恋の雪   作:敷き布団

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第弐話 誘引の撃沈

いよいよ12月に突入して、世間はクリスマスムードに流されて、街中では至る所でクリスマスの楽しげな音楽が流されています。そんなクリスマスの流れに乗せられたこともあって、私は羽沢珈琲店でもクリスマスをテーマにした飾りつけをしたり、さらにはクリスマスライブをPastel✽Palettesで開くこともあって、私の気分もすっかりクリスマスに向かっていました。

 

「うーん、何か良い案ないかなぁ」

 

「どうしたんですか、ツグミさん?」

 

開店のちょっと前、カウンターに片手を置いて、少しだけもたれながらツグミさんは難しい顔をしていました。先程からずっとうんうんと唸っていたので、もしかすると相当な悩みかもしれません。

 

「せっかくのクリスマスだから、って色々考えたんだけど、結局メニューを増やすとか、店の飾りつけぐらいしか出来なくって、他の良い案とかってないかなぁって」

 

「良い案ですか……中々悩みどころですね……」

 

そうは言っても考えてすぐ良い案が出てくるぐらいならきっとツグミさんもここまで困ってはいませんし、何か良い案がないものでしょうか。

 

「クリスマスだけの特別感があると良いんだけどな……」

 

「クリスマスだけの特別感ですか……、……はっ!」

 

「な、何かあったイヴちゃん?!」

 

クリスマスならでは、それなら少し恥ずかしいですが、良い案が思いつきました。たまに他のお店でもやってはいますが、きっとツグミさんなら!

 

「はいっ! サンタさんのコスプレなんてどうでしょうか?!」

 

「あはは……実はそれ既に……」

 

「え?」

 

ツグミさんの目線はカウンターの奥で何やら作業をしているツグミさんのお父さんの方へと向いていました。そして、その目線はどことなく冷ややかと言うか、かなりの作り笑いのように見えます。

 

「お父さんがその……ちょっと肌の、お腹とか、肩とかが出てるコスチュームなんかを出してきたから断っちゃった……」

 

「な、なるほど……」

 

これが、所謂ジャパニーズ・HENTAIというやつでしょうか。カウンターの方へと帰ってきたツグミさんのお父さんはちょっと残念そうな表情をしていますが、私も可愛いツグミさんのサンタさんを見てみたかったので、ちょっぴり残念です。

 

「あ、良ければ若宮さんが着てくれても……」

 

「なるほど、喜んでオコトワリします!」

 

自分が来ている姿を想像すると恥ずかしさが募ったので、ツグミさんのお父さんの提案は却下してしまいました。ツグミさんが断った気持ちも分かる気がしました。

 

そんな何気ない羽沢珈琲店の日常を楽しんでいると、じきに開店時間になりました。休日ということもあってか、意外と学生グループのお客さんなんかも今日は来店していました。そんな休日のお昼に差し掛かるちょっと前のことでした。

 

「あ! いらっしゃいませー!」

 

私がテーブル席で他のお客さんの注文をお伺いしている時に、店の入り口のドアベルが音を立てたのです。私はお客さんの注文を取るのに必死で最初こそ、その来訪を気にしてはいませんでしたが、カウンターの方から不意に聞こえてきたワードが私の耳を通り抜けました。

 

「テイクアウトで、アイスコーヒーを一つ」

 

「は、はい! 少々お待ちください!」

 

こんな肌寒い時期にアイスコーヒーを頼むなんて、私の中ではそんなお客さんはあの人しか居ませんでした。まだ名前すら知らない、勝手に想いを寄せているだけの、ただのお客さん。

私は注文を取り終わるとカウンターに戻りました。注文を受けてマスターに全て伝えるツグミさんに代わって、私はカップや蓋の用意をし始めました。

 

「イヴちゃんテイクアウトのお客さんの対応してもらってもいいかな?」

 

「……っ! はいっ!! 任せてくださいっ!!」

 

願ったり叶ったりで、私の胸は高鳴りました。少し見上げるだけで一目惚れしたその人の顔があって、私の心臓は壊れてしまうんじゃないかと思うほどに鼓動しました。

今日こそは、少しでもこの人とお話ししてみたい。そんな淡い想いがコーヒーの匂いに釣られて漂ってきました。けれど、流石に普通に話しかけるわけにもいきませんし、ましてや知り合いでもありません。何も良い案は思いつきませんでした。

 

「……はい、こちらアイスコーヒーです!」

 

「ん、ありがとう」

 

さぁ、話しかけるぞ! そんな気合いが私の中に立ち上りました。

けれど、何故か、どういうわけかそんな時に限って私の頭は、口は、何も動きませんでした。いつもならもっとスッと出るはずの言葉が出せなかったのです。私は何故か、寒くもないのにひどく震えていました。

 

「あ、あ、あの……」

 

「ん?」

 

「あ、えっと、テイクアウト……なんですね?」

 

「え? あ、そう、ですね」

 

私の咄嗟に出た質問とは言えないような問いかけに明らかにその人は困惑していました。どうしましょう……。けれど、悩んでももはや色々と仕方がありません。私は心を決めて、誘ってみました。

 

「え、えっと、よ、良ければお席の方でゆっくりとされていかれませんか?!」

 

私の提案にその人は驚いたようにこちらに振り返りました。ですが、少しだけ申し訳なさそうに視線を外すと、そっと私に微笑みかけました。

 

「あー……、あはは、ちょっと今日は余り時間がなくって、また今度時間があるときにゆっくりさせていただきますね」

 

「あ、そ、そうですか……、ごめんなさい……」

 

「いえいえ、それでは……」

 

去り際に残したその人の微笑みはやはりどこか私の心を掻き乱し、目線を虜にしていました。

けれど、……店員でありながらテイクアウトのお客さんを引き止めて店内飲食をしてもらおうとする、我ながら訳のわからないことをしてしまったというのに、その上私は断られてしまいました。……まさに撃沈、完全敗北です。

 

「あ! ありがとうございましたー!」

 

その人が退店されるのにあわせて、ツグミさんの元気な声がお店の中に響き渡ります。私の十八番であるような元気の良さ、なぜかその日は、その時は、まるで役に立ちませんでした。

そんな元気な声に呼応するかのようにその人はこちらを一度振り向いてペコリとしました。慌てて私は頭を下げます。そして頭を下げてるうちにまたドアベルが鳴って、その人は帰って行きました。

 

「それじゃあイヴちゃん、次は……って、大丈夫?」

 

「……はい、大丈夫です……」

 

気を落としていた私ですが、すぐに次のお客さんが来店されて、悩む暇もなく接客へと戻りました。けれど、接客をしていても忘れることのできないような先程の光景のせいか、私の心はずっと暗く沈んでいたのでした。









テイクアウトって言ったのに店員さんにお席でどうですかなんて言われても普通断るよなぁ、流石に。
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