戒してもらいつつ、後退する方が良いさ」

 

 どうせもう戦わないんだしな、と少佐はくたびれた声で笑いました。

 

「敵さんもそれなりに被害があったから、マシュデールを制圧したまま息もつかず追撃してこないだろう。おそらく態勢を立て直してから追ってくるはずだ」

「……自分もそう思います」

「だから慌てて、尻尾巻いて逃げる必要はない。むしろ敵を警戒させ市民の略奪を牽制するためにも、敵の目に留まる範囲に俺達がいないとまずい」

 

 それが俺たちの最後の仕事だな、とレンヴェル少佐は続けます。

 

 自分達は、オースティンの軍人です。無条件降伏を宣言した後でも、民の為に行動せねばなりません。

 

 多少は危険な役目ですが、それがレンヴェル少佐なりの軍人としての矜持なのでしょう。

 

「ガーバック、また最後尾を頼むわ。ねぇと思うが、万一敵と接触したら上手く捌け」

「了解です、少佐」

「交戦しても、絶対に敵を殺すなよ? 降伏する意思を疑われたらヤバい」

「……無茶を仰る」

 

 そして、少佐殿はその命令を言い渡すために、自分達を呼び出したようでした。

 

 ガーバック小隊は、レンヴェル少佐の旗下に残った唯一のエース部隊です。割り振られるのはやはり、一番危険な場所なのでした。

 

「あと、トウリ1等衛生兵。お前は、戦後の身の振り方を今のうちに考えておきな」

「身の振り方、ですか」

 

 その話の最後、少佐は思い出したように自分に忠告してくれました。

 

「戦後、間違いなく軍は解体される。さすれば家族と故郷を失ったお前は、天涯孤独という事になる」

「……」

「後ろ盾のない女子の末路なんて、悲惨なもんだ。誰かに保護してもらっとかないと、金に困った民に攫われて奴隷としてサバトに売り飛ばされるかもしれん」

「それは……」

 

 確かに、それは少佐の言う通りです。

 

 身寄りのないまま自分みたいな小娘が生活していれば、人攫いの格好のカモになるでしょう。

 

「しかし、自分に誰か頼れる伝手などは……」

タクマ氏(クマさん)など、君が関係を持った医療従事者の伝手を頼るのを勧めよう。癒者として尊敬を集めている彼なら、戦後もそれなりの権力を持ってるだろう。あるいは、小隊の中の誰かに籍入れするのも良いだろう」

「……なるほど」

「本当は、命の恩も兼ねて俺の家で世話してやりたいんだが……。ま、それがちと厳しそうなのよな」

 

 少佐は、そのまま自分の頭を撫でました。そして、まるで孫を可愛がるかのような態度で、彼は言葉を続けました。

 

「流石に俺は、責任取らされるだろうから」

 

 

 ───そう。おそらく目の前にいるレンヴェル少佐は、戦後に敵国からそれなりの処罰を受けることになります。

 

 レンヴェル少佐は広い範囲の前線指揮官で、サバト兵を多く屠った張本人です。恐らく、生かされる事はないでしょう。

 

「……少佐は、何処かにお逃げにならないのですか」

「逃げたいよ? だから昨日から、ずっとガーバックに少佐にならないかって聞いてるんだ」

「その地位は、俺の手に余りますな」

「だけど、この一点張りよ。まったく、上司に対する敬意ってもんが足りない」

 

 くっくっく、と堪えきれない様にレンヴェル少佐は笑いました。

 

「ま、よくよく考えるといい。きっと、君の人生はまだまだ長いから」

「少佐殿……」

「話は以上だ。くれぐれも、せっかく生き残ったその命を無駄にするんじゃないぞ」

 

 そういって、歴戦の老人は優しく笑いながら自分を見送ってくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵も、のんびりだが追いかけてきてるな」

「やっぱり、補給を待って万全に攻めてくる様子ですね」

 

 マシュデールに駐屯しているサバト兵を見張る事、2日目。

 

 ようやく敵は、マシュデール郊外に布陣している自分達を目掛け出陣してきました。

 

 付近の村の制圧より、見えている位置の敵である我々を優先してくれたみたいです。

 

「撤退命令だ、奴らに追いつかれないように退くぞ」

「了解」

 

