TS衛生兵さんの成り上がり   作:まさきたま(サンキューカッス)

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65話

 

「ねぇ、トウリちゃん。貴女、何かやったの?」

「い、いえ」

 

 自分がベルン・ヴァロウと知り合って、数日後の事でした。

 

 ザーフクァ曹長の訓練を終え、野戦病院で仕事を始めようとした折に、

 

「貴方に、司令部から出頭要請が出ているわ」

「え、えぇ……?」

 

 軍のお偉いさんからの出頭要請という、恐ろしい命令が自分の下へ届けられました。

 

 

 

 司令部に出向くのは、基本的に指揮官級の軍人です。

 

 大隊長クラスの人が司令部で直接命令を受け、それを末端まで伝達していくのがオースティンの指揮系統になります。

 

 しかし最近は通信技術が発達し、直接呼び出されることは少なくなりつつあるそうです。

 

 ですがやはり重要な作戦・機密を話し合う時は、司令部で直に会議を行うそうです。

 

 

 そんな大仰な場所、司令部に自分みたいな下っぱが呼び出されるとすれば。

 

 それは内通を疑われたり、身に覚えのない事件の容疑者になっていたり、といった好ましくない事態であることが多いのです。

 

「トウリ衛生兵長殿は本日15時迄に、南軍司令部へ出頭されたし。はい、正規の要請書」

「……」

「庇える感じの悪いことしたなら、先に言っといてくれる? 私でよければ力になるわよ」

「いえ、思い当たる節が無いのですけど。その、命令はどなたが?」

「命令の出所はベルン大尉って人よ。聞いたことあるでしょ、南軍の大英雄」

「……思い当たる節ありました」

 

 自分を呼び出した人物は、ベルン大尉でした。

 

 つい先日、自分が「第一印象から『悪』って感じました!」と宣言した上官です。

 

 あの時ベルン大尉は気にしていない素振りでしたが、普通に考えて無礼千万な対応でしょう。

 

 上官への態度に対する叱責、という話ならこれ以上なく筋が通ってしまいます。

 

「ありゃりゃ、ベルン大尉って今やオースティンの救世主じゃない。何でそんな暴言を……」

「その、自分でもどうしてあんなことを言ったのか」

「うーん、私じゃ庇いきれない相手ね。実は男性恐怖症ですとか言って平謝りすれば大事にならないんじゃない? 前に怖い男性の上官が居て、そのトラウマで───みたいなバックストーリー」

 

 それはとても現実味のある言い訳ですね。

 

「ベルン大尉は、気にしていない様子だったのですが」 

「男の人って器が小さいからね。プライドを傷つけられたら、案外ねちっこいモンよ」

 

 そういうと、レイターリュさんはゴソゴソと粉薬の瓶を取り出して、自分の手に握らせました。

 

「トウリちゃん。一応、避妊薬を渡しておくわね」

「え?」

「もしベルン大尉が求めてきた場合、断っちゃだめよ。ベルン大尉の権力なら、トウリちゃんが要求に応じなかったら好きな罪を着せて処刑できるわ」

「……」

「大丈夫、初めては痛いでしょうけど【癒】を使えば……」

 

 レィターリュさんは大真面目な顔で、自分にそんな忠告をしてきました。

 

 え、貞操の危機なんですか、この呼び出し。

 

「女性兵士に、罰という名目で悪戯する男はたまにいるの」

「……」

「だから今後は、お偉いさんには逆らわない事。女が戦場で身を守るためには、隙を見せてはいけないわ」

 

 レィターリュさんは眉を八の字に曲げて、そう続けました。

 

「私はベルン大尉の人となりは知らないけど、ある程度覚悟を決めて出頭しなさい。もし本当に辛い目に遭ったなら私、トウリちゃんの力になるから」

「は、はい」

「呼び出されて愚痴や嫌味を言われるだけだったら、ハイハイと頷いて反省した態度を見せる事。余計な反論しちゃだめよ」

「了解しました」

 

 レイターリュさんはそういうと、静かに自分の前で黙祷し、

 

「幸運を祈るわ」

「……」

 

 物凄く、不吉な言葉をかけてくださったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トウリ・ノエル兵長です。ベルン大尉殿の要請を受けて、司令部に出頭いたしました」

「確認いたします。……はい、問題ありません」

 

 南軍司令部は、パッシェンから走って1時間ほどの場所にありました。

 

 自分は手渡された出頭要請を見張りの兵士に渡すと、10分ほど待たされて大きなテントに案内されました。

 

「ここでお待ちください、との事です」

「了解です」

 

 そのテントの中には円形のテーブルと椅子がポツンと置いてあるだけでした。

 

 自分は促されるままに座り、そこでベルン大尉の到着を待ちます。

 

 さて、自分は何を言われるのでしょうか。……大した話でなければ良いのですが。

 

 本当にレイターリュさんの危惧した展開になるのであれば、数日は寝込む自信があります。

 

 

 

 

 

 

「お、来たかトウリ衛生兵長! よー、元気?」

「は、はい! 先日は大変失礼しました、ベルン大尉殿」

「良いって良いって。別に敬礼とか要らないから座って座って」

 

