TS衛生兵さんの成り上がり   作:まさきたま(サンキューカッス)

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90話

 

 サバト連邦軍、参謀大尉シルフ・ノーヴァ。

 

 その名は連邦軍の中で「奇跡の象徴」として、広く知れ渡っていました。

 

 

 彼女の最大の功績は、西部戦線における多点同時突破戦略の提案でした。

 

 サバト連邦軍の指揮官ブルスタフはこの戦略を用いて、オースティンに絶大な被害を与えました。

 

 その結果オースティンが無条件降伏声明を出すまで追い込まれていたことからも、シルフが歴史を動かした人物であるのは間違いないでしょう。

 

 ……もし、そこで戦争が終わっていれば彼女の運命も大きく変わっていたと思われます。

 

「シルフはサバト随一の知恵者だ。将来の軍は、シルフを基に編成されるだろう」

 

 残念ながら戦争は続き、シルフは参謀将校として軍に招聘されました。

 

 父ブルスタフは「娘の優秀さ」を喧伝したため、彼女は士官学校を卒業した直後に関わらず一目置かれる存在となっていました。

 

 総司令である父から信頼を受けていた彼女は、参謀として様々な作戦に参加し、優秀な成果を挙げ続けました。

 

 ラキャさんが命を落としたあのノエル付近の攻防でも、彼女の作戦そのものは高く評価されました。

 

 シルフは続いてしまった戦争の中で、自らの価値を証明していったのです。

 

 

 ただブルスタフから見て、娘のシルフには大きな欠点がありました。

 

 彼女の立案する作戦は、その多くが「博打的」な内容ばかりだったのです。

 

 

 ブルスタフには、こんな信条がありました。

 

 それは、軍事作戦とは綿密な計算に基づいて実行されるべきものであり、人の命で博打をしてはいけないという信条です。

 

 若いシルフの立てる作戦には光るものはありますが、同時に危なっかしいものも感じていました。

 

 ブルスタフは愛娘にそれをよく諭し、不確定な要素をなるべく避けるように指導をしました。

 

 

「ああ、父は分かっていない」

 

 

 その父の言葉に表面上は頷いていたシルフですが、その心の奥底では鬱屈とした感情を抱えていました。

 

 シルフは自身の作戦が博打的であることなど、重々承知していたからです。

 

「博打をする必要なく、推測通りに敵が動いてくれるのが理想だ。だが、それは理想でしかない」

 

 父親ブルスタフは、非常に優秀な指揮官でした。

 

 システマティックな作戦を運用するのが得意で、その状況での最善手を無難に選択できる、安定感のある指揮を取柄にしていました。

 

 そんな父をシルフは尊敬していましたが、

 

「その信条は、選ぶ作戦を自ら制限して戦っている様なものだ。凡人には決して負けないが、きっと知恵者には読まれてしまう……」

 

 北部決戦における敵の動きを見て、父の指揮にずっと嫌な予感を感じていました。

 

 

 シルフは幾つかの作戦を北部決戦で提案しましたが、その殆どを父に却下されました。

 

 採用されたのは、空振りに終わった二重塹壕作戦くらいです。

 

 ブルスタフは兵力と生産力で有利を取っている以上、積極的な作戦を避けて守りを固めたのです。

 

 シルフの提案も殆どリスクの無い作戦しか、採用して貰えませんでした。

 

 ……シルフは、ずっと嫌な予感を感じていたそうです。

 

 敵の掌で踊らされ、取り返しがつかなくなる予感を。

 

 なのでシルフは、サバト側から打って出るような様々な作戦を父に提案し続けました。

 

「……その作戦は、リスクと戦果が見合っていない」

 

 しかし、その作戦をブルスタフは尽く却下していきました。

 

 防御側の有利を散々に経験してきた彼は、「いかに相手に攻めさせるか」を作戦の軸に置いていたのです。

 

 自分から攻めるなど、狂気の沙汰でしかありません。

 

「シルフはまだ若すぎた。実戦への参加は早かったかな」

 

 愛娘からの積極策提案を煩わしく感じたブルスタフは、彼女を北橋の防衛へと向かわせました。

 

 自身の安定した指揮で勝利する姿を見せれば、娘も納得して成長するだろう。

 

 ブルスタフはこうして娘の具申を却下し、自ら指揮を執り続け────

 

 その作戦内容を読み切っていたベルンに、これ以上無いほどの完敗を喫してしまったのでした。

 

 

 

 

 北部決戦に敗れ、オースティン領をさ迷ったシルフは、死ぬ思いでサバトに帰還しました。

 

 若い女性であるシルフに、汗と泥に塗れながら数十㎞の撤退行は、とても辛い経験でした。

 

 帰って父に文句を言ってやると息巻いて、やっとの思いでサバト領に戻ってきた彼女は、

 

「ブルスタフ司令は勇敢な最期を遂げられた」

 

 最寄りの拠点で、父ブルスタフの死を告げられました。

 

「まぁ、あの状況で父は助かるまい」

「シルフ殿……」

 