 やはり、まだ彼らに終戦の情報は届いていない様子でした。

 

 サバト兵は鼻息も荒く、自分達に遠距離銃や魔法攻撃を構えています。

 

「もしかして今日は、一日走り通しだったりします?」

「知らん、敵に聞け」

 

 幸いにもゴムージは、昨日のうちに負傷兵扱いでとっとと首都へ搬送されていました。

 

 実に危ないところでした。あの男を背負って愚痴を聞かされながらマラソンなぞさせられたら、凄まじいストレスだったでしょう。

 

「今ここで死んだら馬鹿みたいだぞ。死ぬ気で走れ」

 

 この日の戦いは、なんとか遠距離から砲撃しようとするサバト兵と、その有効射程から死ぬ気で逃げるオースティン軍という地味な勝負になりました。

 

 必死こいて逃げる我々を、追いかけるサバト軍。

 

 補給も十分、士気も高いサバト兵はかなりの速度で進軍してきたのですが、少佐殿はかなり安全マージンを取って布陣していたので敵の砲撃が自分達に届くことはありませんでした。

 

 結局、日が暮れる前にお互いかなり距離を取って、進軍を停止する形になりました。

 

「そういえば、自分達の魔導師部隊はいないのですか?」

「……少佐の権限で、先に撤退したそうだ。もう魔石も無いらしい」

「マシュデールにいっぱいあったように見えましたが」

「ふん、少佐殿は娘が可愛かったんだろうよ」

 

 撤退中、ふと味方部隊が敵に魔法で威嚇射撃してくれれば楽なのになと考えたのですが。

 

 どうやら少佐殿は、アリア少尉率いる魔導師部隊を既に撤退させてしまっていたそうです。

 

 ……何だかんだ、物凄く身内に甘いんですねあの人。

 

「それは本当で? 指揮官が公私混同ってマズいんじゃないですかい、小隊長」

「余計なことは考えるな。公私混同は多かろうと、軍命は軍命だ」

 

 ガーバック小隊長は舌打ちしながら、吐き捨てるようにそう言いました。

 

 レンヴェル少佐は優しそうな人ですが、その反面確かに身内贔屓も多そうです。

 

 どんな人にも多少の悪癖はあるという事でしょう。

 

「もしかしたら、何か深い理由があったのかもしれません」

「ねぇよ、どうせ。昔からあの人はそうなんだ」

「……もしかしてガーバック小隊長殿は、レンヴェル少佐をお嫌いなのですか?」

「その質問に答えて、何か意味があるのか?」

「いえ、何も」

 

 自分は余計なことを聞いてしまい、小隊長殿に睨まれました。

 

 薄々そんな気はしていましたが、やはりレンヴェル少佐とガーバック小隊長殿って相性良くなさそうです。

 

「ただまぁ、俺はあの人に頭は上がらん。それだけだ」

「そうなんですか」

「テメェの前では優しそうなツラしかしてねぇけど、元々あの人は理不尽な鬼だぞ? 思い出すだけで飯がまずくなる」

 

 小隊長殿は、珍しく忌々しげな声を出しました。

 

 驚いて彼の顔を見上げると、小隊長殿は顔をしかめていました。

 

 ……よほど、レンヴェル少佐に嫌な思い出があるようです。

 

「小隊長殿から見て、少佐はどんな人ですか」

「レンヴェル少佐は、いわば剣を振って戦ってた時代のエースだ。調子乗りで、酒乱で暴力的で、それでいてクソ強ェ」

「……」

「戦功は無駄に立てるせいで、周りの誰もあの人を止められなかった。まさに、戦場の暴君ってやつだな」

 

 ……それは、何処かで聞いたことのある話ですね。

 

「若い頃のレンヴェル少佐は、指導と名目して部下をいたぶることで有名だった。気に入ったやつはトコトン贔屓するし、仕事中に平気で酒飲むし、やりたい放題だったな」

「そ、それは」

「後方に引っ込んでからは随分とおとなしくなったが、今でも少佐殿の顔を見ると俺ぁ胃がムカムカしてきやがるのさ」

 

 堰を切ったように、ガーバック小隊長は勢いよくレンヴェル少佐の愚痴を言い始めました。

 

 成る程。小隊長と少佐の関係が、何となく分かりました。

 

