TS衛生兵さんの成り上がり 作:まさきたま(サンキューカッス)
「ふむ。大体の話は分かった」
「そうですか」
ヴァーニャでシルフと話し込む事、数時間。
自分は休憩所で、シルフと並んで水を飲んでいました。
「要は貴様は、衛生部で働いていただけで軍事作戦の殆どには関わっていなかったのだな」
「ええ、嘘ではありません」
「いや、疑ってはいない。衛生部への情報制限など、我が国も似たようなものだ」
シルフには、話せる範囲で今までの自分の経験を伝えました。
彼女の言う通り自分は軍事作戦にはほぼ関わっておらず、持っている内部情報もたかが知れています。
自分の持っていた情報など、大した価値は無かったでしょう。
「ああ、貴様に回復魔法の素養があって良かった。衛生兵でいてくれてよかった」
「……どういう意味ですか?」
「オースは、随分と勿体ない事をしたなと嘲笑っただけだ」
しかし、そんな自分の話をシルフは大層興味深そうに聞いていました。
何が彼女の琴線に触れたのかよく分かりませんが、彼女の機嫌が良さそうなので少しホッとしました。
「よかろう、今の情報を信じてやる。その情報の価値を以て、貴様を捕虜扱いから解放してやるとする」
「ありがとうございます」
「ただし、暫くは監視付きで従軍生活してもらう。それくらいは受け入れろ」
「ええ、了解しました」
シルフは笑みを浮かべ、そう言って自分を解放してくれました。
自分がスパイではないと、信じてくれたようです。
「では行け。エライア、お前がトウリの監視につけ」
「了解です」
「寝場所も、貴様の小隊のテントで寝かせろ。絶対に逃がすなよ」
「御意」
シルフは、そう言って一緒にヴァーニャに入っていた女性兵士に命令を下しました。
エライアさんは、少し表情が乏しめの背の高い女性でした。
「トウリ、エライアは我が中隊で唯一の衛生兵だ。同じ女性同士、しばらく監督役を任せる」
「了解です、シルフ様」
「ああトウリ・ロウ、貴様を遊ばせておくつもりはないぞ。経歴に嘘が無いか確かめるためにも、エライアと共に我が部隊の仕事を手伝ってもらうつもりだ」
「分かりました」
「その代わり、最低限の報酬は提供してやる。貴様が供述通りに回復魔術師なら、遊ばせておくつもりはない」
そこまで言い終わると、シルフ・ノーヴァは笑みを含んで、
「貴様は私が、最大限に有効活用してやろう」
そう言い残し、去って行きました。
「トゥーちゃん、パパは? ママは?」
「……。迷子になったみたいですね、見当たりません」
「えー!」
ヴァーニャを出た後、自分たちはゴムージの家に財産を整理しに行きました。
オセロ村は賊の襲撃から1日経ち、街中に転がっていた遺体は整理され、こびり付いた血痕が目立つのみになっていました。
「ゴムージ……」
家に帰ると、それはもう無惨なことになっていました。
ゴムージ家の金庫は破られ、美術品や食料は持ち出され、家財も荒らされていました。
「ゴムージさんの財は、賊が粗方、持っていったよ」
「……ありがとうございます」
ご近所さんが言うには、賊が奪った資産は全て軍に接収されてしまったそうです。
その資産の中に、ゴムージ家の財産も入ってそうですが……。
どこまでが彼の財産なのか分からず、返還を求めましたが応じて貰えませんでした。
「パパとママを探しに行く!」
「……」
ゴムージ邸に戻った後、セドル君はひどく混乱して泣きわめきました。
どうやら彼は、自宅に帰ると両親に会えると思い込んでいたようです。
……自分がついた、嘘のせいで。
「トゥーちゃんも探して!」
「……ええ」
セドル君は泣き喚きながら、ゴムージ邸の周囲を走り回りました。
パパ、ママ、と泣き叫んで、声が枯れるまで呼び続けました。
────そしてこの時、街の広場では。
「パパとママの居場所ですが。自分に心当たりがあるので、ついて来てください、セド君」
「ほんと!?」
沢山の御遺体が、告別の為に並べられていました。
セドル君に何も話さず、いつかパパとママは帰ってくるよと誤魔化して、広場に向かわないという選択肢もありました。
彼にはいつまでも、戻ってこない両親を待ち続けて貰い、心の平穏を保ってもらうという選択です。
もしかしたら、これが正解だったのかもしれません。
「……ぱぱ」
ギリギリまで、迷いました。
ですが、自分がセドル君の立場になってみた時。
親の顔を見る最期の機会である告別式に、行かせないというのはあまりに残酷に思えたのです。
「……まま?」
遺体は、火葬されるのが一般的でした。
ゴムージが、クーシャさんが、その姿を保てるのは今日の午後までしかないのです。
今日告別式に連れてこなくとも、いずれセドル君も両親が死んだ事実を知るでしょう。
そしてその時、彼はどう思うでしょうか。
……両親の死に顔すら見れなかった後悔を、一生抱えてしまうのではないでしょうか。
「まま、お顔が取れてる」
「……」
クーシャさんのご遺体は、首を元の位置に据えられ白い布を被されていました。
布をめくると、目は閉じられて血涙の痕跡が流れ、唇は強く噛んだ跡がありました。
「ぱぱ、目を覚まさない」
ゴムージは、死んだ時と同じ表情のまま、目を見開いて動かなくなっていました。
体はぞっとするほど冷たく、土のように硬くなっていました。
「……なんで?」
