TS衛生兵さんの成り上がり   作:まさきたま(サンキューカッス)

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58話

 冬入りして、一月程が経ちました。

 

「後見人、ですか」

「ああ」

 

 我々がのろのろと冬季行軍を続け、衛生小隊の仕事に余裕が出来始めた頃。

 

 自分はアリア大尉に呼び出され、ある提案を受けました。

 

「先の撤退戦において、ヴェルディから貴官の功績は聞いている。是非とも貴官の功績を賞したい」

「ありがとうございます」

「とはいえ貴官は既に、その経験と年齢からは十分な任官を受けているだろう。これ以上の昇進を果たした徴募兵の前例がない」

「はい、もう過分に評価を頂いています」

 

 話を聞くと、どうやら先日中尉に昇進したヴェルディさんが、撤退戦の時の自分の功績を報告していたらしく。

 

 その評定として本日、自分が呼ばれたそうです。

 

「……まぁ、堅苦しい口調はこの辺にするか。今は、誰も周囲に居ないしな」

「はい」

「すまんがトウリ、勲章はヴェルディにくれてやってくれ。真面目でお勉強が得意なアイツなら、仕事が増えてもへっちゃらだろう」

「そうして頂けた方が、自分としてもありがたいです」

 

 どうやらアリア大尉には、これ以上自分を出世させる気が無さそうでした。

 

 非常にありがたいです。

 

「それで、昇進以外にどうすれば君の功績に報いることが出来るか考えてだな。ふと孤児の後見人制度を思い出して、これならばと思ったんだ」

「後見人、と言いますと」

「要は保護者だな。君の身に何かあった時、その面倒を見る保証人だ」

 

 アリア大尉の提案というのは、何と彼女が自分の後見人を引き受けてくれるという話でした。

 

 アリア大尉はレンヴェル少佐のご息女で、この大隊の隊長です。

 

 後ろ楯になってくれる存在として、これ以上の人は中々いないでしょう。

 

「私は父のようにコネで、露骨に貴女を優遇するつもりは無いが。何か困った事が起きた時、後見人の立場なら私が口を挟む事も出来るだろう」

「はい、大尉殿」

「例えばトウリが重傷を負って退役を余儀なくされた時、私が後見人なら治療や生活の援助をしてやれる。貴方にとって、メリットのある話と思うが」

「確かにとても、ありがたいご提案です。……どうして、自分にそこまでしていただけるのですか?」

 

 その話は自分にとっても非常に魅力的な話でした。

 

 自分は故郷を焼かれ、頼れる親戚も伝もなく、この身一つが資本という状態です。

 

 もし取り返しのつかない負傷をしてしまい軍人として働けなくなれば、身寄りのない自分は日銭を得る手段がなく野垂れ死ぬしかないでしょう。

 

 しかしアリア大尉が後見してくれるのであれば、話は大きく変わります。彼女の家は軍事の名門ですし、父親であるレンヴェル少佐はこの軍における最高権力者です。

 

 きっと自分が負傷したとしても、よくしてくださる筈です。

 

「トウリ、貴女は私の家族を二度も救ってくれた。マシュデールでは父レンヴェルの窮地を救い、先日は従弟のヴェルディの生還に大きな功績を残した。言ってみれば、我が一族の恩人なんだ」

「いえ、自分は職務に準じただけで」

「それだけで、私がトウリの後見人となる理由は十分なのさ」

 

 アリア大尉は優しい口調で、そう話を続けました。

 

「父にも話を通してある。大賛成してくれたよ、良い考えだってな」

「……」

「良ければ、貴女の面倒を見させてくれないかトウリ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分としては断る理由のない申し出でした。

 

「よろしくお願いします、アリア大尉」

「うむ、任せておけ。悪いようにはしないさ」

 

 二つ返事で、アリア大尉の申し出を受けました。

 

 自分自身が、家族と言うものに飢えていたのもあったかもしれません。 

 

 生まれは孤児で、心のよりどころであった孤児院を失い、大切な人はいつ死ぬとも分からない戦友だけ。

 

 この時は誰か心の支えになってくれそうな人を探していた、そんな気がします。

 

「話は以上だ。トウリ、今まで以上に気軽に頼ってこい」

「ありがとうございます」

 

 因みに、後で聞いた話によると。

 

 アリア大尉はご厚意でこの提案をしてくださったようなのですが、その背後に居たレンヴェル少佐の腹は真っ黒でした。

 

 軍閥─────、軍にも様々な派閥が存在しております。例えば今この軍にいる指揮官の殆どは、レンヴェル少佐派の兵士でした。

 

 色んな軍閥があるといっても現状、『サバトに対する徹底抗戦』しか無いとわかっているので方針で揉めたりはしていません。

 

 この国家の非常時なので、ある程度一致団結してはいました。

 

 それでも水面下で静かに、大量の戦死者が出た中で空白になったポストの奪い合いは起きていた様です。

 

 もともとレンヴェル少佐の派閥は身内贔屓が激しく、自分の息がかかった人間を重役にしようとする悪癖があります。

 

