TS衛生兵さんの成り上がり   作:まさきたま(サンキューカッス)

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63話

 

 ザーフクァ曹長の訓練は、昼過ぎに終わりました。半日ほどの訓練でしたが、非常に充実した時間でした。

 

 彼らの行っている訓練は、あくまで体力を保ち実戦の勘を忘れないようにするためのモノです。

 

 いつ奇襲されるか分からないので、体力が尽きるまでの訓練は行わないみたいです。

 

「ああ、居ました。アルノマさん、アルノマさん」

「おや、小さな小隊長。どうしたんだ」

 

 ザーフクァ中隊長は訓練のあと、周囲の哨戒に行ってしまいました。

 

 流石に任務にお邪魔は出来ないので、自分は野戦病院へ戻りました。

 

「訓練はどうだった?」

「大変勉強になりました。流石はエースの名を持っている方だと」

「そうか。だが小隊長は小柄なんだから、あまり無茶をしないでくれよ」

「気を付けます」

 

 病院に戻ると、共用テントでアルノマさん他数名の衛生兵がくつろいでいるのが見えました。

 

 どうやら、今日も患者さんはいないみたいです。

 

 負傷者がいないのは良いことです。

 

「アルノマさん、今から時間はありますか」

「ああ、何か用かい」

「ええ、ちょっとついてきてもらえますか」

「どこに向かえば良い?」

「自分の診察室へ向かいましょう。……村の入り口付近にあった家屋です」

「了解だ」

 

 自分は衛生兵長なので、拠点の中に専用の診察室を与えられています。

 

 それは自分の体型でも使いやすい、ミニマムサイズの診療器具の揃った部屋です。

 

「こちらです、ではお入りください」

「お邪魔するよ」

 

 そこにアルノマさんを迎え入れて、着席を促した後。

 

 自分はカチャリと、診察室のドアの鍵を閉めました。

 

「お、おい、小さな小隊長? 何を」

「……」

 

 いきなり鍵を閉められて、不穏な空気を感じたアルノマさんを無視して。

 

 自分はスルスルと、アルノマさんに背を向けて軍服を脱ぎ始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「トウリちゃんがアルノマ君といかがわしい真似をしていると聞いたわ!!」

「おや、レィターリュさん」

 

 自分がアルノマさんと個室診療所に籠って30分ほど。

 

 目の色を変えた変な人が、唐突に診療所のドアを開け放ちました。

 

 ……せっかく鍵を閉めたのに。

 

「え、衛生部長代理! ち、違うんだ、これは小隊長が」

「……はぁ」

 

 彼女はどうやら、マスターキーを使ってまで自分の診察室に押し入ってきたようです。

 

 何がそこまで彼女を突き動かすのでしょうか。

 

「すみません、レィターリュさん。出来れば扉を閉めてもらえますか、見ての通り自分は肌を晒しているので」

「いーやぁー!? ホントに脱いでる! これが、これが『寝とられ(NTR)』と言うやつね!」

「……寒いので、早く扉を閉めて頂けますか?」

 

 自分は親しみやすいし腕も確かなので、レィターリュさんを尊敬しています。

 

 ですが、ソッチ方面で暴走している時は冷めた目で見るようにしています。

 

 ……本当に、変な人なので。

 

「……って。トウリちゃん傷だらけじゃない、どうしたのソレ!」

「ええ、この傷はザーフクァ曹長の訓練で負傷したものです。せっかくなのでアルノマさんの練習台になろうかと」

「さっさと自分で治しなさいよ! すごく痛いでしょ、その傷」

「いえ、骨も折れてませんし」

 

 因みに、自分がアルノマさんを個室に連れこんだのは勉強の為です。

 

 回復魔法は、習うより慣れよ。新米は、回復魔法を行使してナンボです。

 

 せっかく全身を打撲したので、アルノマさんにはちょうど良い練習になると思って声をかけました。

 

 彼は現在、シャツ姿の自分と効率的な回復魔法の行使について勉強して貰っていた所です。

 

「とは言え、男と二人っきりだなんて!」

「アルノマさんは紳士です。それに、自分の体型に欲情などしないでしょう」

「……まぁ、信用していただけるのは光栄だけど。小隊長はもう少し、警戒心を持っても良いかもね」

 

 男の体なら共用のテントで服を脱いでも良かったのですが、今の自分は女性なので下着姿を晒すのはTPO的に問題がありそうです。

 

 なので自分用の診察室を利用して、アルノマさんにお勉強していただいたのでした。

 

 まぁ、それ以前に共用テントがとても寒いという事情もあるのですが。

 

「ほら、集中力が途切れていますよアルノマさん。かすり傷なんですから、そんな大層な魔力は必要ありません。もっと薄く、まんべんなく【癒】を行使してください」

「あ、ああ。これがやっぱり、なかなか難しいね」

「……トウリちゃん。そんな全身傷だらけにして……、痕が残っちゃったらどうするの」

「傷痕ですか? 大丈夫、アルノマさんがしっかり治してくれれば残りません」

「うわ、凄い責任を投げてきたね小隊長!?」

 

