恋の雪   作:敷き布団

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第壱話 微睡(まどろみ)の敗北

その日、私は懐かしい夢を見ました。その夢では、私はパスパレのみなさんと帰る途中だったのです。

 

『イヴちゃんお疲れ様ー! あたしこっちだからまたねー!』

 

『はいっ、ヒナさんもまた今度です!』

 

その場所から家まで帰るためには電車に乗って帰らなければならなかったので、私は駅でヒナさんとお別れして、切符売り場で切符を買おうとしました。

 

『あれ……あれ、あれっ?!』

 

ですがその時、私は気づいたのです。財布が鞄のどこにも入っていないと。鞄のどこを探しても、内ポケットの中にも財布はありません。念のためにパンツのポケットに手を突っ込んでも入っていません。

 

『どうしましょう……』

 

ヒナさんと別れたのは10分前ぐらいで、今から追いかけて探そうにもきっとかなりの距離がありますから現実的ではありませんでした。

 

『お金がないと……帰れません……』

 

一応自分がここに至るまで歩いてきた道を辿ろうとしますが、駅を行き交う多くの人々で足元はろくに見えず、僅かに見えた床面にも私の財布らしきものはどこにも落ちていません。私は途方に暮れて、駅の隅っこの柱にもたれかけました。心のどこかから湧き出た一抹の不安が私の頭の中にいっぱいになりました。

 

『一体私……どうしたら……』

 

『君、どうしたの?』

 

『え……?』

 

私がどうしようもなく諦めかけていて、下をずっと向き続けていたとき、声をかけられました。街行く人々はあまりに忙しそうに改札口へと走っている人もいるぐらいでしたから、なぜ私に声をかけてきてくれたのか、とても不思議に思ったことを覚えています。最初は駅員さんかと思いましたが、よく見るとその人はスーツを着た、いかにもサラリーマンの男性の風貌をした、私よりちょっぴり歳上ぐらいの顔立ちをしていました。

 

『困ってそうだったから、どうしたのかなって』

 

『……いえ、財布を失くして……』

 

『そっか……』

 

そしてその男性はどれくらいいるのかを聞いてくれたのですが、私にも家に帰るまでにかかる金額だとかがあまりよく分からず、俯いたままでいると、私の手元には1枚のお札が握らされていました。

 

『え……?』

 

『これで足りるかな?』

 

『こ、こんなの頂けません!』

 

『いいんだよ、それじゃあ』

 

そうとだけ呟くと男性は霧のように消えていきました。本当はそこに居なかったかのように一瞬のうちに消えていったのです。けれど、私の手にはしっかりと家に帰れる分だけのお札があったのです。そんな不思議で、懐かしい夢を見ました。

 

 

 

 

 

「……は?!」

 

私の目はそこで覚めました。駅で泣きそうになっていた自分の姿を脳裏に少し残しつつ目が覚めました。掛け布団の隙間から入ってくる空気はひどく冷たく、今の季節と時間を如実に私に伝えてきます。

 

「……夢、ですか」

 

ゆっくりと起き上がると、さらに冷気が体にまとわりついてきて、もう冬なんだと言うことを嫌でも実感してしまいました。日本の冬もフィンランドほどじゃなくても寒いものはやはり寒いです。

 

「って……あれ?」

 

そういえばいつもかけていたはずの目覚ましが全く鳴らなかったことを私は思い出しました。電池切れでしょうか? しかし、私はそんなくだらないことを考えてしまっていた自分に激しく後悔しました。私の視線が枕元に置かれた白い目覚まし時計の方へと向いた時のことでした。カチッ、カチッという音が何故かとても耳に響きました。

 

「え? ええぇぇぇぇっっ?!」

 

その時計の針が差している時間はなんと丸い文字盤のてっぺんぐらいでした。つまるところもうお昼時です。

 

「か、完全に遅刻ですか!!」

 

