恋の雪   作:敷き布団

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第玖話 雪夜の覚悟

私は電気もついていない暗い部屋のベッドの上で、どこを見るでもなくただ暗い夜空を見ていました。窓枠に区切られたモニターには白くて丸い雪が落ちていく様子が映し出されています。背景の黒は、まさにこんな理不尽で意地悪な世界を体現しているようでした。

 

「セツナさん……」

 

私の頭に過ぎるのは、もうすぐ遠く離れたところへと行ってしまう想い人。最後の最後まで私を悩ませて、苦しませるとても愛おしい人。

 

「私だって……大好き、ですよ」

 

どうして日本を離れるって分かっていたのに、セツナさんは私に想いを告げたのでしょうか。本当なら両想いだって分かって、本当に幸せなはずなのに。どういうわけか、なぜか私はさらに苦しくて、切なくて、胸が締め付けられるように、悲しいのです。だって、通じた想いなのに、叶わないのだから。

 

どうしてこうもタイミングが悪いのでしょうか、チサトさんに諭されて、私がアイドルとしての矜持を守り抜くと決心した時に、こうも気持ちを揺らがせるのでしょうか。こんなの……弱い私には、頑張れるわけがありませんでした。セツナさんの気持ちに応えることもできず、アイドルを全うすることもままならず。

……どうせなら、私もセツナさんに大好きだって、燃え上がるような、氷すら溶かせるようなこの熱い想いをぶつけたいです。ですが、セツナさんがもうお店に来られることもないでしょうし、クリスマスイヴのライブでも勿論会えません。そうなると、私がセツナさんにこの想いを直接ぶつけるには、空港に行くしかありませんが、飛行機への搭乗時間やライブの終わる時間、空港までの移動時間も考えると、本当に間に合うかどうかはギリギリと言ったところでしょうか。

やはり、現実は、私に『諦めろ』とそう叫んでいました。けれど、私の心の中の想いは『諦めるな』と叫んでいるのです。

 

『君、どうしたの?』

 

「え……」

 

何かふと声が聞こえたような気がして、私は部屋を見渡しました。当然暗いのですが、部屋に誰もいないことぐらいはわかります。部屋はとても静かで、声を出そうものならすぐ分かるはずなのですが、どこからか分からない、虚空から声が聞こえてきたような気がしたのでした。

 

「雪が……止んでいます……」

 

そうして見渡した視界の端、窓の外では雪が降り止んで、暗い雲の中からは月が姿を表していました。暗い冬の夜だからでしょうか、その時見た月は、とても澄んでいるように見えていました。

 

『いいんだよ、それじゃあ』

 

「……セツナさん?」

 

……私の頭の中に響いていた声はセツナさんでした。目を瞑ると、少し前に見た夢の光景が、どういうわけか鮮明に流れていました。財布を無くして帰れなくなった私を助けてくれたセツナさん。テイクアウトを頼んで寒そうにしながら飲んでいるセツナさん。たまに見せる癖になりそうな、ふと気を抜けば溺れてしまいそうな笑顔を浮かべたセツナさん。……どれも一瞬だけしか映りませんでしたが、とても綺麗でした。

 

「あと数日……ですよね……」

 

窓から空を見上げても、変わらずお月様が暗闇の最奥には鎮座していました。この月があと数度昇れば、セツナさんは遠いところへと、手の届かないような遠いところへと行ってしまいます。もう二度と、……会うことはないのかもしれません。

 

「……やっぱり、諦めたくありません!」

 

チサトさんの私の思慕を嗜める言葉や、見たくもない現実や、セツナさんからの別れの言葉だとか、色んなものが私に立ち塞がりました。けれど、けれども、やっぱり私はセツナさんに会いたいです。……最後の時ぐらい、笑顔で、送り出してあげたいです。羽沢珈琲店でこれから仕事に向かうセツナさんを見送ったように、大切な人の大切な門出ですから、……少しでも長く傍に居たいんです。

……決めました。私はやっぱり、見送りに行きます。セツナさんに言うだけ言わせて、あんなにズルいことをして逃したりなんてさせません。私だって、この尽きることのない燃える想いを伝えたいんです。セツナさんがそんなにズルい人なら、私はもっともっと、ズルくなります。

 

「セツナさんのこと……大好きですからっ……」

 

セツナさんに日本から離れたくないって、ずっと私の元にいたいんだって、思わせるぐらいに、私はズルくなるのです。

 

「……そうと決まれば、……今日は寝ますっ!」

 

英気を養うため、私は布団に飛び込んで、すぐ眠りにつきました。おやすみなさいっ!

