TS衛生兵さんの成り上がり 作:まさきたま(サンキューカッス)
「クーシャには店番を任せっきりだったからな。日頃の礼も兼ねて、たまにはお洒落も良いだろう」
「あら、ええやん」
その日の朝。
自分はイチャイチャしている夫婦を横目に、セドル君の着替えを手伝っていました。
「綺麗なネックレスですね」
「ほんま、ゴムージにしては気が利くで」
「嫁には綺麗でいて欲しいからな」
ゴムージはクーシャさんにもプレゼントを買っていました。
彼はいかにも高価そうな、赤い宝石がついたネックレスをクーシャさんの首にかけました。
ゴムージ曰く、割と奮発したのだとか。
「ありがとー、宝物にするわ。また貢いでなダーリン」
「へいへい」
ネックレスを撫でて小躍りするクーシャさんを見て、ゴムージは苦笑しました。
セドル君は、そんな二人の様子をポカンと眺めています。
「トウリちゃんもアクセサリーとか要らんの?」
「いえ、自分は」
「ウチのおさがりで良ければ、あげよっか?」
女の人はアクセサリーが好きと言いますが、クーシャさんの目の輝かせ方は凄まじいものでした。
きっと、ゴムージから貰ったからこその喜びようなのでしょう。
「トウリちゃんはそやなぁ、赤よりも青系の方が似合いそうや。ちょい待っとき、幸せのおすそ分けを……」
「あー。えっと、その」
ですが自分は、着飾ることにはあまり興味がありません。
職業柄、化粧をすることにすら抵抗があります。
なのでアクセサリーを貰っても、正直困ってしまうのですが……
「ほっといてやれよ。先輩はそう言うの、苦手なクチだろ」
「えー、そうなん?」
「まだ、いまいちピンと来ていないんです」
自分の困惑を察してくれたゴムージが、助け船を出してくれました。
この男は最初から、自分がアクセサリー類に興味が無いと気付いていたようです。
その辺の機微の察し方が、商人らしいというのでしょうか。
「勿体ないわぁ。トウリちゃん野暮ったい服ばっか着てるし、お洒落してみればええのに」
「自分の身の丈にはあっています」
「良いじゃねぇか、それはそれで先輩の良さだ」
まぁ、自分はそのあたり一般女性とは感性が異なるのでしょう。
クーシャさんは自分を微妙な顔で眺めたあと、ゴムージにお礼のキスをしました。
ゴムージもキスを仕返したので、自分は無言でセドル君の目を塞ぎました。
ああ、毎朝のことながらLoveな熱気に当てられそうになります。
「今日は出勤日なので、お先に失礼します」
「行ってらっしゃいトウリちゃん」
「トゥーちゃん、ばいばい」
自分は二人の熱に当てられる前に、職場に退散することにしました。
幸せで、眩しすぎるその風景から逃げるように。
この日はゴムージが、家でセドル君の世話をしてくれる予定でした。
自分はいつも通りアニータさんの診療所で、応急診察の手伝いです。
クーシャさんはゴムージ雑貨店の看板娘として、今日も元気に働く手筈です。
いつもと変わらない、平穏で静かな日々。
自分を追いかけ、玄関の外でずっと手を振ってくれているセドル君に微笑み返して、アニータさんの診療所に出かけました。
────その笑顔はもう二度と、戻ってこないとも知らずに。
ゴムージの雑貨店は、元は倉庫だった建物を改装して作られていました。
場所はゴムージ家のすぐ隣で、1分で行き来できる距離です。
その倉庫の入口にレジカウンターを置いて、注文された商品をクーシャさんが取りに行って代金と引き換え渡すような仕組みです。
女一人で店番と聞けば不用心に思えますが、店前は人通りが多く、強盗などが現れても誰かが助けに入ってくれるでしょう。
人通りが少ない時間になると、クーシャさんは早々に店を閉めます。
そんな訳で、今までは特に問題なく彼女一人で店番ができていたのです。
「……随分、儲かってそうだな」
「ええ、おかげさまで」
クーシャさんはその日も、いつものようにニコニコと笑顔を振りまいて店のカウンターに立っていました。
ただこの日は、朝にゴムージから贈られた高価なネックレスを身に着け、いつも以上に機嫌が良かったでしょう。
「そのネックレスは幾らしたんだ?」
「さぁ? 旦那が買ってきてくれたもんで」
「旦那さんは何やっている?」
「行商やよ。仕入れたもんを売るのが私の役目や」
「ちっ」
そんな彼女の笑顔を見て、店内に入っていた客は舌打ちしました。
その理由は、
「随分と、不当に貯め込んでいるんだな」
「はい?」
この客はある過激な思想家によって、「資産家は祖国を滅ぼす敵」であるという認識を植え付けられていたからです。
いや、正確にはこの男は客ではなく、
「お前らのせいで、何人の罪なき市民が死んだと思っている?」
「あのー、お客さん?」
「貴様らが良い思いをして、贅沢を極めたばかりに」
最初から、略奪を行うためにオセロ村に訪れていた暴徒の一人でした。
それは、突然の出来事でした。
平和だった村にいきなり大きな悲鳴が上がった直後、数発の銃声が鳴り響きました。
「いったい何事だ?」
「……何やら不穏な雰囲気ですね」
この時、自分はアニータさんの診療所で仕事をしている最中でした。
診察を中断して窓から外の様子を窺うと、銃を手に持った男が大声で何かを叫んでいるのが見えました。
「我々は───、革命に───」
「────村長を、出せ────」
それは、数十名の小汚い身なりの武装集団でした。