 そんな折、自分が南軍からの衛生兵派遣を希望していると知って、少佐は危惧を抱きました。

 

 衛生部は軍のキモです。もし自分が派遣されてきた衛生兵に心服し、その派閥に取り込まれたらレンヴェル少佐の衛生部への影響力が弱まります。

 

 そこでアリア大尉の後見人の案を聞いて「その手があったか」と大賛成したのだとか。

 

 それなら衛生部に影響力を保持できる上に、自分にとって褒賞にもなる一石二鳥の案。

 

 かくして自分はアリア大尉に後見される立場となり、レンヴェル少佐の一派に組み込まれることになりました。

 

 と言ってもこの時は、何かが大きく変わるという訳ではなく『後ろ盾が出来た』くらいの認識でした。

 

 自分がこんな軍閥の面倒ごとを意識することになるのは、これよりずっと後の事です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冬に大掛かりな攻勢に出るのは、そもそもリスクが高い」

 

 後見人ついでに、今後の戦闘の予定をアリア大尉に聞いてみたところ。

 

 軍事機密のため詳細は教えられないと前置きした後、アリア大尉は殆ど全部教えてくれました。

 

「もし今、西部戦線の時の様にサバト軍と塹壕越しに睨み合っているなら、多少は攻勢に出ることもありえただろう」

「はい」

「だが、現状の様にどこに敵が居るかもわからん状況でどうやって攻撃作戦を行うんだ。敵の正確な位置を捕捉出来ない限り、我々は合流地点を目指してノロノロ進軍を続けるしかない」

 

 彼女の見立てでは、しばらく戦闘は行われないようです。

 

 だから、当面は部下の育成に集中してほしいとのことでした。

 

「首都から、衛生小隊の補充などは送られてくるのでしょうか」

「衛生小隊の欠員補充は、現状難しい。しばらく待ってもらいたい」

「了解です」

 

 一応衛生兵の補充の当てを聞いてみましたが、希望は薄そうでした。

 

 小隊長は部隊に欠員が出た場合、補充を要請することが可能です。

 

 しかし、首都ウィンから定期的に補給物資は送られてきていますが、兵士はなかなか送ってもらえません。

 

 ただでさえオースティンは現在、兵士を必死でかき集めている最中です。

 

 即座に前線送りに出来る兵士の余裕など、無いのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 なので自分は、生き残った小隊メンバーを大事に守っていかねばなりません。

 

 体力もあり、頼りになるケイルさん。

 

 自信家で、自分に厳しいアルノマさん。

 

 エルマさんを中心に、衛生兵をサポートしてくれる看護兵さん達。

 

 この少ない人数で、軍全体の健康を守っていかなければならないのです。

 

 

 

 ですので、

 

 

「あの。アルノマさん、また脇腹にアザが」

「あー……」

 

 

 いくらアルノマさんが大人とはいえ、イジメ問題を見て見ぬふりは出来ません。

 

「流石におかしいです。アルノマ2等衛生兵、この打撲痕が出来た時の状況を詳細に報告してください」

「あー、いや、その」

「自分の様な小娘では頼りなく感じるかもしれませんが、貴方の上官としてこれ以上看過できません。正確な報告を求めます」

 

 自分がアルノマさんの体のアザに気付いてから、約半月。

 

 時折、彼の負傷については何度も聞きましたが誤魔化されるので、踏み込めないでおりました。

 

 しかしそろそろ、きちんとした報告が欲しい所です。

 

「誰にやられたのですか、アルノマさん。これは、明らかに殴打の痕ですよね」

「……いや、あー。本当に気にしないでほしいんだ、もうすぐケリをつけるつもりだから」

「貴方の立場で、どうケリをつけるおつもりですか。自分には公正な賞罰をしていただける上官に伝手も持っております、ちゃんと相談してください」

「まぁ、確かにちょっとした喧嘩はあったんだけど。本当に問題はない、うまく解決してみせるさ」

 

 相変わらずアルノマさんは、自分の詰問をあいまいな笑みを浮かべて誤魔化しました。

 

 アレンさんに放っておけと言われましたが、彼は大事な衛生小隊の仲間です。

 

 彼一人に解決を任せるより、上官である自分が悩みを共有した方が良いに決まっています。

 

「やれやれ。小さな小隊長の調子が、完全に戻ったようで何よりだけど。貴女に出てこられると、少し話がややこしくなりそうでね」

「成程、状況によっては自分は表立って動かないよう配慮しましょう。では、その状況を報告してもらえますか」

「……」

「先ほど、アルノマさんの口から喧嘩という言葉が出てきましたね。部下のトラブルについては、上官にも責任が問われます」

 

 アルノマさんやケイルさんには、自分が追い込まれていた時に助けて頂きました。

 

 思い返せば虚空を見つめてブツブツ言いだすのは、西部戦線で何度も見てきた新兵が壊れる前の典型的な兆候です。

 

 そんな状況になっていたのに、自分では『このままだとヤバい』という自覚が全くありませんでした。

 

 一人で悩みを抱えるというのは、想像以上に視野が狭くなってしまいがちなのです。

 