 30分ほど経った後。

 

 ベルン大尉は機嫌よさそうに、テントに入ってきました。

 

 自分は速やかに起立して敬礼すると、彼に面倒くさそうに手を振って着席するように促されました。

 

「まぁ、そう硬くならないでいいよトウリちゃん。とって食おうってわけじゃないんだから」

「は、はぁ」

「前は流されちゃったけど、改めて今からお話しない? って話」

 

 彼はニコニコと軽い雰囲気で、持ってきた水筒から黒い飲料をカップに注ぎ始めました。

 

 あれはコーヒ-、でしょうか。

 

「ん、気になる? これは蒲公英茶っていって、ちょっと珍しいお茶でね。また渋くて旨いのよ、トウリちゃんもどうぞ」

「あ、どうも。ありがとうございます」

「そのまま飲むと渋いから、ミルクとか混ぜて飲んでね。はい、こっちの水筒はミルク」

 

 彼の態度的に、無礼を働いた自分を糾弾しようという空気は感じませんでした。

 

 まるで友人を、お茶に誘っただけのような距離感です。

 

 それがまた、何とも言えず不気味でした。

 

「大尉の地位になってから、蒲公英茶を好きなだけ仕入れられて最高だ。月に一度の贅沢だった蒲公英茶を、毎日のように飲める」

「とてもおいしいです、ベルン大尉」

「だろ? 出世するのも悪い事ばかりじゃないもんだ。で、蒲公英茶飲みながらゆっくり聞いてほしいんだけど」

「は、はい。何なりと」

 

 蒲公英茶は、少し薄いコーヒーのような味でした。

 

 個人的にはかなり美味しく感じます。ベルン大尉が好むのもよくわかります。

 

「アリア大尉って彼氏いると思う? めっちゃタイプなんだけど」

「……エフッ!!」

 

 ベルンさんは席に着くと、開口一番真面目な顔でそんな話を始めました。

 

 思わず、飲んでいた蒲公英茶をむせます。

 

「まさか、その話をしたいがために自分を呼び出したのですか」

「うん」

「……」

 

 そう聞き返すと、ベルン氏はキラキラと目を輝かせ、胡散臭い笑顔で自分を見つめています。

 

 頂いた蒲公英茶は美味しかったのですが、彼の顔を直視するとやはり凄まじい嫌悪感が沸き上がってきてしまいます。

 

 ……。

 

「申し訳ありませんが、上官命令とはいえ他人のプライベートに関する情報を開示する気はありません。知りたいなら、ご本人に確認してください」

「あれ、ダメ?」

「自分はアリア大尉殿に、いろいろと恩があります。裏切る事は出来ません」

 

 アリア大尉が恋人を亡くされていることは知っていましたが、自分は口をつぐむことにしました。

 

 本人の許可も取らず、勝手に話しても良い内容ではないからです。

 

「ただ申し上げるなら、自分はその様なアプローチをすべきではないと考えます。アリア大尉は、そういった誘いに辟易とされている事だけお伝えします」

「……そっか、よし」

 

 なので遠回しに、ベルン大尉に忠告するだけに留めておきました。

 

 恋人を失った直後の彼女にアプローチをするのは、地雷でしかないからです。

 

「ま、合格にしとこう」

「合格、ですか?」

「あ、今の話は忘れていいよ。俺がアリア大尉に懸想してるって話、嘘だし」

 

 そんな自分の答弁を聞き、彼は全く気を悪くすることなく。

 

 むしろウンウンと満足げにうなずいて、自分の前にビスケットを置きました。

 

「ごめんね、君の口の堅さをテストしたの。これはお詫びのクッキー」

「は、はあ」

「その年で、話して良いことと悪い事の区別が出来るのは偉いよ。もし俺がスパイだったら、今の情報はどれだけ悪用出来るか分からない」

 

 ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべたまま、ベルン大尉は自分の頭を撫でました。

 

 いきなり体を触られてビクっと体が反応しましたが、彼は気を悪くした様子もありません。

 

「ま、君の口が堅いのはわかった。じゃ、いよいよ本題だ」

「はい」

「……実は俺、君と同世代の女の子を匿っててね。彼女と友人になってもらいたい」

 

 ベルンはクッキーを齧り、いよいよ本題を切り出しました。

 

「女の子、ですか」

「おう、俺が個人的に保護してる。ま、ちっと訳アリなんだが」

 

 ベルン大尉は少し照れた顔で、頭を搔きました。

 

 いきなり「女の子を保護している」なんて話を切り出されるとは思っていませんでした。

 

 もしかしたら、その娘がベルン大尉の想い人とかなんでしょうか。

 

「軍ってのは男所帯だからな。怖い男に囲まれて生活し続けたからか、彼女の精神が不安定になってきたんだ」

「まぁ、自分と同世代であるなら軍人は怖いでしょう」

「それで彼女のガス抜きを兼ねて、女の話し相手を探してたんだ。最初はアリア大尉殿とか候補にしてたんだが……」

 

 ベルン氏はそういうと、少し声のトーンを落として。

 

