TS衛生兵さんの成り上がり   作:まさきたま(サンキューカッス)

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72話

 

「決戦の日を早めましょう」

 

 フラメール侵攻の知らせから、数日経って。

 

 ベルン・ヴァロウは、総司令官であるアンリ中佐にそう進言しました。

 

「ご存じの通り、間もなく弾薬食料が底を突いてしまいます。予定通りに作戦を遂行することは出来ません」

「……早めて、勝てるのか」

「味方の犠牲も増えますし、敵に結構な付け入る隙を晒すでしょう。しかし、少し無理を通せば勝てなくはない」

 

 オースティン軍の本来のプランは入念に準備を重ね、サバトの革命勢力の蜂起に合わせ決戦を行うというものでした。

 

 その前準備として鬼才ベルン・ヴァロウによって様々な陽動作戦が立案されており、それらを少しづつ実行に移していた段階です。

 

 しかし、フォッグマンJrによる物資運用の変更でそれらの殆どが実行できなくなった挙句、

 

「というか、もう半月も食料が持ちません」

「だな」

 

 オースティンがサバトと戦争を出来る時間が、あと半月しかないという状況に陥りました。

 

「我々に、勝ち目はあるのか? サバトと戦った後に、フラメールの連合軍と連戦になるんだぞ」

「そりゃあ、向こうに行ってみないと何とも。ですが、まぁ勝てるんじゃないですか?」

「この戦線の維持はどうする? タール川に戦力を残していく余裕なんてないだろう」

「あー、それも手を打ってます。上手いこと行けば、サバトは戦争どころじゃなくなります」

 

 ベルンはきっと、レミ達が革命を起こしたタイミングで攻め込みたかった筈です。

 

 そうすれば、レミ達の革命自体の援護にもなるからです。

 

 それが実行不可能となった今、彼はある程度の犠牲を覚悟しての決戦を提案しました。

 

「もはや、負け方を探す段階じゃないのか。いますぐフラメールに降伏し、属国となり、連合国の力を借りてサバトを打ち破るべきでは」

「そんな事をしたら、俺達オースティン国民は全員奴隷兵にされますよ」

「じゃあ他にどんな手がある」

「全部、撃破すりゃあいいじゃないですか」

「そんな事が出来てたまるか」

「できます」

 

 ベルン大尉は、ここで大言を吐きました。

 

 彼は3国を相手取ってなお、勝てると大見栄を切ったのです。

 

「夢物語だ」

「俺は今まで何度も『夢物語』を吐きましたけど、結果はどうでした」

「……」

 

 普通ならばあり得ない大法螺でしょう。

 

 ですが、目の前の男─────ベルン・ヴァロウは、今まで何度もその『夢物語』を現実に描き続けてきたのです。

 

「決戦は3日後。そこで、勝負を決めましょう」

 

 彼は余裕の表情のまま、そう宣言しました。

 

 この男の大言壮語には、何故か説得力がありました。

 

「……信じるぞ、ベルン」

 

 その自信満々な言葉を聞いたアンリ中佐は、彼の魔力に取りつかれたかのようにその作戦を承認してしまいました。

 

 

 ─────この決戦はベルン・ヴァロウにとって初めての、サバトの天才シルフとの一騎打ちでした。

 

 そして彼自身、本音を言えば「絶対に勝てる」という自信はなかったそうです。

 

 

「勝利の為には、レンヴェル少佐殿」

「何だ、ベルン大尉」

「貴方に、大きく割を食って貰わないとならない。許可を頂きたい」

「は、本当に勝てるのであれば何でも協力してやるわ」

 

 

 しかし、たとえ大敗北する可能性があろうと。

 

 目の前にいる「大量のサバト兵を虐殺出来る機会」に高揚していた彼は、祖国の為だという大義名分のもとに自分の立てた作戦を実行したくて仕方なかったのでしょう。

 

「ありがとうございます」

「その代わり、絶対に勝利せよ。負けたら縊り殺してやる」

「任せてください」

 

 そして同時に彼は、少しでも負ける可能性を示唆すれば軍隊が離散することも理解していました。

 

 だから、こんな大見得を切って見せたのです。

 

 

「……とはいえ、北の橋くらいは落としておきたかったがなー」

「どうしました、ベルン大尉」

「いや、何でもねぇ」

 

 

 聡い彼は、敵の動き次第では大敗する事を知りながらその決死の策を実行します。

 

 国民全員の命を担保にした、ベルン・ヴァロウ一世一代の大博打が始まろうとしていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃の、自分はと言えば。

 

 アルノマさんに脱走を断られ、オースティンの敗北が決定的と聞かされ、かなり憔悴していました。

 

「……貴様、聞いたな?」

 

 そんな様子を見てドールマン衛生曹は、自分がフラメール侵攻の話を聞いたと悟ったようでした。

 

 彼は怖い目で自分に「余計な事を言うなよ」と釘を刺し、「体調不良」を理由に休養を取れと言い渡されました。

 

 自分が、機密を暴露するかもしれないと危惧したのでしょう。

 

 

 休養を命じられた自分は、何も考えず共用テントへ休みに行きました。

 

