恋の雪   作:敷き布団

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第伍話 微笑の嗜め

私は次の日の朝、晴れやかな気分で目を覚ましました。目を閉じるだけで、昨日の楽しかった光景がありありと浮かびます。スマートフォンから聞こえてくるアヤさんの楽しげな声と、部屋に響く私の無邪気な声。そして、スマートフォンの画面に映る、セツナさんの言葉。

昨日の夜は色んなことを聞きました。意中の相手がいるかまで聞いてしまいました。なんとまだ居ないという答えが返ってきた時はアヤさんと叫んでしまったことを覚えています。それと『一目惚れ』ってもう言ってしまっていたので、アヤさんの提案で私を売り込んでみました。けれど、そっちははぐらかされてしまいました。ですが、ここからが私の勝負、ブシドーです。諦めなければきっと、勝機はあります。

 

「と、というかまた遅刻します!」

 

そんな過去に耽っていると、気がつけばもう登校時間も間際に迫っていました。私は慌てて布団を飛び出ました。

 

「えっ寒いっ!」

 

思わず部屋の寒さに凍えてしまい、カーテンの外を見ると、なんと雪がチラついていました。これは相当寒そうです。まさに冬が到来していました。

 

 

 

私はその日の学校を終えて、事務所に向かっていました。今日も近く控えたライブのレッスンです。前回の練習では自分が足を引っ張ってしまいましたから、今日私が足を引っ張るわけには行きません。そう意気込んでいつもより早く着いたのですが、思った以上に早く着いたからか、まだ私の他には誰も着いていませんでした。

 

「……ふぅ。あっ」

 

私が一息ついてスマートフォンの画面を見ると、そこにはセツナさんからのメッセージが。

 

「えへへ……」

 

きっと自分で顔も見れないぐらいに、私の顔は緩んでいるのかもしれません。そんな時ガチャリと音がして私は慌ててスマートフォンの画面を隠しました。

 

「あっイヴちゃん、早かったね!」

 

私は入ってきたのがアヤさんだと知ってホッと胸を撫で下ろしました。そんな私の表情を見て全てを察したのかアヤさんは興味津々と言った様子でこちらに来ました。

 

「セツナさんとチャットしてたの?」

 

「は、はい……、今もなんですが、えへへ」

 

「すごい……、イヴちゃんすっごく恋する乙女状態だよ……!」

 

ツグミさんにもそんなことを言われた覚えがあるのですが、そんなにも私の顔は緩んでいるのでしょうか。

 

「あれ、でもセツナさんってサラリーマンだよね。今の時間まだお仕事中だったりはしないの?」

 

「今日は早めに上がったから街をぶらついてるついで、だそうです!」

 

「なるほど……あ!!」

 

「ど、どうしましたか?!」

 

アヤさんが突然私の耳元で大声を出したのでひどくびっくりした私はアヤさんの方を振り向きました。

 

「今日のレッスン7時ぐらいに終わるよね? そのあと折角だから待ち合わせデートなんてどうかな!」

 

「え、え、えぇ?!」

 

た、たしかに7時終わりのレッスンならいつもより少し早いですが、もう冬ですし外はかなり暗くなっています。なんというか、初めて送ったメッセージで『一目惚れ』したと言っておきながらこれを言うのは少し臆病が過ぎるのかもしれませんが、もっと……段階を積み重ねて、というイメージが恋愛にあったので、私は困惑しました。

 

「は、は、早すぎないですか?! ま、まずはランチからとかそんなんじゃないんですか?!」

 

「え?! う、うーん、で、でもクリスマスまでもうそんなに時間ないし……」

 

「た、たしかに……。……折角ですので、クリスマスイヴまでには恋人になれたら……」

 

「だよねだよね! じゃあ早めにアタックしかけないと!」

 

「……へぇ、クリスマスイヴまでに恋人を作るためにアタック、するのね?」

 

「「……え?」」

 

背後から聞こえてきた、温かいはずなのに、何故か冷たくて、鋭い、そんな声。私とアヤさんは2人揃って、振り向きました。そこには、黒く燃える不穏な炎を纏った、悍ましい恐怖を帯びた、チサトさんが居ました。その顔は笑っているはずなのに、そのオーラがあまりに強すぎて、恐ろしさの方が先に感じられました。

 

「え、あ、いや、千聖ちゃん、ち、違うんだよっ?!」

 

「そそそそうです!! 気のせいです!」

 

「……そう。セツナさんって方をデートに誘おうとしてたんじゃないのかしら?」

 

「な、なんで聞こえてるの?! ……あ」

 

アヤさんの反応にニッコリと笑顔を浮かべるチサトさん。私は終わりを悟りました。間違いなくお説教が飛んできます。ツグミさんの比ではないほどの。

 