「話で聞いてたより、アリア大尉の性格キツくてさぁ。相性悪そうで困ってたんだ」

「……はあ」

「で、そんな折に君を見つけてね。物腰も柔らかいし、適任かなぁと」

 

 困り顔のまま、そう話を続けました。

 

「その娘は、俺の部隊が戦場で保護した女性だ。兵士に乱暴される寸前だった」

「それは……」

「男の俺じゃ、どう頑張っても彼女に共感してやることはできない。……力を貸してくれないか、トウリちゃん」

「成程。ではベルン大尉は、自分にその女性のメンタルケアを依頼したいという事ですね」

「そうなるね、衛生兵としての業務の範疇じゃない?」

 

 話を要約すると、そういう事のようでした。

 

 確かに戦争被害者の精神ケアも、医療の範疇です。

 

 そういう依頼でしたら、軍人として受けることに何の不満もありません。

 

「了解しました。トウリ衛生兵長、その任務を拝命いたします」

「ありがとう。後、このことは他の兵士には他言無用で頼むよ」

「了解です。元より患者さんの情報を、べらべらと話したりする気はありません」

「うん、いい返事だ」

 

 メンタルケア、と言っても自分は専門的な知識を持っているわけではありません。

 

 今日は話を聞き、共感してあげて心を落ち着かせてあげましょう。

 

 そしてカウンセリングなどの専門的な手法を、今度ケイルさんに聞いてみましょう。

 

「じゃあ今から、彼女───レミの元に連れて行くけど」

「はい」

「残念ながらレミはオースティン語を話せない。俺が通訳するから、そのつもりで」

「……はい?」

 

 そんなことをぼんやりと考えていたら。

 

「レミは、サバト人なんだ」

 

 ベルン大尉は話の最後に、大きな爆弾を落としていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺達オースティン軍も、作戦の都合でサバト領を犯しててね。陽動がてら、村をいくつか焼き討ちした」

「……」

「そんな目で見ないでくれよ。サバト軍の方が百倍はエグいことしてるっつの」

 

 レミさんの元に向かう道中、ベルン大尉は彼女についての詳細を語ってくれました。

 

「で、俺達が先月焼き討ちした村に彼女が居た。見目麗しい若い女性だったから、すぐに俺達の捕虜として拘束された」

「……それで、どうしたんです」

「放っておくと、兵士たちは彼女に乱暴しただろう。だから俺が保護した」

 

 どうやら彼女は、オースティン兵が焼き討ちした村に居たサバト女性のようで。

 

 兵士たちに凌辱される直前に、ベルン大尉が見つけて匿うことにしたそうです。

 

「あれからレミは随分、男に怯えている。トラウマになっているらしい」

「それは、無理もないでしょう」

「俺はまだ、彼女の笑顔を一度も見ていない。俺には少し心を開いてくれてるんだが、他の兵士にはだんまりだ」

 

 その話を聞いて、自分は衝撃を受けました。

 

 ベルン大尉は間違っても、そんな人道的行為をする印象が無かったのです。

 

 自分は彼に悪のイメージを勝手に持っていましたが……、自分の勘も当てになりません。

 

「俺は、出来る事なら彼女を安全にサバト領に帰してやりたい。だけど、そんなの日夜サバト兵と戦っている兵士連中からしたらありえない行動だ」

「……」

「勝利して捕縛したサバトの女を、どうして手厚く保護してやらないとならないんだって話よな。司令部も俺が彼女匿ってる事、あまり快く思っていなさそうで」

 

 ベルン大尉は、話を聞く限りとても頭が切れる方です。

 

 そんな彼が、自分の立場を悪くしてまで彼女をかくまった理由は、

 

「ベルン大尉は、もしかしてその女性を」

「さあな、どうだろう」

 

 もしかしたら彼は、そのレミという女性を好いてしまったからかもしれません。

 

 美しい敵国の女性に一目惚れをしてしまった彼は、不条理と理解しつつ彼女に入れ込んでしまったのでしょう。

 

 そういう話であれば、彼の助けになることもやぶさかではありません。

 

 サバト兵に対し思う所はありますが、一般市民を乱暴したり虐殺したりというのには断固反対です。

 

 このベルン氏の思いに応えて力になろう、と。この時の自分は、そう思っていました。

 

 

 つまり当時はまだ、自分はベルンという人間をよく理解していなかったのです。

 

 彼は、悪人です。根っからの愛国者で、戦争好きで、快楽殺人犯の人でなしです。

 

 それを知らなかったから、自分はありもしない彼の善性を信じてしまったのです。

 

 

 彼が何か優しい行動を起こすとすれば────それは、より多くの人間を殺すための下準備でしかない。

 

 ベルンにとって、戦友や部下とは、殺人の下準備を手伝ってくれる奴隷でしかなく。

 

 彼は日夜、そんな自らの欲望を満たす人足を探し求めていただけ。

 

 

 そして不幸にも『ベルン・ヴァロウ』に目を付けられた自分は、今後しばしば彼の悪事に加担させられることとなってしまいました。

 

 ああ、あの時余計な一言を言わなければと、今でもたまに思います。

 

 ……口は禍の元、という前世の諺は真であると実感した次第です。

 

 


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