今日も朝から羽沢珈琲店でバイトだというのに、なぜ私はこんなにもゆっくりと惰眠を貪っていたのでしょうか。そんな疑問を持つ暇すらなく、私は布団を蹴飛ばし、慌ただしく身支度をして、家を飛び出しました。

珈琲店まではどれほど急いでも徒歩20分ぐらいはかかります。既にシフトの時間から優に2時間ぐらい遅刻しているというのに、これ以上の遅刻はなんとしてでも避けないといけません。

見慣れた街の風景をこれでもかという駆け足で横切りつつ、店の前に着いた私。私はもはや止まる間も無く急いで扉を開けました。

 

「ごめんなさいっ!!」

 

「あっ良かった、イヴちゃん! おはようっ!」

 

「ツグミさん本当にごめんなさいっっ!!」

 

謝ったって許されざることをした私にとって、こんな時に取るべき行動は一つしか持っていません。

 

「せっ、切腹を……」

 

「ダメだよイヴちゃん?!」

 

「武士たるもの契りを破った暁には……」

 

最早起きた時から頭がこんがらがりっぱなしの私は自分でも何を言っているのか分からないほどでした。そんな私はツグミさんに必死に宥めすかされて、エプロンを着て店内へ戻ってきたのでした。

 

「うぅ、ツグミさんごめんなさい……」

 

「確かに遅刻はいけないことだけど、イヴちゃんも普段疲れてるから仕方がないよ! それよりも店の中でそんなに暴走しちゃ、めっ! だよ?」

 

「は、はいぃ……」

 

ツグミさんにお説教を頂いて、私はその日のバイトを始めたのでした。

 

『お説教が必要かしら?』

 

……ふと頭に響いた声。何だったのでしょう今のは……。

 

……それはそうと、バイトを始めたと言ってもお昼時を少し過ぎたぐらいの時間帯で人の入りは今日も良くはありません。いえ、もしかしたら私が寝ていた時にはいっぱいお客さんも来ていたのかもしれません……。猛省です……。

 

「イヴちゃん? 本当にそんなに落ち込まなくても大丈夫だからね……?」

 

「うぅ……ツグミさんの優しさ……痛みいりますっ……」

 

「あはは……」

 

ツグミさんはそんな風に励ましてはくれるものの、やはり遅刻をしてしまった身としてはむしろ気を遣わせてしまっていることがわかひ、余計に心にグサリと遅刻したという事実が刺さりました。

そうしてそんな後悔に苛まれながらも、オーダーを取ったりなどこなしていると、最後まで店内に残っていた、窓際でパソコン作業をしながら珈琲を嗜んでいたOLのお客さんがお帰りになって、遂に店内には人が居なくなってしまいました。そんなわけですから、何もすることがなくなってしまって、またもや私はツグミさんとカウンターで話すことになったのです。しかし、どうしても今日の私は、朝から犯した大罪を猛省せざるを得なくて、ツグミさんに何度も心配されてしまうほどに気を落としていました。

 

「えーとえーっと、そ、そうだ! 今日もあのアイスコーヒーを頼むサラリーマンの人がきたよ!」

 

「……え?! ほ、本当ですか?!」

 

何と言うことでしょう……。私が寝坊している間に、私が初めて淡い恋心を抱いてしまったあの男の人が来店していたというのです……。……ああ、本当にどうして私は今日という日に限って寝坊してしまったんでしょう……。

 

「それでとっても寒そうにしながら今日も……ってイヴちゃん?! イヴちゃーーーん?!」

 

ショックであまりの放心状態になってしまった私は暫くツグミさんに揺さぶられていました……。心無しかあの男性に会えることに大きな期待を抱いていた自分がいたのです。それぐらいあの日の一目惚れは私にとって決定的で、大きな出来事でした。だからこそ、後悔も一入でした。

 

「踏んだり蹴ったり……、泣きっ面に蜂……、鬼に金棒とはこう言うことなんですね……」

 

「さ、最後のはちょっと違うんじゃないかなって……、って、イヴちゃん?! イヴちゃん?!」

 

寝坊をした自分が恨めしいです……。……ムネン。







無念。
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