 シルフは寂しそうに、父の遺品の勲章を手に持ってそう呟きました。

 

 頭の良い彼女は、認めたくなかっただけで……、何となく父の結末を察していたようです。

 

「近くにサバト軍の司令部は有るか」

「ここからですと、東方司令部が近いです」

「そうか」

 

 そしてここからが、彼女にとって苦難の始まりでした。

 

 

 

 シルフはサバト東部、オースティンとの国境よりに設置された東方司令部に帰還しました。

 

 彼女は参謀将校であり、今回の戦争の顛末を参謀本部に報告をする義務があります。

 

 彼女は東方司令部で一息ついた後、すぐ首都に出向するよう命じられました。

 

「……ああ、最悪の里帰りだ」

 

 彼女の家族は首都ヨゼグラードに在住しており、ついでに顔を見せに行くつもりでした。

 

 シルフはまだ17歳、年若い少女です。父親の死について、家族と話をしたかったのです。

 

 しかし、首都に帰った彼女が見た光景は、

 

 

「……」

 

 

 民衆が暴動をおこし、謎の過激派組織により掌握されてしまった彼女の故郷でした。

 

 

 首都の有様はひどいモノでした。

 

 そこら中に崩壊した建物の残骸が散らばり、街中には遺体が転がっていて、謎の集団が声高に平和を訴えていました。

 

 

「……参謀本部、が」

 

 

 そして参謀本部は、民衆の手によって叩き壊されていました。

 

 レミさん率いる労働者議会は、政府側の有力者を焼き討ちして回っていたからです。

 

 参謀本部に所属していた有力者を殺害する為、参謀本部は焼き討ちにされていたのでした。

 

「……」

 

 それだけではありません。

 

 シルフの父ブルスタフは政府高官では無かったのですが、

 

「私の、家……」

 

 政府寄りの軍人として知られていたせいで、その実家も被害に遭っていたのです。

 

 無条件降伏の破棄はブルスタフ独断というデマも出歩いていたようで、その邸宅は焼き討ちされ家族は消息不明になってしまっていました。

 

 首都は、シルフの故郷は、もう別の何かに支配されていたのです。

 

 

「……」

 

 

 シルフは東方司令部に戻り、首都で見た仔細を報告しました。

 

 聞けば東方司令部も1週間前から参謀本部と連絡がつかなくなっており、シルフを偵察の駒として使ったみたいです。

 

 東方司令部はその「労働者議会」を反政府勢力として調査を始め、シルフは東方司令部に所属する事となりました。

 

「西方司令部、南方司令部とも連絡が取れない。やはり、通信拠点が破壊されている」

「北方司令部は、周囲で大量発生している暴徒の対応に追われ動けないそうだ」

 

 全国的に通信拠点が破壊されているようで、司令部間の連絡はほぼ取れない状況でした。

 

 通信拠点にも軍事物資が蓄えられているので、武器を欲しがった暴徒が襲撃していたのです。

 

 暴徒を鎮圧するに当たり各司令部と足並みを揃えたかったのですが、それは不可能でした。

 

 更にこの頃から、

 

「この付近にも大量の賊が発生している。幾つかの集団が『労働者議会に与する』と宣言し、各地で略奪を繰り返しているらしい」

「なんてことだ」

 

 東方司令部付近の村落から大量の救援要請が入り始め、司令部はその対応に追われることとなりました。

 

 

「シルフ殿。年若い貴女に任せるのは抵抗があるが」

「構わん。指揮官も足りんだろう、私が出てやる」

 

 

 東方司令部には北部決戦の予備兵力が駐留しており、兵数はそれなりにありました。

 

 しかしベテラン兵士は北部決戦に駆り出されており、所属していた指揮官級は士官学校上がりの経験の浅い者のみでした。

 

 実戦経験者で、かつサバト随一と言われた知恵者であるシルフを遊ばせておく余裕はありません。

 

 前線帰りのシルフは指揮官として、賊の討伐の為に各地を走り回る事になっていたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで何をしていた?」

 

 そんな理由で、この時のシルフは賊の討伐のため毎日のように飛び回っていました。

 

 この日も、賊らしい集団をオセロ近辺で目撃したとの情報を受け、調査に来ていたようです。

 

「貴様らが今、手に持っていた装備はサバト軍の正規装備のようだが。何処で手に入れた」

「……これは、賊から奪ったものです」

 

 そんな状況だったので、サバト小銃を手に持った4人組が接近してきているとの報告を受け、シルフ・ノーヴァは我々を賊の斥候と勘違いしたようでした。

 

 なのでイリゴルを撃ち、我々を包囲して事情聴取と相成ったようです。

 

「聞いてください。オセロの村が、賊に襲われているんです」

「貴様らがその、賊ではなくてか?」

「お疑いなら、自分達を拘束していただいて構いません。あの村の民に聞けば、我々が村民で有る事は証明していただけるでしょう」

 

 シルフは半信半疑ながらも、自分たちの面々を見て微妙な顔をしました。

 