「……ふふふ、アヤちゃん、少しお話があるわ。イヴちゃん、すこーーーしだけ待っていてね?」

 

「あ、あ、あわわわ……」

 

そうして私の隣で震えていたアヤさんはチサトさんに連れ出されて、部屋には私1人、取り残されました。

 

「ど、どうしましょう……」

 

テーブルの上に置かれた私のスマートフォンの画面には、セツナさんの送ってきたメッセージがずっと表示されています。私はそれに返信をすることもできず、その内容を考えることすらできず、気がつけばガチャリとまたもや扉が開いて、チサトさんとアヤさんが帰ってきました。

 

「ふふ、お待たせ。イヴちゃん。次はイヴちゃんともお話があるから、外でほんのちょっとだけ、お話ししましょうか」

 

「は、はいぃ……」

 

笑顔のチサトさんは、とても綺麗なのに、とても怖いです。そんなチサトさんに手を引かれ、私は部屋を出ました。そして廊下の奥まったところでチサトさんは足を止めると、こちらへ振り返りました。

 

「……イヴちゃん。事情は彩ちゃんからおおよそ聞いたわ」

 

「ご、ご、ごめんなさい……」

 

私はもはやどうしようもないと頭を下げて許しを乞いました。

 

「……頭を下げる必要はないわよ、イヴちゃん」

 

「え……」

 

「イヴちゃんが恋をしたと感じる気持ち。その気持ち自体はきっと、大切なものよ。……それは貴方の成長でもあるのだから、大切に育むべきだわ」

 

「え、……はい」

 

「けれど、同時に私たちは自分たちがアイドルだということも忘れてはいけない。事務所が喩え男女交際に対して何も言わなかったとしても、アイドルである以上、恋愛だとか、イメージは必ず付き纏うわ」

 

「そう……ですよね」

 

「その上で私から何か言うことがあるとすれば……」

 

私はチサトさんの次の言葉を震えながら待っていました。恋愛に感ける私のことを嗜めたのならば、きっと私が諦めるように話を持っていくでしょう。だから、怖かったのです。

 

「……悪いことは言わないから、今日の夜2人で会いに行くのはやめておきなさい」

 

「……へ?」

 

予想だにしないチサトさんの言葉に私は思わずキョトンとしました。言葉の意味自体は分かるのですが、どうしてチサトさんがそのことを気にするのか分かりませんでした。

 

「まだイヴちゃんはその、セツナさんと会ってからそれほど時間も経っていないのでしょう。会ったのは店員としてだけ……」

 

「それは……そうですが。セツナさんはそんな悪い人じゃないです!」

 

私の反論にチサトさんは静かに目を閉じました。

 

「たしかに悪い人ではないのかもしれないわね。けれど、そんな状態でいきなりこんな夜遅くに、素性を知らない男の人と2人で会うのはリスクが高すぎるわ。……イヴちゃんがそんな危険な橋を渡る必要はないわ」

 

「……チサトさん?」

 

チサトさんの震える腕がいつのまにか私の体を包んでいました。私より身長が低いはずなのに、私のことを抱き締めてくれるチサトさんはとても偉大に映りました。

 

「……だから、ゆっくりと仲良くなればいいのよ。クリスマスイヴまでに、なんて焦る必要なんて要らないわ……。私はイヴちゃんが無事でさえいれば、それで十分よ……」

 

「チ、チサトさん……」

 

その抱擁はとても温かく、そこにいるだけで安心するような、そんなハグでした。いつもなら私からハグをすることが多いですが、今日はチサトさんにハグしてもらえて、とても良かったと思っています。

 

「恋愛がアイドルにとって良いことかと聞かれたら、私の答えはきっと……控えるに限る、よ。だから……正直に言えば応援は出来ないわ」

 

「そう……ですよね……」

 

「けれど、交友を広げる……と考えたら、決して悪いことでもない、そうとも思うわ。だから、節度は守らないといけないわよ? それにライブだって控えているわ。私たちはアイドルだから。そこは忘れないで?」

 

「……はい! 心に刻み込みます!」

 

チサトさんは多分、本当は反対したいのだと思います。私と話し合うチサトさんの本気の表情はそのことを物語っていました。

けれど、私はやっぱり諦めきれません。だから、今日の夜会うのはやめておいて、夜にはいっぱいメッセージでお話をすることにしました。趣味だとか、好きな食べ物だとか、そんな単純な話でも、こうやって人柄を知っていくことはきっと意味があるのだと思います。それがきっと、チサトさんの言いたかったことだと思いますから。









彩ちゃんには厳しいけどイヴちゃんにはなんだかんだ甘くなってしまう千聖さん。多分彩ちゃんへのお説教は怖かったんだろうなぁ()

☆10をくださった、かけぶ様。☆9を下さった、テレフォン31様。
高評価していただきありがとうございました。
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