恋の雪   作:敷き布団

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最終話 恋の雪

迎えた12月24日。私はライブ会場の楽屋で精神統一をしていました。

 

「……いよいよ、ですね」

 

「あはは、麻弥ちゃん緊張してるのー?」

 

ライブが終わるのが18時丁度。空港までは30分ちょっと。セツナさんが手荷物等の手続きを終えなければいけない最終時刻は19時。……何もなければ、きっと、いけるはずです。

 

「イヴちゃんも緊張してる? 大丈夫?」

 

「え? あ、アヤさん? いいえっ、大丈夫ですっ、準備万端、ガソリン満タンです!!」

 

「あははイヴちゃん何それー!」

 

「どうやら相当緊張しているみたいね……」

 

クリスマス仕様のステージ衣装に着替えた私たちは、来る出番に向けて、手を重ね合わせました。

 

「……よしっ、絶対成功させるよっ!!」

 

「おーーー!!」

 

アヤさんの掛け声に合わせて、私たちは声を揃えました。ここで全力を出し切って、そして、後悔することなくセツナさんを迎えにいくのです。

丁度その掛け声が終わった時、ガチャリとスタッフさんが入ってきました。

 

「あ、もう出番ですかっ!」

 

「申し訳ございません。ちょっと機材が不調で、調整のために少しだけお待ちください」

 

「……えっ?」

 

深々と頭を下げるスタッフさんの言葉が私の体を貫きました。機材トラブルなんて今まで何度何度も経験したことではありましたが、……まさかこのタイミングで来るとは思いませんでした。

 

「……し、仕方ないよ。ちょっとだけ待とう?」

 

アヤさんに宥められ、チサトさんに頭を撫でられ、ヒナさんに抱き締められ、マヤさんに慰められ。私はほう、と息をつきました。

 

「……みなさん、ありがとうございます」

 

私の声に、皆さんは微笑みで返してくれました。

 

そして15分ぐらい経って、ようやくスタッフさんから、準備OKの声がかかりました。

 

「よーーーし! いくよっ!」

 

そして私たちはステージへと駆け出しました。

 

『こんにちはー!! みんな待っていてくれてありがとーー!!』

 

『私たち、Pastel✽Palettes、ですっ!!』

 

その後は滞りもなく、ライブ進みました。

 

『次の曲は、わたちたちっ、わたちっ、私たちがっ、もう一度輝くために、歌う曲ですっ』

 

『あはは、彩ちゃん噛みすぎでしょー!』

 

『だ、だってぇ』

 

アヤさんが噛んだり。

なんて、普段のようなライブの光景もあり。

 

『サンタさんからのっ、プレゼントよっ!!』

 

『お、おーほほほ!! 麻弥サンタの登場ですよーー!!』

 

クリスマスの演出があったり。ライブは無事大盛況のうちに幕を閉じました。

 

『それでは、私たちっ、Pastel✽Palettesでした!! せーの!』

 

『メリークリスマース!!』

 

そして私たちは舞台袖へとはけました。

 

「ぶ、無事終わったぁ……」

 

「あはは、彩ちゃん焦りすぎだよー」

 

「えっと、スタッフさん、今の時間って分かりますかっ?!」

 

私ははやる気持ちが抑え切れず、現在時刻を聞いてしまいました。

 

「えーー、18時13分ですね」

 

「イヴちゃん、見送りに行くんだねっ、間に合いそう?」

 

「は、はいっ、なんとか!!」

 

私が返事をした瞬間。会場からものすごい響めきが聞こえました。

 

『アンコール、アンコールっ、アンコールっ、アンコールっ!!』

「え……」

 

私はすっかり忘れていました。ライブのお約束が、まだ残っていたことに。

 

「え、今からまたもう何曲か演奏なんてしたら」

 

ヒナさんの困惑する声が小さく響きました。

 

「え、え、で、でもっ、お客さんのこれを、無視することなんて……」

 

私は悩みました。お客さんがアンコールの手拍子をしてくださるということは、まだまだライブを終わらせたくないという意思の表れなのです。けど、ここでアンコールに応じて仕舞えば、絶対にセツナさんの見送りには、間に合いません。私は、私は、悩みました。

 

「……でも、私は、Pastel✽Palettesですからっ」

 

もう一度、舞台に立ちます、とそう言おうとした瞬間でした。

 

「いいえ、その必要はないわ」

 

「ち、千聖ちゃん?」

 

私の声を遮ったのは、一番私にアイドルとしての挙措を厳しく教えてくれたチサトさんでした。私はわけも分からず、チサトさんの方に向き直りました。

 

「どういう意味で……」

 

「……準備は出来てるかしら?」

 

チサトさんが目を機材の奥に向けると、そこに現れたのは、トナカイの着ぐるみでした。

 

「……え、千聖さんっ、これって」

 

『あ、こ、こんにちはっ。こんな格好ですけどっ、羽沢つぐみです』

 

