TS衛生兵さんの成り上がり   作:まさきたま(サンキューカッス)

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9話

 翌日。

 

 自身の仕出かした責任に打ちのめされて眠った自分は、野戦病院の床で目覚めました。

 

 自分の隣には、同じ小隊のアレン先輩が寝かされていました。

 

「……起きたのね、トウリちゃん」

 

 顔をあげると、優しい声が自分へ語り掛けてきました。

 

 振り返れば、泣き黒子の美人ゲール衛生部長がにこやかにデスクに座っていました。

 

「おはよう、トウリちゃん。無事で何よりね、昨日の地獄をよく生き残ってくれたわ」

「はい、衛生部長殿。おはようございます」

 

 何故自分がこんな場所に寝かされていたかと聞けば、病床が足りず臨時で増設する羽目になったからだそうです。

 

 自分はその場で着替えながら、ゲール衛生部長から被害状況について聞かされました。

 

 昨日の防衛戦では、かなり被害が出た様でした。

 

 味方の死者だけで1000人を超え、負傷者を含めると被害は約3000人に上るそうです。

 

「トウリちゃんも負傷明けで悪いんだけど、病院は人手が全く足りてないの。ガーバックに許可はとってるから、今日は治療を手伝って頂戴」

「はい、了解しました。現時刻から明朝5時まで、自分はゲール衛生部長の指揮下に入ります」

「お願いね。……本当は昨夜から手伝って欲しかったんだけど、あの馬鹿の八つ当たりのせいで……」

 

 一瞬ですが、ゲール衛生部長は物凄く怖い顔をしました。

 

 大量の患者が入床した時の、衛生兵業務はかなり忙しいです。

 

 そんな大変な時に呑気に熟睡していた自分は、かなり不興を買ったことでしょう。後で皆に、しっかり謝罪しておかないと。

 

「ガーバックが居ないだけで私達の仕事はどれだけ減るのかしらね。……はぁ」

「自分が不甲斐ないせいで迷惑をお掛けして申し訳ありません」

「トウリちゃんは悪くないわ。仕事は真面目だし、よく働いてくれてるし。と言うか、ガーバックの折檻の理由聞いたんだけど、私が教えた【盾】のせいなんでしょう? ……ごめんなさいね」

「とんでもありません、ひとえに自分が報告を怠ったせいです。昨日の小隊長殿の指導内容は、至極妥当であったと理解しております」

「うーん……。本当に、突撃部隊に配属させとくには、勿体ない真面目さねぇ」

 

 自分の答弁を聞いて、ゲール衛生部長は困ったような表情を浮かべました。

 

 どうしたのでしょうか。

 

「隠すのもなんだから伝えておくけれど、実は昨日、上層部にトウリちゃんを私の衛生部隊に編入させるよう要請したの」

「それは、やはり自分が前線での任務に耐えられないという判断でしょうか」

「いや、最近負傷者の数が増加傾向だからよ。昨日の防衛でトウリちゃん、九死に一生だったんでしょ? 人手が全然足りてないのに、前線で貴重な衛生兵を殉職させられちゃたまらないもの」

「……成程、理解しました」

 

 野戦病院の、衛生兵は慢性的に人手不足です。満床の時は回復魔法の回数が全く足りません。

 

 なので体には悪いですが、魔力が尽きたら秘薬を飲み、精魂尽き果てるまで回復魔法の行使を行います。

 

「1度で通るか分かんないけど……。衛生兵が一人増えるだけで兵士を何人助けられるか、説き伏せてやるんだから」

 

 目の前のゲール衛生部長も、目の下にガッツリ隈を作っています。恐らくは、徹夜明けでしょう。

 

 衛生兵は数十人しか存在しませんし、回復魔法は人数がものを言います。

 

 自分のような新米でも非常に大きな労働力になります。だからこその、要請でしょうか。

 

「さて、目を覚ましたなら顔を洗ってらっしゃい。もうすぐ、D病床の回診が始まるからトウリちゃんも付いていきなさい」

「了解しました」

 

 ま、自分の活用法に関しては上層部の判断に従うのみです。

 

 昨日のサルサ君を殺したミスは、自分の怠慢から来るもの。

 

 そんな迂闊な小娘を前線に送り出すより、後方で医療に従事させていた方が利益になるという判断が下されても仕方ありません。

 

「……それと、あまり気に病まないようにね。うなされていたわよ、とても」

「気を付けます」

 

 デスクから立ち去る間際、衛生部長から軽く釘を刺されました。流石に、ゲールさんは人を良く観察しています。

 

 正直、自分はまだ色々とショックを引きずっています。しかし、苦しんでいる患者さんの為に切り替えないとなりません。

 

 たっぷり眠っていた衛生兵が集中不足で医療ミスなんかしたら、それこそ申し開きもできませんから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トウリちゃん君、思ったより魔力量が増えてるな」

「……本当ですか」

 

