クリスマスライブの約束をセツナさんと取り付けた私でしたが、そこからはひたすらライブのための特訓やリハーサルの連続でした。新しい曲も披露するということもあってか、これまでと同じ練習量だけではカバーしきれないようにもなりましたし、そんなライブのレッスンに追われて、私はなかなか羽沢珈琲店に顔を出すことすら少なくなっていました。あの日以来羽沢珈琲店でセツナさんと会えてもいません。
やりとりのメッセージも少しずつ量が減るようになりました。勿論セツナさんも社会人ですし、年末のこの時期は特に忙しいとも聞きます。だから仕方がないと諦めをつけつつも、少し寂しいので私からメッセージを送ることも増えていました。
「メッセージは……まだ、来てませんか……」
期待を膨らませてスマートフォンの画面を見るも、特にメッセージの来た形跡はありません。けれど、明日は私もバイトですし、セツナさんもいつも来てくださる曜日です。だから私は意を決して、メッセージを送りました。
『セツナさん! 明日の夕方以降にバイトで店にいるので、チケットをお渡しします! 是非来てくださいねっ!』
「……これでよしと!」
そうして私はベッドに入って、目を瞑って眠りに落ちました。
迎えた翌日。私は学校を終えて、羽沢珈琲店へと急いでいました。学校と言えば最近は茶道部や剣道部、華道部にも顔を出せていません。Pastel✽Palettesのライブの準備が多忙を極めていることと、バイトがその主な原因ですが、私にとってそれらを疎かにすることなんてとても出来そうもありませんでした。
「ツグミさん! こんにちは!」
「……あっ、イヴさん」
「それじゃあ、今日も張り切っていきましょう!」
「……うん」
心なしかツグミさんの声に元気がないような気がしたのですが、もうお客さんも入ってらっしゃいますし、仕事の手を抜くわけにも行かないので、私はいつも通りホールに入りました。
夕方時ということもあってか、訪れるお客さんは徐々に勉強ついでの高校生ぐらいの方やセツナさんのような仕事終わりらしきサラリーマンの人なんかが多くなってきました。きっとセツナさんもこんな感じでふらっと、気がつけば来店されていそうですね。そしてテイクアウトのコーヒーと、いつも通りのアイスを頼まれるのでしょう。そんな姿を想像すると、少しだけ顔がにやけてしまいそうになりました。
「いらっしゃいませー!」
けれど。
「いらっしゃいませ、3名様でよろしいでしょうか!」
どれほど待っても。
「ありがとうございました! またお越しください!」
セツナさんは現れませんでした。いつもなら絶対に来てくれる曜日のはずなのに。今は仕事中ですから流石にスマートフォンでメッセージを見れたりはしませんが、確かに朝の時点でまだセツナさんから返信がなかったのは少しだけ気がかりな部分でした。けれど、まさか本当に来ないなんて、想定もしていなかったので、私は動揺しました。
「……イヴちゃん、ちょっとだけバイトが終わったら話があるんだけど、良いかな?」
「……私に、ですか?」
お客さんの流れがほぼ落ち着いて、後は今いるお客さんが帰られたらお店の締め作業だというぐらいの時にツグミさんから声をかけられました。なんとなく内容はセツナさんに関することのような気がしました。
そうして、お客さんが全員帰られて、店のドアに『closed』のプレートを付け替えると、ツグミさんは端のテーブル席に私を手招きして座らせました。
「……その、ちょっと言いにくいことなんだけど……」
ツグミさんは言うのを躊躇っているかのような、そんな反応を見せました。
「セツナさんの……ことですか?」
「……うん」
その神妙な面持ちからは、あまり芳しくない話であることは容易に想像がつきましたが、内容までは全く想像もつきませんでした。
「実はね、……この間からイヴちゃんがクリスマスのPastel✽Palettesのライブで忙しくって、バイトに入れてない時期があったでしょ?」
「……はい。先週、ぐらいですかね?」
「……うん。その時に私がお父さんのお手伝いしてたら、ちょうど、セツナさんが来たんだ」
「……はい」