 自分の発言を聞いて、アルノマさんの顔がひきつりました。

 

 まぁアルノマさんの治療が不適当なら、後で自分で治すのでご心配なく。

 

「ちょっとくらいなら傷が残っても気にしませんよ」

「そんな訳にはいかないだろう……。普通なら責任モノだ」

 

 冗談めかしてそう言うと、アルノマさんは気合を入れて【癒】に集中し始めました。良い事です。

 

「……」

 

 自分の知ってる小隊長(ガーバック)は、全身に旧い傷がたっぷりついていました。

 

 傷痕は勲章みたいなもの。それは、乗り越えてきた死線の数。

 

 積極的に傷痕を作ろうとは思いませんが、自分の真っ白な肌は未熟者の証の様な気がして、少しコンプレックスに感じることもあります。

 

 なので、本当にちょっと傷が残っても、自分は気にしません。

 

 

「傷が残ったら責任を取ってくれるのね。……アルノマ君、次は私も治してくれるかしら!?」

「レイターリュさん!?」

 

 そんな事を考えていたら、真顔のレイターリュさんが自らの腕をハサミでばっさり切ってしまいました。

 

 ……。

 

「あ、やば。切りすぎちゃったかも」

「うわ、動脈が! 動脈切れてます!」

「このままだと死んじゃう! アルノマ君、早く私の治療を!」

「ちょ、ちょっと、何で脱ぎ始めるんですか!? 腕ですよね、脱ぐ必要ないですよね!」

「このままだと獲物がトウリちゃんに取られるわ!」

 

 衛生部長自ら、新米の練習台になるべく負傷する。

 

 そう聞くと、レイターリュさんは部下思いな素晴らしい人に思えるのですが。

 

「……、本当に傷が深そうなので自分が治しますね。【癒】」

「あー! なんてことを!」

「あと、自分の診察室が汚れたので掃除用具取ってきてください。レイターリュ衛生部長」

「この娘、上司をパシろうとしてるわ!」

「……いいから早くとってきてください」

 

 このお馬鹿な暴走癖は、何とか直していただきたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、そんな感じで最近はとても平和です。南軍の皆さんは雰囲気が良く、トラブルも発生していません」

「それは良かった」

 

 自分が南軍の衛生部に転属されて、一月ほど経った日。

 

「衛生部長には、何度か自重するよう上申してみたのですが……」

「どう返された?」

「明るく振る舞った方が兵士も安心するだろう、と」

「ははは、間違いない」

 

 よく見知った顔が、自分の診察室を訪れました。

 

「自分の近況は、こんな所です。アリア大尉は、ご壮健でしたか」

「ああ、幸いにも前線は動きが無いからな。雪解けまでは、お互い様子見と言ったところだろう」

 

 防寒服に身を包んだ、魔導中隊の女傑。

 

 レンヴェル少佐のご息女、アリア大尉殿です。

 

 彼女は本日休暇を取られており、健康診断───という名目で、自分の所に遊びに来てくれたのでした。

 

「ザーフクァ曹長の噂は聞いたことがあった、何でも魔法砲撃の直撃を受けても耐える凄まじい防御魔法の使い手だと」

「凄い方なのですね」

「……魔導師である私としては、力比べしたい気もするな。我が中隊の砲撃を、本当に防げるのかどうか」

「やめてくださいね、そんな訓練で負傷者が出たら馬鹿みたいです」

「無論だ。私の興味本位で祖国に残されたエースを、焼き殺すわけにはいかないからな」

 

 はっはっは、とアリア大尉は機嫌よく笑いました。

 

 彼女にはザーフクァ曹長を、焼き殺す自信があるようです。

 

「トウリ達には、冬明けに我々の指揮下に戻ってきてもらうつもりだ。それまで、よく学んでおくといい」

「冬明けに戻る、ですか」

「ああ。ここパッシェンは南軍の布陣場所に近いが、我がレンヴェル軍の駐屯場所からかなり距離がある。我々の近くにも、衛生部は設置しておきたい」

 

 アリア大尉はそういうと、今後の我々の動きについて簡単に教えてくれました。

 

 

 春までに首都から送られて来る後詰の兵士1万人は、レンヴェル少佐の指揮下に入ります。

 

 これでレンヴェル軍が15000人ほどになり、南軍の残兵力32000人と合わせて5万人弱の兵力になります。

 

 一方で、サバト軍の総勢は10万人前後と推測されています。この敵10万人を撃破すれば、サバトに殆ど余力は無くなり戦争継続は困難になると予想されます。

 

 この決戦に勝利したうえで、講和を成し遂げればオースティンの勝利と言えましょう。

 

 倍近い兵力差ですが、南軍にとてつもなく頭の切れる指揮官が現れたそうで、今のところ連戦連勝。勝機は十分以上にあるとの事です。

 

「首都からの後詰に、衛生部が設置されている。そこに、トウリ衛生小隊は合流してもらいたい」

「本当ですか」

「ああ。退役した衛生兵経験のある者や、首都の最前線でバリバリ医療に携わっていた者など、南軍に負けない規模の衛生部を招集した。とはいえ、戦場での経験は浅い者が多い。トウリ、君の経験をそこで存分にフィードバックしてほしい」