 D病床の朝回診から仕事に参加した自分は、衛生兵の先輩にそんなことを言われました。

 

「トウリちゃん、15歳だっけ」

「はい、その通りです」

「そっか、成長期だもんな~。この成長速度なら、来年には主力になれてると思うよ」

「そんな、1年程度で先輩には追い付く筈がありません」

「だって、来年から俺いねえし」

 

 この先輩は所謂、かなりデキる系の人です。

 

 医学の素人の自分とは違い、彼はもともと医療を専攻していたプロで、徴兵され前線送りにされたそうです。

 

 知識量も回復魔法の精度も非常に優秀で、徴兵組でありながら病床主任を任されています。

 

「俺は来年、兵役終わったら大学に戻るけど。トウリちゃんも生き延びられたら、ウチの大学来ない?」

「大学ですか」

「うん、そこでしっかり修行して回復術を身に付ければ、戦争終わっても食いっぱぐれないよ」

「お誘いありがとうございます、是非検討させていただきます」

 

 もし生きて帰ることが出来たら。先輩は、そんな言葉を口に出しました。

 

 野戦病院で仕事に従事する衛生兵にとって、その言葉は決してあり得ない話ではありません。

 

 何せ、戦場の最後方である病院まで戦火が及ぶことは、あまり無いからです。

 

「自分が生き延びられる可能性は、あまり高くはありませんが」

「……まぁ、お前はな。とっとと降参なり停戦なりして欲しいね」

 

 突撃部隊に所属しているファンキーな衛生兵である自分はさておき、基本的に衛生兵の死亡率はかなり低いです。

 

 志願兵はそれなりに功績を立てれば後方勤務になりますし、徴兵組は兵役である3年間を生き延びれば故郷に帰れます。

 

 ずっと前線で衛生兵やりたい、なんて奇特な人もいるらしいですが。

 

「はよ負けろ。前線で殺し合いの尻拭いさせられるより、研究で医学を発展させる方がよっぽど万民の為になる」

「その言葉、上層部の方に聞かれるとまずいのでは」

「まずくねぇよ、俺の本音さ」

 

 なので基本的に、衛生部に所属する人は軍人であるという意識は低いです。

 

 危険地域に強制就労させられた一般人、と認識している人の方が多いでしょう。

 

「人を殺しに行く奴の傷を治せだなんて、癒者(ヒーラー)を馬鹿にしてやがる」

 

 だから、彼らの価値観はかなり市井に近い気がします。

 

 戦争に毒されていない、まともな感性の人ばかりなのです。

 

「ちょっと病院テントの外を見てみろ、兵士の連中が穴掘ってるだろ」

「はい、今日も塹壕を掘ってくれている様子です」

 

 話の流れで、先輩が外を指さしました。

 

 そこには、ショベルを持った兵士の方々が集まり、大きな穴を掘っていました。

 

 前線ではよく見る光景です。

 

「いや、野戦病院より後方に塹壕掘って何になる。ありゃ墓穴だ」

「お墓、ですか」

「おう、死体を回収して貰えたラッキーな奴の墓。激戦区で死んだ奴の死体は野晒しだからな、埋めて燃やして貰える奴は幸運だろう」

 

 言われてみれば、確かに塹壕にしては掘った穴が丸いです。

 

 それに、涙を流していたり黙祷をささげていたりする兵士が幾らか見受けられました。

 

 あれは、確かに埋葬の様です。

 

「俺は今朝、あの中に自分が担当してた奴を見かけたよ」

「……」

「我ながら完璧な処置で、以前の様に手首を動かせるように丁寧に手術してやった。ありがとう先生、って破顔して喜んでくれたよ。その3日後に、戦死してあの穴の中さ」

「それは、運が無かったとしか」

「運だ? 履き違えるな、国が一言『参りました』『もうやめましょう』って言えれば死ななかった命だ。ソイツは国に殺されたんだ」

 

 先輩はそう言うと、遠い目で穴に放られていく死体を眺めながら、

 

「毎日積み上げられていく死体の中に君が混じらない事を祈ってる」

 

 そう呟きました。

 

 

 

 

 

 

 

「……あ」

 

 そして、自分は。

 

「すみません先輩、少しだけ休憩を頂けないでしょうか」

「ん? ああ良いよ、君の魔力も切れてるだろう。少しリフレッシュしてくると良い」

「ありがとうございます」

 

 その掘られた墓穴の近くに、ある人物を見かけました。

 

「では少し、席を外させていただきます」

 

 その人物とは、アレン先輩です。

 

 昨日、たっぷりガーバック小隊長に指導され野戦病院で寝かされていた偵察兵の先輩です。

 

 もう動けるようになったなら、声をかけておきましょう。

 

 

 

 

 

 

「……アレン先輩」

「おお、トウリか」

 

 流石は衛生部の仕事、昨晩の暴行によってアレン先輩が受けた傷の殆どは完治している様子でした。

 