流石にPastel✽Palettesのライブの練習を疎かにしすぎるわけにも行かなかったので、先週、先々週あたりはPastel✽Palettesの特訓の方に殆ど時間を割いていました。今日の時点でもうクリスマスイヴまでは1週間あるかないかぐらいの時期になっていましたから。
「……言いにくいんだけどね」
「はい……」
私は息を呑みました。きっと相当なことがくるのだろうと思って、身構えました。
「その……クリスマスライブ、来れなくなっちゃったんだって」
「そう、ですか……」
正直覚悟はしていました。仕事も忙しそうにしていました。けど、覚悟していたとは言え、かなり私は落胆しました。本当は絶対にセツナさんに、私のステージでの姿を見て欲しかったから。……でも、ツグミさんの話はそこで終わりでは、ありませんでした。
「……セツナさんね、……仕事の都合で、海外に行っちゃうんだって……」
「……え?」
私にとっては青天の霹靂で。最初はツグミさんの言っていることの意味がわかりませんでした。けれど、時間が経つと、なんとなく意味がわかるようになりましたし、そのツグミさんの真剣な表情を見たらそれが嘘などではないということも一目瞭然でした。
「出発が12月24日の夜の便だから……。ライブ行っちゃうと飛行機に間に合わないからって」
「そう……ですか……」
クリスマスライブも12月24日。そしてセツナさんが日本を離れるのも12月24日。クリスマスライブは夕刻から宵のうちに終わりますが、きっとそこから飛行機に乗るのでは、ギリギリになってしまうのでしょう。無理をして来ていただいても、飛行機に乗れなくなってしまっては大問題ですから。それにそんな慌ただしい時に来ていただけるわけがありませんでした。
「……本当は直接お店で伝えたかったって、言ってたんだけど、仕事が忙しくて来られそうにないから、出来れば私からイヴちゃんに伝えて欲しいって言われて……」
「……なる、ほど」
「中々言い出せなくて……ごめんね」
「ツグミさんが、謝ることではっ」
なんとなくセツナさんが言ったことの意味が分かりました。私が思い起こしたのは、先日、このお店で2人でお話しした時のことでした。思い出を綺麗なまま残すんだって。そのためには自然と薄らいでいくような幕引きじゃないと行けないんだって。その言葉の意味が、なんとなく分かった気がしました。
私にメッセージで言わなかったのもきっとそれが理由なのでしょう。メッセージで送れば、文字となって残ってしまいますから。きっとその残滓は拗らせてしまって、思い出を穢してしまうから。
「……ひぐっ、ツグミさん……ありがとう……ございました」
「……イヴちゃん」
私の視界は気がつけば涙でぼやけていました。私の淡い雪のような恋は、こうやって幕引きをしてしまうことになるのですから。
千聖さんの言葉をふと、思い出しました。
『私たちはアイドルだから』、そんな言葉はきっと、今のような時のためにあるのでしょう。
若宮イヴ。私は、アイドルです。Pastel✽Palettesの一員ですから。
待っていてくださるファンの方のために、目の前にあるライブを全力で成功させることに力を注がないといけないのです。
けれど……けれど……。そんなアイドルの現実は、私にとってはあまりにも酷すぎました。セツナさんが……海外に行ってしまうだなんて……。
私はツグミさんにお礼を言いながら店を出ました。外はいつもより遥かに寒く、雪が少しだけ、すぐに溶けてしまうぐらいだけ、降っていました。
私は凍える手でスマートフォンのメッセージを開きました。私の送ったメッセージをじっと、じっと眺めました。返信はありません。私の涙が、目からこぼれ落ちて、スマートフォンの画面を濡らしました。
……私は、そっと画面を閉じました。そして泣きました。ただ、辛いことを全て忘れられるように、寒空の下で、寒い夜空の下で、泣きました。
私の流した涙は凍える寒さに当てられて、澄んだ空気に溶けて消えていきました。それはさながら、私の儚く散った初恋のようでした。
「セツナさん……」
初恋は甘いけれど、切ないもの。それが身にしみて感じた瞬間に感じたものは、初恋の苦さだったのかもしれません。
クリスマスイヴが近づく中、揺れるイヴちゃんの恋心が切ない。
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