「了解しました」

 

 つまり、レイターリュさんのお世話になるのは冬の間だけのようです。

 

 冬明けに我々が去ると聞いたら、彼女は発狂するんじゃないでしょうか。

 

 今日も、物凄く露骨にケイルさん達にアピールしていましたし。

 

「まぁ、話はそんなところかな。後は、少し私の愚痴にでも付き合ってくれないか」

「愚痴、ですか」

「ああ。まぁ、父上と南軍司令官のアンリ中佐殿は相性があまり良く無くてな。板挟みにあって、私もそれなりに苦労しているのだ」

 

 そういうと、彼女は胸元から金属製の水筒を取り出しました。

 

 彼女が蓋を開けると、アルコール臭が漂ってきます。

 

「トウリの前だと、あまり気張らなくてよくて落ち着くよ。向こうだと礼儀に小うるさい将校が、酒を飲むだけでグチグチと言ってくる」

「大変ですね」

「こんなに寒いんだ、体を温める酒は必需品だろう。……ふぅ、休暇中くらい好きにさせてほしいもんだ」

 

 アリア大尉は、かなりストレスをためているようでした。

 

 向こうでは休暇中ですら、歩いているだけで南軍の将校に絡まれるのだとか。

 

 よく、彼女の胃に穴が開かないものです。

 

「嫌味を言うヤツが半分、ナンパしてくるヤツが半分だな。ま、私は出世狙いの将校からは憎たらしいだろうし、良いカモでもあるだろう」

「……」

「父の身内贔屓は有名だ。私を女にすれば、出世が約束されている。どいつもこいつも、私ではなく私の裏に父上を見て誘ってくる」

「それは、ご愁傷さまです」

 

 自分なんかで話し相手が務まるかは分かりませんが、今日は彼女のガス抜きに付き合うとしましょう。

 

 少なくともこの街パッシェンは、前線なんかよりずっと平和なのですから。

 

 

 

 

 

「いやぁ、今日は楽しかった。すまなかったな、仕事中に邪魔をして」

「いえ、自分も久しぶりにアリア大尉と話せてうれしかったです」

「そうか、本当に可愛い部下だなお前は」

 

 夕暮れよりかなり前に、アリア大尉は席を立って帰り支度を始めました。

 

 レンヴェル軍の駐屯場所は遠いので、早めに帰らないと暗くなってしまうのです。

 

「明日から頑張れそうだ。……また、遊びに来ても良いか」

「喜んで」

 

 彼女はひとしきり愚痴った後、失った自分の恋人の思い出を語り泣いて、それなりに晴れやかな顔になりました。

 

 少しでも彼女の助けになれたなら、幸いです。

 

「それじゃあ、またな。トウリ」

 

 自分は村の入り口で彼女と握手を交わし、別れを告げました。

 

 そのまま立ち去る彼女を見送ろうとしたら───

 

 

 

「おお、これはまさかアリア大尉殿?」

「え?」

「こんな所でお会い出来るとは。俺は運が良い」

 

 

 

 あろうことか、いきなり帰路に就いたアリア大尉の手を掴む男が現れたのです。

 

 その男は無遠慮に近付いてきて、白い息をアリア大尉にぶつけました。

 

「ちょ、誰だ貴殿は」

「これは失礼、お会いできた喜びで我を忘れていました。何度かお茶に誘おうとしたんですが、なかなか貴女の御父上の目が厳しくて」

「すまないが、そういう誘いは断らせていただいている。他に用が無いなら、もう失礼する」

「ああ、ちょっと待って。少しだけ、少しだけ」

 

 ナンパ男は、アリア大尉に厄介な絡み方をしていました。

 

 なるほど、これがアリア大尉の日常なのですね。そりゃあ、ストレスも溜まるでしょう。

 

 自分は、アリア大尉を守るべく男を引きはがそうと近づいたのですが、

 

 

「5分だけでいいんで、お話ししませんか───」

 

 

 その男に話しかけようとした瞬間、全身に鳥肌が立って。

 

 底冷えするような悪寒に体を蝕まれ、一歩も動けなくなってしまいました。

 

 

「女性の誘い方がなっていないな、しつこい男は嫌われるぞ」

「まあ、そう言わず。ああそうだ、先に自己紹介しないと」

 

 

 その感覚は、今まで感じたことのないものです。

 

 命の危機に陥った時ともまた違う、本能的な恐怖感……いえ、嫌悪感(・・・)でした。

 

 

「俺は、ベルン・ヴァロウ参謀大尉と申します。気安くベルンとお呼びください」

「……ベルン?」

「ええ」

 

 

 この人だけは駄目だ、救いようがない。

 

 自分とこの人は、決して分かり合うことが出来ない。

 

「同階級ではありますが、軍属期間は貴女より下です。親しみを込めて、呼び捨てて戴きたい」

 

 目の前にいるのは、純粋な『悪』だ。

 

 自分は根拠もなく、そう感じ取ったのでした。


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