TS衛生兵さんの成り上がり   作:まさきたま(サンキューカッス)

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52話

「診療体制の、縮小を行おうと思います」

「おっ?」

 

 アリア大尉からこっそり耳打ちして貰った情報を受け、自分は早速行動を起こしました。

 

 部下の体力を保つために、休養時間を設定する事にしたのです。

 

「現状の負傷兵さんの数なら、おそらく現在の半分の規模の診療体制で間に合うと判断します」

「まぁ、結構空いてる時間もあるもんね」

「小隊の状態を鑑みるに、このまま不眠不休での診療を続けたら脱落者が出そうですので」

 

 本音を言えば徹夜に慣れて貰うのと、少しでも経験を積んでほしいので新米二人には働き続けてもらいたいのですが。

 

 この疲労状態のまま戦闘が発生して、多量の患者さんが搬送されれば地獄を見ることになるでしょう。

 

「そ、それってつまり?」

「時間交代制で、休養を設けます」

「やったぁぁぁ!!!」

 

 休養と聞いて看護兵さんから、歓喜の声が上がりました。

 

 ここの所、毎日パラパラと来る患者さんに深夜まで対応を余儀なくされていました。

 

 そのせいで皆が睡眠不足になっていたので、ちょうど良いタイミングでしょう。

 

「では本日の夕方から前半、後半に分かれて5時間ずつ休養を設定します。飲酒や外出は認めませんが、当直室ベッドを使用して睡眠を取って頂くのは許可します」

「はーい!」

「ではエルマ看護長、看護兵の前後半の振り分けをお願いします。衛生兵は、自分が振り分けます」

 

 具体的な休憩方法に関しては、時間帯を2つに分けて前半、後半と設定しました。

 

 これまでの傾向ですと、日勤である前半の方がやや患者が多くなることが予想されます。

 

 なので、不公平の無いように前半と後半は、日替わりで交代するつもりです。

 

「衛生兵の振り分けは、自分とアルノマさん。ケイルさんとラキャさんでお願いします」

「おや、この間は男同士、女同士で指導医(オーベン)組むって話じゃなかったっけ」

「勤務を分けるとなると、話は変わります。自分とラキャさんで組んでしまうと、男手が必要なときにどちらかを起こさないといけなくなっちゃいます」

「あ、そっか」

 

 チーム分けに関しては、あまり悩む必要が有りませんでした。

 

 自分とケイルさんのどちらかがいないと仕事が回らないので、ここを分けるのは確定です。

 

 後はラキャさんとアルノマさんをどう振り分けるかですが、単純に男手が足りる組み合わせを選びました。

 

 処置の痛みに耐えかねた兵士が暴れたりすると、どうしても男手が必要になるのです。

 

「では、そうですね。今日は前半が自分とアルノマさん、後半がケイルさん達で如何でしょう」

「了解、リトルボス」

「もしも手に負えないくらいの患者さんが来た場合は、応援を求めることがあります。そこは、ご了承ください」

「ああ、勿論」

 

 こうして、我が衛生小隊に初の休養が設けられたのでした。

 

 適切な休養は、部隊の仕事効率を上げてくれます。

 

 きっと、この休養が衛生小隊全体に上手く作用してくれることでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、リトルボス。ちょっと今時間あるかい?」

「ええ、患者さんが途切れていますので。どうかされましたか?」

 

 とまぁ、そんな初めての休憩だったのですが。

 

 いつも通りパラパラと姿を見せた患者も、夕方ごろには足が途絶えました。

 

 なので、交代時間までアルノマさんと歓談しつつ夕食のパンを食べていた折、診察室にケイルさんとラキャさんが姿を見せました。

 

「……ぐす。ぐすん」

「実は、さっきからラキャさんがずっと泣いてるんだ」

 

 部屋に入ってきたお二人を見れば、ラキャさんは目を腫らしてしゃっくりあげていました。

 

 ケイルさんは困った顔でそんなラキャさんを眺めていて、看護兵さんはオロオロとしています。

 