ですが自分は改めて、彼をこの場に連れて来たことを後悔していました。
本当に、まだ幼いセドル君にこんな光景を見せて良かったのかと。
幼い子供は、死を理解できません。
明確に「死」というものを理解し始め、受け入れられるのは7歳ごろからと言われています。
それ以下の子供は、親の遺体を前にして「そのうち生き返るに違いない」とボンヤリ考えるそうです。
「パパもママも、死んでしまった、からです。セド君」
「死んだの?」
この時のセドル君の目に浮かんでいた色は、悲哀でも絶望でもなく、無機質でした。
これは、本当に「何も理解していない」時の子供の目です。
「どうやったら、パパとママは喋るの?」
彼は、セドル君は、両親の遺体を見て悼んでなどいません。
どうすれば生き返るのか。どうすれば、パパとママはまた自分を抱っこしてくれるのか。
そんな疑問で、頭がいっぱいなのです。
「言ったもんね、トゥーちゃん」
「……」
……失敗でした。
こんな状態になったご両親の遺体を、彼に見せるべきではありませんでした。
もしかしたら、自分は保身に走ってしまったのかもしれません。
将来セドル君から、「親の死に顔を見せなかった」という負い目を感じたくなかったがためだけに。
「また、パパは目を覚ますって」
自分は自分が楽になるため、セドル君を告別式に連れてきて。
幼いセドル君の心に、癒える事の無い傷を付けてしまったのかもしれません。
「君の両親は、二度と目を覚まさない」
その時、誰かの冷たい声がしました。
ガクガクと膝が震え、セドル君にどう声をかけていいかも分からず。
無機質な彼の目から、顔を背けて立っていると。
「死とは、二度と会えないという事だ」
「え?」
自分とセドル君の監視の為に、無言でついて来ていた衛生兵エライアが口を挟みました。
「会えないの?」
「ああ。今から、君のパパとママは燃やす」
「いや!」
その衛生兵────エライアさんは、真顔でセドル君の前に立ってそう言い切りました。
「だめ! 火を付けちゃダメ!」
「邪魔だ、どきなさい」
「やめて! やだ! 燃やさないで! ……痛っ!」
エライアさんは、鬼のような形相でセドル君を突き飛ばしました。
自分は唖然として、口を挟む事も出来ません。
「やめて! やめて、やめてよ!!」
「ほら、燃やせば二度と目を覚まさないのは理解出来るだろう」
そして彼女はそのまま、ゴムージやクーシャさんの遺体を火葬用の焚台に運んで行ってしまいました。
膝にかみつくセドル君を、蹴っ飛ばして。
「な、何を、エライアさ……」
「君は手を出すな。トウリ・ロウ」
いきなり何をするんだと、我に返った自分もエライアさんに食って掛かろうとしました。
しかし、自分は彼女の冷たい目に射抜かれ、
「君がこの子の保護者だろう。君だけは、怨まれちゃいけないんだ」
そう、言い捨てました。
「いやだぁああ!!!!」
まもなく、村の犠牲者たちは油を掛けられ、火葬されました。
セドル君は、エライアさんにガッチリ拘束され、泣きわめいていました。
「パパが、ママが!! 燃えちゃう、やめて!!」
幼い子供は、死というものを理解できません。
ですが、「何かを失ってしまう」事ならば理解できてしまうのです。
それは、玩具を壊した時のように。宝物を失くしたときのように。
「うわあああああん! うああああああん!!」
セドル君は、燃え盛る炎を前に泣き叫びました。
黒煙に炙られて黒くなっていくパパとママの姿を前に、パニックを起こして絶叫していました。
「ぱぱぁぁああああ!! ままぁぁあああああ!!」
吐き気を催す脂肪の燃える匂いが、村の広場に咽せ返り。
セドル君は黒く変色していく両親の胸に飛び込もうと、必死で手を伸ばし続けました。
ああ。自分は、間違えました。
連れて来るべきではありませんでした。
セドル君が死を受け入れられる年齢になるまで、騙し貫くべきでした。
こんな残酷な場所に、4歳のセドル君を連れて来てはいけませんでした────
「貴方の判断は間違っていない。トウリ・ロウ」
「へ?」
そんな狂乱するセドル君を前に、そして亡くなったゴムージ夫妻を目の当たりに、自分は止まらぬ涙を垂れ流していました。
我が身可愛さに、幼児の心に消えぬ傷を付けてしまったと、胸が張り裂けそうになりました。
後悔と自責の念で、気が変になりそうになっていると、
「歪みは、時間が経てば経つほど歪んでいく。問題を後回しにすれば、きっと後悔は大きくなるだけ」
「……」
「今からこの子を支えてあげなさい。……大切な子なのでしょう?」
セドル君に噛みつかれ、腕から血を流しているエライアさんが、自分にそう微笑みかけてくれました。
この戦闘における村側の被害者は、14名でした。
賊達は、村人が少しでも反抗的な態度を見せれば射殺したそうです。
また、少しでも豪華な装飾品を所持していると逆恨みで殺されました。
彼らにとって、それは正しい行い────正義だったそうです。
そして確認された賊は、合計で52名でした。
その大半はシルフ率いるサバト連邦正規軍に包囲され、その場で射殺か捕縛されました。
生け捕りにされた賊は、尋問にかけられた後に処刑されるようです。
「あぁ……、あぁぁぁぁぁぁ……」
炎に包まれる、被害者達の火葬場では。
いつまでも、その死を悼む家族達の悲痛な声が上がり続けました。