 賊は村人が身をやつしたケースが多く、一般人と区別がつかない事が多かったのです。

 

 自分たちの様に子供や老婆連れであっても、賊である可能性は十分にありました。

 

「なのでどうか、そこのイリゴル……。村の仲間を、治療させてもらえませんか」

「……」

「自分はあの村で癒者の見習いをやっていた者です。回復魔法を、使わせてください」

 

 先程体を撃たれたイリゴルは、鬼の形相で軍服の少女を睨むのみでした。

 

 老婆は彼に抱き着いて、声にならない慟哭をあげるのみ。

 

 イリゴルにはもう、声も発する余裕がないと思われます。

 

「それには及ばない。ふん、最初から急所は外すよう指示している」

「……どうか、治療を」

「見知らぬ相手に魔法を使う許可を出すと思うか? ……エライア、応急処置だけしてやれ」

 

 シルフ・ノーヴァは、自分より年上であろう女性兵士に指示を飛ばしました。

 

 どうやら、向こうの衛生兵に治療してもらえるみたいです。

 

「まぁ良いだろう、諸君らの身柄は我々が預かる。供述した通り村人だというならば、安心すると良い。今から、オセロ村とやらを見に行ってやる」

「ありがとうございます。賊は自分の見えた限りですと数十人規模、一部に軍人崩れが混じっていると思われます」

「は、情報提供感謝する」

 

 向こうの衛生兵は、硬い態度を崩さないままイリゴルの腹の処置を始めました。

 

 ……それなりのベテラン衛生兵っぽいですね。安心して治療はお任せできそうです。

 

 軍が到着したなら一安心、後は彼らに任せましょう。

 

 

 そんな事を、思っていたら。

 

「……それよりも。おい、そこの女」

「自分ですか」

「そうだ」

 

 シルフはおもむろに、セドル君を抱く自分にツカツカと近づいてきました。

 

「お前、そのサバト語の訛りは何だ?」

 

 そしてシルフ・ノーヴァは、憎悪を瞳に灯したまま。

 

「お前、本当にサバト人か?」

 

 自分の額に、銃口を突きつけました。

 

 

 

 

「私には今、嫌いなものが3つある。1つは、レーションの中に入っているヨレヨレのパプリカだ。あれは人の食べる物じゃない」

 

 彼女の口調は軽く、まるで友人にジョークをかますときのような軽快さを持っていました。

 

 ですが、その眼光は氷点下の雪原を思わせる昏さでした。

 

「2つ目は、言う事を聞かぬ部下だ。私は今まで優秀な部下に縁が無くてな、何度も作戦を台無しにされてきた。次にミスをすれば銃殺してやろうと、心に決めているくらいに」

 

 そのシルフの言葉に、彼女の部下からピリっとした空気を感じました。

 

 シルフは外見と裏腹に、非常に冷酷な軍人であると思わせました。

 

「3つ目は……オース人だよ。一度は白旗を上げた癖に、往生際悪く抵抗を続け、挙句私の父を殺した」

 

 銃口を握るシルフの指先に、力が入ります。

 

 彼女に銃を突き付けられた自分は、目を瞑ってセドル君を抱きしめる事しか出来ません。

 

「さぁ、答えろ。お前の出身は何処だ? 何故、そんなにもサバト語が訛っている?」

 

 

 ……直感で、分かりました。

 

 彼女は、自分がオースティン出身であると話した瞬間に引き金を引くと。

 

 

「セドル君。ごめんなさい、また少し目を閉じていてくださいね」

「トゥーちゃん?」

 

 

 どう答えるべきか。どうせ、村で聞き込みをされれば自分がオースティン人である事はバレるでしょう。

 

 しかしここで正直にオースティンと答えると、即座に撃ち殺されます。

 

 下手をすると、セドル君までオースティン人と勘違いされるかもしれません。

 

 ……。

 

 

 

「この子の名前はセドルと言います。彼はれっきとした、サバト人の子です」

「そんな事は聞いていない。貴様の出身を聞いている」

「……彼はサバト人です。それは嘘ではありません、村で聞いて回って貰って結構です」

「私の言葉が聞こえなかったのか?」

 

 自分がセドル君を守る方法は、これしか思いつきませんでした。

 

 嘘をつかず、本当の事を言ってセドル君の安全を確保する。

 

「そして自分は、オースティンの出身です」

「は、はは。はははっ!」

 

 その上で正直に、自分の国籍を偽りませんでした。

 

 ここで嘘をついてしまえば、セドル君の国籍まで疑われてしまうかもしれないからです。

 

「私はオースが嫌いだ。同じ空間で息をすることすら汚らわしい。貴様らさえいなければ……」

 

 ブツブツと何かを呟いた後、シルフの目が殺意に染まりました。

 

 そして彼女は、泣き笑いのような表情を浮かべた後、

 

「父の仇、取らせてもらうぞ」

 

 ……ゆっくりと、引き金を引く指に力を込めました。

 

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