 泣く子の扱いに、苦慮しているようです。

 

「こんな彼女を一人にするのは可哀想でね。ここで、ラキャさんを休ませてやってくれないか」

「……分かりました」

 

 どうやら、ラキャさんはあの村落の光景がとてもショックだった様でした。

 

 道中でも、しばしば深夜にラキャさんの魘された声が聞こえていました。

 

 死体を見慣れている医療従事者ですらキツかったのです。一般人だったラキャさんにはトラウマに近い経験となったでしょう。

 

「駄目なの、トウリ小隊長。布団に入ると、怖いこととか嫌なことばっかり頭に浮かんじゃって……」

「……」

「こんな筈じゃなかったのに。もっと、楽しくてやりがいがある仕事だって聞いてたのに」

 

 彼女はそう言うと、顔を伏せて再び泣き出しました。

 

 ケイルさんもアルノマさんも、どう声をかけていいかと難しい顔をしています。

 

 2人とも子供はいなかったので、思春期ごろの女の子の扱い方は知らないのでしょう。

 

「トウリ小隊長はスゴいよね、私なんかよりよっぽど落ち着いて、心も強くて」

「……その」

「私には隊長みたいに落ち着いて仕事なんて無理よ。聞いてない、こんなの聞いてなかった。怖い、死にたくないぃ……」

「ラキャさん……」

 

 ラキャさんは、聞かされた話と現実とのギャップに苦しんでいるようでした。

 

 自分も徴兵検査の時、軍人から随分と都合の良い話ばかり聞かされた気がします。

 

 確か、

 

「『最後方だから安全な職場で、皆優しく教えてくれるよ』とか、『前線の兵士から女神のように慕われて、時には素敵な異性と恋仲になれるかも』とか、そんな感じの話を聞いていたのに」

「……」

「そんな話がどこにあるっていうのよ!!」

 

 そんな感じの事を、自分も言われましたね。

 

 詐欺以外の何物でもないです。正直どうかと思います。

 

「軍人さんは怖いし、昼間はマラソンだし、夜は体罰被害者の治療でほぼ徹夜だし。村の夢を見るせいで、もう3日も熟睡できてないし……」

「お、落ち着いてラキャさん」

「詐欺よ、こんなの詐欺よ。帰してよ、私をウィンに帰してよぉ!」

 

 やがてラキャさんは堰を切ったように泣き叫びました。ケイルさんが必死になだめますが、落ち着く様子はありません。

 

 これは……、この症状は自分も見たことがあります。

 

 自棄になりかけている新米兵士によく見られる、周囲に暴言を撒き散らし始める状態です。

 

「……」

 

 これは、早く対策しないと行けません。

 

 これが進むと鬱っぽくなって無言になり、ブツブツ言い始めます。

 

 最後には自殺したり逃走したり、殿方ならば軍規を破って婦女暴行に走ったりしてしまいます。

 

「落ち着いてください、ラキャさん。我々はちゃんと負傷兵の方々から、とても感謝されています」

「こんな過酷な労働環境とか知らなかったわよ……!」

 

 自分も宥めようと話しかけたら、ラキャさんは大泣きしながら癇癪を起こしました。

 

 ……ぶっちゃけまだ、全然過酷ではないんですが。

 

 それを言うとラキャさんがヒートアップしそうなので、黙っておきます。

 

「そうですね、とても苦しいと思います。少し前まではただの学生だったラキャさんには、とても耐えきれない仕事量でしょう」

「そう、そうよ!」

「自分だって、慣れるまでは散々に辛い思いをしました。こんな仕事だと知っていれば、志願はしなかったと思います」

「その通りだわ。本当に、大人は嘘ばっかり!」

 

 こういう場合、まずは不満に共感してあげて気持ちを吐き出させてあげましょう。

 

 頭ごなしの否定は、大体状況を悪くしてしまいます。

 

 共感した後に、『だけど~』という形で自分の意見を述べるのです。

 