 衛生兵は男女に別れて、それぞれ大きな丸いテントで寝泊まりしています。

 

 物資不足で、個人用テントなんてものはありません。

 

 

 そのテントの周囲では、

 

 

「……お、どうしたおチビ。随分と顔色が悪いじゃねぇか」

「ロドリー君?」

「ああ、今日は俺達アレン小隊がテントの警護担当だ。つっても今テントにゃ誰もいねぇけど」

 

 自分がよく知っていた顔が、双眼鏡を片手に周囲を警戒してくれていました。

 

 

 

 

「アレンさんは哨戒に出てくれてるよ。もうちょっとしたら戻ってくる筈」

「そうですか」

 

 ロドリー君は、明るい表情で語り掛けてきました。

 

 彼はまだ、フラメールの侵攻を聞いていない様子です。

 

「前線は結構、良い調子らしいな。俺も前に行きたかったぜ」

「……やめてくださいよ、わざわざ危険な場所に行こうとするの」

「何言ってんだ、歩兵なんぞ命のやり取りしてナンボだろ」

 

 この時、確かにサバトへの前線の調子は悪くなかったみたいです。

 

 フラメールの侵攻さえなければ、普通にオースティンが勝利して終戦したと後にベルンも語っていました。

 

 流石に作戦の詳細は布告されていませんでしたが、オースティンが勝勢だという噂は兵士の間で共有されていたみたいです。

 

「これでやっと、サバトの連中に思い知らせてやれると思うとワクワクするぜ」

 

 だから、この時の前線兵士は笑顔で戦意を高ぶらせていました。

 

「ロドリー君は、まだ敵を……サバト兵を殺したくて仕方ないんですか」

「おう、そりゃそうだ。アイツらへの恨みはどれだけ時間が経ってもなくなると思えん」

 

 自分の問いに対して、ロドリー君は前線の方を見て銃を握りしめました。

 

 彼はとても優しいですが、一方で苛烈な激情家でもあります。

 

 今まで失ってきた戦友達を悼み、無惨に殺された民衆の為に怒り、悲しんで戦ってきたのでしょう。

 

「先に逝っちまった仲間にバカにされたくねーからな。あの世で「お前らより断然被害を出してやったぜ」って自慢する為にも、あと100人はぶっ殺さねぇと」

「……ロドリー君」

「せっかくの勝ち戦だ、俺も前に出て思う存分恨みを晴らしたいんだ」

 

 今までずっと、苦渋の連続でした。

 

 サバトの銃弾でたくさんの戦友を失いながら、逃げて、隠れて、追い回されました。

 

 それを乗り越えてやっと、サバトを相手に勝機を見い出せているのです。

 

「ああ。お前らのお守りも重要な仕事だって分かってらぁ。任務を放り出して敵に突っ込むほどガキじゃねぇ、安心しろ」

 

 だからこそ、彼は……オースティン兵はこうも戦意を滾らせているのです。

 

「そういやおチビも、銃を持ち歩くようになってるじゃねぇか。よく許可がもらえたな」

「これは訓練用のゴム弾です。殺傷力はなくとも、銃を背負っているだけで警戒して距離を取ってもらえますので」

「ほーん? 実弾を持たせてくれりゃあいいのに」

 

 とても、あんな話を伝える気にはなれません。

 

 オースティンが四面楚歌、絶体絶命の窮地だなんて事実で彼の顔を曇らせたくありません。

 

「でも、ロドリー君がいれば自分は銃なんて撃たなくていいんでしょう?」

「まーな。おチビのところまで兵が来る前に、全員ぶっ殺しておいてやらぁ」

「頼りにしていますよ」

 

 だから自分は命令に従って、何も話さずにロドリー君と雑談する事にしました。

 

 命令は絶対です、自分は何も情報を漏らすわけにはいきません。

 

 

 

「この戦いに勝ったら、もうサバトは攻めてこないでしょうか」

「知らんけど、そうじゃねーの?」

 

 自分は、当たり障りのない話を選んでロドリー君に話しかけました。

 

「ここに主力を集めていますけど、今のうちに南から攻められたりはしないんでしょうか……」

「流石に、それは警戒してるんじゃないか?」

 

 ロドリー君は不安げな口調であれこれ話す自分の話を、呆れ顔のままよく聞いてくれました。

 

「てかサバトも南に回す戦力があれば、ここに持ってくるだろうさ。今更、荒れ果てたオースティン領をさらに荒らして何になる」

「南は、まだ殆ど被害が出ていませんし。ロドリー君の故郷も南の方ですよね、心配じゃないんですか?」

 

 彼と話していると何故でしょう、心が穏やかになっていきます。

 

 ……もうロドリー君とは、ずいぶん長い付き合いになりました。

 

「大丈夫。俺の故郷は、まぁ無事だ。オースティン領で一番サバトから遠い町だ」

「……そうなんですね」

「ああ、何てったって南の端、フラメールとの国境線にあるからな」

 

 自分とほぼ同期で、新兵時代からずっと近くで戦ってきて。

 

