恋の雪   作:敷き布団

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第零話(プロローグ) 恋の初雪

私がその人に一目惚れをしたのはいよいよ年の瀬を間近に控えた、ある寒い、初雪の日でした。

 

「ありがとうございましたっ!」

 

私はここ、羽沢珈琲店でバイトをしているのですが、その日は寒さでお客さんの入りも少なく、ツグミさんとカウンターの奥で談笑をしていました。そこそこの広さのある店の中にはお客さんが誰もいない、そんな日でした。ついさっき最後のお客さんも帰ってしまって、本当に誰一人お客さんは居ません。なんでもこんな状態を『カンコドリが鳴く』なんて言うんだってつぐみさんに教えてもらったり、そんなたわいもない話をしていた記憶があります。

 

「そういえばもうすぐクリスマスだね、イヴちゃんはやっぱりお家で盛大に祝うの?」

 

「そうですね……、きっと他の家よりは派手に祝いますかね?」

 

やはり12月も近づいてきたとなると、必然的に出てくるのはクリスマスの話題でした。まだ1ヶ月ちょっとあるというのに、商店街はすっかりクリスマス一色に染まり切って、飾り付けや楽しげな音楽が店の中にまで聞こえてきます。このお店も例外ではなく、クリスマス時期限定のメニューなんかも増えていますし、ケーキのラインナップもかなり増えています。きっとヒマリさんがお店に来たら『美味しそ〜!』と言いながら全部平らげてしまいそうなぐらいです。当然そんな雰囲気に当てられてか、私の気分もどことなく、楽しげなクリスマスの方へと向いていました。

 

「それに、今年は確かPastel✽Palettesがクリスマスライブをするんだよね?」

 

「はいっ!! サンタさんとかトナカイさんとかのコスチュームで演奏するんですっ!」

 

「あはは……それ部外者に言っても大丈夫なのかな……?」

 

クリスマスイヴ当日の夕方に開かれるライブ。クリスマスイヴというどこか特別な日にするライブがとても楽しみでした。私も当然練習をサボるわけにもいきませんし、モデルのお仕事だってあります。だから、その日は忙しいスケジュールの合間を縫った、久しぶりの羽沢珈琲店でのバイトでした。そう言う理由があったからなのでしょうか、私の心はどこか昂揚して、心臓がドキンドキンと高鳴っていたのでした。

 

「お客さん全然来ませんねー……」

 

「ま、まぁ仕方がないかな? お客さん今日全然来ないし、イヴちゃんは先に上がっても大丈夫だよ?」

 

「い、いえ! お仕事ですから、時間いっぱい、最後までやり遂げるのがブシドーです!」

 

そうは言っても、本当に誰も来ないのではまるで仕事もありませんし、皿洗いも完全に終わらせてしまっていたので、していたことと言えば本当にただの雑談でした。カウンターの中で暖房の暖かい空気に触れながら、ツグミさんと穏やかに話を弾ませながら過ごす一日はとても心が落ち着くのですが、なぜかその日はこれから何かが起こる、そんな予感に胸騒ぎが止まらなかったのです。

そんな時、談笑の声以外に音のなかった店の中に突然ドアベルが鳴り響きました。カランコロン、というとても高い音だったことをよく覚えています。

 

「あっ、いらっしゃいませ!」

 

「……テイクアウトって出来ますか?」

 

焦茶色のドアを開けて現れたのは私たちより2歳か3歳ぐらい歳上に見える、ピカピカとしたスーツを着込んだ男の人でした。夕方、陽が暮れかかっていることを考えるとサラリーマンの方でしょうか。僅かに開いたドアの隙間からは白い雪がふわふわと舞っている光景が覗いていました。そんな雪の影に当てられてか、防寒具もまともにつけていなかった男性はすごく寒そうに見えました。

 

「は、はい! 勿論出来ます!」

 

最初その人の対応をしていたツグミさんは何かの準備か私に後を任せて店のバックヤードの方へ、とたとたと走って行きました。私はカウンターの方へ男性を手招きして、メニューを開いて顔を上げました。

 

「どうぞっ、こちらがメニューです!」

 

「……うーんと、おすすめは?」

 

「え?! えっ、えっとえっと、こ、コーヒーです!」

 

予想のしていなかった質問に慌てた私は思わずそう答えてしまったのですが、そんな私を見て面白かったのか、その男性は先ほどまでずっと硬い表情を保っていたのに、途端に顎に手を置いて、笑い始めました。

 

「……ふふふ、珈琲店だもんね。じゃあ、オススメのコーヒーを、アイスで貰おうかな」

 

そんな瞬間でした。私の心が初めてライブの音を肌で感じたかのように大きく揺れたのは。その優しい温もりとどこか懐かしさを漂わせた声に思わずその人の方を見上げると、そこに浮かんでいた愁いを含んだ甘く咲いた笑顔に、一瞬で私は恋に落ちたのです。

 

「……はい」

 

「……えっと、大丈夫?」

 

「は、は、はいっ!」

 

けれど、そんな笑顔はほんの一瞬で、またその男性の表情は始めのちょっとぶっきらぼうにも見える沈んだ表情に戻りました。そして淡々と財布からお金を丁度取り出して払うと、私はツグミさんのお父さんがコーヒーを淹れてくれるのを待っていました。その時の私はきっとこの人のことを目を合わせて見れていなかったと思います。

 

「……はい、こちらアイスコーヒーですっ」

 

「……ん、ありがとう」

 

こんなに外は寒いのにアイスコーヒーを飲むんだと、少し意外に思いました。私もカップを持ちましたが、氷の入ったそれはかなり冷たく、こんな冷たい飲み物を外で飲んでしまったら寒くて身体中冷えてしまいそうです。けれど、私の手からアイスコーヒーを受け取った男性は何も表情を変えることなく踵を返して、最初からそこに居なかったんじゃないかと錯覚しそうなほどにさりげなく店から出て行ってしまいました。まるで春が来て、いつのまにか溶けてしまった雪のように。

 

「あれ、イヴちゃん、さっきのお客さんもう帰っちゃった?」

 

「……え? は、はい!」

 

「イヴちゃん? 顔赤いよ、大丈夫?」

 

「へ? はわわわわ! な、なんでもないですーーー!」

 

ツグミさんに指摘されてパニックになった私はそそくさとカウンターの裏へと逃げました。そして小さな手鏡を開き自分の顔を見ると、たしかにそこには頬を真っ赤に染めた、雪の恋をした私がいたのでした。

これが私の、たった1ヶ月ほどの、短く儚い雪の恋の始まりでした。

 


















どうもこんにちは。敷き布団です。
もう一方で進行中の小説とは毛色の違う、もっとピュアな純愛物語を書きたいと思い書き始めました。クリスマスまでの毎日投稿です。宜しければお付き合いくださいませ。
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