「ですが、過酷な環境に置かれるのは自分達だけではありません。最前線の歩兵さんたちは、今も命懸けで周辺の偵察を行ってくれています。いつ命を落とすか分からないその環境は、我々よりもっともっと過酷です」

「……」

「そして、もっとも過酷なのは……。サバト軍に侵略されてしまった一般市民の方でしょう。ラキャさん、貴女も見た筈です、あの惨状を」

「……ぅっ、うっ」

「ウィンですら、焼かれる直前だったのです。もう、我々オースティン国民には、安全な場所なんて残されていません」

「……うぅー……」

「今の自分達の周囲は、沢山の歩兵さんたちが守ってくれています。それはとても有難いことです。だからこそ、我々も奮起してこの軍の兵士の為に働かねばなりません」

 

 自分はなるべく、ラキャさんを刺激しないように現状を説明していきました。

 

 無論、皆が今までのようにウィンで平和な学生生活を過ごせたらどれだけ良いでしょうか。

 

 自分だってあの孤児院を卒院した後、平和に旅芸人として生きていけたらどれだけよかったかと妄想することが多々あります。

 

 しかし、現実問題としてサバトは攻めてきています。我々が戦わなければ、首都すら焼かれるのです。

 

 ラキャさんには、逃げても今まで通りの生活は出来ないことを、自覚してもらわなければなりません。

 

「そんなこと言われなくても分かってるわよ……。でもそれにしたって、その、謳い文句に嘘が有りすぎて」

「素敵な異性に出会える可能性だって無いことはないですよ。ほら、ケイルさんもアルノマさんも、素敵な方ではないですか」

「……流石に、年が違いすぎるじゃない」

 

 自分はなるべく笑顔を作って、我が小隊のモテそうな男性陣二人をアピールしました。

 

 話を振られて、お二人が格好いいポーズを取ってくれました。ノリが良いですね。

 

「ケイルさんは、そんなに年が離れてなかった気がしますが」

「20代前半でしたっけ。いや、それでも結構な差じゃない?」

「えー、まだ若いつもりだよ?」

 

 少し、ラキャさんの表情が柔らかくなりました。このまま、恋の話題を続けてみましょうか。

 

 この年頃の女の子には、恋の話を振っておけば大体話が弾むのです。

 

 自分はかつて孤児院で同年代の女子に囲まれ、そう学びました。 

 

「別にこの部隊に限らずとも、他の部隊に目をやれば年の近い男性だって居るでしょう。自分だってデートする相手居ますよ、別の部隊に」

「えっ」

 

 嘘は言っていません。

 

 『デート』という単語に、ラキャさんがかなり食いつきましたね。

 

 このまま話題を変えて、気を逸らしてしまいましょう。

 

「スゴく気になる話が出てきたわ。え、トウリ小隊長、彼氏いたの?」

「残念ながらまだ恋仲ではないですね。仲の良い異性と言うだけで」

「どんな人か聞いても良い?」

「この軍で出会った、年の近い男の子です。これがなかなかに優しくて頼りになる方で」

 

 やはりこの年頃の女の子は、彼氏の話に非常に食い付きが良いです。

 

 ロドリー君とはそう言うのではないのですが、せっかくなので利用させてもらいましょう。

 

「そういうラキャさんだって、ずいぶんと仲の良い殿方が二人ほど居たようですが」

「へ? あー、いや、アイツらはそう言うのじゃなくて」

「あの二人、ラキャさんを庇って前に出ていましたね。向こうからの感情は有るんじゃないですか?」

「いや、だから!」

 

 興味のある話題になったからか、はたまた本当に恋人が出来る可能性にテンションが上がったのか。

 

 ラキャさんは少しずつ、饒舌に会話をし始めました。

 

「本当に、ただの友達で」

「ではラキャさん、お二人について話して頂けますか?」

「お、僕も興味があるな。若い娘の恋愛模様」

「小さな小隊長の方の話も、是非聞きたいけどね」

 

