「ツ、ツグミさん!」
「わ! ど、どうしたのイヴちゃん?!」
「差し当たり、ツグミさんに相談があるんです!」
「相談?」
次の羽沢珈琲店でのバイトの日。私はその日、いつもよりちょっぴり早めにお店に着きました。……いつも寝坊してるってわけじゃないですよ? それはさておき、早速エプロンを纏っていつでもバイトに出られる準備を整えてから、ツグミさんを呼び止めました。アヤさんに貰ったアドバイスを活かすのです。
「実は……その……」
ですが、いざ自分が一目惚れした、だなんて話を話そうとするのは少しだけ恥ずかしいというか、抵抗があります。アヤさんの時こそ、事故というか、私の失言で話さざるを得ない状況になりしたが、自発的に言うのは恥ずかしいのです。
「どうしたの? イヴちゃんの相談なら、何でも聞くよ?」
ですが、ツグミさんが心配そうに向けるつぶらな瞳を見ると、待たせることが申し訳なくなって、私はすぐに口を開きました。
「実は、……私、一目惚れしたんですっ!」
「……えっ?」
予想もしていなかったのか、ポカンとした表情を一瞬向けたツグミさんでしたが、やがて合点がいったかのように、にこやかに微笑んでくれました。
「……もしかして、あのテイクアウトのコーヒーを頼む人かな?」
「……へ?! な、なんでそれを?!」
「あははっ、イヴちゃんすっごく分かりやすかったよ? なんか……恋する乙女! って感じで! ねぇ、お父さん?」
「へ?」
「うんうん、傍目から見ても好意を寄せてるってことは充分伝わってきたかな」
どうやら私の片思いは完全にバレバレだったようで、ツグミさんのみならずマスターにも知られていました。というか、私一体どんな態度というか、応対をしていたのでしょうか。自分では緊張しすぎていて、あまり覚えていないのですが……。
「えっとね、『お兄さんカッコいいです……!』みたいな感じかな?」
「ほ、本当ですか……?」
ツグミさんの再現によるとどうやら私は完全に表に出てしまっていたようでした。……ば、バレてないでしょうか。
「それで、相談ってのは?」
「あ、はい。一目惚れしたんですけど……まだ私はその人のことを何も知りません……」
「あぁ……、たしかにあの人テイクアウトしか頼まないから、殆ど話すこともないもんね……」
前回はしかも店に残っていただけませんか、なんてお願いをしておきながら敢えなく撃沈しましたから、二度と失敗は許されません。
「何かあの人ともっとお近づきになれるいい手段はないでしょうか……?」
「い、いい手段かぁ……。……うーん、話しかけるほかにはちょっと思いつかないなぁ」
「やっぱり会計の時に話をするしかないのでしょうか……」
お会計の時には確かに少しぐらいならお話が出来そうですが、時間はほんのちょっとしかありませんから、そこまで進展が見込めるとは思いません。
「……あ、そろそろ開店時間だから、何か思いついたら言うようにするね!」
「は、はい!」
悩んでいる暇もなく開店時間になってしまい、早速お客さんが何組もいらっしゃいました。
そして遂にあの人がいらっしゃったのです。
「いらっしゃいませ……は!」
ドアベルの方へ視線を向けるとあのお客さんが現れました。そしていつも通りテーブル席には向かわずにカウンターの方へ来られました。私はツグミさんとアイコンタクトを取ろうとしました。そんな時、ツグミさんがペンを手渡してくれました。そして、私に耳打ちしたのです。
「これでカップにメッセージを書こうよ! これなら色々話せそう!」
「な、なるほど!! 名案です!!」
つまり、ツグミさんの提案とは、男性がテイクアウトで持ち帰るカップにメッセージを書くというものです。これなら聞きたいことを伝えることが出来ます。
「えっと、注文……良いですかね?」
「あっ、はい! どうぞ!」
「えっと、いつもと同じ、アイスコーヒーのテイクアウトを」
「はいっ! 畏まりました!」
やはり男性が頼んだのはいつも通り、予想通りのアイスコーヒーでした。これならば、カップにメッセージを書くことが出来ます。私はサインペンのキャップを取って、注いでもらうカップに書きたいことを考えました。
……え、いや、なんて書けば良いんでしょうか。そこまで考えていませんでした!