 ついでに、人生で初めて小隊長殿に親近感を覚えてしまった気がします。

 

「もしかして小隊長殿は、レンヴェル少佐を見習って自分達を指導していたのですか?」

「は? 何で俺が少佐の真似をしなきゃならん」

「……いえ、別に」

「今のは聞き捨てならんぞ。俺が今まで、理不尽に罰則を加えたりしたか? え、トウリ?」

「あ、その、すみません」

 

 ……小隊長は、思わず突っ込んでしまった自分の失言に割と本気で怒りました。

 

 どうしましょう、はっきり言った方が良いんでしょうか。

 

 多少、その、ガーバック小隊長殿も、他の隊の小隊長と比べて暴力が苛烈なきらいがあるような……。

 

「小隊長。レンヴェル少佐殿は、どんな感じに理不尽だったんですかい?」

「ああ、聞けアレン。少佐は『欠伸が出そうだったのに貴様の顔を見て引っ込んだ』と言って顔面をブン殴ってきた人だ」

「想像以上に理不尽でした」

 

 優しそうに見えたのに、レンヴェル少佐ってそんな人だったんですか。

 

「何発、あの人に無意味に殴られたか覚えてねぇ。少佐が酒なんて飲んでた日にはもう、何しても殴られたもんだ。思い出しても腹が立つ」

「……ご愁傷さまです」

 

 ガーバック小隊長のその言葉の節々からは、深い恨み節を感じました。

 

 もしかしなくても、ガーバック小隊長の暴行癖はレンヴェル少佐譲りなのかもしれません。

 

 彼が自身が受けた指導経験から、苛烈な暴行が当たり前だと勘違いしているのでしょう。

 

「ただ。そんな無茶苦茶な性格でも、戦争で負けねぇのがあの人の唯一の取り柄だった」

「……」

「頭も性格もアレな上官だったが、あの人が負けてる姿なんて1度も見たこと無かった。そこは唯一、俺があの人を尊敬していた所だ」

 

 しかし最後に、ガーバック小隊長は少し寂しげにそう呟き。

 

「堂々と敵の前に姿を見せて被弾し、死にかけるとは。耄碌したんだろうな」

 

 小隊長殿はそう愚痴ったきり、話さなくなりました。

 

「……」

 

 自分には、そんな小隊長の愚痴の裏腹に、レンヴェル少佐の能力に対する信頼も微かに感じたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無条件降伏から、2日目。

 

「おい、サバトの連中、今日も攻めてきてますよ」

「待てばそのうち、停戦命令が届くって話じゃないんですか」

「あいつら、ちゃんと通信機器持って移動してんだろうな?」

 

 翌日も元気に、サバト軍は我々を追って首都方面に進軍してきました。

 

 報告を聞いた感じ、略奪をやめる様子も見受けられないとのことです。

 

「向こうの通信技術はどうなってんだ。もしかして、サバトって未だに伝書鳩とか使ってんじゃねぇの?」

「俺達は伝書鳩使ってる軍に負けたってか。笑えねぇ」

 

 自分達は辟易としながら、いつまでも戦いをやめてくれないサバト軍から逃げ続けました。

 

 ちゃんと最低限の通信設備が担保されていれば、1日以内に参謀本部からの指令は前線に届くはずです。少なくとも、オースティンの技術レベルではそうでした。

 

 だというのに、何故こんなにもタイムラグが生じてしまっているのでしょうか。

 

 

 それもそのはず、実はこの時戦っていたサバト軍は、前線の総指揮官が現地に出てきて指揮をふるっていたのです。

 

 その指揮官は自己判断で侵攻出来るだけの権力を持っていたので、マシュデールを占領した後、本部から「無条件降伏の声明あり、進軍を停止せよ」という入電を見る前に出撃してしまっていたのだとか。

 

 そして不幸にも、我々と全速力で追いかけっこをしてしまったせいで、この時サバトの通信限界距離を超えてしまっていたそうです。

 

 

 こうして無条件降伏の情報が最前線に届かぬまま、

 

「……なぁ、此処を越えられるのはまずくないか」

 

 サバト軍はいよいよ、首都へと続く最後の関門。

 

 ここを突破すれば首都へ直通してしまう、ムソン砦へと肉薄してきたのでした。


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