遠すぎて話の内容は断片的にしか分かりませんが、どうやら「金と食料と財産をよこせ」という要求みたいです。
それが革命のためであり、祖国のためなので協力しろという言い草でした。
「盗賊だな。……どうしたもんか」
「村長を出せと言っていますが」
彼等は通りがかった住民を脅し、口の中に銃口を突っ込みました。
あのまま発砲されたら、頭が吹き飛んでしまうでしょう。
脅された村人の、顔が真っ青になっています。
「あ、あぁ。お爺……」
「……っ」
そんな粗暴な男どもの呼びかけに応じ、1人の老人が恐る恐る歩いてきました。
自分は、その老人に見覚えがありました。
以前、自分がヴァーニャで会話を交わした老夫婦の旦那さんです。
「……」
「つまり、……」
男は老人と言葉を交わしました。
老人は腰を低くして、ペコペコと頭を下げなから何か交渉しています。
彼は必死に頭を下げ、賊に何かを懇願していました。
「あっ!」
暫く言葉を交わされた後。
武装した男はおもむろに、銃を老人に向けました。
老人は目を見開き、男はニヤリと唇を歪めます。
「いかん、逃げろ爺────」
直後、村に大きな銃声が響き渡り、老人は顔面を吹っ飛ばされました。
大きな悲鳴が村中に響き、頭を失った老人は力なく倒れてしまいます。
「この男は───、我々に協力しないのであれば───、我々は革命の敵に対し───、命を懸けて戦う覚悟が───」
老人の頭を吹き飛ばした殺人男は、再び演説を始めました。
おそらく老人は村の為に、彼らの要求を断ろうとしたのでしょう。
その結果、銃で撃ち殺されたのです。
「ただいまより徴収を行う───」
粗暴な男たちは銃を構えたまま、散ってそれぞれ民家を回り始めました。
そして住人に銃口を突き付け、家から財産を持ち出し始めます。
居留守を使った家は燃やして、堪らず出てきた人を撃ち殺してしまいました。
「卑怯な人間を我々は許さない────」
それは紛うことなき略奪でした。
老人を殺す事で本気だと示し、速やかに財産を奪うその手口。
そのやり口の慣れ方を見るに、もう何度も略奪を行ってきたのでしょう。
「こ、ここに来たら、アタシが対応する。トウリちゃん、患者を奥にまとめて隠れさせとけ」
アニータさんは顔を青くしながらも、そう言って玄関口の方へ行きました。
診療所の主として、矢面に立つつもりのようです。
この非常時に、かつて軍人だった自分のとった行動は────
────部屋の隅で、顔を青くして屈み、震える事でした。
「ひぃっ、また銃声が」
「何なんだよ、あいつらは……っ!!」
自分は、無力でした。
銃声が聞こえるたびに恐怖で心が凍り付き、涙を浮かべることしか出来ませんでした。
装備も何もない今の自分では、武装した集団に為すすべがありません。
「……ゴムージ」
外の賊達は、やがてゴムージの家に入っていきました。
きっと、彼の家の財産や商品を根こそぎ奪っていくのでしょう。
ゴムージは口が上手いので酷い事にはならないと思いますが、心配でした。
「くそったれ、何だってんだよぉ」
まさか真昼間から堂々と、襲撃してくる賊が居るとは。
この地域の警察は、軍は、何をしているのでしょうか。
ガクガクと、腰が震えて動けません。
「だ、大丈夫だお癒者さん。いざとなりゃ、俺が」
「す、すみません」
よほど酷い顔色だったのか、自分は患者さんに心配されてしまいました。
戦場帰りで鉄火場に慣れている筈なのに、この場の誰より落ち着いていなければならないのに。
「……大丈夫、の筈です」
いえ。違いますね。
自分が戦場帰りだからこそ、銃の音が怖くて震えが止まらないのでしょう。
銃の恐しさを知っているからこそ、恐怖に押し殺されているのです。
あの武器がどんなに簡単に人の命を奪えるか、衛生兵だった自分はこの上なく熟知しています。
────ああ、本当に情けない。
そんな自嘲と共に、自分は目を閉じて泣いていました。
……すると。
バァン、と。
突然にゴムージの家の方から、大きな銃声が響き渡ったのです。
「……っ!」
「トウリちゃん!?」
確かに聞こえました。彼の家から大きな銃声が。
あの家の誰かが、撃たれた可能性があります。
そう思った瞬間に腰の震えが止まり、自分は立ち上がっていました。
「すみませんアニータさん」
「な、なんだトウリちゃん」
「自分はゴムージの様子を見に行ってきます」
「ちょ、ちょっと!」
嫌な予感で、動悸が止まりません。
何か致命的な事が起こったような悪寒が、喉を渇かしました。
「……ご迷惑はかけません!」
「おーい!」
自分はゴムージに貰った黒い鉄筒を肩にかけ、裏口から診療所を飛び出しました。
冗談ではありません。口が上手いのが取り柄でしょう、ゴムージは。
どうして、発砲されるなんて事になったのですか。
「……」
自分は走りました。万が一のことがあれば、彼を助けるのは自分の役目です。
この数か月の平穏は、彼のお陰で手に入れました。
彼だけは、絶対に見捨ててはいけないのです。
自分は敵の位置を確認しながら、民家の裏を駆けました。
発砲音がしてからまだ数分ほど、即死でなければまだ助かる見込みはあります。
誰にも見つからぬように、足音を忍ばせて。
見つからぬ様ゆっくりと、ゴムージの家の裏口付近まで走って────
「……あ」
その、ゴムージ雑貨店の入り口に。
見覚えのある