 大人2人は空気を読んだのか、そのまま話に乗っかってきてくれました。

 

 ラキャさんは先程までの泣きっ面はどこやら、顔を赤くして怒っています。

 

 誰だって、完璧に感情をコントロールするのは難しいです。

 

 だから誰かと話をして、愚痴を思いっきり吐き出して、そして心を守るのです。

 

「何で私ばっかり! トウリ小隊長から先にしてよ!」

「……えぇ、まぁ構いませんけど。あまり面白くはないんですよ、自分のは」

 

 男性兵士は下品なジョークを使ってリラックスしますが、女性兵士は恋愛話でストレスを解消する様です。

 

 そういえば、野戦病院でも女性衛生兵は不倫だの婚活だのの話で盛り上がっていましたっけ。

 

 ラキャさんも、立派な女性衛生兵としての1歩を踏み出したということでしょうか。

 

「……もぉーっと、面白い話もあるわよぉ?」

「おや、エルマさん」

 

 こうして、マシュデールでの一夜は静かに更けていきました。

 

 完全休養日だからか、体罰を受けて重傷を負った人の数は少なく。

 

 この日、自分達は久々にゆったりとした1日を過ごせました。

 

「げぇっ、エルマ!」 

「……これは、ある若い男癒者の話なんだけどね」

「ちょっと待て、その話は……!!」

 

 この1日の休養日を使って、前線では大規模な索敵が行われた様ですが……。

 

 結果は空振り。潜伏している敵部隊の気配はなく、奇襲を受ける可能性は低いとのことでした。

 

 そして、アリアさんの言っていた『敵がいた痕跡』と言うのは、我々を監視していた偵察部隊だったのだろうという結論に至りました。

 

「えぇ? それは、ヤバいでしょ」

「信じられないでしょう? 本当にやりやがったの、その男」

「……なぁエルマ、申し開きをさせてくれないか?」

 

 この索敵の際に、重点的に調べていたのは我々の進行方向の森です。

 

 我々は平野を西に進み、南部軍と合流する予定を立てておりました。

 

 

 マシュデールから西部戦線にかけては、平野と森林が広がっています。

 

 自分がガーバック小隊長に率いられ、撤退したあの思い出の深い森です。

 

 平野は遮蔽物なく見渡せるので、索敵は必要ありません。

 

 なので、レンヴェル少佐は森林の索敵を重点的に行っていました。

 

 

「当時の僕はまだ、その、色々と旺盛な時期で」

「……だからって」

「言い訳は男らしくないわよ」

 

 

 ただ、一つ反省点を列挙するのであれば。

 

 味方の索敵が不十分だったとは思いませんけれど、『周辺の平野がどんな地形をしていたか』くらいは調べておくべきだったと思います。

 

 強行軍の最中であり時間に余裕がなく、かつ地元の民がほぼ皆殺しにされていて聞き込みが行える状況ではなかったのが、我々にとっての不幸でした。

 

 平野には見渡せる様に見えて、我々の進路からは死角になっていた部分もあったのです。

 

「大丈夫です、ケイルさん。自分は結構チャラい人も好みです」

「……」

 

 かくして。

 

 マシュデールを出立してまもなく、自分達はサバト軍から奇襲を受けることになるのですが。

 

「……小隊長の好みが分からないわ」

「表面だけの男はだめよー?」

 

 この時はそんな未来に気付くことなく、自分達衛生小隊は平和なガールズトークに興じていたのでした。

 

 

「まぁ、若気の至りだねケイル副隊長。私も以前はそれなりにヤンチャだったよ」

「分かってくれるかアルノマさん」

「浮気はしたことないけどね」

 

 

 そして3人を同時に恋人にしていた事実が発覚したケイルさんは、3等性欲兵とあだ名される事になりました。

 

 自分は前世が男だったからか「むしろ、よくやったなぁ」という感心が大きかったのですが、ケイルさんは部隊の女性陣からの評価が大きく下がりました。

 

 浮気はいけません。


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