 

 

 

翌日、学校帰りに私は羽沢珈琲店のシフトに入ります。本当ならセツナさんが来てくれていた曜日。ツグミさんに無理を言って、途中で色々変更してもらったシフトに入るのです。今日ももしかしたらセツナさんがふらっと来たりなんて、期待をしてみますが、やはり来ることはありませんでした。

 

「今日のイヴちゃん、やる気充分だね?」

 

「はいっ!! 私は決めたんです!」

 

ツグミさんが驚くぐらいには私は今日のバイトに熱意を込めていました。いつもなら、いつもと言ってもここ1ヶ月ちょっとではありますが、セツナさんが来るかもと、ドキドキしながらバイトに入っていたので、正直やることが時々手につかないこともありましたが、今日の私は自分でもびっくりするほどに絶好調でした。

 

「決めたってどういうこと?」

 

「……やっぱり私は、セツナさんのこと諦められませんから。見送りに行って、この想いを伝えたいんです!」

 

「そっか……、そうだよね……」

 

私がそう伝えると、ツグミさんは少しだけ悲しそうに、微笑んでくれました。きっとツグミさんにはすごい迷惑をかけ、気苦労をさせてしまいました。

 

「……ツグミさんのおかげで、私はこの想いを形にすることができました……。本当にありがとうございますっ!」

 

「え、えぇ?! い、良いんだよ!」

 

私が頭を思い切り下がると、ツグミさんは小動物のように可愛らしくあわあわとし出しました。けれど、私が笑顔を返すと。

 

「……イヴちゃん、応援してるね。頑張ってね!!」

 

「……はいっ!」

 

私はツグミさんにも背中を押してもらえました。悩みや壁にぶち当たっても、色んな人に支えられて、生きているのだと言うことをとっても自覚しました。……ですから、私は己のブシドーを信じて、……全力をセツナさんにぶつけるだけです。そんな決意を、ツグミさんに告げました。

あっという間にその日のバイトは終わり、お客さんもスムーズに帰られたからか、締め作業も比較的にすぐ終わりました。

 

「……もうすぐクリスマスのライブもあるもんね」

 

「はいっ、大きな会場ですから、気合も十分入れないとです!」

 

「……ふふっ、そっかぁ」

 

ツグミさんの微笑みはとても優しいものでした。今もこうやってシフトを上がって帰ろうとする私を店先まで見送りに来てくださっていますから。

 

「……イヴちゃんならきっと、絶対に大丈夫だよっ」

 

「もちろんです! ブシドーですから!」

 

私の返答を見ると、安心したのかツグミさんは楽しげにクスクスと笑っていました。ツグミさんは大きく頷いてくれました。

 

「頑張ってねっ」

 

「本当にありがとうございます!」

 

そして私はツグミさんに改めてお礼を言うと、珈琲店に背中を向けて歩き始めました。ここからが正念場です。ライブで全力を出し切って、そして空港でセツナさんを見送って、私の全力の思いの丈をぶつけるのです。

 

「ふぅ……」

 

少しだけ息をついて、昂る気持ちを落ち着かせました。寒い冬の夜を彩るような白い息がほうと口からついて出ました。雪のように白い息は、口から出るとすぐに何もない空気に溶け込んでいくように消えていきます。立ち上っていく白い靄は薄れていき、まるで私のこれまでの不安や悩みも一緒に全て掻き消していくようでした。

 

「……待っててくださいっ、セツナさん!」

 

私は迫るライブとお見送りに想いを馳せました。

 

 

──────────────────────────

 

 

ざっざっ、という雪を踏み歩く足音が商店街に響いている。真っ暗な空と街路を照らす灯りによって浮かび上がってきたのは、Pastel✽Palettesのメンバーの1人、白鷺千聖だった。

 

カランコロン。

 

ベルのような音が店の中に鳴り響いた。

 

「あっ、すみません今日はもう閉店で……、千聖さん?」

 

「ごめんなさいね、つぐみちゃん。こんな夜遅くに」

 

「どうかしたんですか?」

 

「実は少しお願いがあるのだけれど」

 

Pastel✽Palettesのみなが見据えているのは、間近に迫った、12月24日。恋人たちの聖夜だった。











イヴちゃん、ズルくなります。
それはそうと次回、最終回です。是非お読みください。
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