「これは命令です、報告してください」

 

 だから、こういったことはしっかり報告してもらいたいのです。

 

 

「……ふぅ、命令とあれば仕方ないね。了解したよ、小さな小隊長」

「わかってくれましたか」

「ただ、ちょっと説明が長くなりそうで。私も背景を整理してから説明がしたいんだ」

 

 アルノマさんは自分の熱意に押されたのか。

 

 苦笑いを浮かべて、とうとう了承してくれました。

 

「今夜までに、報告書という形で小隊長にコトの詳細を報告するよ。文書に残した方が、小隊長自身も上官に相談しやすいだろう」

「成程、了解しました。では、報告書を作成してください」

 

 いますぐ、話を聞くことは出来なかったのですが。

 

 アルノマさんは今夜までにしっかり事の詳細を、文書で持ってきてくださるそうです。

 

「じゃあ、書類の作成に取り掛かるよ。ちょっと待っていてくれ」

「はい、アルノマさん」

 

 ぱっと口頭での報告を行うのではなく、文書にするあたりがアルノマさんの社会経験を思わせます。

 

 そんな風に考えて、自分は夜まで彼の報告を待つことにしたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時の自分は精神面こそ立ち直っていましたが、アリア大尉の後見人の話など考えることがいっぱいで、幾つか失念してしまっていたことがありました。

 

 一つは、アルノマさんが外国籍であったということ。

 

 彼は東のフラメールという国の出身者であり、軍隊で他国籍の兵士はスパイ疑惑を掛けられることが多いです。

 

 だからアレンさんも、アルノマ氏がスパイっぽければ証拠を掴め、違いそうなら守ってやれと自分に助言してくれていました。

 

 

 しかし自分はアルノマさんの事を、ただ信じていました。

 

 スパイなんて人を実際に見たことのない上、アルノマさんはとても優れた人です。

 

 回復魔法の腕はまだまだですが、優しくて頼りになる、自分に厳しい人。

 

 そんな彼の人柄に、気を許してしまっていたのです。

 

 

 しかし、一方で。

 

 スパイというものはいつの間にやら軍に紛れ込んで、大事な情報を敵に送り続けている事をよく知っている兵士もいます。

 

 それは、軍人としての経験が長く情報戦の重要さをよく理解している、ベテランの軍人です。

 

 

 だからこそ、彼は───ファリス准尉は、ずっと衛生小隊にアプローチをかけていたのでしょう。

 

 外国籍で『本人の強い希望により』先行するレンヴェル軍の衛生小隊へ配属されたという、フラメール人の衛生兵を尋問(・・)するために。

 

 

 ファリス准尉は、最初からアルノマさんを疑っていたようでした。

 

 どうやら彼は少し民族差別的な主義も持っていたようで、フラメール人という人種に『信用ならない、鼻持ちならない』というマイナスイメージを持っていたみたいです。

 

 そんな彼がアルノマさんの情報を聞いて、「さてはスパイに違いない」と決め打ったそうです。

 

 だから我々……、というか自分とコネクションを作ろうと画策しつつ、衛生小隊に顔を出しては見えないところでアルノマさんに恐喝じみた尋問をしていたそうでした。

 

 殴る蹴るは当たり前、時には銃器を向けるような事もあったそうです。

 

 

 自分は、ファリス准尉とアルノマさんが裏でそんなことになっていたとはいざ知らず。

 

 呑気に「アルノマさんは美形だから、男の嫉妬を買いやすいんだろうなぁ」と見当はずれな考察をしていました。

 

 アルノマさんは素性からスパイを疑われるという、自分でも十分予想が出来ていた事態に巻き込まれていただけだったのです。

 

 

 

 

 かくして、夜。

 

 とうとう、事件は起こってしまいました。

 

「大変だ、トウリ衛生兵長。すぐに出動してくれないか」

「何事ですか」

 

 アルノマさんが来るのを待ちつつ、ヴェルディさんに向けた本日の衛生小隊の勤務記録書を作成していた折。

 

 大慌てで衛生部に駆け込んできた見知らぬ歩兵に促され、自分は肌寒い冬の夜を走っていきました。

 

「……な」

 

 自分は書類作成に夢中で聞き逃していたのですが。

 

 聞けばつい先ほど、ヴェルディ中隊のキャンプ地に銃声が鳴り響いたそうです。

 

 その音を聞いた見張り番の兵士は、すぐさま音の出所へ向かいました。

 

 するとキャンプ内に、後頭を射ち殺された遺体を発見したそうです。

 

「……助かる見込みはありますか、衛生兵長」

「助かるわけが、ないでしょう」

 

 彼の体はまだ温かく、撃ちぬかれた後頭部からは動脈血が時折噴き出していました。

 

 うつ伏せに倒れ込んだ彼は、既に死亡が明らかです。

 

 

「ファリス、准尉殿……」

「お知り合いですか」

 

 

 その人物の正体は先の撤退戦で、完璧な偵察を行い自分達を安全に撤退させてくれた立役者、ファリス准尉殿だったのでした。

 


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