「え、え、ええぇぇぇぇっ?!」

 

なんと、トナカイの着ぐるみに身を包んだのは、ツグミさんだったのです。

 

「こういうわけだから、タクシーは用意しているわ。さあ、イヴちゃん」

 

「え、え?」

 

「セツナさんを見送りに行くんでしょう? 早く行かなきゃ間に合わないわよ?」

 

「チ、チサトさん……ツグミさん……みなさん……」

 

「ほらほらイヴちゃん、早く行って!!」

 

「……ありがとうございますっ!!」

 

私はスタッフさんの誘導の元舞台袖から出ました。

ダッシュで衣装を着替えて、タクシーに駆け乗りました。

 

「運転手さん、空港までお願いしますっ!」

 

「はいよっ、お代も貰ってるから、着いたらすぐ降りていいからね」

 

「は、はいっ!」

 

私はタクシーに乗って、それほど混んでいない道を車で駆け抜けました。

空港までの道はとてつもなく長く感じました。

けれど、私を送り出してくれたPastel✽Palettesのみなさん、ツグミさんのことを考えると、胸が熱くなる思いでした。

時刻は18時40分だとか、それぐらいでした。車が玄関口で止まりました。

 

「手荷物検査のゲートは入って右の階段登ってすぐだよ!」

 

「ありがとうございます!!」

 

私はタクシーから降りると、ダッシュで言われた方へ向かいました。空港の道はとても複雑そうで、自動ドアを入ると、とてつもなく広々とした空間が広がっていました。私はモニターだとか、列を作る人の群れにも目もくれず、駆け抜けました。息は荒く、これほど全力で走ったことなんてないってほどに、走り続けました。

そしてエスカレーターを駆け上ると、そこにはパーテーションの列がありました。時計を見ると、時刻は18時50分前。なんとか、なんとか間に合いました。

 

「せ、セツナさんはっ」

 

私は右を左を見回します。

……けれど、どこを見ても、セツナさんは居ませんでした。列にも並んでいません。

だって……そう、ですよね。あくまでも最終チェックの時間が、19時なだけで、きっとセツナさんは、時間を気にする人でしたから、もうとっくのとうに、手荷物チェックなどを済ませて、このゲートの奥にいるはずでした。

 

「セツナ……さん……」

 

視界が涙で滲んで、見えなくなりました。すぐそこに、あのゲートの奥に、セツナさんがいるはずなのに、会いたくても、会いたくても、……もう、会えませんから。

 

「セツナさっ……セツナさん……」

 

……これが、ライブを蔑ろにした、私への罰、ということでしょうか。それも、そう……ですよね。私はファンの皆さんの期待を、裏切ったわけ、でしたから。

 

「ううっ……ひぐっ……」

 

私の涙は、白い床に落ちて、消えて行きました。

 

「……イヴちゃん?」

 

「……ぇ?」

 

後ろから、声がしました。それは、それは、とても愛しい人の声。

 

「どうして、ここに……」

 

「……セツナさんっ!!」

 

「わ」

 

私は大きなスーツケースを転がすセツナさんに気がつけば飛び込んでいました。

 

「ズルいですよぉ……あんなのっ、最後に言ってぇ……」

 

「そっか……それで……」

 

「うっ、うぅ、ひぐっ、諦め、られなくなっちゃうじゃないですかぁ……」

 

「イヴちゃん……」

 

とても温かな抱擁。これから雪の降るクリスマスだというのに、とても、とてもあったかいのです。

 

「……私も、ズルくなります」

 

「……ズルくなる?」

 

私は、背伸びをしました。

その冷たくて温かな、燃えるような口づけを交わしました。これまで溶け残った雪を全て溶かしてしまうような。熱い、キスをしました。

 

「んっ……」

 

私の接吻をそのままに受け止めたセツナさんは、あの時のような柔らかな顔で、こちらを見つめました。

 

「……これは困ったな。僕も、諦められなくなっちゃうじゃないか……」

 

「……ふふふ、当然です!!」

 

空気は凛として冷たく、窓の外には雪が降っていました。広場に置かれたクリスマスツリーは真っ白な空間を明るく、色鮮やかに照らしているのです。それは旅立ちを祝うように。

 

「諦めなんてさせませんっ、セツナさんがどこにいたとしても、どれだけ離れていたとしても、ずっとずっと、大好きですからっ!!」

 

こうして、私の雪のような恋は溶けていきました。

たった一月の淡い恋の雪は溶けて、まるで最初から何もなかったかのように儚く姿を消しました。

 

今宵は聖夜。私が空港の屋上から見送った飛行機は月明かりに照らされて、雲の合間へと消えていきました。これで、もう、離れ離れです。

ですが、私はもう大丈夫です。ずっとずっと、待っていると誓いましたから。どれほど離れていても、貴方のことを慕い続けると誓いましたから。

 

雪はまたいつか、降るのですから。

 

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