 彼はショベルを片手に持って、墓穴造りに参加していたそうです。

 

「体のお加減はもうよいのですか」

「ああ、ありがとう。トウリも、思ったより元気そうでよかった」

 

 アレン先輩は、自分を見て優しく笑いました。

 

 この調子だと、明日から問題なく復帰できそうです。

 

「……トウリ、良いタイミングで来てくれたな。アイツもなかなか捨て置けん」

「良いタイミング、ですか?」

「ああ。休養日の少ない俺達が、こうして戦友を見送れる機会なんて多くないからな」

 

 アレン先輩はそう言うと、自分を視線で寝かされた死体の山へ促しました。

 

 そこに寝ていたのは、

 

 

「サルサ君……」

「ああ、今から火葬だ」

 

 

 乱雑に積み上げられた死体の山から顔を出した、同期のサルサ君の顔でした。

 

「……」

 

 心拍が、早くなるのを感じます。

 

 彼の肌は不気味なほど青白く、顔は赤黒く焼けただれ、頭の損傷部を隠す様に布が縛りつけられていました。

 

 ……覚えています。

 

 サルサ君がついこないだの宴会で、ひょうきんに裸踊りをしようとしていた事を。

 

 その彼の馬鹿馬鹿しくも、どこか優しさを感じさせる人柄は、決して嫌いではありませんでした。

 

「そうだ、トウリ。サルサについて良い思い出話がある」

「自分に、ですか? アレン先輩」

「ああ。と言っても、たいした話じゃないが」

 

 やがて、集められた全員分の遺体が穴に放り込まれると、周囲にその辺に咲いていた花や野草が添えられ始めました。

 

 そして牧師のような服を着た兵士が前に出て、冥福を祈る口上を始めました。

 

「この前、女を買いに出かけた時に話したんだが。アイツな、お前に命を救われたことを凄く気にしてたぞ」

「サルサ君が、自分に?」

「ああ。救われたのに夕食も分けれなかったし、借りっぱなしだって」

 

 アレン先輩の言葉に、そう言えばと思い出します。

 

 最初の命令違反で彼の命を救った時、彼はブリーフィングをすっぽかして夕食抜きとなり、結局何も返して貰ってませんでした。

 

「サルサの奴はなぁ。何としてでも、今度は俺がトウリちゃんを守って見せる。そして、『借りは返したぜ』って言ってやるんだ、って息巻いてた」

「……それで、あんなに危険な真似を」

 

 ああ、サルサ君がそんな事を考えていたなんて気づきませんでした。

 

 思い返せば彼は、自分の肉盾になる命令を受けた時、妙に張り切っていたような気がします。

 

 まさか彼は、自分を庇おうと張り切り過ぎた結果、

 

「まさに有言実行だ。俺は、この若造サルサに敬意を表するぜ」

「そんな、理由で」

 

 自らの命を落としてしまった、というのでしょうか。

 

 

「……さあ、黙祷するぞ」

 

 

 やがて、牧師の方が呪文を呟き、穴全体を火が包み込みました。

 

 脂肪の焼けた湿っぽい臭みが、周囲に蔓延します。

 

 しかし、その場を離れようとする兵士は一人も居ませんでした。

 

 

 

 死体は、感染微生物の温床となります。

 

 そのまま埋めるよりかは、可能な限り回収して、焼いてやるのが好ましいとされています。

 

 

 しかし、燃料は貴重なので死体に振りまくことは出来ません。

 

 人体の脂分と、その衣類のみを燃料に、死体はゆっくりと燃えていくことになります。

 

 

「────」

 

 

 サルサ君は、静かに火に包まれて行きました。

 

 皮膚が解け堕ち、黒い何かを垂らしながら、蝋燭のような静かな炎に焼かれました。

 

 火に包まれるサルサ君は、決して安らかには見えません。

 

 熱で口が開き、手が折れ曲がり、背を丸め断末魔の形相を呈しています。

 

 

「……」

「そうだ、それで良いトウリ」

 

 そうなってしまうと、もう駄目でした。

 

 どれだけ堪えても、涙が溢れてきて止まりません。

 

「溜め込むな。新米の癖にいきがって、大人の振りをするんじゃない」

「……」

「きちんと発散した方が、切り替えが早くなる。……だから、それで正解だ」

 

 それ以上、自分は燃えていくサルサ君を見ていることが出来ませんでした。

 

 心が弱い。自分が、こんなにも打たれ弱い人間だったとは思いませんでした。

 

「────っ!」

 

 両膝をついて、手で顔を覆い、声にならぬ声を嚙み殺しました。

 

 ボロボロと、落ちる涙はとめどなく。

 

 零れた雫は、揺れる炎を映します。

 

 

 

「勇敢だった、戦友達に黙祷を」

 

 

 そして自分は情けなく、声を上げて泣いたのでした。

 


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