「えっと、はい、丁度で」
「あ、は、はい! 少々お待ちください!」
男性からお金を受け取ったりと、色々することがありすぎて、考えもうまくまとまりません。しかしマスターの準備は着々と進んでいて、もう考えている時間はありません。
ええいままよ、と。私は思っていることをそのまま書くことにしました。そして、いざ出来たメッセージが。
『お兄さんに一目惚れしました! 名前とか、その、色々と教えてください!』
……書き上げたメッセージを見ました。これ、完全にただの告白です……。大丈夫でしょうか、けど、もう書き直すわけにも行きません。……武士ならば、当たって砕けろです! これが私のブシドーです! そう自分を鼓舞して、カウンターに向かいました。
「あ、あの! こちらがアイスコーヒーです!」
「ありがとうございます……ん?」
どうやら男性はその文字に気づいてくれたようで、少しだけその文字を見ると、にこやかに笑ってくれました。
「……ふふ、また来ますね」
そうして手にアイスコーヒーを持って出口の方へと帰っていかれました。
「……ふぅ」
「ど、どうだったイヴちゃん?」
「な、なんとか渡せました!」
「よ、良かったぁ」
胸を撫で下ろすツグミさんにお礼を言っていた時でした。私は突然の出来事にびっくりしました。なんとさっきの男性が帰ってきたのです。
「すみません、不要なレシートの、レシート入れってありますか?」
「あ、はいっ! こちらで処分しておきます!」
私がそう言うと、その人はにっこりと笑って、何故かカウンターの上にレシートの裏を向けて、丁寧に折り曲げた部分も伸ばして置きました。
「ありがとう、それじゃあ」
「は、はい! ありがとうございました!」
私はなぜ丁寧に、わざわざレシートを持ってきたのか不思議に思いながらも、そのレシートを片付けようと拾い上げようとしました。その時、私は気が付きました。
「あ、……裏に文字が」
なんと、そのレシートには何やら私がカップにメッセージを書いたように、返事か何かが書いてあったのです。
『こんにちは。メッセージどうもありがとう。僕は、
細いペンでスラスラとレシート裏に書かれた文字からは風流さすら感じられました。なるほど……セツナさんと言うのですか……。何はともあれ、カップメッセージ作戦成功です!
「イヴちゃん、どうだった?」
不安そうなツグミさんに向けて、私は戦利品を高々と掲げました。
「……完全勝利です!」
「おめでとうイヴちゃん!」
そんな成果もあってか、その日のバイトはものすごく快調に、そして一瞬で終わったような気がしました。
家に帰ってから、私はメッセージアプリで早速その男性にメッセージを送ってみました。仮にも社会人の方ですので、きっとこれぐらいの夜になる時間帯ぐらいでしか、きっと比較的に暇な時間というのはないでしょうから。
「……後は連絡が来るのを……、来るのを?」
なんと私が送ったらすぐにメッセージが返ってきました。どうやらこの時間は手隙だったようです。
『メッセージありがとう。改めてこんばんは。柊雪那です。よろしく』
「わ、わ、ど、どうしましょう」
慣れない男性とのコミュニケーション、況してやそれが私の初恋ですから、なんと返していいかも分からず、必死に心のドキドキを抑えつけました。
『私は若宮イヴと言います! よろしくお願いします!』
私はベッドの上に寝転がり、掛け布団を被ると、顔を枕に埋めました。何ということでしょうか、これまで叶わなかった、意中の殿方とお話が出来ることがこんなにドキドキすることなんて、知らなかったのです。
「んんー! こ、これがアヤさんの言っていた……キュンキュンするということなのでしょうか……」
は、そうだ。折角アヤさんにも相談に乗っていただいたのですから、報告しましょう。そう思って、アヤさんにチャットを送ると、意外や意外すぐに返事が来ました。……電話で。
「は、はいもしもし!!」
『イヴちゃん!! おめでとーー!!』
「えへへ……あ、ありがとうございます! け、けど、何を聞いたらいいのか分かりません!」
私は素直に、セツナさんに何を聞いたらいいか、のようなアドバイスをアヤさんに頂こうとしました。
『え? えーと、あっ! こ、怖いけど……一応その人に恋人がいるかどうかとかは聞いておかないと……』
「た、確かに……、略奪愛なんかになったら……大変です!」
『りゃ、略奪愛?』
「ありがとうございます! 早速聞いてみます!」
私はアヤさんとの通話を繋げたまんま、セツナさんとのメッセージを開きました。セツナさんは見てはくれているようですが、特に何か返信をしてきているわけではありません。
「よ、よし……聞きます!」
『あの……セツナさんは意中の方はいらっしゃいますか!』
ものすごい直球に書いてしまいましたが、よくよく考えたら一目惚れって伝えたような気がするので、今更かもしれません。
「ア、アヤさん送っちゃいましたぁ……」
『だ、だ、だ、大丈夫だよっ! え、えっとえっとそれからそれから』
……そんな風に慌ただしく、私とアヤさんはセツナさんにする質問の内容をあたふた考えていたのでした。
作戦成功。
☆9をくださった、月夏様。
高評価してくださりありがとうございました。