 危ない時には、何度も自分の命を助けてくれました。

 

「流石のサバトも、フラメール国境付近で暴れたりはしねぇだろ。敵が増えちまう」

 

 

 そんな彼に重要な情報を黙って、上辺だけの話をするのは騙しているような気分になります。

 

 

「……お?」

 

 その話を聞いた瞬間、自分はどうしても感情を御せなくなりました。

 

 どれだけ取り繕おうとも、平静を装いたくても、心が言うことを聞いてくれませんでした。

 

「どうしたよ、おチビ。いきなり泣き出して」

「すみ、ません……」

「はぁ。本当にお前、ウチの妹とそっくりだな」

 

 

 あの情報を悟られるわけにはいかないのに、涙が溢れて止まらないのです。

 

 ロドリー君の故郷は、フラメールとの国境付近だそうです。

 

 どれだけ早く我々が折り返しても、国境付近の村まで守れるとは思えません。

 

 フラメールの侵攻で最初に焼かれるのは───彼の故郷です。

 

 

「意味がわかんねぇタイミングで泣くのよ、アイツも。ホラ、どうしたおチビ」

「……すみません、その、自分でも感情の折り合いがつかなくて」

「話してみろよ、聞いてやるぞ」

「職務上、話せないことで」

「あー、それじゃ仕方ねぇか」

 

 これだけ何度も助けてくれた人に、自分はそんな大事な事を黙っておかねばならないのです。

 

 ロドリー君の故郷の危機を知りながら、何も伝えられない。自分はとても不誠実で、冷酷な人間です。

 

「ごめんなさい、ロドリー君」

「あーあ、大泣きしちまった」

 

 何とか涙を引っ込ませようと唇を噛んでいたら、ロドリー君がアームロックをするように自分の頭を抱きました。

 

「とりあえず、落ち着けって」

「……あの」

「ほら、頭を撫でてやるよ。よーしよし」 

 

 ……これは女性の抱き方ではありません。

 

 どちらかと言えば、大型犬とかをあやす時の抱き方です。

 

 そう気付くと、すーっと頭が冷静になりました。

 

「お。ちっとはマシな顔になったか」

「人を犬か何かと思っていませんか」

「まぁ良いじゃねぇか、妹もよくこうやってあやしたんだ」

 

 ロドリー君を睨んでみましたが、彼はヘラヘラと笑うばかりでした。

 

 彼に悪気はないのかもしれませんが……。

 

「ロドリー君って、かなり自分を下に見てますよね」

「だって年下だろうが」

「この前、年齢を聞いたら1つしか違わなかったじゃないですか」

「年下には違いねぇ」

 

 まぁ、そうかもしれませんけど。

 

 軍人としては同期なんですから、出来れば対等に扱ってほしい気もします。

 

「そうむくれるな、いきなり泣き出す奴が悪ぃだろ」

「むくれてはいません」

「おチビはあんまりにもよく似てて、妹と重ねてしまうんだわ。戦場なんか居ると、家族が恋しくてなぁ」

「……」

 

 それが事実であれば、納得するのもやぶさかではありませんが。

 

 正直、今のは口先で誤魔化している感じに聞こえました。

 

「そういう事にしておきます。ですが、自分を妹のように扱うと本物の妹さんがむくれますよ」

「むくれてくれる可愛げがあれば良いんだがな」

 

 へっへっへ、とロドリー君は快活に笑いました。

 

 ……随分と、自分の扱いが上手くなりましたね。

 

「戦争が終わって、生き残ることが出来たら何をしますか」

「生き残っちまったら、故郷に帰って農業かなぁ。もうこんな因果な仕事は辞めて、のんびり暮らしたいもんだ」

「……」

「実家の農村で力仕事を手伝ってさ。そんで尻のでっかい嫁を貰って、いっぱいガキをこさえて、孫に囲まれてベッドの上で死ぬんだ」

「その年で、そこまで人生設計を立てているんですか」

「今のは、俺の爺の死に方だ。死ぬ間際に「良い人生だった」と笑った爺を見て、俺もこうなりてぇなと思った」

 

 彼はそこまで言った後、

 

「そんな人生を歩みたい奴は、俺の他にもたくさんいるだろう。だけど、そんな平和をぶち壊しにサバト軍が攻めて来た。じゃあまずは、あの連中をぶっ殺すしかねぇよな」

 

 そう言って、話を締めくくりました。

 

 

 

 

 

 

「そうですね」

 

 ロドリー君の夢は、きっともう叶いません。

 

 彼の実家があるだろう南東の村は、フラメール侵攻で大きな被害を受けるでしょう。

 

「じゃあもし、自分も生き残ったらロドリー君の家に遊びに行きましょうか」

「おう、来い来い。戦友は全員、大歓迎でもてなしてやる。何たって、家族みたいなもんだからな」

 

 彼に真実を告げない罪悪感に苛まれながら、自分はロドリー君の思い描いた素敵な夢に乗っかりました。

 

「はい。自分も、ロドリー君は家族のように思っています」

 

 

 

 ……それと同時に。

 

 自分の中で、何かが吹っ切れた気がしました。

 


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